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私はミタサレている。私は、ミタサレているんだよ。
「私は、ミタサレているんだ」
私は五反田の街を走る。駅前の商店街を抜けて、道がわかれてるところを左に登った。ガソリンスタンドを横切ったら右側はコンクリの壁、ジエータイのケンキュージョだ。
「私は、ミタサレているんだっ!」
もっと走れば今度は前も壁に。道なりに左に曲がって、さらに登る。そこには小さな公園が。真美とケンカしたとき、いつも来てる公園。
ケンキュージョを見下ろせる公園で、いつも使う中目黒の駅も、よく遊ぶナントカ上水も、全部ずっと下。荒れた息をムシして私はお腹いっぱい空気を吸い込んだ。
「私は、ミタサレてるんだーっ!」
思い切り叫ぶ。ケンキュージョの白いビルに跳ね返って、だーってこだまが響いた。ナントカ上水の方でカラスがナン匹も飛び立った。
「…私は、ミタサレているんだ、から」
そう、私はミタサレている。命をかけて私を産んだママがいる。優しいパパがいる。仲良しの友だちがいる。
おもしろい兄ちゃんがいる。もっとおもしろいやよいっちがいる。んで、真美がいる。
「…真美」
真美は、カガヤイてた。ぺかーってカガヤイてた。いおりんに負けないくらいアイドルしてた。
「…でも、…、じゃない」
私は歯をクイシバる。イヤだ。真美に、やよいっちに置いてかれるのは、イヤだ。
「でも、ムリ、じゃない」
私は言う。自分に言い聞かす。やりたいことは口にしたほうがいいらしいよ。ダレも聞いていなくてもね。前にママが言ってた。
コトダマ、だったかな。言葉にも、タマシイがあるんだってさ。
「私にも、できる。ムリじゃない」
そうだよ、できる。できるよ。サッキョクカのヘンなおじちゃんは亜美を見て『ポジティブ!』を創ったんだから。言葉にイミがあるなら、亜美はポジティブになれる。あの歌みたく。
♪悩んでもしかたない ま、そんな時もある 明日は違うさ♪
明日はチガウといいな、そう祈りながら歌ってみる。明日は、真美にも兄ちゃんにもやよいっちにもちゃんと笑えるように。今までで一番うまく歌えてる、気がするけど。
誰もいないちっさな公園のステージじゃ、わかんないね。ねえ、私ちゃんと歌えてる? 私、真美みたく歌えてる?

♪行けばわかるのさ♪
もう何度目かもわかんない最後のポーズをキメる。うまくできた、かな? 私の他には青空と星空しかいないから、ちゃんとできてるか誰も教えてくれない。
だからひたすら歌った。ずっと踊ってた。うん星空? あはは、日が沈んじゃったよ。
「つかれた~」
さすがにヘタりこむ。うお、今気付いたけど足がイタい。チョーイタい。腰もイタい。あれれ、体が動かないよ。これってヤバくない?
がさり。
「ひぃっ!?」
そしたら、私の後ろからナニか音がしたよ。公園のあかりに伸びる長い長い影。たぶん大人の人だ。ア、アハハ、これってめちゃくちゃヤバくない?
逃げないと。逃げなきゃ。でも、体が動かないよ~!?
「おい、だいじょ」
「ぎゃ~、ちーかーん、だー!」
私は、めいっぱいの声で叫んだ。この公園に登って来た時の声より大きな声。何時間も歌ったはずなのに。
「ちょ、待て!」
待てと言われて待つドロボウはいないんだよ! 亜美はドロボウじゃないけどね!
「変質者ー! エロエロ大王ー! 怪人パイタッチー!」
「それはあずささんのプロデューサーだろが!? ええいもう、亜美落ち着け!」
がばり、声からすると男の人は亜美に抱きついてきた。て、テーソーの危機? シャレ抜きに。…あれ? 私はこの臭いを、知ってるよ?
「…兄ちゃん?」
兄ちゃんの汗の臭いだ! うん、汗クサいね兄ちゃんは。
「おう、兄ちゃんだ。お前のプロデューサーだ」
見上げれば確かに兄ちゃんの顔だ。ムッとしてる、ふてくされてる。
「…ごめんね。いきなりだったから、びっくりしちゃったんだよ」
私はアヤマった。だって兄ちゃんだからね。兄ちゃんがこんな所にいる。真美も知らないはずの公園に、汗クサい兄ちゃんがいる。私はシアワセだよ。兄ちゃんは、
「…亜美を、探してくれたんだね。ありがと。ゴメンね」
「気にすんな。それに、亜美が思ってるほどカッコいい話じゃない」
兄ちゃんは鼻の頭をかいた。
「真美をお前んちに送ってったらな、まだ亜美が戻ってないって聞いたんだ。親御さんを俺と真美とでテキトーに誤魔化して、慌てて探しに出た。とりあえず小鳥さんに電話しようかと思ったら、かすかに、少しだけ、聞き慣れた歌が聞こえたんだ。どこからかもわからないような、な」
あれれ、歌って。
「亜美が、ここで練習してた歌?」
「ああ」
兄ちゃんがうなずいた。アタリマエみたいに。いやいや、それはおかしいよ。
「…聞こえるはず、ないよ。ここから亜美んち、すっごく遠いよ? カラスとかは聞こえてるみたいだけど」
兄ちゃんはいちおー人間だから、聞こえるはずがないよ。
「亜美、発声がんばってるからな。声でかくなったんだろ」
うーん、千早お姉ちゃんがのどこわすつもりで歌っても、ムリだと思うけどな。
「さもなきゃ、亜美の魔法だな。言霊が届いたんだろ」
コトダマ、ママが言ってたことだ。パパみたくスーツをヨゴして私たちにあいさつした兄ちゃんは、今度はママの言葉を言った。
「まずは勘だけで走り回るしかなかった。しばらくして、坂の上の方からだって気付いてな。登れば登るほど歌がはっきりして、亜美なことはもうわかっちゃいたが、もう真っ暗だしよ。久しぶりに本気でダッシュしたぞ」
あはは、それっておかしいよ。
「いっつも走り回ってるのに、いつもはホンキじゃないんだね?」
「…いつもとは本気の度合いが違う」
ブゼンと兄ちゃんは言った。亜美のためにホンキになってくれたんだよね? ウレシいな。なんだかくすぐったい。もう、いじめちゃうぞ?
「確かに兄ちゃんは怪人パイタッチじゃないね」
「その話か。当たり前だろが。あずささんのプロデューサーとは違うぞ、俺は」
それはそうだよね。兄ちゃんの担当は私たちと、やよいっちだもんね。でもさ、これはマズくない?
「さっきから私のおシリさわりっぱなのは、怪人シリタッチだからだよね?」
「あ? …げ、このびみょーにやわらかい感じなのは、亜美のケツか?」
うわ、ケツとか言われた。ヒドいね兄ちゃんは。そうだ!
「亜美は、ケツなでまわしてくれやがった兄ちゃんに、セイイあるシャザイとホテンを要求するよー」
「…へいへい。今度は何だ? アリエノールの焼き菓子か?」
兄ちゃんがあきらめた顔で言う。うん、アリエノールも悪くないけどね。
「このまま、お姫さま抱っこで、家まで連れてって」
ちょっと気合いを入れて、たのんでみる。兄ちゃんはナンて言うかな?
「…何だ、そんなんでいいのか。お安い御用だ」
あれれ、あっさり。兄ちゃんはたいした力も入れてないふうに、私を抱え上げちゃった。すごいね、兄ちゃん。
「軽いもんだ。もっと肉食え、亜美は。でかくなれないぞ?」
むー、デリバリーがないなあ、兄ちゃんは。お姫さま抱っこ、なんだよ? よーし。
「こうした方が、もっと軽いよ?」
兄ちゃんを困らせてやろうって思った。両腕を兄ちゃんの首に回してみる。どーよ?
「お、本当だ。軽くなった」
むー、兄ちゃんが困らない。フカンショーなんじゃない? あれ、でもさ。私の顔が、兄ちゃんの顔に、近いよ?
「兄ちゃん…」
私の歌に気付いてくれた兄ちゃん。私を必死に探してくれた兄ちゃん。兄ちゃんの首筋、汗の臭いが、濃い…。
「何だ、亜美?」
「ううん、何でもないよ…」
もしかしたら、亜美は。そんなコトを思っちゃったよ。そんなはずないのにね。うん、ないない。あるわけないよ。兄ちゃんを困らせるつもりだったのに、私が困らせられちゃったね。


昨日は晴れていた。朝から夜までずっとすてきな空だった、けど今日は違うみたい。雑巾片手に机を拭きながら窓の外を見る。
大きな粒の雨がざーざーと音をたてて降っている。窓にもいっぱい水滴がついていて、きれいだなぁと思っていたのも少しの間。すぐに気分は下へ下へといってしまう。
ここのところ、ずっとずっと掃除ばかり。もちろんプロデューサーは亜美と真美のことだけじゃなくて、私のレッスンも見てくれる。
でもレッスンをしていないときの私はといえば、いっつも掃除をしていた。いつも通り、バケツと雑巾を持って三角巾をして。
私が掃除をしているとき、亜美と真美の二人はお仕事をしている。少しずつだが二人はTVにでるようになった。それはすっごくうれしいはずなのに、すなおじゃない自分がいるようで。
それが、嫌だった。
今の私の心はもしかしたら、このお天気と一緒なのかもしれない。私の心もこうやって、ざーざー雨が降っていて、晴れてないのかもしれない。
…また気分が落ち込んでいる。どうして? 私の取り得は、元気だけなのに。こんなんじゃ私は、私は。
PULLLLLLLLLLL PULLLLLLLLLLL PULLLLLLLLLLL―――
「わっ…」
事務所の電話が鳴っている。いつも電話に出てる小鳥さんはいないし、他の人も誰もいない。
PULLLLLLLLLLL PULLLLLLLLLLL PULLLLLLLLLLL PULLLLLLLLLLL PULLLLLLLLLLL PULLLLLLLLLLL―――
「わわわっ」
ガチャッ
つい電話が鳴っていると取ってしまう癖で受話器を取ってしまった。えっと、高槻です、じゃおかしいし。えっと、ど、どうしよう?
「もしもし? 765プロでしょうか?」
「あの、えっとぷろでゅーさーは今じむしょにいなくて」
舌が動かない。家で電話に出るときはもっと、リラックスだったかな? して出れるのに事務所の電話は全然違う、ってそれどろこじゃない。ちゃんと話さないと。
「ん? その声は、やよいちゃんかな?」
「ええっ、そうですけど。どうして私のなまえを…」
「覚えてないかな? やよいちゃんの曲を創るために一度会った、髭のおじさんだよ」
ひげの、おじさん? 私の曲をつくる? …ああっ!
「えっと、たしかさっきょくかのせんせい、ですよね?」
「当たり。でもそっか、プロデューサー君はいないんだ」
「はい、すいません…」
「…ううん、それはまた後でいい。今しなきゃいけないこと、見つけたからね」
今しなきゃいけないこと? 私との電話中に何かあったのかな? それとも私、またなにか失礼なことでもしちゃったんだろうか?
「やよいちゃん、ちょっと歌ってみようか」
「う、歌うんですか?」
「そうそう、やよいちゃんの好きな歌、気になる歌でいいから。サビの部分だけでもいい」
私の好きな歌、気になる歌。自分の歌はまだないから、じゃこの事務所の人たちの歌でいいかな? 誰がいいかな、うーん。
♪―――悩んでも仕方ない ま、そんな時もあるさ あしたは違うさ♪
「……」
結局私は亜美たちの歌『ポジティブ!』を全部歌った。好きな歌で、気になる歌で、今の私がそうなりたい歌だったから。
「…歌、うまくなった。うん、これは驚きだなぁ」
「あ、ありがとうございます!」
「でも、うまくなったけど残念でもあるな」
「うぅ~。どっちか、わかりません…」
「確かにうまくなった。声も伸びてるし、独特な歌い方も可愛い。感情の出し方とかも前よりいい。でも」
でも、なんだろう。それを聞くのが怖くて私は先生の言葉を待った。耳を塞ぎたい、けどがんばらなきゃ。ポジティブに、ポジティブに。
「やよいちゃんじゃない」
私じゃない、先生はそう言った。でも私は。何かを言いたい。言わなきゃ。
「…私は私ですよ?」
「うん、そうだね。今僕と話しているやよいちゃんは間違いなく高槻やよいで、さっき受話器越しに歌ったのもやよいちゃんだ」
それはそうだ。だってずっと私は手に汗をかきながら、それでも受話器を離さないように必死に歌った。おかげで受話器は外の窓と同じようにいっぱい濡れている。
「でも僕が知っているやよいちゃんはもっと元気だよ。もっと舌足らずで歌うんだ」
舌足らずなのは自分ではちょっと気にしているから、直ってるなら私はうれしいけれど。
「やよいちゃんはやよいちゃんでいい。無理に巻き舌で歌わなくていいんだ。もっと元気に歌っていいんだよ」
よく、わからない。…わからないけど、何故だろう? 亜美の顔が浮かんでくる。あれ? これは真美かな? どうしよう、わからない。
「…亜美ちゃんに似せて歌わなくていいんだよ、やよいちゃん」
え、あ、う。
「…な、なんで。う、うえぇ、うえええぇん、ああぁぁぁああんんっ」
そうして私はくずれおちた。ぐしゃぐしゃになってしまった私。プロデューサーはこうして歌えばうまくなったな!と褒めてくれた。
それは嬉しいのと同時に、辛かった。でもそれを伝えてしまうのが怖かった。どうにも怖くて、言い出せなくて。だから私の心にはずっと雨が降っていたのかもしれない。
「ず、ずいまぜん。きゅう、に、ないちゃっって」
「いいんだよ、でもこれでやよいちゃんもわかったね? やよいちゃんはやよいちゃんらしく、ね?」
「は、いぃ…」
でも私らしさってなんだろう。私、らしさ。
―――元気。
そう、思えた。
「…なんとなく、掴めたみたいだね、やよいちゃんらしさ。ならもう平気かな」
「あ、あのっ、今日はすいません! それと、ありがとうございます!」
「うん、その調子だ。しかし、プロデューサー君はまだ仕事ができるだけか」
直感でプロデューサーが怒られるような気がした。でもプロデューサーは何も悪いことしてなくて、むしろ私たちのためにいっつも頑張ってくれていて。
そんなプロデューサーが怒られるのは嫌だった。どんなことよりも嫌だと思った。
「プロデューサーを怒らないであげてください! プロデューサーは私たちのために…」
「うん、知ってるよ。そしてやよいちゃんが怒らないでって言うならそうする。でも一つだけ約束してほしいんだけど、いいかな?」
「は、はい! なんですか?」
「プロデューサー君ややよいちゃんのファン、そのほかにもやよいちゃんの近くにいる周りの人たちが、なんて言ってもやよいちゃんはそのままでいてほしい」
「…ちょっと難しいかも」
「つまり、いつでも元気で可愛いやよいちゃんでってこと」
「か、かわいいかどうかはわからないですけど! 元気なのは、自分でも好きだし、取り柄だと思ってるから、そのえっと、頑張ります!」
「うんうん、その調子だよ。そんなやよいちゃんには近いうちに僕からプレゼントをあげるから、楽しみにしててね。それじゃ」
「はい!」
電話が切れて、数分間なにもできずにずっと同じ場所にぼーっと立っていた。ずっとぼーっと。でも。
心の中はさっきまでの雨と違って、晴れている気がする。外の雨は晴れないけど、私の心は晴れている。それがとっても、とっても、うれしくて静かに涙が流れた。
「明日からは、元気な私に。亜美と真美とプロデューサーと一緒に、元気にお仕事をしよう」
笑って、本当に元気になれた気がした。さあ、残りの掃除をしよう。この元気と同じように、全部ぴっかぴかにしてしまおう。


「んーんっ、今日もいい天気っ」
カーテンを思い切り開けて、私は伸びをした。最近は晴れが多いね。あ、先週一度雨降ったか。でもこの一週間は晴ればかりだよ。朝日がまぶしい。
お向かいのお家の窓ガラスも、ちこっとだけ見えるナントカ上水もキラキラ輝いてる。世界がカガヤイているみたいだね。
パシャリ。
あれれ、何の音? あ、真美にケータイで写真撮られた!?
「『まるで亜美をシュクフクしてくれてるみたいだよー。お日さまさん、お水さん、いっつもありがとねー!、だってさ。イガイとメルヘンだよね亜美ってさ』と。ホイそーしん」
マシンガンみたいにメールを打つと真美はどっかに送っちゃった!
「そんなこと言ってないじゃん! 誰に送ったのさ!」
私はゼンゼンそんなキャラじゃないよ!
「うしし、兄ちゃんにチクっちった。じゃ、先に降りてるよ~ん」
私がベッドのマクラをつかんだときには、真美はドアの向こうに消えていた。

まあ、ナットクしとく。今日のオシゴトはとっても楽しそうなのに、順番で亜美だから。真美は事務所でレッスン。ちかたないね。…かんだ。しかたないね。
「はーい、今日も元気いっぱい天海春香でーす! 春香に会える場所略して春場所、今週は新宿小田急百貨店特設会場からの、何と公開生放送です!」
ステージの真ん中のではるるんがDJしてる。MCだったっけ? とにかくソレ。今日のオシゴトはラジオ番組のゲストなんだ。しかも公開生放送。おもしろそうっしょ?
あ、はるるんってのは同じ事務所の先輩アイドルさんなんだな。歌がヘタで良く転ぶのが売り。…ヒドイこと言ってるのわかるけど、事務所公認だからちかたないね。
「ホントに大丈夫なんですかねこんな企画通しちゃって。パーソナリティー私ですよ? あはは、放送事故だけは気を付けますねー。あ、ただいまお聞きの放送は、周波数76ポイント5、FMグラントーキョーです。それではCMどうぞー」
タテイタニミズのはるるん、ウマイね。きっとラジオの向こうじゃムダムダムダァッな話にしか聞こえないけど、タシカあれリハには無かった。
「…はるるん、アドリブでタイムリード合わせた?」
私はトナリに立ってる兄ちゃんを見上げて聞く。兄ちゃんはうなずいた。
「たぶんな。公開だし、いつもより早口なの自分で気付いたんだろ。そのままでもスタッフが修正するけど、リード通りの進行に越したことは無いしな」
組んでいた腕を解いて、兄ちゃんは右の手の平を私に突き出して来た。
「事務所でのボケ倒しキャラからは想像もできないがな、やっばり全国区のアイドルなんだ、春香は。見ろ亜美、俺の手汗だくだぞ」
うん、汗が玉になってるよ。手の平なのにね。今度パパに診てもらったほうがいいかも。ナイゾウシッカンとかじゃなきゃいいけどね。
私がその手を握ると、兄ちゃんはフシギな顔して私を見た。あれれ、私もわからないや。私はどうして兄ちゃんの手を握ったんだろね?
「はーい、ラジオをお聞きのみなさん、CMはちゃんと聞いてくれました? それじゃ、今週のゲストの紹介です。私の後輩アイドル、とか言いながら歌もダンスも例のごとく私より上手なんですけどね。双海亜美でーす」
まあ、いいや。私は兄ちゃんの手をはなした。うっし、亜美行っくよー!
「こんにちはー! 双海亜美だよよよよーん!」
私はマイク片手に叫びながら、ステージに出た。

「それじゃ次のコーナーは、アカペラマスター! ゲストの人にその人に関係する歌をアカペラで歌ってもらおうとというおなじみのコーナーです。今日は765プロ縛りでリスナーのみなさんからおはがき募集しました。亜美、ちゃんと練習してきた?」
「バッチリだよー! どんとこーい!」
はるるんに振られて、私は答える。胸に左コブシをあてた。
「おおー、頼もしい返事。それじゃ、箱から取りますね。がそごそがそごそ、っていつもより多いですよコレ! 後でスタッフさん枚数教えてくださいね。あ、第一回の私の時のより倍以上だったら黙っていてください。…はい、これ! このおはがき。じゃかじゃん!」
はるるんはくじ引きみたいな箱からハガキを一枚取り出した。いつも良くしゃべるはるるんけど、ラジオだといつもの倍以上しゃべってるね。
「はい、東京都の他の生き方なんて知らないさんからのおはがき。春香さんこんにちは。はいこんにちは。亜美さんこんにちは」
はるるんが私を見た。期待には応えないとね?
「こんにち、はぁあん。亜美よおぉおん?」
私はしなをつくって色っぽく答えてみる。
「ぷ、何それ亜美。ええっと、いつも楽しく聞いています。来週は、って今日のことですねー、来週は公開録音だから心配です。春香さんがどんがらしないかって。しませんよもう! 現地入りした時はうわボックスじゃ無いステージだって頭抱えましたけど」
うん、はるるんは本当に頭抱えてた。こんな話聞いてないってはるるんのプロデューサーに泣き付いてたけどトーゼンだめだった。
「亜美さんへのリクエストは、水瀬伊織さんの『フタリの記憶』です。ちっとり聞かせてください。だって。うわ亜美大丈夫? あの歌すっごく難しそう」
ありゃ、いおりんのアレかあ。タシカに難易度ウルトラハードかも。でも亜美はニガテじゃないな。亜美には、真美がいる。この歌の歌詞はよくわかるんだ。
「おけおけ、ダイジョーブだよー。んじゃ、はるるんはすみっこに行っててね?」
私ははるるんの背中を押した。よろけるはるるん。お客さんがどっと笑った。
「うう、後輩にまで邪険にされる私…。でも私は応援するよ亜美! それじゃ双海亜美で、『フタリの記憶』です!」
はるるんのあざとい前フリの後で「フタリの記憶」のイントロが流れる。
アカペラなのになぜかバックミュージック流れるんだよね、このコーナー。これじゃカラオケじゃない? まいっか、歌おっと。
♪いつものように空を翔けてた ずっとずっと どこまでも続く世界♪
うん、歌い出しまあまあかな。真美といっしょに、走り回る世界。忙しくて、楽しいことが多すぎて、寝ちゃうのがもったいないくらいで。
♪なぜそんなに 悲しいほどココロに傷 負ってるの? 夢や希望 打ち砕かれて 諦めたんだね♪
でもね、子供だからって、いっくら亜美たちがアイドルだからって、つらいことはあるよ。たくさんたくさんアキラメた。泣くしかない夜だってあったよ。
でも私はシアワセだ。私にはナニモカモをわかってくれる真美がいる。真美が私のチカラになってくれる。真美、私と双子の。
(えっ!?)
どうして!? びっくりして口から声がもれそうになった。真美が来ない。真美のイメージがココロに浮かんで来ないよ。亜美はプロだから、だからって歌うのは止めないけど。
真美の代わりに出て来て頭から離れないのは、
♪ボクがチカラになってあげるよ♪
…兄ちゃんの顔だった。兄ちゃんの笑顔に、兄ちゃんの臭い。私の、亜美たちの兄ちゃん。亜美を心配してさがし回ってくれた兄ちゃんの、ヒッシな姿が残って消えない。
♪以前の自分はリライトしよう 嬉しいことで 楽しいことで♪
別に書き替えたいことなんてないよ。ゼンブ大切な思い出。でも書き替えるなら、上書きするなら、兄ちゃんがいい。リライトされたい。兄ちゃんのコードで。
♪いつまでもこのままでいたいね ずっとずっと 一緒にいられたらいいね♪
いっしょにいたいよ。兄ちゃんとずっといっしょにいたい。真美とはずっと一緒だった。それが当たり前だから。でも兄ちゃんは他人だ。
私は、決心しないといけない。私のココロを私で認めないといけない。
間奏が流れて、二番の歌詞が頭をぐるぐる回る。これは悲しい恋の歌。亜美は知ってたけどわかっていなかったよ。
今なら歌える。真美じゃなくて兄ちゃんをココロに描いて、兄ちゃんを失う悲しみを、歌に込めるよ。
♪いつまでも忘れないでいるよ ずっとずっと 空で見守っているよ♪
このココロを、忘れないよ。ずっと見守りたい。亜美が兄ちゃんを見守るよ。だから兄ちゃん、亜美を見守っていて。ずっとずっと。ああ、兄ちゃん。
私は兄ちゃんに、恋をしているんだね。

「…沈黙の新宿小田急百貨店でーす。会場しーんとしちゃってます。亜美の歌に静まり返っちゃってる中で、私天海春香だけKYにしゃべってるけど、だってこれラジオだもんげ! …うわーん痛いよー。静寂が怖いよー。亜美助けてー」
はるるんがプロ根性でがんばってる。私はヘタりこんだまま首を横に振った。ナニかしてあげたいけど、ムリだよ。もうMPすっからかんだから。
「と、とりあえずCM入れちゃいましょっか。コレ放送事故じゃ無いですよ、アカマスの後にCMなのは進行表の通りなんですから! ただいまお聞きの放送は、周波数76ポイント5、FMグラントーキョー。CM挟んだら後は、ふつおたのコーナーです」
おお、さっすがはるるん。締めた締めた。やるねえ。…でも、亜美が怒られるのはちかたないけど、いっしょにはるるんも叱られるんだろうな。ゴメンね、はるるん。私のせいで。
「ゴメンね、私が恋に気付いたせいで」


魂が抜けていくって言うのはこういうことなのかな。
確か今日はらじおで春香さんと亜美がお仕事だって言っていたからお掃除をしながら聞いていた。
春香さんが事務所にいるときの春香さんらしくなくて、ちゃんとお仕事してるって言うと変だけどそう思った。
しばらくして亜美が元気に出てきてほっとしたような、ちょっと、いいなぁって思っちゃったりして。
そしたらリクエスト曲が伊織ちゃんの『フタリの記憶』で大変だーって思ってたら、いつの間にか魂がびゅーってどこかへいっちゃってたみたいで。
亜美、すごく、すっごく歌がうまかった。うまいだけじゃなくて、言葉じゃうまく言い表せないけれど何か伝わってきた気がする。
でも何故だろう? その気持ちにほんとにちょっとだけ、むっとしたのは。よく、わからない。
っと、いけないいけない。お掃除をしないと、まだ半分くらいしか終わってないし、ちゃんと最後までしないと。
「あら~、やよいちゃん~」
おっとりとした伸びやかな声。私にないものをいっぱいもってるおとなのじょせい?
「あ、あずささん! おはようございます!」
「おはよう、やよいちゃん。お掃除してたのかしら~?」
「はいっ!」
「あらー偉いわね、それじゃ私も手伝いましょうか~」
「そうですか? ならフタリで一気に綺麗にしちゃいましょうー!」
「お~、うふふ~」
抜けかけていた魂はあずささんが来てくれたおかげで、なんとか私の中に帰ってきてくれた。ふとしたことでまたどこかへ行っちゃいそうだけど、気をつければ平気、だと思う。
でもさっきの亜美の『フタリの記憶』、かっこいいとは違って、でもかわいいとも違って、なのに素敵な感じだった。
きっと私にはああいう歌い方はできない。元気いっぱいに歌ってしまうはずだから。
「…やよいちゃんは、平気かしら~?」
「はい? 何がですか?」
「さっきの亜美ちゃんの歌」
あずささんも聞いてたんだ。でも平気ってどういうことだろう? よくわからないな。でもわからないからわからないって答えるのも失礼かも…。なら、えーっと、どうしよう?
「自信、失くさなかったかしら?」
「自信ですか?」
「ええ、正直私はちょっと、失くしちゃったの~」
「そんなっ! あずささんだってとーっても歌うまいじゃないですか!」
これは心の底から思っていること。確かにさっきの亜美はうまかったけど、あずささんほど伸びやかじゃないしびぶらーと? もなかった。
ああいうばらーどみたいなのは、あずささんのほうがおにあいな気がする。それなのにあずささんは自信をちょっと失くしちゃったって、どういうことだろう?
「うふ、ありがとうやよいちゃん。私だってアイドルなんだからちょっとくらいはうまくなくちゃね? …でもさっきの亜美ちゃんは、詩を朗読しているような、そんな感じだったわ」
詩の朗読って言うとあの抑揚のない声で五・七・五って読むやつ、じゃないやそれは俳句。なら更にそれプラスで七・七、ってそれは短歌。
私は、なぜ自分でボケ倒しているのだろう。自分ながらちょっと笑えてしまう。
「あれだけ心に届いてくる歌を歌えるなんて、羨ましいって思ったの。いっしょにね、自分じゃできないな~って自信を失くしちゃったの」
「心に届く歌、ですか?」
「やよいちゃんはそう思わなかったかしら~?」
確かに亜美が歌った『フタリの記憶』はとっても素敵だった。心に届くというのもわかる気がする。だから私もちょっとむっとしたんだと思うし。それだけならそう思う。だけど、だけど。
「…私にも歌えるかなーって、心に届く歌!」
「…そう、なのね。うふふ、この調子じゃ私なんてすぐに追い抜かれちゃうかもね」
「そんなことないです! 私にも亜美にも、あずささんのようなおとなのおねーさんはできません!」
「うふっ、ありがとうやよいちゃん。そうね、私も大人のお姉さんとしてならまだ負けないわよね? よーしがんばるぞー、おー!」
「おー!」
「そうだ、やよいちゃん? 一緒に歌いましょう」
「歌、ですか?」
「ええ、やよいちゃんが歌いたい歌をね?」
私が歌いたい歌。ついこの間までの私ならきっと『ポジティブ!』だったり、今亜美が歌った『フタリの記憶』だったかもしれない。でも今は違う。
元気な私だから、元気な歌を。私が、私がとっても歌いたいって思える歌を歌いたい。亜美が歌ったからだとか、伊織ちゃんの曲だからとかじゃなくて。
私だから歌いたいって思える歌、それは一体何かな? 今なら迷わないで言えるよ、歌えるよ。
♪GO MY WAY!! GO 前へ!! 頑張ってゆきましょう♪
そうただ前へ。元気な私は前だけを見つめて頑張りたいから。確かに周りの人たちはすごい、だけど私は私なりに頑張って進んでいけばいいって思う、今はそう思える。
♪一番大好きな 私になりたい♪
数週間前までの自分はきっと一番大好きな私じゃなかったし、今の私の一番かと言われればたぶん違う。
これから先、亜美や、プロデューサーと頑張って進んでいけば、いつか本当に一番好きな自分に出会えるんじゃないだろうか、そう思う。
そう思いながらあずささんと二人で一緒に笑顔で歌った。ボイストレーニングほど真面目じゃないし、オーディションほど緊張感もない。
ただただ歌いたいから歌う、そんな歌。そんなメロディー。それが今の私にとってはとても素敵なものだった。
あずささんが歌うと私みたいに子供っぽくなくて色っぽいって言うのかな? そう感じてしまうのがちょっと面白くて、笑ってしまう。
そしたらあずささんも笑って、二人で笑いながら歌ったんだ。私にはそれがたまらなく、楽しかった。
結局一番のサビまでしか歌わなかった。二番の歌詞はどうにも恥ずかしくてやめてしまった。んぜだかはわからない。わからないけど。
歌おうと思うと、急にプロデューサーの顔が浮かんできた。だから私は、恥ずかしくて、歌えなかっ、た?
よく、わからないや。プロデューサーに聞いてみたらわかるかな? 亜美に聞いてみたらわかるかな?
…でも。
それは聞いちゃいけないような気がする。


「明日は、お台場でテレビの収録だな。歌もアリ。選曲はこっち任せだけど積極的情熱的なラブソング希望、か。亜美だなあ、これは」
事務所に戻ってきた兄ちゃんが言った。今日兄ちゃんは真美といっしょにシゴトに行ってたんだ。私は事務所で待機。まあ私でも真美でもけっきょく『アイドル双海亜美』なんだけどさ。
「最近仕事増えたなあ。いい感じだ」
うん、オシゴト増えたよね。この前のはるるんのラジオからかな、って思うのはジイシキカジョーかな? まあなんでもいいや。兄ちゃんがウレシそーだし。
「今日はこれで終わり。俺は急ぎの書類仕事があるから送っていけないけどな。…あー、明日の亜美の歌決めるのも急ぎだな。とにかく、二人は電車で帰ってくれ。それじゃ、お疲れさん」
兄ちゃんはぱたんとおっきな手帳を閉じた。
「おっし亜美、どっかよってこうよー? ゲーセンとか行く?」
あー、サイキン行ってないね。新しいプリクラ入ってるかも。でもね。
「ゴメン真美、一人で行っといでよー。ちょっとやりたいことあるんだ」
私が言ったらフシギフキゲンな顔の真美。ゴメンね真美。兄ちゃんもこっちを見てる。
「兄ちゃん兄ちゃん、明日の曲亜美が決めたげるよ。レンシューもしたいし。レッスンスタジオ取って」
兄ちゃんは片方のマユを上げて、ほおをかいた。
「まあ、宣伝的にもうちの誰かのやつで行くつもりだったから、亜美に一任しても大丈夫か。別に許可申請とかも無いしな」
「まかしてまかして!」
兄ちゃんズイブンいそがしそーだしね。ナイジョノコーなんだよ。
「でも今からじゃ先生押さえられないな。スタジオも空きがあるかどうか。小鳥さんも忙しそうだしな」
そっか、当日券はないのか。じゃあさ。
「ダイジョーブだよー。ちょっと待っててね」
私はロッカー室に移る。はるるんカッテにロッカー開けてごめんね? あ、あったあった。
はるるんのロッカーの中から、私はごっついマイクみたいなのを持ち出す。さ、兄ちゃんのとこに戻ろっと。
『ただいまー』
スイッチを入れてあいさつしてみる。うん、いい音出すね。さっすがはるるん。
「…春香のハンディカラオケか。確か765の歌は未配信のまで全部入れさせてたな、春香のプロデューサーに」
そーなんだよ。こんなちっこいのに、みんなの歌は歌いホーダイなんだ。
「亜美は自分で歌を決めてね、これでレンシューするよー」

真美はゲーセン行っちゃった。兄ちゃんは電話鳴ったら歌うの止めるようにって私に言って、ショルイシゴトを始めた。
私は、明日の曲選び。はるるんのハンディカラオケの液晶を見ながら、歌のタイトルを一つずつ表示しながら、考える。
「んー、ガチなら千早お姉ちゃんかまこちんの歌だよね」
でも、はるるんやゆきぴょんもけっこうジョーネツテキな歌がある。ジョーネツテキかどうかはわかんないけど、あずさお姉ちゃんやお姫ちんもかっこいいラブソングを持ってる。
「『エージェント』あたりがリソーテキなんだろうねー」
まこちんの歌だ。私も一度だけちゃんと歌ったことがある。小さなライブの前座でね。私はどーしても「とかちつくちて」になっちゃうだけどそのまま歌ったら、バカウケだった。
「でも、『エージェント』は歌えないなあ」
歌いたくないな。アノコロはナンとも思ってなかったけど、あれってエロいよねえ。今の亜美にはイメージしちゃう人がいるから、ムリムリ。
「あれにココロを入れられるくらいオトナになったら、歌えるかもしんないけどさ」
ソンナ未来を、考えてみる。おっきく息を吸い込んだ。ウレシイな。ハズカシイな。でも、ゲンジツとして亜美はコドモだ。
私はハンディカラオケをテーブルに置いて、自分の胸に手をあててみる。ふにふにしてみた。うん、ふにふにだ。もみもみじゃない。
「…まあ、千早お姉ちゃんよりはマシかあ」
前に千早お姉ちゃんの胸にさわったことがある。ふにふにもしなかった。いいキョーキンだったね。
「やっぱ、千早お姉ちゃんの歌かな」
私はハンディカラオケを取ると、チハヤでソートする。あ、はるるんのハンディカラオケ、ソートとかもできるんだよ。あいうえお順に表示する。
アオイトリは、うーん、ナンカチガウなあ。インフェルノもナンカチガウ。
「…フィットしないなあ」
これだってのがないねえ、イマイチ。
「悪いな、亜美。仕事ぶん投げちゃって」
曲選びナンコーしてるのに気付いたのか、兄ちゃんが声をかけてきた。私は顔を上げて兄ちゃんを見たけど、兄ちゃんはショルイを見ている。
ま、いっか。んー、ネムリヒメもチガウなあ。次はっと。
「正直、助かる。亜美は歌もうまくなったし、たくさん仕事を持って来てくれるな。ありがとな、亜美」
「そっ、そんなことないよ!」
わ、ちっと声大きすぎた。びっくりしちゃったから。兄ちゃんが、私をほめてくれた。ありがとって言ってくれた!
「『アイドル双海亜美』は軌道に乗ったな。一安心だ。これで俺は、やよいに注力できる」
…え? 兄ちゃんは今ナンて?
「…ああ、悪い。注力ってな、力を注ぐって書くんだ。やよいのプロデュースに集中できるってこと」
そんな、そんな。血が引いてく。引いてくのがわかる。どこに引いてくのかはわかんないけれど。頭が冷えてく。体が冷えてく。でも一番に冷えるのは、ココロ。
「おい、どうした亜美?」
ナニカをサッシタのか、兄ちゃんがペンを止めた。顔を上げる。亜美を見ようとする。止めて、亜美を見ないで。こんな亜美を見ないで。
「おいおい、そんな顔するなよ亜美。亜美たちのこともちゃんと考えてるぞ?」
兄ちゃんが亜美を見た。軽く笑うと、立ち上がる。亜美の方に歩いてきて、私のアタマをなでた。コドモ扱いだ、ね。
「やよいの方も一段落したら、亜美真美メインに戻すぞ。お前たちをトップアイドルに上げる。そのためのプランのアウトラインも社長に提出済みだ」
兄ちゃんの目と、私の目が、逢った。兄ちゃんが見てる。私を見てる。でもチガウよ、私を見てない。見ているのは、
「まだ俺は半人前のプロデューサーだけどな、俺と亜美ならできる。なるぞ。トップアイドルになろう」
兄ちゃんが見ているのは、アイドルの「双海亜美」、だ…。
「お、曲決まったのか。千早の『目と目が逢う瞬間』か。また難しいの選んだなあ」
はるるんのハンディカラオケを見下ろしながら、兄ちゃんが言った。ハンディカラオケの液晶には、メトメガアウトキって出てる。
ああ、ああ、そうなんだね。兄ちゃんと亜美は、そうなんだね。

お台場のテレビ曲のスタジオで、私は歌う。兄ちゃんはいない。やよいっちのほうに行っちゃったから。
♪目と目が逢う 瞬間好きだと気付いた♪
スキだよ、兄ちゃん。私は兄ちゃんがスキ。兄ちゃんがアイドルの「双海亜美」しか見ていなくても。
♪「あなたは今どんな気持ちでいるの?」♪
わかっているよ。私は兄ちゃんがナニを考えているのかわかってる。兄ちゃんは私をトップアイドルにしたいんだ。
♪戻れない二人だと 分かっているけど♪
戻れないよ。戻ったってイミない。だって、「始まりはもう無い」んだ。始まりなんてサイショからなかった。
♪少しだけこのまま瞳 そらさないで♪
私を見て。目をそらさないで。かまわないから。兄ちゃんが見ているのが私でなくても。アイドルの「双海亜美」でも。だって私は私に、
♪もう二度と会わないとさよならする♪
から。さよならしたから。

歌い終わって1分はたったのに、誰もナンニモ言ってくんない。だから私は言った。
「ディレクターさーん、今の亜美の歌、オーケー?」
ホントはこんなことしちゃいけないんだけどさ、ラチがあかないジャン?
「お、おお。オーケーだ。もちろん」
頭にバンダナ巻いた番組のディレクターってゆーより映画のカントクさんみたいな人が言った。
まあ、トーゼンだよね。ココロこめて歌えたもん。千早お姉ちゃんだって私ほどには歌えてない。レンアイもシツレンも知らない千早お姉ちゃんには、歌いこなせないよ。
「じゃ、亜美は控え室に引っこむねー? つかれちった。ナンカあったら内線鳴らしてね?」
私はステージ衣裳のままスタジオを出る。小さいけど私専用の控え室に入って、鍵をかけた。
「ふう」
これで、安心して、倒れられるよ。私はその場に崩れた。あはは、タマシイこめちゃうと、ダメだねぇ。カラダ、動かなくなっちゃう。
♪切ないほど あなたが欲しい♪
私はほっぺた床に着けたまま、小さく歌う。兄ちゃんに会いたいよ。兄ちゃんが欲しい。だから、
「私は、トップアイドルに、なるよ。兄ちゃんの望むままに」
私はミタサレている。ミタサレているよ。私には真美がいる。私にはかなえたいユメがあって、兄ちゃんがいる。私は、ミタサレている、よ。
2012.12.25 Tue l アイドルマスター l COM(0) l top ▲

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