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2012/06/26 (Tue) 秋月律婚姻届

秋月律子




秋月律子。元々は事務員で、そこからアイドルになって、プロデューサーになったすっごい経歴の人物。
他の女の子よりも地味だ地味だと言われているけど、そんなことはないんだ。
似合いすぎる眼鏡はそれだけでも心を掴んでいるのにそれにウィンクなんてされてしまったら、メロメロだもの。
嫌だ嫌だと言いながら最後にはやってくれるノリのよさ、懐の広さだって魅力的。
スタイルだってそんじゃそこらの女の子とは比べものにならないくらいぼんっきゅっぼん。
眼鏡の奥に隠されている綺麗な瞳に見つめられたらもう二度と見逃せなくなるくらい。
これだけ魅力的な彼女を好きにならない理由がなかった。少なくとも僕には。
結構自信があった。彼女が売れ始める前からずっとずっと追い続けていた僕だったから。
だけどよく言われる「しつこい男は嫌われる」なんてマスコミの策略からくる精神攻撃に、
僕の心は少しずつ不安を隠せなくなる。
彼女が現われる所に行けば行くほど、嫌われていく気がした。軽蔑されていく気がしていた。
別にストーカー行為をしているわけではないんだ。ファンがアイドルを追っかけるのは当然のことなんだ。
そう言い聞かせないとダメなくらいに心が追い詰められていく。
追えば追うほど、追い詰められていく。いっぱいいっぱい、締め付けられていく。
もう、だめだ。
もう、追いかけられない。
とうとう追い詰められた、と勘違いした、僕はある暴挙に出てしまう。
彼女がアイドルになってから七周年、それを記念しての大掛かりなライブ。
横浜アリーナでソロという大舞台。さすがのりっちゃんもこんな大舞台、一人では初めてだ。
何千人? 何万人? 数えたくない人数がきっとこのライブ会場に押し寄せてくるだろう。
そんな素敵で最高なライブに、僕の心はガチガチだった。
そして、一枚の紙切れを握り締めていた。
ライブが始まる。僕は最前席のど真ん中。ありえない幸運。
りっちゃんはいつも以上に輝いていて、魅力的で、綺麗で、可愛くて、ぽよんぽよんで。
それなのに僕ときたらずっと黙ったままで、震えて、涙を流してるんだ。
やめとけばいいのに。
そうしたらこれ以上嫌われずに済むのに。
どうしても紙切れを手放すことができないで。
ただただ俯いて。

『ちょっと~? そこのあなた殿ー? 私の最高のライブ楽しくないのかしらー?』

りっちゃんのファンいじり。ライブでは必ずある。そして、りっちゃんは盛り上がってないところを優先していじる。
りっちゃんがこちらに近づいてくる。
心臓が、鼓動が、息が。
動悸が激しくて、苦しくて。
涙も止まらなくて。
心も、顔もぐしゃぐしゃで。

「あ、あぎづぎりづごさんっ! ぼ、ぼくどっっひくっ、けつ、結婚じでぐざ、い!」

ぐしゃぐしゃになった婚姻届を、目前のりっちゃんに差し出した。
前代未聞の考えなしのプロポーズ。最高にかっこ悪くて、だっさくて、気持ち悪いプロポーズ。
りっちゃんが持つマイクを伝って会場全体に響き渡った情けない声。

ざわざわ…… 
何あれ?
うわぁ、アイドルにマジで恋しちゃって告白とか……
しかも婚姻届って、キモすぎ……
つまみ出したほうがいい……

周りから聞こえてくる、ヒソヒソしていないひそひそ声。陰口。
絶えられず、崩れ落ちそうになった。もうだめだ、壊れるってそう思った瞬間。

『……ちょっと貸してくださいねぇー』

りっちゃんが僕の手に触れる。そして婚姻届を。
受け取ってくれた。
ざわめく会場。
何よりも驚きで倒れそうだったのは僕自身だ。こんな展開は考えていなかった。
そもそも先のことなんて何も、何も考えていなかったけど。

『……はい! お返ししますね!』

りっちゃんが僕に婚姻届を返してくれる。それはそうだ。
こんな知りもしない追っかけのファンといきなり婚約なんてしない。
けれどちゃんと書いてあった。婚姻届の名前を書くところに、秋月律子のサインで名前が。
とても婚姻は認めてもらえそうにはないサインだけど、この婚姻届には確かにりっちゃんの名前が書かれていた。

『気持ちはありがたいです。でも今はアイドルやらプロデュースやらでてんてこ舞いのりっちゃんは、あなた殿の熱~い求愛には答えられないんですよ。ごめんね?』

「えっ、あっ、いや、っぞの……」

『だからサインで許してね?』

「は、は」

「りっちゃーん! 俺も大好きだー! 結婚してくれー!」
「今度からは婚姻届持参してくるから俺のにもサイン書いてくれー!」
「ちょっと婚姻届取ってくる!」

続々と周りから声が上がる。特に最前列で僕の周りにいた人たちは僕のことを気持ち悪いといわず、むしろよくやった! 男だ! と褒めてくれた。
あまりのことに開いた口が塞がらない。でも確かに感じるのは。
やっぱり、りっちゃんのファンでいて良かったって。心の底の底の奥底を突き抜けた底から、思えた。
まだエンディングじゃないのに、涙が溢れ出す。さっきと違う、素敵な涙が。

『それじゃー次の曲行ってみよー! いっぱいいっぱい、歌ってくれろー!』

りっちゃんが舞台に戻る。周りの人たちが優しく声をかけてくれる。
せっかくのいっぱいいっぱいなのに、僕はもういっぱいいっぱいだった。幸せとか、そんな温かいもので……。
ライブが終わり、もうりっちゃんは目の前にいなかった。
周りで優しくしてくれた人たちとメールを交換した。すごく、そういう友達が増えて嬉しかった。
今度は俺も婚姻届持参しようなんて冗談も言ってくれた。
僕も満足して会場を後にしようとした時、肩を叩かれた。
振り向くと、帽子を深く被った、りっちゃんがいた。変装のつもりかもしれないけど、僕にはわかる。
なんたってほら、ずっと見てきたから。気持ち悪いけどさ。
やっぱり怒られるのだろうか。でも仕方ない。それだけのことをしたんだと僕だって思う。
だから僕は覚悟をする。そしてりっちゃんが―――――。

「ずっとずっと、私が売れる前から見ていてくれて、ありがとう。返事はごめんなさいだけど、プロポーズ、嬉しかったです」

そう言って帽子を取って。
満面の笑顔で、僕を見てくれた。
そこでやっと気づいたんだ。僕がりっちゃんを見ていたと同時に、りっちゃんも僕を見ていてくれたってこと。
気持ち悪いなんて思っていないことを。
気づいたら、また涙が止まらなかった。

「……それじゃ」

りっちゃんが走り去る。
言わなきゃ。
伝えなきゃ。
りっちゃんに伝えておきたい、僕の本当の気持ち。
叫ばなきゃ。

「……僕もりっちゃんに、あえで! ほんとにほんどにぼんどにぃ! よかったっで、おもっでるからあ! ありがどう!」

そしたらりっちゃん、振り向いてくれたんだ。
瞳を少しだけ潤ませて。
また、笑顔で。


あれから数年、りっちゃんはプロデュース業に専念するためにアイドルを辞めてプロデューサー一本で仕事をすると決めた。
だけど今でもたまにアイドルとして活躍することもある。
りっちゃんが出てくるライブでは婚姻届を持参する。今ではそれが当たり前となっていた。少し、恥ずかしい。
もちろん、僕はまだまだりっちゃんの追っかけ続行中だ。
あのライブから一度も言葉を交わすことはないけれど、僕はずっとずっとりっちゃんのファンだ。
あの日もらった婚姻届には、りっちゃんのサインしか書かれていない。
だって僕はりっちゃんの、そういう人じゃないから。
僕はりっちゃんが一番大好きな、ファンだから。
りっちゃんが好きで好きでたまらない、ファンだから。
きっと、そんな『魔法をかけて!』もらった。
秋月律子の、ファンだから。

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Author:流ぬこ
自個偽無、候。
書いたり書いたりしている流ぬこです。
ピクシブなんかでも同じく流ぬこで書いています。
はじめの一歩を見るとオズマ戦でも小橋戦でもどの戦いでも泣けます。はい。

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