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私はミタサレている。私はミタサレてるんだよ。そんなことを考えるようになったのは最近だけどね。私はミタサレているんだ。
亜美たちのパパはメッチャ甘い人でね、亜美たちをしかられたことなんて両手あればかぞえられちゃうんだよ。
一度だけ引っぱたかれたことがあったね。亜美たちが三年生の時だったよ。私はうっかり道路に飛び出しちゃってさ、そしたら私の目の前ホンの5ミリをでっかいトラックが走ってった。
道路の向こうにいたパパがクラクションならされながら亜美の方に走って来て、前まで来たら右手をフリアゲた。ぱんって音がどこからか聞こえてね、
でも私がはたかれたんだって私にはわからなかった。パパがそんなことをするはずがないからさ。パパは亜美をはたいてからヒザを地面につけてね、亜美に抱きついて大声で泣き始めた。
約束してくれ、約束してくれ、二度とあんなことはしないと約束してくれ。そんなことをナンドもナンドも亜美に言ったよ。いつもミダシナミーに気を付けてるのに、ズボンのヒザがヨゴレてた。シャツにはハナミズとかナミダとかがついててばっちかったよ。私もナミダが出てきちゃってね。タブン、パパがあんまり亜美を強くシメアゲるから、イタかったんだと思うよ。
でもイタかったけどイヤじゃなかった。パパが私たちの前で泣いたのはその時だけだな。
ママはパパよりかはウルサイかな。でも、ガッコの友だちとかの話を聞いてると、やっぱりやさしいママだ。ナニより亜美たちには、ママにはゼッタイにアタマが上がらないワケがある。
それは、私たちを産んでくれたことだよ。ママは生まれつきカラダの弱い人でね。ジンゾウとカンゾウがうまく働いていないらしい。大きくなるのはムリって言われてたらしいよ。
それでもなんとか大きくなってね、パパと出会ってケッコンした。でも、ゲンジツってやつはお姫さまが王子さまとケッコンしてもハッピーエンドで終わったりはしないんだ。
ママは、パパの赤ちゃんが欲しくなっちゃったんだって。パパもパパのドウリョウも必死に止めたらしいよ。
ああ、亜美たちのパパはお医者さんでね、パパのドウリョウにはサンカセンモンの人もいたんだ。センモンの人に言われてもママは引かなかった。
ママはパパと話し合って、赤ちゃんを産むことにした。タタイニンシンなことがわかって、ママはイショを書いたそうだよ。
そんでパパのドウリョウさんに、私はどうなってもかまわないからこの子たちは助けて上げて、生かして上げて、って言ったらしい。
まあ、ケッカ的に亜美たちはブジに生まれてきて、ママも元気に生きてるんだけどね。去年、私たちはママがニンシン中に書いたイショを見せてもらった。
イショって言ってもただのビンセンでね、その表側イッパイに書かれてた。
「ごめんなさい、ごめんなさい。私のわがままであなたたちを母無し子にしてしまってごめんなさい。私はそれでもパパの赤ちゃんを、あなたたちを産みたかった。
許してくれなんて言いません。もし辛いことがあったら私を恨みなさい。母無し子と笑われたなら私を、あなたたちを産んで放って逝った私を恨みなさい。
でも、私以外の誰をも恨んではいけません。あなたたちは愛されています。何も出来ない母親だけど、私はあなたたちを愛しています。パパもあなたたちを愛しています。
千川さん(パパのドウリョウの人だ)も遠山さん(フチョーさんね。もう病院にはいないけど。テーネンなんだって)も、他にもたくさんの人があなたたちを愛しています。
あなたたちも誰かを愛しなさい。その人はあなたたちを愛さないかもしれません。それでもその人を愛しなさい。その人はあなたたちに愛されたことをきっと覚えていてくれるでしょう。
あなたたちではない誰かを愛するでしょう。そうやって愛は巡って行くのです。愛は広がって行くのです。
誰かを愛しなさい。これ以上できないというくらい誰かを愛しなさい。それと、最後にもう一度言わせてください。ごめんなさい。だめな母親で本当にごめんなさい。」
マイッタなって思った。これはもうどうしようもないよ。
亜美たちはしシッカリ生きていかなきゃならないんだなって思った。亜美たちはシアワセにならないといけないし、ダレかをアイしていかなきゃならないんだなって。
そうそう、ダイジなのを忘れてた。さっきからずっと「亜美たち」って私は言ってるよね? 実はね、亜美は双子なんだ。
真美っていうのがいてね。私たちは生まれる前からずっといっしょだった。ちっちゃいころは亜美と真美はつながってたんだよ。
はなれていても真美のことならゼンブわかった。真美がケガとかしたら、私も同じとこがイタくなるんだよ。
パパが言うには、シハイ的DNAのリクツーをオカルトまでカクダイすればセツメーできるんだって。亜美にはよくわからないけど。
とにかく、私はミタサレているよ。亜美には真美がいるんだから。
アイは広がって行くってママは言ってた。たぶんホントだと思うよ。亜美たちはジムショに入ってかけがえのない人たちに出会った。
ああ、ジムショっていうのは765プロダクションってゆーゲーノージムショでね。亜美たちはアイドルになろうと思ったんだよ。
真っ黒な社長さんにスカウトされてね、楽しそうだからって真美はオーケーした。亜美もね。でも、私がオーケーしたのはそれだけじゃなくて。アイを広げたいって思ったんだ。
アイを広げたい、たくさんの人にアイを知ってほしい、そう思ったんだ。…話がそれてるね? そこで亜美たちが出会ったかけがえのない人たちってのは、兄ちゃんとやよいっちだ。
二人に出会えたことは、きっとアイが広がったってことだと思ったよ。

「…いおりん、いいなあ」
真美がぽつりつぶやいた。私たちはジムショのテレビの中にいおりんを見つけて、ナンカかヘコんで外に出てきたんだ。
公園のブランコにゆられてさっきのいおりんを思い返す。テレビの中でいおりんは笑ってた。カガヤいてた。
「…いおりんまたテレビのオシゴトなんだね」
私はグチる。ウラヤましい。いおりん、って言ってもわかんないか。水瀬伊織っていうんだけど、いおりんは私たちより後から765プロに来たのに、あっとゆーまにデビューしてブレイクした。
いおりん歌うまいからねえ。ネコかぶるのも。
「…次はきっと私たちがデビューだよ」
私は真美にそう言った。チガウか、自分に言ったんだ。
「うん、そうだね!」
真美が私に乗って立ち上がった。うん、真美はそう言うだろうね。真美は、亜美の考えがわかってるからね。
「亜美ー、あんなところにネコちゃんがいるよ。行ってみよ!」
真美が私に手を伸ばす。スッゴい笑顔で。いおりんにも負けない笑顔で。
「オッケイ! 行こう真美!」
私も立ち上がった。他に答えなんてあるわけないジャン? 私はミタサレてる。ホントにミタサレているよ。
「ねえ亜美、このネコちゃんオスかなー? メスかなー?」
「どっちだろねー、真美ー?」
私は真美に答えた。ノラっぽいネコちゃんはたいくつそうにあくびをしてたから、とっつかまえた。カンタンにつかまっちゃって、ヤセーないのかな?
「それじゃ、ひっくり返してオマタ見せてもらおうかなー?」
真美がネコちゃんの前足を、私がネコちゃんの後ろ足をつかんで、せー、のっ!
「…嫌がってるよ、その子」
その時、声がした。男の声だ。見てみたら黒いスーツ?の若い人が立ってる。その人はなんかの紙を見た後に、亜美たちの方に歩いて来た。私たちがボケっとしてる間に、ネコちゃんは逃げた。
「双海亜美ちゃんに、真美ちゃんだね?」
その人は言った。パパとはチガウ声。社長ともチガウ声だ。もちろんチガウのはアタリマエだけどね、そうじゃなくてナニかがチガウ声だった。
「兄ちゃん、だれ? ナンで真美たちの名前知ってんの?」
真美がタズネた。うんそうだ。ナンで私たちの名前を知ってるのかな?
「俺か? 俺は」
その人はそこまで言うと空を見た。ナンビョーかして、もいちど亜美たちを見る。しゃがんで紙を持ってない手の親指で、胸をさした。
「俺は、今日からきみたちの、プロデューサーだ」
チカラヅヨク言ったよ。チカラが入りすぎているみたいだった。その兄ちゃんの右ひざのスーツが、公園の土でヨゴレていた。それが亜美たちと兄ちゃんの出会いだったんだ。
やよいっちと出会ったのはもう少し後でね。亜美たちがとりあえずけどデビューしてからだった。あの日はメズラシク真美がいない日だったよ。
うん、タイチョー悪いから行かないって真美が言いだしたんだった。実はサボりなんだけど、私はだまってた。
私はメズラシク兄ちゃんをヒトリジメできて、チョーシのっていおりんみたくオレンジジュース買いに兄ちゃんをパシらせた。
私だけ一人先にジムショに帰ったら、そこにやよいっちがいたんだ。オモシロイ子だったよ。
亜美たちより背え低くてシタタラズで。なのに中学生でよくお姉さんぶる。うん、オモシロイ子だったね。


私、高槻やよいはこれまでごくごく一般的な普通の中学生だった。どこにでもいるような、髪の毛を両側で縛った年相応か、それより下くらいに見られる普通の中学生。
私はよく舌足らずだと言われる。心の中では完璧に発音しているつもりなんだけど、声に出した途端皆に笑われたことがあるし、可愛いと言われたことがある。
同じ年代の女の子たちからそう言われるのは少しだけムッとしてしまう。それくらい私は普通だ。ただ少し、家が貧乏なのが普通じゃないのかもしれない。
いっぱい弟や妹がいるのも普通じゃないかもしれない。でも、だからこそ私は特売セールで主婦の人にも負けないくらいの力を手に入れることができていた。
それが学校の体育で発揮されることはなかったけれど、私はそれを嬉しく思っていた。
最近私の周りの子たちはよく恋の話や、愛の話なんかをしている。とは言っても中学生の会話だから、それほど深いものじゃないんだろうけど。
私はそれにすらついていくことが出来なかった。私には誰かを好きになる、これがよくわからない。お母さんやお父さんは好きだし、弟たちや妹も好き。
学校の友達も、先生も、隣のおばちゃんも、商店街の人たちもみんな大好きだ。でも私の知っている、好きという感情はこれでしかない。
彼女たちが話している好きと言うのは恋、なんて言われているものらしい。私はあの人が、私はこの人がと次から次へとクラスの男子の名前とか他のクラスの子の名前が聞こえてくる。
それが恋、というものらしい。私にはまだわからないけど、その話しを振られる時もあるから素直にいない、と答える。
そしたらやよいはまだ子供でいいねー可愛い可愛い、と頭を撫でられることがあった。心なしか馬鹿にされているような気もしたけれど悪気はないようなので私もムッとするだけだった。
その後も同級生たちは恋の話をしている。愛について喋っている。でもやっぱり今の私にはそれがうまくわからなかった。
いつだったか。私が買い物の途中で、ちなみにその日は特売セールでもやしが一袋なんと十円だった、買い物袋を持ちながら帰っているところへやたらめったら黒い人が私の前に現れた。
見知らぬ人にはついて行ってはいけないよ、そうお父さんやお母さんに言われて育ってきた私にとって黒い人は怖くてたまらなかった。
今思えばついておいで、と言われたわけでもないのに勝手にそう思った自分は失礼だなと思いしゅんとしてしまうがそれはまた別の話。
怖くてたまらなかった私が駆け出そうとすると、その黒い人は声を掛けてきた。
「君、アイドルをやってみないかね?」
そう言った。いきなりのことだったから最初は脳の中でうまく理解することができなかった。
そんな私を気に掛けてか、いきなり話しかけてすまないね、と言ってゆっくり私に説明をしてくれた。そうしてやっと私にアイドルをやってみないか、と尋ねていたことがわかった。
私が知っているアイドルはテレビに出て歌ったり踊ったりするとてもかわいい人。そんなすごい人に私が?
とっても不思議だった。だって私はこんなにも普通でアイドルなんかに向いていないと思う。どうしてこの黒い人はそんなことを私に言うのだろうか、それがとても不思議だった。
ともかく私一人では決められなかったから、断ろうとしたけれどその人は名刺をくれた。お父さんとお母さんに相談して必要ならばここまで電話をかけてくれたまえ。
そう言って優しく微笑んでどこかにいなくなってしまった。
家に帰った私は、帰り道であったことをお父さんとお母さんに話した。そしたら、怪しいことはされなかった? おかしなことはされなかった? と心配された。
怪しいことやおかしなことの意味がわからなかったけど、ともかくただ話をしただけと伝えるとお父さんがじゅわきを持ってどこかに電話をした。
めいしを見ながらかけてたから多分黒い人にかけたんだと思う。繋がった電話相手にお父さんは丁寧な言葉遣いのまま話しをし始める。
やがて私に、やよいはアイドルをやってみたいかい?とたずねてきた。お金がかかったりするだろうから、やめておこうかと思った。
だけど、好奇心のほうが強くて、ついやってみたい!と元気よく言ってしまった。そうしたらお父さんはまた電話に戻ってそのまま数分くらい話し続けて、電話を切った。
またお父さんが話しをしてくれて、今度の休日に一緒にアイドルになるための手続きをしに行こうって言ってくれた。とってもうれしかった。
でもその反面、申し訳ない気持ちもあった。だけど、やっぱりやってみたい気持ちのほうが大きくて、嬉しかった気がする。
次の休日、お父さんとお母さんと私はある建物に来た。765プロって言うらしい。少し古びていて、ところどころさびもあった。
扉を入って二階に上がると例の黒い人が座って待っていた。何かパソコンでカタカタしていたのだが、私たちが二階に入るとすぐにこちらに顔を上げた。
これはこれは、と言いながら頭を下げていた。それに対してお父さんもお母さんも、娘をよろしくお願い致します、と返していた。
しばらくお父さんとお母さんと一緒に私も黒い人の話しを聞いていたけど難しい言葉が多くて、頭の中はパンク寸前だった。
それを察したのか黒い人が、少しこの事務所を見てくるといい、あまり広くはないがね、と微笑みながら言ってくれた。
お父さんもお母さんもそうしなさいと言うから、私はこの小さな事務所を体験することにしたんだ。
黒い人が言ったとおり、あまり事務所は広くなくてあっというまに大体を見尽くしてしまった、けどまだ帰る気にはなれなかった。
小さな事務所から外に出てぼんやりと事務所を見上げていた。そしたら後ろから、
「あれれ? 新しいアイドルさん?」
と声をかけられた。振り返ってみたら、私と同じくらいの女の子がそこに立っていた。右側の髪を縛ってぴょこんと筆のようなへあーすたいるがかわいらしい女の子。
「ねーねー、名前なんて言うのー?」
いきなり名前を聞かれて少しだけ焦ったけれど、なんだか純粋無垢な瞳でずっと見てくるので、私は自分の可能な限りのすむーずな発音で自己紹介をした。そしたら、
「やよいっちってすっごくシタタラズで、オモシロイねー?」
面白い。初対面でそんなことを言うこの子のほうが面白い気がして、思わず私は笑ってしまった。シタタラズって言われた、でも何とも思わなかった。
それを見てふぐのように頬を膨らませる女の子。その仕草は更に女の子を幼く見せる。それがまた一段とほほえましくて、また笑ってしまって。
「あー! 今笑ったなやよいっち! ひどいよー!」
本当に面白い女の子だった。そんな積極的な女の子と仲良くなるのは早く、女の子は双海亜美という名前だって教えてもらった。
少し前からここでアイドル活動をしているとも聞いた。年齢は私より一つ下の12才で、それにとっても驚いた。そんな小さな子でもアイドルになれるんだと思って私は本当にびっくりした。
「おーい亜美ー!」
後ろから声が聞こえてきた。誰かが走ってくる。スーツを着てびしっとしたかっこうの若い男の人が、両手に飲み物を持ってこっちに向かってきている。
また知らない人に話しかけられるかも、と思ったけど走ってきたこの人は亜美の名前を呼んでいた。なら多分亜美のお知り合いだ。じゃ大丈夫と何故だか安心してしまった。
「もー、おそいよ兄ちゃんー。咽カラカラだかんね!」
「わかったわかった、ほら」
息を整えることもせずにすぐに右手に持っていたオレンジジュースを亜美に渡す男の人。受け取って素直に喜ぶ亜美。それはとても微笑ましくて、まるで兄弟みたいだった。
その男の人は私に目を向けてこう言った。
「君は亜美のお友達?」
「はい! いま、友達になりました! 高槻やよいです!」
「そっか、これからも亜美と仲良くしてね」
「はい!」
ありがとうの言葉と一緒に頭を撫でられた。すっごく優しくて気持ちがよくて、私にお兄ちゃんがいたらこんな人がいいな、なんて考えてしまった。
それくらいこの人は私にとっても亜美にとっても頼りがいがあるように見えていたのかもしれない。
後日、私はアイドル候補生というものになって。アイドルとしてデビューすることになった。
芸名はそのまま高槻やよい。そして私をプロデュースしてくれるのはなんと、あの男の人だと聞いて思わず喜んでしまい、弟妹たちとハイタッチをした。


ガッコが終わったからそのまま駅へ。駅にくっついてるアトレの中じゃおいしそうなスイーツにひかれたけどね、今日はガマンだ。兄ちゃんと約束してるからね。
「ルチアの桜シフォン、おいしそうだったねー」
山手線にゆられながら、私は真美に話しかける。
「でも高かったねー。シフォンケーキだけで780円はあんまりだよ。かんてら亭のヤキニク丼が二回食べれるよー」
真美が返してきた。ヤキニク丼もおいしいよね、たしかにさ。
「そうだ! 真美いいこと思いついた!」
「え、なになにー?」
真美がにんやりと笑う。
「『アイドル双海亜美』がブレイクしたらさ、兄ちゃんにかんてら亭のオシゴトとってきてもらおうよ! そしたらたくさん食べれるよー!」
うん、いいなそれ。だから、
「おー、なーいすあいでぃーあーだねー?」
私は返した。真美はかんてら亭のヤキニク丼好きだよね。私も好きだけど。でも私は兄ちゃんに、ルチアのお仕事をとってきてもらいたいな。
そんなことを考えてたら渋谷に着いた。電車を降りて改札を抜けて、兄ちゃんのいるジムショに行く。
「おっはよーん!」
「おっはよよよーん!」
ばたんってドアを開けてジムショにとびこんだ。私と真美があいさつしたら、
「おはよう、亜美ちゃん真美ちゃん。今日も元気ね」
ぴよちゃんからあいさつ返しされた。あ、ぴよちゃんってのは765プロの社員さんでね、ナンカすっごい人らしいよ。兄ちゃんが言ってたんだけど、
「小鳥さんは、俺らみたいな自由業とは違って固定給なんだ。定期収入うらやましいよな。そのくせ経費の領収書、お店のハンコが無いってだけで落とすんだぜ。鬼だな、あの人は」
なんだってさ。まっくろなシャチョーよかエライんだって。もちろん兄ちゃんよりも兄ちゃんの先ぱいのプロデューサーの人たちよりもね。
「おっはー!」
その兄ちゃんがしゅたって手を挙げた。私と真美はため息を吐く。ん、なぜかいつもタイミング合うんだよね。
「兄ちゃん、今どきおっはーはどーかと思うなー」
「それなんて前世紀? 真美たち生まれてないじゃん?」
うっし、さすが真美。でも亜美たち生まれてるよ。ライブじゃ見てないけど。
「うえ、伸吾ママってもう古いのか!?」
兄ちゃんうろたえてるうろたえてる。たのしいねー。
「あーもー、今の兄ちゃんのあいさつでテンションさがったー。テンションまっくろくろすけだよー」
お、真美が亜美をイッシュン見た。なぁるほどね。
「亜美たちは兄ちゃんにセイイあるシャザイとホテンを要求するよー。グタイ的にはデパ地下のケーキとか」
こうでしょこうでしょ真美? 私も真美の方に一瞬だけ目を動かす。兄ちゃんには絶対にわからないよ。
「あー、そういえば五反田アトレの中の、ルチアのケーキおいしそうだったねー?」
「そーそー、桜シフォンのケーキがねー。あとはルチアならチョコソースかけのガトーショコラもマストだよねー?」
私はちらっと兄ちゃんを見た。亜美と同じポーズで真美も兄ちゃんを見てる。
「…ケーキ屋のルチアってルチア・ベラコッタだろ? わかったわかった。仕事終わったら買ってやるから」
やったー、ぱふぇってやつだよ、ぱふぇ! …ナンデぱふぇなのかな? ケーキなのに。
「じゃあ、気を取り直して今日のスケジュールを発表だ! 今日は作曲家の先生との打ち合せに来てもらうぞ」
お、サッキョクカの先生ってことは!
「美たちだけの歌をつくるんだね!」
あ、真美に先こされた。
「そうだ、新曲だ。うまく行ったら二人のデビューシングルになる。んで、今日はどっちが行くんだ?」
兄ちゃんが言った。そうなんだよ。私と真美は二人で『アイドル双海亜美』をやってるんだ。オトノージジョーってやつらしくてね。
真美には悪いことしてるなあって思うけど、なんだか真美は気にしてないみたいだし、まいっか。
「私これはゆずれないよー? おもしろそうだし!」
「亜美もゆずれないよー? ゆずれるはずないじゃん!」
「それじゃ」
「いくよ?」
真美の目が光って私を刺す。私もにらみ返すよ。
『さいしょはグー、じゃんけんポン!』
「かったー!」
「ま~け~た~」
真美はグーで私はパー。私の勝ち! 真美がどう考えたかはだいたいわかるよ。
「さいしょはグー」で私が出したグーを見た真美は、きっとムイシキに「じゃんけんポン」じゃパーを出すと私が思って、勝つためにチョキを出すと思ったと思うんだ。
あれれ、よくわからないね?
「じゃ、真美は留守番だ。何しててもいいぞ。あ、俺のパソコンのブックマークにエロサイト入れるのは禁止な? 小鳥さん行ってきます」
「ケーキ屋さんの領収書持ってきても経費にはしませんからね、プロデューサーさん?」
「…へ~い」
あーもー兄ちゃん、亜美がなぐさめたげるから泣いちゃだめだよ?

「やあ、765さん良く来てくれました。そちらが双海亜美ちゃん?」
「こんにちは。よろしくお願いします」
サッキョクカの先生のジムショはオシャレなマンションの七階だった。一階がホテルみたいでさ。
天井からシャンデリアが下がってて、ロビーのすみっこにはグランドピアノ。受け付けかクラークかには女の人がいてベルマン?まで立ってた。すごいね。
「おい亜美、あいさつしろあいさつ」
あ、そうだったそうだった。
「双海亜美だよ~ん。おじちゃんよろしくー!」
ピースサインでポージング。ブイサインじゃないよ。なのに兄ちゃんは、
「もっとちゃんとやれ、ちゃんと」
ポカリ亜美の頭をたたいた。ベツにイタかないけどさ、それはないんじゃない?
「はっはっは、いいですよ765さん。子供は元気じゃないと。子供は笑っているのが一番良い」
サッキョクカのおじちゃんはシラガマジリのひげでにかって笑った。
「すみません。ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる兄ちゃん。亜美の頭にも手を伸ばしてきたけど、回避がカウンターストップしてる私をなめられちゃこまるな。ひらりと兄ちゃんの右手をかわす。
「こういう子、か。面白い子だね。ふんふん、イメージ湧いてくるね」
おじちゃんは左手で骨組みだけのギター?をつかんだ。足を組んでかまえる。
「亜美ちゃんは学校楽しいかい?」
「チョーたのしいよ! 友だちいっぱいいるし!」
おじちゃんが聞いてきたから、亜美は答えた。だってチョーたのしいから。
「じゃ、こんなんどうかな?」
おじちゃんはヘッドホンをかぶると骨だけのギターを鳴らそうとする。左手が細かく弦を押さえて、右手が弦をつまびいて。でも鳴らないよ? 鳴るわけないよね、だって骨組みしかないし。
「メロディこんな感じで、歌詞はえっと、♪授業はタイクツ 放課後どこいこ♪とか? どうこんなの?」
「…すみません先生。音、スピーカーから出してくれませんか? それじゃ先生しか聞けません」
兄ちゃんが言った。うん? 先生のヘッドホンには聞こえてるの?

「それでは、次はやよいの方連れて来ますから。失礼します」
「高木さんから聞いてるよ。別の子だね? 楽しみにしてるよ」
兄ちゃんとサッキョクカのおじちゃんがあいさつしてる。私もしないとね。
「おじちゃん、まったね~?」
「お前なあ、最後くらいしっかりあいさつしろよ。あいさつは大事だぞ。すみません先生。次までに仕込んどきますから」
私と兄ちゃんはサッキョクカのおじちゃんの部屋を出た。むー、兄ちゃんがヒドい。仕込むって犬の芸じゃ無いんだから。
兄ちゃんはイソギアシでエレベーターホールに行くと下のボタンを押した。
「兄ちゃん、亜美を犬みたく言わないでよー」
私は兄ちゃんの背中に言った。でも兄ちゃんは振り向きもしない。それ失礼じゃない? 文句を言おうとしたらエレベーターが来た。兄ちゃんがエレベーターに乗る。亜美もちかたないから乗る。兄ちゃんが閉まるのボタンを押して、エレベーターが閉じた。
「ちょっとにいちゃ」
「亜美良くやった!」
ひゃ! いったいなに? いきなり兄ちゃんが抱きついてきたよ!?
「良くやったぞ亜美! 先生にめっちゃ気に入られたな! えらいぞ。亜美は最高だ!」
すぐに私を引きはがすと、私のアタマをなでた。髪にナニかがべっとり着く。これって、汗?
「…兄ちゃん、その手」
「うお、俺こんな緊張してたのか。悪かったな亜美。事務所帰ったらシャワー浴びろよ」
いや、それはどうでもいいけどね。よくないか。シャワーは浴びるけどね。
「兄ちゃん、そんなキンチョーしてたの?」
「してたぞぉ。当たり前だろ、亜美。今でこそ一線は退いてるけどな、音楽バブルのころはミリオン連発してた作曲家先生だ。
社長が無理に頼み込んで、歌う本人を見て受けるか決めるって言われてたんだ」
え、ええ?
「三十分しか会えない約束だったのに、見ろ、もうすっかり夜だ。歌も半分くらいは形になってた。亜美、お前の手柄だ!」
兄ちゃんはも一度亜美の頭をなで回した。兄ちゃんの手の汗のせいで髪はぐしゃぐしゃ。でもイヤじゃなかった。
兄ちゃんのちょっとくさい汗のにおいを、忘れないようにしようと思った。ヘンタイかな?
そうそう、兄ちゃんとあと私もだけど、ルチアのシフォンをウッカリ買い忘れて、真美とナゼだかぴよちゃんにめっちゃ怒られた。


私と亜美と真美はほとんど一緒にいる。どれくらい一緒かと言えば、週何日かは必ず亜美と真美が家にいるくらい一緒にいる。
亜美たち曰く昭和のかほりが漂うメトロな街でぐー、らしい。メトロってなんだろう、と未だに悩んでいたりする。
とにかく、私たちが一緒にいるときはこれ美味しそうだねー、とか伊織ちゃんがんばってるねーとかそんなことばかり話していた。
アイドルとしてデビューしたといってもまだまだ私たちには、ち、ちめいど?が足りないみたいでお仕事もあんまりないみたい。
でも亜美と真美にはすっごい先生から曲がもらえるみたいで、すごく羨ましかった。
そして私も今日、その先生と会いに行くらしい。朝からプロデューサーがソワソワしている。さすがにそこまでされると私も不安になってきちゃう。
今日は雨で、絶好の晴れの中で元気いっぱいに!とできないみたいで残念。だけどそれでも私なりにいつも通り、ううん、いつも以上に大きく挨拶をしよう。
れいぎとかはまだわからないけど、それが私ができるせーいっぱいのれいぎ、だと思う。
「よーし、それじゃやよい、準備はいいか?」
準備と言われても何かを持って行くわけじゃないから何も持ってないけれど、元気な挨拶の準備だけはいつでもばっちりだ。
「はい!」
「よし、行くぞ!」
私たち二人をじーっと見ている小鳥さんの視線にプロデューサーは気付いていないけど、多分この間買い忘れたケーキを買ってきて欲しい、という合図なんじゃないかな?
このままだと小鳥さんはケーキを食べられないけど、今は伝えられるふいんきじゃないからやめておこう。あとでこっそり教えよう。

「やあやあ、待ってたよ。雨の中ご苦労さま」
「いえ、またお時間を頂けて光栄です」
「その子が、高槻やよいちゃんかな?」
「はい。ほらやよい、挨拶」
…すごい部屋だなぁ。豪華ってこういうことを言うんだろうなぁ。なんだろうあれ? あっちにあるのも何に使うんだろう?
さっぱりわからないけど、壊しちゃったら取り返しのつかないことになりそうなものばかりでちょっと緊張しちゃうな。
うわぁ大きなピアノ、亜美が言ってた通りだ。学校の音楽室にあると同じくらい大きいなぁ。
「やよい、おーい、やよい…!」
「えっ、あっ、はい! わた、私、高槻やよいです! よろしくお願いしまーす!」
「ばっ、声が大きい! 先生にご迷惑だろう!」
い、いきなりで驚いちゃっていつも以上に大きな声で自己紹介しちゃった。うぅ~なんだか先生も口を開けてぽか~んとしてるよ。どうしようどうしよう。
あっ、確かこういうときは手のひらになにか、もじ?を書いてからそれを飲むと落ち着けるって聞いたことが。で、でもでも! 何を書けばいいんだっけ? えと、えーっと…。
「や、やよいー…」
「…あっはっはっは! いやー君たちは面白いね!」
うわぁ! こ、今度は急に笑い出した! どどどどどうしよう、何かおかしなことでもしちゃったのかな?
えーっと、髪もお母さんにくしでとかしてもらったし服もあんまりよれてない、ちょっとはよれてるけど、でもでもお気に入りの服だし。
あっ、もしかして今日朝食べてきたおにぎりの海苔が歯にくっついているとか? 前歯にかな? 下、上? どどどどっちだろう!?
「やよいちゃん、落ち着いて。大丈夫。君は、何もおかしなこと、してないから」
「は、はい!」
「うんうん、大きな声で結構だよ。亜美ちゃんのときにもいったけど子供は元気で笑ってるのが一番だからね。やよいちゃんは元気部門で間違いなく一等賞だ」
よ、よかったー…。怒ってるわけじゃないみたいで本当によかった…。でも私が元気部門で一番になったってどうしてしってるんだろう?
小学生のときのアルバムにしか書かれていないのに。やっぱりこのおじさんはすごい人なのかな。
「亜美ちゃんともまた違った子供らしさ、整ったとでも言うのかな。同じような子がくるかと思ったけど、良い意味で裏切られたなぁ」
「は、はは」
「さすが高木さんと言ったところかな? ところでやよいちゃん」
お、落ち着いて。大丈夫、いつも通り元気にいけば平気。
「はい! 何ですか?」
「これも亜美ちゃんに聞いたことなんだけど、学校は楽しい?」
「はい、すっごく楽しいです! ………ぁ」
けど、それだけじゃない。私のわからないこと、それだけは楽しいと思えない。どう感じればいいのかわからない。
だからすっごく楽しい、けど。何と言ったらいいかわからない、けど、学校のみんなに置いていかれちゃうような、不安っていうのかな、そんなものがある気がした。
でもなんて言ったらいいのか、伝えたらいいのかわからない。
「楽しいんですけど、えーっとその、何て言うか、そのー」
「ほ、ほらやよい。ちゃんと先生に伝えなきゃ、な?」
「うぅ~そのーえっと、うぅぅ~」
「…ふむ、君は亜美ちゃんよりも大人なんだね。楽しいだけじゃない、どこかに不安を感じている。でもそれが何なのか自分でもちゃんとわからない、だから伝えられない」
うわっ! すごい! もしかしてこの人は噂のエスパーという人なのかもしれない。そうじゃないとどうしてこんなに私の考えていることがわかるのか、がわからない。
「そうかそうか。うんうん、できてきたできてきた。歌詞のタイトルはずばりGO MY WAY!かな。迷うこともいいけれど、やよいちゃんには突き進んでもらいたいな、GOMYWAY GO前へってね」
「す、すごいですね。亜美のときも早かったけど、今回はもっと早い」
「それだけ亜美ちゃんもやよいちゃんも個性があるってことだね。ちゃんとプロデュースしてあげなよ?」
「は、はい!」
「しかし、亜美ちゃんとやよいちゃんの担当は君なのかい?」
「はい、そうです」
「この二人はデュオでやるのかな?」
「いえ、ソロでお互い個別に」
「ふ~ん…」
あっ、亜美が言ってた通りお髭をもじゃもじゃしてる。何かを考えているのかな? …でも何だかサンタさんみたいなお髭だなぁ。もしかして、エスパーサンタさん?
「そっかそっか。うん、良いイマジネーションが湧いたよ。もう一曲できそうだ」
「す、すごいですね」
「う~んでもまあ、これは二人向けじゃないかな。もしかしたら二人とも歌いたいと思うときがくるかもしれないけど」
二人って、私と亜美のことかな? それでもともと私たち向けじゃないけど、いつか歌いたくなる歌? なぞなぞかな。うーん、難しい。
そのなぞなぞの答えはわからないまま、私とプロデューサーはしばらくエスパーサンタ先生さんと話していた。

「うん、あと少し残ってるけどもう平気かな」
「わかりました。またなにかあれば、こちらのほうにお伺いします」
「よろしく頼むよ。それじゃやよいちゃん、またね」
「はい! 今日はありがとうございましたー!」
私なりのめいっぱいのれいぎ、思いきり頭を下げて笑顔でお礼を言う。これが正しいのかはわからないけど、私なりに心を込めた最高の挨拶だったと思う。
そのまま私とプロデューサーはえらい先生にもう一度おじぎをしてエレベータへと向かう。その途中でプロデューサーが独り言のように私に話しかけてくる。
「最初はどうなることかと思ったけど、結果的にはやよいの新曲も形になってたし何だかはわからないけどもう一つ曲ができたっぽい。何にせよ…やったな、やよい!」
そうして右手を私の頭に乗せ、ようとしたところでピタっと止めた。おまけに慌てて引っ込めた。撫でてくれるのかなーって期待していた自分がちょっと恥ずかしい。
そう思っていたらプロデューサーは、ポッケからハンカチを取り出して両手をふきだした。
「うわあ、相変わらずすっごい汗だな。一回会ったくらいじゃ発汗量は変わらない、か。ハンカチ持ってきてよかった」
…亜美が言っていた。おじちゃんと話が終わって外に出たとき頭を撫でられたんだけど、汗べっとりでシャワーで大変だったーとか。話してた亜美はやけに嬉しそうだったけど。
汗くらいなら私も構わないけど、少し気にしているのかな。そう考えていたら、汗を拭き終わったのか、プロデューサーがゆっくりと私の頭に手を乗せて撫で始めた。ゆっくり、ゆっくりと。
「えへへー嬉しいです!」
「おう! 俺もやよいと同じくらい嬉しいぞ! 二人のデビュー曲が形になりつつあるんだからな!」
そう言いながらガッツポーズを取るプロデューサー、本当に嬉しそう。私も自分の歌ができるのが嬉しかったし、頭を撫でられたのも嬉しかった。
でも、抱きしめてくれないのがちょっと残念かなーって。恥ずかしくて言えないけど。あっ、言えないで思い出した。
「そういえばプロデューサー」
「ん? なんだ?」
「小鳥さんがケーキ買ってこーいって目でプロデューサーのこと見てましたよ!」
「おおう、それは貴重な情報だ。即座に買って帰ることにしよう! サンキューやよい!」
そう言ってプロデューサーまた頭を撫でてくれた。えへへー。でもでも、これも嬉しいけど一番やりたいこと。少しだけせがんでみちゃおう。
「プロデューサー、右手出してください!」
「お、おう!」
「それじゃいきますよー! ハイ、ターッチ! イェイ!」
「い、イェイ!」
それが最初の私とプロデューサーのハイタッチ。もちろんだけど、とってもとーっても!嬉しかった。


「あ~あ」
私はため息を吐いた。ここはいつものジムショ。ガッコ行くより早く起きてジムショに来たのにさ、私はお留守番なんだ。ジャンケンに負けちゃってね。
「…真美、いいなあ。オーディションかぁ」
私と真美が朝イチからジムショに来たのはオーディションのためなんだ。『アイドル双海亜美』の初めてのオーディション。
もちろん私も真美もゆずる気なんてなくて、今日もジャンケンになった。三度のあいこの後で、亜美がチョキを出したら真美はグーだった。
「つまんないよ~」
私は足をばたつかせる。今日は土曜日だからぴよちゃんもいない。
兄ちゃんのパソコンの壁紙をエロエロ~なロリータ画像に替えるのはやっちゃったし、兄ちゃんのロッカーにあずさお姉ちゃんのステージパンツもかくしといた。
他に何か楽しいイタズラないかな?
「おはようございまーす!」
とか考えてたら、ジムショの入り口から声。これって、やよいっち?
「やよいっちおはよー。やよいっちもお仕事?」
「あれ、亜美だけ? 真美はどうしたの?」
お、すごい。また亜美と真美一瞬で見分けた。これできるの、やよいっちと兄ちゃんだけなんだよね。今日はリボンの位置で『アイドル双海亜美』にしてるのにさ。
「真美はオシゴト行ったよん。兄ちゃんもいっしょ。あれれ? 兄ちゃんいないのにやよいっち何しに来たの? 時間マチガエた?」
やよいっちのプロデューサーも兄ちゃんだ。やよいっち一人でオシゴトなのかな? 中学生だから?
「あー、うん。私、今日はお仕事じゃないよ」
やよいっちは何だか恥ずかしそうに言うと、キュートー室に入ってった。
「ぴよちゃんのバターサブレでも食べるのー?」
「そんなことしないよー」
言い返しながら出てきたやよいっちの右手にはバケツ、左手にはぞうきん。うん、もしかして?
「…掃除すんの?」
やよいっちはやっぱり恥ずかし気にうなずいた。

「ナンデやよいっちが掃除なんてするのさ?」
私だけ立ってるのもねって思ってさ、まっくろ社長の机をふいてみる。んで、ふきながらやよいっちに聞いてみた。
「うーん、何でって言われると」
社長室の反対の方をホウキではきながら、やよいっちは考えてるみたい。
「…私は掃除ができるから、かなあ」
…うん? やよいっちは掃除ができるから掃除をする? やよいっちはぺらって言ってるけど、それってスゴクない?
「私は、いちおーアイドルだけど、歌へただし。お仕事もあんまりないし、みんなに迷惑ばかりかけてるけど、掃除はできるから」
「やよいっちは掃除が好きなの?」
私は聞いた。それならわかるから。人の趣味はそれぞれだしね。
「うーん。好き、ってわけじゃ無いと思う」
とか言ってくる。ああ、やっぱりだ。やよいっちは掃除ができるから掃除をする。私にはできないな。だって掃除つまらないし。
「亜美、みんなには言わないでね。恥ずかしいし」
スゴイのに、知られたくないらしい。ママのことが頭に浮かんだ。亜美たちのママ。亜美たちを産みたかったから産んだ、命をかけて産んだママ。ちょっとチガウけど、ちょっとニテルかも。
「やよいっち、買い物に行こうよ!」
だから私は言った。やよいっちはスゴイから。
「亜美、兄ちゃんから亜美たちとやよいっちの服を買っとけって言われてたんだ。忘れてたよー」
兄ちゃん、ごめんね。兄ちゃんのへそくり使うよ? 一応リョーシューショもらってくるから、ケーヒになるといいね。

渋谷の駅前ヨコギって、宮前坂をドンドコ登る。ボロっちい雑居ビルの三階がモクテキチだ。
「はるるんオススメ、渋谷で服を買うなら古着屋モール!」
別にそんな名前が付いてるわけじゃないけどね、ナントナク。あ、はるるんってのはやっぱり765プロのアイドルさんなんだけど、まあ説明はいいよね?
「うわあ、ちっちゃなお店がいっぱい…」
やよいっち驚いてる驚いてる。ゴミゴミしたこの階は、通路にまではみ出して服を売ってるんだ。はるるんが言うにはホリダシ物が多いらしいよ。
「それじゃ、やよいっちのコーディネートを考えるよ。う~んとね」
私は考える。やよいっちをどうエンシュツしてどうインショー付けるか。あれ、これってプロデュースっぽくない? 亜美ってやよいっちのプロデューサーっぽくない? よーし!
「ヒラメいた! やよいっちにはね、イガイセーが必要だよ!」
「い、いがいせえ?」
あは、やよいっちひらがなだ。
「そうだよー! やよいっちのよいとこは元気なとこだよ。でもトレーナーにジーンズで元気いっぱいじゃ、予想のハンチューなんだな。んで!」
私は周りを見回す。小さな古着屋さんがいっぱい。いろいろいろいろ下がってる。あ、あれだ!
「まずは、オレンジギンガムのシャツ!」
やよいっちにちょいとオシャレ目のブラウス?を投げた。ハンガーごと。やよいっちがアワテテ受け取ってる。
「次は、インド綿の巻きスカート!」
ホントにインド綿かはわからないけどそんな感じのやつ。茶色でざっくりした生地のロングスカート。
「アウターは、生成りデニムのジャケット!」
これこれ、このジャケットがあったからこのコーディネートにしたんだよ。洗いざらして白くなったジーンズ地も良いけどね、生成りの白はもっと好き。少しクリームかかった白。
「最後は、首元にオレンジのバンダナ!」
ブラッドオレンジの皮の色のバンダナだ。シャツもだけどね、オレンジはやよいっちの色だから。
「じゃ、やよいっち試着して来てね。シチャクシツあっちだよ」
「う、うん」
はれ? ナンデやよいっち困ったアイソ笑いなのかな?

「こ、これでいいのかな?」
シチャクシツから出て来たやよいっちに、どっかのお店のお兄さんがヒュウとか口笛を吹いた。
よく似合ってる。亜美は首に巻くつもりで渡したバンダナは、三角巾みたいに頭にかぶってた。それも似合ってた。
「かわいいよやよいっち! サイコーだよー!」
私は叫んだ。やよいっちはえへへとか笑ってる。
「でも、かわいすぎないかな。こんな長いスカートなんて初めてだし」
不安げに、でもキラキラとキタイした目で亜美を見る。
「そんなことないよ! すっごく似合ってるよー! やよいっちはチョーかわいんだから!」
やよいっちはかわいいから、かわいいって思ったから、それを伝えたいよ、私は。
「そう、かなあ」
「あとは、このいつもポシェットでカンペキだね!」
ニエキラナイやよいっちに、着替え中アズカッテたポシェットを私は頭からかけてあげた。
「ハンバーガー?のポシェットも笑ってるよ。やよいっち、かわいいって!」
うん、笑ってる。いっつも笑ってるけど言いっこなし。だって、
「ありがとう、亜美」
やよいっちが、そう笑ってくれたんだからさ。

「タイリョーだったねー」
あのあとも亜美たちの服とやよいっちの服をバカスカ買った。
いくらはるるんオススメの激安古着屋通りでも、兄ちゃんから借りた一万円は軽ぅく吹っ飛んじゃったし、亜美の今月のオコヅカイも無くなっちった。まいっか、楽しかったしね。
「私、こんなたくさん服を買ったの初めてかも…」
やよいっちも両手の紙袋いっぱいに服を持って、ナンダカまた困ったような顔をしてる。
「芸能人って大変なんだな。もっと身だしなみ、ちゃんとしなきゃいけないんだ…」
ぶつぶつつぶやいてるよ。ん?って思って声をかけようとしたら。
♪悩んでもちかたない♪
聞いたことのある歌が、聞き慣れ過ぎた声が、耳に入った。
「亜美、あそこ!」
やよいっちが指さすその先。渋谷108のオーロラビジョン?の中。
♪ググってもしかたない♪
ピンクのステージ衣装を着て、いおりんみたいなすっごい笑顔で、「私」が歌ってた。
♪迷わずに進めよ 行けばわかるのさ♪
ナンにも迷ってない顔。ナニモカモがわかってる顔。あれが、『アイドル双海亜美』。あれが、真美。私は左手を握っていた。気付けば固く固く握っていた。
♪ヘコんじゃった時は 一発泣いて そして復活するのさ♪
「うわあ、真美オーディションだったんだね。受かったんだね。すごいなあ」
隣のやよいっちをちらりと見た。笑ってる。やよいっちもいおりんみたいに、真美みたいに笑ってる。ココロから真美のテレビシュツエンを喜んでいる。
ジシンがあるわけ? 自分もすぐに届くって、あんなになれるって。
♪そんでもダメなら シャワー浴びて そのまま爆睡するのさ♪
こっちは、ベッドにこもりたいくらいなのに。背中に汗ダラダラだけど、シャワーなんてどうでもいいくらいにさ。


私はまた事務所の掃除をしていた。帰ってくるなり掃除掃除と思ってしまうのは、アイドルとしてダメなんだろう。でも、心よりも体が先に動いてしまう。
掃除しているときはあまり考え事をしないから、ただ掃除をする。けど今日は少し考えているんだ。

とっても素敵な洋服を探して、買ってくれた亜美との楽しい一日。それが今日。…だったんだけど最後の最後で少し変だった。
はつらつな声、元気な踊り、とびっきりの笑顔の真美。ファンの皆さんには双海亜美としてだったかな、そのアイドル亜美がTVに出ていたのだ。
私は、嬉しかった。あれだけ一緒に話して絶対に一番のアイドルになろうとか、伊織ちゃんにも負けないよう頑張ろうって言っていた真美がTVに出ている。
真美の、勿論亜美もだけど、二人の努力が報われて本当に良かったと思って、少しだけ涙目になりながら笑ってそのTVを見ていた。
私がこうなんだから、きっと亜美も喜んでいるんだろうと思って話しかけようと亜美に振り向いた。そしたら。
まるで、なんていうのかわからないけど、えっと例えるなら、このよのおわり? そんな顔をしていて、喜んでいるようには見えなかった。
口が半開きで、瞬きもしないでただ真美が出ているTVを見つめる亜美。私は少しだけ怖いと思ってしまった。友達にこんな気持ちを持つのはいけないと思ったけど、どうしても怖かった。
「…じ、ゃない」
「あ、亜美?」
「…ちょっと疲れちゃった、悪いけど先に帰るね。ごめんやよいっち、またね」
「え、あ、亜美!」
それだけ言い残して亜美は走って駅のほうへ行ってしまった。いつものような無邪気で楽しそうな走り方じゃなくて、たまに見る大人の人の急いでるときの走り方。
そして亜美が言った一言。最初のほうがあまり聞こえなかったけど、私にはなんとなく、でも多分それがあたりだと思えるくらいに。

むりじゃ、ない

そう、だと感じた。
亜美には悪いけれど、どうしてもそんな亜美が怖くて怖くてたまらなかった。一方では真美のTVも終わって、そこにいる理由は何もないのに、私はずっと動けなかった。

今日は素敵なこととちょっとだけ怖いことが同時に起きて頭の中がごちゃごちゃだ。私はあんまり頭がよくないからごちゃごちゃを整理するのには時間がかかる。
掃除とかなら体の感覚で覚えることができるけど頭の中だとやっぱりダメだ。掃除をしていれば何とかなるかなと思ったけど、ダメみたい。
それくらい今日の亜美は不思議なほどに怖かったんだろうか? うん、考えれば考えるほどごちゃごちゃが広がっていく。確かこういうのをどつぼにはまるって言うんだっけ。
ぼんやりしながら雑巾で拭いている机を見る。…あれ? ここはさっき掃除した小鳥さんの机だ。気付かないうちに二回目に突入しようとしていたらしい。
一度頭をあげて周りを見渡せば全ての机は雑巾掛けされていて、窓から差し込む光に照らされてぴかぴかしていた。
いつもならこのまま掃除も終わりにするけど、今日は少しでも動いていたい。じゃないとあの時の亜美の顔が焼きついて離れてくれない。
このままじゃ明日になっても私は亜美を怖いと思ってしまうかもしれない。そんなの友達としてよくないと思うし、私だって嫌だ。
だから今日は徹底的に掃除をしようと意気込んで社長の机を掃除しようとして、そこで止まる。
この机は今日は亜美が拭いていた。私と話すついでだったからあまり綺麗になっていなかった。
…私はまだここを掃除してない。てっきりしていたものだと思っていたのに。
いつもならそんなことはないはずなのに、どうして今日に限って

この机を、今日、亜美が、拭いた。

…なんだろう? 今日は私もあまり私らしくない気がする。じゃなきゃ今思ったことを、思うことなんてない。今日、この机を亜美が拭いた、だから私はこの机に近づかなかった。
今日すごく怖いと思った亜美が、拭いた机だから。でも最初に事務所で会ったときは怖くなんてなかった。いつもどおりだった。
それじゃいつから? 亜美を怖いと思ったのはいつから? そんなの、私にわかるわけが
亜美が、真美をTVで見たときから。
…正確には『アイドル双海亜美』だけど、亜美にとっては真美に見えていたはず。私にも真美にしか見えなかったけど。
あれからすぐに亜美は帰ってしまった。ゆっくり思い出してみると、おでこにうっすら汗を掻いていたし、表情もいつものように明るくなかった。
でも、どうしてかな? 亜美と真美は二人でアイドルしてるから、デビューしたことはきっと嬉しいことだと思う。
何より私たち三人は仲良しさんで、誰かがTVに出ればそれだけで喜ぶんじゃないのかな?
亜美はどうしてあんなに、あぜんとして真美を見て、辛そうな顔で帰ったんだろう。…辛そうだった? えっと、それは、つまり
「たっだいまー!」
体がびくっとする。…この声は、亜美?
「あれれ? やよいっち、亜美はー?」
違う、亜美じゃなくて真美のほうだ。いつもなら声だけでも亜美か真美かわかるんだけど、全然区別がつかなかった。
「こら真美! いきなり走り出すな。追いかける方の身にもなってくれ」
後ろから顔を出したのはプロデューサーだった。二人とも今帰ってきたみたい。真美のほうはまだまだ元気いっぱい、でもプロデューサーはちょっと疲れてるみたいだ。
「ん、やよいだけか? 亜美もいたはずだよな?」
「二人で出かけたんですけど、ちょっと疲れたからって先にお家に帰りました」
「ねーねー、出かけたってドコに?」
真美がかけ寄ってきて私の両肩を掴む。まるで子犬のように目を輝かせていて、とっても可愛かった。
私は後ろにある洋服が入った袋をちらっと見ながら返事をした。
「渋谷にある春香さんおすすめのすっごく安い古着屋さん通り、って亜美は言ってたよ?」
「ウッソー!? 真美もチョー行きたかったのに、ズルいよやよいっちー!」
がくがく私の両肩をつかんだまま腕を振る真美のせいで私も前後にがくがく揺れる。本当に行きたかったんだって伝わってくる。
「しかし、結構な量だぞこれ。お金はどうしたんだ?」
「えと、亜美が全部出してくれたんですけど」
「…嫌な予感がする」
すぐにプロデューサーが自分の机の前までいって、がさごそ探し始める。そういえば亜美もプロデューサーの机から何か取り出していたような…。
「うくっ、やっぱり…隠していた諭吉さんがなくなってる。へそくり、ばれてたのか」
…えっ? つまりこの洋服のお金って、つまりその。プロデューサーの、お金で買っちゃったの?
「ごごご、ごめんなさい! 私そのっ! プロデューサーのお金だって知らなくて!」
「…いいよいいよ。その様子じゃ取っていったのは亜美だろ? やよいには何も言ってないみたいだし。ちゃんと買った服を着てくれればいいから」
「じゃあ真美のも!」
「それとこれとは話しが別だ。亜美だって買っただろうし、そっちに交渉しなさい」
「なんだよー! これはもうヘンケンだー! サベツだー! カクシャサカイだー!」
言葉の意味はわからないけど、最後が間違ってるのはわかる。確か、かくさしゃかい、が正しいと思う。意味は、やっぱりわからないけれど。
「なんともで言いなさい。それとかくしゃさかいじゃなくて格差社会な」
あ、合ってた。
「しっかし、次は亜美に仕事だって話しをしようと思ってたのに、いないんじゃな…」
「なんなら真美がもっかいやろうか?」
「交代制って決めただろう? 喧嘩しないのと、体力を考えて。急いでもないからまた明日伝えればいい。それよりやよい、どんな服なのかちょっと着てみせてくれよ」
「おっ、やよいっちのタンドクファッションショーだねー?」
「は、はい!」
いきなりのことで驚いたけどプロデューサーがそうしてくれって言うならそうしよう。あと素直に、プロデューサーに見せたいなって思ってたし。
もでるは私で、お客さんはプロデューサーと真美だけのふぁっしょんしょーが始まった。
プロデューサーも真美もかわいいって言ってくれて嬉しかった、けど。真美の顔がときどき、今日の亜美の顔と重なるのが怖かった。
重なって見えたのかな? それとも、真美もそんな顔をしていたのかな? 
あと、私にはお仕事こないのかな?
「…プロデューサー! ハイ、ターッチ!」
「お、おう! ハイ、ターッチ!」
「あー! 真美も真美もー!」
心の片隅でそう思ってしまったことを忘れたくて、私はプロデューサーにいきなりハイタッチ。プロデューサー、真美も一緒にハイタッチして、三人で笑った。
明日、亜美が来ても私は笑えるだろうか。うん、大丈夫、きっと大丈夫。私らしくもなく今日は考え込んでしまったけど、明日は亜美と、プロデューサーと一緒に笑おう。
2012.12.25 Tue l アイドルマスター l COM(0) l top ▲

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