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粗筋
律子も千早も同じ人が好き。律子のぐしゃぐしゃな思いこそ本物だと千早は言う。
それが決まったのは今日の朝だった。
あの人が桜を見に行こうといったのだ。
たまたま事務所に居合わせたのは千早と私、秋月律子。
普段からさほど喋ることもなくお互いに空気のようなものだった。
それでもわかることもある。それはお互いが同じ相手に芽生えさせた気持ち。
きっと私と千早は相容れない、性格的にもその理由からも考えてそうだった。
その同じ目標たるこの男からのよもやの提案に諦めを見せながらもやんわりと否定してみる。
結果はわかっていて、結局そうなった。半ば強引にあの人と私、そして千早の三人で夜桜を見ようということに落ちついた。
夜桜というのは単に夜のほうが人通りも少ないから安心、という理由かららしい。
こうして決まってしまったものにため息をつくしかない私を千早が無表情で見ていた気がする。

いつから私のその思いは明るくはつらつなものから、暗くどんよりとしたものに変わっていったか定かではない。
ただ千早の視線がほとんどあの人を目で追っていると気づいたとき、それが原因かもしれない。
まちまち千早の視線は私にも注がれることがあったので妙に記憶に焼きついているだけかもしれない。

存外千早ははいとだけ答えていた。
その当の本人ははというと私の横で足を崩し桜を見上げている。
言いだしっぺは酔っているのか木に話しかけていたりと一人だけ夢の世界へと旅立った。ちなみにお酒はない。
必然、喋る相手は千早だけしかいなくとてもではないが自ら話す気にはならなかった。
千早も同じ心境なのか喋りかけてこず夜桜を見上げたり遠目のプロデューサーを眺めたりしている。
時たま私のほうを向くのが気になる。これは暗に私に喋れと言う合図だろうか。
話し合おうとでも言うのか。千早と、私が。
数秒考え、私は喋ることを覚悟した。このとき私の心は穏やかではなかった。


最近がんばってるわね、とてもじゃないけど敵わないわ。

そんなことないわよ。律子だってますます人気者になってるじゃない。

一部の間だけでね。すぐ廃れるわよ。

律子の声は真っ直ぐとして揺らがない、私はそう思う。

千早のほうがよっぽど真っ直ぐだと思うけどね。

それは歌声が?

それもあるわね。

それもと言うと、他になにが真っ直ぐと思うの?

心、気持ち、感情。その全てをストレートにぶつけられると私は分析するわ。

律子はぶつけないような口ぶりね、プロデューサーに。

どうでしょうね、おかしなことでそれについてだけは私でもどうにもならなくてね。

奇遇ね。

私は怖かったし怒りも覚えたし逃げ出したくもあった。
如月千早という人間はどこまでも私を凌駕していく存在だと感じた。
卑屈になりながらも姑息に立ち回ろうとする私を真正面から一刀両断に捕らえたのだからそう思っても仕方がなかった
勝てない敵わない負けたくない逃げたいわからないわからないわからない。
自分に必要な計算は得意なはずなのにその長所すら働いてくれない私はさぞ滑稽だろう。
その姿をみても千早はなにも言わずじっとこちらを見ていた。
少しでも貶してくれれば私は戦えたかもしれない。怒鳴り散らすことで冷静になれたと思う。
それすら許してくれない千早に私は絶望した。
いくら他で負けてもよかった。
なにで負けてもよかった。
ただこの一点だけ勝れればと、思っていた。
その儚い思いはこの夜桜と一緒に散っていってしまうのか。
涙が出そうだった。
それでも歯を食いしばり千早に敗北宣言をする。
ああ、哀れな私。

もういい。



もういいの。



もう千早で―――。

パンッと乾いた音が響いた。
心底驚き、目を見開いて呆然としていた。
頬がじんじんするのはまだ肌寒い外の気温のせいじゃない。
音もなく水平移動してきた平手によるものだった。
その平手の持ち主はなおも私の横にいた。その表情は変わらない。
それが余計に私を混乱させた。
水の波紋がいくつも私の中を這うようで気持ちが悪いことだけは確かだった。
そしてあらぬ方を向いて千早が喋る。

私は確かにあの人が好き。今だって全てを捧げられると思うほどに好きでたまらない。夜眠れないこともある。彼を思わない日はない。仕事、レッスン、オーデション、休日。
全てあの人と過ごしていたい、一緒にいたいとさえ思っている。
でもきっと私のこれは真っ直ぐすぎる。律子と違って綺麗過ぎると思うの。
私はあの人が好きだからと、そこまで卑屈に姑息な手段に出ることはできない。さんざん悩んで逃げ出したくて、でも決して諦めない姿勢は持っていない。
私は律子が羨ましい。そこまで誰かを好きになれる律子が羨ましい。好きな人のために自分を汚せる律子が羨ましい。これは嫌味じゃなくて本音。
だから私も諦めない。律子には負けたくない。
心がぐしゃぐしゃになって涙と鼻水と唾液で顔も服もなにもびちゃびちゃになっても、ずるくても卑怯でも姑息でも私はあの人を諦めない。
律子がそうしたように、だから律子も諦めないで。私がそこにいけるまで。この純白のキャンパスのような気持ちをぐしゃぐしゃに染め上げるまで。
それほどまで、愛せるまで。

涼しげな顔で、千早は泣いていた。
薄い微笑と少しの涙は、芸術的な美しさと言ってもいいのではないだろうか。
でもああなぜだろうか。今の私は千早に劣っているとは思えない。
自分は知らぬ間にとんでもないところまできていたようで、まさかそれを千早に教えられるとは驚天動地だったが。
諦めることなどしなくてもよかったんだ。
私の頬を涙がつたうのがわかる。
それで私と千早は初めて笑いあった。
諦めるな、と私に言ってしまうその千早の真っ直ぐさはうらやましくもある。
でも私はこう思えた。千早もまだまだね、と。泥まみれながらも誇り高い私の気持ちがきっとそう思わさせた。

一人で寝てしまったプロデューサーの顔に私達は落書きをした。
それは始まりに過ぎない。
私と、千早の、ぐしゃぐしゃな思いを受け止める始まりに。
2010.03.25 Thu l 自作小説 l COM(4) l top ▲

コメント

千早は律子を認めてるからこそ、自分と対等の
位置で戦えと言ってるのでしょうね 
認めてなければ、無視もできる でも律子は
自分と違う武器をもって自分と戦える存在

 千早と律子は、同情等必要なく御互いに
高めあう存在 そんないい関係ですよね
2010.03.30 Tue l トリスケリオン. URL l 編集
落書きは油性マジックで。
千早の高潔さと律子のグズグズ感がいい感じですね。
律子と千早は絶対に相性いいよなぁ。
2人の役回りを入れ替えても書けそうですよね。

敵の全力を引き出して勝負しようとする千早、
そういう思いを向けられると逃げられなくなる律子。
2人の全力に、Pもしっかり応えてやって欲しいです。
ああ、なんと羨ましい。
2010.03.30 Tue l ガルシアP. URL l 編集
拝読させて頂きました。
非常に人間くさい感情を抱える律子と千早に共感を覚えました。
途中まではハラハラしながら読んでいたのですが、
最後はPへの落書きでまとまってくれてホッとしました。

泥まみれながらも誇り高い律子は、おそらくもう下を見続けることはないのでしょうね。
始まりの一歩を踏み出せた律子がとても格好良いなと思いました。
2010.03.29 Mon l 寓話. URL l 編集
拝読致しました
律子さんと千早さんの想いの衝突、読んでいてとても懐かしい気持ちになりました。郷愁というものでしょうか、それに近いものを感じました。
律子さんの千早さんに対する考え、千早さんの律子さんに対する考え、お互いを認めていて、憧憬すら覚えている二人。そんな二人が一つのものを巡って対峙するというシチュエーション。表現も美しく、ともすれば修羅場になってしまう場面がこうも爽やかな場面になるとは……素敵です。
素晴らしいSSありがとうございました!
2010.03.29 Mon l 小六. URL l 編集

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