上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- -- l スポンサー広告 l top ▲
秋月律子はため息をついた。
若干のクマを携えながらデスクに向かう彼女はアイドルだった。
事務員兼アイドル、それで妙な人気こそ持ったもののそれだけだった。
所詮は一発屋、ということだろう。
社長から直々に活動停止を言い渡された。
社長はすまなそうにしていた、その傍で自分は嫌に冷めていて、社長のそれがひどくうっとうしかった。
自分はこんなにも嫌な人間だったろうか。
それがため息の原因だった。

活動停止の前の最後のライブの準備は簡単に進められた。
ドームでもなく武道館でもない、そこらのちっぽけなライブハウスだ。
本来ならアリーナという賭けの選択肢もあったがプロデューサーの判断で取りやめになった。
最後くらい乗るかそるのかの賭けをしてみてもいいじゃないか、と言ってみたが彼は断固として首を縦に振らなかった。それが憎かった。
だから私はプロデューサーを手伝わなかった。
手伝うことでもないし、それほどの労力もかからない。
私は他のアイドルと違ってきっと冷めている。
それがわかった。

律子、と呼ばれて私は一瞬ためらったが振り返った。
ライブ直前、プロデューサーから何を言われるか内心では少しどきどきしてはいたがなんてことはなく、最後もがんばろうなんていう月並みな言葉だった。
何を期待していたのか、そんな自分が恥ずかしくなりぶっきらぼうにはいとだけ答えて楽屋を後にした。
それは果たしてライブが近いからか、その場から逃げたかったのかわからない。

ライブはさっさと終わってしまった。
私のライブのなかではそれなりに盛り上がったほうだがこれが最後だと思うと乾いた笑いがこみ上げてくる。
煽てられそれに乗った自分もまだまだ未熟なんだなと痛感した。
ライブ後、プロデューサーからはいままでありがとう、そんな言葉を頂いた。
なんとも表現しがたいが、思いのほか嬉しかった。
ついつい涙がこぼれてしまったほど。けどその涙を見てもプロデューサーはどぎまぎしていた。
だから私は強がった。秋月律子は強い女だと、虚勢を張った。
そうして私達は欠けた月の下で解散した。

それから私は765プロを止めて一般会社の事務員をやっている。
その会社で昔アイドルしていましたか?と尋ねられることもなくすんなり就職が決まった。
無駄に騒がれるのもうっとうしいのでそれはそれでよかったはずなのに、どこか私は寂しいと感じてしまった。
結局どこにいっても私はこんな仕事がお似合いなのだ。
デスクに向かう地味な眼鏡女、きっとそれが私の役職。
我ながら枯れている。
お昼休みにTVを見ていたら最近急上昇中のアイドルがそこに映し出された。
名前は萩原雪歩と書いてある。
ああこの子が今のプロデューサーが担当しているアイドルかと思った。
最初は流行とは逆に、それがプロデューサーの口癖だった。今の萩原雪歩も流行しているものとは程遠い格好だ。
だが曲だけは流行を取り入れたものとなっていて妙にミスマッチしている。
自分がやらされているときはわからなかったが、意外と考えているんだなと思った。
あの子はここまで人気になり、私はただの事務員。
どうしてかと思ったとき、涙が出た。
涙が私の膝に落ちたときわかった気がした。

ああそうか。
私ではなく、あの子だったんだと。

私は昼休みで誰もいない会社で声を押し殺しながら、萩原雪歩の曲を聴きながら泣き続けた。あのときのため息の原因の、その本当は…。
2010.03.15 Mon l 自作小説 l COM(0) l top ▲

コメント

コメントの投稿












       
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。