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2011/12/24 (Sat) THE iDOLM@STER

萩原雪歩

おめでとう。

あるアイドルがどん底から這い上がり頂点に輝いた日からおよそ三ヶ月、季節は春から冬に形を変えていた。そして始まる、最強の内輪もめ! とまで評されるライブ型オーディション『765アイドルナンバーワン』が。少女たちはそれぞれの思いを胸に秘めていた。
オーディションが行われるのは十二月二十四日。
物語はその前日の二十三日から始まる。

「―――以上だ。今日は各アイドル英気を養ってもらうために全員休日だ。アイドルだけでなく765プロ全社員及びプロデューサーも可能な限り今日は早上がりしてもらう。たまには社長らしく権限もふるわんといかんからな。朝早くからの召集に集まってもらい感謝している。そこでだ。せっかく皆に集まってもらったのだからここは一つ、私のとっておきのギャグを聞いてもらうと」
「社長からは以上です。明日の『765アイドルナンバーワン』は世間にも注目されております。そのキャッチフレーズは、最強の内輪もめ、です。フレーズに負けないよう頑張っていきましょう。それでは皆さん、明日に向けて今日は早めに仕事を終わらせましょう!」
おおー!
「こ、小鳥君…私が用意してきた渾身のギャグをだね、ないがしろにすることに私は心の底から悲しみを覚えて」
「せっかく皆さん明日に向けて意気込んでいらっしゃるのに社長のびみょーなギャグのせいでびみょーな空気になったらいけないじゃないですか。当然の配慮です」
「ううぅ、せっかく昨日徹夜で各アイドルの特徴を捉えた完璧なモノマネを練習したのだが」
「それで目の下だけいつもより黒色の濃度が濃いんですね。ただでさえ見分けつかないんですから気をつけて下さいね」
「とほほ、だな……」
二人とも朝から仲よさそうに話している。社長も小鳥さんもいつも通りですごいなぁ。私なんてワクワクとドキドキが止まらないのに。まるで遠足前日の小学生みたいな気分なのに、やっぱり大人な二人だなー。
「おお、萩原君じゃないか。おはよう」
「あら、雪歩ちゃん。おはよう」
「はい、社長も小鳥さんもおはようございます」
私に気付いた二人は大人の余裕を感じさせる笑顔で挨拶をしてくれた。私にもいつかあんな余裕のある笑顔が出来るようになるかな?
私、萩原雪歩十六歳です。ひんそーでちんちくりんな私ですけどアイドルをやっています。歌も踊りもあまり上手ではないけれど自分なりを突き通したらいつの間にかSランクアイドルになれていたそんなアイドルです。明日の『765アイドルナンバーワン』に参加する予定で今日はオフです。久々のオフだから何をしようかと思っています。My詩集でも書こうかな?
「萩原君も今日はゆっくり休んでくれたまえ。ここのところ働きづめだったからな」
「そうですね。明日も長丁場になるからゆっくり休まないと持ちもせんものね」
「……」
「ん? どうしたのかね、萩原君?」
「急に見つめてきてどうかした?」
何というか。二人を見ていると何かを彷彿とするんだけど、何だろう。んーと、その、なんていうのかな。こんなことを聞くのはおかしいかもしれないけど、ちょっとだけ。
「お二人は、出ないんですか?」
「出る、とはまさか明日のオーディションにかね? いやいやさすがにこの歳ではな」
「歳の前に性別を考えてください。それにしてもいきなりね雪歩ちゃん。どうしてそう思ったの?」
「それは」
 ああ、思い出した。二人を見て誰か達が重なる。その姿は春香ちゃん達であり千早ちゃん達であり美希ちゃん達であり、私達でもある。私には
「まるで二人が担当プロデューサーとアイドルに見えたんです。ついそれで参加しないのかなって思って」
「……ほう、私達がね。成る程、面白い」
「しゃ、社長! まさか……!」
「だが萩原君。今回の参加条件はあくまで765プロのアイドルだけだ。残念ながら事務員である音無君は参加できないのだよ。私ももう社長である身だ。今回は若い君達に任せるとして事の成り行きを見守らせてもらうよ」
「そう、ですか」
「社長……」
「さあもう行きたまえ。どうやら今日やることも決まったようだしな。思う存分、駆け回ってみるといい」
あれ、なんでバレてるのかな。これが大人マジックなのかな? さっき社長と小鳥さんを見て唐突に思っただけなのに、やっぱり社長ってすごいなぁ。でも普段あんまりすごそうに見えないのは変なギャグのせいかな?
「はい、それじゃ社長と小鳥さん。行ってきます」
「ああ、いってらっしゃい」
「いってらっしゃい、雪歩ちゃん」
二人と別れ私は事務所を飛び出した。私の身体より先に先行して飛び出した心を捕まえないといけないし、何より今日は皆に会える数少ないチャンスだ。出来る限り皆と話したい。まずは誰と話そうか? あっ、私すっごいワクワクしてる。って私の心が轢かれちゃうよ!
「待ってー! 止まって止まって!」
私ははちきれんばかりの笑顔で誰にも見えない私の心を追いかける。このまま誰かと会えればもっと素敵。ねぇ、神様? 雪歩のこのお願い、叶えてくれませんか? なんてね。

「行っちゃいましたね」
「うむ、若いうちは走り回るもいいことだね。感心感心」
「……まさか最初に雪歩ちゃんに感づかれるとは思いませんでした。それともただの思い過ごしでしょうか?」
「それは萩原君にしかわからないだろう。だが今まで誰にもそう言われてこなかったのも事実だ。だが今更私達二人の過去の関係が知れたところで驚く者は誰もいないだろうね」
「それもちょっと、なんだか悔しいですね? 何だったら参加しちゃおうかしら」
「これこれ、私がせっかく決めた後だ。たまには華を持たせてくれないか?」
「社長にそう言われたら私は何も言えませんね。でも本当に、少しだけ悔しいです。私がそうなんだから社長はもっとじゃないんですか?」
「あまり言わないでくれ。これでも必死に押さえ込んでいるのだよ。昔の頃に捨てたはずの欲求をね。だが今の私にそれを満たすことなどとてもとても」
「そうですか。なら今回はやめておきましょう」
「そうしよう」
「……けど」
「むっ?」
「けど、次もまたこんな機会があってその時まだ頂点に雪歩ちゃんがいたのなら、その時はあの子の為にも私は動きたいです。どこまで出来るかはわからないけど、独りは寂しいですから」
「小鳥君……。そうだな、次まで頂点の星に輝くのが萩原君であれば私も全力を尽くすとしよう。社長ではなく、プロデューサーとして」
「私はアイドルとして、ですね」
「はっはっは、まあ他のアイドル諸君も十分に力をつけているからね。私達の出番はないだろうがね」
「その割には社長、少しだけ明度が明るくなってますよ? 昔みたいに」
「そうかそうか、まだ私も若いものだね小鳥君。はっはっはっはっは!」
「そうですね、プロデューサー。うふふっ」

うーん。冬の衣装に身を包んだ街に飛び出してみたけど私が思っていたより街は広くて、とてもじゃないが知り合いと偶然会えるとは考えられないだろう。普通なら。でも今の私にはわかる。私はこの街で今日、何人もの知り合いと出会うってことを直感で感じていた。なんて少し言い過ぎかもね?
「もし、そこのあなた」
「は、はいっ!?」
「やはり雪歩でしたか。この広き街中で出会うとは、面妖ではありますが嬉しきことですね」
「し、四条さんでしたか。いきなり話しかけられたからびっくりしましたよ」
「……ふむ。未だ四条さんと申されますか」
「ふぇっ?」
だって四条さんは四条さんだし、なんというかそう言わないとこっちの気が済まないのだ。お姫様とか、令嬢? に気軽にちゃんなんて呼べないし何となく苗字で呼ぶのがしっくりくる。でも四条さんは不満みたいだ。
「私は雪歩と名前で呼んでいるのに、雪歩は私のことを四条と呼ぶのは不公平ではありませんか?」
「えーっと、その。ずっとこれで呼んでいたから慣れちゃってまして」
「雪歩がそちらのほうが良いと言うのであれば強制はしませんが、私としては四条ではなく貴音と呼んでいただきたい。如何でしょう?」
如何でしょうと申されてもやっぱり気が引けるというか。ああなんで私はこういうところが治ってないんだろう。これを気にもっと理想に近づかないと、わ、私に勇気を!
「そ、それじゃ……こほんっ。しじょ、じゃなくて! た、たた、たか」
「……」
何ゆえ無言ですか!? 逆にプレッシャーが押しかかりますよ四条さん! じゃなくて貴音さん!
「たたた、たかっ! たたったった、たっかか…ねさん!」
「……はて、いまいち聞き取れませんでした。たかねーね、と申されたのですか?」
「そ、そんなこと言ってません! 私は貴音さんって言ったんです!」
あっ、言えた。
「はい、私は貴音です。やっと言ってくれましたね、感無量です。ですが…」
「は、はいっ?」
「雪歩が呼びたいのであれば、たかねーね、でも良いのですよ?」
「これ以上踏み込んだら気絶しちゃいますから、遠慮しときます……」
「ふふっ、冗談ですよ」
うわあ綺麗な笑顔。千早ちゃんを思い出すけど、それよりももっと綺麗な気がする。言葉で表すなら、芸術かな?
「もう……。ところでしじょ」
きっと睨まれる。多分蛙が蛇に睨まれたときの気持ちってこんな感じだろうな。
「た、貴音っさん、はどうして街に? 何か用事でも?」
「……まあよいでしょう」
あっまたちょっと不満そう。でもこれが今の私の限界だから許してもらおう。
「用があるわけでもなし、散策と言ったところでしょうか。冬の景色は月ばかりでなく美しきが多いものですから、この休日に是非にと歩き回っていたところでした」
「でもBランクアイドルが何の変装も為しに街を歩くのはちょっと危ないんじゃ」
「ふふっ、Sランクの雪歩も何の変装もしてはいないではないですか。面妖なことを仰りますね? それとも皮肉でしょうか」
「そ、そういう訳じゃないですよ? それに私はた、かねさんに皮肉が言えるほどすごいアイドルじゃ」
「そこまで。それより先の言葉を紡ぐは真の皮肉となります。あいどるの頂にいる雪歩が努々そのような言葉、軽々と言ってはいけないのです。どうしてかはわかりますね」
確かにそうかもしれない。私自身はまだまだだって思っても一応アイドルの頂点にいるのは私だからその私が自分なんてだめだめーだなんて言ったら皆のことをだめだめだーって言ってるとの同じかも。皮肉の何物でもない。
「……これからは気をつけないとだめですね。もう私だけの問題じゃないんですよね」
「ええ。私も雪歩を目指しているのですから、その雪歩に目の前に己はだめだと言われては堪ったものではありませんからね」
「貴音、さんが私を目指してるって、えっ?」
いやいや私のほうが貴音さんを見習いたいくらいなんだけど。その丁寧な喋り方(たまに難解すぎてわからいけど)とか、綺麗な立ち振る舞いとか、大きい胸とか。それなのに貴音さんは私を目指してるってどういうこと?
「当然でしょう。先ほども言ったとおり貴方は頂にいる者。ならばあいどるの私が雪歩を目指さぬ理由はなきにと思いますが」
「な、なるほど。私が一番上にいるから、ですか」
何だかむず痒い。これまでは仕事ばっかりだったからあんまり実感してなかったけど改めてこう言われるとすごく身体が痒くなる。そっかぁ、私って一番上にいるんだ。
「らんくの上で言えば私はまだ千早や美希、春香よりも下になります。ですが人の心を振るわせるために私は歌いたい。その気持ちだけは歌姫、如月千早にも負け気は毛頭ありません。いえ、涅槃寂静ほどもありはしません。ですから明日のおーでしょんには全力で」
「……うーん、涅槃寂静って物凄く小さな単位のことですよね? でも小さいってだけで数自体は存在するんですよね。それって本当に全力なんですかね?」
「……」
「歌姫、如月千早ならきっと涅槃寂静どころか無だと思います。歌に対しての千早ちゃんはそれくらい生真面目ですから」
あ、あれ? 私、もしかして今すごいことしちゃってる? だってこれってまるで私が貴音さんに説教してるみたいじゃ。
「……」
あわわわわ、震えてる! 貴音さんの身体がすっごくわなわな震えてるよ! 小刻み加減がすごいよ! キャベツの千切りどころか万切りとかできちゃいそうなくらい小刻みに震えてる!
「あああのその、いきなり出すぎたことを言ってごめんなさ」
「……あは、あははははっ! ゆ、きほ、あな、あなたもはぁっ! くくっ、言うようになりました、あっはははっ!」
なんか笑ってるよ!? わけがわからないよ!? すごい大うけっぽいけど私は未だにぶるぶるが止まらないよ!? 助けてプロデューサー!
「……はぁ、失礼。取り乱しましたね。ですが貴方がいけないんですよ? 途端に道の往来で説教をするなどと面妖なことをするから」
「す、すいませんです!」
「ふふっ、謝ることなどは何も御座いません。お陰で私も本当の全力で明日に向かえそうですから。やはりSらんくあいどるとは凄き者なのですね。私も見習わなければ」
「そう、ですか? なら私も楽しみです。千早ちゃんと貴音さんが歌うオーディションなんて滅多にないですから。でも負けませんよ?」
「無論です。手など抜く気も起きほどに歌って差し上げましょう。さて、そろそろ私は行くとしますのでここで」
「どこへ行くんですか?」
「腹が減っては戦はできぬ、ということでらあめん巡りの旅にと。一緒に行きますか?」
「え、遠慮しておきます」
「ええ、わかっていました。貴方はこれから駆け回るのでしょうから。それではまた明日、よしなに」
「はい! また明日!」
そうして貴音さんは銀髪を翻し、堂々と歩き街の中へ、正確にはラーメン屋さんへと消えていった。店の名前は、えっと、らーめん二郎? 何かで有名だったと思うんだけど何で有名だったんだっけ? 確か、すっごく…美味しいんだっけ?

「おーい! ゆきほー!」
どこからか声が聞こえる。というかこの若干凛々しい声は。
「あれ、真ちゃんどうしたの? 走ってきて」
「いや遠くから貴音と雪歩が見えたから急いで走ってきたんだ。貴音はラーメン屋に入ったみたいだけど雪歩は一緒に行かないんだね」
「うん、私はこれから出来るだけ知り合いに会おうと思ってるから」
「知り合いって、春香とか千早とか?」
「うん、勿論真ちゃんにもね」
「そっか。でもボクよりもランク高いのに変装しないのはどうかと思うよ?」
ああそうだった。私一切変装してないまま貴音さんと会ってそのままだ。何だか人だかりが出来始めてるのはそのせいかな? そのせいだよね。
「真ちゃん、悪いんだけど別の場所に行こう!」
「ちょ、ちょっと雪歩! いきなり手を繋いで走り出したらあぶなっ」
「運動神経抜群の真ちゃんなら平気平気! ほらほら行くよー!」
私は強引に真ちゃんの小さな手を取って走り出す。ちょっとだけあの時を思い出しながら。
やってきたのはブティック。どちらかというと逃げ込んだというのが正しいけどこの際細かいことはなしだ。真ちゃんの目も輝いてるし、これでいいんだよ。
「うわぁ、可愛いのとか、綺麗な洋服とかいっぱいだー。それにアクセサリーも。何度か入ったことあるけどやっぱりいいなぁ」
「真ちゃんも女の子で立派なアイドルなんだからブティックとか入ってもおかしくないのに」
「そうなんだけどさ、やっぱり自分自身心の中でボクは場違いなんじゃないかなーって怖くなったりするんだよね、うーんでもボクもBランクになったことだしこれからはもう少し勇気を出して入ってみようかな」
「いらっしいませ? 何かお探しですか?」
「あっいえ、探しているってわけじゃ」
「彼女さんへのプレゼントでしょうか? でしたらこちらの」
「あっ……」
むむっ、真ちゃんの乙女のピンチ。今まで助けてもらってきた分、今回は私が助けてあげないと。にしても真ちゃんを見て彼女さんへってちょっと失礼だよね。むっとしちゃうよ?
「違います。私達は二人で可愛い洋服を探しに来たんです。女の子同士二人で来たんです! ねっ真ちゃん?」
「え、っと?」
戸惑う真ちゃんにアイコンタクトで答える。大丈夫、真ちゃんは十分に可愛いから。勇気を出して聞こう。
「そ、そうなんで、す……ぼ、ボクっじゃなくて! わ、わた、私っ可愛い洋服とか、アクセサリーとか探しに来たんです。彼女とかいません!」
さすが真ちゃん! 乙女も裸足で逃げ出すくらいに真っ赤になりながら噛みまくりだよ! 私も抱きしめたい衝動を抑えるので精一杯だよ!
「し、失礼致しました! え、っとその、本当にごめんなさい!」
「こら、お客様になんて口を利くの。でも真摯に謝った点は褒めるべきかしら? ……お客様、先ほどはこちらの店員が失礼なことを言ってしまい、誠に申し訳御座いませんでした」
「て、店長!?」
「ほら、貴方ももう一度きちんと謝罪を」
「は、はいっ。……先ほどは本当に申し訳御座いませんでしたっ!」
あわわわ、さすがに店長さんが出てきて謝られるとは予想外だよ。どうしよう真ちゃん、って真ちゃんもこっちみて驚いてる。あはは、可愛いなぁ。真ちゃん見てたらちょっとだけ落ち着けたし、私が喋ってみようかな。
「そんな丁寧に謝らなくても平気です。ねっ真ちゃん?」
ウインク一つ、ばちこーん。ちょっと古いかな?
「そ、そうだね! ボクもその、言葉遣いとか外見とか男の子っぽいってわかってますし、ちょとだけショックだったけどそこまで気にしてませんからっ気にしないで下さい!」
「うう、本当にごめんなさい」
「だから貴方は……もう少し落ち着いてお客様に喋りかけなさいと言っているでしょう? 今回はお客様が許してくださったからいいものの、今後はもっと気をつけるように、ね?」
「は、はい! 頑張ります!」
「それにしてもこんな小さなブティックに人気アイドルが二人もいらっしゃって下さるとは光栄ですわ。何かお探しでしたらご案内致しますけれど」
店長さん、すっごく丁寧だ。何というか洗練された丁寧さって言うのかな? 貴音さんの元々のものとは違う気がする。かっこいいし、綺麗だし、美しい。ちょっと圧倒されちゃうかも。
「探している訳ではないんですけど、何か真ちゃんに似合う可愛いものがあればって思って」
「成る程、真様のですね。……でしたらこういうのはどうでしょうか? 先ほどのお詫びもかねてこのお店の中にあるものを一つプレゼントさせてもらえませんか?」
「そ、そんなの悪いですよ! それにここにあってボクに似合いそうな可愛いものなんてありそうにないし」
「そんなことはありません! 真さんに似合う可愛い洋服も可愛いアクセサリーもたくさんありますよ! だってこんなに可愛いですもん!」
うわっすごい、言い切った。店の雰囲気とは対照的な情熱的な人だ。その目は私達アイドルの身なりを整えてくれるスタイリストさんに似ていた。
「えっと、その、ありがとうございます、でいいのかな? え、へへ。照れちゃうな……」
「……少々言葉遣いは悪いのですが、よろしれけばこちらの店員と一緒に選んでもらうことは出来ませんでしょうか? 彼女と共に選んだお客様はどの方も満足して帰っていきますので、是非」
「及ばずながら、お客様と、真さんと一緒にここにきてよかったと思えるものを選びます!」
「は、はい! よろしくお願いします!」
「やった! それじゃまずはこちらから―――」
そう言って店員さんは真ちゃんと一緒に小さな店内の一角に移動していった。それにしても変わった店員さんだなぁ。変わってるけど、すごく素敵な人。万人に愛されることはないけれど特別な人に一生愛される人。そんな人。
「先ほどはお客様の前で従業員の説教をしてしまい申し訳ありませんでした」
さっきと同じ角度四十五度で謝罪の礼をする。お辞儀ってちゃんとするとこんなに綺麗に見えるものなんだ。日本の作法ってやっぱり奥深い。
「いえいえ、それだけ店長さんがあの人のことを気にかけているのがわかりました」
「……素質も、能力もあるんです。ですがそれが上手く引き出せないのです。だから先走ったりしてしまい、お客様を怒らせてしまうことも」
「だけどそれも持ち味なんじゃないでしょうか? 私は素敵だと思います」
「確かに。ですが一般の社会において変わり者は淘汰されてしまう。出る杭は打たれてしまう。どれだけの能力や素質があろうと常識がないだけで社会不適合者にされてしまう。あの子にはそうなって欲しくないのです」
……そっか。私達の世界は変わっていてもそれが受け入れられればそれで良いことになる。けど普通の社会だとそうはいかないんだ。私や千早ちゃん、美希ちゃんも普通の社会人になっていたらどうなっていたのだろう? 何だか就職している姿も想像できない。
「先ほどからお客様には何の関係もないお話をして申し訳御座いません。ただ、雪歩様には聞いて欲しくなったのです」
「私に、ですか?」
「はい。その様に可愛らしい外見をしながら非常に落ち着いていらっしゃいます。私にはそれが神秘的にすら思え、ついつい口を矢継ぎ早に滑らせてしまいました」
そんなことはないと思うけど、誰かがそう思ったのなら私にもその可能性があるっていうことだよね? そうだったら嬉しいな。
「乗せるのがお上手ですね、さすが店長さん」
「そんなつもりではなかったのですが……」
「それじゃ乗せられついでに一つお願いしてもいいですか?」
「はい、何でしょうか?」
「私に似合う可愛いアクセサリーと洋服、一緒に選んでもらっていいですか?」
「……勿論です。ではまずはこちらの方から―――」
静かなジャズが流れる店内をたった四人で独占する満足感。朝方って言うのもあるだろうけどこんな素敵な時間とお店に出会えてよかった。私と店長さんはゆっくり話し合いながら、真ちゃんとと店員さんは実際に手に取ったり合わせてみたりしながら、それぞれに似合うものを探していった。しっとりと流れているのに時間の進みは早くて、まるでこの店内の時間だけが魔法にかかったようだった。あっMy詩集に何か書きたいな。
二時間ほどの時間があっという間。体感時間的には三十分くらいだ。私はいつもとは違って黒のロングコートにシルバーのブレスレットというシンプルな色でまとまった。一方の真ちゃんはなかなかすごい。
ピンクのニット帽にウールも入ったベージュ色のコートは健康的な太ももまで隠す大きさ。その大きさとは対照的なお尻くらいしか隠さないジーンズ調のホットパンツを穿いて、膝小僧まですっぽり覆うほどながーい緋褪色のブーツを履いた、落ち着きながらも可愛らしい天使がいた。うん、ニット帽の両サイドから垂れてる白色ぼんぼんも可愛い。というか髪が長い真ちゃんがニット帽被るととんでも可愛い。今なら私カメラマンさんになれるかもしれないとか思えるほどに可愛い。ちょっと口がぽかーんてなったまま塞がらないや。
「えっと、どう、かな? やっぱり変?」
「そ、そんなことないよ真ちゃん! あまりの可愛さに口から半分くらい魂出かけてたよ!」
「そこまでっ!? いやでも、嬉しいなぁ。店員さんもありがとうございます」
「いえ、私もここまで可愛くなるとは。やっぱりアイドルって違いますね。光り輝いているって言うか」
「とてもお似合いです。冬に丁度良いテイストでの落ち着きとその中にも躍動感ある可愛らしさが見えます。真様だからこそだと思います」
真ちゃん、また顔真っ赤だ。でもさっきと違って素直に嬉しそう。可愛いなぁ。これでかっこいい面もあるんだからある意味反則的だよね。これでBランクなんて嘘ばっかり。すぐに追いつかれちゃうかも。
「……あっ! でもこれだと一つじゃないです! つい浮かれててプレゼントのことすっかり忘れてました!」
「えへへーいいですよ。これだけいいものが買えるなら安いものですし、これだけやってもらってボクからは何もなんてボクがいたたまれないですから」
「で、でもでも……それじゃ! アクセサリーがまだですから、イヤリングなんてどうですか?」
「イヤリングって耳に穴が開いてないとだめなんじゃ」
真ちゃん、それはピアスのほうだよ。でも店員さんが案内してくれるだろうから私はあえて口にはしなかった。
「イヤリングは耳たぶに挟んで使うものなので穴がなくても平気です。こちらでご案内しますね!」
「はいっ! よろしくお願いします!」
真ちゃん輝いているなー。乙女モード全開ってところだね。私もあれくらいやったらもっと可愛くなれるかな? んー、でも可愛いより私はもう少し強くなりたいな。誰かの力になれるくらい強い人に。真ちゃんはそうだもんね。
「恐れながら、雪歩様も十分にお強い人だと私にはお見受けいたします」
「ど、どうして私の考えていることが?」
「この仕事についてかれこれ二十数年ですから、少しだけ人の気持ちが見えるようになりましてね。偶然の産物ですね」
しれっとすごいことを言う人だ。でも強いってどういうことかな? 私はまだそんなに強くなったつもりはないんだけど。
「雪歩様は先ほど、真様のためにフォローをなさっていました。それにあの時、少しだけ怒っていましたから。誰かのために怒る、これは中々出来ないことです」
「……そうでしょうか?」
「何より、雪歩様は真様の手をお引きになりながらこのお店へ入ってきてくださいました。誰かの手を取って先導する、強くなければ出来ぬことかと。お恥ずかしながら私はそう思います」
「誰かの手を取って先導する……」
あの時、そうしてくれたように。過去の私がそうしたように。たったそれだけの思い一つでやっていた行動が人から見ればそんなに強いことに見えるんだ。それなら、少しは誇っていいのかな。萩原雪歩は強いんだぞーって。小さな胸でも、張っていいのかもしれない。
「……私は今でも怖いのです。あの子の未来は私にかかっていると思うとその重圧から逃げ出したくなる。目を背けてしまいたくなるのです」
「でも、逃げ出していない。背けてない。それが答えではいけないんでしょうか?」
「……!」
「確かにそう思ってしまうことに後ろめたさを感じるのは仕方ないと思います。だけど店長さんはまだ逃げ出していないじゃないですか。目を背けていないじゃないですか。だから、私達の前でついつい説教してしまった。それほどにあの人を愛しているから。それが答えでいいんじゃないでしょうか」
会話がなくなる。あれ、もしかして私またやっちゃてる? そうだよね? また説教みたいなことしちゃったよね? ああもう最近説教臭いよ私! よりによってこんな目上の人にまで説教しちゃうなんて強いと言うかふてぶてしいよ!
「やはり、雪歩様はお強いのですね」
「そ、そんな! こっちこそ生意気なこと言って」
「いえ、雪歩様の言う通りです。元より私の答えは出ていた。けれど断定してしまえば逃げてしまったとき、背けてしまったときの罪悪感が余計に加重される。そう思い、あの子からだけでなく自分からも逃げていたのですね。ようやく気付けました。これも全て雪歩様のおかげです。この感謝を到底言葉などで表すことは出来ませんが伝えずにおられません。ありがとうございます」
「それじゃ、言葉ではなく形あるものとして私のお願いをもう一つ聞いてくれますか」
「勿論です。私に出来ることであればいくらでも」
「様って言うの、むず痒いです。だからせめてさんで、出来るなら呼び捨てで呼んでくれませんか?」
「何と……何度目かはわかりませんが、本当にお強いのですね」
「自分ひとりで辿り着けた訳じゃないですけどね。それでも今の自分は結構好きです」
そうだ。私が私を否定したらそれまで私を支えてきてくれた人達全員を否定することになる。そんなのは萩原雪歩が許さない。許せない。肯定までする自信はないけど、否定する気も毛頭ない。
「雪歩ー決まったよー! どうかな?」
「店長、今更なんですかこれを差し上げてもよろしいですか?」
真ちゃんと店員さんが戻ってきた。中央にピンク色のハートが書き込まれた細身のシルバークロス。こうしてみると高そうな感じだ。それにも負けない真ちゃんも真ちゃんなんだけど。
「結構よ。ちゃんとシリコンキャッチはお付けした?」
「はい。ばっちり両方とも付けてから真さんの耳にお付けしました」
「わかったわ。それじゃその他のお会計ですが一式ですから少しだけお安くしておきます。そのままご使用になりますか?」
「はいっ!」
 その後、全てを買えるだけの所持金を持ち合わせていなかった真ちゃんは一旦着ていた服を戻して銀行にダッシュ。かと思いきやすぐさま戻ってきてお会計を済ませる。さり気に私の分も払っていた。男前ならぬ真前? やっぱり可愛いけどかっこいい。お金は後で返すとして今はこの可愛い真ちゃんを全力で見つめていたい。
「ありがとうございます! またのお越しをお待ちしております! 真さん、雪歩さん!」
「雪歩さん、真様。本日は本当にありがとうございます。心から、またのお越しをお待ちしております」
「はいっ! また来ますから今度も一緒に選んでくださいね! 書店院さん!」
「店長さんも書店院さん、よろしければ明日私達が所属する765プロ主催のオーディションが生放送で放送されるのでお暇でしたら是非見てくださいね」
そう言って私と真ちゃんはブティックを後にした。お店の名前は『リーン』。私と真ちゃんだけが知る秘密のブティック。なんて気取りすぎだね。
「いやあ、ボクこんなに可愛いもの買ったの初めてだよ。これも雪歩と書店院さんのおかげかな?」
「私は何もしてないよ。服を選んだのも、買おうと思ったのも真ちゃんだからね」
「そっか……雪歩は強くなったね。昔はボクが守ってあげなきゃなんて思ってたんだけど、今じゃ逆かな?」
「私だっていつまでも守られてるだけじゃ心もとないから。守ってあげられなくても誰かの手を引いて何かのきっかけくらいにはなれたらいいな」
「そうこなくっちゃ! 頂点がこの調子ならボクもまだまだガツーンっと! 挑戦できるよ。明日は負けないからね!」
言って、真ちゃんはくるりと回転した。得意のダンスも相まってすごく綺麗なターン。揺れるイヤリングすら冬の景色に溶け込んで真ちゃんの後ろだけ雪が待っている様を幻想した。実際は晴天なんだけどね。
「うん、私も負けないよ。たまには私もかっこいいとこ見せないとね」
「かっこよさなら負けないし、ダンスでも負けないよ! くうー、明日のこと考えてたら無性に身体動かしたくなってきた! ボク、走って帰るね! それじゃ!」
あんまりその格好で走り回るのはって思ったけど一度走り出した真ちゃんは止められない。仕方なく私も真ちゃんの走り去る背中に別れを告げる。
「また明日ねー!」
私の声に気付いてバック走をしながら手を振り替えしてくれる真ちゃん。嬉しいけど危ないから前を見て欲しい。そのまま真ちゃんの姿は見えなくなっていった。
さて、これからどうしようかな? 私はさっき買ったばかりのロングコートとシルバーのブレスレットを落ち着きながらオシャレな紙袋を持ちながら考える。というか私も着てしまえばよかった。真ちゃんに夢中ですっかり自分ことを忘れていた。私も大概真ちゃんが好きだなあ。

ブルブル ブルブル ブルブル ブルブル ブルブル

マナーモードに設定されている携帯が震えている。最初は寒いのかなと見当違いのことを思ったけれどすぐに誰かから着信がきているのだと認識し慌てて電話に出る。通話ボタンと切るボタンを間違えそうになったのは内緒だ。

「はい、もしもし」
『あっ雪歩? さっき言い忘れてたんだけど皆を探してるならその近くの喫茶店のオープンテラスに律子達がいるから行ってみたら?』
「そうなんだ。うん、そうするね。ありがとう真ちゃん」
『ううん、じゃあボクもう少し走るから、じゃあね!』
「またね」
短い電話だったけど有力な情報が手に入ったよ。この近くの喫茶店でテラスがあるところは一つだし私も何度か行ったことあるからこれはいただきだ。次なるアイドルをゲットせよ。なんちゃって。
それにしても今の私は実はすごい位置にいるのかもしれない。貴音さんや真ちゃんには打倒雪歩! みたいなことを言われるしあの店長さんにはお強いとかも言われちゃったし。元々自分を変えたいっていう動機でアイドルになった。結果的には変われてるのかもしれない。でも漠然としたイメージしかなかった。私は本当に変わりたかった自分になれているのかな。正直、実感がまったく沸いてこない。自分で変わったよりも周りが変えてくれた部分が大きいからかな? んーむ、萩原雪歩とはなんぞや?
そんなことを考えていると喫茶店の看板が見えてきて、オープンテラスのど真ん中に一際賑やかな団体が座っている。とてもアイドルとは思えない、でもあれだね。完全に周りには感づかれてますよ律子さん。必死になって亜美ちゃんと真美ちゃんを抑えているのはわかりますけどそれ以上騒ぐと写メ取られちゃいますよ?
「あー! ゆきぴょんだー!」
「わあい! 天下無敵の我等がアイドル、ゆきぴょんだー!」
「あらあら、うふふ」
「ちょ、亜美! 真美! こんな衆人観衆のど真ん中で何を叫んで」
律子さんも名前言っちゃってますよ。完全に目をつけられている。大騒ぎになる前に即座に場所を移動しよう。あずささんは律子さんに任せて、亜美ちゃんと真美ちゃんを移動させなきゃ。
「おはよう、亜美ちゃん真美ちゃん。で、いきなりなんだけど私の行きつけの喫茶店がこの近くにあってそこのケーキが絶品なんだけど、一緒に行かない?」
「えーでもでも、まだここのメニュー制覇してないんだよーねえ亜美」
「うんうん、私達四人には負けられない戦いがあるー! って感じなんだよ、ゆきぴょん君」
「そっかー残念。実はそのお店機械がパンを作ったりしてて面白いところなんだけど、そういうことなら今日は私一人で」
「ゆきぴょん遅いよなにしてんの! 時間は待ってくれないんだよ!」
「ロボットが真美達を待っているんだよ! 真美達のドリルで対抗しないと!」
「と言うことですので律子さんとあずささんもそちらに行きましょう。亜美ちゃんの言う通り、あまり時間はなさそうですから」
もうひそひそ話しのレベルじゃなくて回りの人達が携帯携帯と言っているのがわかる。しばらくは平気だと思うけど誰かが取り始めたらここは撮影会場になっちゃう。日本人ってきっかけがないと何も出来ないからね。私みたいに。
「そ、そうね。ほらあずささんも座ってないで、行きますよ!」
「あらあら? 急なんですね。全制覇はしないんですか?」
「その前に私達がファンの皆さんに写真コンプリートされちゃいますから! ほら、ちゃっちゃと移動です、アイドルたるもの移動も素早く!」
亜美ちゃんと真美ちゃんが道も分からず先行し、律子さんがあずささんを押していく形でその場を後にする。私? 写真取れないのも可哀想かなって思ったので少しだけ皆にウィンクしてそのまま律子さんたちの後を追いました。でも誰も追ってこなかったのは私に魅力がないからかな。皆口開けてぽかーんとしてたし。ちょっとショックかも。
突発撮影会が始まる前に何とか逃げおおせた私達五人は路地の置くにある喫茶店に入った。私の行きつけの喫茶店だ。誰にも見つからないし、スイーツも飲み物も美味しいのでよく来る。亜美ちゃんと真美ちゃんがキョロキョロしてる。多分ロボットを探しているんだと思うんだけど私は機械が作ってるって言ったからね。
「ねえねえゆきぴょん、ロボットはどこかな! 真美のドリルがどるんどるんいってて止まらないんだよ」
どこから取り出したのか手の平サイズのドリルキーホルダーを右手に持っている真美ちゃん。当然の如く亜美ちゃんも持っていた。恐るべし双子パワー。
「さあ出て来い超人ロボキカイダー! 亜美と真美の正義のドリルで貫いてしんぜよう!」
「あ、えーっと亜美ちゃん真美ちゃん。ロボットなんだけどね、実は……」
「ロボットなんているわけないでしょ。そんなものが出回っていたらアイドルどころの騒ぎじゃないわよ、ねえ雪歩?」
「え、えっと、そうですね」
「ええー! それじゃキカイダーはいないってこと? ゆきぴょんの嘘つき!」
「あらあら、雪歩ちゃんは機械が作ってるとしか言ってないわよー? ロボットなんて一言も言ってないわー?」
「ぐ、うう……これは大人のいんぼろを感じるよ。さくやくだ! じゅんかつだ!」
「陰謀、策略、狡猾ね。というか最後の潤滑に至ってはわからないレベルよ?」
それなのに何故律子さんはすらすらと答えられているのだろうか。私にはそれが疑問なのだけどここま突っ込まないことにした。付き合いの差だろうか?
「とにかーく! ゆきぴょんが言ったとおりここのスイーツが美味しくなかったらそれこそ嘘になるかんね! こればっかりは我慢ならないよ!」
「んっふっふー、亜美と真美のスイーツ博士度はすごいかんね? そうそう簡単にはなまるはでないからね?」
「私も甘いものには目がなくてすごく目移りしちゃいますー」
「あずささん、微妙にあずささんだけ論点がずれてます。でもまあ天下のアイドル萩原雪歩の行きつけの味、楽しませてもらおうかな」
「はい。美味しさには嘘をついてませんから。何でも頼んじゃってください」
五人で頼んだのは律子さんと私がモンブラン、亜美ちゃんがチーズケーキで真美ちゃんがチョコレートケーキ、あずささんがミルクレープを頼んだ。どれも食べたことがあるけど特に美味しかったのはミルクレープかな。この前食べ過ぎてちょっと今は遠慮したいんだけど。
五人分のケーキが一気にやってきた。一切れのケーキたちに心振るわせる。律子さんも心なしかめが輝いているように見える。スーツ姿でスイーツってすごく不思議で可愛い組み合わせ。出来る女の可愛い一面! みたいな。
「いざ!」
「実食!」
「いただきますでしょうに」
「美味しそうですね、いただきます」
「私も、いただきます」
全員合わせて一口ぱくり。数秒誰も喋らず、次の瞬間には皆の顔がとろけていた。言葉にならない感嘆詞を漏らしながら一口目を味わう私たち。大好きな仲間たちと美味しいスイーツを囲んで食べるなんて、こんなに幸せでいいんだろうか?
「う、うまーい!」
「本当にうまいや…真美、声出すの忘れてたよ」
「何層にも重なってるのは外見だけじゃなくて味もなのね、絶品とはこのことかしら? うふふ」
「うーん、お世辞抜きで舌抜きにされるほど美味しいわね。甘さも丁度いいし」
「一応このモンブランって甘さ控えめらしいんですけど、私としてはもうちょっと甘くなくてもいいかもしれません」
「雪歩はそんなに甘党じゃないのね? そうすると春香のとか逆に甘すぎたりするんじゃない? 結構甘く作るわよね?」
「まあそうですけど、春香ちゃんのお菓子には私たちへの愛情が特別込められてますから」
それに人によって甘さとか量とか、あらゆるところを調節してくるから甘すぎるって事もない。たまに多人数でパーティーするときはどうしてもホールケーキになっちゃうから甘く感じるけどたまに食べるとあの甘さも絶品だしね。春香ちゃんの名誉のために言っておくけど砂糖と塩を間違えたりお鍋爆発させたりはしません。まあたまに派手に扱けて箱の中のケーキがぐちゃぐちゃになることもあるけど、それでも美味しいからすごい。
「ところで律子さんたちは一体何をしていたんですか? 何となく明日絡みだとは思っているんですけど」
「んー本当はサプライズにしておこうと思ったんだけど、まっ宣戦布告も悪くないわね。言っちゃっても良いですよね、あずささんに亜美?」
「ちょっと待って話しかけないで! 今この最高に美味しいケーキをどうやったら最強に美味しく食べれるかケントーしてるところだから!」
「はっ、亜美! このチョコケーキとチーズケーキを少しずつ切ってフォークに同時に突き刺して食べるってのは」
「そ れ だ ! 真美軍曹、直に切り分ける作業に入るのだ!」
「あいあいさー! 亜美将軍!」
「いいみたいね」
ええーいいんだー。
「あずささんもいいですよね?」
「構いませんよ、私たちもこんな美味しいサプライズをもらったんですからお返ししてあげないと」
「それじゃ言うわね。これは秘密だからまだ皆には言わないでね? ええ、ごほん。……実は私と三浦あずさ、双海亜美はユニット名『竜宮小町』で再デビューすることにしたの。その初舞台明日の『765アイドルナンバーワン』になるの。面白そうでしょう?」
「……」
「あれ? おーい、雪歩ー? 反応ないのが一番寂しいんだけど~?」
あずささんと亜美ちゃんと律子さんがユニットを組んでアイドル再デビュー? しかもその初舞台が明日のオーディション? えっなにそれ、すっごくワクワクしてきちゃった。鳥肌が止まらない。今なら飛べそうだよ。
「こらー雪歩ー帰ってきなさーい。律子うさぎは寂しいと死んじゃうのよー」
「え? ああすいません! ちょっと意識が成層圏を突破して飛び立ってました! というかユニットの話し本当ですか!?」
「あっ帰ってきた。別に嘘つくことでもないからね。そんなに驚くことかしら?」
「驚きますよ! だってあずささんと亜美ちゃんと律子さんですよね? 予想もしない三人のユニットが明日いきなり私たちと一緒に歌ってくれるなんてワクワクしないほうがおかしいですよ!」
「そこまで言われるとこっちが恥ずかしくなるわね……一応Sランクアイドルの雪歩に挑戦状を叩きつけたつもりだったんだけど」
「受け取ります受け取ります! 何だったらここの支払いは任せてくださいって感じです!」
「雪歩ちゃん、落ち着いて。はあい、深呼吸~」
「すーはーすーはー……落ち着きました」
「なにこれコントか何か?」
「あら、律子うさぎは寂しいと死んじゃうんですよね? なら構ってあげないと」
「ちょっ!? さっきの一発ネタぶり返さないで下さい! 割と恥ずかしくて忘れたいんですから! いいですね、忘れてくださいね?」
「はいはい、わかりました」
うん、やっぱりあずささんも大人の女性だ。あの店長さんとも違う物腰柔らかな大人のお姉さん。是非メニューにあるアルコール分が表示されているケーキをその麗しい唇に運んでもらいたい。その後で頬を片手で押さえて微笑んでほしい。ってあれ。さっきの会話だとちょっと疑問点があるかも。
「あの、律子さんとあずささんと亜美ちゃんでユニットってつまり『竜宮小町』としてアイドルデビューするのはあずささんと亜美ちゃんでそのプロデューサーが律子さんてことですか?」
普通に考えるのならそうだ。だって律子さんはプロデューサーになったんだから、順当に考えればプロデューサーとして活動するだろう。でも律子さんは首を横に振った。
「ううん、最初はプロデューサーとして審査員の予定だったんだけど、社長からゴーサインが出てね。おかげで競う方として参加できるようになって、それで私もプロデューサーに専念したかったんだけど、割かし自分の、その、アイドルとしての人気というか私個人の人気というか。とにかくそれが思いのほか多かったから、なら私もアイドルとして参戦しつつセルフプロデュースやってみようかなって思ってね。ちょっとファンの気持ちを利用するみたいで嫌なんだけどね。そうでもしないと雪歩どころか春香や千早、美希に『スノーライバル』の三人にも勝てそうになかったし」
律子さんの顔が曇る。ファンの気持ちを利用する、そのことについて律子さんは心を痛めてるみたいだ。当たり前だよね、だって律子さんはついこの間までアイドルをしていたんだから。痛くないわけないよね。
「律子さんそれは」
「律子さん、それは違うと思います」
「えっ?」
「あら?」
律子さんとあずささんが振り向く。私は止まらず言葉を紡ぐ。
「確かに律子さんがやろうとしていることはファンの皆を利用していることにも繋がるのかもしれません。それは紛れもない事実です」
「そう、よね」
「だけどそれでも、律子さんのファンの皆は喜ぶと思うんです。形はどうあれ、律子さんはどう思っているのであれ、秋月律子がアイドルとして再デビューするんですから」
「……でも自分勝手過ぎないかしら? プロデューサーになるんだーて言って皆を悲しませてその数ヵ月後にはアイドルとして。私だったら怒ると思うし、許せないかもしれない」
「律子さんは許されたくてアイドルをするんですか?」
ぴくっと律子さんの眉が動く。私は知っている。この動作が否定を意味することを知っている。
「律子さんは皆に許されたくてアイドルを、するんですか?」
「……違うわ。私は、アイドルとして、プロデューサーとして頂点を目指したい。そのためにもう一度アイドルになろうと思った。……どこまでも利己的ね」
「けど、律子さんは、秋月律子と言うアイドルはそれが許されるアイドルではありませんでしたか? 前面に商魂を押し出しても、利己的な部分を押し出してもそれでもファンがいた稀有なアイドルではありませんでしたか?」
「そう、だったかな?」
「……律子さんがプロデューサーとして道を歩むことを決めて、アイドルとしての最後のライブを行った最後のファンの声を律子さんはもう覚えていませんか?」
「……」
アイドル秋月律子の最後のライブはキャパ五千にも及ぶ大きなホールでの開催だった。プロデューサーとして歩んでいくことを決めた律子さんは精一杯のパフォーマンスを見せた。当然チケットも即ソールドアウト。誰一人として緑色のサイリウムを欠かすことなく、その緑色の光が一度も明滅することなく行われた私たちアイドル業界ではある種の伝説になっているライブ。その最後、律子さんがアンコールで歌った自身最大の持ち曲『いっぱいいっぱい』も歌い終わり最後の挨拶、それも終わったときだ。最初は律子さんを送り出す声援だったのが、次第にファンの本音に変わって言った。

―――またアイドルとして帰ってきてねー! 俺達待ってるから!

そんな声援を最後に律子さんはアイドルとして舞台を降りた。ここまで私が覚えているのに当の本人が覚えていないはずもない。
「あの言葉を信じて、あの言葉を実現させることが出来るのはたった一人。律子さんしかいないんですよ。だからもっと胸を張ってください」
「……あらやだ雪歩、私の胸が大きいからってセクハラかしら?」
「えっ、いえっ! そういうわけじゃ!」
「ぷっ、あははははっ! 嘘嘘ジョーダン! はー、まさか雪歩に説教されるとはね」
「律子うさぎは寂しいと死んじゃうのは本当かもしれませんねー?」
「かも、ですね。ですけどそのネタはもう禁止です。次いったらあずささんソロでグラビアの仕事一ヶ月してもらいますよ? それはもうあちこちはみ出るくらいの」
「ご、ごめんなさ~い!」
「よろしいです。いやあ、雪歩にここまで言われちゃったらやらないわけにはいかないなー。ここはアイドル秋月律子もプロデューサー秋月律子もいいとこ見せないとね。いい雪歩? 火をつけたのはあなただからね? 容赦しないわよ?」
「はいっ私も一生懸命立ちはだかりますから、思う存分戦いに来てください。Sランクアイドルは伊達ではないことを見せて上げます!」
「おお! ゆきぴょんがすっごくやる気にちみちみている!」
「これは真美も負けてらんないねー! ソロだけど皆にぶつかっていこーっと。当たって砕けろだ!」
「真美ちゃんはソロで行くの?」
「うん! 今まではアイドル双海亜美だったかんねー。ちょっちは真美の大人の色気も見せておきたくってさー。真美のソロデビューの夢が皆と一緒の舞台で叶うなんて真美は幸せ物だよね~」
そっか、真美ちゃんもアイドル結構やってるけどそのほとんどが亜美って呼ばれてたんだよね。自分の名前を呼んでくれるファンがいないって結構辛そう。私だったら耐えられるかな? でもこれからは双海真美として、私たちと同じステージに立つんだ。すごいや、今日はワクワクが止まらなくてそのうち心臓も止まっちゃうかも。
「そして真美の目標及びライバルはー! ゆきぴょん! 君に決めたー! とおおお!」
「わわ、いきなり抱きついてこないでよ! 受け止められなかったら危ないよ?」
「今の行きぴょンならそんなことしないっしょー? だから真美もゆきぴょんのこと目指したーいって思ったんだしさ」
こうストレートに言われるとさすがの私も恥ずかしい。というか真美ちゃん大きくなったなー身長も、胸も、体重もちょっとだけ。これからもっともっと成長するから本当にナイスバディーになるかもしれない。羨ましいな。
「あー真美だけずるーい! 亜美も亜美も!」
「だ、だからいきなり抱きついてこないでってば! それにさすがに二人は重たいよ~」
「レディーに重たいとは失敬な! リッチャンのほうが重たいぞー!」
「そうだそうだー! あずさお姉ちゃんのほうが重たいぞー!」
「ほほーう……」
「あらあら……」
あっ亜美ちゃんと真美ちゃんが言ってはならないことを。というかあずささん怖い! その微笑の裏にはどれだけの爆弾が隠されているんですか! 教えて欲しいような欲しくないようなそんなあずささんも素敵です!
その後律子さんはげん骨、あずささんは数十秒くすぐりの刑に執行された二人は落ち着きを取り戻していた。私はそろそろ行こうと席を立つ。
「それじゃ私、そろそろ行きますね」
「ええーゆきぴょん行っちゃうの~? もっと遊ぼうよー!」
「残念、この後も私いろんな人に会う未定だから、そろそろ行かないと」
「未定って予定ないじゃん!」
「未定は予定なんだよ、面白いでしょう? それじゃ律子さんは、ゆっくり作戦会議してくださいね。私はもう行きますから、あっあとここの紅茶も絶品なので是非」
「そうなの? それならお言葉に甘えて紅茶を飲みながら作戦会議としゃれこもうかしらね」
「なら私はココアにしましょう。亜美ちゃんと真美ちゃんは何にする?」
「メロンソーダ!」
「コーラ!」
「あはは、それじゃ皆さん、また明日会いましょう!」
「りょーかい、雪歩の前に春香たちもどうにかしないと、あずささんは何か言い案とかありますか?」
「そうねぇ、『竜宮小町』なんて素敵なユニット名だから、衣装にもこだわったらどうかしら?」
「亜美は曲に力を入れべきだと思うなー! んー例えばタイトル『スモーキードリル』とかどうかな?」
「ならなら、タイトル『アルティメイトドリル』とか強くてかっこよさげじゃなーい?」
「いやいやドリルとか関係ないでしょう? でも浦島太郎って玉手箱子の煙を浴びておじいさんになったわけだしスモーキーってのはいいかもね、そこに私たちを取り入れると」
何だか素敵な相談が聞こえてきてこれ以上聞いてると離れなくなりそうだから私は足早にお店を後にした。そうだなぁ、あの三人が竜宮小町なら曲のタイトルは、ありきたりだけど『スモーキーアイドル』かな? ……すっごくダンディな感じもするから却下かな。さて時間は午後一時半。まだまだ時間はあるし、次はどこに行こうかな。

ブルル ブルル ブルル

「ん、メールだ。えーっと、やよいちゃんから? ……やよいちゃんもメールうまくなったなー」
最初はうぅーなんてうな垂れながら頑張って打ってたのに。メールの内容はっと。
「またお誘いのメールだ。今度は、レッスンスタジオ? ちょっと遠いな。タクシー呼んで三十分くらいかな?」
メールに今から行くねと返信してすぐにタクシーを止めて目的地へと向かう。タクシー内ではおじさんと二人きり。男性と二人きり。でも今は平気。皆と一緒に克服したから、自分で。
皆が皆明日に向けて準備をしてたり、気合を入れていたりするのに私だけはそうじゃない。楽しみなのは一緒だけど明確な目標がない。だって皆の目標は私だったから。私が私を目標とするのはちょっと難しい。イメージが不安定すぎてやってやるぞーって気持ちが沸いてこない。このままの気持ちで明日のオーディションを迎えてしまったら勿体無い気がする。うーん、ちょっと焦ってきたかも。早くやよいちゃんに会いたいよ。
私はなんとはなしに窓に目を向けた。そしたら見つけた真ちゃんとは少し違ったスポーティーな女の子。やよいちゃんには悪いけど少しだけ時間を貰ってからレッスンスタジオに行こう。
私はタクシーを止めて料金を支払って、運転手さんが私のファンで握手だけして、その女の子の元へと向かう。今日は少し、落ち着いているように見える。いつもはもっと天真爛漫に駆け回っているのに。冬のせいかな。
「ひーびーきちゃん」
「うおっ、何だー? おお、雪歩じゃないか。はいさい」
おお、心なしかはいさいも大人っぽい。マフラーで口元まで隠してるせいかいつもの凛とした表情が幼く見える。どうしたんだろう、響ちゃんらしくないな?
「何かあったの、少し元気ないように見えるけど?」
「なんくるない、なんくるないけど、少しだけなんくるあるかも知れないかもな」
「えっと、謎々かな?」
「あっはは、違うけどそうかもだぞ」
いつものはきはきとした口調に、はっきりとした物言いの響ちゃんじゃない。冬の寒空に元気パワーを吸われてしまったのだろうか。南国の如く大らかで広い明るさを持っている響ちゃんなのに。
「ねえ雪歩。雪歩は明日のオーディション参加するんだよな?」
「勿論だよ。響ちゃんもでしょ?」
「そうだぞ。自分も颯爽と参加して颯爽と一位を取る予定なんだ。それに明日は皆、みーんな出てくる。千早も美希も春香も、真も律子もあずさも亜美も真美も、雪歩だって出てくるお祭り騒ぎなんだ。こんなに楽しそうなことはないんだ。けど」
「けど?」
「自分、やるぞーって思えないんだ。いつもなら今頃いぬ美と散歩しなきゃ落ち着かないのに、今は妙に落ち着いててさ。とてもじゃないけど明日オーディションだなんて思えないんだぞ」
確かにいつもは両腕を振り回してるくらいの響ちゃんの両腕は今はポケットの中に丸く収まっていた。寒さに凍えているわけではなくて、何だか行き場のない思いを押し込めてるように見える。
「どれだけ身体を動かしても、明日のことを思ってみても、ああそうか明日だね、って思うだけで終わっちゃうだぞ。こんなに楽しみなことが前日なのに。…自分な、遠足とか何でも祭りごとの前日とかって決まって寝れなくてさ、次の日目にクマ溜めながらも精一杯遊んで帰ってきて死んだように眠る子だったんだ。今でもそれ、抜け切れなくてさ。アイドルになった日も全然眠れなかった。始めて観客の前で歌うときなんて前々日から眠れなかった」
その気持ちは痛いほどわかる。それこそ昔の私ひどく引っ込み思案だったから何をするにも緊張してたし、眠れない日もたくさんあった。勿論、響ちゃんと同じようにワクワクして眠れない日もあったけどね。とにかく眠れない日があるのはアイドルならきっと誰でも通る道なんだって思う。
「だから眠れなくなる日があるときは、次の日すっごく素敵なことが起きるって思うようになってさー。そう思うようになってから眠くならない日がこないかなーって思うこともあるくらいにそれを待ち望むようになったんだ。だけど」
「今日は眠れそうなんだね」
「うん。それも快眠できそうなんだ。ドキドキもワクワクも自分の心の内側にあるのにそれでも眠れちゃいそうなんだ。それが少し、悲しいんだぞ」
冬の空を見上げる響ちゃん。……今の私とちょっとだけ似てるかもしれない。明日に向かってどんな姿勢で臨めばいいかわからない私と少しだけ似ている。なら響ちゃんにも目標があればいいのかな? でも響ちゃんは言っていた。皆とオーディションを受けるのは楽しそうだって。それが目標じゃだめなのかな?
「だからちょっと散歩してみたんだ。いぬ美にも構ってあげられそうになかったから連れてきてないんだ」
「そうなんだ。でも私はそっちのほうがよかったかも。いぬ美ちゃんがいたら、私響ちゃんに近づけないし」
「なんだー? まだ犬ダメなのか? 怖くなんかないぞー犬は優しい動物なんだから。人様を噛もうとなんて滅多にしないしな」
わあ、響ちゃんてこんな落ち着いた笑顔で話せるんだ。すっごく素敵。いつもの響ちゃんも太陽のように明るくて素敵な笑顔だけど、こっちの大人っぽい響ちゃんも素敵だ。いつもが可愛いなら、今は綺麗かな。
「雪歩は明日のオーディション、ワクワクしてるか?」
「勿論してるよ。さっきなんてワクワクしすぎて意識が成層圏まで飛んでっちゃったから」
「……いいなあ。自分もいつもならそうなのに、なんでこんなときに限ってしおらしくなってるのかなー。妙に落ち着いてて暴れるぞーって思えないし。はあ、鬱病か何かかな?」
「響ちゃんが鬱病ってのはないと思うなー。絶対」
「今ものすごい偏見を言われた気がするぞ。自分だって悲しかったり苦しかったり、傷ついたりするんだぞ? そりゃいつもは明るいけどさ」
響ちゃんが悲しいときか、それってどんなときだろう? 聞いてみちゃおうか。
「響ちゃんが悲しいって思うときってどんなときなの?」
「そうだなー。いぬ美が逃げ出したときとか、へび香が逃げ出したときとか、はむ蔵が逃げ出したときとかさー」
「ほ、他にはないの? ペットが逃げ出したとき以外に」
「勿論あるぞー。オーディションに負けたときとか悔しくて悲しいだろ? 自分のダンスが上手くいかないときも悲しいし、プロデューサーに叱れたときもやっぱり悲しいぞ」
意外と繊細な部分があると思ってしまった。すごく失礼だから言葉にはしないけどね。
「だけど今年一番やっぱり今かな。楽しいと思いたいのに、ううん。楽しめるって心でわかってるのに素直にそれを楽しもうと出来ないのが一番悲しくて、切ないぞ……」
響ちゃん……ってちょっと待って。響ちゃん自身は楽しもうとしているどころか楽しめるってわかってるんだよね? でも素直に楽しもうと出来ないのが悲しいってことで。でもそれってどういうことなのかな? これまで響ちゃんはずっと楽しめてわけだし、何でいきなり急にこ
んなことになって

―――妙に落ち着いてて暴れるぞーって思えないし。

それに縮こまってる手もしおれてるっていうか何かを溜め込んでるっていうか。
「……あっ!」
「ど、どうしたんだいきなり大声上げて? どこか痛いのか?」
「違う、違うよ響ちゃん! 響ちゃん、それでいいんだよ!」
「それでいいって、痛くていいわけないぞ? 明日はせっかくの一世一代のオーディション」
「そこだよそこ! 全ては明日なんだよ!」
「えっと、訳が分からないぞ?」
お、落ち着け私。このままだと響ちゃんに何も伝わらないまま明日になっちゃう。せっかく響ちゃんと同じステージで歌って踊れるのにこのままの状態じゃもったいない。少しずつ、話していこう。
「……響ちゃんは、お祭りごとの前日とかは寝れなかったりするんだよね?」
「そうだぞ」
「でも今日はすっごーく眠れそうなんだよね?」
「さっきも言ったぞ?」
「それでそれで気分も妙に落ちついてるわけだよね?」
「それもさっき言ったぞ、どうしたんだ雪歩? 下手な励ましならいらな」
「それってつまり、響ちゃんが明日に備えてもう準備万端って事なんじゃないかな?」
「……えっ?」
「響ちゃんもアイドル活動を通していっぱい悲しんだり、楽しんだりしていく中できっと成長したんだと思うの。それが積もり積もって今まさに現れているんだよ!」
響ちゃんが返事すらしないでずっと私を見つめてくる。その目が少しずつ輝きを奥底に取り戻しつつあるのが見えた。そうだよ、我那覇響ちゃんはこうでないと。
「今までは前日眠れなくって全力を出そうと思っても出来なかった。だけ今回の『765アイドルナンバーワン』はそれじゃダメだって響ちゃんは無意識のうちに気付いたんだよ! せっかくの大舞台、観客も万人、多くの人がテレビで見守る中、切磋琢磨しあった私たちと一緒の舞台で踊れるチャンスにそんな状態じゃもったいない!」
「あっ」
「だから響ちゃんの身体は今は楽しんでないの。心はワクワクしてても身体がそれについていけてないのは、ついていけてないんじゃなくて、あえてついていってないんだよ! 全ては明日、明日を全力で楽しむために! 成長していた響ちゃんは明日を全力で向かえたいために今日は温存することを選らんで快眠することを選んだ。だけど当の本人の響ちゃんだけがその変化に気付けないでいた! 自分が思ったよりも早い速度で成長していることに対して今まで自覚がなかっただけだったんだよ!」
「ああ……」
「そして今になってそれに違和感を感じ始めたの。それが今の響ちゃんのもやもやの答えだよ! 響ちゃん、響ちゃんは明日を最高に楽しめるんだよ! やったね!」
「……」
「響ちゃん?」
あれ? 黙っちゃった、もももしかして私なんかに指摘されたのが癇に障ったのかな? いやでもこのパターンって今日何度か遭遇したことがあるような……。
「……ない」
「えっ?」
「なんくるないさーーーーーーーーー!」
凄い大きな声。狼の遠吠えにも負けないほどに空を裂いてどこまでも届きそうな声質。うん、響ちゃんはこうじゃないと。
「わかったわかったぞ! 自分にもわかったぞ雪歩! なんくるないんだ、なんくるなかったんだぞ!」
「そうだよ! なんくるないんだよ!」
「やったさー! これで明日思う存分楽しめるぞ! これも雪歩のお陰だ! ありがとう、雪歩! やっぱり雪歩は目指すべきアイドルだったぞ!」
「え、えへへ。そこまれ言われると照れちゃうな、でもあんまり元気になるとまた寝れなくなっちゃうじゃ」
「ううん、平気だぞ! 今元気なのは雪歩にすっごいことに気付かせてもらったからちょっと心がオーバーフローしちゃってるけど、しばらくしたらまたあの妙に落ち着いた気分になると思うからさ! それまではこの躍動感に身を任せていたいぞ!」
「そっかーって響ちゃん!? いきなり走り出してどこに行くのー!」
「今まで気付けなかった分、今だけなるたけ身体を動かすんだー! そんでいっぱい寝て明日に備えるぞー! 雪歩、本当にありがとなー! それじゃまた明日だぞー! 負けないからなー!」
真ちゃんの別れ方とまったく一緒な気もするけどいいよね。でもでも明日は少し違った響ちゃんも見れるかもしれないんだよね? もうワクワクも成層圏を飛び出すどころか宇宙に到着する勢いだよ。アイドルやっててよかったなぁ。
「私も負けないからねー! それじゃまた明日ねー!」
「はいさーい! 雪歩も後ろのタクシーおっちゃんがずっと待っててくれるみたいだからさっさと乗ってあげるんだぞー!」
「えっ!?」
後ろを振り返れば先ほどのタクシーが同じところにまだ止まっていた。確か去り際にちょっと用があるので一旦降りるとは言ったけどまさかずっと待っててくれるとは。完全に予想外だよ。響ちゃんももう見えないし。でも何でだろうね。冬なのにすっごく温かいなっ。もう少しゆっくり探してもいい気がしてきた。私が明日、どんな目標を持って臨むのかのその答え。吟味して考えてみよう。今日という素敵な一日をかけて。

後ろで待っててくれたタクシーにお礼を言いながら乗り込み、当初の予定通りレッスンスタジオに向かった。向かっている最中、運転手さんとお話をしていた。私の曲の中で一番好きなのは『First`Stage 』だそうだ。かなり前からの曲なので古株のファンみたいだ。間近でファンと話せてすごく嬉しかった。あの頃の私ならすごくびくびくしてたんだろうな、話すなんてとてもじゃないけど無理無理。あっ、そう考えるとなりたい自分にもちょっとはなれてるんだ。そうこう考えているとタクシーはあっという間にスタジオについた。私は運転手さんと改めてお礼を言い合い、タクシーから降りた。
やよいちゃんがいると言っていたのは私にも縁深い思い出のレッスンスタジオだ。涼君や伊織ちゃんなんかと一緒に練習したスタジオ。レッスンはしてないけどずっと側にいた子もいたけどね。ふふっ、ちょっとだけ思い出すなぁ。
入り口から入って真っ直ぐ進み奥手にある右側の扉を開けば懐かしいスタジオが姿を現すだろう。そしてやよいちゃんが待っているはずだ。結構待たせちゃったからちょっとうな垂れてるかな? そうしたら全力で謝ろう。
扉の前まで辿り着いた私はそっと扉を開いて挨拶をする。ドキドキ。
「しつれいしま」
「おっそーーーーーーーーい! あんたどーこで道草食ってたのよ! この穴掘りアイドル!」
「い、伊織ちゃんそれ言いすぎ……ああ、雪歩さんおはようございますっ」
「うっうー! やっと来てくれましたー! 雪歩さん、はいターッチ!」
「あ、えのそのえっと、はいたーっち?」
「いえい♪」
「遅れに遅れた挙句私を無視してやよいとハイタッチだなんて、いい度胸してるわね……決定、泣かす」
「い、伊織ちゃん! 言いすぎ言いすぎ!」
「えーい涼は黙ってなさい! 私はこんのドン臭いのに生意気にも私たちアイドルの頂点にたってる雪歩に真っ先に宣戦布告したいのよ! 止めないで!」
「あ、ごめんね伊織ちゃん。宣戦布告ならもう先に律子さんから言われちゃった」
「なっ……! きーっ! いいわよいいわよ! もうこうなったら絶対明日泣かしてあげる! 私たち『スノーライバル』が叩きのしてあげるんだから! 覚悟しなさいよね」
すごいハイスピードで時が流れていくんだけど、伊織ちゃんって魔法使いだったりするのかな? まあ確かに魔法少女水瀬伊織とか言われても違和感ないし、実際最近までやってたからむしろ似合ってるんだけど。
「伊織ちゃんなんですけど、雪歩さんがこないからずーっとそわそわしっぱなしだったんですよー? 事故にでもあったのかしらとかすっごく心配してたし」
「ちょっ!? こらやよいっ!」
「さっきも一番初めに廊下の足音に気付いむがもごぉ」
「お、おほほほ! 何でも、何でもないから気にしないで! あとついでに最初のも忘れて!」
「でも伊織ちゃん本当に心配してたんですよ。おかげでレッスンのほうが進まない進まない……」
「涼も黙ってなさい! そうじゃないと蹴り潰すわよ!」
「どこを!? いや言わないで、心に凄くきそうだから言わないで!」
三人とも飛ばしてるなー私だけ置いてけぼりを食らってみたいだ。でもちっとも寂しくないのは三人のかもしだす雰囲気が温かいからかな?
「あは、あははは! 三人とも元気そうだね。涼君もやよいちゃんも伊織ちゃんも『スノーライバル』は健在みたいだね」
私の言葉に三人とも笑って、伊織ちゃんだけ不敵に笑って答えてみせた。
「当然! 伊達に萩原雪歩の最初のライバルとして名乗ってないわ!」
「はいっ! 私たちも雪歩さんには負けないぞーおー! って一団結して頑張ってきましたから!」
「無事にAランクアイドルにもなれましたし、負けませんよ」
あらら、三人ともいい目になっちゃって。打倒私って感じかな。嬉しいような恥ずかしいような。
「えっと、特に用事があるわけでもないのかな? 宣戦布告だけ?」
「そんなわけないでしょう? この水瀬伊織がそれだけのために誰かを呼びつけるなんてみみっちいことはしないわよ! あんたには特別に私たちの特訓の成果を見せてあげようと思ったのよ!」
「そういえば雪歩さん。この間伊織ちゃん、律子さんからりゅうぐうこまちに入らないってお誘い受けてたんですよ? すごいですよね?」
「律子さんが誘うくらいだから、それほど伊織ちゃんが欲しかったんだね。そっか、元々『竜宮小町』は伊織ちゃんをユニットに加えて律子さんがプロデューサーになるつもりだったんだねー。さすが伊織ちゃん、モテモテだね」
「あんたたちはさっきから二人でほのぼのしちゃって、人の話し聞いてんの!? こらーこっち向けー!」
「まあまあ伊織ちゃん。成果は言葉じゃなくて披露してあげようよ。そのためにわざわざ呼んだんだから、ね?」
「そ、そうね、そうだったわ……ちょっと我を忘れてたわ」
「やよいちゃんもこっち来て、雪歩さんに僕たちのいいところ見せよう」
「うっうー! わっかりましたー! 雪歩さん、ちゃーんと見ててくださいね! 私たち三人さいだいきゅーを!」
「うん、ここで見せてもらうね。三人がどれだけ進化したのかじっくりと」
「ふっ、驚きすぎて顎外れないようにすることね。それじゃ二人とも、行くわよ!」
「うんっ」
「おー!」
三人が位置につく。停止している様すら揃っている三人を見て鳥肌が立つのがわかった。そして曲が流れ始める。

GO MY WAY!! GO 前へ!! 頑張ってゆきましょう
一番大好きな 私になりたい

『GO MY WAY!!』、伊織ちゃんややよいちゃんの持ち曲と言っても過言ではない定番の曲。涼君が歌っているのも何度かテレビで見たことがある。既に完成度が高い歌だけどこれをあえてやるってことは、自分たちの力に相当の自信がなければ出来ない。案の定だった。
テレビで見るよりも三人の声は突き通り、可愛らしく。踊りもこんな小さなスタジオ程度じゃ足りないくらい動き回り、それにも無駄がなくそれぞれが重なってまるでミルフィーユのように美味しそうにすらみえる。美しいだけでなく曲がもつ本来の躍動感も損なわずに保っている。何より三人ともどの角度から見てもいつでも笑顔だ。これはレッスンなのに、まるでそこに万人の観客が入るように遠くを見つめている。時には私一人と目が逢うときもあった。
私や春香ちゃんたちソロにはない一体感。ユニットだからこそ出来る業。目が二つじゃ追いつかないほどなのに気が付けば誰かの姿が網膜に焼き付いていた。気付けば三人が動かなくなっていて、数秒してようやく曲が終わったことを認識した。鳥肌ももう、立たなくなっていた。
「どうかしら? 今までの私たちと思って甘く見たら大間違いよ、雪歩」
「……」
「ちょ、ちょっと雪歩? どうしたのよ、ぽかーんとしちゃって。もしかして見てなかったとか言わないわよね?」
「ゆ、雪歩さーん?」
「うぅ~……返事がないですー」
「ゆ、雪歩!? 大丈夫! ねえ返事して! 雪歩ってば!」
「……伊織ちゃんすごいよ!」
堪らず私は伊織ちゃんの両肩をしっかり掴んでいた。伊織ちゃんはびくんてなってるけどちょっと今の私は暴走機関車状態だ。
「い、一体どうしたこんな一体感が!? というか伊織ちゃんいつもより百倍可愛くて見えたし、やよいちゃんもなんかもう太陽みたいで、涼君はもう女の子にしか見えなかったよ!」
「い、一応これでももう世間には男だって言ってるんですけどね。あは、あははは」
「そこもだよ涼君! 可愛さの中に時たま光る男らしいかっこよさ! 真ちゃんのとも違う異質なところがたまにぴかって光ってたよ! すごい、すごいよ!」
「ぎゃおおおおん! いきなり、抱きついてこないで下さい!」
「わ、私はどうでしたか!?」
「やよいちゃんには頭の上に天使のわっかと背中には天使の羽が見えて、ぴょんって飛び跳ねたときに白いふわふわ毛がぶわって舞ってたよ! 伊織ちゃんの輝きにも負けてなかった!」
「えっへへー! 嬉しいです!」
「ゆ、雪歩? ちょっとそれは言いすぎじゃ」
「言い過ぎなんかじゃないよ!」
また私は伊織ちゃんの両肩をがっしり使う。またびくんってなったけど気にしない。
「だってこれまでAランクアイドルより上はソロのアイドルしかいなかった。だけどユニットとして始めて伊織ちゃんたち『スノーライバル』が上がってきた! そして今これだけ歌って踊れるんだよ? もう、明日がワクワクってレベルじゃないよ! 今後のアイドル活動がワクワクってレベルだよ!」
「そ、そう? さすがにそこまで言われると素直にならざるを得ないわ。あ、ありがとう」
「どういたしまして! ……でもまだ隠してるんでしょ? 大体二つくらいかな」
「なっ、なんでわかるのよ! どんくさい雪歩らしくないわ!」
伊織ちゃんはなんだかんだ言って人を楽しませたり、サプライズにかけたりするのが好きな子だからね。これくらいじゃ終わらないのはお見通しだよ。それに涼君もまだ余裕がありそうだし、これは何かあるね。
「そっかそっか。明日はもっと素敵なことがあるんだね? なら私はこれくらいでおいとまするね! せっかくのサプライズなのに知っちゃったら面白くないし」
「そ、そう? まあ当初の目的は達成したわけだしそれでいいけど、ちょっとくらい話でもしていかない?」
「伊織ちゃん、ずっと雪歩さんと話したがってたんですよー?」
「何を話せばいい? てよく聞かれましたから、少しだけでもお話してきませんか?」
「あ、あんたたちはさっきからぺらぺらと……後で覚えてなさいよ? この後もレッスン地獄なんだから!」
はーいと二人あわせて返事をしていた。まったく反省していなそうだ。でも伊織ちゃんが私と話したいなんて照れちゃうな。えへへっ。
「あーもう! 最初から計画が狂いっぱなしだわ! 何かもう今日は話せないから、明日! 明日お互いに全力を出し切り終わった後に、その、あの。わわわたし、たちと話すのよ! いい!? わかった!?」
「そこは私でいいのに」
「うるさい捥いでいぬ美に食わせるわよ!」
「どこを!? いや言わないで精神的トラウマになって生涯苦労しそうだから!」
「それじゃ雪歩さん! また明日、全力でがんばりましょー!」
「うんっ明日も楽しみにしてるから、お互いに精根尽き果てるまで歌って踊ろうね!」
「……当然! あんたも今日はゆっくり休みなさいよね! にひひっ♪」
「それじゃまた明日会いましょう、雪歩さん」
「うん!」
こうして私は三人と別れた。明日のサプライズが楽しみで仕方ない。にしても三人とも仲が良かったなー。私もちょっとユニット組んでみたいかも。そう思えちゃったな。そうなったら私は誰とユニットを組むのかな? なんてね。
よーし残るは三人、最後は決まっているとしよう最初はどっちに会いに行こうかな。時間は、午後五時か。んー寝ちゃう恐れがあるから最初に会いに行こうかな。私は携帯を取り出して電話帳を開きある名前を探して通話ボタンを押した。

PLLLLLLLLLLLLLLLL PLLLLLLLLLLLLLLLL PLLLLLLLLLLLLLLLL

『……』
「あっもしもし、美希ちゃん?」
『あふぅ……お昼寝中に電話してくるとはさすが雪歩なの』
「もう、この時間から寝たらお昼寝じゃないし、夜眠れなくなっちゃうよ?」
『大丈夫大丈夫、美希はいつでもどこでも寝られるから~』
「そ、それもそれですごいね。でもお昼寝のところ悪いんだけど今から会って話さない? それから千早ちゃんと、春香ちゃんにも会いに行くんだけど」
『めんどうだから、や』
さ、さすが美希ちゃん。マイペース。だけど今の、や、の後に言葉が続くって私知ってるよ。
『でも、雪歩とか千早さんに会いたいから行くのー春香は、結構会ってるからそこまで会いたいわけじゃないけどー』
「春香ちゃんが悲しむから本人の前では言わないであげてね?」
『りょーかいなのー。それで美希はどこにいけばいいのー?』
「私も一旦街に戻るから、事務所の前で待ち合わせじゃだめかな?」
『おっけーなの! それじゃ今から行くからちょっと待っててねー……あふぅ』
そう言って電話を切られた。普通は私から切るものなんだけど、まあ美希ちゃんに関係ないことだからいいか。美希ちゃんのことだから少し遅く来ると思うからゆっくりいっても平気かなー。ああ、そうだ!
「さっきのタクシー運転手さんに名刺もらったんだよね。呼んだら来てくれるかな?」
試しに呼んでみたらものの五分で飛んできてくれた。ちょっとだけセレブ気分?
早速私は三度挨拶をしてタクシーに乗り込んで事務所へと向かった。もうワクワクと人の温かさで心はいっぱいいっぱいだ。あっ今律子さんのいっぱいいっぱい歌いたい。でも我慢我慢! 明日までの辛抱だもんね。

すっかり仲良しになったタクシー運転手さん(雅さんと言うらしい)とまた別れを告げる。別れ際、いつでもよんでくだせぇと言っていた。すっごく気のいい人だ。これからも困ったことがあったら頼らせてもらおう。事務所の前につくとそこには既に美希ちゃんが欠伸をしながら待っていた。きょ、今日一番の驚きだよ。あの美希ちゃんが私より早いなんて。
「あっ雪歩! 遅いのー! 美希ここで五分も待ったんだよ? おかげでさむさむなの!」
「ご、ごめんね美希ちゃん。まさかこんなに早く来てるなんて思わなくて」
「しんゆーのお誘いに遅れるなんてしないの」
「親友って美希ちゃん」
「な、なんでもないの! それよりも寒いからちょっと事務所に入るの!」
「……うん、そうだね! えへへっ」
「こ、こら! 勝手に腕を掴まないでなの!」
「でも、温かいでしょ? 寒いならしばらく抱きついててもいいよ?」
「……なのー! 離れるのー! 雪歩、何だか今日はいじわるなの!」
あらら、怒らせちゃった。というか何だか今日の美希ちゃんは伊織ちゃんみたいな可愛さを持ってるなぁ。すっごく新鮮で可愛い。男の子も告白とかしちゃう訳だ。私が男の子だったらなけなしの勇気を振り絞って告白しちゃうもん。
「ごめんね美希ちゃん。それじゃ事務所のエントランスに入ろうか」
「……もういいの。雪歩は美希より上のランクだから許してあげるの」
「ありがとう。……それにしてもこの事務所もすっごくおっきくなったよね。前はこんなエントランスなんか無かったしビルって言ってもすごく小さくて」
「下にたるき亭とかあったよねぇ。小鳥よくあそこで食べてたし、結構美味しかったの」
「そうだね、私も一度しか食べたこと無いけど五臓六腑に染み渡る懐かしい味のうどんだったなぁ」
「雪歩、おじさんくさいのー。おかしい」
「そ、そんなことないよ~。美希ちゃんだって只管寝てておじいさんみたいだよ?」
「美希はまだまだ育つからいいの。胸とか、バストとか、おっぱいとか」
それ全部胸だよって突っ込むと私自身が悲しくなりそうだったからあえて何も言わなかった。……私もまだ成長するかな? 確か揉むと大きくなるんだよね。でもでも肩こりとかすごくなるって言ってたし、どっちがいいかな?
「雪歩はそのままでいいなーって思うな。それでこそ、その、なんて言うか」
「なに?」
「……美希も、目指しがいがあるかなーって」
「へっ? 誰のことを?」
「もう、雪歩のにぶちんなの。そんなの雪歩以外に誰かいるの? 千早さんや春香同じランクだし、美希が目指したいって思うのは後にも先にも雪歩だけなの」
「あ、え、うえ?」
「むぅ、結構恥ずかしいね。自分の本音を言うって。でもせっかくの機会だから全部ぶっちゃけちゃうね? 聞いてくれるかな?」
「も、もちろん!」
そんな潤んだ瞳で言われたら断れないよ。すっごく今男の人の気持ちが分かった。男の人も大変なんだね。
「よーし、じゃあ今日は喋っちゃうの。……美希ね、あの日雪歩に負けた後お家に帰って満足してすぐに寝ちゃったの。それで朝起きて、休日だったからずっとぼーっとしてたの。でねでね、いつの間にか泣いてたの」
「泣いてた?」
「うん。美希も知らないうちに涙がぼろぼろ零れてきて、それに気付いたとき自分の嫌に気持ちに気付いちゃったの。ああ、雪歩なんかに負けちゃったんだって。美希、雪歩に嫉妬してたの。そこからは大泣きして、ずっと泣いてて。脱水症状になる寸前まで泣いて、泣いて、泣いて。一日が終わったの」
美希ちゃんがそんなになるなんて、やっぱりあの戦いはみんなにとってすごく大きなものだったんだ。私はそれに勝てたけど、美希ちゃんや千早ちゃんは負けた。そうなってもおかしく、ないんだよね。
「頭ではわかってたの。雪歩はすごいんだって。あんなところからすっごい短い時間で這い上がってきて美希たちに限界のない先も見せてくれた、そのすごさはわかってたの。だけど美希の心がそれをどうしても認められなかったの。美希にできないのに雪歩にできるなんてってずっと雪歩のことを馬鹿にしてて」
「そうだったんだ」
「美希ね……まだ、ちょっとだけ思うことがあるんだ。雪歩なんかって、それがね、悔しくてね、くやしく、てね。本当に、くやじいんだ。みぎ、ゆぎほのこと好きなのに、もっとも、っどっ! ながよくなりだいのにっ、まだぞんなごどお、おもて、って」
「そっか。そうだったんだね」
「ゆぎほから、でんわ、くるまっで、すっごぐ、ふあんでぇ……! このま、まのきもちで、あしだの、おーでぃじょんうけ、るなんで、いやだった、がらあ!」
「うん、うん」
「ご、めんね……! ゆぎほおぉぉ……!」
美希ちゃんが泣き崩れる。美希ちゃんはずっと苦しんでたんだ。自分の心の闇、自分の否定したい部分。私に負けたのが悔しくて、拭いきれない悔しさが表した嫌な部分の美希ちゃん。それにずっと苦しんでいた。どうにかしたいのに、どうにもできない感情に板ばさみにされて。どれだけ辛かったんだろう。私は、どうして気付いてあげられなかったんだろう。友達なのに、仲間なのに、親友と言ってくれたのに。って今までの私ならこのまま自分まで落ち込んじゃってた。そうじゃない、そうじゃないんだよ。もう私はそうじゃないんだよ。ね?
「大丈夫だよ。そんなことを誰もが考えてしまうことなんだから。美希ちゃんは悪くないよ」
「ううん、ぞんなごとぐすっ、ない。だって美希ずっどゆき、ほのこと、しだにみ、て」
「でも美希ちゃんは戦ってくれた。私のことを馬鹿にしながらも、そうじゃないって言い続けてくれた。私はそれで十分だよ。私こそごめんね。美希ちゃんがこんなに苦しんでいたのに助けてあげられなくて」
「そ、ぞんなことっ」
「だから今は」
私はそっと美希ちゃんを抱きしめた。涎と鼻水と涙でぐちゃぐちゃの顔を隠してあげるように、汚いなんて思わない。だってこの全てが私のために流してくれたものなんだから。むしろ誇りたいくらいだ。
「ゆっくり、泣こう。ちょっと頼りない胸かもしれないけど、ね?」
「……うああああああん、うああああああああああああああんっ!」
美希ちゃんは子供のようにずっと泣き続けた。私の胸の中にめり込むくらい顔を埋めて、それでも足りないと言わんばかりにもっと力強く。私はずっと抱きしめていた。今は、今だけは言葉も何もいらないと思ったから。
美希ちゃんはそれから三十分間泣き続けた。涙も声も枯れつつあった。目もはれて、眼球は赤い。顔はいろんな液体の後でぐちゃぐちゃだ。本当に子供みたいだ。
「……少しは落ち着いた?」
「……う、ん」
「そっか。随分泣いたね、もう泣き尽くしちゃったかな」
「ゆ、きほがずずっ、いけない、の。こんな、にたよれっ、るようになった、から」
「そうだったら私は嬉しいよ。そんな人になりたくてアイドルになったから。それに」
「ぞ、れに?」
「親友の美希ちゃんが安心して泣ける場所になれるなんて、こっちが泣きたい位うれしいよ」
私の瞳には少しだけ涙が潤んでいた。あんなに弱かった私が誰かを、親友に頼られる人間になれたって思ったら潤んだって仕方ないよね?
「あ、ははっゆきほも、ないてるの?」
「うんっ泣いてるよ、、美希ちゃんほどじゃないけど」
「それじゃ、まるで、美希が泣き虫みたいな、の」
「あれだけ一杯泣いたんだから、今は泣き虫さんだよ。でも私はそんな美希ちゃんが好き、すっごく大切」
「……そういうの、ずるいよ」
「美希ちゃんのそのずるいって言い方だって相当ずるいよ、すっごく可愛いもん」
「……ばか」
「今のばか、すっごく温かいな。それにこうやって二人で寄り添いあってると温かいね、美希ちゃん。一緒に泣いてるのに、温かいね」
「……うん」
それから二人で寄り添いながら何も言わずにエントランスで少しだけ眠りに付いた。美希ちゃんの寝顔ももう少し見ていたかったけど私もちょっと疲れてたみたいで、すぐに眠りについちゃったよ。
私は夢の中で美希ちゃんと二人で笑いあってステージで歌って踊っている夢を見た。観客の皆も裏方の人達も私も美希ちゃんも皆笑っていたんだ。でも夢だってわかった。だから起きたらもう一度始めよう。美希ちゃんと親友を。もっと仲良くなりたいから。

―――LLLLLLLLL PLLLLLLLLLLLLLLLL PLLLLLLLLLLLLLLLL

「んっ…何の音?」
あれ、私の携帯の着信音だ。いつの間にかマナーモードが解除されてる。まあいっか。おかげで起きられだし。じゃなくて、電話でないと。えーっと誰からってええ!
「ち、千早ちゃんから!?」
「……何なの? せっかくいい夢見てたのに」
「あっごめんね美希ちゃん。でも千早ちゃんから電話がかかってきて驚いて」
「雪歩、まだ夢でも見てるの? 千早さんから着信なんてそんなこと、ってほ、ほんとなの!? これは一大事なの!」
美希ちゃん、いつも通りだ。良かった良かった。
「ゆ、雪歩! ぼーっとしてないで出るの!」
「そ、そうだった! えっと通話ボタン通話ボタン、あっ」
「あっ」

ツー ツー ツー ツー ツー

「どどどどど、どうしようー!? 間違えて電話切っちゃったよ~!」
「ち、千早さんになんて事を! と、とにかくかけ直すの! 今ならまだ間に合うの!」
「ででも! 私にはちょっとかけ直す勇気が出ないっていうか、だから美希ちゃんから改めてお電話するほうが!」
「通話ボタン、ぽちっとなの」
「ああああああああああ! 美希ちゃんのバカー! まだ心の準備が!」

PLLLLLLLLL ガチャ

はやっ! まだワンコールも終わってないのに! あと心の準備も全然出来てない!
『もしもし、萩原さん?』
「ひゃいっ!?」
『……おかしな声を出して、どうかしたの?』
「い、いえいえそんなことはまったくこれっぽっちもございませぬよ!?」
『口調もおかしいけれど、まあ大丈夫ならいいわ。これから会えるかしら?』
「えっと、今からですか? 全然構わないですけど……」
『もう六時半だけど平気かしら? せっかくの休日を潰してしまうのも悪いし』
「えっ、もう六時半?」
「うわ、ほんとなの。美希たち結構寝ちゃってたみたい」
「い、行きます! 行かせていただきます!」
『そ、そう? 迷惑じゃ』
「ありません! むしろ私のほうこそ千早さんに会いたいくらいです!」
『わ、わかったから、そんなに言われると困るわ。とにかく待ち合わせしましょうか? 萩原さんは今どこにいるのかしら? 私は今、明日オーディションが行われるドーム前にいるんだけど、来れるかしら?』
「行きます! 超特急のハイヤーを使って行きます! それじゃ待っててください!」
『ちょっと萩原さん、そんなに急がなくても』
千早ちゃんの声も聞かずに私は携帯を切った。というかなんで私は千早さんって言ってたんだろう。何だか電話だ凄みが増すというか、そういうのだと思う。これでもちゃんと会えば千早ちゃんて言える仲なんだから! 多分。
「雪歩、行っちゃうのね」
「うん、美希ちゃんも行く?」
「……遠慮しておく。私はまだ少しここにいるね。ちょっとまだ身体がふわふわしてておかしい感じだから」
「わかった、暗くならないうちに帰るんだよ! あっそうだ!」
私はタクシー運転手の雅さんの電話番号をメモして美希ちゃんに渡した。
「そこに電話すれば超特急で来てくれるタクシーがくるから、是非ご利用を!」
「わかったの。ああ、雪歩」
「なに?」
「本当に、ありがとう。美希、これで心置きなく明日雪歩にぶち当たれる気がする。手加減なんてしないから、なの」
「どーんと来なさい! こうなったら何人でもかかってこーいって感じだよ!」
「あはは、昔の雪歩からじゃありえないアグレッシブさなの。それじゃ、いってらっしゃい。きっと千早さんも雪歩と仲良くなりたいとか、話しをしたいんだと思うから」
「うん! ちゃんと聞く! それで話してくる! 今日の私の目標はそうだから! それじゃ美希ちゃん、また明日会場でね!」
「……うんっまた明日」
私は慌てて雅さんに電話をかけた。何度も何度も申し訳ないと謝ったが、謝ることを求めるくらいなら最初から名刺なんて渡しませんぜ、と言い切ってくれた。それから三分で事務所に来てくれた。そして雅さんから、早急、特急、超特急、極特急のだれがいいですかい? と言われて私は躊躇わず極特急を選んだ。それから雅さんは喋らなくなり、目つきが常人とはまったく違うものに変わっていった。……少しだけお花畑らしいところで散歩しそうになったのは言わないでおく。あと極特急は本当に急いでるときしか選ばないと決めた。

雅さんの極特急のおかげで(何故か髪がぼさぼさになっていたりしたが)千早ちゃんが指定したドームまで来た。雅さんはこの後の予定は、と聞かれて一応ありますと言ったらすぐにエンジンを切って待ってやす、とだけ言って窓を閉めた。もう料金倍くらい払わないと悪い気がしてきた。今度美味しい緑茶を淹れて持ってこよう。
「ち、ちはやちゃ~ん。おま、おまたせー」
「萩原さん!? どうしたのその、何というか、暴れ馬にでも乗ってきたような姿は……」
「い、いろいろあってね。超特急よりも早い速度で来たからこれくらいは仕方ないよ。むしろこれくらいで済んでよかったと思いました、本当に」
「……一体何に乗ってきたの?」
「あ、あはははっまあ細かいことは気にしない気にしない!」
「細かくないと思うけれど、萩原さんがそうならいいわ」
千早ちゃんは未だに私のことを萩原さんと呼ぶ。でも無理に雪歩って呼んでと言うこともしない。きっとそのうち千早ちゃんは私の名前を呼んでくれるって信じてるから。
「もう、冬の寒さね。とっても寒いわ」
「そんな薄着なら仕方ないよ。あっそうだ、私のコート着て? これすっごく温かいから」
「でも、そうしたら萩原さんが」
「平気だよ、私にはおニューのコートがあるから。じゃじゃーん」
今まで着る機会も暇もなかった黒いロングコートの初お披露目である。しかし既に辺りは暗くまったくもって目立たなかった。
「萩原さんが黒色のコートなんて珍しいわね。何かあったのかしら?」
「うーん、そうだねぇ。今日はいろいろあったよー。本当に、喋りきれないくらいいろいろ」
「……素敵な一日だったみたいね」
「それはもう、ね。下手したら明日よりかけがえのない一日だったかも」
「嘘ばっかり。そんな笑顔で言っても説得力に欠けるわ」
さすが千早ちゃん。わかっていらっしゃる。そう、嘘だ。確かに今日一日は素敵な一日だった。だけど明日はもっと素敵だってわかってる。だって、私たちはアイドルだから。
「そういえば電話をしてるとき美希の声が聞こえたけど、美希は来てないの?」
「美希ちゃんはもう眠いから寝るーって言って帰っちゃいました」
「そう、美希とも話したかったのだけれど、残念だわ」
長く伸びた青い髪をさあっと掻きあげる。それだけ絵にして額縁に飾って大きな広間に飾ってもいいくらい、千早ちゃんは絵になる。いや逆に絵にできないくらい綺麗だ。おまけに歌が上手くて、ダンスも出来て、表現力もずばぬけていて。スタイルもスレンダー美人で、本当に非の打ち所がない才能者。だけど千早ちゃんが一番すごいのはそんなものじゃない。
「そういえばさっき、どうして電話を切ったのかしら? いきなり切られるのはさすがの私も傷つくのだけれど……」
「あ、あのーさっきは寝ぼけてて」
「寝ぼけてて、って寝てたの?」
「はい、それはもう見事に落ちておりました。美希ちゃんと二人でぐっすりと」
「美希も美希だけど、萩原さんも萩原さんね。王者の余裕というやつなのかしらね、ふふっ」
そんな威風堂々の王者ですみたいな千早ちゃんに言われても皮肉にしか聞こえない。あっでも千早ちゃんよりも私のほうがランクは上だからこんなことを思ってる私のほうが皮肉ってことになるのか。気をつけないと。って朝にもそう思ったような。
「これからは気をつけます、本当に。ところで千早ちゃんはここで何を?」
「皆と同じ。ワクワクもドキドキも抑えられなくてずっとこのドームの前で想像していたの。明日という素晴らしい一日を、飽きもせずに。おかしいわよね」
「でもそれが如月千早たる所以でもあるんじゃないかな? ストイックに努力をする。千早ちゃんのすごいところはそこだと思うから」
妥協しない、言い訳しない、諦めない。歌を歌うために生きる。あまりにもストイック過ぎる生き方に一時期『氷の歌姫』と言われていた時期もあったくらいだ。でもそれはあくまで千早ちゃんが千早ちゃんだったから。努力の天才だったからそうなってしまっただけ。今では誰もが認めるアイドルであり、歌姫だ。
「そんなに大したものじゃないわ。ただ不器用なだけ」
「それが出来ない人達もいるからね、やっぱり千早ちゃんはすごいと思うよ」
「今の萩原さんに言われても、ねぇ。ふふっ」
「そうかな、あはは」
二人で寒空の下で笑った。笑ったほどでもないか。微笑みあった? うん、素敵だ。
「美希とは、何を話したの?」
「んーそれは二人だけの秘密かな」
「そう、何となく予想はついてしまうけれどね。だから、私も言ってもいいかしら?」
「どうぞどうぞ」
「……私、如月千早は―――」
何を言われるかは分かるけど何も言わない。だって千早ちゃんの覚悟に水を差しちゃうから。そんな無粋な真似はしない。ちょっとだけ堪えるかもしれないけど、私は凛として立っていなきゃいけない。勝者として、仲間として、友達として。
「萩原雪歩が、大嫌い」
風が吹き抜ける。ひょろひょろとしたか細い風。でも確実に体温を奪っていく寒さを伴った風だった。まるで今の千早ちゃんの呟きのように。
「私の目の前で全てをかっさらっていったあなたが憎かった。あなたさえいなければと思い続けた。意味なんかないとわかっていても止めることが出来なかった」
依然、冷たい風は止まない。
「それは今でも継続している。私は萩原さんが大嫌い。これは紛れもない事実」
風は止まない。
「未だにアイドルの頂点に輝き続ける萩原さんが嫌い、私と仲良くしてくれる萩原さんが嫌い、他の人と仲良くしている萩原さんが嫌い、急に電話切る萩原さんが嫌い、私のために急いで駆けつけてくれる萩原さんが嫌い、私のことを褒めてくれる萩原さんが嫌い」
風は止まない。
「何より、これだけ言っているのに私のことを嫌いと言わない萩原さんが大嫌い」
風は。
「だから、私は萩原さんが大好き」
止んだ。
「未だにアイドルの頂点に輝き続ける萩原さんが好き、私と仲良くしてくれる萩原さんが好き、他の人と仲良くしている萩原さんが好き、また電話してくれた萩原さんが好き、私のために急いで駆けつけてくれた萩原さんが好き、私のことを褒めてくれる萩原さんが好き」
もう、風の音は聞こえない。
「何より、これだけ言っているのに私のことを嫌いと言わない萩原さんが大好き」
「うん、私も千早ちゃんこと、大好きだよ」
「なら一つだけ、お願いをしていいかしら?」
「うん」
「これからは萩原さんじゃなくて、雪歩と、呼んでいいかしら?」
「だーめ」
「えっ」
「雪歩って呼んでくれなきゃ、だめだよ。千早ちゃん」
「……いじわるね、雪歩は」
「それは千早ちゃんが可愛いからだよ、お陰ですっかり温かくなっちゃったよ」
「奇遇ね、私もなの」
そう言ってまた二人で微笑みあった。千早ちゃんもこんなに素敵に笑えるようになってるんだ。明日はどうなるのかもうさっぱりわからないや。でもそれでいいのかな。それくらいで丁度いいのかな。
「ふぅ、すっきりした。聞いてくれたありがとう、雪歩」
「実はもう少しきついこと言われるかとひやひやしておりました。思った以上にソフトで助かったよ」
「なんならリテイクしましょうか?」
「遠慮しとくよ」
「そう」
もう言葉は少なかった。千早ちゃんはそんなに喋る人じゃないから。きっと疲れたんだと思う、あと照れてるのかも。だから頬が赤くなってるのかもしれない。
「ねえ、千早ちゃん。私も聞いていいかな」
「なに?」
「私、まだ会ってない人がいるの。誰かわかる?」
「さあ」
「その人が今どこにいるのかわかる?」
「さあ」
「その人が今何を思ってるのかわかる?」
「さあ」
「そっか」
「私が答えずとも、もう出ているのでしょう」
「うん」
「本当に意地が悪いのね」
「嫌いになった?」
「元から嫌いで、好きよ」
「うん」
「それじゃ私、帰るわ」
「気をつけてね?」
「雪歩もね、また明日」
「うんっまた明日」
短いやりとりの連続。それだけなのにすごく会話した。千早ちゃんと喋るときは言葉は多くなくていいんだ。全部伝わってくるし、伝わっていくから。私もね、そんな千早ちゃんがね。大好きなんだ。えへへっ。
そして私は歩き出す。最後に私を待っているあのアイドルの元へ。長らく待たせてしまっただろうか。でもこれでおあいこだ。一時期私からずっと逃げていた、そのお返し。お菓子が好きで、長電話が好きで、おっちょこちょいな料理上手の普通の女の子でアイドル。さあ、早く行かないとあの頃みたいに叱られちゃうかも。ねえ、プロデューサー?

時刻は七時半。辺りには街頭の明かりがぽつーんと浮かんでいるだけ。一寸先も見えない。少しだけあの時を思い出す。ひどいことされた時を思い出しそうになる、けど後ろに見えるタクシーがそれをかき消してくれた。本当に雅さんにはお礼をしなくっちゃ。
ここは公園。何もない公園。小さな公園。くたびれた公園。思い出もあんまりない公園。それなのに私にとっては特別な公園。
一歩進む、まだ何も見えない。
もう一歩進む、まだ何も見えない。
更に一歩進む、まだ何も見えない。
いざ一歩進む、何かいる気がする。
もっと一歩進む、誰かいる気がする。
また一歩進む、シルエットが浮かんでくる。
余計に一歩進む、チャームポイントのリボン見える。
そして一歩進む、やっと見えた。
頭の両サイドに赤いリボンをつけた私の大好きなアイドル。
少しの間だけ私のプロデューサーだった大好きなアイドル。
「おまたせ」
「乙女を待たせるなんて雪歩もまだまだだね」
「乙女はこんな時間にずっーっと突っ立ってたりしないよ」
「それもそっか、あははっ」
明るい笑い声。うん、この声が私はたまらなく好きだ。背中を向けられているから顔は見えないけどきっと自然な笑顔だ。
「これはね、昔あるお騒がせプロデューサーがやった大騒動のお返しなのです」
「でも私はアイドルだよ? 関係ないじゃない」
「そうだね、だから不幸な事故だと思ってね」
「なにそれー納得いきませーん」
今は少し頬を膨らましてぶーたれてる。見なくたってわかるよ。ずっと見せていてくれたから。
「納得してもらおう何て思ってないもんね」
「うわー屁理屈だ。いい大人になれないよ?」
「まだ子供だからね」
「本当に屁理屈だー二回も繰り返して言うなんて可愛くないぞ?」
ちょっとお姉さんっぽい顔してるんだよね。気持ち的には右手の人差し指をぴんと立てて腰をくねらせたいんだよね。
「今日一日は素敵だった?」
「うん」
「ワクワクした?」
「うん」
「ドキドキした?」
「うん」
「私がいなくても寂しくなかった」
「うん」
「そこはうんって言っちゃダメじゃない。流れ的にううんとかだよ」
おどけてみせる姿は本当に変わらない。私を元気付けようとしてくれたそのおどけ方、忘れないよ。忘れられるわけがないよ。
「そういえば知ってる? 最近人気急上昇中要注目アイドルがいるって」
「知ってるよ」
「顔も?」
「知ってる、すっごく可愛いんだよ」
「性別も?」
「女の子らしい女の子」
「趣味も?」
「長電話とお菓子作りが好き」
「好きなことは?」
「歌うこと」
「うーん、完璧だね。それじゃ」
少しだけ間を取って。
「名前は?」
「天海春香」
「正解」

そして天海春香は振り向いてこう言った。

「―――お待たせ」
「うん、待ってたよ」
どんな笑顔よりも、輝いて見える私の大好きな笑顔を携えて彼女は戻ってきた。私との約束を果たしに。もうあの時の迷いもなく、快活な瞳で。
「約束、果たしにきたよ」
「嬉しいよ、本当に」
「手加減なんていらないから」
「そんなの出来るわけないよ」
「そっか、そうだよね」
「そう、そうだよ」
だって私たち二人はこんなにも。
「「ワクワクしてるんだから」」
それだけでよかった。もう言葉は要らなかった。

あの日から鈍く軋んでいた時計の針が急速に動き出す。色づきだす。全ては明日、全力を尽くして挑む明日。相手は皆一騎当千のアイドルたち。それでも私は負けない。私も見つけたから。私が何を思いステージに上がるのか、その答えを。皆と出会って出した答えを胸に。
萩原雪歩十七歳、灼熱のとき―――。

ドーム。アイドルなら誰もが夢見るステージ。恐ろしいまでの広さ。恐ろしいまでの人の数。場所はさいたまスーパーアリーナ。収容人数約二万五千人。拍手の音ですら暴音になりえるファンの数。それをこの身一つで受け止め、跳ね返し、更に沸かせなくてはならない。でも今日はそのドームですら小さく見える。もっと、もっと大きな場所で歌いたい、踊りたい。
皆と共にならステージが宇宙であっても広くない。でも我が侭ばっかりは言ってられない。
これから始まるんだ。前代未聞の最強の内輪もめが。でも喧嘩して仲直りしないわけじゃない。喧嘩して競い合ってライブが終われば、あとはケーキを食べながら仲直り。きっと皆そうしたいって思ってる。
身体がじっとりと温かい。準備は万端。少しも動いちゃいけない、逃げていってしまうから。私の全身全霊が抜けていってしまう。そんな気が抜けた炭酸水の状態で挑むなんて出来ない。どうせなら喉を突き刺すくらいに弾ける。だから今は溜めておかないと。
……軽口さんの声が聞こえる。流暢な喋り方も少し震えている。今日も軽口さんに挨拶をしたとき深々とお辞儀をされた。昨日のように美しいお辞儀。何事かと思って聞いてみると、最高の舞台に呼んでくれて、更にはライブの一端を任せてくれて本当にありがとう。今日は全力でぶっ倒れるまでやらせてもらいます、と敬語だった。こんな軽口さんを見たのは初めてだった。
ワクワクしているのは私たちアイドルだけじゃなくて、ファンの皆も裏方で尽力してくれたスタッフの皆もそうなんだ。
私は立ち上がる。まだ登場には大分早いけど皆のことを見ておきたいから。それが今の萩原雪歩として、アイドルの頂点にいる者として必要なことだと思うから。
ゆっくりと歩く。皆がばたばたしている中で一人だけさも関係ないようにゆっくりと。皆が地から注いでくれているところを見ると私は更に力強くなる。軽口さんの声が聞こえなくなる。私も、舞台袖に辿り着く。もうステージは目と鼻の先。暗転した舞台に飛び出したい衝動に駆られる。
「まだダメだよ」
動き出しそうな身体を、飛び出しそうな心を抑制する。そんなことしたら台無しになっちゃうから。私は私が歌うところしか知らない。セットリストは見ていない。普段ならしないけど今日だけはそうしなきゃもったいない。知ってしまっていたら、ドキドキもワクワクも半減。アイドルとしては失格かも。
曲が流れ始める。うん、始まりがよく似合うね。さすがだよ、伊織ちゃん。

「今…Imagine… 世界にある無限の石 人…ひとつ… 色形違う Aura」
綺麗な透き通るような声なのに、濃縮された可愛さが爆発しそうな声。水瀬伊織だけが為せる歌声。千早ちゃんにだって真似できないたった一つの歌い方。
「自分は自分 自身とゆう自信 風や雨もかかってきなさい」
次は涼君。本物の男の子だからこそ感じる強い真っ直ぐな意志。女性の強かな強さと男性の硬質な強さを併せ持つとんでもアイドル。
「やれば出来る やるから出来る さあ私は今…」
やよいちゃんの明るい歌声。歌うだけで、踊るだけで。その姿だけで皆が元気になる天使みたいな女の子。もしかしてそのツインテールは天使の羽?
「「DIAMOND Shine 光り輝け光 この心が狙うのは NO.1 全世界のキラメキがほら私の物」」
やよいちゃんと涼君が背中を会わせて銃を象った手を観客席に向かった一発ぱーん。ウインクのおまけ付き。あはは、でも本当に狙ってるのは私なんだね。ねっ? 伊織ちゃん。
「Shine 輝くために生まれた どんな喜びの原石だって」
二人が背中をぱっと離したのその間から伊織ちゃんが現われる。もう、かっこよすぎるよ。もう出て行って一緒に歌いたいくらいに。
「「「キラ キラ キラ キラ もっと眩しくなれ DIAMOND」」」
これ以上眩しくなったら、見えなくなっちゃうよ。でも嬉しい。三人とも本当に、私を目指してくれていたんだね。ユニット名の通り。私はそんな存在になれていたんだね。
曲は進んでいく。二番の歌詞も私に、そしてファンの皆に歌われている。キラキラ輝く渾身の新曲。いきなりサプライズを叩きつけるなんて、そんなこと出来るのは伊織ちゃん率いる『スノーライバル』だけだよ。曲だけじゃない。昨日見た三人の一体感、最初からドームじゃ足りないって爆発するように踊っている。もうこれから大変だ、今日一日は大変だ。わかってたけどね。
「Shine Shine Shine I am Diamond 好きにやってごらん…」
涼君も十分好きにやってるよ。
「Shine Shine Shine You are Diamond 自由になってごらん…」
やよいちゃんもすっごくフリーダムだよ。
「どこまでも Forever」
ずっと私のライバルでいてくれるの? 伊織ちゃん。
「DIAMOND Shine 光り輝け光 この心が狙うのは NO.1 全世界のキラメキがほら私の物」
あははっやっぱり最後は伊織ちゃんのソロなんだね。わかってたよ。だってこの曲、伊織ちゃんらしいから。きっと二人も満面の笑顔で許可してくれて、伊織ちゃん、少し泣いちゃったんだよね。
「Shine 輝くために生まれた どんな喜びの原石だって キラ キラ キラ キラ」
もっと眩しくなれ、『スノーライバル』
「もっと眩しくなれ DIAMONDー!」
―――Shine Shine Shine I am Diamond…

拍手喝さい? ううん、拍手すら置き去りにしちゃった。最初から拍手もない静寂のライブなんてすごすぎるよ、三人とも。でも遅れた分だけ波はうねりをましてやってくる。

―――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!

いつ聞いても凄いファンの声援。どこからそんな声が出ているのかわからない歓声。もうオーディションってことも忘れてるね。私も忘れてたし、審査員さんも忘れて拍手してるよ。歌田 さんも、山崎さんも、軽口さんなんて高らかに指笛吹いてるよ。審査も忘れないでくださいね?
「さあ! どうだったかしら! 私こと銀河最強のアイドル、水瀬伊織ちゃん率いる『スノーライバル』の新曲は!」
「新曲の名前はですねっ! えーっと、『ヂアモンド』? あれ? もうちょっとオシャレな名前だったんですけど、うぅ~…」
「ヂアモンドじゃなくてダイアモンドだよ。皆さん、僕達の新曲『DIAMOND』は如何でしたでしょうか? 皆と、ある人に向けての僕たちの挑戦状なんですよ?」
観客席が沸きあがる。伊織ちゃんで盛り上がって、やよいちゃんで笑いが巻き起こり、涼君が綺麗にまとめる。ユニットならではの息もつかせぬ連携だ。いいな、私もやりたいなぁ。
「誰にとは言わないけどね。皆ももうわかってると思うからね! それじゃ一旦私たちはこれで裏に下がるわ」
お決まりのええーという声。でも今日は皆本気で残念そうだ。
「大丈夫です! このオーディションが終わったあとは皆が入り乱れる歌合戦ですから!」
「また後ほど歌いますので、それまで体力を尽かさないでくださいね?」

いおりーん! 世界でいちばんかわいいいよおおお!
やよいちゃんのフリーダムマジ最高! そのツインテールで俺を貫いてくれー!
涼ちん! 涼ちーん! 涼ちーーーーーん! ちーーーーーーーーーん!

そこかしこから聞こえる声援(一部変なのも聞こえて気がするけど)を後に伊織ちゃんたちは舞台を去った。私とは反対の袖から抜けって行った。でも私見ちゃったんだ。伊織ちゃんが袖に入った瞬間小さく、ガッツポーズをしたのが。

間髪いれずに曲は続く。これも初めて聞く曲だ。旅に出るような、そんな始まり方の曲だ。うん、ちょっと似てるけどこれは。
(よかったな よかったね)
(よかったな よかったね)
(よかったな よかったね)
先ほどからずっと流れるよかったという言葉。心の底からそう思っている歌い方。
「あなたと初めて出逢ってから どれくらいの幸せをもらっただろうね」
うん、やっぱりこの歌を歌うのはあなただよ。亜美ちゃん、ううん。もう亜美ちゃんじゃないんだね。だけど最初は双海亜美として歌うんだね。イタズラ心に溢れてて、亜美ちゃんが大好きなんだね。
「大きいものや小さいもの 気付かずにいたようなものもあっただろうね」
気付かないものもあったんだろうけど、きっと気付けたもののほうが多いんだよね。それはきっと。
「言葉や言葉じゃないもの 涙やケンカの後の朝日の色 2人の道は決して平らではなかったけれど」
アイドル双海亜美の道は決して平坦なものじゃなかった。どっちかが歌いたくても歌えない、同じステージに立てない。それはすごく悲しいこと。それでも二人でそれで超えてきたから。
だから。
「あーよかったな あなたがいて あーよかったな あなたといて」
伝わってくる。温かい気持ちが。大丈夫、きっと私だけじゃない。後ろで待機してる亜美ちゃんにも伝わってるよ。だから私の隣で私の服をきゅっと握って涙を堪えてるんだよ。
「あーよかったな 一緒にいて あーよかったな 2人でいて」
私もそう思う。亜美ちゃんと、真美ちゃんが双子で、2人でいて。
「もしもの話しがキライなあなたに 1つだけさせてほしいお話」
ここからは双海亜美じゃないんだね。ここからはずっと皆に見せたかったアイドル、双海真美なんだね。真美ちゃん。
「『もしもうつむいて 倒れかけたら 泣き虫な私のそばで泣いたらいいよ』」
ちらっとこっちを見る真美ちゃん。まったくほんとにイタズラ心満載だ。さっきの歌詞、まんま私が言ったことのある台詞じゃない。
「あーよかったな あなたがいて あーよかったな あなたといて」
そう思ってくれるんだ。でもね、真美ちゃんがそう思ってくれてるのと同じくらいにね。
「あーよかったな 一緒にいて あーよかったな 2人でいて」
私も真美ちゃんと一緒にいてよかった。一緒のステージでいれることことが出来てよかった。それを伝えるね? 私が歌う時になったら。
(よかったな よかったね)
(よかったな よかったね)

途中の英語の歌詞でも得意のこぶちを聞かせることなく、綺麗に歌いのけた真美ちゃん。またしても会場からすぐには拍手は沸かなかった。そして始まる拍手の大渦。真美ちゃんがちょっとよろける、きっと気持ちを込めすぎたのと初めて双海真美として向けられる声援に少しだけ押されたのだろう。でもそれは背中を押されたことと一緒、これからは真美ちゃんの快進撃が始まるんだ。
「……遠い誰かが言っていた! 『エンディングまでは泣くんじゃない!』と! だから真美は颯爽とステージを降りるよ! 曲は『あ~よかった』だよ! もう、泣いちゃいそうだから! それじゃまた後でね、ふ、ファンの皆!」

真美ちゃあああああああん! ずっと待ってたよおおおおおおお!
俺達も真美ちゃんも出会ってあーよかったよ!
真美ちゃんー! 俺だー! そのこぶちで俺を殴ってくれー!

「っ! ほいじゃ次! よろ、じぐっ!」
ファンの声援が止めになったのか真美ちゃんはマイクを床に置いて私がいる袖へと一直線。そのまま私の胸に飛び込んできた。もう、昨日言ったばかりなのに、いきなり飛び込んじゃ危ないよって。でも、今日は頑張ったから許してあげる。よしよし、雪歩お姉さんがその涙隠してあげるから。その涙はきっと心の汗なんだよ。
隣にいる亜美ちゃんはどうしようか迷っていたけど、後ろの楽屋に戻っていった。かける言葉が見つからなかったんじゃなくて、今はまだって気付いたんだ。うん、これが終わったら思う存分話してあげてね。今までと、これからを。

アップテンポの曲調、七色に明滅する照明。見え隠れする凛々しいシルエット。女性の観客の声が高まる。でも男性の声も負けていない。涼君と反対の乙女アイドル。
「あとどれくらい進めばいいの? >もう 壊れそう」
壊れるそうなほどに歌いたいんだね。踊りたいんだね。昨日の今日だもんね、暴れたりないんだね。思う存分爆発させよう。
「この道を選んでひたすら突っ走ったよ >でも 苦しいの」
アイドルとしての真ちゃんの始まりは決して自分の思い通りのスタートじゃなかった。女の子らしくなりたくてアイドルになったのに、最初の売れるきっかけは王子様らしさ。苦しみながら、真ちゃんは走り続けた。
「Tenderness 差しのべて 温もりに触れたい ヘンだね この気持ち 何か変わっている」
可愛いと呼ばれたい。差し伸べて欲しい。ファンの可愛いという歓声のぬくもりに包まれたくて、でも皆から最初は見向きもされなかった。
「Kindness 捧げたい その術がワカラナイ ひたすら堕ち続ける魂」
そんな現状から脱する術もわからなかった真ちゃん。その気持ちは堕ちていった。菊地真の低迷期。伸び悩む時期が確かにあった。あの頃の私は何もできなかった。
「届かないメッセージ 不可視なラビリンス 心の安らぎ導いてよ」
真ちゃんが叫ぶ。あの頃の自分を忘れないように。それも今の菊地真を形成する一つのピース。欠けてはいけない。導きを求めながら、それでも走り続けた傷だらけの真ちゃん。
「突然の暗闇と溢れ出す感情に ひるまぬチカラをボクに焼き付けて!」
何があるか分からないアイドル活動に衝動的に感じる感情。縦横無尽に自分の中を駆け巡り時には自身を傷つける。だからこそ真ちゃんは叫ぶ。それにも負けぬチカラを焼き付けて、と。
歌声だけじゃない。躍動する踊りにから伝わる確かなもの。そのワンステップを床に叩き込んだと気に波紋のように伝わる意思、叫び。きっと皆にも聞こえている。
舞台からハットを深く被りまとめた後ろ髪を棚引かせたダンサーが出てくる。あはは、これはすごいダンス合戦になっちゃうね。
「あとどれくらい登ればいいの? >あぁ 倒れそう」
真ちゃんのダンスが更にビートを刻み始める。無駄のない動きは最早芸術にすら見える。そう、倒れそうなくらいに。迷い続ける中で昇ることに疲れてしまったときのように。
「これを越えた向こうには新たな未知が待ってる >そう 苦しいの」
どれだけ超えても見えてくるのはまたしても答えが載っていない未来。それの繰り返しは楽しくも苦しい。私も、ここにいる皆が知っている。それに呼応するようにバックダンサーの人もステップを床に刻み込む。その苦しみを忘れぬように。
「Mindness ひたむきに周りが見えない マイッたね この気持ち何か変えなきゃ」
私たちは変わらなきゃいけなかった。その状態から脱するために。何も見えない暗闇と未知を超えていくのには限界があった。けれど。
「Endless 抜け出したいその術がワカラナイ ひたすら堕ち続ける心が溶け出してく……」
一人だけじゃその方法がわからなかった。一人だけじゃ、抜け出すことは出来なかった。真ちゃんとバックダンサーの人が動きを止める。それは変化の合図。答えを見つけた数瞬の間。
「けどね解ったよ 貴方の優しい声がする方 向かってー!」
真ちゃんが見つけた答えを叫ぶ。でも、私はあの時まだまだ優しくなんてなかったよ。きっと真ちゃんをその迷走から救ってくれたのは、真ちゃんだけの王子様。
「法則のないパズル 不条理なネスティング 魂のジレンマもう起こさない」
何もかもを受け止めんとするダンスと歌声。もうステージの上に立つ二人のダンスに迷いはなく、ブレることさらない。淀みのない踊り。
「誘惑を断ち切ってつらくても前を見て ラストでは笑顔で見つめ合いたいのー!」
逃げないと、誓ったんだね。王子様からも、未知からも、そして私からも。だから最後は笑顔で前を見て、堂々とダンスを終わらすんだね。

一瞬も瞬きすることが出来ないまま、真ちゃん『迷走Mind』が終わった。バックダンサーの人も負けてなかった。でもやっぱり真ちゃんの持ち曲だから、真ちゃんのほうがかっこよかったかな。なんて言ったら悔しがるかな?
「……ゆきぴょん」
「なに、真美ちゃん」
「皆、すごいね。……真美も皆みたいになれるかな」
「絶対。だって私がそうだったから。だから真美ちゃんが信じる私を信じて、走り抜けよう。出来る?」
「……うんっ。それじゃ真美、ちょっち疲れっちたから楽屋に戻るね。謙虚な胸を貸してくれてありがとー!」
「謙虚は余計だよっ」
「あはは、でもね、すっごく頼りがいがあっていい香りがして優しい最高の居心地だったよ。真美もそんな謙虚な胸を目指してがんばろーっと、それじゃばいにー!」
「こらっ真美ちゃん!」
行っちゃった。謙虚謙虚って、別に小さいわけじゃないって最近思い始めてたのに、やっぱり私ちんちくりんなのかな。……別に千早ちゃんを思い出してなんかないよ?
歓声は、まだない。もうきっかけがないと歓声すら発することが出来ないんだろうなぁ。
「どうも! 菊地真と『迷走Mind』はどうでしたか? ボクはもう、さいっこーでした! 生演奏のギターとかかっこよくって、やりぃー!って感じです!」

キャー!  真ちゃーん! かっこいいよー!
真ー! その正拳突きで宇宙すら割ってくれー! 最高だー! まことぺろぺろー!
きゃぴぴぴぴぴーん! まっこまっこりーんって言ってくれー! 俺だけに言ってくれー!

「えっへへ、ボクのかっこよさも可愛さも伝わったみたいですね! それじゃボクはまた後でになるけど、後は任せたよ、響っ!」
耳につけた中心に心が刻まれた細身のシルバークロスが揺れる。マイクは数秒宙に舞い、それを受け取ったバックダンサーは深めに被ったハットを客席に投げる。

「四番手! 我那覇響! いっくぞー!」
もうファンの皆の歓声は怒声に近いけど、響ちゃんも一歩も引かない。昨日、最初に出逢ったときの響ちゃんの姿はどこにもいなかった。曲が流れ始める。激しいダンスを予感させるメロディー。感じ二文字で表すのならば、情熱。
「『始め』は皆一瞬の刺激 銃弾に撃たれた様だった 熱く燃えてく火花みたく 思いに焦がれてる想い立ち向かえ」
溜め込んでいたもの、まだ吐き出してない。ここじゃないんだね。自分の気持ちに焦がれてもまだなんだね。
「『終わり』は皆一生の悲劇 地獄に堕とされる様だった 友が世界が出来になるが 願いとは絶対叶えるモノでしょう」
先ほどとの踊りとは違う、生き物を彷彿させる踊りに嫌悪感すら抱く人もいるかもしれない。それだけ響ちゃんには今、何かが取り憑いているようだ。
「ねぇ… 出来ないのならやるな だけどやれるのなら出来る」
響ちゃんらしい歌詞。でも響ちゃんなら、出来なくてもやって、成功させちゃうかな。いや、ここにいる皆がそうだね。私も含めて。
「自分に勝てるのは自分 真っ直ぐに戦え!」
そう。結局いつだって選択をするのは自分。決定をするのも自分。だからこそ逃げず、曲げず、真っ直ぐに戦うしかない。そう、思ってくれているんだね。萩原雪歩にそう思ってくれているんだね。真ちゃんにもそう思っているんだね。
「夢が夢じゃ終われないから 私の今になりなさい 傷ついてもいいさ 苦しくてもいいさ
嗚呼どんな罪でも来なよ」
どんなになっても歌い、踊り続ける響ちゃんが見える。雨にうたれても、風に吹かれても、炎に囲まれても、例えそれが罪だとしても、その瞳は踊ることだけはやめない強い意思を秘めていた。
「夢じゃ夢が止まれないから 私のモノになりなさい この心で進め この両手で掴め 嗚呼抱きしめるDear My DREAM」
爆発する。今まで溜め込んでいた分がここにきてドーム全体に叩きつけられて広がっていく。ソニックブームよりも早く、強く。それに乗って響ちゃんは掴もうとしているんだ、自分の夢を。でも、負けないよ。
歌は続き、踊りも続く。ステップを踏む響ちゃんの足からは情熱という炎が燃えて見えている。揺れる炎に空気が淀む姿を幻視する私。このままじゃ私が立つ前にステージが黒く煤けちゃうね。でも平気。全部私が直しちゃうから。
「ずっと忘れられないの もうずっと…」
それは昨日の気持ちが? それとももっと別の響ちゃんだけの思い出? 
「全部あげる 全部捨てる 叶えたいALL DREAM」
矛盾している。二律背反の気持ちすら抱えてもなお叶えたい夢。それも一つや二つじゃなくて、全て。うん、そういう貪欲なところは変わらないね。
一番の歌詞が繰り返される。さっきよりも炎はまし。体中を包み込もうとしている。そして最後に、響ちゃん溜め込んだその先にある底から全てを吐き出した。
「嗚呼叶えてやる! Dear My DREAMー!」
気持ちが入りすぎて歌詞がちょっと違った。だけどより一層聞こえた。響ちゃんの決意に覚悟、私を焼かんばかりの炎が見えたから。ねえ、響ちゃん。ぐっすり眠った後のお祭り騒ぎって、すっごく楽しかったでしょ?
「さいっこうだぞーー! なんくるないさー!」
間髪いれずに叫ぶ響ちゃん。顔を天に向けて汗を散らす。おしゃべりした気分だ

響ちゃんもかっこいいー! 骨抜きだよー!
真と一緒にもう一回踊ってくれ! 最強のダンスユニットを見せてくれー!
響ー! 髪をすーはーすーはーしたいよー! くんかくんかでもいいよー!

「あははっ! ちゃんと寝た後の祭りがこんなに楽しいなんて思わなかったぞ! この気持ち、そのままにバトンタッチさー! それじゃまた後でねー!」
響ちゃんがこっちにきた。何も言わず、手を上げて。
パンっ―――。
「全力だぞ、雪歩」
「うん、わかってる」
交わして、響ちゃんも楽屋へ向かった。どさっと倒れこむ音がした。でも私は振り向かない。だって今しがた約束したばかりだから。

響ちゃんに駆け寄りたい気持ちを必死に押さえつけて私はステージを見続ける。そうすると決めたのだから。そうすると響ちゃんと手を叩きあって約束したから。
これもまた聞いた事のない曲。スモークが焚かれる。ああ、次は新生ユニットのお出ましだ。
「知らぬが 仏ほっとけない くちびるポーカーフェイス」
付け髪をつけた律子さんに、脇からするっと出てくる亜美ちゃん。ゆっくりと微笑みながら現われるあすささん。早速楽しくなってきた。
「Yo 灯台 もと暗し Do you know!? 噂のFunky Girl」
これから噂になるのかな? 本当に可愛くてファンキーなトリオユニット。この曲も可愛いのにアップテンポでノリノリになれちゃう魔法の曲。そういえば曲名は結局何になったのかな?
「忍び込まれたあたしの心 破れかぶれの夜 解き放つ罠 油断は大敵」
あずささのパート。すっごくアダルティーだ。なんであんなに豊かにビブラートできるんだろう? うわっ、ジャンプしたらぷるんってしたよ!?
「さすらうペテン師の青い吐息(Ah…) 手がかりに I wanna 恋どろぼOh! 射止めるなら覚悟に酔いどれ」
遊び心溢れる歌詞に、目が回るほどに変わる変わり歌い続ける三人。『スノーライバル』とはまた違った感じ。時間差攻撃? ちょっと違うかな。
「女は 天下のまわりもの 痺れるくびれ」
あっ律子さんちょっと恥ずかしそうにへそだしファッションのままくびれを強調した。伊織ちゃんだったら、大胆にやるんだろうなぁ。私なら、どうかな?
「言わぬが 花となり散りる 秘めたる身体」
あ、あずささんどこを秘めてるんですか!? 何を秘めてるんですか!? そして何故亜美ちゃんまでどや顔なの!? あっははは、面白い! 面白すぎるよ! でも面白いだけじゃなくて皆を引きつける歌。浦島太郎の物語が子供を引きつけると同じように。
勢いそのままにどんどん海の底へ底へ、と思ったらいきなり海面ジャンプ、とか思ったら深海だったりとすっごく忙しい曲。曲も終盤になった。終始、律子さんの微妙に恥らっていたけどここにきて吹っ切れたのか赤くなりながらも可愛く歌い始める。
「さよなら 一昨日おいで Oh, さらば あわよくば又(アゥ!)」
うん、ちょっとやけくそ気味だけどすっごく楽しそう。アイドルの律子さんもやっぱり輝いてる。ぱりっとしたスーツを着こなす律子さんも好きなんだけど、どっちも甲乙つけがたいね。
「知らぬが 仏ほっとけない くちびるポーカーフェイス」
律子さんが吹っ切れたお陰か更に自由になり始める三人。ばらばらに動いているようにしか見えないのに次の瞬間にもう歩を揃えて歌いだしてる。こういうところは伊織ちゃんにも負けてない。でもちょっとだけ伊織ちゃんたちのほうが揃ってるかな? でもアンバランス具合もいいと思うな。
「Yo 灯台 もと暗し Do you know!? ギリギリで おあずけFunky Girl」
そんなお預けなんて嫌ー! ってもう終わり? すごく身悶える歌だった。特に最後の律子さんが眼鏡をくいっとあげて、あずささんがウインクして、亜美ちゃんがイタズラ顔でピースするあたりが。あれ? さっきから心の中でずっとマラカスを振ってるよ?

「……」
「ほら、律子さん。ファンの皆さんにご挨拶しないと」
「そうだよ我等がリーダ! そんなわけでお先に自己紹介タ~イム! 皆ご存知双海真美の影武者もとい! 双子で妹の双海亜美だよー!」
「三浦あずさと申します。このユニットでは一番お姉さんなので頑張って行きたいと思ってます、うふふっ」
「……っ! どうもー! 秋月律子です! この間プロデューサーになりまーすって言ったのに帰ってきちゃいました! すいませーん!」

そんなことないよー! リッチャンが帰ってきて感無量だー!
リッチャンハカワイイデスヨー! 掛け値なしにー!
りっちゃーん! 俺に魔法をぶっかけてー! むしろかけさせ

「み、皆……本当に、ありがとーっ!」

亜美ちゃんの成長に俺のワクワクが止まらない! 兄ちゃんて呼んでくれー!
あずささーん! 貴方の隣にボクの席は空いてますかー!

「んっふっふ~! これからはどんどん悩殺ばでぃになっていくかんね! 期待しておくように!」
「そうですねぇ。私の隣にのチケットは、またあるかもしれませんね?」
「そんなことより! 私たちは新ユニット『竜宮小町』として再デビューします! 今回お聞き頂いた曲『SMOKY THRILL』はいかがでしたか? もしよかったら試聴用、保存用、布教用の三枚セットでお買い上げくださいねー!」
おお、ライブだろうがオーディションだろうが関係なしの商魂だ。でもそれが嫌味にならないから皆もついつい買っちゃうんだろうね。私もちょっと予約しちゃうかも。
「さあそれでは私たちの次はあのあずささんの名曲が女王の手によって復活!?」
「私とは違った歌声を聴いてくださいね?」
「それじゃ亜美達の続きは後半で!」
そうして舞台から掃ける三人。袖では律子さんに抱きつく亜美ちゃんに律子さんの片腕に抱きつくあずささん(の胸)が見えた。本当にこれからのアイドルだ。亜美ちゃん同様、楽しみ。
そしてあずささんのあの歌を歌うのは、きっと貴方ですよね?

「空にだかれ 雲が流れてく 風を揺らして 木々が語る」
その風景がいとも簡単に見えてくる。非現実的な光景なはずなのに、こんなに近くに見える。
「目覚める度 変わらない日々に 君の抜け殻探している」
これはあずささんの歌。あずささんだけの歌。それは今でも変わらない、私だけの歌があの曲であるように。
「Pain 見えなくても 声が聞こえなくても 抱きしめられたぬくもりを今も覚えている」
それなのにこの人が、貴音さんが歌うと貴音さんの歌にも聞こえる。今私は貴音さんの歌声に抱きしめられている。このぬくもりは忘れることができなさそうだ。
「この坂道をのぼる度に あなたがすぐそばにいるように感じてしまう」
貴音さんは一体誰を思って歌を歌うんだろう。昔の私ならさっぱりわからなかっただろうけど、今の私には痛いほど伝わってきます。遠い遠い皆を思いながら歌っていることを。
「私の隣にいて 触れて欲しい」
けれど触れられない。自分からも、向こうからも。隣にいて欲しいけれど、届かぬ思い。それでも願わずにはいられない。痛々しいほどの想いが、流れ込んでくる。
「近づいてく 冬の足音に 時の速さを 感じている」
確かに、今日までの時間は足早で今だけ時間が早送りになっているんじゃないかって思った。貴音さんもだったんだ。冬の足音が私の耳に聞こえていた。
「待ち続けた あの場所に君は 二度と来ないと知っていても」
二度と会えないのだろうか。貴音さんが愛して止まない遠くにいる人達とはもう、二度と会えないのだろうか。
「Why 待ってしまう どうして会えないの? 嘘だよと笑って欲しい 優しキスをして」
私も貴音さんに笑っていて欲しい。けれどいつかは又悲しみに暮れてしまうんですか? でもそうなったらキスはできないけど、私に抱きしめさせてください。その悲しみを半分、私に預けてください。
「遠いかなたへ 旅立った 私を一人 置き去りにして」
遠い彼方へ旅立った貴音さんが辿り着いたのはここなんですね。置き去りにされたと思い、月夜に毎晩泣いていたんですね。
「側にいると約束をした あなたは嘘つきね」
悲痛な叫びが私の心を打つ。今すぐにでもステージに上がって抱きしめたくなる。だけど大丈夫。まだ歌詞は終わってないから。
「もし神様が いるとしたら あの人を 帰して」
あの場所に、帰して。
「『生まれ変わっても君を見つける』 僅かな願い込めて… I wanna see you」
貴音さんの瞳から寂しさが消えた。もう泣き伏せて、手を伸ばすことを諦めていたあの時を断ち切ったんだ。神様も何もいないなら、自分の力で帰ると。
「この坂道をのぼる度に あなたがすぐそばにいるように感じてしまう」
月夜を見上げるたびに、皆のことを思い出していたんですね。その度に
「私の隣にいて 触れてほしい」
そう願っていたんですね。でももう願うだけじゃなくて。
(遠いかなたへ旅立った 私を一人置き去りにして)
絶望を断固拒否して。
「側にいると約束をした あなたは嘘つきだねー!」
会いに行くんですね。
こうして貴音さんは自分の物語を歌に折りこみ歌いきった。どれだけの人が気付いたのかはわからない。けど私は、私には見えた。そしてその先のハッピーエンドも、見えましたよ?
「どうも、四条貴音と申します。この度は三浦あずさの曲『隣に…』を拝借し歌わせていただきました。あずさ殿とはまた違ったように聞こえたならば、僥倖です」
静かな貴音さんの声に観客の人達は聞こえない。だから私は拍手をした。

ぱちっぱちっ

小さな破裂音だったけど。静まり返るドームにはよく反響して、何度も屈折を繰り返しファンの皆の鼓膜をノックする。やがて、拍手が一つ、また一つと重なり合っていってフルオーケストラとなり貴音さんを称えた。
「ありがたき音色です。それでは私は一度下がります。ではまた、よしなに」
響さんが静かにステージから去る。揺れる銀髪がひどく神秘的だった。さあ、この静寂を突き破るのは、銀に対して金。静にして動。スタイルでも負けないあの子の登場だ。ってあれ? あのツインテールの金髪の子は、あれれ? それに涼君? も、もしかして!

「ここで超! スペシャルゲスト! ルールを打ち破っての参戦! 前代未聞のドリームクインテットユニット『サイネリア』だ! 五人の共鳴に震えてくれ! Check it! 」
こ、これが涼君が隠してサプライズ!? よ、予想外すぎるよ! だってだって、あのクインテットって私たち765プロとも仲がいい876プロの赤丸急上昇中のアイドルの子達だよ!? こんなに豪華でいいの!? すごく今予算あたりが不安になったよ!? 小鳥さんがひーひー言ってないか気になるよ!?
「今 目指してく私だけのストーリー BRAND NEW TOUCH  始めようSAY "HELLO!!"」
五人でいきなり合わせて歌うの!? もう豪華ってレベルじゃないよ! さっきから走り出しそうな私の足を誰か止めて欲しいくらいだよ!
「さあ笑顔になろう もっと 明日を好きになれる様に」
あの子はサイネリア、本名は鈴木彩音ちゃんだっけ? 確かネットアイドルから私たちと同じステージに立ったんだよね。ちょっとあざといけど、そばかすが可愛い! 歌もこなれてる感じでアイドルっぽい。
「さあ涙になろう きっと 前より強くなれる様に」
あの子は元から他の、確かフリーランスっていう事務所の子だった桜井夢子ちゃんだ! いつの間にか876プロに移籍してて、へそだしパンツルックのワガママボディ。ちょっと羨ましいって思ったことがある。伸び伸びと広がっていく歌声も素敵だ。
「教科書が全てじゃない 正解なんてない世界」
サイネリアちゃんと同じく、ネットアイドルからリアルアイドルになった水谷絵理ちゃん。不思議な感じがするけど芯が強いんだよね。ちょっとだけ昔の私を思い出す。歌だけじゃなくて踊りも決まってる。
「いつか見たい 掴みたい まっすぐに進む光」
ご存知、私の最初のライバルの秋月涼君。今回二度目の登場だけど全然疲れてない。さっきよりも伸びやかに歌っているのは伊織ちゃんがいないからかな?そしてサビは、やっぱりだ!
「今 新しく描きだした STAGE 夢になる 愛になる ほら何だって本当になる」
あの伝説のアイドル、日高舞の一人娘でそのコンプレックスも跳ね除けてアイドルになりつつある日高愛ちゃん! 私の後輩でもあるからちょっと誇り高い。その歌声は真っ直ぐ、声量も千早ちゃんにも負けないくらいだ。ドームなんて突き破るくらい。
「目指してく私だけのストーリー BRAND NEW TOUCH 始めよう SAY "HELLO!!"」
最初のサビを歌いきったと思ったらみんな顔を見合わせて笑顔で。
「「「「「いっせーのっ!」」」」」
盛大にジャンプ。スカートが捲れるのも関係なしに。
「"HELLO!!" いってみようみんな一緒にSTEP 転んでも 挫いても OK信じれば大丈夫!!」
皆一緒に歌いだす。複雑な連携とか、絶妙な一体感とかはないけれど、純真に進んでいくヒナ鳥みたいに歌う。もう堪らないよ! 皆抱きしめたい!
「どこまでも続いてゆくストリート BRAND NEW TOUCH  始めようSAY "HELLO!!"」
あっ、気付いたら転調してる。最初のハローの部分からかな? 気持ちが高まりすぎて全然気付かなかったよ。そのままの勢いで行っちゃえ、皆!
「BRAND NEW達 始まりは そう!」
「「「「「ハローー!」」」」」
五人の笑顔とハローと共に曲は終わった。でも私の、ファンの皆のドキドキは終わらない。

「皆さーん! こんばんわー! 876プロ所属の日高愛でーす!」
「同じく、876プロ所属水谷絵理、よろしく?」
「二度目の自己紹介ですが、秋月涼ですっ」
「ふんっ、どうしても組んで欲しいみたいだから組んであげたけどね。私は桜井夢子、覚えて置いてくださいね!」
「信者になる覚悟は出来たか? 俺は出来てる! なんちゃってサイネリア改めて鈴木彩音デース!」
何とも個性のバーゲンセールだけど、よく考えたらうちの事務所同じようなものだね。特にこれからは個性の塊が、うん、出てくるよ? 別に春香ちゃんのことが一瞬頭に過ぎったりはしてないからね?
「今回は私たちクインテットユニット『サイネリア』で『"HELLO!!" 』でした!」
「皆に元気を分けて、あげられた?」
「実はこのユニット名には秘密が隠されているんですよ? ねっ夢子ちゃん」
「い、いきなり振らないでよ! こっちにも心の準備ってものがあんのよ!」
会場がどっと笑う。うーん、ユニットのああいうところ、本気で羨ましいな。私あんまり面白いこといえないからな。んーギャグでも考えてみようかな?
「えー夫婦漫才が終わりそうにないのでこのユニットの最年長者である私が解説しましょう。ごほんっ、ええー、この『サイネリア』は元々私のネトアの時の名前だったんですけど実はそれ由来ではなくいのです。ここテストに出ますよ?」
おおーとどよめく。すごく客弄りが上手い。私もネットアイドルやってみれば上手くなるかもしれない。でもネットがわからないや。
「まずサ、『さ』くらい夢子のサ!」
「トップバッターも悪くないわねっ」
「イは日高あ『い』のイ!」
「二番手は任せてください!」
「ネは不肖私、鈴木あや『ね』のネ!」
おおー! と感嘆の声を上げるファンの皆。ついつい私も一緒になって言っちゃったよ。
「リは我等がアイドル! 水谷え『り』のリ」
「これからも、よろしく?」
「そして最後のアは『あ』きづき涼のア」
「最後なんて荷が重いけど、頑張りますっ」
「こうして出来上がったのがクインテットユニット『サイネリア』だったのです! はい拍手ー!」
おおおおー! と感心しながら拍手を送る皆。私もだけど、裏方の人も皆一様におおーって言ってるよ。でも本当に面白い仕掛けだ。
「それじゃ愛ちゃん!」
「はいっ! 今回はフルサイズは歌えませんでしたがこれからはこのユニットのリーダーとして頑張っていきます! 今回のオーディションとは関係ありませんが、この後も出る予定なので是非是非、私たちのこともよろしくおねがいしまーす!」
「よろしく?」
「よろしくです!」
「お願いね?」
「ふははは! ファンになる準備が出来たものからCDを買うのだー!それも一つや二つではない、百枚だ! ってわけでよろしくデス!」
「それじゃまた後でー! まだまだもりあがっていきまっしょー!」
ファンの歓声を後ろに見事に盛り上げて帰っていった五人。私の知らないところでこんなに力をつけていたなんて知らなかった。もう、ユニットだとトップになれないなんてないんだね。でもまだまだ譲る気はないよ。『サイネリア』の皆。

そして始まる、ここからはAランク以上のアイドルしか出てこない。そのトップバッターは今度こそ私が見知った金髪の女の子だ。曲の疾走感にその髪は、身体は、心は揺れていた。
「夜のショーウインドーに アナタの後ろ姿を見た」
私は美希ちゃんの歌の中で一番この歌が好きだ。決して素晴らしい恋じゃないけど、譲れはしない恋の形。美希ちゃんがそれを歌うとすごく様になるのだ。今かかっている曲は普通のマスターVerだ。
「人波がスチルのように 私も不意に立ち止まるの」
あの時歌えなかった分もここで歌うように美希ちゃんは一心不乱に歌い続ける。ブレーキなんて踏まないで、アクセルを踏み続けて最高速を上げつづける。歌詞とは裏腹なスピードに驚きすら置いてかれる。
「瞳に焼きついたのは アナタとアノコの笑顔」
あの時焼き付けてしまった私とプロデューサーの勝利に震える笑顔。それにずっと苦しんでいた美希ちゃん。謝りきれもしない。だから。
「切なく苦しいけど 聞くだけならば 簡単じゃない」
私も美希ちゃんに応える。私の全力を持って向かえるから。許されなくてもいい、報われなくてもいい。それが美希ちゃんの問いかけに対する私の答え。
「『べつに』なんて言わないで 『ちがう』って言って」
別になんて言えない。違うとしか言えないよ。
「言い訳なんか聞きたくないわ 胸が張り裂けそうで」
その張り裂けそうになっていた気持ちごと私にぶつけてくれているんだね。こんなに苦しかったんだって。こんなに大好きだったんだって。うん、受け止めるよ。美希ちゃんの全てを。
「私のことが好きなら アノコを忘れて どこか遠くへ連れて行って」
うん、一緒に行こう。アイドルの頂上のずっと先まで、私と一緒に行こう。美希ちゃんが倒れても連れて行っちゃうから。
流れ続けるメロディー二番の歌詞も波に乗る。美希ちゃんのステップに乗る。表情に乗る。まるで美希ちゃんの身体の周りにメロディー纏わり憑くように、次第に美希ちゃんそのものがメロディーにさえ感じられてきた。
「『ゴメン・・・』なんて言わないで 『またね』って言って」
ごめんなんて言わないよ。だから私のところまで来て。もっと高みへ。
「私のモノにならなくていい そばに居るだけでいい」
美希ちゃんの表情に涙がちらつく。それでも歌声は震えない。涙声にはならない。しっかりと美希ちゃんは立っている。
「アノコにもしも飽きたら すぐに呼び出して 壊れるくらいに抱きしめて」
私も一緒に叫びたいでも、口ずさむだけ。
「壊れるくらいに愛してー!」
壊れるくらいに愛して……。
Woo Woo Woo Woo Woo! Woo Woo WOOー!
最後の美希ちゃんの心の音色がドーム内を駆け巡ったら。まるで美希ちゃんの体内にいるように、血液が循環しているように思えた。美希ちゃんもこんなに成長していたなんて。私への思いさえなければもっともっと先にいけていたかもしれない。ううん、違うよ。私への想いがあったからこそ美希ちゃんはここまできてくれたんだ。
「ありがとう、美希ちゃん……」
静かに感謝を込めて、美希ちゃんには聞こえないだろうけど、私は口から言霊を漏らした。
「はいなのー! 皆のアイドルっ美希だよー? みんな元気してたー! 今回は可愛い美希じゃなくてちょっぴり切ない美希だから、曲は『relations』でした!」

美希ちゃん可愛いよー! 綺麗だよー! 美しいよー!
髪を切った美希ちゃんもきっと可愛いからショートにしてくれー!
しゅらばっしゅらばっさっさとしゅらば、みたいぞー!

「でもでも、実は美希結構おねむだから一回寝るね? その間は我らが歌姫にお任せするの。それじゃまったねー! …あふぅ」
そのまま美希ちゃんはこっちに来た。顔を伏せたまま私の顔を見ようともしない。でも私とすれ違いざま。
最高だった。ありがとう。
それだけ呟いて奥へと消えた。その顔に光るものがあったことを、私は見逃さなかった。そして歌姫と言われたもう考えるまでもなく、あの人が来る。全ての才能を携えて、なおも努力をやめなかった本当の天才。孤高だった彼女は、今や絆さえ手にいれて私へ迫り来る。こっわいなぁ。
でも、ワクワクが止まらないや。

舞台が暗転する。刹那、聞こえる刺さるような、鳥肌すらむしられる歌声。
「目と目が逢う 瞬間好きだと気付いた」
ああ、これは歌姫の第二の原点。皆を感動させた、765プロから出ている曲の屈指の人気を誇る。私もこの曲を聴いた瞬間好きだと気付いた。この曲と、歌を歌っているこの歌姫が。
「『あなたは今どんな気持ちでいるの?』」
あなたこそ、今どんな気持ちで歌っているの? 限界まで突き詰めた歌い方じゃない、私のように無限の可能性を秘めた歌を歌って。楽しい? 嬉しい?
「戻れない二人だと 分かっているけど」
あの頃の私たちはお互いに我関せずだった。私は怖くて、千早ちゃんは興味なし。でも今は違うってわかってる。
「少しだけこのまま瞳 そらさないで」
千早ちゃんが身体ごと私のほうを向く。もう、ステージ中なのにだめだよ。千早ちゃん。私は微笑を返した。その微笑みに万の言葉を詰め込んだ。千早ちゃんなら全て、一言一句漏らすことなく汲み取ってくれるだろう。何せ、好きで嫌いでずっと私のことを考えているんだから。
「たくさんの人の波 あの人だけは分かる つないだ指の強さ あの頃の愛が今動き出すの」
繋いだ絆の強さであの頃の私達が目線を絡めあいながら動き出す。もう止まらない、止まれない暴走の愛にも似た感情。止める気はさらさらない。
「Ah~揺れる気持ち Ah~奪ってほしい」
揺れているのは私の心。奪って欲しいのは私のいる場所。だけどちょっとやそっとのことじゃ譲らないし譲れない。力ずくで奪い取ってもらわないと。
「目と目が逢う 瞬間好きだと気付いた 『あなたは今どんな気持ちでいるの?』」
今度はしっかり観客席に向かう。そうそう、あんまり千早ちゃんを独占してると私がファンの皆に怒られちゃうからね。千早ちゃんはもう、一人じゃないんだから。
「戻れない二人だと 分かっているけど 少しだけこのまま瞳 そらさないで」
でも私はずっとそらなさいから。千早ちゃんがずっと私を追ってきてくれるのなら、目指してくれるのならこの命が尽きるまで瞳をそらさず、正面から見据えて、正々堂々戦うから。その圧倒的な歌を前にしても逃げないって誓うから。
もう何度聴いたかも分からない二番の歌詞。ライブで聴くたびに初めて聴くような錯覚に陥る。だから千早ちゃんのライブは好きだ。いつだって新鮮だから。いつだって妥協がないから、いつだって優しいから。
「愛し合い 交わした口づけが消えてく 最後だけ少しでも見つめたい」
戦い合い、交わした約束は消えない。でもあの時、あの日の最後はずっと私のことを見つめていたね。今もその気持ちで歌ってるの? 千早ちゃん。
「去ってゆく愛しい後ろ姿に もう二度と会わないとさよならするー!」
そうだね。もうあの頃の萩原雪歩は、臆病者で二の足を踏んでいた私は帰ってこない。それが愛しいといわれてもだめ。だから、さようなら。
千早ちゃん、まだ成長するんだね。まだ歩むのを止めないんだね。本当に歌に負けない、馬鹿真面目な子。でもね千早ちゃん。私、そんな千早ちゃんのこと尊敬してるんだ。だからあんまり嫌わないで欲しいな? なんて言ったら困っちゃうから言わないよ。それを言うのは千早ちゃんが私より高みへ行ったときかな?
「……如月千早です。この静寂、最大の感動と受け止め、これからも邁進していきます。本当にありがとう! 曲は『目が逢う瞬間』でした」
そろそろファンの皆も消耗しきっている。これだけの歌に当てられたんだ、疲れないわけがないよね。でも残念だけどこの後まだ二人残ってるんだ。覚悟してもらわないと。

ち、千早ー! 最高だよー! 千早こそ日本一の歌姫だー!
千早の歌を聞けー! もっと、俺に聞かせてくれー!
ちーちゃん俺だー! ちはぴったんを歌ってくれー! むしろちはぺったんを

「さて、残すところあの二組。私や美希と熾烈を極める戦いをするアイドルとその更に高みにいるアイドルの二人です。私は、二人に負けないようここで歌いきりました。後は結果を待つばかりです。それではまた後ほど」
千早ちゃんは私とは反対の袖に去っていく。その消える直前、こちらに振り返って私に。
ぎこちないウインクをしてそそくさと帰っていった。うん、カメラをもってなかったのが私の敗因だよ。
ラスト。もう言わずもがな。だから私はじっとステージを見つめる。そしたら肩に手を置かれて。
「見ててね、雪歩。約束果たしてくるから」
もう、嬉しくて泣きそうだった。でもだめ。だって、エンディングまでは泣いちゃだめだから。

「さあー! 行きますよー!」
いきなりの宣誓にファンたちも限界突破のボルテージを振り絞る。ああ、さすがだなぁ。私の憧れてたアイドルそのまま。
「もっと遠くへ泳いでみたい 光満ちる白いアイランド」
もう、アイドルですって感じの歌詞。アイドルらしい曲だったら即座に一位を取れる。私の心も満ちちゃってるよ。
「ずっと人魚になっていたいの 夏に今Divin」
私もずっとアイドルでいたいの。だってこんなに素敵なことが日常の如く降りかかってくるんだから。あははっ。
「Dream 夢なら覚めないで スパンコールの波間ではしゃぐ二人」
水着を着てはしゃぐ姿がもうスクリーンに映し出されてる見たいって本当に映し出されてるよ!? いつとったのこれ! さすが、あざとい!
「まるで太陽がヤキモチを妬いてるみたいね ハートも焦げてしまいそうよ」
私もヤキモチ妬いちゃってるよ。でもそれと同じくらい、それ以上にヤキモチ妬いてくれてるんだよね? またむず痒くなってきたよ。
「ねぇ、云いかけた言葉 聞いてみたい キュンとキュンと甘い予感」
うわっ投げキッスしたよ! もうそのあざとさだけで世界が狙えるよ! でもそれで可愛いんだから大したものだよね。
「追いかけて 逃げるふりをして そっと潜る私マーメイド」
すごく得意そうだ、ってまたスクリーン! またスクリーンに春香ちゃんが! もう冬なのにどれだけ仕込んできてるの!? 見てるだけで寒いよ!
「つかまえて 『好きだよ』 と云ってほしい」
……今から出て行って抱きついて好きだよって言ったら怒られるかな?
「熱い永遠の今 きっときっと未来がはじまる」
うん、この熱さは永遠に忘れない。そして未来に行こう。これから始まる私たちのアイドル物語の序幕として。
ん、あれれ? ギターさんの様子が、それに春香ちゃんも後ろ向いたきり歌わないし、観客席からもなにやら奇声が。……閣下?
「……1、2、3、ヴぁい!」
ええっ!? これって、でも今まで歌ってたのは! ……図ったね! 私も、裏方のスタッフさんも、ファンのみんなも。もうサプライズだらけだよ。
「今 その全身全霊に 無窮の愛と 強い支配を刻むのよ」
さっきの曲とは曲調も歌詞も、ファンの様子も豹変。というかやたら高笑いしてる。無駄に上手い。
「世界をすべて振り捨ててでも 究めあげたい はじめての」
捨てるどころか振り切ってる様な気もするけど、これもらしいよね! 千変万化、目立った個性がないからこそあらゆる個性に染まれる。それでいてその限界まで引き上げる稀な能力。
「他の何にも替わることない 最高の瞬間よ 嗚呼!」
今日という日は最高の瞬間だね。おかげですごい恍惚した表情だ。うん、なんだかとってもなめかましいというか、いやらしい?
(I Want!)
「もっと啼いて(ないて)みせて!」
(I Need!)
「離さないわ 二度とは」
(I make! You love!)
「至福の地獄から」
何で一糸も乱れないの!? 王国!? 国家なの!?
「どこまで 堕ちる 堕ちる このままふたりで いける いける 高みへどれだけ 燃える燃える 一途に求めて 翔べる 翔べる どこまで!」
囁くように、それでいて激しい呪文めいた言葉の羅列が終わる。何というか、一言じゃとてもじゃないけど表せない。いや、原稿用紙百枚分でも書ききれないかも。それくらい濃い時間だった。でも、約束、確かに受け取ったよ。
春香ちゃん。
「……」
春香ちゃんは顔を下げたまま顔を上げない。完全にピークを超えている。自分の持ち歌を二曲も混ぜて全身全霊で歌ったんだ。ああならないわけがない。もう今日何度目かの駆け寄りたい気持ちを抑える。大丈夫、大丈夫。春香ちゃんは立ち上がる。もう逃げないって約束してくれたから。
スタッフさんがタンカーを用意して舞台に出ようとする。照明さんが照明を落とそうとする。私はそれら全てを制止させる。タンカーを手で制止、照明さんを目で制した。あと少し、あと少しで息を吹き返す。あの天使は、並じゃないから。
……動いて、春香ちゃん!
「……ぷはぁー! いやあちょっとマーメイドになった気分で息を止めてたら意識が飛んでました! あはははっ! そんなわけで天海春香でオリジナルメドレー『太陽のジェラシー』と『I Want』はいかがでしたか? でもでも私はまだまだ他の顔を持ってますからね? これからも見てくださいね、ファンの皆!」

閣下! 閣下! 閣下! 閣下! 閣下! 閣下! 閣下!
閣下! 閣下! 閣下! 閣下! 閣下! 閣下! 閣下! 
閣下! 閣下! 閣下! 閣下! 閣下! 閣下! 閣下! 

すごい、春香ちゃんのときだけ本当に乱れぬ統率力だ。別の言葉を言っている人がいない。恐るべし、天海春香。というか果たして閣下というのは声援に当てはまるのだろうか?
「か、閣下じゃなくてアイドルですよー! ア イ ド ル ! もうっ、とにかく! この後はお待ちかねたでしょう、765プロだけでなく全アイドルの頂点に今なお君臨中のアイドル女王の登場です! えっ? ハードルあげすぎ? 大丈夫ですよー、これくらいのハードルならぶち壊しちゃいますから! それじゃまた後で会いましょうね?」
ステージを去るとき、もう足は震えているのに一度もふらつかず、辛そうな顔を見せず、ファンの皆に手を振りながら笑顔で応える春香ちゃん。本当にアイドルの鑑だよ。
だから、任せて。今は休んで。
「……うん、そうするね」
どさっ。春香ちゃんは観客席からは完全に見えないこと位置、私のところでふらつく。そのまま私にもたれかかってきた。真美ちゃんよりも重い。鉛のような身体。何も残ってはいないもぬけの身体。
「また後でね、春香ちゃん。もし起きられたらでいい、私のこと見ててね。私、皆に私が見つけた答えをステージで歌って、踊ってくるから」
返事はない。けど少しだけ春香ちゃんの手を握っている私の手が握る力を感じた。もう十分だった。皆の思い、全部受け取ったよ。なら、萩原雪歩はどうするか。
それはステージで披露する。何せアイドルですから。

何度目の暗転だろう。私はゆっくりとステージを歩く。もう私のシルエットは見えているだろう。でも一声もない。無音。電子の音が響いているだけ。世界から音が奪われてしまったんじゃないかと思えるほどの無音。
その無音に舞い降りる電子音。私が大好きで、私を愛してくれた、たった一つの曲。メロディーも歌いたくて仕方ないのを我慢する。そして、いざ。
皆、聞いててね。私の答えを。
「Kosmos,Cosmos 跳び出してゆく 無限と宇宙の彼方」
うん、私は飛び出した。小さな私だけの世界から無限と宇宙の彼方ほどもあるアイドル業界に飛び出した。
「Kosmos,Cosmos もう止まれない イメージを塗り替えて」
止まれるわけがない。こんなに最高のステージを見続けて、どうして止まれるのか。でもただ踊るだけじゃつまらない。どうせなら今までの皆のステージをもっと、もっと最高にするためにイメージを塗り替えてしまおう。
「ユラリ フワリ 花のようにユメが咲いてキラリ 光の列すり抜けたら二人」
(Access to the future Reason and the nature)
それじゃ皆聞いてね。
「つながるハートに伝わる鼓動が乗り越えたデジタル マイナス100度の世界で何も聞こえないけど ほら」
私は昨日皆と会ってずっと悩んでいたんだ。皆は私を目指してステージに立ってくれた。なら私はどうすればいいのか? 私の心からは何も聞こえなかった。
「またボクとキミを導いたビーム ステキな出来事を探してブーム」
かっこよく私も私を目指すなんて思えたらよかったんだけど、そこまで器用じゃなかったからそう思えなかった。ちょっと焦ってたんだよ? そのお陰で素敵な出来事はいっぱいあったけどね。
「Kosmos,Cosmos 跳び出してゆく 冷たい宇宙の遥か」
もしかしたら、宇宙の遥か先に答えがあるのかもしれないなんてたいそれたことも思ったけど、そんなことなかった。
「Kosmos,Cosmos もう戻れない スピードを踏み込んで」
出来るだけスピード全開で探して探して探して、それでも見つからなかったんだ。だってそんなに焦らなくてもすぐ近くに答えがあったから。
「ヒラリ フラリ 惑星と巡る極彩色 ハラリ語り継いだ物語と未来」
(Nexus for the future Season and the nature)
語り継ぐほどではないけれど。私がこのステージに立つ理由。それは。
「幾千 幾億光年 『因果の地平』まで飛ばして 広がる速度を超えたら 銀河見下ろせるかな 今」
私はただ皆を向かえてあげればいいんだって気付いたんだ。だって皆は幾千、幾億光年先まで私を倒してやるーって思ってたから。
「少し怖いけどキミを信じてる きっとこのままずっといけるよ」
少し怖かったけど私は皆を信じてる。この答えでいいって、このままでいけるって思えた。
「Kosmos,Cosmos 跳び出してゆく 次元と宇宙の軽さ」
軽いかな? こんな答えじゃだめかな?
「Kosmos.Cosmos もう止まらない ステージを駆け抜けて」
だからその分私、この最高のステージを駆け抜けるから。もう止まらないから!
「コトリ ポトリ 融けるようにユメの雫みたい 辿り着いた 振り向いたら二人」
皆受け止めちゃうから! だって私は皆の頂点に立たせてもらってるから!
(Access to the future Reason and the nature Nexus for the future Season and the nature
Access to the future Reason and the nature Nexus for the future Season and the nature)
可愛くても! 綺麗でも! かっこよくても! 美しくても! 悲しくても! 苦しくても! 妬ましくても! 怨まれても! 素晴らしくても! どんなにすごくっても!
「私全部、全部受け止めるからあーっ!」
あははっ、ついつい喋っちゃったよ。でもいいね、後ろで皆泣いてるからきっと、伝わったよね! それじゃ最後まで全力で、萩原雪歩! 歌います!
「Kosmos,Cosmos 飛び出してゆく 無限と宇宙の彼方」
どこまでも届け! 宇宙の彼方までひとっとびで!
「Kosmos,Cosmos もう止まらない イメージを塗り替えて」
止まるもんか! 止まってなるもんか! 全部塗り替えるまで止まるもんか!
「ユラリ フラリ 花のようにユメが咲いて キラリ 光の列 すり抜けたら二人っ」
(Access to the future Reason and the nature Nexus for the future Season and the nature)
「みんなー! ありがとおー! 萩原雪歩はこんなに、こーんなに素敵になれましたー!」

―――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!

皆、応えてくれてありがとう。泣いてくれてありがとう。見ていてくれてありがとう。何より。
私を好きでいてくれて、ありがとう!
皆、大好きだよ!








私の名前は萩原雪歩。十七歳。どこにでもいるような女の子。
ちょっと違うのはアイドルをやってるくらいです。
最近はちょっといいことに気がつきました。
私がアイドルになったのは自分を変えたかったからです。
そしてやっと、やっと、理想の自分を手に入れました。
皆に支えられて。自分を見失わないで。
いろんなことはあったけど、全部が今の私に必要な経験です。
あっ、皆が呼んでるから私もう行きますね。
この後、ライブ終わりのお疲れ様会があるんですよ。
そこには私が大好きで、私を大好きな仲間たちがいるんです。
それじゃこれからもよろしくお願いしますね?
そうそう、これから私はこんな風に呼ばれる予定です。
少し恥ずかしいですけど、誇り高いんですよ。
なんて胸を張るとまた謙虚だって言われちゃいますね。
えっ?
なんて呼ばれるかって?
それはですね、是非最初に戻ってみてください。
ねっ? 答えは意外と近くにあるものでしょう?
あっ、皆歌ってますね。私も大好きな。
私たちの原点の曲。きらめくステージで歌う、
その歌の名前は―。












                                                    (タイトルに戻る)

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Author:流ぬこ
自個偽無、候。
書いたり書いたりしている流ぬこです。
ピクシブなんかでも同じく流ぬこで書いています。
はじめの一歩を見るとオズマ戦でも小橋戦でもどの戦いでも泣けます。はい。

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