「さすがに口の中が甘い…緑茶かブラックコーヒーでも買おう」
ふらふらと自動販売機に近づく、その視界の端に見えたもの。
それは綺麗な歌声だ。
「ありゃ、千早か」
今日は休日のはずの如月千早だが、彼女には歌に関して休みはないということ。
感服するか、あるいは呆れるか。
「おーい千早!」
「えっ、なっ!?プロデューサー!?」
「そんなに驚くなよ、ほぼ毎日会わしてる顔じゃないか」
「ここで会うとは思っても見なかったので…つい」
「まあ、だよな。俺も会えるとは思わなかったよ」
「はあ、ここにはなにを?仕事ですか?」
「今日はやよいの活動を手伝ってた。ほとんどなにもしてないけど」
「高槻さんのですか」
「そうそう、ちょうどやよいから言伝を預かってたんだ」
「高槻さんが、私にですか?」
「その高槻さんってのをやめて、やよいって呼んでほしいそうだ」
「うっ…」
「今更で恥ずかしいのはわかる。だけどもう仲もいいことだし、名前で呼んだらどうだ?」
「でもやっぱり抵抗が…」
「じゃ仕方ないな、今日から俺が千早のことをちーちゃんと呼んでやるか」
「なっ!?」
「それでちーちゃんが高槻さんのことをやよいちゃんくらいに呼べるようになったら俺も千早に戻そう」
「それにどんな意味が…」
「千早がやよいのことを名前で呼ぶようになるし、俺も面白い。一石二鳥だ!」
「面白いって…はあ、わかりました。がんばります」
「まあがんばっても呼ぶまではちーちゃんだけどな」
「くっ…」
「とりあえずそれだけ。あんまり根詰めて自主トレなんかするなよ、それじゃ」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「はい~?」
「こ、こおここれ!」
「…チョコか?」
「そそそうですよ何か問題でも!?」
「いや、そういうのはないけど」
「あのその、手作りなんですけどうまくできてるかどうかはわからないんですけど私的にはがんばったというか善処したというかちょっと火傷もしましたけど平気というかなんというか」
「…ちーちゃん、どうどう」
「ちーちゃんって誰ですかっ!?」
「お前だよっ!さっき言ったでしょうが!」
「そ、そうでした。すいません…取り乱しました」
「盛大にな」
「ううっ…」
「でもまあ、ありがとう。昔の千早ならくれなかったろうし」
わしゃわしゃと千早の頭を撫でるプロデューサー。
その光景は、まだ兄弟のようだ。
「そ、その、恥ずかしい…です」
「おっと、悪い悪い」
「い、嫌なわけじゃないですから」
「そっか、よかった。またよろしければお撫でしましょう」
「…それじゃ次のオーディションで一位になったら、その、してください」
「了解、是非買ってくれ撫で撫で権を獲得してくれ!」
「…ふふっ、わかりました。全力を尽くしますね」
「それじゃ俺はこれで」
「はい、お疲れ様です」
「またな」
「はい、また」
それで終わり。
結局千早がなぜ公園にいたかというと。
「渡すのが恥ずかしくてここで心を落ち着けていたらまさかくるなんて、本当に心臓に悪いわ…でもよかった」
その後、公園からは上機嫌な美しい歌声が聞こえたという。