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伊集院北斗







「ふぅ、疲れた」
伊集院北斗は優雅にため息をつく。ソファーに腰掛け、ミネラルウォーターを一口。男性なのにも関わらず魅力的な唇が濡れて更に光る。
ただの水が数万円もするリップに見えてしまう。
だからこそ彼は男性アイドルとして活躍することが出来るのだろう。
「しかし、あれから二人とも音沙汰なしだなんて寂しい限りだ」
あれから。黒井社長率いるジュピターは765プロのナムコエンジェルスに負けた。差はごく僅かではあった。
負けた三人はそれぞれ別々の道を歩くことになったのだ。北斗はアイドルを続ける道を選んだ。彼にとってのアイドルは存外に楽しいものだったから。
人気もある。並みの女性アイドルなら裸足で逃げ出すほどに北斗は健在だった。新曲「one start」も好調に売れている。
負けてからの再スタート、という名目でまたトップへの道を駆け上がっている。皆がトップに期待しているなか、一人だけは違った。
「三人で負けた…なら僕一人じゃ到底あの子達には適わないんだけどね」
自信はあった。手を抜いたりもしていない。更には三人がかりで対峙して、負けた。もう一人でどうにかなる相手ではないと北斗は悟っていた。
歌にも踊りにも表現力も五分五分か、北斗達ジュピターの方が一枚上だった。だが女神は天使に微笑んだ。
北斗にもわからなかった。どうして負けたのか、理解できずにいた。すごいという漠然としたことはわかったけれど、具体的な答えは見つからずにいた。
でも答えは最初からあった。ジュピターに最後まであって、ナムコエンジェルスに最初からあったもの。
「絆、ねぇ。ユニットを解散しただけで疎遠になるくらいだ。天と地ほども差があったんだ、そりゃ負けるよね」
北斗がそれに気付けたのは、アイドルを続けていたからだ。
アイドル活動する中で何度かナムコエンジェルスと競演したり、時には対決したりをした上で感じたのだ。
ジュピターの三人は決してなかった仲間を思いやる気持ち。ユニット全体が見えない糸で繋がっている感覚。まるでマーチングバンドのパフォーマンスのような絶対的な絆。
他の三分野で一勝っていたとしても、絆という分野で十負けていればそれは負ける。勿論これは力量がほぼ釣り合っていればの話。
「もしジュピターが仲間同士だったら、あの宇宙に浮かぶ本当の大きな木星になれたのかな?」
北斗が右手を天に掲げ、何かを掴もうとする。けれどその手には何も掴まれていない。掴めたかもしれない何かは、北斗一人だけでは掴めない。
地球に現れた木星は砕け散った。天使達によって、砕かれたのだ。それ自体は良しと思える。だがしかし。
「悔しい、なんて僕らしくないよね? だからこの悔しさだけは誰にも伝えない」
あの時味わった感覚は自分にとって始めてのものだった。
それまで敵なしだった自分、少しの上がり坂すらなかった人生。
そこに現れた壁。最初は薄く頼りない壁。
それがやがて大きくなり木星を打ち砕くほどの天使に。いや。
「さながら、太陽にでもなったのかな」
皆を照らす優しき太陽に、冷たく輝く木星は勝てるはずもなかったのだ。
北斗は考える。アイドルの自分、もうナムコエンジェルス達には一人では太刀打ちできないと悟ってしまっている。
ならアイドルを続ける意味はあるのだろうか? ここ最近、北斗はずっとそう考えていた。ぐるぐる巡る疑問に答えは出ない。
一人で永遠と同じところを回るようなむず痒い感覚。北斗らしくもないが、拭えはしなかった。
「…あの子達なら相談するのかな。心の内を仲間に曝け出すのかな」
北斗にとってそれはとんでもなく勇気がいることだ。自分の、弱さを、誰かに伝える。どれだけの勇気が必要なのか、北斗にはわからない。
そしてたまらなく怖かったのだ。だからこそ携帯に登録された二つの電話番号にかけることが出来ずに、足踏みを強いられているのだ。
あの二人はもう自分の道を進んでいるのか。今更電話されても迷惑だと思われるかもしれない。二人には、嫌われたくない気がする。
「…ふーん、意外とあの二人のこと好きだったんだね。僕は」
少しだけ笑ってみる。
笑って、北斗は携帯を取り出した。今まで電話帳を開いて番号まで辿り着いても最後のボタンが押せなかった。
でも今日は押してみよう、そして話してみよう。今までのこと、そしてこれからのこと。北斗は決心して真ん中のボタンを。
手が震えていた。残像が見える指の振動。それでも、それでも。
「だーめ、今日は押すんだよ。もう心は決まってるんだから、観念してね」
ファンの子達に言い聞かせるように右手に語りかけ、左手で抑える。
チャンスじゃなくてもいい。望みがなくてもいい。ただ一度だけ、一度だけ始まってくれればいい。北斗の指に力が入る。
震えながらもゆっくりボタンに近づいていく。コンマ何ミリあるかなし、あとは押すだけ。
「怖いけど、僕は始めてみたい。恋じゃなく、二人との絆を。もう、逃げない。今は何万のファンの子達の声よりも、二人の声が聞きたいから」
そして伊集院北斗は、決定ボタンを押した。

PLLLLLLLLLLLL PLLLLLLLLLLLL PLLLLLLLLLLLL―――――。
2011.12.13 Tue l 自作小説 l COM(0) l top ▲

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