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2010/07/26 (Mon) この世界を書ききれたら素敵ですね。

書ききれる程度ならどれほど楽でしょうか。
それじゃ現実と妄想をあわせた書き物いってみよう。

今日、どこかで文明が一つ滅びた。
昨日は大きな文明が滅んでしまったらしい。現実に見てきたわけじゃないからなんともいえないけれど。
話は変わって僕はシャワーを浴びている。
このシャワーで面白いこと、そして奇妙なことが起きるんだ。
シャワーの水を壁にかければそこには当然水滴がいくつもあらわれる。水がぬれた部分全てに。
なのに僕の場合は違った。どんなに壁にかけても水滴があらわれる範囲はいつも決まっていた。
でも完璧に同じというわけではない。日に日にその範囲は狭まっていくのが最近わかった。
最初気づけなかったのはその範囲の減り具合が微細すぎるせいだったからだ。
最初のうちは大きな丸々とした西瓜ほど範囲がいまはソフトボールほどになっていた。
この奇妙な現象はそれだけでおわりじゃない。
水滴というのは他の水滴と合わさって大きくなればなるほど、どんどん加速して下につたっていく。
もちろんこの奇妙な水滴現象であってもそれに逆らうことはないが、不思議なのはここからだ。
重力に負けた大きな水滴はやがて滴り落ちる。
当然水滴の出現範囲をもこえて落ちようとする。と、範囲外に出た途端。
消えてなくなるのだ。
床に落ちてしまう前にその存在を消えさせてしまう。
それも様々だ。範囲外から出てすぐに滅んでしまう時もあれば、ゆっくりと消えていくものもある。
なぜこのような現象が起きるのかはさっぱりわからない。
他にも小さな水滴でほかの水滴と合わさらなかったものは、やがて消えていった。
それらを不思議と思いながらも、僕はシャワーを終えた。

あれから何十年かが経った。僕も歳をくって人生に疲れていた。
あの現象はいまだに続いている。いまはもうすでにピンポン玉ほどの範囲しかない。
本当は、何もいじらなければまだ範囲は広かったかもしれない。でも僕の好奇心はそれをよしとはしなかった。
それまで心のどこかで、あるいはそれは本能だったかもしれない、これに触れてはいけない気がしていたけれど、社会の荒波にもまれて本当に人生が嫌になった時期、僕は水滴に触れてしまった。
ここでも不思議なことが起きた。ふつうなら水滴を潰せばまた細かい水滴ができるのだ、僕が触れた場所は綺麗さっぱりなくなっていたのだ。
それからも僕は一年に一度、水滴を潰していった。
この頃からやけに滅んだ、なくなった国や文明が増えていったこと。
そしてまた最近になって気づいたことは、大きな国や文明が消えるとき、大きな水滴が範囲外にでたときや僕が大きな水滴を潰したときとそれは同じくして起きていた。
信じられないかもしれないが、いまはもうアメリカは滅んでしまった。
あの大きな国がなんの予兆もなく、あっけもなく、いっそ潔いほどに滅んでしまった。
そして僕は考えた。その考えはどこまでもファンタジックで、妄想の域を普通ならでないものだけど。
またシャワーを浴びている。その中で一つだけ印象深い水滴をずっと覚えている。
その水滴はいくついくつも小さな水滴があつまって、僕が見てきた水滴の中で一番大きなものだった。
それを、それだけを潰してみようと思う。そして僕の考えている通りになれば、僕はそれを認めなければならない。その考えはうれしいようで、苦しいものだ。
手が震えた、指が揺れる。だから片手にもう片手を添えて、両手で、ゆっくりと、その大きな水滴を。
潰した。

その翌朝、ニュースをみた。
ロシアが滅んだ、との速報が入っていた。

あれから何年経ったろうか。もう覚えていない。
あの一件から僕はシャワーを浴びなくなった。それだけじゃない。
飲み物を飲むとき以外は水やお茶、牛乳からありとあらゆる水のものは使わなくなった。
最初の一ヶ月ほどは気が狂いそうなほどに自分の臭いがしたが、やがてそれも慣れた。
それよりもなによりも、自分の考えが怖かった。時間に経つにつれてうれしさと苦しさの比率は苦しさに傾いていった。
小説なんかで描かれる、その世界でしか描けない事象が僕の目の前で起こっただけじゃなく、僕自身がその事象を引き起こしているというのだからこれほど苦しいこともないだろう。
でも僕はもう疲れた。だから今日で終わりにしようと思う。
久方ぶりにシャワーを浴びた。すごく気持ちよくて、このまま消えてなくなれるのはとても幸せだろうと感じた。そしてまた久しぶりにあらわれた水滴、もう親指ほどしかない。最初はあんなに大きかったのに。
大きすぎる文明は滅ぶ、とはよくいったものだ。
ほかの国と国同士が吸収、合体しあって大きくなる、とはよくいったものだ。
小さな文明はいずれなくなる、とはよくいったものだ。
全て、僕が見てきた奇妙な水滴の中で起こりえたものというのが、もう笑えてくる。
さあ終わりにしよう。もう疲れた。
そして僕は風前の灯の水滴を一気に拭い去った。これで終わるんだ。
きっと翌朝には生きていないだろう。このまま眠るように、逝こう。

・・・ああ、そうか。
わかった、ようやく答えが出た。生きすぎて腐りかけた脳でわかったんだ、上出来だ。
あの日、僕だけが滅びなかったのはそういうことだ。
あの日以来テレビもなにも見れなくなったのはそういうことなんだ。
ちゃんと世界は崩壊した。僕の予想通りに。
でも僕はその範囲内のものでなくなっていたんだ。
僕は、範囲外だったんだ。
もし仮に、僕が水滴に手を出さなかったら範囲内で終われていただろうか。
あの時僕は人じゃなくなっていたんだろうか。
それとも元から人じゃなかったんだろうか。
わからない。でもわかることがある。
僕は哀れな神なんだ、と。

自作小説 | comment(1) |


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「僕」への手紙 

外に出たのは君の足だよ。
線を引いたのは君の意志だよ。

どういうつもりで言ったのか、 知るすべはないけれど、 「哀れ」などと言わないで。

ご明察、 君は「人生に疲れていた」んだよ。
水滴に濁りがあっても、 いのちなんだということを忘れないで。

外に出たのは君の足だよ。
線を引いたのは君の意志だよ。

どういうつもりで言ったのか、 知るすべはないけれど、 「哀れ」などと言わないで。

君は「人」だよ。 なぜって?
おかしなことを聞くんだね。
決まってるじゃない、 僕が「人」だからだよ。

君がいくら否定したって、 それだけは譲れない。
もう一度だけ言うよ、 いくら否定したって、 「それだけは譲れない」

2010/07/26 23:35 | けむぷっふ [ 編集 ]


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Author:流ぬこ
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書いたり書いたりしている流ぬこです。
ピクシブなんかでも同じく流ぬこで書いています。
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