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プロデューサーさん。私、またみたいです。

最近、春香が少しおかしい。そのおかしさにあの時代が脳裏を過ぎる。あの時と比べて春香は天海春香らしさを取り戻していた。最初の頃はまた暗さが尾を引いていたが今ではその影もなく明るい春香で歌や踊りを精一杯に披露していた。で、あったはずなのだが今の春香には覇気がない。明るさのどこかに必ず黒い部分がある。それが一体何なのかが掴めず、それが何の対処法も見つけられなかったあの時代をより鮮明に思い出させる。これじゃ、いけない。

私天海春香。高校生。趣味は料理とか、普通なもの。アイドルもやっている。チャームポイントはリボンかな?偶に何もないところで転んだり、塩と砂糖を間違えたり。それが原因でドジッ娘と言われたりする。天海春香はどこにでもいる歌が大好きな女の子。だから。
恋も、する。過去と同じような境遇における恋であろうとも、止められない。それと同時に、過去の体験からの恐怖が私の心を支配する。

ひんやりとした冷たい風と同じように春香の雰囲気もどことなく冷たく感じるようになった。目が合ったとき逸らされたり、話していてもすぐに話を切り上げられたり。その言動は避けられているという答えに全てが繋がっていた。何故だ?どうしてだ?原因を考える、が答えは出てこない。このままではまずい。あの時に戻るのは、もう嫌だ。

プロデューサーさんが気を使ってくれるのがわかる。私に話しかけてくる回数も多くなったし何かと気を掛けてくれる。嬉しかった。けれど、怖かった。私の中で芽生えた気持ちが、どんどん成長していく。だめなのに、いけないのに。これ以上育てないためには、もう。
プロデューサーさんと距離を置くしかない。それは今の私の選択で一番辛く、選びたくないものだった。

遂に僕は春香に「少し一人で活動させてください」言われてしまった。今では春香のスケジュールを管理してそれをメールで春香に知らせることだけが春香との唯一の繋がりとなってしまった。何がいけなかったのか、それを考えるたびに自己を否定する考えばかりで自分自身を切り刻み追い込み、ほどなくして僕は倒れた。倒れたときにも、春香は来てくれなかった。

私は、何をしているのだろう。大切な、一番大切なあの人が倒れたと聞かされて病院まで言ったのに結局会わずに帰ってきてしまった。ここまでやって、拒絶して、無理をしても私の心の中で育つ気持ちは止まらない。成長に成長を重ねてもう自分でも抑制できないようなところにまでいってしまった。成長と共に恐怖も蓄積されていく。苦しい、あの時と一緒だ。どうすればいいんだろう、私は、一体、何をどうすれば。わからない、わからない、わからないわからないわからないわからない。
「助けて、プロデューサーさん…」

ふと、そんな声を聞いた気がした。その声が電話をしようとしていた僕を留めた。僕は僕達二人の危機を救ってくれたあのプロデューサーに電話しようとしていた。どうすればいいのか、このままではまたダメになってしまうと思ったから。でも声を聞いた、とは言っても実際には病室には僕一人しかいなかったが、それからは電話をしてはいけない、そう思った。これは僕が気付くしかない。気付いて上げなきゃいけないことだと直感したから。
気付く、気付く?何にだ?天海春香、気付く。天海春香の何に気付く?
天海春香の。
天海春香の…。














キ、モ、チ、?

―――その想いから逃げないでほしい。ちゃんと向き合って、その上で春香に答えを聞かせてやってほしい。

あの時、そう言われた。そうか、そうだったんだ。
気付いたのは春香の気持ち。心に深い傷を負っても尚、芽生えてしまった感情。その感情を向けられているのは。
「…僕」
答えは出た。なら行こう。全力で走って、息を切らして、春香の所へ。
優しくて不器用で、笑顔が素敵な春香の所へ。

電話が鳴った。ディスプレイに表示される名前はあの人だ。出ちゃいけない、出てしまった今までのことが水の泡になってしまう。なのにも関わらず私は通話ボタンを押していた。もう限界だった。

「はい」

『春香!君と僕とがあの時を越えて初めて成功させたライブ会場の脇にある道に来てくれ!約束をしたあの場所に!』

それで電話は切れた。場所は、わかる。けれど行くべきか、行かないべきか。でも答えは出ていた。だって私も、自分でも知らずのうちに走り出していたから。ただあの人に会いたくて。
何度も転んだ血が滲んだ涙が零れたそれでも。走ることだけはやめずにあの約束をした場所へと一心不乱に走っていた。


ライブ会場の脇、私とあの人が手を取り合って初めて成功させた日に歩いたこの道。冬の足は速くもう日が沈んでいた。人影もなくそこには息を切らした私の荒い息遣いだけが聞こえる。見渡してもあの人はいない。それまで無我夢中で何も感じられなかった心に押し寄せる恐怖。あのときのトラウマが私に襲い掛かる。途端私は取り乱す、なりふり構わず地面に座り込む。怖いコワイコワイ怖い恐い恐い恐い恐いコワイコワイ!

「助けて…!プロデューサーさん…!」



「うん、もう、大、丈夫だ、よ」

見知った声と共にすごい勢いで強く何かが私をぎゅっと抱きしめる。ああ、来てくれたんだ。
プロデューサーさんが来てくれたんだ。

鈍りきっていた身体を酷使して指定した場所に辿りついたら春香が座り込んでいて、恐怖に怯えていた。そうして聞こえた救難信号。それが限界を振り切っていた僕の身体を更に早く走らせる。スピードも落とさぬままに春香を抱きしめる。また離れ離れになってしまいそうな僕達二人の絆を繋ぎとめるように。怯えている春香を安心させるために。出来うる限りを、僕の全てをその抱きしめる行為にあてがった。

「もう、平気だ、よ」

息も絶え絶えにプロデューサーさんはそう言ってくれる。息を思い切り吸って、吐きたいであろうそれを抑圧して私に掛ける言葉を選んでくれている。それがどれだけ嬉しいことで、誇らしいことか。今の私にとってこれ以上の幸福なんてない。だからもう我慢なんて出来なかった。

「プロデューサーさん、私…!」

その後に続く言葉を僕は知っている。聞きたくはあるけど、順序が違う。だから僕は涙目になりながら必死になって言葉を言おうとする春香の口に自分の唇を重ねた。たった数秒で離れた子供同士のイタズラのようなキス。それでも僕には結構勇気を振り絞ったほうだ。

「…春香。聞いて欲しいことがある」

頭がうまく廻らない。私は今何をされた?自分の唇に、この目の前にいる大  な人の唇を重ねられて、言おうとしたことを喉に引っ込めてしまった。目を瞬かせることしか出来ない。声も出ない、感情も考えも緊急停止してしまっている。その行為が私を苦しめた感情の目指していたものの一つだということも、認識できない。

「どうして僕がプロデューサーになったか。そして何故天海春香なのか、それを聞いて欲しい」

まだ春香は呆然としているから話しを聞かせても上の空だろう。けど丁度いい。僕の語りの最初は懺悔のようなものだから。自分を責めるための言葉だから。

「僕は、誰かと一つの目標に向かってあれこれするのが好きだった。プロデューサーもアイドルとプロデューサーが二人三脚でやるものだから、そんな単純な理由でプロデューサーを目指してそうしてなれた。最初の僕はこんなにも軽い考えからプロデューサーになった。そして誰をプロデュースするか、と選択肢にあったのはやよいちゃんと真君と春香の三人だった。正直春香を選ぶ気はなかったんだ。やよいちゃんか真君か、そう悩んでいたら君を見かけて、挨拶をされた。まだ春香が僕をプロデューサーだと知らないときにね。その時の春香は、いつもテレビで見ている君じゃなかった。重苦しく生きているのがやっとのような君を見て、僕は君を選んだ。放っておけなかった、そんな君と頂点にいけたらどれだけ喜ばしいかと君を選んだ。エゴなんだ。僕が君を選んだ理由はエゴでしかないんだ。でも君と接していくうちに僕も心が苦しくなった。どうにも出来ない、溶かすことも砕くこともできない氷の壁を纏った春香と接するうちに僕自身も心をやられていたんだろう。でも本当のところは違う。僕が、僕があんなにも苦しくて、辛かったのは…  だから」

今、何と、言われた?私の聞き間違い、だろうか?それともあちらの言い間違い、だろうか?その言葉は私が今言おうとしていた言葉で、言われるなんて夢にも思っていなくて。

「聞こえなかった?ならもう一度言うね」

私は頭の中でもう一度言われた言葉を再構築する。

「僕は」

天海春香が

「好きだ」

「あ、あああ」

言葉に出来るはずもない。その言葉は何よりも望んでいた希望の言葉。魔法の単語。私がかけようとした魔法なのに、この人は私に魔法をかけてくれた。この魔法は、こんなにも、素敵なものだったんだ。

「あ、ああ、あああああ…」

「だから、遠慮なく、泣いていいよ。僕は君を傷つけない。君が好きだから」

「ああ、ううぅああ、あああああああ」

「気付くのが遅くなってごめんな。僕も自分の気持ちを押し殺して、まさか春香にそう思われるとは夢にも見なかった、気付いたときすごく嬉しかった」

既に春香の声は人間のそれよりも獣の鳴き声に近かった。本能、感情、隠すことない春香の心の内を歌っているかのように感じる。

「これからは傍にいられるだけいるよ。大好きな天海春香のね」

鳴き声の合間合間にありがとう、なんて言葉を言っているような気がした。そんなこの少女が愛しくてたまらない。ああ、これから楽しみだ。これからはずっと春香の手を繋いで一緒に頂点を目指していこう。出来る限り、ずっとずっと遠くまで。


「プロデューサーさん!早く早く!」

「はいはい」

私はプロデューサーさんを急かす。これから仕事、けどその間の少しの時間をこうして二人の時間として使うのが今の私の幸せだ。ああ、そういえば今は二人なのだから名前で呼んでいいんだった。

「天地さん!早くしないと、皆がいる前でそう呼んじゃいますよ!」

「それは困る!」

そう言って天地さんはこちらへ駆け寄ってくる。天地、というのは苗字だ。名前で呼ぶのはまだ恥ずかしい。だから今度は私から、キスをしたとき、その時に呼んでやろうと心の中で計画している。その時が来るまで。
私のところまで来て天地さんは私の手を握ってくれた。

「それじゃ行こうか」

「はい!」

まだ手を握ることしかできないけれど、いつかは天地さんと二人で…。
そう思いながら私は大好きなこの人と歩いていく。

今、天海春香は、幸せです。
2010.12.29 Wed l 自作小説 l COM(0) l top ▲

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