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2012/12/25 (Tue) 私たちの物語 ~コイバナ~ 七

「私にしかできなくて、私がやらなきゃいけない……かぁ」
響さんと話したあの日からずっと考えている。考えすぎてもう頭の中はぐちゃぐちゃに煮え落ちているけど、それでも考えている。
どれだけ言われてもやっぱり亜美は怖い。でも側にいることができないわけじゃない、話しかけられないわけじゃない。
それがみんなにはできなくて、私にはできること。こればかりはプロデューサーにもできないこと、らしい。けどそう言われたからよし行動、ってわけにはいかない。
だって亜美の絶望は深すぎるから。私の希望じゃ照らせないくらい深すぎるんだもん。じたんだふんだって仕方ないよ。
「……弱気になったらだめだよね。でも、でも」
頭を押さえてうぅ~と唸る私。
きっかけが欲しい。私がきっかけになれるきっかけが。それもうんと大きいものが

PULLLLLLLLLLL PULLLLLLLLLLL PULLLLLLLLLLL

携帯が鳴る。持ってたほうが便利だからってプロデューサーと一緒のものにしてもらった携帯。今ではちょっとにくたらしいオレンジカラー。
今はあんまり電話にでたい気分じゃないから、無視しちゃおうかな? でもこれが誰かからの助けを呼ぶ声だったら。って考えすぎかな?

PULLLLLLLLLLL PULLLLLLLLLLL PULLLLLLLLLLL PULLLLLLLLLLL PULLLLLLLLLLL PULLLLLLLLLLL

留守電の設定がない私の携帯はずっと鳴り続ける。普通ならもう切れてもいいくらいなのに振動は止まらない。まるで携帯が助けてって言ってるみたいに。
そう思ってから携帯の着信音がパトカーのサイレンに聞こえてきた。あらーと? とにかく誰かがあぶないんだーっていうことを知らせる音に。すっごく怖かった。
けどその怖いって思いを押し込めて震える指で私は通話ボタンを押した。
『―――――ッッッ』
「……真美?」
すごい勢いで聞こえてくるのは真美の声。亜美よりも少しだけ凛とした声。耳から遠ざけていてもはっきりとわかる。あっ! 耳につけないと。
「も、もしもし真美?」
『あーやっと聞こえた! おそいよやよいっち! でもそんなことはいいとして今ヒジョーにまずいことになっちゃったんだよー!』
「まずいことって、また何かイタズラしたの?」
『イタズラしたのは兄ちゃんだよー! しかもトクダイの、いっちゃん悪い奴!』
プロデューサーがイタズラ? しかも一番悪い奴って――――――。
ふと、亜美を見たときのプロデューサーの顔が思い浮かぶ。何ていうか、理解できないって目で見ている顔。それを悲しそうに見て笑う亜美。心がざわざわする。
一度も感じたことのない気持ち。気持ち悪い、怖い、それでいて怒りたい気分。
「……プロデューサーが、亜美に何を言ったの?」
『こ、こわいよやよいっち』
「お姉ちゃんだからね」
『り、理由になってないような……まあそんなことはいいとして! そうそう、兄ちゃんが亜美に言っちゃったんだよ!』
真美は教えてくれた。プロデューサーが亜美に何をしたのか、何を言ったのか。ありのままを全て教えてくれた。途中から泣き出して聞き取りづらかったけどそれでも真美は教えてくれた。
「そっか、教えてくれてありがとう。今はゆっくり休んでね、それじゃ」
『や、やよいっちはどうずるの?』
「私はね、プロデューサーのところに行こうと思う。伝えたいこと、いっぱいあるから」
それだけ言って私は携帯を切った。私は動き出す。あの人の、大好きで。
亜美を傷つけた、大嫌いなあの人の元へ、全てを伝えに動き出す。

心は落ち着いている。でも和やかとか平和な気持ちじゃなくて、あらしのまえのしずけさのような気持ち。その気持ちと共に私は辿りついた。
亜美と私の専用レッスンスタジオ。ここの鍵をもっているのは私たち二人と、あの人だけ。
私は無言で中に入る。無言で廊下を歩く。無言で扉の前に立つ。無言で扉の鍵を開ける。無言でスタジオ内に入る。ビクンッとする人影。
でも私だと確認して心底ほっとする。私にはそれがとてもとてもひじょーしきなことに思えた。
「やよいか…どうした? 今日はレッスンじゃ、ないよな?」
「…プロデューサーこそ電気もつけないで何をしてるんですか?」
「まあ、その、ちょっと。ははっ…」
何も言ってはくれない。私には何も打ち明けてくれない。そうする勇気がないのか、私では相談相手にすらなりえないからか。
うん、どっちでもいいや。
「顔色悪いですね。気持ち悪いんですか?」
「そ、そうなんだ。気分が悪くなって誰もこないここで休んでたんだ。でもやよいもきたし、自分の家へ帰るとするよ」
「そうですか」
「そ、れじゃな。また」
「またそうやって逃げるんですか?」
「!?」
そそくさとスタジオからいなくなろうとするプロデューサーを釘付けにする言葉。プロデューサーが扉の前で動けなくなる。
ああ、痛い。まだ序の口なのにこんなにも心が痛くなるなんて。亜美、今なら少しだけ亜美の絶望が分かる気がする。でもきっとこんなの比じゃないんだよね。
「亜美から逃げたように、私からも逃げるんですか?」
「……真美か」
「はい。でもあの子は悪くないです。亜美のことを思ってですから」
「わかってるよ。そうさ、悪いのは真美じゃない。悪いのは」
そう悪いのは。
「亜美だ」
貴方です。
ああ、この人はきっぱりと言った。自分では無く亜美が悪いのだと。今まで耐えてきた分、もう言わざるを得ないんだ。
「確かに俺が悪いのもわかる。亜美を理解できない、担当アイドルを理解できない俺が悪い部分もある」
どうして私に言い訳をしているのか。ううん、きっと私じゃなくてもいい。誰かに聞いてもらいたいんだ。そして慰めて欲しいんだ。
「だけど、だけど! 今の亜美を理解できるやつなんているのか? 真美は理解なんてしてない、ただ亜美を肯定しているだけ! やよい以外のアイドルは話すことすらしなくなった! 熱狂的なファンだって理解しているわけじゃなくて亜美の熱に当てられてるだけだろ!? そんな子のことをどうやって理解しろって言うんだ!」
完全防音のスタジオ内でプロデューサーの叫び声がよく響く。プロデューサーってこんなに大きい声が出せたんですね。
「俺は亜美の無茶を全て実現させてきたどれだけ理解できなかろうが亜美なら平気だってわけのわからない感情に支配されて全部亜美のためにやってきたまるで操り人形のように!」
一息で言って、一呼吸入れて、更に続く。
「ならプロデューサーなんていらないだろ!? 自分一人で何でもできるなら一人でやればいい! そこにわざわざ俺でワンクッション置いて二度手間する必要なんてないだろ!?」
確かに、亜美は一人でできます。でもそれは誰かのためなんですよ?
「それなのにことあるごとに俺を見てやれこうしてくれやれああしてくれって一体何なんだよ! あんな得体の知れない瞳にこれ以上見つめ続けられたら本当にどうにかなっちまう!」
確かに、亜美の瞳は怖いです。でもそれは誰かのためだけに注がれているんですよ?
「それで今日だ! 『スターレス』以上の絶望を溜め込むために休みをくれって? これ以上絶望を溜め込まれ続けた亜美と一緒なんて考えられない考えたくもない! そんなに休みたいならっ」
「好きなだけ休め」
「っ!?」
「俺には亜美が理解できない。理解できないアイドルをプロデュースはできない、そう言ったんですね」
「…そうだ。もう無理だ。俺には、もう、双海亜美が理解できない」
…亜美は、これを目の前で聞いたんだ。これなら『スターレス』なんかめじゃないくらいの絶望を溜め込めただろう。でも、でも。
こわれちゃったんだね。
「なあ、やよいにだってわかるだろ? 最近の亜美がどれだけ不気味で、怖かったかさ」
プロデューサーがふらふらと私へ歩いてくる。まるでぞんびのようだ。それでいて許されたい、慰めを求めてくる。
「なあやよい」
「…そうですね。確かに亜美は怖かったです」
「そうだよ、な。俺だけじゃないよな」
「そうです。プロデューサーだけじゃないですよ」
それはほんと。私も、プロデューサーも、アイドルのみんなも、きっとファンのみんなも怖がっている。
「そう、だよな? …そうだよ! 俺は、俺が間違ってるわけじゃないんだよな!」
お許しを貰った子供のようにはじけるプロデューサー。ああ、なんて可愛くて、なんて弱いんだろう。
「で、でもこれからは違う! 『アイドル双海真美』として真美をデビューさせてやよいは継続してトップの座を突き進むんだ! これからはもう悩まなくていいんだ!」
「はい」
「よしっ、やる気でてきたぞ! やよい、もっと頑張って本物の頂点を目指そうな! 俺は本当にやよいのプロデューサーでよかった!」
「私も同じ気持ちです」
その逆もあるけれど。
「そうだ! 亜美の願い事を聞いてばっかだったし、今度はやよいの願い事を聞こう! いくつでもいいぞ!」
それは私が亜美のような無茶なことを言わないと思っているからですか?
「……本当ですか?」
「ああ本当だ! 何でもいいぞ!」
「なら、一つだけ」
「ああ、何だ?」
言ってしまえば、言ってしまえばもう戻れないよ。大好きな人と争うことを避けられないよ。それでもいいの? やよい。
うん、大丈夫。確かに私はこの人のことが大好きだよ。とってもとっても大好き。それもみんなを大好きと思う気持ちとはちょっとだけ違うのだってわかってる。
それならこのまま願えばいいよ。私とずっと一緒にいてくださいって、今のプロデューサーならきっと認めてくれるよ。
そうだね、認めてもらえたらすごく嬉しいね。でも、でもね。私が好きなプロデューサーはね。
亜美のことが大好きだったプロデューサーだから。それでね。
私は、亜美ともう一度歌いたいから。
「『アイドル高槻やよい』を、やめさせてください」
「………………はっ?」
ねえ亜美。もう一度だけ、もう一度だけ私頑張るから。このきっかけを乗り越えられたら私、必ず迎えに行くから。
照らすなんて言わないよ。
亜美のゼツボーが怖いなんて、言い訳もしない。
絶対に、助けるから。そしたら。
一緒にステージで歌おうね。二人で、一緒に。


頭がイタイよ。お腹もイタイな。でも亜美はガッコーだ。真美よりはマシだけどね、亜美もシュッセキニッスーが危ないんだ。
「…どうせ頭痛も腹痛もマンセーテキだしねえ」
パパにショホーセン出してもらって薬飲んでるけどね、治んないんだよ、これが。シンリテキヨーインだってパパは言ってる。何かあったらすぐに電話をするようにとも言われたな。
あ、ケータイじゃなくてピッチの方にね、イマドキ。パパはお医者さんで病院だからちかたないけどね。
「♪授業がタイクツ♪、…だなあ」
デビューシングルをヒトリゴトにつぶやいてみる。ジッサイはメールなんてしないけどね。ケータイとられちゃうから、先生に。
きーんこーんかーんこーん。
あ、三時間目終わった。んー、急にオシゴトはいったことにして、帰っちゃおかな。シャチョーにクチウラアワセ頼んどかなきゃ。

シャチョーは少し渋ってたけどリョーショーしてくれたよ。ああ、シャチョーとレンラク取り合ってるんだ、サイキンの亜美は。
「…兄ちゃんには、電話できないしね」
兄ちゃんは亜美のプロデューサー辞めちったから、もう電話するリユーもないし。『アイドル双海亜美』はアルバム製作のためにオシゴトヒカエメにしてることになってる。
真美がいろいろとがんばってくれてるらしいけど、その真美も今じゃベツのコトでイソガシイし、『アイドル双海亜美』はこのままフェードアウトかもね。
もしかしたらアルバム出すまではやるのかもしんないけど。ま、何にしたって今の亜美はけっこーヒマだったりする。
「…なーんか、やよいっちまでオシゴト減らしてるみたいだしさ」
やよいっちとか他の誰かとかから聞いたわけじゃないけど、さすがにわかるよ。トップアイドルだったからね、亜美は。
今の兄ちゃんはやよいっちに手間をかけてないし、ジムショもお金をかけてないね。まさか今のやよいっちにオシゴトが来ないはずがないしさ。
「んで、その手間とお金が行ってる先が」
私は目黒の駅ビルにくっついてるおっきなテレビ?を見上げる。そこには、
『はっろお~ん、双海、真美だよ~ん! スタジオこもりっきりの亜美のぶんまで、がんばるね~!』
『アイドル双海真美』が、ピースといっしょに映ってた。いおりんみたいな、アイドルっぽいカンペキな笑顔で。
真美は『アイドル双海真美』の名前でリデビューしたんだ。新人さんあつかいだからまたFランクからなんだけど、なんかオープンのオーディションやフェスを荒らしまわってるらしいよ?
そりゃ、トップアイドルがそんな下の方にいたら荒らしたいホーダイだよ。兄ちゃんがどうしてもっ『アイドル双海真美』でやりたいって言うからって真美は言ってた。
真美は『アイドル双海亜美』を続けたいらしいんだけど、私は止めたほうがいいよって返しといた。もう『アイドル双海亜美』はオチメだからね。だって、亜美がこんなんだし。
「…あーあ」
ヒトリになりたいな。いや、今もヒトリだけどさ。誰もいないところへ行きたい。亜美を知ってる人が誰もいないところへ。

「…そんなバショなんて、どこにもないんだけどさ、ジッサイは」
少なくとも日本の中にはね。あー、外国行きたいな。南の方、ニューギニアとかニュージーランドとか。でも亜美のパスポートはママが持ってるし。
ちかたがないから私は山手線に乗ってシブヤに来た。ゴタンダのあの公園に行こうかとも思ったけど、あそこは兄ちゃんが亜美を探しに来てくれたとこだから。
兄ちゃんとのダイジなダイジな思い出のバショだから、今は行きたくない。
「シブヤなら、ヒトゴミのヒトリになれるしね」
しばらくブラブラ歩いた。映画館じゃよさげなのやってなかった。西部ヒャッカテンの裏でクレープ買って、あたりのお店冷やかして。
108-2をテキトーに見ていたらお昼ご飯を食べてないのに気付いて、線路くぐってお気に入りのピザ屋さんに。
「もしかして、双海亜美ちゃん? それとも真美ちゃんの方?」
そしたらピザ屋さんの店員さんのジョシコーセー?からそんなこと聞かれた。変装してるんだけどね、一応は。さすがシブヤは765のホームだね。
「亜美だよ。レコーディング抜けだして来てるから、ナイショにしといてね?」
私は右目をウィンクする。あはは、芸能人リアクションがムイシキにできちゃうね、まだ。イートインで食べるつもりだったけど、ダメか。バレちったからナガイはできないし。
私はテイクアウトをお願いして、受け取るとお店を出た。どこで食べよか考えて、思い浮かんだのはあそこしかなかった。ジムショってセンもあるんだけどさ、やっぱり行きたくないし。
「コッチも、行きたくないんだけどな」
そんなセリフをソラに浮かしながら、私の足はソコにむかっていた。

公園のブランコをきこきこ鳴らしながら、ピザにかじりつく。少し冷めちったけど、むしろ食べやすいかな。
「…あのあたり、だったよね」
私の目はそこからハナレれい。ハナセるはずがないよ。お昼過ぎの小さな公園にはあんまし人がいない。私の視界には誰も入ってこない。
でも、亜美の目にはマボロシが映る。一番イトシイ人の姿が映る。冬の日に見る春のゲンエイ。
「兄ちゃん…」
私は、私と真美はここで兄ちゃんに出会った。今いるのはあの公園なんだよ。私たちがネコちゃんと遊んでいたら、兄ちゃんが声をかけてきたんだ。
兄ちゃんは私と真美の前でひざをついて、私たちのプロデューサーだって言った。
「…ああ、ナツカシイね。まだ一年もたってないのに、ずっとずっと前のことみたいだよ」
それだけジュージツしてたってことだと思うよ。ここで兄ちゃんに出会ったとき、亜美はコーハイに先にデビューされちってヘコんでるだけのケンシューセーだった。
でも兄ちゃんに出会って、兄ちゃんとイッショに走り出して、私は、亜美と真美の『アイドル双海亜美』はトップに立った。
「そりゃ、ジュージツしてたよね。トップアイドルだもん」
亜美の人生でサイコーのトキだったんだ、きっと。何にでもなれるって思ってた。できないことなんてないって思ってた。それになにより、
「なにより、亜美は、ショーガイの恋をしてたんだ…」
うん、一生に一度の恋だった。兄ちゃんが好きで好きで、兄ちゃんのユメをかなえたくて、そのためにがんばった。ココロをケズってタマシイをソギオトシた。
「…兄ちゃんにアイサレなくてもよかったんだ。亜美がアイサレなくても、兄ちゃんは『アイドル双海亜美』さえアイシテくれれば。亜美がカッテに兄ちゃんをアイシテたんだから」
そこまでの覚悟なら決めてた。でも、でもまさか。
「…『アイドル双海亜美』までキラワレちゃうなんてね。それでもゼロサムなら耐えられたよ、きっと。私は兄ちゃんをアイシテたから。兄ちゃんのユメをかなえたげたかったから。でもマイナスなんて、『アイドル双海亜美』までヒテーされちゃうなんて、カノーセーすら考えなかった」
きっとコドモだったんだと思う、亜美は。チガウか、今もまだコドモだ。
「…兄ちゃん、亜美は兄ちゃんをアイシテたよ。ううん、アイシテるよ、今でも。キラワレちっても」
右のほっぺたが冷たかった。ああ、泣けるんだ。私はまだ泣けるんだ。ウレシイな、ウレシイな。
兄ちゃんにキラワレちったことに泣ける私は、まだちゃんと兄ちゃんをスキでいられてるよ。
「兄ちゃん、兄ちゃん」
ヒサシブリのナミダだった。一度出てきちゃったナミダは、亜美には止めらんなかった。


お仕事は減った。もう私もとっぷあいどるじゃないかもしれない。でもそれでいい。私は不器用だから一つのことにしか集中できないんだ。
それはとっても簡単なこと。あの子の手を取って暗闇から抜け出して走り出せばいいだけ。
それはとっても難しいこと。あの子の手を取ることができるかもわからないから。
でもやっぱり私は、助けに行かないとだめだ。私は、高槻やよいの隣には他の誰でもない、双海亜美がいてくれないとだめなんだ。
だって悲しいよ、寂しいよ、虚しいよ。亜美がいないアイドル活動なんてつまらない。例えそれがライバル同士だったとしても構わない。
だからもう偽ることはしない。私は亜美のために亜美を助けるんじゃない。私は私のために亜美を助けるんだ。もう嘘はつかない。
「やよい、本当にやるんだな」
隣にいるプロデューサーが問いかけてくる。その体は震えていて、手を握っている私の左手も一緒になって震えている。
少しだけ、前のことを思い出す。今のところ私のアイドル活動で、しょうがいのなかでいっちばん辛かった経験を。

記憶の始まりは私が『アイドル高槻やよい』をやめたいと言ってからだ。
「な、なに言ってるんだやよい! アイドルをやめたいなんて、どうして!」
プロデューサーの怒鳴り声に近い声がレッスンスタジオに響く。完全防音だから周りには聞こえないけど。
怒鳴り声に反射的に体がびくっとなる。私だってまだまだ子供だから怖いものは怖いんだ。でも、これからはもっと進まないといけない。
「せっかく亜美から解放されたのに、真美をデビューさせることができるのに、やよいのプロデュースーも満足にできるのにどうして!」
プロデューサーが私の両肩をがっしり掴んでくる。痛い、けどあまり怖くはなかった。だってプロデューサーの顔が、泣いているうちの弟たちの顔に似ていたから。
「やよいはもっと上にいけるんだぞ? 亜美のような絶望ではなく、アイドルに必要な元気と可愛らしさを振りまいてもっと高みにいけるんだぞ? なのに、どうして今更!」
「嘘、ですよ」
「……はっ?」
「だから嘘です」
嘘をついたのは何年ぶりだろう。長いこと言っていない気がする。うん、確かずっと前の小さいころにえいぷりるふーるでついた以来だ。懐かしい。
「う、うそ? ……は、はっははは! 何だよ脅かすなよ! あは、あはははっ」
ごめんなさい、プロデューサー。私はもう一つだけ嘘をつきます。怒るのなら怒ってください。でも何事にも反動がありますから、注意してくださいね。
「亜美も、そう言って欲しかったって思います」
「な、何がだよ」
「もう亜美を理解できないからプロデュースもできない、その言葉が嘘だったらと亜美は考えたでしょう。きっと今も嘘ではないかって思ってますよ」
「……確かにそうかもしれない。けどやっぱり言わなければ亜美のためにならな」
「亜美のためですか? 自分のためじゃないんですか? 亜美が怖いから、手に負えなくなったから逃げるんじゃないんですか?」
ああ、痛いなぁ。誰かの弱い部分をえぐるってこんなにも痛いことなんだ。私はずっとこの痛みを忘れないだろう。
「な、んだよ。やよいまで俺を責めるのか? 亜美の目だっていつも俺を責めて」
「あの子はプロデューサーのことを責めてなんかいません。ただ、少しだけの間でもいいから振り向いて欲しかっただけですよ」
気にしてないような素振りも平然としている視線も全ては嘘。本当は振り向いて欲しかった。もっと見ていて欲しかった。
でも亜美はそれを押し殺して自分が愛しているからそれでいいなんて強がってただけ。そうすれば仮に最悪の状態になってもああやっぱりですむし、最高の状況になれば喜びも大きい。
これが、自分で自分を守れる、亜美が考えたたった一つの方法だったんだ。でも最悪の状況を更に上回る状況をプロデューサーが作り出してしまった。
当然、一線を越えられた亜美が自分を守ることなんてできない。崩壊は当たり前のことだった。
一方のプロデューサーはきっと、ずっと亜美の視線が怖かったんだと思う。亜美はただ見ているだけなのにプロデューサーにはそれが万の非難の声として届いてしまっていたんだろう。
早くしろ。次の仕事はなんだ。使えないプロデューサー。いなくなってしまえ。日々のひがいもうそうがプロデューサーを締め続けて、ついにはあの言葉を吐き出させた。
ことは単純で、それを複雑にしているのは亜美とプロデューサーと、私だけだ。からまっているように見える三本の糸は、実際は重なり合ってるだけ。
だからできる。三本の糸はまたねじれあって一本の糸になることができる。そのためには、三本の糸一本一本をまっすぐにさせないといけない。
…プロデューサーに気づいてもらわないといけないんだ。
「嘘だ! あいつの目はいつだって俺を責め立てていたんだよ! 仕事ができない無能プロデューサーめって!」
「亜美が、一度でもそんなことを口に出して言いましたか?」
「だからずっと目で言っていたんだ! どんな時だってまっすぐに見てくる! 何とも言えない計り知れない瞳でずっと、ずっとだ! 気が狂うって思うくらいずっと!」
プロデューサーが私の肩を揺さぶる。今まで溜め込んでいた気持ちが私の体にのしかかってくる。怖い、辛い、逃げたい。けどそれ以上に今の私は。
「亜美はいつもいつも俺をそんな瞳で見ていたんだ! それからやっと解放されたのに今度はやよいか? もういい加減にしてくれよ! 俺を殺したいのかよ!」
こんな感情もいつ以来かな。確か、弟の長介が車にひかれそうになったときだったかな。あの時は自分じゃないみたいだったなぁ。
「もういい、わかった。やよいもアイドルやめるんだな? それでいい、社長にはまた俺から話しておく。休業でもなんでもしてくれ、俺は真美と一緒に頂点を目指すから」
そう言ってプロデューサーはスタジオを出ようとする。違う、逃げようとする。でももう逃がさない。逃げることなんて許されない。私も、プロデューサーも。
私はプロデューサーの右手をつかむ。
「離してくれ、真美の活動内容を考えないといけないんだ。帰るのならタクシーを手配しておくからそれで」
「……どうして」
「何か言ったか?」
「どうして」
「だから何がっ」
「どうしてその真美に対する優しさを亜美にもできないんですか!」
「うわっ!」
掴んでいた右手を離して私はプロデューサーに体ごとぶつかる。予想外の出来事にプロデューサーは床に倒れた。
そのまま私は馬乗りになってありったけの、自分と亜美の分の怒りをプロデューサーにぶつける。
「亜美がプロデューサーを馬鹿にしてる? そんなわけない! 一番最初に亜美のことをプロデュースしてくれた、見つけてくれた人にどうしてそんなことをする必要があるんですか!? ずっとずっと待ちぼうけてアイドルとして活動することなく公園で暇をつぶしていた亜美に手を差し伸べたプロデューサーのことをむのうだとかじゃまだとか亜美が考えるはずない!」
「で、でもっ」
「でももへちまもありません! 確かに今の亜美は怖いですよ恐ろしいですよだけどそれでも! あの子は助けて欲しいって願ってるんです! もっともっとプロデューサーと一緒にいたいって思ってるんですもっともっとプロデューサーに振り向いて欲しかったんです! それは否定させない、否定なんてできない! 」
プロデューサーは何も言わない。言えない。
「それなのに理由をつけて自分は悪くないんだって子供ですか!? うちの長介だって自分が悪いと思ったらごめんなさいできますよ! プロデューサーだってわかってるでしょ!? 亜美が悪いのはわかってるけど自分だって悪いんだって! どうしてそれを認めて亜美に謝ろうとしないんですか!」
「そ、んなこと言ったって」
「亜美が怖い? あの子はまだ大人にもなってない子供ですよ!? どこにでもいる子供ですよ!? そんな子供を突き放してプロデューサーこそ亜美を殺す気ですか!?」
「っ!?」
「亜美は報われるなくていいって思ってる、でもそんなの嘘です! 心のどこかじゃ報われたいって思ってるんですよ! プロデューサーに愛されたいって思ってるに決まってる! だって、だって亜美は!」
ごめんね、亜美。もう私止まれないや。だからもう言っちゃうね。
「私と同じで貴方のことが大好きなんだから!」
「だ、だいすきって」
「ええ好きですよ好きなんですよ! きっと貴方が私たちに手を伸ばしてくれたときから! 誰も見てくれなかった私たち二人を見つけてくれてデビューさせてくれた! それが社長からの命令だったとしてもそんなの関係ない! 貴方は私たち二人が泣いていたらいつでも駆けつけて抱きしめてくれた! どこに惚れないことがあるんですか!」
プロデューサー困惑している。私ももう何を言っているのかわからなくなってきている。
「特に亜美はすごいんですよ!? いっつもいっつも暇さえあれば貴女の話ばかりだった! 今日は一段と汗のにおいが濃かっただとか撫でられただとかはぐれないようにって人ごみで手をつないだとかそんな些細なことでも全部喜んでいた! その相手が貴方だったから!」
そのめーるはなんとなく保護している。今の亜美からはとても聞けないから。
「絶望なんかよりももっと深い貴方への愛で亜美は満たされたていたのに貴方はそれをぶち壊した! 満たされていた亜美の心の水槽は一瞬にしてこなごなになった! 亜美を壊したのは他の誰でもない、貴方だ!」
「そ、そんなのしらなかった! しらないことを言われても困」
「しらなかったからって許されることじゃない!」
「う、ううっ」
プロデューサーの目じりに涙が溢れ出す。痛かったんだろう。私の言葉がガラスの破片になって飛び散ってプロデューサーの心をめった刺しにしたんだろう。
そのガラスの破片は、私の心にも刺さっていた。だから私ももう涙をこらえることができなかった。
「だから、もう、やめましょうよ。誰が悪いとか、悪くないとか、そんなこと、どうだっていい」
「うう、うぐっ」
「わたしは、わたじはぁ! あみをだづけたいだけなんでず!」
「くぅ、うううぐぅ、っはあぁ!」
「だがらぁ! あなだもでつだってくだざい」
「ううあ、っはあえ、えっ、うあああああっ!」
「えっぐ、ああ、ずぅっ、わああぁん、ああああああっ!」
そして私たちは泣いた。大人げなく子供げなく獣のように。プロデューサー床に大の字になって、私はプロデューサーの胸の上で泣き続けた。
防音さえ突き破っていたかもしれない。二人の泣き声は滝のごとく流れ続けた。
これが、高槻やよいとプロデューサーの大喧嘩の最後の記憶だった。

記憶から帰ってくる。閉じていた目を開いてここが現実だと確認する。隣にはプロデューサーがいる。
「もう一度だけ確認する。本当に、行くんだな」
「はい、大丈夫です。プロデューサーは私たちが泣いていたら駆けつけてくれるヒーローですから」
「……わかった」
明らかに気が重そうな返事だけどこの際仕方ない。ここに引っ張ってこれただけでも上出来だと思うから。プロデューサーの震えが止まらないせいで私も震える。違うね。私も震えているんだね。
目の前に見えているのは公園。目の前に見えているのはブランコ。目の前に見えているのはあの子。目の前に見えているのは亜美。涙を流している亜美。
もう一人でなんか泣かせない。私はプロデューサーと一緒になって泣いた。だから亜美もそうあるべきなんだ。亜美だってプロデューサーと一緒にいなきゃだめなんだ。
今までそうできなかった分だけ、その分をまとめて一緒にいていいんだよ。でも今のプロデューサーは一人じゃ怖がっちゃう。
だから私がいる。私がプロデューサーと亜美を繋ぐ糸になればいい。そしていつかは三人一緒に寄り添いあって一本の糸になればいい。素敵な未来だ。
だからこそ、ここを超えなければ。私も、プロデューサーも、亜美も。三人で超えないといけない。
だから亜美。私の手を取ってなんて言わない。私がむりやりでも連れ出すから。どんなに暗い中でも光は闇を照らすことができる。
亜美の絶望に全部勝とうなんてもう思わない。亜美を暗闇の中から引っ張り出すだけでいいんだから。
「行きましょう。途中で逃げたりしないでくださいね?」
「……善処する」
何とも頼りないプロデューサー。でも構わない。
私は、お姉ちゃんだから。
怖がる弟がいたら一緒にいって謝ろう。泣いている妹がいたら一緒に泣いてその後で一緒に笑おう。
それ以前に。大切な友達が泣いていたらどうにしてあげたいって思うから。
歩く。ブランコの前まで歩いて、ようやく着いた。気が遠くなるほど遠かった気がする。倒れそうだけど、なんとかこらえて話しかける。
「おまたせ」
亜美がぴくってなってゆっくりと顔を上げる。目と目が逢う。ああ、すっごく久しぶりな気がするよ。
「やよいっち? それに……」
「……」
「あはは、そうだよね。そうなるよね」
乾いた声、私の知っている亜美の声とは大違いだ。でもすぐに取り戻すから。私が大好きだった双海亜美を助け出すから。
「亜美、帰ろう。それでね、一緒に泣こうよ。私と、亜美と、プロデューサーで」
うんそうだね帰ろう、なんて言ってくれたらいいんだけどそうは言ってくれないだろうなぁ。
でも覚悟はしてきたから。どんなことが起きても受け入れるよ。だから、かかっておいで。お姉さんの胸を借りるつもりで。
かかっておいで、亜美。


「おまたせ」
その声に亜美はフルエた。聞きナジんだ声だったから。亜美がスキな人の声、今は聞きたくない声。私はナミダを止めてココロを凍らせながらゆっくりと顔を上げる。
目と目が逢う。ああ、スッゴク久しぶりな気がするよ。
「やよいっち?」
やっぱりやよいっちだ。会いたくて、会いたくなかったヒト。
「それに……」
あちゃあ、て思った。マイッタな。まさか一番会いたくないヒトまでいっしょだよ。
「……」
兄ちゃんだ。兄ちゃんがこわばった顔してやよいっちの隣に立ってる。よかったねやよいっち。
やよいっちも兄ちゃんに相手されてないじゃないかって亜美は思ってたけど、亜美のカンチガイだったね。まあ、兄ちゃんがやよいっちを手ばなすハズないか。
亜美のプロデューサー辞めちった兄ちゃんがトップアイドルのプロデューサーでいるには、やよいっちと組むしかないし。
「あはは、そうだよね。そうなるよね」
かすれた声がツメタイ笑いといっしょに亜美の口から出た。それを聞いたやよいっちは一瞬だけ顔を固くしたけど、
「亜美、帰ろう。それでね、一緒に泣こうよ。私と、亜美と、プロデューサーで」
ヤサシく笑った。でも目は笑ってなくて、がっちりと亜美をツカマエてた。にがさないからって言ってる目。亜美をアイシテいるから怒るんだって言う、ママとおんなじ顔だった。
「帰るって、ドコへ? 亜美は今日オシゴトないから、ジムショには行く用事はないよ?」
うん、一日オフだから。ガッコー休んじってるけどね。
「うん、事務所でもいいよ。どこでもいい」
やよいっちはそう返してきた。おっきな目が亜美を見ている。んで、そっからは何にも言わない。アツリョクを感じた。
「いっしょに泣こうって、ナンデ?」
少し慌てたキブンでたずねた。亜美はさっきまで泣いてたけど、ナミダとまんなかったけど、今は泣いてない。やよいっちの前じゃ泣けない。兄ちゃんの前じゃ泣きたくない。
「亜美が、ずるいから」
「え?」
亜美がずるい? やよいっちはナニを言ってるのかな?
「亜美、アイドルやめちゃだめだよ。そんなのだめだよ」
あ、ソノコトか。ちょっとアンシンする。ソノコトなら。それはもうドーシヨーもないし。
「…『アイドル双海亜美』の明るいとこは『アイドル双海真美』がやるよ。暗いとこはもう亜美にはできないから。もう流行からハズレちったし」
もうカナシイ歌は流行らない。だから『アイドル双海亜美』はもう終わりなんだ。
「勝ち逃げは、だめだよ」
「え?」
勝ち逃げって。ああそっか、そうなるんだね。私はさらっとケーサンする。やよいっちのジツリョクと、人気。ジムショのお金のかけ方、セケンの流行。
うん、勝ち逃げだね亜美は。二つの「黎明」は二百五十万枚を超えたらしい。次のやよいっちのシングルにやよいっちと兄ちゃんとジムショがマックス投下しても、そこまでは届かない。でもさ、
「もう亜美には歌えないよ。亜美にはもう歌いたい歌が無いよ。亜美はクーキョでカラッポで、もう歌える歌がないんだよ」
もとからギジュツで歌ってたわけじゃないしね。歌うココロがない亜美にはもう歌えない。
「嘘はだめだよ、亜美」
タタミカケてくるやよいっち。私はたじろぐ。やよいっちの目はランランと私を見ている。怒ったママみたいで、怒ったママより怖い。
「亜美には心が残ってるよ。ちゃんとあるよ」
「…もう、ないよ。砕けちゃったよ」
ハートブレイクなんだ、コトバドーリのね。
「なら、いいんだね? 私は亜美にもチャンスをあげようと思ったのに」
やよいっちが目を細めた。おっきな目を細くして、私を見下ろす。いや、私は座っててやよいっちは立ってるから、見下ろされるのはアタリマエなんだけどさ。
「な、ナニが? ナンのハナシ?」
「私は、プロデューサーに告白したよ。大好きですって伝えた。まだ返事はもらってないけれど」
「…え」
私は兄ちゃんを見た。思わず見ちった。兄ちゃんは驚いた顔でやよいっちを見ていて、私は兄ちゃんの横顔しか見れない。
「私はまだ中学生だけど、クラスのみんなみたいに恋とか愛とかはよくわからないけど、これくらいはわかるよ。私は、プロデューサーが好き」
あ、あ、ソンナ。いや、知ってたけど。やよいっちが兄ちゃんを好きなのは知ってたけど、ソンナ。
「このまま行けば、アイドルとしては亜美の勝ち逃げだった。でも私はそれをずるいと思う」
ずるいと言われても。私はもう歌えないし、それに。
「このまま行けば、恋人として私は勝ち逃げができたかもしれない。でも私はそれをずるいと思う。ねえ、亜美?」
「な、ナニかな?」
やよいっちの目はぐるぐるうずまきで、やよいっちの心のうずまきそのままで、私はそんなマヌケな答えしか返せない。
「私は知っているよ、亜美の心を。薄っぺらになるまですり減らして、それでも残ってる亜美の心を」
あ、あ、ああ。そっか、そうだ。私はやよいっちのココロを知ってた。なら、やよいっちも私のココロを。
「でも、亜美がもう心がないって言うなら、勝ち逃げするよ。…ねえ亜美、最後にもう一度だけ聞くからね?」
やよいっちはシンケンなマナザシで私に聞いてくる。フインキがまた一段変わる。やよいっちが斬りかかってくる。私は斬られる。
「いいんだね? 私はプロデューサーを私の恋人にするよ。私だけのものにする。私だけのものにして、亜美のいない世界でトップアイドルになるよ」
斬られた。アタマからツマサキまでマップタツだ。イタぁ、イタいよ。兄ちゃんにキョヒられたときとおんなじくらいイタい。でも、まだこれは。
「キリキズなら、治るよ。クサるよりはマシ」
踏みとどまる。私は踏みとどまれるよ。だってやよいっちは、
「…勝ち逃げすればよかったんだよ、やよいっちは。兄ちゃんは私をヒテーしたんだから。やよいっちは兄ちゃんのお気に入りなんだから」
ずるいことをしなかったから。勝ち逃げできたのにしなかったから。それはやよいっちの、
「…ヤサシイね、やよいっちは」
やよいっちの、マゴウコトないアイだから。私へのものすんごいアイだから。斬られた私もイタかった。でも斬ったやよいっちはもっとイタいんだ、きっと。
「みんなで泣こうって言ったのはね、亜美が、ひとりで泣いてたからだよ」
やよいっちが少し上ずった声で言った。亜美を見ている。細かった目はまたおっきく広がって、中がナミダでゆれてる。何かをオサエルみたいに口を漢字の一にしてる。
「私もひとりで、泣いてたからだよ」
やよいっちはフルエる声で言った。やよいっちが目をつむったらどっちの目からもナミダが落ちた。口はへの字になってる。
「プロデューサーも、ひとりで泣いてたからだよ」
やよいっちはおっきな声で言った。向こうにいたネコちゃんがびっくりして逃げてった。目が開く。ナミダいっぱいの目をめいっぱい開いて、亜美を見る。
「つらいことがあったら、泣けばいいよ。泣かなきゃいけないんだ。でも、ひとりで泣くんじゃなくて、みんなで泣かなきゃ! だって、私たちは!」
やよいっちは叫ぶ。タマシイのコトバを叩きつける。コトダマの宿ったシンジツのコトバが、今、放たれる。
「私たちは、仲間だから! 私は、亜美が好きだから!」
コトバが私のココロに突き刺さった。ぴしりとココロにヒビが走る。ココロをおおってたナニかが崩れる。
私がココロと思ってたまっ黒いカタマリは、クーキョとゼツボーのココロじゃなかったんだ。それはココロのガイカク。私のココロを守ってたんだ。
ホントの心はその中にかくれてたんだ。だから、私の目にナミダがにじんだ。
「…アイサレ、たかったんだ」
私の唇が、コトバをつむぐ。ナミダがほおを降りた。
「ずっと、アイサレたかったんだ。誰かに。兄ちゃんに」
アイシテさえいればアイサレなくても、なんてウソだ。ナミダはほっぺたをぬらす。でもツメタクない。さっきはツメタかったのに。
「私は、ずっとずっとウソをついてた。私自身に。みんなに」
兄ちゃんにも、やよいっちにも、他のみんなにも。…私のファンの兄ちゃん姉ちゃんたちにも。ウソを、ついてた。
「言えるね? 亜美は言えるよね?」
やっぱり泣いてるやよいっちが聞いてきた。私はうなずく。言えるよ。言わなきゃ。
「兄ちゃん、兄ちゃん。亜美ね、兄ちゃんに言いたいことがあるんだ。兄ちゃんに聞いてほしいことがあるんだよ」
私は兄ちゃんを見た。兄ちゃんは歯をカミシメながら、それでも私をまっすぐに見て、うなずいた。
「言ってみろ、亜美」
兄ちゃんが、私の名前を呼んだ。とくん、シンゾーのリズムが上がる。
「…あなたが、好きです」
私はコクハクした。兄ちゃんを見つめる。兄ちゃんのヒトミに私が写っている。ああ、ああ、兄ちゃん。
「…亜美の想い、受け取ったぞ。確かに受け取った」
兄ちゃんがうなずいた。灰色の空が空色に、黒い地面が緑色と茶色に色付いた。セカイは、亜美のセカイはこんなにもカラフルだったんだ。
「…んで、その、なんだ。答えなんだがな」
兄ちゃんが右手をにぎる。しめってた。汗っかきの兄ちゃんの手のひらが、しめってるのが見てわかった。
「…もう少し、待ってくれ」
「へ?」
亜美はそんな声を上げちったよ。やよいっちも目をまんまるにしてる。
「さっき、やよいにも言われたばかりなんだ。混乱してる。だから、少し待ってくれ」
「何を言ってるんですかプロデューサー!」
やよいっちが兄ちゃんにカミついた。泣きながらカミついた。
「亜美、めちゃくちゃくるしんで、めちゃくちゃがんばって言ったんですよ! ちゃんと返してあげてください! 私だって!」
やよいっちは両手をぐーにして兄ちゃんにつめよる。
「ハッキリ言ってくんなきゃ、私だって、わだじだって、づらいでずぅ!」
やよいっちは鼻水たらしながら首をぶんぶん振る。
「…んなこと言われてもな、俺は、ロリコンじゃないんだ。小学生中学生なんてそもそも恋愛の対象に入ってなかった」
兄ちゃんはアタマをかきながら言った。兄ちゃんの言うことはアンマリだけど、でも兄ちゃんも辛そうで苦しそうで。だから私は兄ちゃんの続きを待った。
「…いっそロリコンならよかったな、マジで。どうしてお前らはそんな子供なんだ。俺は今まで、こんなに女に好かれたことなんて無いぞ。それが二人も同時か」
チクショウ、とかつぶやく兄ちゃん。がしがしアタマをかいてる。
「…異性として好きかはわからない。やよいに連れられてここまで来る間も散々悩んで、わからなかった。でもな、それでも言えることはある」
兄ちゃんは亜美とやよいっちのアタマに手を置いた。やっぱり兄ちゃんの手は汗びったりだ。亜美のトナリじゃやよいっちがふにゃんとか言ってる。
「俺はお前たちが好きだ。お前らは生意気でわがままで、正直怖かったときもある。でも、俺はお前たちが好きだ」
…兄ちゃんが、言ってくれた。亜美とやよいっちをスキだって言ってくれたよ。女としてスキなわけじゃなさそだけど、それでもスキだって。
「それにな」
「ひゃうぅ!?」
「な、何するんですかプロデューサー、急に!?」
兄ちゃんはいきなし膝まずくと、亜美たちの腰に腕を回してきた。亜美とやよいっちは兄ちゃんに捕まっちった。兄ちゃん、これセクハラだよ?
「俺は、お前たちの、プロデューサーだ。プロデューサーなんだ」
「兄ちゃん…」
「プロデューサー…」
兄ちゃんはチカラ入りすぎなくらいチカラづよく言った。兄ちゃんの膝は地面について、スーツがよごれてた。
春の日のゲンエイ、亜美たちが兄ちゃんと初めて会った日とおんなじだった。

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自個偽無、候。
書いたり書いたりしている流ぬこです。
ピクシブなんかでも同じく流ぬこで書いています。
はじめの一歩を見るとオズマ戦でも小橋戦でもどの戦いでも泣けます。はい。

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