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<空・サイネリア>
サイネリアが空を散歩するお話。




ねぇ、ここはどこだと思う?
ヒントは青い青いこの風景、そして心地よく吹く風の道、浮かぶ白いふわふわ。

「はーい、サイネリアでーす。現在、えーっと、空にいまーす。ここは空の上? というか、空の中? いやむしろ、空? とにかく、お空の散歩中です」

誰かに捧げる言葉じゃない。誰かに語る言葉じゃない。だから私の言葉は全部風に乗って飛んでいく。

「空の上と言っても、何も無い空間を歩いているわけじゃありません。雲の上を移動しているわけでもなくて。透明な波? その上を歩いていまーす」

歩くたびに聞こえてくる空の水の音。あっ、雨雲の上じゃありませんよ? 透明な水の上を歩いている。
磯の香りはしない。香ってくるのは、遥かな空の匂い。無臭のはずなのに肺が満たされていくような、心が満たされていくような、そんな匂い。
下を見てみれば、町が小さく小さく見える。透明だから、いつか落ちてしまいそう。ううん、吸い込まれてしまいそうで。

「ここの足場はひどく不安定で、歩くたびにふにゃっとだったりふわっとだったりしておりまーす。私の体重では大丈夫のようでーす。なので足場の耐荷重量は乙女の秘密っ」

顔を少しだけ上げて斜め下を見下ろしたら、そこには緑が生い茂った立派な山々が。
左を見れば少し遠くに本物の海が見えている。でも、空の海の方がふわふわしていて好きかな。
あらら? 前から大きな波が押し寄せてきます。透明だけど、うっすらと見えるんですねこれが。
勢いは緩まらず、私を巻き込んでどばーん、と過ぎていきました。

「ふわっとした感触はありましたが飲み込まれることはありませんでした。なんとも素敵な波ですね」

後ろを振り返って波を見る。どこに行くのかわからないけど、ずっとずっとその先まで流れていく。
そんな波に手を振ってから、前に振り返り歩き始める。ちなみに今の私の服装は白いワンピース一枚だけ。
もちろん、下着は付けていますけどね? 定番の麦わら帽子もばっちり完備で夏の少女。

「今の季節は夏ですが、ここは全然、まーったく暑くありません。むしろ涼しいくらいです。これもこの空の水のおかげかもしれません」

少しだけしゃがんで空の水を手の受け皿で掬ってみる。私の手が透明に揺られて、ぐらぐらしてる。
指の隙間を空けると、音も立てずに受け皿の水は空へと還っていった。
もう一度しゃがんで掬ってみる。やっぱり同じように私の手は透明に揺られている。

「そーれーっ」

掛け声と一緒に両手を空の更に上へと撒いてみる。透明だった空の水が少しだけ輝いて、キラキラして空中で消えていった。
その光に誘われて、大きな大きな生き物がゆっくーりと向かってきた。

「みなさーんみてくださーい。向こうから大きなクジラがやってきていますよー」

周りの波をうねらせて、大きな体でゆっくり私へと向かってくるクジラ。
その姿も透明なはずなのに、ずっしーんとした重量感を兼ね備えていて。
私もゆっくりクジラへと、クジラもゆっくり私へと。程なくして私はクジラと向き合った。

「ちょっとだけ、触りますよー……」

さっきのクジラの優雅な動きと同じくらいにゆっくりとクジラの頭に手を添える。
その瞬間にクジラの鳴き声が鼓膜を震わせた。実際は鳴き声っていう鳴き声はなかったけれど、声無き鳴き声は確かに私の鼓膜をノックした。
それと一緒にクジラの背中から空の水が吹き上がる。その頂点部で水はさっきと同じようにキラキラと霧散していった。

「もう、海は満足しましたね。それじゃ次は飛んじゃいましょう、それっ」

ふーっ。
優しく息を吹きかける。そうしたらクジラの体がぱあーって霧状になっていく。
大きな大きなクジラの体、重量感はどこにもなくなって質量も感じられない霧になって。
霧から、大きな大きな鳥になった。立派な翼を二つはためかせて、クジラとは逆の進行方向に進んでいく。

「ゆっくりと風を使って、どこまでもどこまでも飛んでいきます。私もそうなれたらいいなー」

大きな鳥がUターンして、私の上を通り過ぎていく。
一緒に風が私の服を、髪を揺らした。ここでちょっとだけ思いつく。

「ああっ、むぎわらぼうしがー」

風に攫われてしまった麦わら帽子。ひらひら、はたはたと宙を浮かんで散歩して。
最後には大きな鳥の頭に乗ってどこかへ行ってしまった。
どこへ向かってよーそーろー?

「うーん、空はいいところですね。だけどいつまでもいてはいけないんです」

歩いていく先に見えたものは。それはこの空から出て行かなくてはいけない合図。
透明な階段。でも確実に下へと向かう階段。私は、いつまでもここにいることはできないから。
人は、いつまでもここにいていい存在じゃないから。

「それでは帰るとしましょうか。私が暮らす世界へと」

私は階段を降りていく。一段一段、踏み外さないように一歩ずつ。
何十分、降りたのかわからないけど、やっと変化の兆しが見えた。
透明じゃない階段が現れた。これは、私の世界へ近づいている証みたいなものなのだ。

「……よーし、ここからは一気にいっちゃおーう!」

ソフトベージュの髪を棚引かせて、私は一段飛ばしで階段を下りていく。
その速度で、みるみるうちに世界は近づいてきて、ようやく私を飲み込んだ。
階段の終着点、そこにあったのは錆だらけで傾いていてボロボロな小さい黒い門。
私がそっと開けるときぃーって音を響かせる。うんうん、これがあって帰ってきた感じがするんだ。
門を出て、どこにでもある少し進んだ先にある歩道に出た私は、元来た道を振り返る。
そこには空も、空の水も、空の波も、空のクジラも、空の鳥も、何もない。
寂れた、物悲しい門が佇んでいるだけ。あまりのギャップの差に少しだけ笑ってしまう。

「さあ、帰りますか」

おろした髪もそのままに、私は空を後にする。
この場所、空の入り口は私しか知らない秘密の場所。
急いで生きる人には見つけられない、私だけが知っている素敵な場所。
でも、いつかは私にも見つけられなくなる。私も人間だから、そうやって生きていくしかないから。

「……忘れたく、ないなぁ」

私は空を見上げた。ここからじゃ、空の水は見えない。だけど私には見えた気がした。
大きな大きな、ゆっくりと飛び続けている鳥の姿と。
私が残した麦わら帽子が、ゆらゆらと。
いつか私がこの道を忘れてしまっても。
いつか私がこの場所を忘れてしまっても。
ふと見上げた空にあの麦わら帽子を見つけられたら、きっと思い出せる。
そう思って、私は笑う。
この空を見上げて。
いつだって、私は笑う。
麦わら帽子を見つけて。
いつまでも、私は笑う。
そう思うと、ちょっとだけ涙がつたった。
2012.08.19 Sun l アイドルマスター l COM(0) l top ▲

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