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「これからは私のほうをメインで、ですか?」
「そうだ。亜美と真美はしばらく一人で、って二人か。二人だけでもやっていけそうだから。ほんと、頼もしいよ。そんなわけでやよい、待たせて悪かったな」
「そ、そんなことないですけど、ほんとに亜美と真美はいいんですか?」
「あいつらはもう立派なアイドルだよ、補助輪もしばらくはいらないさ」
誇らしそうに私に喋りかけるプロデューサー。その表情や仕草から私は得体の知れない気持ち悪さを覚えた。
でも同時に、嬉しかった。今までプロデューサーはほとん亜美と真美にかかりきりだったけれど、今日からは私と一緒にいてくれる。
プロデューサーがいなかった時はあずささんや他のアイドルの人、たまに私の曲を作ってくれたおひげのおじさんもいてくれたから、寂しくはなかった。
けどやっぱりプロデューサーは、なんかこう違う。言葉じゃなんて言ったらいいのかわからないけれど、おとうさん?って感じなのだ。…たぶん。
「それじゃこれからレッスンだ! と、言いたいところだが俺は先に謝らなくちゃいけない」
「あやまるって、誰にですか?」
「やよいにさ」
「ど、どうしてですか? わたし、プロデューサーにあやまられることなんてされてないですよ?」
「いいや、俺はずっとやよいを蔑ろにしてた。亜美の成長に目を離せなくて、そればっかりに目が行ってやよいのこと何も考えてなかった」
「そ、そんなことは」
何となく気付いていた。でも面と向かって言われると、その、ちょっぴり辛い。こういうのを、でりかしーがないって言うのだろうか。
「でもこれからは違う! 一人でも大丈夫になった亜美に少しだけ時間をもらって、やよいをメインに見て、やよいが亜美と同じくらいになったらまた亜美も見る! そう決めたんだ」
「は、はいぃ…」
「だから今までごめんな。でもこれからは頑張っていこう、二人三脚で!」
「は、はいっ!」
なんだか人が変わったようなプロデューサーにびっくりして、声が裏返っちゃったけどいいよね。
でも嬉しいな。これからはプロデューサーが一緒にレッスンしてくれたりするんだ。それはとっても素敵なことなんだろうな。
私の歌を聴いて、褒めてくれたり叱ってくれたりするのかな。わからない、何もわからないけどとっても楽しみだ。
「よしっ、じゃ明日からは気合いれてやっていこう。そのために今日は俺、全部の事務仕事終わらせる。もう少しだけ待ってくれな」
「はいっ! 頑張ってください!」
「おう! それじゃ俺は家に帰って仕事するから、やよいも気をつけてな。いや、なんなら送ろうか?」
「…いえ、まだ少しお掃除終わってないですから、それが終わったら一人で帰りますね」
「そっか、じゃまた明日な」
「はい!」
そう言ってプロデューサーは事務所を後にした。何だか変に緊張したのは何故だろう? …考えてもわからないなあ。
そして、私は事務所にまた一人ぼっち。だーれもいない、ちょっと寂しい事務所。でも今の私の心はぽかぽかしていた。
だってこれからはプロデューサーと一緒にレッスンしたりできるんだよ? ずっととは違うかもしれないけどいっぱいの時間をプロデューサーと一緒にいられるんだよ?
プロデューサーは高槻やよいと一緒にいてくれる、他の誰でもないわたしと一緒にいてくれるんだよ? それが、どれだけ嬉しいか、この嬉しさを表現しろって言われても困っちゃう。
だって表現しきれないよ、胸の中がパンパンだもん。
…もしかしたらあずささんの『隣に…』や千早さんの『目が逢う瞬間』もこんな気持ちで歌うのかな?
言葉なんかじゃ表せない気持ちを、歌に乗せて。それなら今の私にも歌えるかもしれない。でもやっぱり今私が一番歌いたい歌は、違うかな。
今すぐ歌っちゃいたい、叫び散らしたいけど、やめておこう。こんな誰もいないところじゃちょっともったいない気がする。
私の無限にも近い気がする元気をみんなに、この日本中に届けてあげたい。だからもっと頑張らなきゃ。
「うっうー! よーし、頑張るぞー!」
誰に叫ぶでも聞かせるでもない私の言葉は事務所に響く。その言葉すら私の背中を押してくれるようで、何だか誇らしかった。

PULLLLLLLLLLL PULLLLLLLLLLL PULLLLLLLLLLL―――

事務所の電話が鳴る。元気の赴くままに私は電話に出る。
「はい! こちら765プロダクションです!」
電話の前にある小さなホワイトボードに書かれている言葉をそのまま言う。私が電話に出てもいいように、小鳥さんが書いてくれたものだ。
『…やよいっち?』
「あれ? その声は、亜美?」
『よく、わかるね。さすがやよいっちだよ』
「そうかな? 誰でもわかると思うけど」
『そんなことないよ。最近じゃ、兄ちゃんだってわかんないんだかんね、あはは』
「…大丈夫? 亜美すごく疲れてる声してるよ?」
『おっとそこまでオミトーシとは、やっぱりさすがのやよいっち、だねえ』
今日は亜美と真美を間違えることもなく、すぽーんと迷いなく答えられた。けれど、私の知っている亜美の声とは違っていた。
亜美の声は少し特徴的で、真美よりもちょっとだけ幼くて元気で、それでいて無邪気な声。そんな素敵な声。
でも今の亜美の声はひどく、嗄れているというか、落ち込んでいるというか、とにかくそ亜美らしくない声だ。
「疲れてるならプロデューサーに電話して迎えに来てもらうのはどうかな?」
『…兄ちゃんは今そこにいるの? タトエバ、やよいっちのトナリとかに』
「ううん。お仕事を片付けるからってお家に帰ったよ、レッスンは明日から、がんばろーって」
『そっか、そっかー…。ううん、だいじょーびだからやよいっちも気にしないでがんばってくれたまへ!』
「うん! …わたしね、わたしね。これから頑張って、亜美のところまで行くから! そしたら、一緒に歌おうね!」
それが私の本心だった。あんな綺麗な曲を歌う亜美と一緒に肩を並べて歌う、今の私にはそれが目標だったから。
『うん…そだね。楽しみに、してるよ。…うん、そっか、そうなんだね。やっぱりそうだよね』
「…亜美?」
まるでうわごとのように、自分ひとりに言い聞かせるように呟く亜美。その声を聞いて背中に寒気が走る。前にも似たような寒気を感じたような

―――この机を、今日、亜美が、拭いた。

…気のせいだ。気のせいだよ。違う…違う違う…違う違う違う!
『やよいっち?』
心臓が跳ね上がる。亜美の声を聞いただけでこんなにも跳ね上がる。あばれる馬のように私の身体から出ようと言わんばかりに。
「え、あ、うん! 大丈夫、大丈夫だよ!」
何が大丈夫なのか。亜美には関係なく自分に言い聞かせるようにそう返していた。そしたら。
『…ぷっ、あははは! 今日のやよいっちはやよいっちらしくないよ~。やよいっちこそ休んだらどう? 明日からは兄ちゃん軍曹の鬼レッスーンが始まるからね!』
「お、鬼レッスン!? …そんなに大変なの?」
『んっふっふ、それもウソだよーん! 逆にヤサシすぎるくらいだから、自分であるてーどモクヒョーをもってやったほうがいいよーん』
「そっかー。うん、わかった! 亜美、あどばいすありがとう!」
『おっ、シタタラズなやよいっちだあ! チョーシが戻ってきてるねーん? それじゃ亜美も実はケッコー疲れてるからさ、ここらへんで失礼するよ』
「うん、ちゃんと休むんだよ?」
『アイアイサー! それじゃまた今度ね、ばははーい!』
そう言って電話は切れた。何だか強引に切られたような気がしたけれど、気のせいだろう。
そうだ、亜美の心配ばかりはしていられない。明日からは私も本格的にプロデューサーと一緒にレッスンなんだ。頑張らないと。
…そうは思うのだけれどやっぱり気になる。さっき電話をしていた亜美のこと。最初の亜美は亜美らしくはなかったけど、確かに亜美だった。でも。
最後のほうの亜美はまるで、真美と話しているようで少し気味が悪かった。
「亜美。亜美はね、真美じゃないんだよ?」
私がかつて言われた言葉と重ねて、そう呟いた。


ライトがトモる。亜美に光ヒカリフリソソぐ。マブシい。ああ、イツカの日にユメ見たステージだ。ここに立つのが亜美のユメだった。
今はチガウ。泣けそうだよ。泣かないけどね。もうカメラ回ってるから。
「ただ、ただ、歌にこめるよ…」
歌はミキミキの『Day of the future』。あはは、また他の人の歌なんだ。もう亜美は『アイドル双海亜美』の歌は歌えないから。
『ポジティブ!』みたいな明るくて元気な歌は全部真美の担当になった。さすが兄ちゃん、わかってるね。
真美もどこまで気が付いているのかな、ズイブンと亜美にキョーリョクしてくれてる。
「アリガトね、真美。亜美と真美とで、兄ちゃんのユメを、かなえよね…」
前奏が流れ出した。私はポーズを取るよ。ギリョーなら私はあずさお姉ちゃんや千早お姉ちゃんにはかなわない。ううん、真美にだって負けちゃうよ。
でもね、それでもNo.1になるのは亜美なんだ。亜美こそがNo.1になる。誰もツイヅイできないセカイに、亜美は行くよ。
「ショーガイの恋をしているからね、亜美は」
きっとかなわない恋だ。かなっちゃいけない恋だ。でも、だからこそ。
「今が、今この時が、亜美のジンセー、サイコーの時だっ!」
亜美は、歌うよ。
♪Future star 今はまだ未知の夢 どれだけの 世界が広がる♪
がんばってやっとここまで来た。でもまだまだ先は長くて。亜美が進む、ユメに近づくこの道。先にはどんな景色が見えるんだろね?
♪Future hope 希望と光を紡ぐ 私はそう 走り出す 未来♪
今は走ろう、未来へ。それしかない。亜美のユメを、亜美と兄ちゃんのユメをかなえるために。
♪いつまでもいらないわ 壊れた絆 新しいスタートをきる♪
コワれたキズナ。うん、そんな亜美のヒトリヨガリなキズナはいらない。兄ちゃんのユメに向かってリスタートだ。それがきっと、新しいキズナだから。
♪Good-bye memories この思い出 春風舞う陽だまりの 君と過ごしたMiracle 超えて行く♪
あマズ、少しナミダにじんちった。照明がとばしてくれるよね、よね? ああ、ミラクルだったよ。兄ちゃんにフツーに恋していられたアノコロ。でも超えて行くからね、亜美は。
♪Good-bye daily life いつか過ぎ行く 思いのカケラたち 走り続けているのは 強くあり続けるため♪
ゼンブ思い出にして、思い出にしちゃって。亜美は走るよ。走り続ける。強く、あり続けるために。
♪叫び続けているのは 夢を現実にするため♪
歌い続けるのは、ユメを、現実にするために。私はトップに行くよ。トップに立つよ。みんなクチクする。あずさお姉ちゃんも千早お姉ちゃんも。いおりんもミキミキも。
「モチのロン、やよいっちも、ね」
誰もツイヅイできない世界へ、亜美は行くよ。兄ちゃんを引っ張って行く。そうすれば、兄ちゃんが誰をスキでも、兄ちゃんは、亜美のものだっ!

今日の午後は事務所待機なんだな。亜美も真美もオシゴト無しなんて珍しいよ。日曜日なのにね。まあ夕方には入ってるから、キューケー中って感じ。
「レッスン、したかったなぁ」
私はつぶやく。兄ちゃんからシゴトなしって聞いたから、レッスン入れてってお願いしたんだけど断られた。
「ダメだよ亜美ー? 休むのもシゴトのウチだよ。兄ちゃんもそう言ってたジャン?」
真美が私に指をツキツケてくる。サイキンの亜美真美はオーバーワークだって兄ちゃんは言ってた。それはわかるけどさ。
「ダメなんだよ、それじゃ」
前みたいに一曲でヘトヘトにならなくなった。コントロールできるようになったのはいいことだけどさ、きっとシュンパツリョクは落ちちったと思うんだ、亜美は。
バランスを取りたい。バランスを知りたい。亜美がトップに立つまで、このカラダとココロを持たせられるギリギリのバランス。
どこまでならタマシイを歌にブチ込んでも平気かのゲンカイのバランス。
「あ、『ホイップクリーム気分』始まってるじゃん」
亜美が考えごとしてたら真美がテレビのチャンネルを変えた。ホイップクリーム気分ってのはね、日曜お昼のOLさん向けナゾの情報番組。りっちゃんが音楽情報のコーナーを持ってるんだ。
「さーて今週の19位は、双海亜美の『ポジティブ!』です!」
あ、ちょうどりっちゃんのコーナーだ。しかも亜美の名前が出た? 19位ってマジ?
「もう何ヵ月も前の歌だよ?」
亜美は真美と顔を見合わせる。
「ジワ売れを続けてトップ20に帰って来ました! 楽しいポップスから燃えるようなバラードまで何でもござれ、七色の歌声四代目とか業界じゃささやかれる新進気鋭の十二歳、双海亜美! マケも打たずにこの成果、最近は露出もずいぶん増えて、事務所として費用対効果抜群の亜美は大助かりですよ~」
ああ、またあんなこと言ってる。まあそれで人気あるんだからりっちゃんはすごいよね。それにしてもりっちゃん、ホントノトコはプロデューサーとアイドルどっちをやりたいんだろね?
「ちなみに先月の頭に発売した亜美の新曲『スタ→トスタ→』の方も二十八位まで戻って来ました。こっちも良い曲ですよ~。皆さんじゃんじゃん買ってくださいね~」
うーん、あそこまで事務所のドウリョー持ち上げてイヤミが無いのはもはや才能だよね?
その後も十一位まで曲の紹介が続く。ゆきぴょんとまこちんのデュオの新曲と、あとはるるんのソロといおりんのソロが入ってた。
「あー、ベスト10は後半のコーナーかー。でも今のに入ってなかったから、あずさお姉ちゃんヒトケタに残ったみたいだねー、亜美ー?」
真美が言った。うん、あずさお姉ちゃんの新曲は今週で三週目。三位→七位だったから今週のベスト10キープはアヤしかったけど、持ちこたえたみたいだ。まさか20から落ちたとは思えないしさ。
「…トップ20に、五曲も」
私はつぶやく。半年前からしたら信じられない。いやいやアノコロもあずさお姉ちゃんやはるるんは全国区だったけどさ。こんなランキングを765プロで埋めるノリは無かった。
「…来週は、千早お姉ちゃんのシングルだよ。今までライブでしか歌ってない、アルバムにも入ってなきゃネット配信もしてない『inferno』と『arcadia』のダブルA面」
真美が、まるで私が考えていることがわかるみたいに言った。つーかわかってんだろけどさ。
「…千早お姉ちゃんも千早お姉ちゃんのプロデューサーも、目の色変えてシューロクしてたね。『アイドル如月千早』のゼヒヲトウ、とかで」
真美が続ける。うん、キキ迫ってたね。千早お姉ちゃんはこれで売れなければアイドル辞めますとか言ってた。まあ辞める必要無いだろけどね。
「…初週3位は、カタいよ」
セケンに出てない歌だから、ニコ動とかようつべとかの違法動画がダブルミリオンとかトリプルとかおかしな再生数行ってた。そもそもライブをサツエイするのは禁止なはずじゃん?
「その次にはやよいっちのセカンドシングルもあるしね」
「え、そなの?」
真美のコトバに亜美は尋ねた。そんなの知らなかった。そっか、やよいっちもセカンド出すんだ。
「知らなかったよ」
サイキンあんまし情報入れてなかったからね。忙しかったし。
「真美は聞いたことあんの? どうだった? どんな歌?」
だから知ってるらしい真美に聞いてみる。
「やよいっちすごいよー。すっごくうまくなった」
真美はグタイテキなことを言わなかった。それでもわかる。うまくなったんだ、やよいっちは。うん、そうだよね。やよいっちには兄ちゃんがいる。
「やっぱり来るんだね、やよいっちは」
ゼンモンの千早お姉ちゃん、コーモンのやよいっちってとこかな。フルエるね。ムシャブルイじゃ無いことは、ショージキに認めておくよ。
ジブンを偽っていたらチメイテキなことになるからね。これからは特にさ。
「カンタンじゃ無いね」
わかっていたけどね。765プロのみんなをクチクして、もちろんやよいっちもクチクして、他の事務所のアイドルもクチクして、そこまで行ってやっと、
「亜美のユメが、兄ちゃんのユメがかなうよ」
トップオブザトップス、真のトップアイドルになれるんだよ。
「なら、真美もがんばるよ」
「え?」
ヒトリでヒソーな決意を固めてたら真美が言った。シンケンな顔をしてる。
「真美はね、オモシロければそれで良いって今でも思ってるよ」
うん、知ってる。真美はオモシロいことがスキ。オモシロそうだからアイドルになって、オモシロいからアイドルを続けてる。そう言ってた。
「でも亜美はチガウんだよね。トップアイドルになりたいんだよね。だから、真美もがんばるよ」
「え、どして? どして真美が?」
だから私は尋ねた。でも尋ねたソバから真美の答えがわかる。いいの、真美? 亜美、また泣きそうだよ。泣いちゃうよ。あれれ?
今は泣いても良いのかな。事務所は私たちだけ、ピヨちゃんもいないし。
「なーに言ってのさ? 生まれる前からいっしょなんだよ、真美と亜美は。真美はいっつもメーワクかけられっぱなし。イマサラだよー?」
ああ、真美。そう言うんだろって思った。でも、ホントに。
「それに、真美も『アイドル双海亜美』なんだよー? 『アイドル双海亜美』が売れれば売れただけ、真美のオモシロいことも増えるジャン?」
にぃやりと笑う真美。ウレシイよ。ウレシイ。こんな亜美に、ヤサシイ人がいる。私には、ヤサシイ真美がいる。
「アリガト、ね…」
トップアイドルになるってのは、亜美の願いなのに。真美の願いじゃ無いのに。ナミダが、落ちる。
「もー亜美はー。ほらほら、亜美も指出して」
真美は小指を立てた右手を突き出して来た。指切り、だ。私も小指を伸ばして真美の小指に絡める。
「トップアイドルに、なろうよ。真美と亜美と、二人で『アイドル双海亜美』をトップアイドルにしようよー!」
「うん、なろう。亜美と真美とで、兄ちゃんのユメをかなえてあげようよ!」
私たちは指切りをした。もう負けないよ。やよいっちにも、誰にも負けない。亜美と真美を別々だと思ってる人たちに負けるはずが無い。
二人で一人の『双海亜美』が、負けるはずが、無いから。


「はいレッスン終了! お疲れ様、やよい」
「はいっ!」
水を差し出してくれるプロデューサー。それだけで何というか、胸の辺りがぽわぽわする。
一緒にレッスンし始めてから一度も変わらないこの感情に、そろそろ名前をつけてあげたい。でもそれはせかんどしんぐるが出せるまでお預けだ。
なんたって私とプロデューサーはとんでもないことをがさくしていたからだ。
それを聞かされたときは私もすっごくびっくりして、今でもどきどきしてるけど、でもやっぱりプロデューサーが言ったことならやり通したい。そう思うから。

「い、いきなり一位を取る、ですか!?」
「おう! 今のやよいならできると思うからな!」
「だだだって来週は千早さんがたいぼうのシングルを出すし、あずささんの曲に亜美たちの曲だって……」
「勿論、それらを考慮に入れてだ。それでもなお、できる可能性があるからこんな無茶なことを言ってるんだ」
プロデューサーの口から告げられたのは私が出すセンカンドシングル『キラメキラリ』で初週一位を取りに行く、というむりなんだいだった。
確かに最近は昔よりもうまく歌えるような気がする。けどやっぱり舌足らずな私じゃ力及ばずって感じばかりで、なんとかそれを払拭するためにいままでレッスンをしていたのに。
そんな状態で一位なんて、頭のよくない私でもむぼうだってわかる。
「っとまぁ言うは易し行うは難し、だ。正直あずささんや亜美、他にも春香や伊織を追い抜くのも難しい。何より前の週が心血を注いだであろう千早のシングルだ。
 容易でもない、簡単なんかじゃないってのわかってる。だがやよいになら出できるはずなんだ」
「私だから、できる…?」
「ああ…白状すると、最初にやよいのレッスンを見たとき、これは相当きついって思ったよ。まあ亜美も大概だったが、センスはありそうだったし」
「うぅ…」
「だけど今のやよいを見て思った。ああ、あの時の俺はなーんにも見えてなかったんだってさ。やよいの武器は歌唱力でも明確な表現力でも華麗なダンステクでもない」
「元気ですか?」
「それもある。でも一番はな、いきなり、初速から、最高速が出せるその瞬発力なんだ!」
「しゅんぱつ、りょく?」
聞いたことはあるけれど意味までは出てこない。漢字がわかればある程度わかる気がするけれど、しゅんぱつ…ふんぱつ? ここぞというときの力?
「瞬発力ってのは一瞬のうちに発揮する力、要するにここぞという時に一番あってほしい力のことだと俺は思ってる」
あ、当たった。
「確かに持続させるのは現段階じゃ無理だろう。すぐにでも他のアイドルに抜かれる、でも今回の一位ってのはそういうことじゃないんだ」
「はあ」
「わからないかもしれないけどな。全国区のアイドルがしのぎを削るランキングの中で一位を取るのはそれだけでも難しい。うちのアイドルたちも、亜美たちにもな。それは着実に力をつけているからであってずっと取れないわけじゃない、現に千早は一位を既に取っているしな」
確かに千早さんは「蒼い鳥」で一位を取ったこともあった。その後に出た曲たちはすべて、自分の歌った「蒼い鳥」に足を引っ張られる形で一位は取れないものの、確実にランキングの上のほうにはその名前があった。
「だがここで重要なのは、このタイミングでやよいと一位を掻っ攫うことなんだ」
「たいみんぐですか?」
「ああ。正直千早が一位を取ったときは周りの曲もいまいちぱっとしない曲ばかりの中、圧倒的な歌に仕上がった『蒼い鳥』が一位を取った。だが今回は違う! その千早や人気上昇中の亜美たちがいる。生半可なことでは抜き去るのは至難の業だ。だが逆にそれができれば、やよいの名前は普通に一位を取るときより更に拡散するはずなんだ!」
今のプロデューサーはすごく熱い。無邪気な弟が目を輝かせて遊びの話をするように、夢中だった。それが私には堪らなくいとおしく見えた。
と、一緒に他のアイドルたちをまるでどだいのようにとらえているのが少し残念だった。
「だから一位を狙う! 貪欲に、あくまで貪欲に! だからやよい!」
急にこちらを向いたプロデューサーに両脇を掴まれそのまま抱え上げられた。
「ちょ、ちょっとプロデューサー!?」
「俺と一緒に目指してくれないか? 夢の先、アイドルの頂点に! その通過点である至難の一位を!」
汗ばんだ手から伝わるプロデューサーの温もり。臭いが、ひどく濃く感じられる。まるでお風呂一杯になったしぼりたてのミルクを中を泳ぐような、そんな幻想の臭い。
鼓動が早くなる。なんというか、この速度でおもち付きなんかをやったら、きっと杵がもちをこねる人の手に当たってしまって大変なことになるくらい、早い。
「…やよい? どうした、そんなとろーんとした顔して」
「へっ…? あ、そのええええ、えっと、あわわわ、おろ、おおっろ」
「ん?」
「降ろしてくださいっ!」
「へっ? …おあ、悪い! いつの間にか抱え上げてた! すまん!」
まさか無意識で私を抱え上げていたなんて、娘がいるわけでもないのに。きようなんひとだなーなんて思うと心が落ち着いてきて、うん、今はすごく嬉しいかな。
「なんかこうさ、娘みたいでさ」
「…っ」
落ち着いて、嬉しいはずの心に突然ナイフで刺されたような痛みが走る。ちくっと、とかじゃなくてもう刺された場所か燃える見たいに、痛い。
「やよい? さっきからちょくちょく止まるけど平気か?」
「ぜ、ぜんぜーん平気ですっ!」
「そうかー? それでやよいはどうする? この無理難題の賭けにも似た勝負、俺と一緒にやってくれるか?」
…正直とっても怖い。成功できるなんて思えない。たぶん誰かが私と同じたちばだったら誰でもそう思う。そうしてみんなこう言うと思う。
次からにしましょうって。
だから私の答えは。
「やりますっ! どこまでできるかわからないですけど、プロデューサーが見つけてくれたそのふんぱつりょくと私の元気で走りぬきます!」
「おお、やってくれるか! それと瞬発力な。そうなるとこれから結構忙しくなるから覚悟してくれ」
「はい! 大丈夫です!」
「よっし! やっるぞー!」
狼さんの叫び声にも似た大声でプロデューサーは跳ね回っている。本当に私の弟のようで、でもふとしたときには兄のようで、不思議な人だ。
だけど、私が思うのは。私が思い、鼓動が早くなるプロデューサーと私の位置関係は、何だろう?
「だ、だめだめ! そんなのだめだよ!」
「うおわ! …どうしたやよい?」
「あ、いえ、その! な、何でもないれす!」
…思いっきり舌をかんだ。痛い、恥ずかしい、雪歩さんがいたら穴を掘ってもらってもおかしくないれべるで痛恥ずかしい。
「あ、あはははははっ! やよいは可愛いなぁ」
その言葉にまたドキリとする。しょうたいふめいの感覚に名前をつけてあげたい。でもそれはもう少し落ち着いてから、今のこのドキドキじゃ変な名前をつけちゃいそうで。
そんなプロデューサーに少しだけご褒美をねだってみる。…いやしい子だと思われるのも嫌だったけど今はもう少し踏み込みたくて。
「ぷ、ぷろでゅーさー!」
緊張して最初に変な声がでた。おまけにそのままプロデューサーと言ってしまった。ミスにミスを重ねて、あれだ、確かこんなのを恥の、うわぬり。そう恥の上塗りって言うんだ。
「ん、どした?」
「その…二つ! 二つ、お願いがあるんです!」
「お、なんだー? 言ってみたまえ」
勢いで二つもお願いしてみた。私の心臓が堪らなく動く。お願いだから、耳にまで血を回すのはやめてほしい。たぶん今はだかになったら全身ゆでだこのように見えるだろう。
って私はプロデューサーの前でなんてはれんちなことを考えているの! あーだからそうじゃなくて!
「また固まったな、フリーズデーか何かか?」
おちついて、おちついて。一度ゼンブりせっとして、うん。いまだに震える心臓を両手で押さえて、涙が出そうなのも堪えながら。
背の高いプロデューサーを見上げながら、恐る恐る言葉を紡ぐ。
「あ、あの。一つ目は、その。はは、はいたっちを今してもらいたくて。ふ、ふたつめは…」
一つ目は言えた。でも二つ目のほうがもっと言うのにきんちょうする。わけがわからないこのあふれ出てくる涙を必死に見せまいとひきつりわらいで、がんばれ、私!
「ふ、二つめは! 私がもし一位を取れたら私の頭をなでれ…!」
「…」
「うぅ、なで、なでてほしぃ、れす」
うわああああ、さいごのさいごで噛んじゃったよ私のバカー! はずかしい! さっきの何倍もはずかしいよ雪歩さーんたすけてくださーい! あなほってくださいー!
しかも最後のれすってなに!? ちゃんと言わなきゃつたわらないかもしれないよー! やり直し?
むりむりむりむりとてもじゃないけどむりっ! かみさまののさまおねがいだからたすけてー!
「…ふ、ふふ、ふはははははははあっ! はははははははははは! や、やよっ! おか、おか、あっははははは!」
「わ、わらわないでください! わたしすっごいまじめなんですよ!」
「わか、わかってあははは! ちょ、ちょっとまってっおなか! おなかいたいはははっはっははは!!」
「そ、そんなにわらわなくても、なんだかこっちまで、おかしっぷっあははは、あははははははは!」
「も、もうだめあははあははあははははははははははははっ! はっははははははは!」
「ぷろ、でゅーさーおかしな、あはは、かお、あははは、ふふふ、あはははっ!」
「あはははははははははははははははは!」
そうしてお互いに数十分の間飽きもせず、ずっとずっと指を指して笑いあって。途中からは本当におなかも顔もいたっくてしょうがなくて、でも笑うのは止まらなくて。
そんな素敵で、幸せな一時だった。
「…あー! 笑った! 一か月分は笑った、やばい、思い出し笑いが、っくっくくく!」
「も、もう! いいかげんにしてください! そろそろ泣いちゃいますよ!?」
「ーっはあ、ごめんごめん。いやでもあそこで噛むとは思わなくて、ついつい」
「それももう言わないで下さい…はずかしくてはずかしくて、あなほってうまっちゃいたいんですから」
「だよな、わかった。もう言わない…それと」
「はいっ?」
「頭、一位取ったらな」
「…はいっ!」
途中何度かおかしいこともあったけど私の願いはそこにできた。なら切り開かなきゃいけない。私とプロデューサーで、一位と私の願いのところまで。
「それと、ほいっ!」
「あ、忘れてました!」
「そっちが言い出したんだろうに、それじゃ掛け声よろしく!」
「はい! それじゃいきますよー! …ハイターッチ! イェイ!」

そんなことがあったのはついこの間、もう先週のことだ。千早さんのシングルも昨日発売されている。大型店舗でも品薄状態が続くほど売れているらしい。
更に亜美の曲もまだじわじわ売れているようで、いまのランキングはせんじょうだ。そこに私は再来週、入れるかどうかはまだわからないけど乱入する予定だ。
来週にれこーでぃんぐをするから念入りにプロデューサーとちょうせいをしている。
でも結局私はちょうせいなんてできるほどの技量はないから、やれることは私のありったけの全部出し切ってれこーでぃんぐするだけ。
「いよいよだがやよい、緊張なんてしなくていいからな」
「はいっ!」
「…いやもう少し緊張しててくれたらプロデューサーとして和らげるんだが、なんかもう万全みたいだな」
「ううん、違いますよ。プロデューサーが隣にいてくれるから私は緊張しないでいられるんです!」
「そうか。なんか、照れくさいな。ははは」
「きっと亜美や真美もそうなんだって思います。だから私が一位になったら亜美と真美のぷろでゅーすもしてあげてください」
「…驚いた。そんな言葉を貰うとはな。やよいって思ってたよりも大人なんだな」
「これでもお姉さんですから」
「ならお言葉に甘えて、一位になったら同時並行に戻すとするか。あ、でもなやよい」
「はい?」
「何かあったら頼ってくれよ? プロデューサーとしてでもいいし、兄としてでもいいからさ」
「…はい!」
まだ取れると決まったわけじゃないのに、二人でそんな先のことを話している。でも今の私はおこがましいかもしれないけど、負ける気がしないんだ。
確かに千早さんの歌もすごかった、本当にきき迫る何かが込められていた。迫力も歌声も間違いない、そんなCD。でも。
すごく辛そうだから、最近の亜美と同じで。今になってわかるようになった、二人の曲から感じられる辛さ。理由はわからない。
だけど、決して歌はかなしいとかつらいだとかをないほうさせるものじゃない。昔の亜美もきっと千早さんにだって気づけるはずの、そんな単純で、素敵な歌い方。
それが今の私に出来る最大の表現、大きな瞬発力に変わるたった一つの武器。
「亜美、亜美が最近歌うのは悲しい曲ばっかりだよね。下手なわけじゃない、逆にすごく上手だと思うよ。でもそんな亜美も私のこの曲を聴いて、思い出してくれたらうれしいな。真美が覚えていて亜美だけが覚えているなんて、そっちのほうが悲しいよ」
「なにか言ったかー?」
「…いいえ、何でも」
「よーしそれじゃレコーディングも張り切っていこー!」
「おー!」
本当は亜美に伝えたい言葉達だけど、今の亜美にはきっと言葉じゃ届かない。なら私は歌で届けるよ。
だって私たちはアイドルだから。
2012.12.25 Tue l アイドルマスター l COM(0) l top ▲

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