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秋月律子






シンデレラのガラスの靴。それを差し出された気分だった。

どれくらいの前のことだっただろうか。それは私がまだアイドルで、駆け出しだった頃のお話。
本来、私こと秋月律子はプロデューサー志望で765プロの門を叩いたのだが事務員不足ということだったのでまずは事務員からという形で入社した。
それ自体は下積みと考えればよかったのだが更に私はアイドル候補生としての頭数にいれられた。
さすがに社長に相談をしてみたのだがこれも一つの経験としてやってみてはくれないかと説得されて、アイドル候補生となった。
きっぱりとお断りしたかったのだけれどこのままでは765プロ事態が危ういと言われてはどうすることもできず、仕方なかった。
それにアイドル候補生は十人もいたしまさかその中で事務員兼任の地味で眼鏡な私を選ぶことはないだろうと高を括っていたのだ。それの見積もりが甘かった。
私は見事にプロデューサー殿の目に留まり見事アイドルとしてのデビューを飾ったわけである。その日の夜、枕に顔を押し付けて足をじたばたさせたのは内緒だ。
それからは私が憧れていたプロデューサーと共にアイドルとして走り回る毎日だった。営業にレッスンにオーディション、やることは山積みだった。
今になって思えば実際にやってみてどれほど辛いのか、楽なのかを知ることになったのだから全てが無駄だったわけではない。
私はまだまだひよっこアイドルで、プロデューサーも新米で、二人で必死にあれこれ考えて言い合って、時には喧嘩しながらもアイドル活動を続けた。
そして初オーディション、私たち二人は万全の状態で挑んだ。はずだった。
作戦通りに私の手足は動いてくれなかったのだ。レッスンのときはあんなに軽やかだったステップも、伸びやかに歌えていた歌声も、全てがズタボロ。
私たちは想定していなかったのだ。オーディション独特の雰囲気の中で歌って踊ることの体力の消耗具合を。
アマチュアだった選手がプロの舞台に上がって愕然とすることがあるとどこかで聞いたことがある。私はまさにそれだった。
結果は言うまでも泣く惨敗。六人中六位という見るも無残な結果だった。なまじ余裕で一位を取れると思っていた私にはひどくショックだった。
プロデューサーも必死に謝ってくれたし慰めてくれたのだが、私には全てが私に対する悪口にしか聞こえなかった。そして逃げ出した。
私は知った。アイドルがこんなに過酷なものだったということを、そしてそのプロデュースをするプロデューサーを目指している自分。甘かった。
何もかもが甘く感じられて、私は悔しく涙を流した。とめどなく流れた涙を吸った枕はきっと何よりも重かっただろう。
次の日、私は心を入れ替えた。アイドルなんてと惰性でやっていてはアイドルの心は理解できない。それじゃ意味がない。
プロデューサーになろうと言うのだ。その私自身がアイドルの経験を出来るなんてどれだけすごいことか。もう惚けている場合じゃない。
プロデューサーも気持ちを改めていたようで、私たちは無言でアイコンタクトだけでレッスンに向かった。勿論今までどおりのレッスンではない。
オーディションを意識したレッスンだ。何が流行っているのかは勿論、審査員の興味、他のアイドルのアピール具合。
あの時出来なかったことを全て練習した。私は天才とかはかけ離れている、だから努力することでしか前に進めないのだ。
勿論その間にも営業は欠かさない。私とプロデューサーは計画が全てじゃないということ知った。だからこそ妥協すべき点は妥協し、しないべき点はとことんやった。
そしてあくる日、二回目のオーディション。同じ場所、同じ人数、同じ審査員。あの時の思い出が蘇る。けど負けて入られない。
ここで足踏みなどしていたらアイドルとしても、プロデューサーとしても一生成功できない。自分に活を入れ、プロデューサーからアドバイスをもらいオーディションに臨んだ。
細かなミスこそあったものの重要なところは確実に抑えていった結果、見事に一位通過を果たした。あの時の喜びは到底言葉では表しきれない。
オーディションが終わり深夜番組の枠、誰が見るんだと馬鹿にしていた番組に私は場末のアイドルとして出演を果たした。
その収録後だった。無事に収録も終わりいざ帰ろうと思ったとき、私の前に同じような衣装を着たアイドルがいた。オーディションで一緒だった子だ。
確か、私と同じように初オーディションでその空気に呑まれボロボロだったアイドルだ。そのアイドルが私に何か用なのか、と身構えていると。

―――これ、もらってください。

そのアイドルがゆっくりと震えながら差し出したのはマイクの形のペンダントだった。私はどうして私に? と聞いた。
そうすると声を震わせながら、答えてくれた。

―――私、もうアイドル続けられないんです。最初で最後のチャンスだった、から。それでそのペンダント、お母さんから貰ったものなんです。絶対アイドルになってみんなに見てもらえますようにって。私に、ぷれ、プレゼントしてくれた、もので。でも、でも! わたじは、もう、アイドル、になれないがらぁ、あなたにって、おも、って…

その子はもう言葉を紡ぐことが出来ずその場に泣き崩れてしまった。私は、立ち尽くしたまま何も出来なかった。その横からプロデューサーが出てきてこう言った。

―――必ず、必ず君の分まで、秋月律子がみんなに見てもらえるアイドルになるから。約束する。

その言葉を聞いてその子は途端に声を荒げて泣き出してしまった。私は、何も出来なかった。
マイクのペンダントをもらった私。ずっと考えていた。
何も出来なかった。プロデューサーとして、プロデューサーは行動をしたのに、プロデューサー志望の私は何も出来ずただ立ち尽くすことしか出来なかった。
それなのに、私は。
シンデレラのガラスの靴。それを差し出され、受け取ってしまったのだ。
もう逃げも隠れも出来ない。元からそんなつもりもなかったけれど覚悟の決定的な違いに繋がったのだ。
それは使命感からか、それとも何も出来なかった罪悪感からか私はわからぬままがむしゃらにアイドルを続けた。
そうしているうちに秋月律子の名前が頻繁にテレビに出るようになって、ランクもどんどん上がっていって、晴れて私はAランクアイドルまで辿り着いた。
元々アイドルのプロデューサーとしてそのランクにいくつもりだったけれどこんな形でアイドルになるとは思っていなかった。けれど私にとってはたまらない思い出だ。
そして、いつかは来るかも知れないと思っていた手紙が来たのだ。
あの時のアイドルから手紙をもらった。今ではすっかりファンで、どんなに衣装が変わっても胸元のペンダントだけが変わらないのが嬉しくてたまりません、と。
私は直に返事を書いた。会いたいむねを伝え、電話番号とメールアドレスも一緒に送った。そしてその一週間後に私はそのアイドルだった子と再会したのだ。
まず驚いたのはお腹が大きかったこと。妊娠五ヶ月目だそうだ。そして驚くほど落ち着いていたこと。あの時泣きじゃくっていたことは思えなかった。
彼女は私に聞いた。

―――どうして今になって会いたいと思ったんですか?

しばしの間、私は答えられなかった。でもこのままでは呼んだ意味がないと意を決して返事をした。

―――あの時、何もしてあげられなかったこと。何も言わずにペンダントを受け取ってしまったこと。今更だけど、謝りたくて。……ごめんなさい!

あんなに大切なものを軽々しく受け取って、と続けようとしたら口をふさがれウインクをされた。

―――でも、律子さんは守ってくれましたよ? みんなが見てくれるアイドルになるって。だから、いいんです。こちらこそ、ごめんなさい。勝手に押し付けてしまって。

私は堪らず泣いてしまった。その子も私を抱きしめながら泣いていた。何もない公園にはあの日出来なかった、言えなかったものが色を取り戻していた。
あれから一年、無事アイドルからプロデューサーに転身した私は新しいアイドル候補生を担当中だ。この子がまた中々内気で、手ごわいのだが充実している。
私の胸元にはもうマイクのペンダントはない。今では私の担当アイドルの胸元で傷つきながらも光り輝いているから。
手放したときの気持ち? そうね、あえて言葉にするのなら。

「シンデレラのガラスの靴。それを差し出した気分だったわ」
勿論、後悔など微塵もなく。
2011.12.24 Sat l 自作小説 l COM(0) l top ▲

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