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「そういえば、彼は・・・?」

そう。私はまだ彼の、愛しい彼の姿を見ていない。
不安が募る。彼もまたおじさんのように・・・。

「そんなはずは・・・!」

そんなことになっていたら私は自分を保てる自信がない。
今度こそ自我が崩壊してそのまま廃人になってしまうだろう。
とにかく、彼を探さなきゃと思った。そうでなければもう耐えられない。
私は未だ震え止まらぬ両の足を必死に操り自分の家へ入る。
廊下を歩く、突き当りを曲がる、リビングの扉の前に着く。開ける。見る。
最初は誰もいないように見えた、が。
ソファーによかかっている人がいる。ソファーの背もたれからはみでた頭部が見える。
私は心底ほっとした。ああよかったと、私はまだ生きてるんだとさえ感じた。

「うう・・・うぅ・・・」

安心して、私は泣きそうになった。だがそれを堪えた。
彼まで動揺させたら意味がない。二人で逃げるためには冷静にならなければいけない。
だからこそ今は普通に接する事が大切なのだと思った。
だから堪えた。

「・・・今日も、いい天気だね」

なるべく努めて明るく挨拶をした。少し声が震えていたかもしれない。
だが正直それが限界だった。それ以上は冷静にはなれなかった。

「寝てるの?」

返事がない。どんな小声で挨拶しても、いつもなら挨拶を返してくれるのだけど。
どうやら意識がないみたい。やはり寝ているのだろうか。
彼の意識がない、そのことに嫌に不安になった。胸の鼓動が早くなる。
なにか、記憶が、胸につっかかりが。

「ねえ起きて。今大変な事になってるの。早く逃げないと」

つい早口になる。早口になるには充分な理由があるから仕方ない。
その理由はいつ自分たちに牙を向けるかわからない。
だから今は迅速な行動が逃げ延びるための鍵となるはず。
そして私も誰か、いや、普通に生きてる彼と話したかった。更なる安心がほしかった。

彼に近づく。
「お願い、起きて」
また近づく。
「早くしないと手遅れになる」
・・・手遅れ。
「食べられちゃうの。村の皆に」
・・・食べる。
「ぐちゃぐちゃにされちゃうから、逃げなきゃ」
・・・ぐちゃぐちゃ。
「この腐った臭いはは死の香りなの」
・・・腐ってる。
「お願い、涙が止まらないの」
・・・涙。・・・涙?

『トッピングに塩水をつけといたからね』

ふとよぎるその言葉。その言葉を云った人物の顔。
一瞬思考が止まる。
止まった分だけ私は思い出した。あの時を。
止まった分だけ私は走った。今この時を。
そして彼を見る。

ぐちゃぐちゃな。

絶望の三乗。そこにあるのは惨状。

「イヤ・・・イヤ・・・・そんな」
「イヤアアアアアアアァァァァァァァァァァァッ!」

思い出したのは化け物の自分。
醜い醜い自分の姿。声。
思い出したのは彼の顔。
今朝の彼の顔。

発狂寸前だった。いやもう狂っているかもしれない。
そんなギリギリの状態の中で私の視界に紙切れが入ってきた。
彼が書いたのかもしれない。
なにが書かれているかはわからないが、恨み言でも書かれているかもしれない。
それを見るのは怖かったがそれでも見なきゃいけないような気がした。
だからこそ意を決してみる。

「ああ・・・ううぅ、なんで・・・」

涙があふれ出てきた。発狂する事さえ止めさせられてしまった。
そんな魔法の紙切れ。

―大好きだよ。

殴り書きだった。汚かった。
それでいて綺麗だった。美しかった。
本当にこの世に魔法が実在するとは思わなかった。
そしてこんなにも度の過ぎた優しい人が実在するとも思わなかった。

「ううっ・・・ばか」

嗚咽とともに漏れる文句。
文句の後に続けて云う。

「私のほうが大好きだよ」

もうここにはなにもなかった。
大好きな村も、村の皆も、おじさんも、彼も。
"行く"あてはない。でも"逝く"あては出来た。
もう一人には耐えられそうにないから。

「我侭で、弱くてごめんね」

彼はきっと私に生きていてほしいと願うだろう。
彼が願うなら私もそうしたい。だけど。
もうだめなのだ。彼なしの生活なんて。彼なしの世界なんて。
大麻依存者となんら変わりはしない。
不気味でも恐ろしくても変でも気持ち悪くても。それでも。いい。

「今から逝くからね」

私は最後に、私たちの愛の形を残す。
もう彼はいないけど、最後に私たちがこの世界で生きた、愛し合った証拠を残す。
それは歪だった。
それは気持ち悪かった。
それでもなお、それを残した。

「よし、完成」

そういえば今朝はずっと無視してしまった。
ちゃんと返事しなきゃね。

「気分は絶好調よ。いつでもね」
返事はない。
「急に美人だなんて、おかしな人ね」
返事はない。
「あなただから見せられるのよ。恥ずかしいけど」
返事はない。
「散歩でも、なんでもあなたと一緒なら楽しいわ」
返事はない。
「古いかしら?私はショッピング好きよ」
返事はない。
「話が変わるのね、云ってたかしら?」
返事はない。
「ああ、そんな前のことよく覚えているわね」
返事はない。
「それは残念だわ、今度一緒に作りましょう」
返事はない。
「何を云ってるの、今も大好きよ」
返事はない。
「ありがとう」
返事はない。

「とっても美味しかったわ」
2008.12.04 Thu l 自作小説 l top ▲
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