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横浜で鳴く蝉ひどく場違いな気がしました。
都会の喧騒や一定のリズムを刻む機械の音。
それが横浜という生物だとするなら口うるさくしゃべり、鼓動をするというか。
その中にある異物、病気みたいな場違いの蝉の鳴声。
決して小さい音ではないけれど、紛れまぎれて切ないというか。
でも昔なら逆だったんでしょうね。
都会の喧騒は蝉の大合唱で、機械の音は小川のせせらぎとか木々の揺れる音とか。
その中でぽつーんとバスの排気音とか、船のぼえーみたいな音があったんじゃないでしょうか。
なら今も昔も、良くも悪くも横浜ってのはずっと生物として生きてきたんですね。

まあもっと言いたいことがあるのは、横浜で鳴く蝉がもしかしたら自分の理想像なのかもしれない。
ニュアンスは違うけれどなにか社会に流されるだけじゃないイメージがわきませんか?
蝉自体は土からでてきて近場で鳴いてるだけなのでしょうが、自分にとって横浜で鳴いている蝉は所謂異端、イレギュラー、社会不適合者に思えるのですよ。
できればそんな感じにもなってみたい、だから横浜のところで孤軍奮闘して鳴いてる蝉を少し羨ましく思いました。
いつかそんな風になれたらいいなー。
でも今日はとりあえず寝ます。
おやすみなさいー。
2010.08.06 Fri l 日記 l COM(1) l top ▲

コメント

No title
言われてみればそうですね。

 蝉は、 周りの環境がどんどん変化していく中、 にもかかわらず自分に与えられた生をただ繰り返している。
そんな感じがしますね。

 ずっと蝉の声を聞いていると、 一年前に懸命に鳴き死んでいった蝉達と、 たった今外で鳴いている蝉達は、 実は同じ蝉なんじゃないかなという気さえしてきます。
2010.08.06 Fri l けむぷっふ. URL l 編集

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