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2011/10/14 (Fri) ある昔の風景3

男は悩んでいた。あれから少女に一度も会っていない。でもそれが逆に不穏でたまらなく男は落ち着いていられなかった。
 自分のささやかな平穏まで奪い去ろうとするこの世界が憎かった。
「…違う、あいつが憎いんだ」
 あの少女のせいだと言わんばかりに悪態をつく。あいつがいけない、あいつにさえ出会わなければ、あの日あそこにいかなければ、そもそも最初に。後悔は滝のように流れ出て、果てなど見えそうになかった。でもやっぱり一番後悔しているのはあの少女のせいにしたことだ。根は悪くはなく、振り返ってみれば結局元は男にあるのだ。
「だからって、プロデューサーになる気は」
 その言葉をさえぎったのは無機質な着信音だ。男の携帯がバイブレーションとともに電話がきたことを知らせている。見てみたがその番号に見覚えがなく、諦めにもにたかったるさと絶望感が押し寄せてきた。
 この着信は鳴り続ける。例え携帯を変えてもまたこの番号からかかってくるだろう。携帯を捨てればそれこそ実力行使もありうる。ここらで白黒つけておかないと厄介だと男は判断し、気が進まないながらも電話に応じた。
「どうも、出てくれると信じていました」
 姫上、と言っていたか。この声には一生慣れそうにない。
 当然相手が姫上でも男は驚きはしなかった。結局男の頭に浮かんでいた電話の相手は姫上かあの少女だと予測していたからだ。それが前者だけだったとのこと。そもそも一緒にいる可能性も低くはない。
「もしもし? 聞いていますか」
「…一応聞くがどうして俺の番号を知っている」
 もちろん男は姫上に番号など教えていない。それでも一応とつけたのには一種の諦めからくるものだった。それは前に会ったときにはっきりしている。
「それをあなたが知ったところでどうするのですか?どうにもならないでしょう?」
「警察に通報でもしてやろうか」
「構いませんけどどうせ信じてもらえませんよ。それにある程度のことだったら、ね」
 手に負えないというのが現状だった。この姫上という人物がどんなものなのかははっきりしないが少なくとも暴力で片付けられるほど小さい人物ではなさそうだ。
 思わず舌打ちがでた。完全に相手のペースだ。
「…用件はなんだ? またプロデューサーになってくれということならお断りだ」
 何れにしろ男はこれだけは譲る気はなかった。これ反抗して消されるのならむしろ好都合だと残酷なほどに考えはまとまっていた。
 しかし姫上の返事は違った。
「いえいえ、今回はとある場所に出向いて頂きたいだけなんですよ」
「とある、場所?」
「ええ、東京ドーム内に来て頂けますか?」
「ドームの外、ではなく中にか?」
「そうです」
「こんな深夜に入れるわけが」
「入れますよ、正面ゲートから堂々とね」
「…本気で言ってるのか?」
「それくらい、おわかりですよね?」
 恐らく、嘘はついていない。
 男はひどく困惑した。なぜこの時間帯に東京ドームに入れるのか。なぜ姫上はここまでするのか。どうして自分はこんなことに巻き込まれているのか。なにより。
 そこにいけば確実にあれに会ってしまう。
 そんな確信があった。なぜ自分ごときのためにそこまでするのか、それが一番理解できなかった。いっそ夢なら覚めてくれと男は願った。
「では待っていますよ、それでは」
 名残も何もなく問答無用で電話から姫上の声が消えた。
 東京ドーム。いまからいけない距離ではなかった。自宅周辺にはなるべく近づかないようにここ二~三日はずっと野宿をして過ごしてきた。それすらも計算の上で場所を指定したとなるといよいよ姫上という人物が恐ろしくなってくる。
 だがそれよりも男が恐ろしいのはあの少女だ。ここで会ってしまったらもう引き返せない。嫌でもトラウマと向き合うことになる気がする。それから逃げることが出来なくなる。脳も体も絶対に行くなと警告音をガンガン鳴らす。だが不意の感情にそれすら一蹴された。それが男の、唯一の本能地帯、心が打ち出した答えだった。

 深夜の風景の中にひっそりと、かつずっしりと佇むシルエット。それはやがて影を徐々に捨てようやくドームだと認識することが出来る。深夜のドームというのはいささか不気味だった。なにより不気味だったのは本当に正面ゲートからドーム内に入れたことだが。
 あるいは野球で、あるいはなにかのライブで盛り上がりを見せ万人の汗をその芝にしみこませたその姿とは打って変わってどこまでも物悲しく頼りげないものに変貌していた。
 正面ゲートを真っ直ぐ行くとそこは一階席になっている。売り子も客もいない。まるで自分が世界に一人だけと錯覚を起こしそうになる。なぜ錯覚しないのか。その答えはドームの中心にいたから。
 たった二つのライトに照らし出されたその姿には当然見覚えがあった。何度も忘れようとして結局は完全に忘れることが出来なかったその姿が。
 姿が見えてから気づいた。音が聞こえる。
 あまり大きくないそれはあまりに澄み渡っていて、なおかつはっきりとしたものが伝わってくるような。男の足はそれに釣られるように前に前にとついには一階席を超えて芝生に下りた、それでもなお前進する。
 前進するたびに聞こえにくかった音が鮮明に、見えていなかった姿の細部が生き生きと、ぼやけてた視界が拭いたように。
「―――」
 いまが深夜だからかもしれないしここが無人のドームだからかもしれないし自分の精神状態が不安定だっていうこともあるかもしれない。それでも比喩とか例えとかではなく。
 この世のものとは思えない歌声がここにあった。
 何秒か、何時間か、あるいは何億光年か。不意に音が止んだ。どこまでまともに聴いていたか男にはわからなくなっていた。そんな男に少女が言う。
「どう?大したものでしょう、私って」
 自分を一糸纏わせずさらけ出した少女の自信。もう笑うしかなかった。
「…はっはははっはは! 大した奴だよまったく」
 どれだけ久々だろう。腹の底から笑ったのは、いつ以来だろう。それを思い出すのは嫌だったがきっと本当に久しいのだろう。
「まあね、さて…これでいいわよね」
「いや、本当に大したものだ、はーはっは…」
「ちょっと、馬鹿みたいに笑っていないでよ。でもそれだけ認めたってことなら…」
「お前ならできるよ、保証する」
「…?」
「それじゃ、がんばれよ」
「ちょっと! ここまでされておいてそれでもやらないっていうの?」
「それこそお門違いだ、これだけされたらやる、なんて言ってない」
「ここまで性根が腐ってるとは…さすがの私でも見抜けなかった」
「それなら」
「とでも言うと思ったの? 私は一度こうときめたら全て成功させる女!」
「本当の意味で、死んでもやらないとしている男をお前ごときで動かせられるとでも?」
 そこまで言って自分でも心にもないことを言っていると苦笑した。
 この少女とあった時点で男の運命は激変、固定された。ならされたか、なるべくしてなったか、その過程は関係がない。結果として残るのはどちらにせよ”この少女のプロデューサーになる”という結果が残るだけなのだ。それでも拒否し続ける。そうでなくてはいけない。たとえ心も体もあの少女をプロデュースしたいと思ったとしてもそれだけは否定しなくてはいけない。実際に今だってしたいとさえ思わされているがそれを否定している。この瞬間男は耐え難い自分の思いに板ばさみされていた。
 したいと思う。
 してはいけないと思う。
 男の冷静な態度とは裏腹に、壮絶な葛藤が今もそこに渦巻いている。それを少女はいとも容易く見破った。
「したいと思うことを我慢することはつまらなくない? それに私をプロデュース出来るチャンスなんてきっと来世でもないわ。据え膳食わぬは男の恥、ね」
「…それでも嫌だ」
「嫌ってまるで駄々っ子ね。プロデュースとかプロデューサーみたいな話になると強制的に思考回路がシャットダウンするのかしら」
「関係ないだろ、ともかく俺はやらない」
 永遠とやるやらないでループするかと思われた会話、がそれを打ち切ったのは意外にも少女のほうからだった。
「…まっ、今日はいいわ。目的は達成したからプロデューサーの話はまた今度でも」
「目的?」
「そう、あんたに私の歌を聴かせる。それが今日の目的だったの」
 たったそれだけのためにこんな東京ドームを貸しきった、いや貸し切らさせたのと思うとこれは戦慄である。男は鳥肌がずっと立っていることすら気づけないでいたほどに。
「それじゃ、そろそろ活動しようかしらね」
「活動?」
 ふと純粋な疑問を口に出してしまったことを男は後悔した。当然少女がこれを聞き逃すはずも泣くニヤリとしながら言った。
「もちろんアイドル活動よ。あんたが来るまでは一人でやってくけどね」
「…ならずっと一人で活動だな」
「そう言ってられるのも今だけ、むしろ今のうちにその自堕落な生活を楽しんでおいたほうがいいんじゃない? どうせ出来なくなるんだから」
 目標は歌を聴かせることと言ったわりにはまったく男を諦める気はなさそうだ。そもそもこの目標とて男をその気にさせる計画の一環に違いはない。どこまでもどこまでも純粋に真っ直ぐに男を落とそうとしているのだ。これほど恐ろしく、扱いづらい存在を否定し続けることが果たして男に出来るのだろうか。
「じゃもう帰って寝るわ。私の活躍を見て気が変わったら電話してきていいし、私からこれからも誘い続けるからね」
 言って少女は身を翻して正面ゲートへ、やがて夜へ消えていこうとした。そこで振り返り大声でこう叫ぶ。
「忘れてた! 私の名前は日高舞! 覚えておきなさいねー! それじゃおやすみー!」
 日高舞と名乗った少女は夜に消えていった。
 男は呆然と、ただ呆然とそこに立ち尽くしてやがてこう思った。
 愚直とも言える素直さで少女、日高舞はあの世界でやっていけるのかと。
 そう思い、それで心が締め付けられるのを男はひたすらに誰もいない東京ドームの真ん中で否定し続けた。

 それから彼女は本当にアイドルとしてデビューしたようだ。どこからか、ふらっと現れたアイドルが爆発的な勢いで人気を集めいてるとか。当然名前は日高舞。傍若無人、天使爛漫、猪突猛進、他にも数多の豪快な四字熟語が似合う少女のことだった。しかもプロデューサーらしい人はおらず一人で全て管理して活動をしているらしい。あの日の宣言どおり、そのままを再現していた。
「だからなだって言うんだ…俺にはこれっぱかしも関係ない…」
 死にかけの兵士が呻くように男は呟いた。携帯は捨てた。家にも帰ってない。整っていた身なりもすぐに浮浪者へと戻った。いつもの日常、のはずなのに。
 少女がちらつく、脳内に、心に。違う。
 もうちらつく程度では抑えられなかった。常にそこにいてそこから離れない、一歩も動こうともしないしひたすら心と脳内を駆け巡る。まるで血液のように。
 ああ認めよう。確かに男は少女を管理したいと、プロデュースしたいと思っている。それにはもう嘘が通用しない。それは認めるしかない。だが認めるだけだ。そこから先へ行くことだけはしない。これがもう限界ラインで超えてしまったらもう戻ってこれない。
「戻らない、あんな世界には戻らない」
 あんな汚い世界なんて。

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Author:流ぬこ
自個偽無、候。
書いたり書いたりしている流ぬこです。
ピクシブなんかでも同じく流ぬこで書いています。
はじめの一歩を見るとオズマ戦でも小橋戦でもどの戦いでも泣けます。はい。

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