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だからライトノベルは廃れないのかもしれない。その一握りがごまんといるから。
小説というか考えてこと。この下に今日書いた分の記事もあるんでよろしければそちらもどぞ。
例えば、妻が夫に手料理を提供する。
ほぐして言えば妻の愛情こもった料理を作って食べさす。
それはなぜ?
夫に喜んで欲しいから、というのが一般的であり理想的であると思う。
だが、本当にそうだろうか。
確かにその気持ちがないと言う場合はあまりないとは思うが、本当のところはこうだと思う。
自分の料理を食べてもらい夫がうまいと言ってくれる、それが自分にとってうれしいから。
要約して自己満足。けれど多くの人がこれに従って生きていると思う。
誰かのためにがんばれるは結局は自分のためにがんばるになっていると思う。
これをやったら誰かが助かる、これをすれば誰かのためになる。
本当にそれだけで行動できる人間なんて一握りしかいない。
極論、誰かにはなにかをするとき無意識レベルで見返りを求めている。
誰かに親切をした、あるいはそれに類似することしたとしてありがとうと言われなかったとき少し気分を害したりすると思う。
これがいい証拠じゃないだろうか。
せっかく親切をしたのに、ありがとうという見返りがなかったからむっとした、ということじゃないか。
誰かのためならばそもそもありがとうもいらないはず。
そう考えると人間はいつも打算的で自分中心に者を考えている生物だなと思った。
多くの人が今書いたことをわかっていながらも、暗黙の了解としてあくまで人のためと偽るのは汚い自分を見るのがどこまでもいやだからじゃないかだろうか。
誰だってそうだろうし、自分だってそうだ。だから明日も明後日も人はこれを押し隠して生きていくと思う。
2010.06.15 Tue l 考えごと l COM(0) l top ▲

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