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音無小鳥








事務用品が足りなくなってしまったため、買出しに行くことになった音無小鳥。防寒具として着てきた洋服も風を防ぎきることも出来ず、手を赤くしながら事務所へ帰る小鳥。
「それにしてもこれ、なんだか大きいなぁ。こんなに大きかったかな?」
いつもよりもブカブカな黒いロングコートから伝う隙間風に耐えながら事務所へと足早に帰る小鳥はそう呟いた。
確かに遠目から見ても少しだぼっと見えるためいつもより小鳥本人が小さく見えるようだ。まるで名前の通りに。
「まあいいや。それより早く帰ってあったまろうー、ココアを淹れてーお仕事お仕事ってあれ?」
これからの仕事に意気込む小鳥の視界に入った寂しげな少女が一人。公園のベンチに座り込んで顔を俯かせている。この寒空にあまりオススメしない行動だ。
何度かちらっと見たことがあるような子だった。確か、名前は三村かな子。新人アイドルとしてデビューしたばかりの他の事務所の女の子だった、と小鳥は記憶していた。
そのアイドルがここにいる。それ自体におかしいことはない。デビューしたで売れるアイドルなんてあの伝説のアイドルの日高舞くらいだ。
今でこそ765プロダクションが誇る歌姫、如月千早も立派なアイドルとして暇なく働いているが昔はよく自主トレだと言って事務所で筋トレをしていた。
それを思い出して少しだけ懐かしくなった小鳥。歩は既にその公園の少女へと向かっていた。アイドルの事務員として、またもう一人の過去の自分としても放っておくわけにもいかない小鳥。
「三村かな子ちゃん、よね?」
「へうっ!? ど、どうして私の名前を呼ばれたんでしょう! ってうわぁ! あなたは誰ですか!」
小鳥が静かに声をかけたのとは対照的に大げさにリアクションを取るかな子。セーターの下からも主張してくるたわわに実った胸が揺れる。
近くて見れば目は赤く、手や太ももも赤くなっていた。長時間外にでたせいだろう、と解釈した小鳥はすぐ近くにあった自販機に向かいココアを二つ買って戻ってくる。
「あ、あのぅ」
「はいこれ。お姉さんの奢り、隣いいかしら?」
「は、はい……」
おずおずとゆっくりベンチの傍らを空けるかな子。その隣にすとんと腰を下ろしてココアを開けて飲む小鳥。本当は事務所で飲むつもりだったが、何だか今二人で飲みたくなってしまった小鳥は事務所ではコーヒーを飲もうかななんて思う。
「こんな寒い日に新人アイドルがずーっと座ってるなんてよくないよ?」
「私がアイドルだって知ってるんですか!?」
目を見開いて驚くかな子。その驚き方はまだ自分自身でさえアイドルだと認識できないでいるような、迷いある初期のアイドルの姿だった。
ココアを少しずつ飲む小鳥。その唇には甘いココアが濡れ、とても色っぽくて唇を飾っていた。それをみたかな子も我慢できずにココアを開けて飲む。
二人でしばらく喋らず寒空の下で一息つく。やがて小鳥が喋り始める。
「自分はアイドルなんてやってていいのかな、とか。自分はアイドル向いてないんじゃないかー、とか。思ってるのかな?」
「ど、どうしてそれを!? ま、まさかエスパーさんですか!?」
素直すぎるかな子を不意に抱きしめたくなった小鳥だが我慢する。体系的にもふっくらとしていて抱きしめるには抜群の居心地だろう。
だが大人としての常識、理性にてその欲を止めた小鳥は更に続けて喋り始める。
「私には、とてもかな子ちゃんは魅力的なアイドルに見えるわ。ただまだ誰も気付いていないだけ。アイドルは黙ってるだけじゃ誰も気付いてくれないからね、最初は」
小鳥はそう言いながら昔を思い出していた。私にもこんな時期があったなぁ、そう思いながら口をぽかーんと開けて聞いているかな子の手を握る。
「好きなアイドルっているかしら?」
「は、はいっ! 今はもういないんですけど、ずっと憧れている人がいて、その人もアイドルだったから私もやってみたいって思って」
「そうなんだ、舞さんとか?」
「日高舞さんも好きでしたし、riolaの二人も好きでした、でも一番好きな人は音無小鳥さんでした」
ドキっとする小鳥。まさか自分の名前が出てくるとは思わなかった小鳥は少しだけ動揺する。同時に嬉しくもなる。まだアイドルとしての自分を覚えていてくれる子がいたのだ。
更にはその子が自分を目指してアイドルにまでなってくれていた。こんなに嬉しいことはない。けれど素直に喜びぬくことも出来ない。
「どうして、音無小鳥なの?」
「えっとー私も小さいときにしか覚えていないので明確には覚えていないんですけど……」
小さいときに、その単語がズキっと痛い小鳥だが表情には出さない。
「ずっと笑顔だったんです。どの番組を見ても笑顔で、歌ってるときも笑顔で、私もいつでも笑顔でいたいなって思ってたからそれで憧れていて」
「そっか、そうなんだ」
小鳥は少しだけ思案する。過去の話は、あまり好きではない。けれど今を歩むこの子がこれ以上足を止める姿も見ていたくはない。小鳥はゆっくりと話し出す。
「私もね、好きだった。いつも笑顔で、楽しそうで、髪の毛が長かったのも羨ましい。だけどそれだけじゃないと思うんだ」
「それだけじゃ?」
「うん。楽しいことや笑えることばかりじゃない、芸能界ってそういうところ。私もそんな世界の事務員だからちょっとだけわかるの。だからきっと音無小鳥もいつも心から笑っていたわけじゃにって思うの。でもアイドルだから無理にでも笑っていた、ただ笑う表情が巧かっただけかもしれないわ」
「そ、そんなこと……」
「やがて笑顔を作ることが耐え切れなくなってアイドルを引退したのかもしれないわ。耐えられないから、逃げるようにして、みんなに迷惑かけてね。笑顔を作りすぎてそれ以外の全て忘れてしまった、人形のようなアイドル……」
「そんなことありませんっ! 小鳥さんはそんなアイドルじゃありません! 小さかった私にでもわかるんです! あの人の笑顔は本当の笑顔だって! 悪いように言わないで下さい!」
ベンチから立ち上がって小鳥にきっぱり言い切ったかな子。少しだけ震えているけれど、真っ直ぐ立っている。自分の事務所の少しだけ臆病なアイドルを一人思い出していた。
「ならかな子ちゃんがそんな顔してたらダメじゃない。小鳥さんの笑顔を目指してアイドルになったのにかな子ちゃんがしかめっ面をしていたら小鳥さんも悲しむと思うわ」
「あっ……」
「だからかな子ちゃん。今はいろいろ考えるんじゃなくて、がむしゃらに走ってみればいいんじゃないかな? あっ、プロデューサーさんはいるのかしら?」
「はい、一応」
「なら安心ね。今はがむしゃらに走るの、だけど休むときは休む。自分ひとりじゃ休みきれなかったらプロデューサーさんの胸を借りるの。二人三脚でやってるんだからそれくらい貸してくれるから、決して一人で抱え込まないこと。そうしたらかな子ちゃんはきっと小鳥さんよりもっと素敵な笑顔を振りまける可愛いアイドルになれるわよ」
「あ、あわわわ! そんなに可愛いとか言わないで下さい! てれ、照れますからっ」
顔を赤くしてベンチに丸くなるかな子。愛しいその姿にまた抱きしめたい衝動に駆られる小鳥だったがそれはプロデューサーがいつかやってくれるだろうとまたもや我慢するのだった。
「小うるさい事務員からのお話しは終わり。かな子ちゃんも自分の家に帰りなさい、今日はまだまだ冷えるらしいから」
「……はいっ。あ、あの。電話番号とメールアドレス、交換してくれませんか? またお話ししたいんです」
「勿論、はい」
そう言ってお互いの連絡先を交換する二人。しかしここで問題が発生するのだった。
「あの、お名前は?」
「あっ!? えーっとね、そうね、私はーそのー」
ここまで自分の名前は伏せて話をしていたのでここでバラしてしまうとまたややこしいことになると小鳥。あたふたしながら必死に考える。
「た、高木小鳥っ! 高木小鳥って言うの!」
「高木小鳥さん、小鳥さんと同じ名前なんですね。いいなー」
「そうなの、いいでしょーあは、あはははっ! こ、こっちは三村かな子ちゃんで登録しておくねっ!」
「はいっお願いします。それじゃまたお話ししてくださいね」
「……うんっ小鳥さんを超えるアイドルになってね。私見届けるから」
高木小鳥として、音無小鳥として。
「はいっ! 頑張ります! それじゃー!」
それだけ言って走り出したかな子。その足取りは軽く先ほどまでの暗雲としてオーラもなくなっていた。いつの間にか立ち上がっていた小鳥はすとんとベンチに腰を下ろす。
「……高木小鳥、かあ。音無小鳥のプロデューサーとか知ってないといいけど」
一抹の不安を抱えながらも小鳥は笑う。あんなに泣いていた音無小鳥を目指すアイドルがいるとは思わなかったからだ。嬉しいような悲しいような気持ちが残る。
でも、この先あの子がどんな未来を見るのかだけは出来る限り見届けようと思う小鳥。すくっと立ち上がって公園を出る。
「かな子ちゃんは見てくれるのかな、私が見れなかった先を。そしたら聞いてみようかな? なーんてね」
寒さは厳しくなっていく。けれど小鳥の心は温かかった。
「ってこのコート、プロデューサーさんのだ。いけないいけない、こんなこと間違ってもしちゃだめよね。だってプロデューサーさんにはアイドルの皆がいるんだから」
帰ったら直に脱ごうと思う小鳥、刹那コートが濡れる。
「あれ、雨かしら? ……プロデューサーさんには悪いけど少しだけ、貸してもらおう」
季節は十二月。日付は十九日。寒さは増していく、曇り一つない空の下を小鳥は帰るのだった。少しだけ、足早に。
2011.12.24 Sat l 自作小説 l COM(0) l top ▲

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