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2010/03/13 (Sat) 遥か先へ

鬱春香さんを見たくない方はお戻りを。
えっと、想像以上に長くなりました。このブログでは最長かも…。いや改行が多いだけか。
誤字・脱字があったら起きた後訂正します。
少し長いですか、よければ是非。

最早それは噂の範疇を超え、事実になろうとしていた。
天海春香がおかしい。
ファンも着々と離れていった。
元気の無い天海春香なんて見たくない、と。

「…」

「…」

重苦しい沈黙。
軽々しく話してしまえば一瞬で何かが壊れてしまいそうなほど張り詰めた空気。
プロデューサーと春香はそれに耐えることで精一杯だった。
もうどうしようもない。
後に引けず、前にも進めず、そこに立ち往生するしか二人にはできなかった。
レッスンもままならず、当然オーディションなど受かるはずも無い。
最近は休みがちになり、それでも元気は戻らなかった。

「…」

「…あのさ」

沈黙を破るのはめっきりプロデューサーだった。
最早破る力すら春香にはないのか、その声に応答する素振りも無い。
まるでそこに備え付けられいてる人形のようなものだった。
笑いも、泣きも、怒りもしない。蝋人形のようで生気はあるのがいっそう不気味だった。
プロデューサーにはこれを打開する名案などなく、耐え切れなくなったから声をかけただけ。
どれだけアイドルが大切だと言っても、自分がおかしくなってしまっては元も子もない。
だからこそこれは苦渋の選択だった。

「…その、さ。オーディションとか、レッスンとかは忘れて今は休もうな」

無論返事は無い。
もう声すら聞けないのかと思うプロデューサー。
このままでは彼女が壊れてしまう。いや、もう壊れ始めている。
治す手段は見つからず。
止めることもままならず。
自分のことで手一杯。
もう、だめだった。
彼にはもう、これを言うしかなかった。

「…春香」

唇が震える。

「…」

返事は無かった。

「そんなにアイドル辛いならさ…もう」

もう…。

「陰気くさいのは誰のせいかしら。事務所は一人のものじゃないんだけど?」

プロデューサーが振り向いた先にいたのは伊織だった。
まずい、とプロデューサーは思った。
今この場面での水瀬伊織は、彼女を壊してしまう。そう思ったのだ。

「伊織!ちょっと、まだ春香は気持ちの整理がだな…」

「へぇ、数年もあってまだつかないならあと何年必要なの?十年?二十年?それとも百年かしら?」

「それは…」

「うじうじするのはいいけれどそれを事務所内に持ち込まないでほしいわね。こっちまで気が滅入るわ」

「伊織!言い方ってものが」

「あんたには話しかけていない、少し黙ってなさい」

自分よりも年下の少女にプロデューサーは反論できなかった。
それが普通なのかもしれない。
彼女は短い芸能生活ながらも修羅場をくぐってきている。
一方春香の担当プロデューサーはまだまだ経験も浅く、なにも知らない赤子のようなものだ。
反論できなくて当然なのかもしれない。
それにこれは最早男が立ち入れる領域ではない。

「聞いてるのかしら?天海春香」

その声はあくまで冷静だった。それがせめてもの救いか。

「…」

「だんまり決め込んでも愛しの王子様は現れてくれないと思うわよ」

「…さい」

「そんな声じゃ王子様には愛の告白も聞こえなかったのかもね」

「るさいっ」

「もう帰ってこない人のことなんて忘れたらどう?」

「うるさいっ!」

限界だった、春香が叫ぶ。
その声は怒気に包まれながらもやはり悲痛だった。
その悲痛を聞いてもなお、伊織は歩を進める。

「あら、声が出せたのね。人形に話しかけてると思ってたから、安心したわ」

一歩、一歩。着実に春香に近づいていく。

「それくらい大きな声で告白しなきゃね。もう相手はいないけど」

その距離はもう測るまでも無い。
お互い、睨みあう。
眼前で、鬼の形相の春香とあくまで冷静な伊織。
赤い炎と青い炎。二つの火が燃えている、赤い炎も、青い炎も。
動いたのは雄雄しく燃える赤い炎。
リミッターなどとうに振り切れているその腕の速度たるや早い。
その手のひらは伊織の左頬を打った。
乾いた音が事務所に響く。

「いっつも好きな人が傍にいてくれる伊織にはわからないでしょ!私の隣にはもうあの人はいないっ!帰ってもこない!それがどれだけ辛いか伊織にはわかるの!?わからないのに知ったような口きかないでよ!」

それもはやアイドルではなかった。
いままで我慢をしていた、がそれも決壊してしまった一人の少女だった。
涙ともに溜めてきた言葉を、感情をぶちまける。

「私だってがんばれるって思った!あの人がいなくてもなんとかなるって!私ががんばっている姿を見たいって言ってくれたからがんばろうと思った!でも違った…。あの人がいなくなったあの日から私は私じゃなくなった!元気な天海春香は死んじゃったんだよ!ファンの笑顔を見ても関係者の人に褒められてもなにをされても!必死にあがいてもがいてなんとかしようって、新しいプロデューサーさんにも悪いと思ったからがんばったんだよ!?」

もう聞き取りづらい。
それは言葉ではなく、剥き出しの感情だった。

「でもだめなのもうだめなの!あの人がいないと私はなにもできない、考えられない…。新しいプロデューサーさんじゃだめ…そう思ったとき自分で自分が嫌になったよ…」

あらゆる感情を混ぜた言の葉たちの羅列群は痛々しかった。

「私には、あの人じゃなきゃ、だめ…なの…」

ついにそこにしゃがみこんで嗚咽しながら泣き出した。
ああもうだめだ、とプロデューサーは思った。
これで天海春香は壊れてしまったと、アイドル天海春香は完全に死んだのだと。
それに内心ホッとしている自分が、たまらなく嫌になった。
子供のように、恥も忘れ泣き続ける春香。
それまで微動だにせずに春香の感情を真っ向から受け止めていた伊織が動く。

「まさかここまでとはね…。少し放置しすぎたかしら。私も暇じゃないから仕方ないと言えば仕方ないんだけど」

息を思いっきり吸い込む伊織はその息分存分に叫んだ。

「…バアアアッッッカプロデュサー!!聞こえたでしょう!!これがあんたのやった罪の果てよ!!男だったら正々堂々立会いなさいっ!」

あまりのことに春香と担当プロデューサーは顔を上げる。
事務所に静寂が漂う。その数秒後に現れたのは二人の男だった。
一人は現プロデューサーで伊織の想い人のプロデューサー。
片方は、元プロデューサーだった。

「あっ…」

その姿を見た春香は硬直した。
そこにいたのはずっと想い続けたその人そのものだからだ。
溢れそうになる、だが寸前でどれもしぼんでしまう感情に春香は動けなかったのだ。

「さて、まだまだいたいけな少女をここまでしてしまったことについてどう責任をとるんだい?」

「…」

「ここには来たくないと言っていたがそれは許されない。責任はあなたにあるんだ」

「…」

「俺を無視するのは構わない。だが春香を無視するのは筋違いだ」

それだけ言って元プロデューサーの背中をどんっと押す。
数年ぶりの再開、そこに感動もなにもあったものではない。

「…」

「…」

なにも喋らない、なにも喋れない。
これほどの拷問がほかにあろうか、きっとないだろう。
だがこれを超えなくては春香は進めない。
止まってしまった時間を進めるには荒療治が必要なのだ。

「…お久しぶりです」

「…うん、久しぶり」

その後も数分間、たっぷり沈黙が続いた。
その間、誰も喋らなかった。
二人以外が喋ることを、沈黙が許さなかった。

「…さっきのは全部」

「…ごめん、聞いてた」

「そう、ですか…」

「…ごめん」

「…謝られても困ります」

「そう、だよな。俺がすべきことは謝ることじゃない…」

「…」

「…あの時、君に告白されたとき、怖かったんだ」

「…」

「短期間でぐんぐん成長する君を見ててずっとそう思っていた。そんな子が自分に惚れているということがとても怖くなった」

「…」

「でも君のような少女のうちなら告白をうやむやに断っても、すぐにまた次にいけると思った。なにしろ自分の手で君を傷つけるのは嫌だった」

「…偽善です」

「そうだね…。その偽善で僕は君をここまで追い詰めてしまった。本当に、取り返しのつかないことを…さ」

「…」

「許されることはないだろうし、許してもらえると思えない。だけどこれだけは、どう思われても言わなきゃね」

「…それは、なんですか?」

「俺は、君の告白を受け取れない。あくまでアイドルとプロデューサーだった」

なんと残酷で冷酷で自分勝手な言葉だろう。
きっぱりと、そう告げた。

「そう、ですか」

「…それじゃ僕はこれで」

「待ってください」

「ん…」

振り返った直後に二回目の乾いた音が鳴り響いた。
それは終わりと始まりを告げる音。

「…っ」

「…いままでありがとうございました。でももう大丈夫です。あなたのこと、嫌いになりましたから」

「…そうか」

「それじゃ、さようなら」

「…さようなら」

ゆっくりと元プロデューサーは歩き出す。
結局二人が出した答えは決別だった。
もう二度と交わることは無いのだろう。

外に出れば、いつの間に外にいたのか伊織とプロデューサーが待っていた。
二人とも真顔だ。

「終わったのかしら?」

「ええ、終わりました」

「そう」

短く言った伊織はずかずかと近づいていき思いっきり左頬にビンタをした。
驚きを隠せない表情の元プロデューサーに伊織ははき捨てるように言った。

「二度とあの子に近づかないで。金輪際、二度と。来世でも、そのまた来世でもね」

「君にそこまで言われる筋合いは…!」

「あるわよ。私の仲間をあそこまで苦しめたんだから。抜けたこと言ってると本当に怒るわよ?」

「生意気なっ…!」

「おっと、そこまで。両者落ち着け。俺たちが争ったって一文の得にもならないだろう」

爆発しかける場をさらりと抑えるプロデューサー。
この手のことに関してはプロである。

「確かに伊織は生意気さ、君が怒りたくなるもわからんでもない。がそれこそ間違っているよ。伊織と春香は友達であり仲間である。その春香があんたのアンフェアな行いによってそこまで傷ついたんだ。伊織は正当な理由で怒っているだろう?」

「…」

「あとビンタで済んだのも幸いだ。普通なら回し蹴りだろうからね」

「…仮にも俺は元765プロだが」

「それで?俺や伊織はその頃のあんたをしらない。だが今のあんたなら知っているさ。永遠自分に惚れた少女から逃げ続けた卑怯な男、違うか?違わないよな?言っとくが少なからず俺だって怒ってる。引き止めたのはうちの伊織のビンタが発端だが、さっさと帰ってくれないか?」

「うっぐ…」

「春香の前では嫌に大人しいと思ったらこのざまだ。いい大人が情けないな。悪いのはあんたなんだからぐちぐち言ってないで潔く帰ってくれ。勿論金輪際春香には会わない方向でよろしくな!」

肩をぽんっと乗せたあと万力のごとくプロデューサーは掴んだ。
よほど痛かったのか苦痛に顔をゆがませながらそれを払った元プロデューサーは無言で立ち去った。
もう彼がここに現れることは無いだろう。

「さて、中に入って最後の締めくくりをしますか」

「…そうね」

「大丈夫か?俺一人でもできると思うが」

「私も、手伝う」

「そうか、なら行こう」

「うん」


事務所は凍りついたかのようだった。
春香も担当プロデューサーも時間でさえも、動いていなかった。
そこだけが世界から切り取られどこか別の場所に隔離されてしまったかのように。

「…」

「…」

これではいけない。
今勇気を出さなくてはならない。
彼女を救うには今しかない。
あの二人がくれた最初で最後のチャンス。
だからこそ担当プロデューサーは動く。

「春香」

「…はい」

自分に向けられた返事に軽く驚きながらも続ける。
細かなことは気にしていられない。
今春香は殻から剥き出しの状態。
そこから脱出させるか、あるいは永劫破ることができない殻をまた纏ってしまうか。
時間はそうない。

「…行こう」

「えっ…?」

「俺と一緒に、行こう。先へ。」

手を差し伸べながらそう言った。
言葉はそれしか出てこなかった。
だがそれだけでいいと思った。
飾り気のない言葉を真っ直ぐに春香へ。
その言葉を。
その手を。
それを。

握った。はいっ、という小さくも吹っ切れた言葉と共に。
ようやく再開する。天海春香のアイドルとしての第二章が今ここから。

「あるぇ~?俺たちの出番はなかったみたいだな」

「そうね。意外に使えるプロデューサーなのね」

振り向けば笑顔のプロデューサーと仏頂面の伊織がいた。
この二人がいなければ、春香も担当プロデューサーもどうなっていたか。
そう思うと自然と感謝の言葉がこぼれていた。

「お二人とも!本当に、本当にありがとうございましたっ!このご恩は一生忘れません!」

「と、言われてもね。明日になったら忘れてると思うよ、俺は」

「本当に、本当に…ありが…どう…ございま…じだ…」

「おいおい、これから765プロを支えていく若き力が泣いてちゃいかんだろう?」

「そうよ?このバカプロデューサーだって多分あと五年くらいで死ぬからあんたにはがんばってもらわないと」

「それはなぜですか?」

「カップ麺ばっか食ってたらそうなるわよ」

「さいですか」

「…ごめんね、伊織」

ここにきてまたも落ち込み気味な春香の声色。
伊織はそれを吹き飛ばす秘策をずっととっておいたのだ。

「悪いと思うのなら、そこに立って」

頭の上に疑問符を浮かべながら春香は立った。
そこまですたすたと近づいていき眼前に立った瞬間右腕を春香の左頬に打ち付けた。
突然のことに担当プロデューサーは制止しようとするが、それをプロデューサーが止める。
そう、今はあの二人以外は邪魔でしかないのだ。

「さて、これでしゃんとした?私はすっきりして気持ちがいいわ」

「で、でもあんな八つ当たりみたいなことを伊織に…」

「伊織ちゃんがそんなことを気にするとでも?冗談」

「…」

「それに、少しでも私に悪いと思うならいいライバルになってよね」

「…えっ?」

「最近私の相手になるような子がいなくて退屈してたところなのよ。春香、あんたならいい勝負ができそうだからちゃっちゃと這い上がってきちゃって私と勝負しましょう」

「あ、うう…」

「泣くの禁止ね。泣き虫を相手になんてしてられないんだから」

「…うん、わかった。私這い上がるよ、それで伊織に追いついて…ううん、追い越すよっ」

「それは楽しみね。まあ手加減なんてしてあげないわよ?全力で叩き潰すからね」

「うん!」

彼女達の間にはもう壁は無い。
それはプロデューサーたちにも言えることだ。
どこまでも長く広く隔たっていた壁は一度崩壊したら止まることはなく、綺麗さっぱりなくなっていた。
もう天海春香を留めるものはなにもない。

「…伊織ってあんな子でしたっけ?」

「いい女になったなーいよう!大統領!」

「はあ…でも、本当にありがとうござ」

「礼はいいからさ、これだけは約束してくれ」

「はい?」

「今後君は春香と活動していく。その中で春香が君に惚れるということもあり得ることだ。だがその想いから逃げないでほしい。ちゃんと向き合って、その上で春香に答えを聞かせてやってほしい。今の春香なら例えどんな答えでもちゃんと誠意を込めれば受け止めきれるだろうからな」

「…はい!」

「しかし、春香が本気となると伊織もがんばらなくちゃな。よし、ゲームでもするか!」

「それとこれとどんな関係が…」

「ちょっとどいて」

ずかずかと歩いてきた伊織の殺気が垣間見える。
思わずさっと道を避けてしまう元プロデューサー。
そして後ずさるバカプロデューサー。

「あー伊織、ジョークだよジョーク。これくらいのジョークがあったほうが場が暖まるかなと思ってだな」

「その割にはマジでやりたそうな声色だったじゃない?」

「いやーその、確かにやりたいってのは嘘ではないんだけど…」

「ちなみにどんなゲームよ?」

「それはちょっと、未成年の方に教えると法に触れちゃうかなーみたいな」

「そんなものを元気にやろうと、この雰囲気でどの口が言うのかしら?」

「…それじゃお二人さん!これからがんばれよ!」

「こらーっ!まちなさーい!」

まるで子供のように事務所の階段を駆け下りる二人。
その二人を呆然と見守る二人は数秒後に一緒に大声で笑った。
それがどれだけ、どれだけ価値のある光景か。

「あの二人は面白いなー」

「そうですね~私たちもあんなふうになれたら良いですねっ」

「ただ騒々しいのが倍になると、社長も大変そうだ」

「あはっ、じゃもう少し控えめということで!」

「うん、そうしよう」

笑顔で話す二人。春香は完全に吹っ切れたわけではない。
それでもお互いに手を握って、離さずに。
いつか離れてしまうかもしれないけれど、今だけは。
遠くのほうで聞こえる悲鳴と罵声を聞きながら、二人はずっと笑いあっていた。

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Author:流ぬこ
自個偽無、候。
書いたり書いたりしている流ぬこです。
ピクシブなんかでも同じく流ぬこで書いています。
はじめの一歩を見るとオズマ戦でも小橋戦でもどの戦いでも泣けます。はい。

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