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2012/12/25 (Tue) 私たちの物語 ~コイバナ~

分割なしver(19万字程度)













私はミタサレている。私はミタサレてるんだよ。そんなことを考えるようになったのは最近だけどね。私はミタサレているんだ。
亜美たちのパパはメッチャ甘い人でね、亜美たちをしかられたことなんて両手あればかぞえられちゃうんだよ。
一度だけ引っぱたかれたことがあったね。亜美たちが三年生の時だったよ。私はうっかり道路に飛び出しちゃってさ、そしたら私の目の前ホンの5ミリをでっかいトラックが走ってった。
道路の向こうにいたパパがクラクションならされながら亜美の方に走って来て、前まで来たら右手をフリアゲた。ぱんって音がどこからか聞こえてね、
でも私がはたかれたんだって私にはわからなかった。パパがそんなことをするはずがないからさ。パパは亜美をはたいてからヒザを地面につけてね、亜美に抱きついて大声で泣き始めた。
約束してくれ、約束してくれ、二度とあんなことはしないと約束してくれ。そんなことをナンドもナンドも亜美に言ったよ。いつもミダシナミーに気を付けてるのに、ズボンのヒザがヨゴレてた。

シャツにはハナミズとかナミダとかがついててばっちかったよ。私もナミダが出てきちゃってね。タブン、パパがあんまり亜美を強くシメアゲるから、イタかったんだと思うよ。
でもイタかったけどイヤじゃなかった。パパが私たちの前で泣いたのはその時だけだな。
ママはパパよりかはウルサイかな。でも、ガッコの友だちとかの話を聞いてると、やっぱりやさしいママだ。ナニより亜美たちには、ママにはゼッタイにアタマが上がらないワケがある。
それは、私たちを産んでくれたことだよ。ママは生まれつきカラダの弱い人でね。ジンゾウとカンゾウがうまく働いていないらしい。大きくなるのはムリって言われてたらしいよ。
それでもなんとか大きくなってね、パパと出会ってケッコンした。でも、ゲンジツってやつはお姫さまが王子さまとケッコンしてもハッピーエンドで終わったりはしないんだ。
ママは、パパの赤ちゃんが欲しくなっちゃったんだって。パパもパパのドウリョウも必死に止めたらしいよ。
ああ、亜美たちのパパはお医者さんでね、パパのドウリョウにはサンカセンモンの人もいたんだ。センモンの人に言われてもママは引かなかった。
ママはパパと話し合って、赤ちゃんを産むことにした。タタイニンシンなことがわかって、ママはイショを書いたそうだよ。
そんでパパのドウリョウさんに、私はどうなってもかまわないからこの子たちは助けて上げて、生かして上げて、って言ったらしい。
まあ、ケッカ的に亜美たちはブジに生まれてきて、ママも元気に生きてるんだけどね。去年、私たちはママがニンシン中に書いたイショを見せてもらった。
イショって言ってもただのビンセンでね、その表側イッパイに書かれてた。
「ごめんなさい、ごめんなさい。私のわがままであなたたちを母無し子にしてしまってごめんなさい。私はそれでもパパの赤ちゃんを、あなたたちを産みたかった。
許してくれなんて言いません。もし辛いことがあったら私を恨みなさい。母無し子と笑われたなら私を、あなたたちを産んで放って逝った私を恨みなさい。
でも、私以外の誰をも恨んではいけません。あなたたちは愛されています。何も出来ない母親だけど、私はあなたたちを愛しています。パパもあなたたちを愛しています。
千川さん(パパのドウリョウの人だ)も遠山さん(フチョーさんね。もう病院にはいないけど。テーネンなんだって)も、他にもたくさんの人があなたたちを愛しています。
あなたたちも誰かを愛しなさい。その人はあなたたちを愛さないかもしれません。それでもその人を愛しなさい。その人はあなたたちに愛されたことをきっと覚えていてくれるでしょう。
あなたたちではない誰かを愛するでしょう。そうやって愛は巡って行くのです。愛は広がって行くのです。
誰かを愛しなさい。これ以上できないというくらい誰かを愛しなさい。それと、最後にもう一度言わせてください。ごめんなさい。だめな母親で本当にごめんなさい。」
マイッタなって思った。これはもうどうしようもないよ。
亜美たちはしシッカリ生きていかなきゃならないんだなって思った。亜美たちはシアワセにならないといけないし、ダレかをアイしていかなきゃならないんだなって。
そうそう、ダイジなのを忘れてた。さっきからずっと「亜美たち」って私は言ってるよね? 実はね、亜美は双子なんだ。
真美っていうのがいてね。私たちは生まれる前からずっといっしょだった。ちっちゃいころは亜美と真美はつながってたんだよ。
はなれていても真美のことならゼンブわかった。真美がケガとかしたら、私も同じとこがイタくなるんだよ。
パパが言うには、シハイ的DNAのリクツーをオカルトまでカクダイすればセツメーできるんだって。亜美にはよくわからないけど。
とにかく、私はミタサレているよ。亜美には真美がいるんだから。
アイは広がって行くってママは言ってた。たぶんホントだと思うよ。亜美たちはジムショに入ってかけがえのない人たちに出会った。
ああ、ジムショっていうのは765プロダクションってゆーゲーノージムショでね。亜美たちはアイドルになろうと思ったんだよ。
真っ黒な社長さんにスカウトされてね、楽しそうだからって真美はオーケーした。亜美もね。でも、私がオーケーしたのはそれだけじゃなくて。アイを広げたいって思ったんだ。
アイを広げたい、たくさんの人にアイを知ってほしい、そう思ったんだ。…話がそれてるね? そこで亜美たちが出会ったかけがえのない人たちってのは、兄ちゃんとやよいっちだ。
二人に出会えたことは、きっとアイが広がったってことだと思ったよ。

「…いおりん、いいなあ」
真美がぽつりつぶやいた。私たちはジムショのテレビの中にいおりんを見つけて、ナンカかヘコんで外に出てきたんだ。
公園のブランコにゆられてさっきのいおりんを思い返す。テレビの中でいおりんは笑ってた。カガヤいてた。
「…いおりんまたテレビのオシゴトなんだね」
私はグチる。ウラヤましい。いおりん、って言ってもわかんないか。水瀬伊織っていうんだけど、いおりんは私たちより後から765プロに来たのに、あっとゆーまにデビューしてブレイクした。
いおりん歌うまいからねえ。ネコかぶるのも。
「…次はきっと私たちがデビューだよ」
私は真美にそう言った。チガウか、自分に言ったんだ。
「うん、そうだね!」
真美が私に乗って立ち上がった。うん、真美はそう言うだろうね。真美は、亜美の考えがわかってるからね。
「亜美ー、あんなところにネコちゃんがいるよ。行ってみよ!」
真美が私に手を伸ばす。スッゴい笑顔で。いおりんにも負けない笑顔で。
「オッケイ! 行こう真美!」
私も立ち上がった。他に答えなんてあるわけないジャン? 私はミタサレてる。ホントにミタサレているよ。
「ねえ亜美、このネコちゃんオスかなー? メスかなー?」
「どっちだろねー、真美ー?」
私は真美に答えた。ノラっぽいネコちゃんはたいくつそうにあくびをしてたから、とっつかまえた。カンタンにつかまっちゃって、ヤセーないのかな?
「それじゃ、ひっくり返してオマタ見せてもらおうかなー?」
真美がネコちゃんの前足を、私がネコちゃんの後ろ足をつかんで、せー、のっ!
「…嫌がってるよ、その子」
その時、声がした。男の声だ。見てみたら黒いスーツ?の若い人が立ってる。その人はなんかの紙を見た後に、亜美たちの方に歩いて来た。私たちがボケっとしてる間に、ネコちゃんは逃げた。
「双海亜美ちゃんに、真美ちゃんだね?」
その人は言った。パパとはチガウ声。社長ともチガウ声だ。もちろんチガウのはアタリマエだけどね、そうじゃなくてナニかがチガウ声だった。
「兄ちゃん、だれ? ナンで真美たちの名前知ってんの?」
真美がタズネた。うんそうだ。ナンで私たちの名前を知ってるのかな?
「俺か? 俺は」
その人はそこまで言うと空を見た。ナンビョーかして、もいちど亜美たちを見る。しゃがんで紙を持ってない手の親指で、胸をさした。
「俺は、今日からきみたちの、プロデューサーだ」
チカラヅヨク言ったよ。チカラが入りすぎているみたいだった。その兄ちゃんの右ひざのスーツが、公園の土でヨゴレていた。それが亜美たちと兄ちゃんの出会いだったんだ。
やよいっちと出会ったのはもう少し後でね。亜美たちがとりあえずけどデビューしてからだった。あの日はメズラシク真美がいない日だったよ。
うん、タイチョー悪いから行かないって真美が言いだしたんだった。実はサボりなんだけど、私はだまってた。
私はメズラシク兄ちゃんをヒトリジメできて、チョーシのっていおりんみたくオレンジジュース買いに兄ちゃんをパシらせた。
私だけ一人先にジムショに帰ったら、そこにやよいっちがいたんだ。オモシロイ子だったよ。
亜美たちより背え低くてシタタラズで。なのに中学生でよくお姉さんぶる。うん、オモシロイ子だったね。


私、高槻やよいはこれまでごくごく一般的な普通の中学生だった。どこにでもいるような、髪の毛を両側で縛った年相応か、それより下くらいに見られる普通の中学生。
私はよく舌足らずだと言われる。心の中では完璧に発音しているつもりなんだけど、声に出した途端皆に笑われたことがあるし、可愛いと言われたことがある。
同じ年代の女の子たちからそう言われるのは少しだけムッとしてしまう。それくらい私は普通だ。ただ少し、家が貧乏なのが普通じゃないのかもしれない。
いっぱい弟や妹がいるのも普通じゃないかもしれない。でも、だからこそ私は特売セールで主婦の人にも負けないくらいの力を手に入れることができていた。
それが学校の体育で発揮されることはなかったけれど、私はそれを嬉しく思っていた。
最近私の周りの子たちはよく恋の話や、愛の話なんかをしている。とは言っても中学生の会話だから、それほど深いものじゃないんだろうけど。
私はそれにすらついていくことが出来なかった。私には誰かを好きになる、これがよくわからない。お母さんやお父さんは好きだし、弟たちや妹も好き。
学校の友達も、先生も、隣のおばちゃんも、商店街の人たちもみんな大好きだ。でも私の知っている、好きという感情はこれでしかない。
彼女たちが話している好きと言うのは恋、なんて言われているものらしい。私はあの人が、私はこの人がと次から次へとクラスの男子の名前とか他のクラスの子の名前が聞こえてくる。
それが恋、というものらしい。私にはまだわからないけど、その話しを振られる時もあるから素直にいない、と答える。
そしたらやよいはまだ子供でいいねー可愛い可愛い、と頭を撫でられることがあった。心なしか馬鹿にされているような気もしたけれど悪気はないようなので私もムッとするだけだった。
その後も同級生たちは恋の話をしている。愛について喋っている。でもやっぱり今の私にはそれがうまくわからなかった。
いつだったか。私が買い物の途中で、ちなみにその日は特売セールでもやしが一袋なんと十円だった、買い物袋を持ちながら帰っているところへやたらめったら黒い人が私の前に現れた。
見知らぬ人にはついて行ってはいけないよ、そうお父さんやお母さんに言われて育ってきた私にとって黒い人は怖くてたまらなかった。
今思えばついておいで、と言われたわけでもないのに勝手にそう思った自分は失礼だなと思いしゅんとしてしまうがそれはまた別の話。
怖くてたまらなかった私が駆け出そうとすると、その黒い人は声を掛けてきた。
「君、アイドルをやってみないかね?」
そう言った。いきなりのことだったから最初は脳の中でうまく理解することができなかった。
そんな私を気に掛けてか、いきなり話しかけてすまないね、と言ってゆっくり私に説明をしてくれた。そうしてやっと私にアイドルをやってみないか、と尋ねていたことがわかった。
私が知っているアイドルはテレビに出て歌ったり踊ったりするとてもかわいい人。そんなすごい人に私が?
とっても不思議だった。だって私はこんなにも普通でアイドルなんかに向いていないと思う。どうしてこの黒い人はそんなことを私に言うのだろうか、それがとても不思議だった。
ともかく私一人では決められなかったから、断ろうとしたけれどその人は名刺をくれた。お父さんとお母さんに相談して必要ならばここまで電話をかけてくれたまえ。
そう言って優しく微笑んでどこかにいなくなってしまった。
家に帰った私は、帰り道であったことをお父さんとお母さんに話した。そしたら、怪しいことはされなかった? おかしなことはされなかった? と心配された。
怪しいことやおかしなことの意味がわからなかったけど、ともかくただ話をしただけと伝えるとお父さんがじゅわきを持ってどこかに電話をした。
めいしを見ながらかけてたから多分黒い人にかけたんだと思う。繋がった電話相手にお父さんは丁寧な言葉遣いのまま話しをし始める。
やがて私に、やよいはアイドルをやってみたいかい?とたずねてきた。お金がかかったりするだろうから、やめておこうかと思った。
だけど、好奇心のほうが強くて、ついやってみたい!と元気よく言ってしまった。そうしたらお父さんはまた電話に戻ってそのまま数分くらい話し続けて、電話を切った。
またお父さんが話しをしてくれて、今度の休日に一緒にアイドルになるための手続きをしに行こうって言ってくれた。とってもうれしかった。
でもその反面、申し訳ない気持ちもあった。だけど、やっぱりやってみたい気持ちのほうが大きくて、嬉しかった気がする。
次の休日、お父さんとお母さんと私はある建物に来た。765プロって言うらしい。少し古びていて、ところどころさびもあった。
扉を入って二階に上がると例の黒い人が座って待っていた。何かパソコンでカタカタしていたのだが、私たちが二階に入るとすぐにこちらに顔を上げた。
これはこれは、と言いながら頭を下げていた。それに対してお父さんもお母さんも、娘をよろしくお願い致します、と返していた。
しばらくお父さんとお母さんと一緒に私も黒い人の話しを聞いていたけど難しい言葉が多くて、頭の中はパンク寸前だった。
それを察したのか黒い人が、少しこの事務所を見てくるといい、あまり広くはないがね、と微笑みながら言ってくれた。
お父さんもお母さんもそうしなさいと言うから、私はこの小さな事務所を体験することにしたんだ。
黒い人が言ったとおり、あまり事務所は広くなくてあっというまに大体を見尽くしてしまった、けどまだ帰る気にはなれなかった。
小さな事務所から外に出てぼんやりと事務所を見上げていた。そしたら後ろから、
「あれれ? 新しいアイドルさん?」
と声をかけられた。振り返ってみたら、私と同じくらいの女の子がそこに立っていた。右側の髪を縛ってぴょこんと筆のようなへあーすたいるがかわいらしい女の子。
「ねーねー、名前なんて言うのー?」
いきなり名前を聞かれて少しだけ焦ったけれど、なんだか純粋無垢な瞳でずっと見てくるので、私は自分の可能な限りのすむーずな発音で自己紹介をした。そしたら、
「やよいっちってすっごくシタタラズで、オモシロイねー?」
面白い。初対面でそんなことを言うこの子のほうが面白い気がして、思わず私は笑ってしまった。シタタラズって言われた、でも何とも思わなかった。
それを見てふぐのように頬を膨らませる女の子。その仕草は更に女の子を幼く見せる。それがまた一段とほほえましくて、また笑ってしまって。
「あー! 今笑ったなやよいっち! ひどいよー!」
本当に面白い女の子だった。そんな積極的な女の子と仲良くなるのは早く、女の子は双海亜美という名前だって教えてもらった。
少し前からここでアイドル活動をしているとも聞いた。年齢は私より一つ下の12才で、それにとっても驚いた。そんな小さな子でもアイドルになれるんだと思って私は本当にびっくりした。
「おーい亜美ー!」
後ろから声が聞こえてきた。誰かが走ってくる。スーツを着てびしっとしたかっこうの若い男の人が、両手に飲み物を持ってこっちに向かってきている。
また知らない人に話しかけられるかも、と思ったけど走ってきたこの人は亜美の名前を呼んでいた。なら多分亜美のお知り合いだ。じゃ大丈夫と何故だか安心してしまった。
「もー、おそいよ兄ちゃんー。咽カラカラだかんね!」
「わかったわかった、ほら」
息を整えることもせずにすぐに右手に持っていたオレンジジュースを亜美に渡す男の人。受け取って素直に喜ぶ亜美。それはとても微笑ましくて、まるで兄弟みたいだった。
その男の人は私に目を向けてこう言った。
「君は亜美のお友達?」
「はい! いま、友達になりました! 高槻やよいです!」
「そっか、これからも亜美と仲良くしてね」
「はい!」
ありがとうの言葉と一緒に頭を撫でられた。すっごく優しくて気持ちがよくて、私にお兄ちゃんがいたらこんな人がいいな、なんて考えてしまった。
それくらいこの人は私にとっても亜美にとっても頼りがいがあるように見えていたのかもしれない。
後日、私はアイドル候補生というものになって。アイドルとしてデビューすることになった。
芸名はそのまま高槻やよい。そして私をプロデュースしてくれるのはなんと、あの男の人だと聞いて思わず喜んでしまい、弟妹たちとハイタッチをした。


ガッコが終わったからそのまま駅へ。駅にくっついてるアトレの中じゃおいしそうなスイーツにひかれたけどね、今日はガマンだ。兄ちゃんと約束してるからね。
「ルチアの桜シフォン、おいしそうだったねー」
山手線にゆられながら、私は真美に話しかける。
「でも高かったねー。シフォンケーキだけで780円はあんまりだよ。かんてら亭のヤキニク丼が二回食べれるよー」
真美が返してきた。ヤキニク丼もおいしいよね、たしかにさ。
「そうだ! 真美いいこと思いついた!」
「え、なになにー?」
真美がにんやりと笑う。
「『アイドル双海亜美』がブレイクしたらさ、兄ちゃんにかんてら亭のオシゴトとってきてもらおうよ! そしたらたくさん食べれるよー!」
うん、いいなそれ。だから、
「おー、なーいすあいでぃーあーだねー?」
私は返した。真美はかんてら亭のヤキニク丼好きだよね。私も好きだけど。でも私は兄ちゃんに、ルチアのお仕事をとってきてもらいたいな。
そんなことを考えてたら渋谷に着いた。電車を降りて改札を抜けて、兄ちゃんのいるジムショに行く。
「おっはよーん!」
「おっはよよよーん!」
ばたんってドアを開けてジムショにとびこんだ。私と真美があいさつしたら、
「おはよう、亜美ちゃん真美ちゃん。今日も元気ね」
ぴよちゃんからあいさつ返しされた。あ、ぴよちゃんってのは765プロの社員さんでね、ナンカすっごい人らしいよ。兄ちゃんが言ってたんだけど、
「小鳥さんは、俺らみたいな自由業とは違って固定給なんだ。定期収入うらやましいよな。そのくせ経費の領収書、お店のハンコが無いってだけで落とすんだぜ。鬼だな、あの人は」
なんだってさ。まっくろなシャチョーよかエライんだって。もちろん兄ちゃんよりも兄ちゃんの先ぱいのプロデューサーの人たちよりもね。
「おっはー!」
その兄ちゃんがしゅたって手を挙げた。私と真美はため息を吐く。ん、なぜかいつもタイミング合うんだよね。
「兄ちゃん、今どきおっはーはどーかと思うなー」
「それなんて前世紀? 真美たち生まれてないじゃん?」
うっし、さすが真美。でも亜美たち生まれてるよ。ライブじゃ見てないけど。
「うえ、伸吾ママってもう古いのか!?」
兄ちゃんうろたえてるうろたえてる。たのしいねー。
「あーもー、今の兄ちゃんのあいさつでテンションさがったー。テンションまっくろくろすけだよー」
お、真美が亜美をイッシュン見た。なぁるほどね。
「亜美たちは兄ちゃんにセイイあるシャザイとホテンを要求するよー。グタイ的にはデパ地下のケーキとか」
こうでしょこうでしょ真美? 私も真美の方に一瞬だけ目を動かす。兄ちゃんには絶対にわからないよ。
「あー、そういえば五反田アトレの中の、ルチアのケーキおいしそうだったねー?」
「そーそー、桜シフォンのケーキがねー。あとはルチアならチョコソースかけのガトーショコラもマストだよねー?」
私はちらっと兄ちゃんを見た。亜美と同じポーズで真美も兄ちゃんを見てる。
「…ケーキ屋のルチアってルチア・ベラコッタだろ? わかったわかった。仕事終わったら買ってやるから」
やったー、ぱふぇってやつだよ、ぱふぇ! …ナンデぱふぇなのかな? ケーキなのに。
「じゃあ、気を取り直して今日のスケジュールを発表だ! 今日は作曲家の先生との打ち合せに来てもらうぞ」
お、サッキョクカの先生ってことは!
「美たちだけの歌をつくるんだね!」
あ、真美に先こされた。
「そうだ、新曲だ。うまく行ったら二人のデビューシングルになる。んで、今日はどっちが行くんだ?」
兄ちゃんが言った。そうなんだよ。私と真美は二人で『アイドル双海亜美』をやってるんだ。オトノージジョーってやつらしくてね。
真美には悪いことしてるなあって思うけど、なんだか真美は気にしてないみたいだし、まいっか。
「私これはゆずれないよー? おもしろそうだし!」
「亜美もゆずれないよー? ゆずれるはずないじゃん!」
「それじゃ」
「いくよ?」
真美の目が光って私を刺す。私もにらみ返すよ。
『さいしょはグー、じゃんけんポン!』
「かったー!」
「ま~け~た~」
真美はグーで私はパー。私の勝ち! 真美がどう考えたかはだいたいわかるよ。
「さいしょはグー」で私が出したグーを見た真美は、きっとムイシキに「じゃんけんポン」じゃパーを出すと私が思って、勝つためにチョキを出すと思ったと思うんだ。
あれれ、よくわからないね?
「じゃ、真美は留守番だ。何しててもいいぞ。あ、俺のパソコンのブックマークにエロサイト入れるのは禁止な? 小鳥さん行ってきます」
「ケーキ屋さんの領収書持ってきても経費にはしませんからね、プロデューサーさん?」
「…へ~い」
あーもー兄ちゃん、亜美がなぐさめたげるから泣いちゃだめだよ?

「やあ、765さん良く来てくれました。そちらが双海亜美ちゃん?」
「こんにちは。よろしくお願いします」
サッキョクカの先生のジムショはオシャレなマンションの七階だった。一階がホテルみたいでさ。
天井からシャンデリアが下がってて、ロビーのすみっこにはグランドピアノ。受け付けかクラークかには女の人がいてベルマン?まで立ってた。すごいね。
「おい亜美、あいさつしろあいさつ」
あ、そうだったそうだった。
「双海亜美だよ~ん。おじちゃんよろしくー!」
ピースサインでポージング。ブイサインじゃないよ。なのに兄ちゃんは、
「もっとちゃんとやれ、ちゃんと」
ポカリ亜美の頭をたたいた。ベツにイタかないけどさ、それはないんじゃない?
「はっはっは、いいですよ765さん。子供は元気じゃないと。子供は笑っているのが一番良い」
サッキョクカのおじちゃんはシラガマジリのひげでにかって笑った。
「すみません。ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる兄ちゃん。亜美の頭にも手を伸ばしてきたけど、回避がカウンターストップしてる私をなめられちゃこまるな。ひらりと兄ちゃんの右手をかわす。
「こういう子、か。面白い子だね。ふんふん、イメージ湧いてくるね」
おじちゃんは左手で骨組みだけのギター?をつかんだ。足を組んでかまえる。
「亜美ちゃんは学校楽しいかい?」
「チョーたのしいよ! 友だちいっぱいいるし!」
おじちゃんが聞いてきたから、亜美は答えた。だってチョーたのしいから。
「じゃ、こんなんどうかな?」
おじちゃんはヘッドホンをかぶると骨だけのギターを鳴らそうとする。左手が細かく弦を押さえて、右手が弦をつまびいて。でも鳴らないよ? 鳴るわけないよね、だって骨組みしかないし。
「メロディこんな感じで、歌詞はえっと、♪授業はタイクツ 放課後どこいこ♪とか? どうこんなの?」
「…すみません先生。音、スピーカーから出してくれませんか? それじゃ先生しか聞けません」
兄ちゃんが言った。うん? 先生のヘッドホンには聞こえてるの?

「それでは、次はやよいの方連れて来ますから。失礼します」
「高木さんから聞いてるよ。別の子だね? 楽しみにしてるよ」
兄ちゃんとサッキョクカのおじちゃんがあいさつしてる。私もしないとね。
「おじちゃん、まったね~?」
「お前なあ、最後くらいしっかりあいさつしろよ。あいさつは大事だぞ。すみません先生。次までに仕込んどきますから」
私と兄ちゃんはサッキョクカのおじちゃんの部屋を出た。むー、兄ちゃんがヒドい。仕込むって犬の芸じゃ無いんだから。
兄ちゃんはイソギアシでエレベーターホールに行くと下のボタンを押した。
「兄ちゃん、亜美を犬みたく言わないでよー」
私は兄ちゃんの背中に言った。でも兄ちゃんは振り向きもしない。それ失礼じゃない? 文句を言おうとしたらエレベーターが来た。兄ちゃんがエレベーターに乗る。亜美もちかたないから乗る。

兄ちゃんが閉まるのボタンを押して、エレベーターが閉じた。
「ちょっとにいちゃ」
「亜美良くやった!」
ひゃ! いったいなに? いきなり兄ちゃんが抱きついてきたよ!?
「良くやったぞ亜美! 先生にめっちゃ気に入られたな! えらいぞ。亜美は最高だ!」
すぐに私を引きはがすと、私のアタマをなでた。髪にナニかがべっとり着く。これって、汗?
「…兄ちゃん、その手」
「うお、俺こんな緊張してたのか。悪かったな亜美。事務所帰ったらシャワー浴びろよ」
いや、それはどうでもいいけどね。よくないか。シャワーは浴びるけどね。
「兄ちゃん、そんなキンチョーしてたの?」
「してたぞぉ。当たり前だろ、亜美。今でこそ一線は退いてるけどな、音楽バブルのころはミリオン連発してた作曲家先生だ。
社長が無理に頼み込んで、歌う本人を見て受けるか決めるって言われてたんだ」
え、ええ?
「三十分しか会えない約束だったのに、見ろ、もうすっかり夜だ。歌も半分くらいは形になってた。亜美、お前の手柄だ!」
兄ちゃんはも一度亜美の頭をなで回した。兄ちゃんの手の汗のせいで髪はぐしゃぐしゃ。でもイヤじゃなかった。
兄ちゃんのちょっとくさい汗のにおいを、忘れないようにしようと思った。ヘンタイかな?
そうそう、兄ちゃんとあと私もだけど、ルチアのシフォンをウッカリ買い忘れて、真美とナゼだかぴよちゃんにめっちゃ怒られた。


私と亜美と真美はほとんど一緒にいる。どれくらい一緒かと言えば、週何日かは必ず亜美と真美が家にいるくらい一緒にいる。
亜美たち曰く昭和のかほりが漂うメトロな街でぐー、らしい。メトロってなんだろう、と未だに悩んでいたりする。
とにかく、私たちが一緒にいるときはこれ美味しそうだねー、とか伊織ちゃんがんばってるねーとかそんなことばかり話していた。
アイドルとしてデビューしたといってもまだまだ私たちには、ち、ちめいど?が足りないみたいでお仕事もあんまりないみたい。
でも亜美と真美にはすっごい先生から曲がもらえるみたいで、すごく羨ましかった。
そして私も今日、その先生と会いに行くらしい。朝からプロデューサーがソワソワしている。さすがにそこまでされると私も不安になってきちゃう。
今日は雨で、絶好の晴れの中で元気いっぱいに!とできないみたいで残念。だけどそれでも私なりにいつも通り、ううん、いつも以上に大きく挨拶をしよう。
れいぎとかはまだわからないけど、それが私ができるせーいっぱいのれいぎ、だと思う。
「よーし、それじゃやよい、準備はいいか?」
準備と言われても何かを持って行くわけじゃないから何も持ってないけれど、元気な挨拶の準備だけはいつでもばっちりだ。
「はい!」
「よし、行くぞ!」
私たち二人をじーっと見ている小鳥さんの視線にプロデューサーは気付いていないけど、多分この間買い忘れたケーキを買ってきて欲しい、という合図なんじゃないかな?
このままだと小鳥さんはケーキを食べられないけど、今は伝えられるふいんきじゃないからやめておこう。あとでこっそり教えよう。

「やあやあ、待ってたよ。雨の中ご苦労さま」
「いえ、またお時間を頂けて光栄です」
「その子が、高槻やよいちゃんかな?」
「はい。ほらやよい、挨拶」
…すごい部屋だなぁ。豪華ってこういうことを言うんだろうなぁ。なんだろうあれ? あっちにあるのも何に使うんだろう?
さっぱりわからないけど、壊しちゃったら取り返しのつかないことになりそうなものばかりでちょっと緊張しちゃうな。
うわぁ大きなピアノ、亜美が言ってた通りだ。学校の音楽室にあると同じくらい大きいなぁ。
「やよい、おーい、やよい…!」
「えっ、あっ、はい! わた、私、高槻やよいです! よろしくお願いしまーす!」
「ばっ、声が大きい! 先生にご迷惑だろう!」
い、いきなりで驚いちゃっていつも以上に大きな声で自己紹介しちゃった。うぅ~なんだか先生も口を開けてぽか~んとしてるよ。どうしようどうしよう。
あっ、確かこういうときは手のひらになにか、もじ?を書いてからそれを飲むと落ち着けるって聞いたことが。で、でもでも! 何を書けばいいんだっけ? えと、えーっと…。
「や、やよいー…」
「…あっはっはっは! いやー君たちは面白いね!」
うわぁ! こ、今度は急に笑い出した! どどどどどうしよう、何かおかしなことでもしちゃったのかな?
えーっと、髪もお母さんにくしでとかしてもらったし服もあんまりよれてない、ちょっとはよれてるけど、でもでもお気に入りの服だし。
あっ、もしかして今日朝食べてきたおにぎりの海苔が歯にくっついているとか? 前歯にかな? 下、上? どどどどっちだろう!?
「やよいちゃん、落ち着いて。大丈夫。君は、何もおかしなこと、してないから」
「は、はい!」
「うんうん、大きな声で結構だよ。亜美ちゃんのときにもいったけど子供は元気で笑ってるのが一番だからね。やよいちゃんは元気部門で間違いなく一等賞だ」
よ、よかったー…。怒ってるわけじゃないみたいで本当によかった…。でも私が元気部門で一番になったってどうしてしってるんだろう?
小学生のときのアルバムにしか書かれていないのに。やっぱりこのおじさんはすごい人なのかな。
「亜美ちゃんともまた違った子供らしさ、整ったとでも言うのかな。同じような子がくるかと思ったけど、良い意味で裏切られたなぁ」
「は、はは」
「さすが高木さんと言ったところかな? ところでやよいちゃん」
お、落ち着いて。大丈夫、いつも通り元気にいけば平気。
「はい! 何ですか?」
「これも亜美ちゃんに聞いたことなんだけど、学校は楽しい?」
「はい、すっごく楽しいです! ………ぁ」
けど、それだけじゃない。私のわからないこと、それだけは楽しいと思えない。どう感じればいいのかわからない。
だからすっごく楽しい、けど。何と言ったらいいかわからない、けど、学校のみんなに置いていかれちゃうような、不安っていうのかな、そんなものがある気がした。
でもなんて言ったらいいのか、伝えたらいいのかわからない。
「楽しいんですけど、えーっとその、何て言うか、そのー」
「ほ、ほらやよい。ちゃんと先生に伝えなきゃ、な?」
「うぅ~そのーえっと、うぅぅ~」
「…ふむ、君は亜美ちゃんよりも大人なんだね。楽しいだけじゃない、どこかに不安を感じている。でもそれが何なのか自分でもちゃんとわからない、だから伝えられない」
うわっ! すごい! もしかしてこの人は噂のエスパーという人なのかもしれない。そうじゃないとどうしてこんなに私の考えていることがわかるのか、がわからない。
「そうかそうか。うんうん、できてきたできてきた。歌詞のタイトルはずばりGO MY WAY!かな。迷うこともいいけれど、やよいちゃんには突き進んでもらいたいな、GOMYWAY GO前へってね」
「す、すごいですね。亜美のときも早かったけど、今回はもっと早い」
「それだけ亜美ちゃんもやよいちゃんも個性があるってことだね。ちゃんとプロデュースしてあげなよ?」
「は、はい!」
「しかし、亜美ちゃんとやよいちゃんの担当は君なのかい?」
「はい、そうです」
「この二人はデュオでやるのかな?」
「いえ、ソロでお互い個別に」
「ふ~ん…」
あっ、亜美が言ってた通りお髭をもじゃもじゃしてる。何かを考えているのかな? …でも何だかサンタさんみたいなお髭だなぁ。もしかして、エスパーサンタさん?
「そっかそっか。うん、良いイマジネーションが湧いたよ。もう一曲できそうだ」
「す、すごいですね」
「う~んでもまあ、これは二人向けじゃないかな。もしかしたら二人とも歌いたいと思うときがくるかもしれないけど」
二人って、私と亜美のことかな? それでもともと私たち向けじゃないけど、いつか歌いたくなる歌? なぞなぞかな。うーん、難しい。
そのなぞなぞの答えはわからないまま、私とプロデューサーはしばらくエスパーサンタ先生さんと話していた。

「うん、あと少し残ってるけどもう平気かな」
「わかりました。またなにかあれば、こちらのほうにお伺いします」
「よろしく頼むよ。それじゃやよいちゃん、またね」
「はい! 今日はありがとうございましたー!」
私なりのめいっぱいのれいぎ、思いきり頭を下げて笑顔でお礼を言う。これが正しいのかはわからないけど、私なりに心を込めた最高の挨拶だったと思う。
そのまま私とプロデューサーはえらい先生にもう一度おじぎをしてエレベータへと向かう。その途中でプロデューサーが独り言のように私に話しかけてくる。
「最初はどうなることかと思ったけど、結果的にはやよいの新曲も形になってたし何だかはわからないけどもう一つ曲ができたっぽい。何にせよ…やったな、やよい!」
そうして右手を私の頭に乗せ、ようとしたところでピタっと止めた。おまけに慌てて引っ込めた。撫でてくれるのかなーって期待していた自分がちょっと恥ずかしい。
そう思っていたらプロデューサーは、ポッケからハンカチを取り出して両手をふきだした。
「うわあ、相変わらずすっごい汗だな。一回会ったくらいじゃ発汗量は変わらない、か。ハンカチ持ってきてよかった」
…亜美が言っていた。おじちゃんと話が終わって外に出たとき頭を撫でられたんだけど、汗べっとりでシャワーで大変だったーとか。話してた亜美はやけに嬉しそうだったけど。
汗くらいなら私も構わないけど、少し気にしているのかな。そう考えていたら、汗を拭き終わったのか、プロデューサーがゆっくりと私の頭に手を乗せて撫で始めた。ゆっくり、ゆっくりと。
「えへへー嬉しいです!」
「おう! 俺もやよいと同じくらい嬉しいぞ! 二人のデビュー曲が形になりつつあるんだからな!」
そう言いながらガッツポーズを取るプロデューサー、本当に嬉しそう。私も自分の歌ができるのが嬉しかったし、頭を撫でられたのも嬉しかった。
でも、抱きしめてくれないのがちょっと残念かなーって。恥ずかしくて言えないけど。あっ、言えないで思い出した。
「そういえばプロデューサー」
「ん? なんだ?」
「小鳥さんがケーキ買ってこーいって目でプロデューサーのこと見てましたよ!」
「おおう、それは貴重な情報だ。即座に買って帰ることにしよう! サンキューやよい!」
そう言ってプロデューサーまた頭を撫でてくれた。えへへー。でもでも、これも嬉しいけど一番やりたいこと。少しだけせがんでみちゃおう。
「プロデューサー、右手出してください!」
「お、おう!」
「それじゃいきますよー! ハイ、ターッチ! イェイ!」
「い、イェイ!」
それが最初の私とプロデューサーのハイタッチ。もちろんだけど、とってもとーっても!嬉しかった。


「あ~あ」
私はため息を吐いた。ここはいつものジムショ。ガッコ行くより早く起きてジムショに来たのにさ、私はお留守番なんだ。ジャンケンに負けちゃってね。
「…真美、いいなあ。オーディションかぁ」
私と真美が朝イチからジムショに来たのはオーディションのためなんだ。『アイドル双海亜美』の初めてのオーディション。
もちろん私も真美もゆずる気なんてなくて、今日もジャンケンになった。三度のあいこの後で、亜美がチョキを出したら真美はグーだった。
「つまんないよ~」
私は足をばたつかせる。今日は土曜日だからぴよちゃんもいない。
兄ちゃんのパソコンの壁紙をエロエロ~なロリータ画像に替えるのはやっちゃったし、兄ちゃんのロッカーにあずさお姉ちゃんのステージパンツもかくしといた。
他に何か楽しいイタズラないかな?
「おはようございまーす!」
とか考えてたら、ジムショの入り口から声。これって、やよいっち?
「やよいっちおはよー。やよいっちもお仕事?」
「あれ、亜美だけ? 真美はどうしたの?」
お、すごい。また亜美と真美一瞬で見分けた。これできるの、やよいっちと兄ちゃんだけなんだよね。今日はリボンの位置で『アイドル双海亜美』にしてるのにさ。
「真美はオシゴト行ったよん。兄ちゃんもいっしょ。あれれ? 兄ちゃんいないのにやよいっち何しに来たの? 時間マチガエた?」
やよいっちのプロデューサーも兄ちゃんだ。やよいっち一人でオシゴトなのかな? 中学生だから?
「あー、うん。私、今日はお仕事じゃないよ」
やよいっちは何だか恥ずかしそうに言うと、キュートー室に入ってった。
「ぴよちゃんのバターサブレでも食べるのー?」
「そんなことしないよー」
言い返しながら出てきたやよいっちの右手にはバケツ、左手にはぞうきん。うん、もしかして?
「…掃除すんの?」
やよいっちはやっぱり恥ずかし気にうなずいた。

「ナンデやよいっちが掃除なんてするのさ?」
私だけ立ってるのもねって思ってさ、まっくろ社長の机をふいてみる。んで、ふきながらやよいっちに聞いてみた。
「うーん、何でって言われると」
社長室の反対の方をホウキではきながら、やよいっちは考えてるみたい。
「…私は掃除ができるから、かなあ」
…うん? やよいっちは掃除ができるから掃除をする? やよいっちはぺらって言ってるけど、それってスゴクない?
「私は、いちおーアイドルだけど、歌へただし。お仕事もあんまりないし、みんなに迷惑ばかりかけてるけど、掃除はできるから」
「やよいっちは掃除が好きなの?」
私は聞いた。それならわかるから。人の趣味はそれぞれだしね。
「うーん。好き、ってわけじゃ無いと思う」
とか言ってくる。ああ、やっぱりだ。やよいっちは掃除ができるから掃除をする。私にはできないな。だって掃除つまらないし。
「亜美、みんなには言わないでね。恥ずかしいし」
スゴイのに、知られたくないらしい。ママのことが頭に浮かんだ。亜美たちのママ。亜美たちを産みたかったから産んだ、命をかけて産んだママ。ちょっとチガウけど、ちょっとニテルかも。
「やよいっち、買い物に行こうよ!」
だから私は言った。やよいっちはスゴイから。
「亜美、兄ちゃんから亜美たちとやよいっちの服を買っとけって言われてたんだ。忘れてたよー」
兄ちゃん、ごめんね。兄ちゃんのへそくり使うよ? 一応リョーシューショもらってくるから、ケーヒになるといいね。

渋谷の駅前ヨコギって、宮前坂をドンドコ登る。ボロっちい雑居ビルの三階がモクテキチだ。
「はるるんオススメ、渋谷で服を買うなら古着屋モール!」
別にそんな名前が付いてるわけじゃないけどね、ナントナク。あ、はるるんってのはやっぱり765プロのアイドルさんなんだけど、まあ説明はいいよね?
「うわあ、ちっちゃなお店がいっぱい…」
やよいっち驚いてる驚いてる。ゴミゴミしたこの階は、通路にまではみ出して服を売ってるんだ。はるるんが言うにはホリダシ物が多いらしいよ。
「それじゃ、やよいっちのコーディネートを考えるよ。う~んとね」
私は考える。やよいっちをどうエンシュツしてどうインショー付けるか。あれ、これってプロデュースっぽくない? 亜美ってやよいっちのプロデューサーっぽくない? よーし!
「ヒラメいた! やよいっちにはね、イガイセーが必要だよ!」
「い、いがいせえ?」
あは、やよいっちひらがなだ。
「そうだよー! やよいっちのよいとこは元気なとこだよ。でもトレーナーにジーンズで元気いっぱいじゃ、予想のハンチューなんだな。んで!」
私は周りを見回す。小さな古着屋さんがいっぱい。いろいろいろいろ下がってる。あ、あれだ!
「まずは、オレンジギンガムのシャツ!」
やよいっちにちょいとオシャレ目のブラウス?を投げた。ハンガーごと。やよいっちがアワテテ受け取ってる。
「次は、インド綿の巻きスカート!」
ホントにインド綿かはわからないけどそんな感じのやつ。茶色でざっくりした生地のロングスカート。
「アウターは、生成りデニムのジャケット!」
これこれ、このジャケットがあったからこのコーディネートにしたんだよ。洗いざらして白くなったジーンズ地も良いけどね、生成りの白はもっと好き。少しクリームかかった白。
「最後は、首元にオレンジのバンダナ!」
ブラッドオレンジの皮の色のバンダナだ。シャツもだけどね、オレンジはやよいっちの色だから。
「じゃ、やよいっち試着して来てね。シチャクシツあっちだよ」
「う、うん」
はれ? ナンデやよいっち困ったアイソ笑いなのかな?

「こ、これでいいのかな?」
シチャクシツから出て来たやよいっちに、どっかのお店のお兄さんがヒュウとか口笛を吹いた。
よく似合ってる。亜美は首に巻くつもりで渡したバンダナは、三角巾みたいに頭にかぶってた。それも似合ってた。
「かわいいよやよいっち! サイコーだよー!」
私は叫んだ。やよいっちはえへへとか笑ってる。
「でも、かわいすぎないかな。こんな長いスカートなんて初めてだし」
不安げに、でもキラキラとキタイした目で亜美を見る。
「そんなことないよ! すっごく似合ってるよー! やよいっちはチョーかわいんだから!」
やよいっちはかわいいから、かわいいって思ったから、それを伝えたいよ、私は。
「そう、かなあ」
「あとは、このいつもポシェットでカンペキだね!」
ニエキラナイやよいっちに、着替え中アズカッテたポシェットを私は頭からかけてあげた。
「ハンバーガー?のポシェットも笑ってるよ。やよいっち、かわいいって!」
うん、笑ってる。いっつも笑ってるけど言いっこなし。だって、
「ありがとう、亜美」
やよいっちが、そう笑ってくれたんだからさ。

「タイリョーだったねー」
あのあとも亜美たちの服とやよいっちの服をバカスカ買った。
いくらはるるんオススメの激安古着屋通りでも、兄ちゃんから借りた一万円は軽ぅく吹っ飛んじゃったし、亜美の今月のオコヅカイも無くなっちった。まいっか、楽しかったしね。
「私、こんなたくさん服を買ったの初めてかも…」
やよいっちも両手の紙袋いっぱいに服を持って、ナンダカまた困ったような顔をしてる。
「芸能人って大変なんだな。もっと身だしなみ、ちゃんとしなきゃいけないんだ…」
ぶつぶつつぶやいてるよ。ん?って思って声をかけようとしたら。
♪悩んでもちかたない♪
聞いたことのある歌が、聞き慣れ過ぎた声が、耳に入った。
「亜美、あそこ!」
やよいっちが指さすその先。渋谷108のオーロラビジョン?の中。
♪ググってもしかたない♪
ピンクのステージ衣装を着て、いおりんみたいなすっごい笑顔で、「私」が歌ってた。
♪迷わずに進めよ 行けばわかるのさ♪
ナンにも迷ってない顔。ナニモカモがわかってる顔。あれが、『アイドル双海亜美』。あれが、真美。私は左手を握っていた。気付けば固く固く握っていた。
♪ヘコんじゃった時は 一発泣いて そして復活するのさ♪
「うわあ、真美オーディションだったんだね。受かったんだね。すごいなあ」
隣のやよいっちをちらりと見た。笑ってる。やよいっちもいおりんみたいに、真美みたいに笑ってる。ココロから真美のテレビシュツエンを喜んでいる。
ジシンがあるわけ? 自分もすぐに届くって、あんなになれるって。
♪そんでもダメなら シャワー浴びて そのまま爆睡するのさ♪
こっちは、ベッドにこもりたいくらいなのに。背中に汗ダラダラだけど、シャワーなんてどうでもいいくらいにさ。


私はまた事務所の掃除をしていた。帰ってくるなり掃除掃除と思ってしまうのは、アイドルとしてダメなんだろう。でも、心よりも体が先に動いてしまう。
掃除しているときはあまり考え事をしないから、ただ掃除をする。けど今日は少し考えているんだ。

とっても素敵な洋服を探して、買ってくれた亜美との楽しい一日。それが今日。…だったんだけど最後の最後で少し変だった。
はつらつな声、元気な踊り、とびっきりの笑顔の真美。ファンの皆さんには双海亜美としてだったかな、そのアイドル亜美がTVに出ていたのだ。
私は、嬉しかった。あれだけ一緒に話して絶対に一番のアイドルになろうとか、伊織ちゃんにも負けないよう頑張ろうって言っていた真美がTVに出ている。
真美の、勿論亜美もだけど、二人の努力が報われて本当に良かったと思って、少しだけ涙目になりながら笑ってそのTVを見ていた。
私がこうなんだから、きっと亜美も喜んでいるんだろうと思って話しかけようと亜美に振り向いた。そしたら。
まるで、なんていうのかわからないけど、えっと例えるなら、このよのおわり? そんな顔をしていて、喜んでいるようには見えなかった。
口が半開きで、瞬きもしないでただ真美が出ているTVを見つめる亜美。私は少しだけ怖いと思ってしまった。友達にこんな気持ちを持つのはいけないと思ったけど、どうしても怖かった。
「…じ、ゃない」
「あ、亜美?」
「…ちょっと疲れちゃった、悪いけど先に帰るね。ごめんやよいっち、またね」
「え、あ、亜美!」
それだけ言い残して亜美は走って駅のほうへ行ってしまった。いつものような無邪気で楽しそうな走り方じゃなくて、たまに見る大人の人の急いでるときの走り方。
そして亜美が言った一言。最初のほうがあまり聞こえなかったけど、私にはなんとなく、でも多分それがあたりだと思えるくらいに。

むりじゃ、ない

そう、だと感じた。
亜美には悪いけれど、どうしてもそんな亜美が怖くて怖くてたまらなかった。一方では真美のTVも終わって、そこにいる理由は何もないのに、私はずっと動けなかった。

今日は素敵なこととちょっとだけ怖いことが同時に起きて頭の中がごちゃごちゃだ。私はあんまり頭がよくないからごちゃごちゃを整理するのには時間がかかる。
掃除とかなら体の感覚で覚えることができるけど頭の中だとやっぱりダメだ。掃除をしていれば何とかなるかなと思ったけど、ダメみたい。
それくらい今日の亜美は不思議なほどに怖かったんだろうか? うん、考えれば考えるほどごちゃごちゃが広がっていく。確かこういうのをどつぼにはまるって言うんだっけ。
ぼんやりしながら雑巾で拭いている机を見る。…あれ? ここはさっき掃除した小鳥さんの机だ。気付かないうちに二回目に突入しようとしていたらしい。
一度頭をあげて周りを見渡せば全ての机は雑巾掛けされていて、窓から差し込む光に照らされてぴかぴかしていた。
いつもならこのまま掃除も終わりにするけど、今日は少しでも動いていたい。じゃないとあの時の亜美の顔が焼きついて離れてくれない。
このままじゃ明日になっても私は亜美を怖いと思ってしまうかもしれない。そんなの友達としてよくないと思うし、私だって嫌だ。
だから今日は徹底的に掃除をしようと意気込んで社長の机を掃除しようとして、そこで止まる。
この机は今日は亜美が拭いていた。私と話すついでだったからあまり綺麗になっていなかった。
…私はまだここを掃除してない。てっきりしていたものだと思っていたのに。
いつもならそんなことはないはずなのに、どうして今日に限って

この机を、今日、亜美が、拭いた。

…なんだろう? 今日は私もあまり私らしくない気がする。じゃなきゃ今思ったことを、思うことなんてない。今日、この机を亜美が拭いた、だから私はこの机に近づかなかった。
今日すごく怖いと思った亜美が、拭いた机だから。でも最初に事務所で会ったときは怖くなんてなかった。いつもどおりだった。
それじゃいつから? 亜美を怖いと思ったのはいつから? そんなの、私にわかるわけが
亜美が、真美をTVで見たときから。
…正確には『アイドル双海亜美』だけど、亜美にとっては真美に見えていたはず。私にも真美にしか見えなかったけど。
あれからすぐに亜美は帰ってしまった。ゆっくり思い出してみると、おでこにうっすら汗を掻いていたし、表情もいつものように明るくなかった。
でも、どうしてかな? 亜美と真美は二人でアイドルしてるから、デビューしたことはきっと嬉しいことだと思う。
何より私たち三人は仲良しさんで、誰かがTVに出ればそれだけで喜ぶんじゃないのかな?
亜美はどうしてあんなに、あぜんとして真美を見て、辛そうな顔で帰ったんだろう。…辛そうだった? えっと、それは、つまり
「たっだいまー!」
体がびくっとする。…この声は、亜美?
「あれれ? やよいっち、亜美はー?」
違う、亜美じゃなくて真美のほうだ。いつもなら声だけでも亜美か真美かわかるんだけど、全然区別がつかなかった。
「こら真美! いきなり走り出すな。追いかける方の身にもなってくれ」
後ろから顔を出したのはプロデューサーだった。二人とも今帰ってきたみたい。真美のほうはまだまだ元気いっぱい、でもプロデューサーはちょっと疲れてるみたいだ。
「ん、やよいだけか? 亜美もいたはずだよな?」
「二人で出かけたんですけど、ちょっと疲れたからって先にお家に帰りました」
「ねーねー、出かけたってドコに?」
真美がかけ寄ってきて私の両肩を掴む。まるで子犬のように目を輝かせていて、とっても可愛かった。
私は後ろにある洋服が入った袋をちらっと見ながら返事をした。
「渋谷にある春香さんおすすめのすっごく安い古着屋さん通り、って亜美は言ってたよ?」
「ウッソー!? 真美もチョー行きたかったのに、ズルいよやよいっちー!」
がくがく私の両肩をつかんだまま腕を振る真美のせいで私も前後にがくがく揺れる。本当に行きたかったんだって伝わってくる。
「しかし、結構な量だぞこれ。お金はどうしたんだ?」
「えと、亜美が全部出してくれたんですけど」
「…嫌な予感がする」
すぐにプロデューサーが自分の机の前までいって、がさごそ探し始める。そういえば亜美もプロデューサーの机から何か取り出していたような…。
「うくっ、やっぱり…隠していた諭吉さんがなくなってる。へそくり、ばれてたのか」
…えっ? つまりこの洋服のお金って、つまりその。プロデューサーの、お金で買っちゃったの?
「ごごご、ごめんなさい! 私そのっ! プロデューサーのお金だって知らなくて!」
「…いいよいいよ。その様子じゃ取っていったのは亜美だろ? やよいには何も言ってないみたいだし。ちゃんと買った服を着てくれればいいから」
「じゃあ真美のも!」
「それとこれとは話しが別だ。亜美だって買っただろうし、そっちに交渉しなさい」
「なんだよー! これはもうヘンケンだー! サベツだー! カクシャサカイだー!」
言葉の意味はわからないけど、最後が間違ってるのはわかる。確か、かくさしゃかい、が正しいと思う。意味は、やっぱりわからないけれど。
「なんともで言いなさい。それとかくしゃさかいじゃなくて格差社会な」
あ、合ってた。
「しっかし、次は亜美に仕事だって話しをしようと思ってたのに、いないんじゃな…」
「なんなら真美がもっかいやろうか?」
「交代制って決めただろう? 喧嘩しないのと、体力を考えて。急いでもないからまた明日伝えればいい。それよりやよい、どんな服なのかちょっと着てみせてくれよ」
「おっ、やよいっちのタンドクファッションショーだねー?」
「は、はい!」
いきなりのことで驚いたけどプロデューサーがそうしてくれって言うならそうしよう。あと素直に、プロデューサーに見せたいなって思ってたし。
もでるは私で、お客さんはプロデューサーと真美だけのふぁっしょんしょーが始まった。
プロデューサーも真美もかわいいって言ってくれて嬉しかった、けど。真美の顔がときどき、今日の亜美の顔と重なるのが怖かった。
重なって見えたのかな? それとも、真美もそんな顔をしていたのかな? 
あと、私にはお仕事こないのかな?
「…プロデューサー! ハイ、ターッチ!」
「お、おう! ハイ、ターッチ!」
「あー! 真美も真美もー!」
心の片隅でそう思ってしまったことを忘れたくて、私はプロデューサーにいきなりハイタッチ。プロデューサー、真美も一緒にハイタッチして、三人で笑った。
明日、亜美が来ても私は笑えるだろうか。うん、大丈夫、きっと大丈夫。私らしくもなく今日は考え込んでしまったけど、明日は亜美と、プロデューサーと一緒に笑おう。


私はミタサレている。私は、ミタサレているんだよ。
「私は、ミタサレているんだ」
私は五反田の街を走る。駅前の商店街を抜けて、道がわかれてるところを左に登った。ガソリンスタンドを横切ったら右側はコンクリの壁、ジエータイのケンキュージョだ。
「私は、ミタサレているんだっ!」
もっと走れば今度は前も壁に。道なりに左に曲がって、さらに登る。そこには小さな公園が。真美とケンカしたとき、いつも来てる公園。
ケンキュージョを見下ろせる公園で、いつも使う中目黒の駅も、よく遊ぶナントカ上水も、全部ずっと下。荒れた息をムシして私はお腹いっぱい空気を吸い込んだ。
「私は、ミタサレてるんだーっ!」
思い切り叫ぶ。ケンキュージョの白いビルに跳ね返って、だーってこだまが響いた。ナントカ上水の方でカラスがナン匹も飛び立った。
「…私は、ミタサレているんだ、から」
そう、私はミタサレている。命をかけて私を産んだママがいる。優しいパパがいる。仲良しの友だちがいる。
おもしろい兄ちゃんがいる。もっとおもしろいやよいっちがいる。んで、真美がいる。
「…真美」
真美は、カガヤイてた。ぺかーってカガヤイてた。いおりんに負けないくらいアイドルしてた。
「…でも、…、じゃない」
私は歯をクイシバる。イヤだ。真美に、やよいっちに置いてかれるのは、イヤだ。
「でも、ムリ、じゃない」
私は言う。自分に言い聞かす。やりたいことは口にしたほうがいいらしいよ。ダレも聞いていなくてもね。前にママが言ってた。
コトダマ、だったかな。言葉にも、タマシイがあるんだってさ。
「私にも、できる。ムリじゃない」
そうだよ、できる。できるよ。サッキョクカのヘンなおじちゃんは亜美を見て『ポジティブ!』を創ったんだから。言葉にイミがあるなら、亜美はポジティブになれる。あの歌みたく。
♪悩んでもしかたない ま、そんな時もある 明日は違うさ♪
明日はチガウといいな、そう祈りながら歌ってみる。明日は、真美にも兄ちゃんにもやよいっちにもちゃんと笑えるように。今までで一番うまく歌えてる、気がするけど。
誰もいないちっさな公園のステージじゃ、わかんないね。ねえ、私ちゃんと歌えてる? 私、真美みたく歌えてる?

♪行けばわかるのさ♪
もう何度目かもわかんない最後のポーズをキメる。うまくできた、かな? 私の他には青空と星空しかいないから、ちゃんとできてるか誰も教えてくれない。
だからひたすら歌った。ずっと踊ってた。うん星空? あはは、日が沈んじゃったよ。
「つかれた~」
さすがにヘタりこむ。うお、今気付いたけど足がイタい。チョーイタい。腰もイタい。あれれ、体が動かないよ。これってヤバくない?
がさり。
「ひぃっ!?」
そしたら、私の後ろからナニか音がしたよ。公園のあかりに伸びる長い長い影。たぶん大人の人だ。ア、アハハ、これってめちゃくちゃヤバくない?
逃げないと。逃げなきゃ。でも、体が動かないよ~!?
「おい、だいじょ」
「ぎゃ~、ちーかーん、だー!」
私は、めいっぱいの声で叫んだ。この公園に登って来た時の声より大きな声。何時間も歌ったはずなのに。
「ちょ、待て!」
待てと言われて待つドロボウはいないんだよ! 亜美はドロボウじゃないけどね!
「変質者ー! エロエロ大王ー! 怪人パイタッチー!」
「それはあずささんのプロデューサーだろが!? ええいもう、亜美落ち着け!」
がばり、声からすると男の人は亜美に抱きついてきた。て、テーソーの危機? シャレ抜きに。…あれ? 私はこの臭いを、知ってるよ?
「…兄ちゃん?」
兄ちゃんの汗の臭いだ! うん、汗クサいね兄ちゃんは。
「おう、兄ちゃんだ。お前のプロデューサーだ」
見上げれば確かに兄ちゃんの顔だ。ムッとしてる、ふてくされてる。
「…ごめんね。いきなりだったから、びっくりしちゃったんだよ」
私はアヤマった。だって兄ちゃんだからね。兄ちゃんがこんな所にいる。真美も知らないはずの公園に、汗クサい兄ちゃんがいる。私はシアワセだよ。兄ちゃんは、
「…亜美を、探してくれたんだね。ありがと。ゴメンね」
「気にすんな。それに、亜美が思ってるほどカッコいい話じゃない」
兄ちゃんは鼻の頭をかいた。
「真美をお前んちに送ってったらな、まだ亜美が戻ってないって聞いたんだ。親御さんを俺と真美とでテキトーに誤魔化して、慌てて探しに出た。とりあえず小鳥さんに電話しようかと思ったら、

かすかに、少しだけ、聞き慣れた歌が聞こえたんだ。どこからかもわからないような、な」
あれれ、歌って。
「亜美が、ここで練習してた歌?」
「ああ」
兄ちゃんがうなずいた。アタリマエみたいに。いやいや、それはおかしいよ。
「…聞こえるはず、ないよ。ここから亜美んち、すっごく遠いよ? カラスとかは聞こえてるみたいだけど」
兄ちゃんはいちおー人間だから、聞こえるはずがないよ。
「亜美、発声がんばってるからな。声でかくなったんだろ」
うーん、千早お姉ちゃんがのどこわすつもりで歌っても、ムリだと思うけどな。
「さもなきゃ、亜美の魔法だな。言霊が届いたんだろ」
コトダマ、ママが言ってたことだ。パパみたくスーツをヨゴして私たちにあいさつした兄ちゃんは、今度はママの言葉を言った。
「まずは勘だけで走り回るしかなかった。しばらくして、坂の上の方からだって気付いてな。登れば登るほど歌がはっきりして、亜美なことはもうわかっちゃいたが、もう真っ暗だしよ。久しぶり

に本気でダッシュしたぞ」
あはは、それっておかしいよ。
「いっつも走り回ってるのに、いつもはホンキじゃないんだね?」
「…いつもとは本気の度合いが違う」
ブゼンと兄ちゃんは言った。亜美のためにホンキになってくれたんだよね? ウレシいな。なんだかくすぐったい。もう、いじめちゃうぞ?
「確かに兄ちゃんは怪人パイタッチじゃないね」
「その話か。当たり前だろが。あずささんのプロデューサーとは違うぞ、俺は」
それはそうだよね。兄ちゃんの担当は私たちと、やよいっちだもんね。でもさ、これはマズくない?
「さっきから私のおシリさわりっぱなのは、怪人シリタッチだからだよね?」
「あ? …げ、このびみょーにやわらかい感じなのは、亜美のケツか?」
うわ、ケツとか言われた。ヒドいね兄ちゃんは。そうだ!
「亜美は、ケツなでまわしてくれやがった兄ちゃんに、セイイあるシャザイとホテンを要求するよー」
「…へいへい。今度は何だ? アリエノールの焼き菓子か?」
兄ちゃんがあきらめた顔で言う。うん、アリエノールも悪くないけどね。
「このまま、お姫さま抱っこで、家まで連れてって」
ちょっと気合いを入れて、たのんでみる。兄ちゃんはナンて言うかな?
「…何だ、そんなんでいいのか。お安い御用だ」
あれれ、あっさり。兄ちゃんはたいした力も入れてないふうに、私を抱え上げちゃった。すごいね、兄ちゃん。
「軽いもんだ。もっと肉食え、亜美は。でかくなれないぞ?」
むー、デリバリーがないなあ、兄ちゃんは。お姫さま抱っこ、なんだよ? よーし。
「こうした方が、もっと軽いよ?」
兄ちゃんを困らせてやろうって思った。両腕を兄ちゃんの首に回してみる。どーよ?
「お、本当だ。軽くなった」
むー、兄ちゃんが困らない。フカンショーなんじゃない? あれ、でもさ。私の顔が、兄ちゃんの顔に、近いよ?
「兄ちゃん…」
私の歌に気付いてくれた兄ちゃん。私を必死に探してくれた兄ちゃん。兄ちゃんの首筋、汗の臭いが、濃い…。
「何だ、亜美?」
「ううん、何でもないよ…」
もしかしたら、亜美は。そんなコトを思っちゃったよ。そんなはずないのにね。うん、ないない。あるわけないよ。兄ちゃんを困らせるつもりだったのに、私が困らせられちゃったね。


昨日は晴れていた。朝から夜までずっとすてきな空だった、けど今日は違うみたい。雑巾片手に机を拭きながら窓の外を見る。
大きな粒の雨がざーざーと音をたてて降っている。窓にもいっぱい水滴がついていて、きれいだなぁと思っていたのも少しの間。すぐに気分は下へ下へといってしまう。
ここのところ、ずっとずっと掃除ばかり。もちろんプロデューサーは亜美と真美のことだけじゃなくて、私のレッスンも見てくれる。
でもレッスンをしていないときの私はといえば、いっつも掃除をしていた。いつも通り、バケツと雑巾を持って三角巾をして。
私が掃除をしているとき、亜美と真美の二人はお仕事をしている。少しずつだが二人はTVにでるようになった。それはすっごくうれしいはずなのに、すなおじゃない自分がいるようで。
それが、嫌だった。
今の私の心はもしかしたら、このお天気と一緒なのかもしれない。私の心もこうやって、ざーざー雨が降っていて、晴れてないのかもしれない。
…また気分が落ち込んでいる。どうして? 私の取り得は、元気だけなのに。こんなんじゃ私は、私は。
PULLLLLLLLLLL PULLLLLLLLLLL PULLLLLLLLLLL―――
「わっ…」
事務所の電話が鳴っている。いつも電話に出てる小鳥さんはいないし、他の人も誰もいない。
PULLLLLLLLLLL PULLLLLLLLLLL PULLLLLLLLLLL PULLLLLLLLLLL PULLLLLLLLLLL PULLLLLLLLLLL―――
「わわわっ」
ガチャッ
つい電話が鳴っていると取ってしまう癖で受話器を取ってしまった。えっと、高槻です、じゃおかしいし。えっと、ど、どうしよう?
「もしもし? 765プロでしょうか?」
「あの、えっとぷろでゅーさーは今じむしょにいなくて」
舌が動かない。家で電話に出るときはもっと、リラックスだったかな? して出れるのに事務所の電話は全然違う、ってそれどろこじゃない。ちゃんと話さないと。
「ん? その声は、やよいちゃんかな?」
「ええっ、そうですけど。どうして私のなまえを…」
「覚えてないかな? やよいちゃんの曲を創るために一度会った、髭のおじさんだよ」
ひげの、おじさん? 私の曲をつくる? …ああっ!
「えっと、たしかさっきょくかのせんせい、ですよね?」
「当たり。でもそっか、プロデューサー君はいないんだ」
「はい、すいません…」
「…ううん、それはまた後でいい。今しなきゃいけないこと、見つけたからね」
今しなきゃいけないこと? 私との電話中に何かあったのかな? それとも私、またなにか失礼なことでもしちゃったんだろうか?
「やよいちゃん、ちょっと歌ってみようか」
「う、歌うんですか?」
「そうそう、やよいちゃんの好きな歌、気になる歌でいいから。サビの部分だけでもいい」
私の好きな歌、気になる歌。自分の歌はまだないから、じゃこの事務所の人たちの歌でいいかな? 誰がいいかな、うーん。
♪―――悩んでも仕方ない ま、そんな時もあるさ あしたは違うさ♪
「……」
結局私は亜美たちの歌『ポジティブ!』を全部歌った。好きな歌で、気になる歌で、今の私がそうなりたい歌だったから。
「…歌、うまくなった。うん、これは驚きだなぁ」
「あ、ありがとうございます!」
「でも、うまくなったけど残念でもあるな」
「うぅ~。どっちか、わかりません…」
「確かにうまくなった。声も伸びてるし、独特な歌い方も可愛い。感情の出し方とかも前よりいい。でも」
でも、なんだろう。それを聞くのが怖くて私は先生の言葉を待った。耳を塞ぎたい、けどがんばらなきゃ。ポジティブに、ポジティブに。
「やよいちゃんじゃない」
私じゃない、先生はそう言った。でも私は。何かを言いたい。言わなきゃ。
「…私は私ですよ?」
「うん、そうだね。今僕と話しているやよいちゃんは間違いなく高槻やよいで、さっき受話器越しに歌ったのもやよいちゃんだ」
それはそうだ。だってずっと私は手に汗をかきながら、それでも受話器を離さないように必死に歌った。おかげで受話器は外の窓と同じようにいっぱい濡れている。
「でも僕が知っているやよいちゃんはもっと元気だよ。もっと舌足らずで歌うんだ」
舌足らずなのは自分ではちょっと気にしているから、直ってるなら私はうれしいけれど。
「やよいちゃんはやよいちゃんでいい。無理に巻き舌で歌わなくていいんだ。もっと元気に歌っていいんだよ」
よく、わからない。…わからないけど、何故だろう? 亜美の顔が浮かんでくる。あれ? これは真美かな? どうしよう、わからない。
「…亜美ちゃんに似せて歌わなくていいんだよ、やよいちゃん」
え、あ、う。
「…な、なんで。う、うえぇ、うえええぇん、ああぁぁぁああんんっ」
そうして私はくずれおちた。ぐしゃぐしゃになってしまった私。プロデューサーはこうして歌えばうまくなったな!と褒めてくれた。
それは嬉しいのと同時に、辛かった。でもそれを伝えてしまうのが怖かった。どうにも怖くて、言い出せなくて。だから私の心にはずっと雨が降っていたのかもしれない。
「ず、ずいまぜん。きゅう、に、ないちゃっって」
「いいんだよ、でもこれでやよいちゃんもわかったね? やよいちゃんはやよいちゃんらしく、ね?」
「は、いぃ…」
でも私らしさってなんだろう。私、らしさ。
―――元気。
そう、思えた。
「…なんとなく、掴めたみたいだね、やよいちゃんらしさ。ならもう平気かな」
「あ、あのっ、今日はすいません! それと、ありがとうございます!」
「うん、その調子だ。しかし、プロデューサー君はまだ仕事ができるだけか」
直感でプロデューサーが怒られるような気がした。でもプロデューサーは何も悪いことしてなくて、むしろ私たちのためにいっつも頑張ってくれていて。
そんなプロデューサーが怒られるのは嫌だった。どんなことよりも嫌だと思った。
「プロデューサーを怒らないであげてください! プロデューサーは私たちのために…」
「うん、知ってるよ。そしてやよいちゃんが怒らないでって言うならそうする。でも一つだけ約束してほしいんだけど、いいかな?」
「は、はい! なんですか?」
「プロデューサー君ややよいちゃんのファン、そのほかにもやよいちゃんの近くにいる周りの人たちが、なんて言ってもやよいちゃんはそのままでいてほしい」
「…ちょっと難しいかも」
「つまり、いつでも元気で可愛いやよいちゃんでってこと」
「か、かわいいかどうかはわからないですけど! 元気なのは、自分でも好きだし、取り柄だと思ってるから、そのえっと、頑張ります!」
「うんうん、その調子だよ。そんなやよいちゃんには近いうちに僕からプレゼントをあげるから、楽しみにしててね。それじゃ」
「はい!」
電話が切れて、数分間なにもできずにずっと同じ場所にぼーっと立っていた。ずっとぼーっと。でも。
心の中はさっきまでの雨と違って、晴れている気がする。外の雨は晴れないけど、私の心は晴れている。それがとっても、とっても、うれしくて静かに涙が流れた。
「明日からは、元気な私に。亜美と真美とプロデューサーと一緒に、元気にお仕事をしよう」
笑って、本当に元気になれた気がした。さあ、残りの掃除をしよう。この元気と同じように、全部ぴっかぴかにしてしまおう。


「んーんっ、今日もいい天気っ」
カーテンを思い切り開けて、私は伸びをした。最近は晴れが多いね。あ、先週一度雨降ったか。でもこの一週間は晴ればかりだよ。朝日がまぶしい。
お向かいのお家の窓ガラスも、ちこっとだけ見えるナントカ上水もキラキラ輝いてる。世界がカガヤイているみたいだね。
パシャリ。
あれれ、何の音? あ、真美にケータイで写真撮られた!?
「『まるで亜美をシュクフクしてくれてるみたいだよー。お日さまさん、お水さん、いっつもありがとねー!、だってさ。イガイとメルヘンだよね亜美ってさ』と。ホイそーしん」
マシンガンみたいにメールを打つと真美はどっかに送っちゃった!
「そんなこと言ってないじゃん! 誰に送ったのさ!」
私はゼンゼンそんなキャラじゃないよ!
「うしし、兄ちゃんにチクっちった。じゃ、先に降りてるよ~ん」
私がベッドのマクラをつかんだときには、真美はドアの向こうに消えていた。

まあ、ナットクしとく。今日のオシゴトはとっても楽しそうなのに、順番で亜美だから。真美は事務所でレッスン。ちかたないね。…かんだ。しかたないね。
「はーい、今日も元気いっぱい天海春香でーす! 春香に会える場所略して春場所、今週は新宿小田急百貨店特設会場からの、何と公開生放送です!」
ステージの真ん中のではるるんがDJしてる。MCだったっけ? とにかくソレ。今日のオシゴトはラジオ番組のゲストなんだ。しかも公開生放送。おもしろそうっしょ?
あ、はるるんってのは同じ事務所の先輩アイドルさんなんだな。歌がヘタで良く転ぶのが売り。…ヒドイこと言ってるのわかるけど、事務所公認だからちかたないね。
「ホントに大丈夫なんですかねこんな企画通しちゃって。パーソナリティー私ですよ? あはは、放送事故だけは気を付けますねー。あ、ただいまお聞きの放送は、周波数76ポイント5、FMグラント

ーキョーです。それではCMどうぞー」
タテイタニミズのはるるん、ウマイね。きっとラジオの向こうじゃムダムダムダァッな話にしか聞こえないけど、タシカあれリハには無かった。
「…はるるん、アドリブでタイムリード合わせた?」
私はトナリに立ってる兄ちゃんを見上げて聞く。兄ちゃんはうなずいた。
「たぶんな。公開だし、いつもより早口なの自分で気付いたんだろ。そのままでもスタッフが修正するけど、リード通りの進行に越したことは無いしな」
組んでいた腕を解いて、兄ちゃんは右の手の平を私に突き出して来た。
「事務所でのボケ倒しキャラからは想像もできないがな、やっばり全国区のアイドルなんだ、春香は。見ろ亜美、俺の手汗だくだぞ」
うん、汗が玉になってるよ。手の平なのにね。今度パパに診てもらったほうがいいかも。ナイゾウシッカンとかじゃなきゃいいけどね。
私がその手を握ると、兄ちゃんはフシギな顔して私を見た。あれれ、私もわからないや。私はどうして兄ちゃんの手を握ったんだろね?
「はーい、ラジオをお聞きのみなさん、CMはちゃんと聞いてくれました? それじゃ、今週のゲストの紹介です。私の後輩アイドル、とか言いながら歌もダンスも例のごとく私より上手なんですけ

どね。双海亜美でーす」
まあ、いいや。私は兄ちゃんの手をはなした。うっし、亜美行っくよー!
「こんにちはー! 双海亜美だよよよよーん!」
私はマイク片手に叫びながら、ステージに出た。

「それじゃ次のコーナーは、アカペラマスター! ゲストの人にその人に関係する歌をアカペラで歌ってもらおうとというおなじみのコーナーです。今日は765プロ縛りでリスナーのみなさんからお

はがき募集しました。亜美、ちゃんと練習してきた?」
「バッチリだよー! どんとこーい!」
はるるんに振られて、私は答える。胸に左コブシをあてた。
「おおー、頼もしい返事。それじゃ、箱から取りますね。がそごそがそごそ、っていつもより多いですよコレ! 後でスタッフさん枚数教えてくださいね。あ、第一回の私の時のより倍以上だった

ら黙っていてください。…はい、これ! このおはがき。じゃかじゃん!」
はるるんはくじ引きみたいな箱からハガキを一枚取り出した。いつも良くしゃべるはるるんけど、ラジオだといつもの倍以上しゃべってるね。
「はい、東京都の他の生き方なんて知らないさんからのおはがき。春香さんこんにちは。はいこんにちは。亜美さんこんにちは」
はるるんが私を見た。期待には応えないとね?
「こんにち、はぁあん。亜美よおぉおん?」
私はしなをつくって色っぽく答えてみる。
「ぷ、何それ亜美。ええっと、いつも楽しく聞いています。来週は、って今日のことですねー、来週は公開録音だから心配です。春香さんがどんがらしないかって。しませんよもう! 現地入りし

た時はうわボックスじゃ無いステージだって頭抱えましたけど」
うん、はるるんは本当に頭抱えてた。こんな話聞いてないってはるるんのプロデューサーに泣き付いてたけどトーゼンだめだった。
「亜美さんへのリクエストは、水瀬伊織さんの『フタリの記憶』です。ちっとり聞かせてください。だって。うわ亜美大丈夫? あの歌すっごく難しそう」
ありゃ、いおりんのアレかあ。タシカに難易度ウルトラハードかも。でも亜美はニガテじゃないな。亜美には、真美がいる。この歌の歌詞はよくわかるんだ。
「おけおけ、ダイジョーブだよー。んじゃ、はるるんはすみっこに行っててね?」
私ははるるんの背中を押した。よろけるはるるん。お客さんがどっと笑った。
「うう、後輩にまで邪険にされる私…。でも私は応援するよ亜美! それじゃ双海亜美で、『フタリの記憶』です!」
はるるんのあざとい前フリの後で「フタリの記憶」のイントロが流れる。
アカペラなのになぜかバックミュージック流れるんだよね、このコーナー。これじゃカラオケじゃない? まいっか、歌おっと。
♪いつものように空を翔けてた ずっとずっと どこまでも続く世界♪
うん、歌い出しまあまあかな。真美といっしょに、走り回る世界。忙しくて、楽しいことが多すぎて、寝ちゃうのがもったいないくらいで。
♪なぜそんなに 悲しいほどココロに傷 負ってるの? 夢や希望 打ち砕かれて 諦めたんだね♪
でもね、子供だからって、いっくら亜美たちがアイドルだからって、つらいことはあるよ。たくさんたくさんアキラメた。泣くしかない夜だってあったよ。
でも私はシアワセだ。私にはナニモカモをわかってくれる真美がいる。真美が私のチカラになってくれる。真美、私と双子の。
(えっ!?)
どうして!? びっくりして口から声がもれそうになった。真美が来ない。真美のイメージがココロに浮かんで来ないよ。亜美はプロだから、だからって歌うのは止めないけど。
真美の代わりに出て来て頭から離れないのは、
♪ボクがチカラになってあげるよ♪
…兄ちゃんの顔だった。兄ちゃんの笑顔に、兄ちゃんの臭い。私の、亜美たちの兄ちゃん。亜美を心配してさがし回ってくれた兄ちゃんの、ヒッシな姿が残って消えない。
♪以前の自分はリライトしよう 嬉しいことで 楽しいことで♪
別に書き替えたいことなんてないよ。ゼンブ大切な思い出。でも書き替えるなら、上書きするなら、兄ちゃんがいい。リライトされたい。兄ちゃんのコードで。
♪いつまでもこのままでいたいね ずっとずっと 一緒にいられたらいいね♪
いっしょにいたいよ。兄ちゃんとずっといっしょにいたい。真美とはずっと一緒だった。それが当たり前だから。でも兄ちゃんは他人だ。
私は、決心しないといけない。私のココロを私で認めないといけない。
間奏が流れて、二番の歌詞が頭をぐるぐる回る。これは悲しい恋の歌。亜美は知ってたけどわかっていなかったよ。
今なら歌える。真美じゃなくて兄ちゃんをココロに描いて、兄ちゃんを失う悲しみを、歌に込めるよ。
♪いつまでも忘れないでいるよ ずっとずっと 空で見守っているよ♪
このココロを、忘れないよ。ずっと見守りたい。亜美が兄ちゃんを見守るよ。だから兄ちゃん、亜美を見守っていて。ずっとずっと。ああ、兄ちゃん。
私は兄ちゃんに、恋をしているんだね。

「…沈黙の新宿小田急百貨店でーす。会場しーんとしちゃってます。亜美の歌に静まり返っちゃってる中で、私天海春香だけKYにしゃべってるけど、だってこれラジオだもんげ! …うわーん痛い

よー。静寂が怖いよー。亜美助けてー」
はるるんがプロ根性でがんばってる。私はヘタりこんだまま首を横に振った。ナニかしてあげたいけど、ムリだよ。もうMPすっからかんだから。
「と、とりあえずCM入れちゃいましょっか。コレ放送事故じゃ無いですよ、アカマスの後にCMなのは進行表の通りなんですから! ただいまお聞きの放送は、周波数76ポイント5、FMグラントーキョ

ー。CM挟んだら後は、ふつおたのコーナーです」
おお、さっすがはるるん。締めた締めた。やるねえ。…でも、亜美が怒られるのはちかたないけど、いっしょにはるるんも叱られるんだろうな。ゴメンね、はるるん。私のせいで。
「ゴメンね、私が恋に気付いたせいで」


魂が抜けていくって言うのはこういうことなのかな。
確か今日はらじおで春香さんと亜美がお仕事だって言っていたからお掃除をしながら聞いていた。
春香さんが事務所にいるときの春香さんらしくなくて、ちゃんとお仕事してるって言うと変だけどそう思った。
しばらくして亜美が元気に出てきてほっとしたような、ちょっと、いいなぁって思っちゃったりして。
そしたらリクエスト曲が伊織ちゃんの『フタリの記憶』で大変だーって思ってたら、いつの間にか魂がびゅーってどこかへいっちゃってたみたいで。
亜美、すごく、すっごく歌がうまかった。うまいだけじゃなくて、言葉じゃうまく言い表せないけれど何か伝わってきた気がする。
でも何故だろう? その気持ちにほんとにちょっとだけ、むっとしたのは。よく、わからない。
っと、いけないいけない。お掃除をしないと、まだ半分くらいしか終わってないし、ちゃんと最後までしないと。
「あら~、やよいちゃん~」
おっとりとした伸びやかな声。私にないものをいっぱいもってるおとなのじょせい?
「あ、あずささん! おはようございます!」
「おはよう、やよいちゃん。お掃除してたのかしら~?」
「はいっ!」
「あらー偉いわね、それじゃ私も手伝いましょうか~」
「そうですか? ならフタリで一気に綺麗にしちゃいましょうー!」
「お~、うふふ~」
抜けかけていた魂はあずささんが来てくれたおかげで、なんとか私の中に帰ってきてくれた。ふとしたことでまたどこかへ行っちゃいそうだけど、気をつければ平気、だと思う。
でもさっきの亜美の『フタリの記憶』、かっこいいとは違って、でもかわいいとも違って、なのに素敵な感じだった。
きっと私にはああいう歌い方はできない。元気いっぱいに歌ってしまうはずだから。
「…やよいちゃんは、平気かしら~?」
「はい? 何がですか?」
「さっきの亜美ちゃんの歌」
あずささんも聞いてたんだ。でも平気ってどういうことだろう? よくわからないな。でもわからないからわからないって答えるのも失礼かも…。なら、えーっと、どうしよう?
「自信、失くさなかったかしら?」
「自信ですか?」
「ええ、正直私はちょっと、失くしちゃったの~」
「そんなっ! あずささんだってとーっても歌うまいじゃないですか!」
これは心の底から思っていること。確かにさっきの亜美はうまかったけど、あずささんほど伸びやかじゃないしびぶらーと? もなかった。
ああいうばらーどみたいなのは、あずささんのほうがおにあいな気がする。それなのにあずささんは自信をちょっと失くしちゃったって、どういうことだろう?
「うふ、ありがとうやよいちゃん。私だってアイドルなんだからちょっとくらいはうまくなくちゃね? …でもさっきの亜美ちゃんは、詩を朗読しているような、そんな感じだったわ」
詩の朗読って言うとあの抑揚のない声で五・七・五って読むやつ、じゃないやそれは俳句。なら更にそれプラスで七・七、ってそれは短歌。
私は、なぜ自分でボケ倒しているのだろう。自分ながらちょっと笑えてしまう。
「あれだけ心に届いてくる歌を歌えるなんて、羨ましいって思ったの。いっしょにね、自分じゃできないな~って自信を失くしちゃったの」
「心に届く歌、ですか?」
「やよいちゃんはそう思わなかったかしら~?」
確かに亜美が歌った『フタリの記憶』はとっても素敵だった。心に届くというのもわかる気がする。だから私もちょっとむっとしたんだと思うし。それだけならそう思う。だけど、だけど。
「…私にも歌えるかなーって、心に届く歌!」
「…そう、なのね。うふふ、この調子じゃ私なんてすぐに追い抜かれちゃうかもね」
「そんなことないです! 私にも亜美にも、あずささんのようなおとなのおねーさんはできません!」
「うふっ、ありがとうやよいちゃん。そうね、私も大人のお姉さんとしてならまだ負けないわよね? よーしがんばるぞー、おー!」
「おー!」
「そうだ、やよいちゃん? 一緒に歌いましょう」
「歌、ですか?」
「ええ、やよいちゃんが歌いたい歌をね?」
私が歌いたい歌。ついこの間までの私ならきっと『ポジティブ!』だったり、今亜美が歌った『フタリの記憶』だったかもしれない。でも今は違う。
元気な私だから、元気な歌を。私が、私がとっても歌いたいって思える歌を歌いたい。亜美が歌ったからだとか、伊織ちゃんの曲だからとかじゃなくて。
私だから歌いたいって思える歌、それは一体何かな? 今なら迷わないで言えるよ、歌えるよ。
♪GO MY WAY!! GO 前へ!! 頑張ってゆきましょう♪
そうただ前へ。元気な私は前だけを見つめて頑張りたいから。確かに周りの人たちはすごい、だけど私は私なりに頑張って進んでいけばいいって思う、今はそう思える。
♪一番大好きな 私になりたい♪
数週間前までの自分はきっと一番大好きな私じゃなかったし、今の私の一番かと言われればたぶん違う。
これから先、亜美や、プロデューサーと頑張って進んでいけば、いつか本当に一番好きな自分に出会えるんじゃないだろうか、そう思う。
そう思いながらあずささんと二人で一緒に笑顔で歌った。ボイストレーニングほど真面目じゃないし、オーディションほど緊張感もない。
ただただ歌いたいから歌う、そんな歌。そんなメロディー。それが今の私にとってはとても素敵なものだった。
あずささんが歌うと私みたいに子供っぽくなくて色っぽいって言うのかな? そう感じてしまうのがちょっと面白くて、笑ってしまう。
そしたらあずささんも笑って、二人で笑いながら歌ったんだ。私にはそれがたまらなく、楽しかった。
結局一番のサビまでしか歌わなかった。二番の歌詞はどうにも恥ずかしくてやめてしまった。んぜだかはわからない。わからないけど。
歌おうと思うと、急にプロデューサーの顔が浮かんできた。だから私は、恥ずかしくて、歌えなかっ、た?
よく、わからないや。プロデューサーに聞いてみたらわかるかな? 亜美に聞いてみたらわかるかな?
…でも。
それは聞いちゃいけないような気がする。


「明日は、お台場でテレビの収録だな。歌もアリ。選曲はこっち任せだけど積極的情熱的なラブソング希望、か。亜美だなあ、これは」
事務所に戻ってきた兄ちゃんが言った。今日兄ちゃんは真美といっしょにシゴトに行ってたんだ。私は事務所で待機。まあ私でも真美でもけっきょく『アイドル双海亜美』なんだけどさ。
「最近仕事増えたなあ。いい感じだ」
うん、オシゴト増えたよね。この前のはるるんのラジオからかな、って思うのはジイシキカジョーかな? まあなんでもいいや。兄ちゃんがウレシそーだし。
「今日はこれで終わり。俺は急ぎの書類仕事があるから送っていけないけどな。…あー、明日の亜美の歌決めるのも急ぎだな。とにかく、二人は電車で帰ってくれ。それじゃ、お疲れさん」
兄ちゃんはぱたんとおっきな手帳を閉じた。
「おっし亜美、どっかよってこうよー? ゲーセンとか行く?」
あー、サイキン行ってないね。新しいプリクラ入ってるかも。でもね。
「ゴメン真美、一人で行っといでよー。ちょっとやりたいことあるんだ」
私が言ったらフシギフキゲンな顔の真美。ゴメンね真美。兄ちゃんもこっちを見てる。
「兄ちゃん兄ちゃん、明日の曲亜美が決めたげるよ。レンシューもしたいし。レッスンスタジオ取って」
兄ちゃんは片方のマユを上げて、ほおをかいた。
「まあ、宣伝的にもうちの誰かのやつで行くつもりだったから、亜美に一任しても大丈夫か。別に許可申請とかも無いしな」
「まかしてまかして!」
兄ちゃんズイブンいそがしそーだしね。ナイジョノコーなんだよ。
「でも今からじゃ先生押さえられないな。スタジオも空きがあるかどうか。小鳥さんも忙しそうだしな」
そっか、当日券はないのか。じゃあさ。
「ダイジョーブだよー。ちょっと待っててね」
私はロッカー室に移る。はるるんカッテにロッカー開けてごめんね? あ、あったあった。
はるるんのロッカーの中から、私はごっついマイクみたいなのを持ち出す。さ、兄ちゃんのとこに戻ろっと。
『ただいまー』
スイッチを入れてあいさつしてみる。うん、いい音出すね。さっすがはるるん。
「…春香のハンディカラオケか。確か765の歌は未配信のまで全部入れさせてたな、春香のプロデューサーに」
そーなんだよ。こんなちっこいのに、みんなの歌は歌いホーダイなんだ。
「亜美は自分で歌を決めてね、これでレンシューするよー」

真美はゲーセン行っちゃった。兄ちゃんは電話鳴ったら歌うの止めるようにって私に言って、ショルイシゴトを始めた。
私は、明日の曲選び。はるるんのハンディカラオケの液晶を見ながら、歌のタイトルを一つずつ表示しながら、考える。
「んー、ガチなら千早お姉ちゃんかまこちんの歌だよね」
でも、はるるんやゆきぴょんもけっこうジョーネツテキな歌がある。ジョーネツテキかどうかはわかんないけど、あずさお姉ちゃんやお姫ちんもかっこいいラブソングを持ってる。
「『エージェント』あたりがリソーテキなんだろうねー」
まこちんの歌だ。私も一度だけちゃんと歌ったことがある。小さなライブの前座でね。私はどーしても「とかちつくちて」になっちゃうだけどそのまま歌ったら、バカウケだった。
「でも、『エージェント』は歌えないなあ」
歌いたくないな。アノコロはナンとも思ってなかったけど、あれってエロいよねえ。今の亜美にはイメージしちゃう人がいるから、ムリムリ。
「あれにココロを入れられるくらいオトナになったら、歌えるかもしんないけどさ」
ソンナ未来を、考えてみる。おっきく息を吸い込んだ。ウレシイな。ハズカシイな。でも、ゲンジツとして亜美はコドモだ。
私はハンディカラオケをテーブルに置いて、自分の胸に手をあててみる。ふにふにしてみた。うん、ふにふにだ。もみもみじゃない。
「…まあ、千早お姉ちゃんよりはマシかあ」
前に千早お姉ちゃんの胸にさわったことがある。ふにふにもしなかった。いいキョーキンだったね。
「やっぱ、千早お姉ちゃんの歌かな」
私はハンディカラオケを取ると、チハヤでソートする。あ、はるるんのハンディカラオケ、ソートとかもできるんだよ。あいうえお順に表示する。
アオイトリは、うーん、ナンカチガウなあ。インフェルノもナンカチガウ。
「…フィットしないなあ」
これだってのがないねえ、イマイチ。
「悪いな、亜美。仕事ぶん投げちゃって」
曲選びナンコーしてるのに気付いたのか、兄ちゃんが声をかけてきた。私は顔を上げて兄ちゃんを見たけど、兄ちゃんはショルイを見ている。
ま、いっか。んー、ネムリヒメもチガウなあ。次はっと。
「正直、助かる。亜美は歌もうまくなったし、たくさん仕事を持って来てくれるな。ありがとな、亜美」
「そっ、そんなことないよ!」
わ、ちっと声大きすぎた。びっくりしちゃったから。兄ちゃんが、私をほめてくれた。ありがとって言ってくれた!
「『アイドル双海亜美』は軌道に乗ったな。一安心だ。これで俺は、やよいに注力できる」
…え? 兄ちゃんは今ナンて?
「…ああ、悪い。注力ってな、力を注ぐって書くんだ。やよいのプロデュースに集中できるってこと」
そんな、そんな。血が引いてく。引いてくのがわかる。どこに引いてくのかはわかんないけれど。頭が冷えてく。体が冷えてく。でも一番に冷えるのは、ココロ。
「おい、どうした亜美?」
ナニカをサッシタのか、兄ちゃんがペンを止めた。顔を上げる。亜美を見ようとする。止めて、亜美を見ないで。こんな亜美を見ないで。
「おいおい、そんな顔するなよ亜美。亜美たちのこともちゃんと考えてるぞ?」
兄ちゃんが亜美を見た。軽く笑うと、立ち上がる。亜美の方に歩いてきて、私のアタマをなでた。コドモ扱いだ、ね。
「やよいの方も一段落したら、亜美真美メインに戻すぞ。お前たちをトップアイドルに上げる。そのためのプランのアウトラインも社長に提出済みだ」
兄ちゃんの目と、私の目が、逢った。兄ちゃんが見てる。私を見てる。でもチガウよ、私を見てない。見ているのは、
「まだ俺は半人前のプロデューサーだけどな、俺と亜美ならできる。なるぞ。トップアイドルになろう」
兄ちゃんが見ているのは、アイドルの「双海亜美」、だ…。
「お、曲決まったのか。千早の『目と目が逢う瞬間』か。また難しいの選んだなあ」
はるるんのハンディカラオケを見下ろしながら、兄ちゃんが言った。ハンディカラオケの液晶には、メトメガアウトキって出てる。
ああ、ああ、そうなんだね。兄ちゃんと亜美は、そうなんだね。

お台場のテレビ曲のスタジオで、私は歌う。兄ちゃんはいない。やよいっちのほうに行っちゃったから。
♪目と目が逢う 瞬間好きだと気付いた♪
スキだよ、兄ちゃん。私は兄ちゃんがスキ。兄ちゃんがアイドルの「双海亜美」しか見ていなくても。
♪「あなたは今どんな気持ちでいるの?」♪
わかっているよ。私は兄ちゃんがナニを考えているのかわかってる。兄ちゃんは私をトップアイドルにしたいんだ。
♪戻れない二人だと 分かっているけど♪
戻れないよ。戻ったってイミない。だって、「始まりはもう無い」んだ。始まりなんてサイショからなかった。
♪少しだけこのまま瞳 そらさないで♪
私を見て。目をそらさないで。かまわないから。兄ちゃんが見ているのが私でなくても。アイドルの「双海亜美」でも。だって私は私に、
♪もう二度と会わないとさよならする♪
から。さよならしたから。

歌い終わって1分はたったのに、誰もナンニモ言ってくんない。だから私は言った。
「ディレクターさーん、今の亜美の歌、オーケー?」
ホントはこんなことしちゃいけないんだけどさ、ラチがあかないジャン?
「お、おお。オーケーだ。もちろん」
頭にバンダナ巻いた番組のディレクターってゆーより映画のカントクさんみたいな人が言った。
まあ、トーゼンだよね。ココロこめて歌えたもん。千早お姉ちゃんだって私ほどには歌えてない。レンアイもシツレンも知らない千早お姉ちゃんには、歌いこなせないよ。
「じゃ、亜美は控え室に引っこむねー? つかれちった。ナンカあったら内線鳴らしてね?」
私はステージ衣裳のままスタジオを出る。小さいけど私専用の控え室に入って、鍵をかけた。
「ふう」
これで、安心して、倒れられるよ。私はその場に崩れた。あはは、タマシイこめちゃうと、ダメだねぇ。カラダ、動かなくなっちゃう。
♪切ないほど あなたが欲しい♪
私はほっぺた床に着けたまま、小さく歌う。兄ちゃんに会いたいよ。兄ちゃんが欲しい。だから、
「私は、トップアイドルに、なるよ。兄ちゃんの望むままに」
私はミタサレている。ミタサレているよ。私には真美がいる。私にはかなえたいユメがあって、兄ちゃんがいる。私は、ミタサレている、よ。


「これからは私のほうをメインで、ですか?」
「そうだ。亜美と真美はしばらく一人で、って二人か。二人だけでもやっていけそうだから。ほんと、頼もしいよ。そんなわけでやよい、待たせて悪かったな」
「そ、そんなことないですけど、ほんとに亜美と真美はいいんですか?」
「あいつらはもう立派なアイドルだよ、補助輪もしばらくはいらないさ」
誇らしそうに私に喋りかけるプロデューサー。その表情や仕草から私は得体の知れない気持ち悪さを覚えた。
でも同時に、嬉しかった。今までプロデューサーはほとん亜美と真美にかかりきりだったけれど、今日からは私と一緒にいてくれる。
プロデューサーがいなかった時はあずささんや他のアイドルの人、たまに私の曲を作ってくれたおひげのおじさんもいてくれたから、寂しくはなかった。
けどやっぱりプロデューサーは、なんかこう違う。言葉じゃなんて言ったらいいのかわからないけれど、おとうさん?って感じなのだ。…たぶん。
「それじゃこれからレッスンだ! と、言いたいところだが俺は先に謝らなくちゃいけない」
「あやまるって、誰にですか?」
「やよいにさ」
「ど、どうしてですか? わたし、プロデューサーにあやまられることなんてされてないですよ?」
「いいや、俺はずっとやよいを蔑ろにしてた。亜美の成長に目を離せなくて、そればっかりに目が行ってやよいのこと何も考えてなかった」
「そ、そんなことは」
何となく気付いていた。でも面と向かって言われると、その、ちょっぴり辛い。こういうのを、でりかしーがないって言うのだろうか。
「でもこれからは違う! 一人でも大丈夫になった亜美に少しだけ時間をもらって、やよいをメインに見て、やよいが亜美と同じくらいになったらまた亜美も見る! そう決めたんだ」
「は、はいぃ…」
「だから今までごめんな。でもこれからは頑張っていこう、二人三脚で!」
「は、はいっ!」
なんだか人が変わったようなプロデューサーにびっくりして、声が裏返っちゃったけどいいよね。
でも嬉しいな。これからはプロデューサーが一緒にレッスンしてくれたりするんだ。それはとっても素敵なことなんだろうな。
私の歌を聴いて、褒めてくれたり叱ってくれたりするのかな。わからない、何もわからないけどとっても楽しみだ。
「よしっ、じゃ明日からは気合いれてやっていこう。そのために今日は俺、全部の事務仕事終わらせる。もう少しだけ待ってくれな」
「はいっ! 頑張ってください!」
「おう! それじゃ俺は家に帰って仕事するから、やよいも気をつけてな。いや、なんなら送ろうか?」
「…いえ、まだ少しお掃除終わってないですから、それが終わったら一人で帰りますね」
「そっか、じゃまた明日な」
「はい!」
そう言ってプロデューサーは事務所を後にした。何だか変に緊張したのは何故だろう? …考えてもわからないなあ。
そして、私は事務所にまた一人ぼっち。だーれもいない、ちょっと寂しい事務所。でも今の私の心はぽかぽかしていた。
だってこれからはプロデューサーと一緒にレッスンしたりできるんだよ? ずっととは違うかもしれないけどいっぱいの時間をプロデューサーと一緒にいられるんだよ?
プロデューサーは高槻やよいと一緒にいてくれる、他の誰でもないわたしと一緒にいてくれるんだよ? それが、どれだけ嬉しいか、この嬉しさを表現しろって言われても困っちゃう。
だって表現しきれないよ、胸の中がパンパンだもん。
…もしかしたらあずささんの『隣に…』や千早さんの『目が逢う瞬間』もこんな気持ちで歌うのかな?
言葉なんかじゃ表せない気持ちを、歌に乗せて。それなら今の私にも歌えるかもしれない。でもやっぱり今私が一番歌いたい歌は、違うかな。
今すぐ歌っちゃいたい、叫び散らしたいけど、やめておこう。こんな誰もいないところじゃちょっともったいない気がする。
私の無限にも近い気がする元気をみんなに、この日本中に届けてあげたい。だからもっと頑張らなきゃ。
「うっうー! よーし、頑張るぞー!」
誰に叫ぶでも聞かせるでもない私の言葉は事務所に響く。その言葉すら私の背中を押してくれるようで、何だか誇らしかった。

PULLLLLLLLLLL PULLLLLLLLLLL PULLLLLLLLLLL―――

事務所の電話が鳴る。元気の赴くままに私は電話に出る。
「はい! こちら765プロダクションです!」
電話の前にある小さなホワイトボードに書かれている言葉をそのまま言う。私が電話に出てもいいように、小鳥さんが書いてくれたものだ。
『…やよいっち?』
「あれ? その声は、亜美?」
『よく、わかるね。さすがやよいっちだよ』
「そうかな? 誰でもわかると思うけど」
『そんなことないよ。最近じゃ、兄ちゃんだってわかんないんだかんね、あはは』
「…大丈夫? 亜美すごく疲れてる声してるよ?」
『おっとそこまでオミトーシとは、やっぱりさすがのやよいっち、だねえ』
今日は亜美と真美を間違えることもなく、すぽーんと迷いなく答えられた。けれど、私の知っている亜美の声とは違っていた。
亜美の声は少し特徴的で、真美よりもちょっとだけ幼くて元気で、それでいて無邪気な声。そんな素敵な声。
でも今の亜美の声はひどく、嗄れているというか、落ち込んでいるというか、とにかくそ亜美らしくない声だ。
「疲れてるならプロデューサーに電話して迎えに来てもらうのはどうかな?」
『…兄ちゃんは今そこにいるの? タトエバ、やよいっちのトナリとかに』
「ううん。お仕事を片付けるからってお家に帰ったよ、レッスンは明日から、がんばろーって」
『そっか、そっかー…。ううん、だいじょーびだからやよいっちも気にしないでがんばってくれたまへ!』
「うん! …わたしね、わたしね。これから頑張って、亜美のところまで行くから! そしたら、一緒に歌おうね!」
それが私の本心だった。あんな綺麗な曲を歌う亜美と一緒に肩を並べて歌う、今の私にはそれが目標だったから。
『うん…そだね。楽しみに、してるよ。…うん、そっか、そうなんだね。やっぱりそうだよね』
「…亜美?」
まるでうわごとのように、自分ひとりに言い聞かせるように呟く亜美。その声を聞いて背中に寒気が走る。前にも似たような寒気を感じたような

―――この机を、今日、亜美が、拭いた。

…気のせいだ。気のせいだよ。違う…違う違う…違う違う違う!
『やよいっち?』
心臓が跳ね上がる。亜美の声を聞いただけでこんなにも跳ね上がる。あばれる馬のように私の身体から出ようと言わんばかりに。
「え、あ、うん! 大丈夫、大丈夫だよ!」
何が大丈夫なのか。亜美には関係なく自分に言い聞かせるようにそう返していた。そしたら。
『…ぷっ、あははは! 今日のやよいっちはやよいっちらしくないよ~。やよいっちこそ休んだらどう? 明日からは兄ちゃん軍曹の鬼レッスーンが始まるからね!』
「お、鬼レッスン!? …そんなに大変なの?」
『んっふっふ、それもウソだよーん! 逆にヤサシすぎるくらいだから、自分であるてーどモクヒョーをもってやったほうがいいよーん』
「そっかー。うん、わかった! 亜美、あどばいすありがとう!」
『おっ、シタタラズなやよいっちだあ! チョーシが戻ってきてるねーん? それじゃ亜美も実はケッコー疲れてるからさ、ここらへんで失礼するよ』
「うん、ちゃんと休むんだよ?」
『アイアイサー! それじゃまた今度ね、ばははーい!』
そう言って電話は切れた。何だか強引に切られたような気がしたけれど、気のせいだろう。
そうだ、亜美の心配ばかりはしていられない。明日からは私も本格的にプロデューサーと一緒にレッスンなんだ。頑張らないと。
…そうは思うのだけれどやっぱり気になる。さっき電話をしていた亜美のこと。最初の亜美は亜美らしくはなかったけど、確かに亜美だった。でも。
最後のほうの亜美はまるで、真美と話しているようで少し気味が悪かった。
「亜美。亜美はね、真美じゃないんだよ?」
私がかつて言われた言葉と重ねて、そう呟いた。


ライトがトモる。亜美に光ヒカリフリソソぐ。マブシい。ああ、イツカの日にユメ見たステージだ。ここに立つのが亜美のユメだった。
今はチガウ。泣けそうだよ。泣かないけどね。もうカメラ回ってるから。
「ただ、ただ、歌にこめるよ…」
歌はミキミキの『Day of the future』。あはは、また他の人の歌なんだ。もう亜美は『アイドル双海亜美』の歌は歌えないから。
『ポジティブ!』みたいな明るくて元気な歌は全部真美の担当になった。さすが兄ちゃん、わかってるね。
真美もどこまで気が付いているのかな、ズイブンと亜美にキョーリョクしてくれてる。
「アリガトね、真美。亜美と真美とで、兄ちゃんのユメを、かなえよね…」
前奏が流れ出した。私はポーズを取るよ。ギリョーなら私はあずさお姉ちゃんや千早お姉ちゃんにはかなわない。ううん、真美にだって負けちゃうよ。
でもね、それでもNo.1になるのは亜美なんだ。亜美こそがNo.1になる。誰もツイヅイできないセカイに、亜美は行くよ。
「ショーガイの恋をしているからね、亜美は」
きっとかなわない恋だ。かなっちゃいけない恋だ。でも、だからこそ。
「今が、今この時が、亜美のジンセー、サイコーの時だっ!」
亜美は、歌うよ。
♪Future star 今はまだ未知の夢 どれだけの 世界が広がる♪
がんばってやっとここまで来た。でもまだまだ先は長くて。亜美が進む、ユメに近づくこの道。先にはどんな景色が見えるんだろね?
♪Future hope 希望と光を紡ぐ 私はそう 走り出す 未来♪
今は走ろう、未来へ。それしかない。亜美のユメを、亜美と兄ちゃんのユメをかなえるために。
♪いつまでもいらないわ 壊れた絆 新しいスタートをきる♪
コワれたキズナ。うん、そんな亜美のヒトリヨガリなキズナはいらない。兄ちゃんのユメに向かってリスタートだ。それがきっと、新しいキズナだから。
♪Good-bye memories この思い出 春風舞う陽だまりの 君と過ごしたMiracle 超えて行く♪
あマズ、少しナミダにじんちった。照明がとばしてくれるよね、よね? ああ、ミラクルだったよ。兄ちゃんにフツーに恋していられたアノコロ。でも超えて行くからね、亜美は。
♪Good-bye daily life いつか過ぎ行く 思いのカケラたち 走り続けているのは 強くあり続けるため♪
ゼンブ思い出にして、思い出にしちゃって。亜美は走るよ。走り続ける。強く、あり続けるために。
♪叫び続けているのは 夢を現実にするため♪
歌い続けるのは、ユメを、現実にするために。私はトップに行くよ。トップに立つよ。みんなクチクする。あずさお姉ちゃんも千早お姉ちゃんも。いおりんもミキミキも。
「モチのロン、やよいっちも、ね」
誰もツイヅイできない世界へ、亜美は行くよ。兄ちゃんを引っ張って行く。そうすれば、兄ちゃんが誰をスキでも、兄ちゃんは、亜美のものだっ!

今日の午後は事務所待機なんだな。亜美も真美もオシゴト無しなんて珍しいよ。日曜日なのにね。まあ夕方には入ってるから、キューケー中って感じ。
「レッスン、したかったなぁ」
私はつぶやく。兄ちゃんからシゴトなしって聞いたから、レッスン入れてってお願いしたんだけど断られた。
「ダメだよ亜美ー? 休むのもシゴトのウチだよ。兄ちゃんもそう言ってたジャン?」
真美が私に指をツキツケてくる。サイキンの亜美真美はオーバーワークだって兄ちゃんは言ってた。それはわかるけどさ。
「ダメなんだよ、それじゃ」
前みたいに一曲でヘトヘトにならなくなった。コントロールできるようになったのはいいことだけどさ、きっとシュンパツリョクは落ちちったと思うんだ、亜美は。
バランスを取りたい。バランスを知りたい。亜美がトップに立つまで、このカラダとココロを持たせられるギリギリのバランス。
どこまでならタマシイを歌にブチ込んでも平気かのゲンカイのバランス。
「あ、『ホイップクリーム気分』始まってるじゃん」
亜美が考えごとしてたら真美がテレビのチャンネルを変えた。ホイップクリーム気分ってのはね、日曜お昼のOLさん向けナゾの情報番組。りっちゃんが音楽情報のコーナーを持ってるんだ。
「さーて今週の19位は、双海亜美の『ポジティブ!』です!」
あ、ちょうどりっちゃんのコーナーだ。しかも亜美の名前が出た? 19位ってマジ?
「もう何ヵ月も前の歌だよ?」
亜美は真美と顔を見合わせる。
「ジワ売れを続けてトップ20に帰って来ました! 楽しいポップスから燃えるようなバラードまで何でもござれ、七色の歌声四代目とか業界じゃささやかれる新進気鋭の十二歳、双海亜美! マケ

も打たずにこの成果、最近は露出もずいぶん増えて、事務所として費用対効果抜群の亜美は大助かりですよ~」
ああ、またあんなこと言ってる。まあそれで人気あるんだからりっちゃんはすごいよね。それにしてもりっちゃん、ホントノトコはプロデューサーとアイドルどっちをやりたいんだろね?
「ちなみに先月の頭に発売した亜美の新曲『スタ→トスタ→』の方も二十八位まで戻って来ました。こっちも良い曲ですよ~。皆さんじゃんじゃん買ってくださいね~」
うーん、あそこまで事務所のドウリョー持ち上げてイヤミが無いのはもはや才能だよね?
その後も十一位まで曲の紹介が続く。ゆきぴょんとまこちんのデュオの新曲と、あとはるるんのソロといおりんのソロが入ってた。
「あー、ベスト10は後半のコーナーかー。でも今のに入ってなかったから、あずさお姉ちゃんヒトケタに残ったみたいだねー、亜美ー?」
真美が言った。うん、あずさお姉ちゃんの新曲は今週で三週目。三位→七位だったから今週のベスト10キープはアヤしかったけど、持ちこたえたみたいだ。まさか20から落ちたとは思えないしさ。
「…トップ20に、五曲も」
私はつぶやく。半年前からしたら信じられない。いやいやアノコロもあずさお姉ちゃんやはるるんは全国区だったけどさ。こんなランキングを765プロで埋めるノリは無かった。
「…来週は、千早お姉ちゃんのシングルだよ。今までライブでしか歌ってない、アルバムにも入ってなきゃネット配信もしてない『inferno』と『arcadia』のダブルA面」
真美が、まるで私が考えていることがわかるみたいに言った。つーかわかってんだろけどさ。
「…千早お姉ちゃんも千早お姉ちゃんのプロデューサーも、目の色変えてシューロクしてたね。『アイドル如月千早』のゼヒヲトウ、とかで」
真美が続ける。うん、キキ迫ってたね。千早お姉ちゃんはこれで売れなければアイドル辞めますとか言ってた。まあ辞める必要無いだろけどね。
「…初週3位は、カタいよ」
セケンに出てない歌だから、ニコ動とかようつべとかの違法動画がダブルミリオンとかトリプルとかおかしな再生数行ってた。そもそもライブをサツエイするのは禁止なはずじゃん?
「その次にはやよいっちのセカンドシングルもあるしね」
「え、そなの?」
真美のコトバに亜美は尋ねた。そんなの知らなかった。そっか、やよいっちもセカンド出すんだ。
「知らなかったよ」
サイキンあんまし情報入れてなかったからね。忙しかったし。
「真美は聞いたことあんの? どうだった? どんな歌?」
だから知ってるらしい真美に聞いてみる。
「やよいっちすごいよー。すっごくうまくなった」
真美はグタイテキなことを言わなかった。それでもわかる。うまくなったんだ、やよいっちは。うん、そうだよね。やよいっちには兄ちゃんがいる。
「やっぱり来るんだね、やよいっちは」
ゼンモンの千早お姉ちゃん、コーモンのやよいっちってとこかな。フルエるね。ムシャブルイじゃ無いことは、ショージキに認めておくよ。
ジブンを偽っていたらチメイテキなことになるからね。これからは特にさ。
「カンタンじゃ無いね」
わかっていたけどね。765プロのみんなをクチクして、もちろんやよいっちもクチクして、他の事務所のアイドルもクチクして、そこまで行ってやっと、
「亜美のユメが、兄ちゃんのユメがかなうよ」
トップオブザトップス、真のトップアイドルになれるんだよ。
「なら、真美もがんばるよ」
「え?」
ヒトリでヒソーな決意を固めてたら真美が言った。シンケンな顔をしてる。
「真美はね、オモシロければそれで良いって今でも思ってるよ」
うん、知ってる。真美はオモシロいことがスキ。オモシロそうだからアイドルになって、オモシロいからアイドルを続けてる。そう言ってた。
「でも亜美はチガウんだよね。トップアイドルになりたいんだよね。だから、真美もがんばるよ」
「え、どして? どして真美が?」
だから私は尋ねた。でも尋ねたソバから真美の答えがわかる。いいの、真美? 亜美、また泣きそうだよ。泣いちゃうよ。あれれ?
今は泣いても良いのかな。事務所は私たちだけ、ピヨちゃんもいないし。
「なーに言ってのさ? 生まれる前からいっしょなんだよ、真美と亜美は。真美はいっつもメーワクかけられっぱなし。イマサラだよー?」
ああ、真美。そう言うんだろって思った。でも、ホントに。
「それに、真美も『アイドル双海亜美』なんだよー? 『アイドル双海亜美』が売れれば売れただけ、真美のオモシロいことも増えるジャン?」
にぃやりと笑う真美。ウレシイよ。ウレシイ。こんな亜美に、ヤサシイ人がいる。私には、ヤサシイ真美がいる。
「アリガト、ね…」
トップアイドルになるってのは、亜美の願いなのに。真美の願いじゃ無いのに。ナミダが、落ちる。
「もー亜美はー。ほらほら、亜美も指出して」
真美は小指を立てた右手を突き出して来た。指切り、だ。私も小指を伸ばして真美の小指に絡める。
「トップアイドルに、なろうよ。真美と亜美と、二人で『アイドル双海亜美』をトップアイドルにしようよー!」
「うん、なろう。亜美と真美とで、兄ちゃんのユメをかなえてあげようよ!」
私たちは指切りをした。もう負けないよ。やよいっちにも、誰にも負けない。亜美と真美を別々だと思ってる人たちに負けるはずが無い。
二人で一人の『双海亜美』が、負けるはずが、無いから。


「はいレッスン終了! お疲れ様、やよい」
「はいっ!」
水を差し出してくれるプロデューサー。それだけで何というか、胸の辺りがぽわぽわする。
一緒にレッスンし始めてから一度も変わらないこの感情に、そろそろ名前をつけてあげたい。でもそれはせかんどしんぐるが出せるまでお預けだ。
なんたって私とプロデューサーはとんでもないことをがさくしていたからだ。
それを聞かされたときは私もすっごくびっくりして、今でもどきどきしてるけど、でもやっぱりプロデューサーが言ったことならやり通したい。そう思うから。

「い、いきなり一位を取る、ですか!?」
「おう! 今のやよいならできると思うからな!」
「だだだって来週は千早さんがたいぼうのシングルを出すし、あずささんの曲に亜美たちの曲だって……」
「勿論、それらを考慮に入れてだ。それでもなお、できる可能性があるからこんな無茶なことを言ってるんだ」
プロデューサーの口から告げられたのは私が出すセンカンドシングル『キラメキラリ』で初週一位を取りに行く、というむりなんだいだった。
確かに最近は昔よりもうまく歌えるような気がする。けどやっぱり舌足らずな私じゃ力及ばずって感じばかりで、なんとかそれを払拭するためにいままでレッスンをしていたのに。
そんな状態で一位なんて、頭のよくない私でもむぼうだってわかる。
「っとまぁ言うは易し行うは難し、だ。正直あずささんや亜美、他にも春香や伊織を追い抜くのも難しい。何より前の週が心血を注いだであろう千早のシングルだ。
 容易でもない、簡単なんかじゃないってのわかってる。だがやよいになら出できるはずなんだ」
「私だから、できる…?」
「ああ…白状すると、最初にやよいのレッスンを見たとき、これは相当きついって思ったよ。まあ亜美も大概だったが、センスはありそうだったし」
「うぅ…」
「だけど今のやよいを見て思った。ああ、あの時の俺はなーんにも見えてなかったんだってさ。やよいの武器は歌唱力でも明確な表現力でも華麗なダンステクでもない」
「元気ですか?」
「それもある。でも一番はな、いきなり、初速から、最高速が出せるその瞬発力なんだ!」
「しゅんぱつ、りょく?」
聞いたことはあるけれど意味までは出てこない。漢字がわかればある程度わかる気がするけれど、しゅんぱつ…ふんぱつ? ここぞというときの力?
「瞬発力ってのは一瞬のうちに発揮する力、要するにここぞという時に一番あってほしい力のことだと俺は思ってる」
あ、当たった。
「確かに持続させるのは現段階じゃ無理だろう。すぐにでも他のアイドルに抜かれる、でも今回の一位ってのはそういうことじゃないんだ」
「はあ」
「わからないかもしれないけどな。全国区のアイドルがしのぎを削るランキングの中で一位を取るのはそれだけでも難しい。うちのアイドルたちも、亜美たちにもな。それは着実に力をつけている

からであってずっと取れないわけじゃない、現に千早は一位を既に取っているしな」
確かに千早さんは「蒼い鳥」で一位を取ったこともあった。その後に出た曲たちはすべて、自分の歌った「蒼い鳥」に足を引っ張られる形で一位は取れないものの、確実にランキングの上のほうに

はその名前があった。
「だがここで重要なのは、このタイミングでやよいと一位を掻っ攫うことなんだ」
「たいみんぐですか?」
「ああ。正直千早が一位を取ったときは周りの曲もいまいちぱっとしない曲ばかりの中、圧倒的な歌に仕上がった『蒼い鳥』が一位を取った。だが今回は違う! その千早や人気上昇中の亜美たち

がいる。生半可なことでは抜き去るのは至難の業だ。だが逆にそれができれば、やよいの名前は普通に一位を取るときより更に拡散するはずなんだ!」
今のプロデューサーはすごく熱い。無邪気な弟が目を輝かせて遊びの話をするように、夢中だった。それが私には堪らなくいとおしく見えた。
と、一緒に他のアイドルたちをまるでどだいのようにとらえているのが少し残念だった。
「だから一位を狙う! 貪欲に、あくまで貪欲に! だからやよい!」
急にこちらを向いたプロデューサーに両脇を掴まれそのまま抱え上げられた。
「ちょ、ちょっとプロデューサー!?」
「俺と一緒に目指してくれないか? 夢の先、アイドルの頂点に! その通過点である至難の一位を!」
汗ばんだ手から伝わるプロデューサーの温もり。臭いが、ひどく濃く感じられる。まるでお風呂一杯になったしぼりたてのミルクを中を泳ぐような、そんな幻想の臭い。
鼓動が早くなる。なんというか、この速度でおもち付きなんかをやったら、きっと杵がもちをこねる人の手に当たってしまって大変なことになるくらい、早い。
「…やよい? どうした、そんなとろーんとした顔して」
「へっ…? あ、そのええええ、えっと、あわわわ、おろ、おおっろ」
「ん?」
「降ろしてくださいっ!」
「へっ? …おあ、悪い! いつの間にか抱え上げてた! すまん!」
まさか無意識で私を抱え上げていたなんて、娘がいるわけでもないのに。きようなんひとだなーなんて思うと心が落ち着いてきて、うん、今はすごく嬉しいかな。
「なんかこうさ、娘みたいでさ」
「…っ」
落ち着いて、嬉しいはずの心に突然ナイフで刺されたような痛みが走る。ちくっと、とかじゃなくてもう刺された場所か燃える見たいに、痛い。
「やよい? さっきからちょくちょく止まるけど平気か?」
「ぜ、ぜんぜーん平気ですっ!」
「そうかー? それでやよいはどうする? この無理難題の賭けにも似た勝負、俺と一緒にやってくれるか?」
…正直とっても怖い。成功できるなんて思えない。たぶん誰かが私と同じたちばだったら誰でもそう思う。そうしてみんなこう言うと思う。
次からにしましょうって。
だから私の答えは。
「やりますっ! どこまでできるかわからないですけど、プロデューサーが見つけてくれたそのふんぱつりょくと私の元気で走りぬきます!」
「おお、やってくれるか! それと瞬発力な。そうなるとこれから結構忙しくなるから覚悟してくれ」
「はい! 大丈夫です!」
「よっし! やっるぞー!」
狼さんの叫び声にも似た大声でプロデューサーは跳ね回っている。本当に私の弟のようで、でもふとしたときには兄のようで、不思議な人だ。
だけど、私が思うのは。私が思い、鼓動が早くなるプロデューサーと私の位置関係は、何だろう?
「だ、だめだめ! そんなのだめだよ!」
「うおわ! …どうしたやよい?」
「あ、いえ、その! な、何でもないれす!」
…思いっきり舌をかんだ。痛い、恥ずかしい、雪歩さんがいたら穴を掘ってもらってもおかしくないれべるで痛恥ずかしい。
「あ、あはははははっ! やよいは可愛いなぁ」
その言葉にまたドキリとする。しょうたいふめいの感覚に名前をつけてあげたい。でもそれはもう少し落ち着いてから、今のこのドキドキじゃ変な名前をつけちゃいそうで。
そんなプロデューサーに少しだけご褒美をねだってみる。…いやしい子だと思われるのも嫌だったけど今はもう少し踏み込みたくて。
「ぷ、ぷろでゅーさー!」
緊張して最初に変な声がでた。おまけにそのままプロデューサーと言ってしまった。ミスにミスを重ねて、あれだ、確かこんなのを恥の、うわぬり。そう恥の上塗りって言うんだ。
「ん、どした?」
「その…二つ! 二つ、お願いがあるんです!」
「お、なんだー? 言ってみたまえ」
勢いで二つもお願いしてみた。私の心臓が堪らなく動く。お願いだから、耳にまで血を回すのはやめてほしい。たぶん今はだかになったら全身ゆでだこのように見えるだろう。
って私はプロデューサーの前でなんてはれんちなことを考えているの! あーだからそうじゃなくて!
「また固まったな、フリーズデーか何かか?」
おちついて、おちついて。一度ゼンブりせっとして、うん。いまだに震える心臓を両手で押さえて、涙が出そうなのも堪えながら。
背の高いプロデューサーを見上げながら、恐る恐る言葉を紡ぐ。
「あ、あの。一つ目は、その。はは、はいたっちを今してもらいたくて。ふ、ふたつめは…」
一つ目は言えた。でも二つ目のほうがもっと言うのにきんちょうする。わけがわからないこのあふれ出てくる涙を必死に見せまいとひきつりわらいで、がんばれ、私!
「ふ、二つめは! 私がもし一位を取れたら私の頭をなでれ…!」
「…」
「うぅ、なで、なでてほしぃ、れす」
うわああああ、さいごのさいごで噛んじゃったよ私のバカー! はずかしい! さっきの何倍もはずかしいよ雪歩さーんたすけてくださーい! あなほってくださいー!
しかも最後のれすってなに!? ちゃんと言わなきゃつたわらないかもしれないよー! やり直し?
むりむりむりむりとてもじゃないけどむりっ! かみさまののさまおねがいだからたすけてー!
「…ふ、ふふ、ふはははははははあっ! はははははははははは! や、やよっ! おか、おか、あっははははは!」
「わ、わらわないでください! わたしすっごいまじめなんですよ!」
「わか、わかってあははは! ちょ、ちょっとまってっおなか! おなかいたいはははっはっははは!!」
「そ、そんなにわらわなくても、なんだかこっちまで、おかしっぷっあははは、あははははははは!」
「も、もうだめあははあははあははははははははははははっ! はっははははははは!」
「ぷろ、でゅーさーおかしな、あはは、かお、あははは、ふふふ、あはははっ!」
「あはははははははははははははははは!」
そうしてお互いに数十分の間飽きもせず、ずっとずっと指を指して笑いあって。途中からは本当におなかも顔もいたっくてしょうがなくて、でも笑うのは止まらなくて。
そんな素敵で、幸せな一時だった。
「…あー! 笑った! 一か月分は笑った、やばい、思い出し笑いが、っくっくくく!」
「も、もう! いいかげんにしてください! そろそろ泣いちゃいますよ!?」
「ーっはあ、ごめんごめん。いやでもあそこで噛むとは思わなくて、ついつい」
「それももう言わないで下さい…はずかしくてはずかしくて、あなほってうまっちゃいたいんですから」
「だよな、わかった。もう言わない…それと」
「はいっ?」
「頭、一位取ったらな」
「…はいっ!」
途中何度かおかしいこともあったけど私の願いはそこにできた。なら切り開かなきゃいけない。私とプロデューサーで、一位と私の願いのところまで。
「それと、ほいっ!」
「あ、忘れてました!」
「そっちが言い出したんだろうに、それじゃ掛け声よろしく!」
「はい! それじゃいきますよー! …ハイターッチ! イェイ!」

そんなことがあったのはついこの間、もう先週のことだ。千早さんのシングルも昨日発売されている。大型店舗でも品薄状態が続くほど売れているらしい。
更に亜美の曲もまだじわじわ売れているようで、いまのランキングはせんじょうだ。そこに私は再来週、入れるかどうかはまだわからないけど乱入する予定だ。
来週にれこーでぃんぐをするから念入りにプロデューサーとちょうせいをしている。
でも結局私はちょうせいなんてできるほどの技量はないから、やれることは私のありったけの全部出し切ってれこーでぃんぐするだけ。
「いよいよだがやよい、緊張なんてしなくていいからな」
「はいっ!」
「…いやもう少し緊張しててくれたらプロデューサーとして和らげるんだが、なんかもう万全みたいだな」
「ううん、違いますよ。プロデューサーが隣にいてくれるから私は緊張しないでいられるんです!」
「そうか。なんか、照れくさいな。ははは」
「きっと亜美や真美もそうなんだって思います。だから私が一位になったら亜美と真美のぷろでゅーすもしてあげてください」
「…驚いた。そんな言葉を貰うとはな。やよいって思ってたよりも大人なんだな」
「これでもお姉さんですから」
「ならお言葉に甘えて、一位になったら同時並行に戻すとするか。あ、でもなやよい」
「はい?」
「何かあったら頼ってくれよ? プロデューサーとしてでもいいし、兄としてでもいいからさ」
「…はい!」
まだ取れると決まったわけじゃないのに、二人でそんな先のことを話している。でも今の私はおこがましいかもしれないけど、負ける気がしないんだ。
確かに千早さんの歌もすごかった、本当にきき迫る何かが込められていた。迫力も歌声も間違いない、そんなCD。でも。
すごく辛そうだから、最近の亜美と同じで。今になってわかるようになった、二人の曲から感じられる辛さ。理由はわからない。
だけど、決して歌はかなしいとかつらいだとかをないほうさせるものじゃない。昔の亜美もきっと千早さんにだって気づけるはずの、そんな単純で、素敵な歌い方。
それが今の私に出来る最大の表現、大きな瞬発力に変わるたった一つの武器。
「亜美、亜美が最近歌うのは悲しい曲ばっかりだよね。下手なわけじゃない、逆にすごく上手だと思うよ。でもそんな亜美も私のこの曲を聴いて、思い出してくれたらうれしいな。真美が覚えてい

て亜美だけが覚えているなんて、そっちのほうが悲しいよ」
「なにか言ったかー?」
「…いいえ、何でも」
「よーしそれじゃレコーディングも張り切っていこー!」
「おー!」
本当は亜美に伝えたい言葉達だけど、今の亜美にはきっと言葉じゃ届かない。なら私は歌で届けるよ。
だって私たちはアイドルだから。


セカイがユレた。足元はぐらぐら、頭はくらくら。立っているのもタイヘンなくらい。この歌はたった一曲で私のセカイをフルワセた。
うちゅうのほうそくがみだれた。やよいっちの新曲、「キラメキラリ」。自分の今をコーテーして、明るくて楽しい未来を歌う歌。
真美がすごいすごいと繰り返してた歌を、亜美は初めて聞いたんだ、今。
「初版百五十万枚プレスだってよ亜美ー。アリエナクナイ?」
両手を頭に当てて真美が言った。うん、アリエナクナイね。千早お姉ちゃんの「inferno/arcadia」は発売日に百万枚並べて足りなかったから、やよいっちの「キラメキラリ」は急いでツイカハッチ

ューして、発売日に百五十万枚並べるつもりらしいよ。ぴよちゃんが教えてくれた。
「…千早お姉ちゃんの百万枚ならおどろかないけどね」
千早お姉ちゃんの新曲はそれくらいのデキだった。百万枚を初週完売。再版出荷待ちのファンがあと三十万人いるらしい。
千早お姉ちゃんは賞とかにはキョーミが無いって参加を断ってたんだけど、アイドルアルティメイトのウンエーイーンカイがお菓子の箱持ってウチのジムショにあいさつに来てた。
千早お姉ちゃんがいないとアイドルの頂点決戦にならないってさ。サイキンはアイドルアカデミー大賞に押されてるしねえ、アレ。千早お姉ちゃんも千早お姉ちゃんのプロデューサーもイヤそーな

顔してたけど。
「その『inferno/arcadia』より売れると思ってるんだね、シャチョーも兄ちゃんも」
やよいっちの『キラメキラリ』は確かにすごい歌だ。ううん、歌だけなら千早お姉ちゃんどころか亜美でも勝てるよ。
でもこのヒョーゲンリョクはいったいなんだろね? ワカルんだよ。伝わってくる。
「たいへんなこともたくさんだけど、やよいはこのせかいがすきですよ。みんなだいすきです。みんなをだいすきなわたしも、わたしはけっこーすきかなー、って。えへへへ」
ソンナコト言って笑ってるやよいっちが見えるんだ。ひっろいステージをちっこい体で走り回って跳び上がって笑いながら歌ってるやよいっちが見えるんだよ。
こっちまで楽しくなっちゃうよな、そんな歌だった。こんなにもあったかくなる歌を、やよいっちは歌えるんだ。
「クル、ね」
やよいっちの歌がココロにクル。やよいっちが追いかけて来る。私が持ってたちっとのアドバンテージなんてイミ無かった。やよいっちがブチ抜いて行くよ。
私はもちろん、はるるんやいおりんも、千早お姉ちゃんやあずさお姉ちゃんすらも置き去りにして、駆け登ってく。トップアイドルの階段をゼンリョクで笑いながらゼンリョクでカケ登ってくよ。
「…兄ちゃんと、イッショにね」
てっぺんまで。誰もツイズイできないところへ、亜美じゃトドカナイところへ、兄ちゃんと二人で!
「さすがね。高槻さんの実力もそうだけど、高槻さんのプロデューサーの力かしら」
亜美の背中から千早お姉ちゃんのケワシイ声が聞こえた。そっか、千早お姉ちゃんもジムショにいたんだ。私は振り向く。気になる言葉があったから。
「兄ちゃんのチカラって、千早お姉ちゃんナニソレ?」
どして兄ちゃんが? タシカニ兄ちゃんはイロイロとスゴいけどさ。千早お姉ちゃんは少しだけ考えて、答えてくれた。
「ずっと悲しい歌が流行っているわ。辛くて悲しい恋の歌が。私の『inferno』もあずささんの『隣に…』もそちらの曲調。他の事務所もそんな歌ばかり。別に流行を意識していたわけじゃ無いけれ

ど、良い流れだとは私も思っていた」
うん、そうだね。シャチョーがマイシュー教えてくれてた最新の流行も、ずっとボーカル特化で悲しくだった。
はるるんは「かなしく、ですね」とか言いながらゼンゼン悲しそうじゃない顔で表現力レッスンやってた。
「ファンの皆さんはもう飽きて来ているのかもしれないわ。流行が切り替わるタイミングを高槻さんのプロデューサーや社長は読み切っているのかも。その揺り返しはきっと、ものすごい大波にな

るわ。そこに高槻さんのあの歌が発売する。波に乗ったら、百五十万枚でも足りないかもしれないわ」
千早お姉ちゃんのブンセキ。うん、ワカルよ。カナシイコトツライコトだらけじゃ生きていけないもんね。そんな歌ばかりじゃ。
「…でも、亜美はカナシイ歌しか歌えないよ。明るい歌も歌えないことはないけどさ、亜美がココロを入れられるのは、カナシイ歌だけだよ」
明るい歌は、真美の担当だ。真美もやよいっちみたく自分が好きみたい。スゴいなって思う。亜美はあんまし亜美が好きじゃない。
「私もよ。♪元気に歌えたらオールオッケー♪ …素敵ね、そんな風に歌えたら。私はそんな風には思えないし歌えないわ。だから」
千早お姉ちゃんが息を吸った。千早お姉ちゃんハイカツリョーあるからね。息を吸うとすっごく吸える。
「私は私の歌を歌うわ。あの『inferno』は私のトップポテンシャルだった。私の歌える最高の歌だったし、間違い無く感触もあった。私は次も私の歌で、私の歌い方で戦うわ。高槻さんがどれだけ

の歌を歌おうと、それがどれだけ売れようと、私は超えてみせる」
千早お姉ちゃんはスッキリとした顔にケツイを見せて言った。うん、きっと今の亜美もおんなじ顔だ。
「そうだね。亜美は亜美のやり方で、やよいっちに挑むよ」
兄ちゃんがいっしょにいたいのは、亜美じゃ無いのかもしれない。やよいっちなのかもしれない。でも、それでも、
「トップアイドルになるのは、亜美だよ。亜美が兄ちゃんをテッペンに連れて行くんだ」
私は言って、千早お姉ちゃんはシンケンな顔でうなずいた。それがどーゆーイミかは、亜美にはワカンナイけどさ。

「ふいー」
私はレッスンから帰ってきて、ジムショのくたくたなソファに体を投げ出した。今日もちかれたねえ。
「…でも、見えてきた。見えてきたよ」
ハクヒョーのバランスが見えてきた。歌にココロを奪われたあとのカラダをどうにか持たすギリギリのバランス、抜けガラみたいなカラダでも生きていけるゲンカイのバランスが。
さすがに死にたくないからね。
「やよいっちのおかげで、歌はココロで歌うモノってのにカクシンも持てたしね」
千早お姉ちゃんはギリョーがダイジだって言う。うん、確かにギリョーもダイジだと思うよ、亜美も。私は歌がヘタだからダイモンダイだ。
でも亜美よりもヘタなやよいっちは、それでもあれだけの歌をレコーディングできた。
「ギリョーはサイテーゲンでもいいんだ。やっぱり歌はココロなんだよ。ココロをどう込めるか、ココロをどう映すかがダイジなんだ」
これなら亜美にもチャンスがある。やよいっちができたんだから、亜美にもできるよ。
「あれ、亜美?」
ソンナコトを考えてたら、事務所の入り口にやよいっちがいた。おどろいた顔をしてる。どっかから帰ってきたみたいだね。私はカラダを起こしてソファに座る。トナリをばんばん叩いた。
「なにそんなトコに突っ立ってんのさやよいっち。こっちに来て座りタマエよー」
やよいっちはおどろいてた顔をもっとおどらかせた。目、おっきいよねやよいっちは。
「いいの、亜美?」
「いけないリユーがあるのかーい、まどもわぜー?」
私はまこちんが出てるコントのマネをする。まこちんは白いスーツを着たイケメンホスト役なんだよ。
「もしそっちに座ってはいけないリユーがあっても、こっちには座ってほしいリユーがあるんだ。まどもわぜーは亜美を亜美と一目で見分けた。お礼を言わないとね」
うんうん、まこちんのモノマネもうまくできてるし。私はも一回トナリをばんばん叩いた。
「…今日の亜美は、髪の毛縛ってるの亜美の場所だよ? 一目でわかるよ」
やよいっちはそんなことを言いながらも、こっちに来て私のトナリに座ってくれた。もしかしたら真美が『アイドル双海亜美』してだけかもしれないのにね。
「よかったー。私、亜美にきらわれるんじゃないかって思ってた」
座るなり、やよいっちはウレシそうにハズカシそうに言った。何を言ってるのかな、やよいっちは。
「何のヒガイモーソーだよやよいっちー。亜美がやよいっちをキライになるはずが無いジャーン?」
やよいっちの顔の前で一本立てた人差し指を左右にユラす。やよいっちの顔が笑顔になった。
「うん、そーだよね! 亜美は亜美だよね。よかったー、昔の亜美だー!」
やよいっちは亜美に抱きついてきた。おおう、ジョーネツテキだねやよいっち。…うーん、やよいっちもけっこーぺったんだよねえ。
「私ずっとプロデューサーを独り占めしちゃってたし、さいきん亜美のようすがおかしかったし、ずっとしんぱいだった。もしかしたら」
やよいっちは亜美から離れた。やっぱりハズカシそうに、でも亜美の目を見つめながら聞いてくる。
「もしかしたら、私の歌が、届いたから?」
キタイしている目。何てカワイイんだろって思う。セカイがスキで、ミンナがスキで、そんな自分もスキなやよいっちの顔。カワイイね、やよいっち。
「やよいっちの新曲だね? もちろんだよー。すっごい歌だったねー?」
だから、私は答えた。何にもウソは言ってないよ?
「うっうー! ありがとう、亜美ー」
ほっぺたに両手をあてて。おっきなヒトミウルウルさせてるやよいっち。オカシイの。そんな泣くことなんてないのにさ。
「あの歌聞いて思ったんだけどさー、やよいっち兄ちゃんにめっちゃアイサレてるねー。そーゆーカンジがしたよー!」
「あ、あいされてってってってっ!」
泣きそうだったやよいっちの顔が、今度はまっ赤に。ぶしゅーって湯気出てるよ湯気。オモシロイねー。
「やよいっちはそのまま、兄ちゃんとナカヨクしてるのがいいと思うなー。やよいっちにはそーゆーのがにあってるよー。おにあいだよね、やよいっちと兄ちゃんは」
「な、なかよっ! お、おにっ?」
あはは、やよいっち何言ってんのかさっぱりワカンナイよ。何を言いたいのかはワカルけどね。
「…その間に、亜美はトップアイドルの中のトップアイドルになるから、さ」
「…え…?」
ウレシくてハズカシくてたまんないってめいっぱいだったやよいっちの顔が青ざめたよ。あれれ、亜美何かヘンなこと言ったかな? ま、いっか。
「やよいっちは兄ちゃんと楽しくアイドルしてなよー。亜美はトップアイドルになるから。亜美が兄ちゃんのユメをかなえるからさ?」
「あ、亜美…?」
やよいっちがボーゼンと言う。リカイフノーってまっ白な表情が言ってる。ナンデかな、ナンデかな? ナンデやよいっちは、また泣きそうな顔をしてるのかな?
「ただいま帰りましたー、ってやよいに亜美か。何してんだ?」
その時、事務所のドアが開いて兄ちゃんが帰ってきた。兄ちゃんは両手に重そうな荷物持ってる。
「兄ちゃんお帰りー。やよいっちの新曲がスゴいねって話してたんだよ、兄ちゃん」
私が答えたら、兄ちゃんは歯を見せて笑った。いい笑顔だね。ホレ直しちゃうよ、兄ちゃん。
「だろう? めちゃくちゃ売れるぞ。マーケティングも打てるだけ打った。売るための準備もバッチリだ。やよいをもっと忙しくしてしまうけどな」
やよいっちシンパイされてるよ。やっぱりアイサレてるよね、やよいっちは。
「亜美も、も少し待ってくれな。やよいのがミリオン確定ぐらいしたら、亜美真美の相手もちゃんとやるからな」
「そんなん気にしなくていいよ、兄ちゃん。それよか兄ちゃんにお願いがあるんだけど、いい?」
私は兄ちゃんに尋ねた。兄ちゃんの目をのぞきこむよ。兄ちゃんは簡単にうなずいた。
「うんとね、亜美たちのサードシングル、A面は真美で『黎明スターライン』だけどB面がまだ決まってないジャン?」
そうなんだよ。B面はまだカゲモカタチモナイんだな。
「おお。亜美向けのバラード用意するつもりなんだがな。いつまでも亜美に人の歌ばかり歌わせるわけにもいかないしな」
うんうん、兄ちゃんは前にそう言っていたね。でも、亜美に考えがあるんだ。
「B面、亜美も『黎明』を歌いたいんだよー」
亜美がそう言ったら、兄ちゃんは眉をひそめた。
「…いや、たいていのことなら聞くつもりだったけどそれは無理だ。A面とB面同じ歌なんて聞いたことが無い」
「それならダイジョブだよー」
私は指を鳴らした。兄ちゃんとやよいっちが私を見ている。
「A面は真美が元気に歌う『黎明スターライン』で、B面は曲同じで歌詞変えて、亜美がゼツボーを込めて歌う『黎明スターレス』なんだよ! 同床異夢ならぬ同曲異歌、ギョーカイ初! きっとバカ売れだよー? 真美の『黎明スターライン』でミリオン、亜美の『黎明スターレス』でミリオンで、千早お姉ちゃんもやよいっちもブッチ切ってダブルミリオンなんだよー!」
いい考えっしょ、いい考えっしょ? あれれ、いい考えだと思うのに、兄ちゃんは黙ったまんまだ。やよいっちも。亜美は次のシングルで、トップアイドルになろうって思ってるのにさ。


私もプロデューサーも言葉が出なかった。あっけらかんとそう言った、違う、言ってのけた亜美を見続けた。何も言葉がでなかった。
私の歌を亜美は聞いてくれた。それは嬉しい。素直に喜んでいいことだと思う。さっきまでの亜美の反応だっ、飛び跳ねちゃうくらいに嬉しかった。それは私のホントの気持ち。
亜美にも届いたはず。それもたぶん私の思い違いじゃなくて、届いていると思う。私が描いた過程はまったくその通りに、なったんだと思う。
違ったのは、一番大切なはずだった結果、あるいはりあくしょん。私が歌って、亜美の心に届いた、その先の結果。これが違っただけ。
それがあまりにも違いすぎて、思い描いていたキャンパスの色とはかけ離れていた。輝かしい色たちではない、濁り気のない黒? いやグレー? それとも紫?
…黒い透明。きっとおかしい言葉。そんなものあるはずないから、私が勝手に考えた妄想の色、あるいはもの。そう、この世界にそんなものはなかった。
あってはいけないものを作ってしまった。それが今の亜美、そして私の歌『キラメキラリ』はそれの発端になってしまった。あ、頭が痛い。
自分でもびっくりするくらい難しい言葉が出てくる。こんな難しい言葉をどこで覚えたのか、それすらわからない。でも濁流のごとくまだ溢れてくる。
だめだ、こんなの私じゃない。せっかく私は私を思い出したのに、取り戻したのに。またいなくなってしまうのは嫌だ。絶対に嫌だ!
「亜美、無茶だ。スターレス? 曲が一緒で歌詞は違う? 無茶苦茶だ、そんなの」
「やよいっちは、ムチャしたじゃん? 兄ちゃんはお願い聞いてくれるって言ってくれたよね? ナニがダメなの?」
耳をふさぐ、亜美の声が、音域が、存在が、全部が、私を切り刻んでしまうようで、怖い。ああまた私が、違うの、だめ、もう嫌、私は、私を。
「お、おい! やよい、どうした!? そんなに震えて、大丈夫か!」
プロデューサーの手が背中に触れた。その瞬間に私はまるであっついお湯をかけられように飛び跳ねる。そして見た。当然、目の前にいる亜美を。
―――ねぇ、やよいっちだけ、ズルいよねえ?
笑顔で、そう言われた気がした。
自分のものとは思えない大声で叫んで、その場から逃げ出した。一目散に逃げ出した。なりふり構わず逃げ出した。
事務所を抜けても大通りに入ってもよく知らない道になってもくたくたになっても足が壊れそうになってもひたすらに走って逃げた。

気が付けば、知らない公園のベンチで横になっていた。あたりももう陽を潜めて夜にバトンタッチしようとしている。
体を起こすと節々が痛くて、寒さに体を好きにさせていたせいか体の震えが止まらなかった。辺りを見ても、ここがどこだかはさっぱりわからなかった。
ベンチに、ブランコに、滑り台に、砂場。それしか遊具はないのにこの公園はやたらと大きくて、隙間だらけだった。
まるで今の私の心のように思える。上からだって下からだって右と左からだって、今の私には何でも入り込める。だからここに誰もいなくて、本当によかった。
公園から目を離し自分の体を見てみると、傷だらけだった。擦り傷が一番多いけど、中には青く痣になってる部分もある。痛いはず。
それまでぼんやりとしていた気分もなくなってきた。そして当然のごとく思い出す、私がここにいる理由。私が逃げ出した原因。
どうせなら覚えていなくてよかったのに。私の体も頭もちゃんと覚えていてしまった。寒さだけではない震えが加わり、私の体はもっと揺れる。まぐにちゅーど8くらいには。
―――やよいっちだけ、ズルいよねえ?
あの時私は耳を塞いでいたから本当にそう言ったかはわからない。でも耳で聞いていなくても、頭がそうにんしきしていなくても、心でわかることもある。私たちはアイドルだから。
亜美が、亜美じゃなくなっているように思えて仕方なかった。亜美の言葉が私にとってとげとげになっていった辺りから、すごく怖くて、泣きそうなのを必死に堪えて。
でも一番怖いのはそうじゃなくって、亜美が、亜美のまま、その無邪気さのままにとげとげした言葉を言っていることがすごく怖くって。
弟や妹たちがけんかするときはそうじゃない。純粋な感情のぶつかりあい、ひどいときは手や足がでる。そんなまっすぐでわかりやすいもの。
亜美もそうだ、まっすぐわかりやすい感情をありのまま私にぶつけてくれた。
でも何て言えばいいのかわからない。こう、まっすぐなんだけど折れ曲がってるみたいな。…そんなことはありえないはずなのに。
今の亜美ならありえないこともありえることにしてしまいそうで。
とにかく私が知っているけんかの始まりじゃなかったんだ。でも亜美自身は、これっぽっちもけんかしようとなんて思ってなくて。むいしき、って言うのかな。
それも怖かったけど、やっぱり一番怖かったのは最後だ。私の恐ろしい、今日の記憶の末端にある情報。…どっかにいってほしい。
―――亜美も『黎明』を歌いたいんだよー
―――亜美がゼツボーを込めて歌う「黎明スターレス」なんだよ!
ゼツボー れいめいすたーれす
れいめいの意味は知らないけど絶望やれすという漢字と英語の意味は知ってる。たまたまあずささんに教えてもらったれすの意味。
何かを失くす、そんな意味。それら全部あわせて考えたときに、れいめいすたーれすは私の『キラメキラリ』のような歌なのか?
…きっと違う。それどころか正反対の、そんな曲だと思う。
それを、とびっきりの笑顔でプロデューサーを見つめて亜美は言った。無邪気なまま、自分の言った答えが合ってると自信満々に、きっと褒められるだろうって思う子供のように。
私よりも一つ下の女の子がそんなことを平気で言ったんだ。当たり前に、誇らしげに。
千早さんならわかる。しつれいかも知れないけどすごく言いそうだ。でも言ったのは亜美。少し前まで、亜美と真美と私の三人、事務所で笑い合っていたその亜美なんだ。
「れいめい、すたーれす」
プロデューサーもそれはだめって言ってたけど、亜美は押し通しちゃう。『アイドル双海亜美』の三枚目のCDは前代未聞、曲が一緒の不思議な円盤。
…また難しい言葉が溢れてくる、やだ、でてこないでよ。
普通じゃおかしいそんな発想を、亜美は迷うことなく考えついて怖がることなく突き進む。そして言ったとおりにするはず。
ブッチ切ってのだぶるみりおんを。でもそれで歌って、CDにして、売れてしまったら。
もう二度と私の大好きだった亜美がいなくなってしまう気がするんだ。亜美が、消えてしまう気がして。怖かったのはそれが原因。
…それだけ? 本当にそれだけ? 他に何か原因がある? いやそんなはずは、そんなはずは。
…やよいっちだけズルいよね? その言葉は私だけに向けて言われた言葉だった? 確かに私の名前を言っていた。でも見方を変えれば私だけじゃなくなるんじゃ?
ならあそこには誰がいた? 私と、亜美と。
―――そんなん気にしなくていいよ、兄ちゃん。それよか兄ちゃんにお願いがあるんだけど、いい?
…ああ。
―――やよいっちは兄ちゃんと楽しくアイドルしてなよ。亜美はトップアイドルになるから。亜美が兄ちゃんのユメをかなえるからさ
…あああ。
―――やよいっちはそのまま、兄ちゃんとナカヨクしてるのがいいと思うなー。やよいっちにはそーゆーのがにあってるよー。おにあいだよね、やよいっちと兄ちゃんは
ああああああ
―――やよいっち兄ちゃんにめっちゃアイサレてるねー。
「う、ああ、あああああああああーーーーーーーーーっ!」
心も頭も、私の全部が悲鳴を上げる。叫び声が止まらない。気持ち悪い、辛い、悲しい、重い。吐き気が止まらない。
「ああーーー!ああああああああああああーーーーーーー!」
だめ、耐えて。耐えてよ私。このままじゃまた叫び声と共に私が、私でありたい私が飛んでいっちゃう、だから叫ばないで!
「ううううーーーーーーーー!ううううううヴヴヴーーーーーーーーーー!」
必死に両手で自分の口を閉ざす。ありったけを力を込めて、顎も頬も押しつぶしてしまうくらいに押さえる。
でも、お腹から出てくる叫び声が止められない。感情の奔流、濁流。違う! そんな難しい言葉は知らない! 私じゃない、そんなの私じゃない! 返して! 私を返してよ!
「やよいっ!」
そんな言葉が聞こえた数秒後に、強い衝撃が私を包んだ。どんなものよりも優しくて、強い衝撃。
「大丈夫か!?」
…ああ、来てくれたんですね。来てしまったんですね。私を助けに来てくれたんですね、手を差し伸べるために来てくれたんですね。その代わりにあの子を置いて来たんですね。
「平気か!? 誰かに何かされたのか! 気分が悪いのか!?」
違います、でも違わないです。誰かに何かされました。気分もすっごく悪いです。プロデューサー。
「ううヴヴヴヴヴ…!」
「平気だぞ! 俺がいる、もう平気だからな!」
そうですプロデューサー、あなたがいるからもう平気です。でもあなたがいると平気でもなくなるんです。きっと気づいてくれませんね。だってあなたは、プロデューサーだから。
「ううう、ううう…!」
「いいぞ、その調子で落ち着いて…落ち着いて」
落ち着いてほしいなら、離れてください。きっとそっちのほうが落ち着けます。でも今はだめですね、きっとまた抱きついてしまいますから。
「ううう…うう…」
「うん、そのまま、そのまま…」
本当に、あなたは、プロデューサーですね。きっと花丸です。亜美も、多分知ってるんだろうな。ずっと私よりも前に、ずっとずっと前から。
「…落ち着いたか?」
「…ふぁい」
「そうか…とりあえずベンチに座ろうな」
正面から抱かれたままで移動させられる。さっきまではわからなかったけど、本当にこの人の臭いは濃い。走ってきたであろう今は更に。
それがたまらなく心地よかった。お父さんって感じ、かな?
「よいしょっと、もう本当に平気か?」
私の顔をそっと胸から離して、返答を待つプロデューサー。汗だくだった。私を探すために走り回ったんだろう、あの子を置いて。
「…」
「よし、ちょっと隣に動かすぞ」
返事も待たずにプロデューサーは私を自分の膝の上からベンチに移した。もう少し膝の上で濃い臭いに包まれていたかったけれど、そこはうん、プロデューサーだから仕方ない。
「落ち着いたか?」
「…はい」
本当はプロデューサーに抱きしめられたときから不思議と心は落ち着いていた。ただ体のほうの制御が利かなかっただけ。もうとっくに落ち着いているんですよ?
「…まったく、いきなり走り出すから驚いたぞ? もう勘弁してくれよ?」
「すいません…」
「いいよ、ちょっと亜美の発言も行き過ぎてたしな」
やっぱりプロデューサーも少し怖いんですね。あんなことをへっちゃらで言ってしまう亜美が。ちょっとだけ膝、震えてますよ。
「れいめいすたーれす」
「ああ。無茶中の無茶、というか無謀だ」
「でも私のときはしたじゃないれすか」
「あれはあくまで、いけると確信してたからだ」
「亜美のすたーれすには確信がもてないんですか?」
そんなはずはないです。だって私でもわかるんですから。プロデューサーなプロデューサーならもうわかっているはずですよね? ただ少し怖いだけなんですよね?
「…正直怖くてな。すごい勢いで成長してくれるのは嬉しい。だけど今の亜美がどこへ行きたいのか、それがわからなくてな。って担当アイドルに愚痴なんて、プロデューサー失格だな」
「…簡単です」
「えっ?」
「亜美はアイドルの頂点を目指しています、ほら、簡単な答えでしょう?」
少しお姉さんぶって言ってみる。なんだか恥ずかしいな。でもプロデューサーだし、いいよね?
「そうかな? 俺にはそう見えないんだけどな、やよいにはそう見えるのか?」
「はい、目指してますよ。怖いくらいに、だから」
「?」
「すたーれす、歌わせてあげてください」
「…本気で言ってるのか? 曲は一緒の歌詞だけが違う、それも絶望を込めた歌、だぞ? 正気の沙汰じゃない」
まったくもってその通りです。さっきまでの私もそう思って、叫び声が止まらなかったんですから当然の思いですね。でもプロデューサー?
「でも亜美はやっちゃいます。今の亜美ならぜーったい! やっちゃいますよ。そして成功させます」
「千早や今回のやよいも抜いてのブッチ切ってのダブルミリオン、か」
「はい。プロデューサーだって二百万枚、やってみたいと思いますよね?」
うん、だってあなたはプロデューサーですから。
「そりゃそうだけどー…ん、ちょっと考えてみる。でもやっぱり今はやよいのほうが先決だな」
「『キラメキラリ』ですね」
「それもある、が一番はこの状況だっ。おかげで冷や汗と運動の汗をかかされた。次からはなしにしてくれよ?」
「大丈夫です、もう逃げませんから」
知ってしまいましたから。あの子の気持ち、全部じゃないけど。逃げられないだけ、知ってしまいましたから。
これから先の私が進む道も明るいものだけじゃないと思います。でも、それでもですね。
一つだけ譲れないもの、できちゃいましたから。あの子がゼツボーで染めるなら、私はきぼうで照らします。
「…うん、いい目だ。今回のことで休業も考えてたけどなくても平気そうだな」
「はい、それに休んじゃったら亜美にも迷惑かけちゃいますから」
「亜美に? 何で?」
「それは秘密です」
「なんだよそりゃ、あれか? やよいにもついに乙女心でも芽生えたのか」
「んーちょっと、違います」
「…わからーん! ともかくもう夜になる。その前に帰ろう」
「はい、あ、でもその前に一曲だけ聴いてもらっていいですか?」
「えっここでか? 事務所に帰ってからでも…」
「今じゃないとダメなんです」
「…一曲だけな」
「はいっ!」
そして私はベンチに立つ。このベンチの広さが私にとっての最高の舞台。月明かりが照明で、観客はプロデューサーだけ。ちっぽけならいぶ。でも何よりも大切ならいぶ。
プロデューサー? さっき私に聞きましたね。私が休んだらどうして亜美の迷惑になるか。それは私が休んだら、亜美はれいめいすたーれすにゼツボーを込められなくなるからですよ。
ゆっくり息を吸い込んで、心の中のメロディにあわせて私は歌いだす。何を? もちろん私が私らしくあるための歌。誰かのためじゃない、自分のための歌。

「―――フレッフレッ頑張れ、さっ行こうフレッフレッ頑張れっさいこっ」
プロデューサー? さっき私に言いましたね。乙女心でも芽生えたのかって。
惜しいです、心は合ってます。でもきっとあなたにはずっとわからない、だってプロデューサーだから。
芽生えたのは乙女心じゃないんです。
芽生えたのは、
恋心ですよ。


いつもの事務所で私はまっ白なノートを広げてる。隣には真美の『黎明スターライン』の歌詞カードを拡大コピーしたのを置いて。
私は目をヨせて「スターライン」の歌詞をにらんでる。片っぽだけ耳に差してるイヤホンからは「スターライン」の歌無しバージョンをエンドレスに流して。
「…亜美、亜美」
イヤホンしてない方の耳から兄ちゃんの声だ。シャチョー室でカイギしてたんだけど、終わったみたいだよ。私は目を動かさずにガンキューだけ動かして兄ちゃんを見る。
「社長の了解取り付けた。作曲家の先生が了承したら、って条件付きだけどな。やるぞ、亜美。次のシングルは『スターライン』と『スターレス』のカップリングだ」
親指を立てた握りコブシを兄ちゃんは私に突き出してくる。兄ちゃん、がんばってくれたんだね。ウレシいなあ。
もちろん兄ちゃんは兄ちゃんのユメのためにがんばったんだろけどね。私もサムズアップを返す。
「ありがとね、兄ちゃん。サッキョクカの先生のセットク、亜美もいた方が良い? それともいない方が良い?」
私は兄ちゃんにお礼を言って、んで亜美が何をするのが良いか聞いた。
いや、亜美が今やるべきなのは「スターレス」の作詞だとは思うけどさ、歌は亜美ヒトリで創るわけじゃ無いジャン? オトナノツゴーもあるだろしさ。
「…いや、とりあえず俺一人でやる。風当たり強いだろうしな。亜美を風避けにはしたくない」
ああ、ああ、兄ちゃん。兄ちゃんはヤサシイね。もしかしたら、もしかしなくても、兄ちゃんは次のCDをうまく売り出すためだけにヒトリでやるって言ってるんだろうけど、それでも。
「ココロがヨロコんじゃうよ」
「ん、何か言ったか亜美?」
私のココロからこぼれ出た言葉に気付いて、んで聞きもらす兄ちゃん。ああ、兄ちゃんだ。ニブくてボクネンジンな兄ちゃんだ。サイコーだよ。
「…ちゃんと直に会うしか無いんだろうけど、まずは軽くジャブってみるか」
兄ちゃんはつぶやくとケータイを開いた。何度かボタンを押すと耳に当てた。
「あ、765プロです。先生今電話大丈夫ですか? ええ、『キラメキラリ』ありがとうございました。えらい予約数ですよ。正確な数字じゃないですけど、予約だけで消化率六割近いです。増刷分含

んで」
おお、兄ちゃん行動早い。さっそくサッキョクカの先生に電話してるよ。それにしても、やよいっちの予約だけで六割、九十万枚か。
「…いいね。テキニフソクナシ、だよ」
すごいねやよいっち、すごいね兄ちゃん。本当に千早お姉ちゃんを超えちゃうね。
「でも、『アイドル双海亜美』はさらに上に行くよ」
何しろ亜美と真美の二人だかんね。負けるはずが無いんだ。
「はい、『黎明』も良い歌ですね。来月には発売まで漕ぎ着けたいんですけど、まだ裏面の曲が。あ、いやそんな。急かしてるわけじゃ無いですよ。ちょっと相談がありまして。亜美が作詞したい

って言ってるんですよ。つーかもう始めてます。ノート真っ白ですけど」
…まっ白はヨケーだよ兄ちゃん。でも私が作詞してるって兄ちゃんが話したら、何かサッキョクカのおじちゃんヒートアップしちゃったみたいだ。
イミはわかんないけどおっきな声がここまで聞こえる。楽しげな声かな、亜美の耳に聞こえるのだと。
「あ、はい、ありがとうございます。評価してくれるのは嬉しいですが、亜美も喜ぶでしょうけど、その」
兄ちゃんがごくりとツバを飲み込んだ。あ、言っちゃうんだ。さっきは直接会って、とか言ってたのに。
「先生の『黎明スターライン』のアレンジバージョンを、希望とか未来とかじゃ無くて、絶望を込めた『黎明スターレス』ってタイトルの歌を作詞して歌いたいって言うんですよ」
電話先の声がぴたり止まった。何秒かして、何かぼそぼそと言ったよ。兄ちゃんがため息をついてケータイを閉じる。
「…切られた。すぐ来いってさ。事情を話せって」
あちゃあ、ヤッパリそうなっちゃうかー。
「ゴメンね、兄ちゃん」
私はアヤマった。さすがにモウシワケナイ気持ちになっちゃうね。兄ちゃんには悪いことをしてるよ。
「気にすんな、これでも亜美のプロデューサーだ。作詞の許可もらって、絶望アレンジのお願いしてくる。それじゃな、亜美」
兄ちゃんはカバンを引っつかむと事務所を出て行った。がんばってね、兄ちゃん。兄ちゃんと亜美のユメのために。さ、私も作詞がんばんなきゃ。

「とゆーわけでゆきぴょん、亜美に作詞を教えてよー!」
「ふ、ふえぇ!?」
とゆーわけで、ジムショに帰ってきたゆきぴょんを捕まえた。モジドオリね、右手首をがしりと。
「な、何? 亜美ちゃんいったい何?」
あはは、オドロイたゆきぴょんシリモチ着いてがたがたフルエてる。うーん、オドロイてしりもち着いて、びくびくしながらそれでも両足ぴっちりそろえているのは、なかなかにやるねえ。
「今度、亜美が作詞をすることになったんだよー。でもムツカシくてさ。確かゆきぴょんポエム創るのスキだったっしょ? 亜美にポエジー? 作詞のココロを教えてほしいんだよー」
「へえー、雪歩ポエムなんて創るんだ。さすが雪歩、女の子っぽいね」
ゆきぴょんといっしょに帰ってきてたまこちんが、右手をあごに当ててカンシンしてる。そーだよねー? イマドキ趣味ポエム創りとかテンネンキネンブツだよねー。
「ま、ままま真ちゃん!?」
ゆきぴょんのヒメー。ゆきぴょんは急に立ち上がると、あれれ、亜美を抱え上げちったよ。
「真ちゃん、すぐ戻ってくるから!」
ドノーみたく亜美を肩に担いだまま、ゆきぴょんは事務所のドアを開ける。そのままかんかんと外の階段を屋上まで駆け登って。力持ちだねえゆきぴょん。
「ううう、絶対真ちゃんに変な子だって思われた~。こんなダメな私は穴掘って埋まってます~」
屋上までやってきたゆきぴょんは私を下ろすとすみっこでイジケ始めちった。うん、ここまでテンプレってやつかな?
「ゆきぴょんのソレはダイジなコセーだよー?」
私はゆきぴょんの背中に声をかける。うんうん、他のダレももってないよソレ。
「…ありがとう、亜美ちゃん。うん、そうだよね。ダメダメな私も私だもんね」
おお、すごいホーコーセーのカイシャクだ。さすがだねゆきぴょんは。
「ええっと、それで詩心を教えてほしいんだったね。詩の作り方、かあ」
むむむってうなりそなイキオイで考え始めるゆきぴょん。
「…むつかしい、かも。私は憑依系だし。それに私が創ってる詩と歌の作詞ってけっこう違いそうだし」
「ヒョーイケー?」
ゆきぴょんのヒトリゴト?の中にわかんないコトバがあったから聞いてみた。ゆきぴょんはナンデかあわあわしてるよ。
「あ、あのね、憑依系って言うのは、まるで何かに取り憑かれたみたいに詩を創る人たちのことなの。気が付いたらがーって書いちゃってる感じの」
…ああ、うん、あれのことか。ワカルよ。詩と歌とじゃチガウかもだけど、きっと亜美もヒョーイケーだね。
「でも、それじゃがーって書けないときはどしてるの?」
私はけっこうカンタンにがーってなれるけど、なれないときもあるしさ。
「私は趣味で書いてるだけだから、書けないときは書けなくても良いのだけれど。でも亜美ちゃんが今やろうとしているのはお仕事なんだよね? それなら、何とかしないとね」
ゆきぴょんがまたむむむむ考えだした、ゆきぴょんはヤサシイよね。亜美のことなのにさ。
「…今の亜美ちゃんとは少し違うけど、どうしても書きたい気持ちがあって、でもどうしても書けないときが私にもあったの」
「あ、それ今の亜美と同じだ。作詞はオシゴトだけど、どうしてもやりたいことなんだよー。ゆきぴょんはその時どうしたの?」
私はキョーミシンシンに聞いてみる。
「考えたの。ひたすらに」
「へ?」
ナニソレ。ひたすらに考えた? ソレダケ?
「私はいったい何を書きたいんだろう、どうしてこんなにも書きたいんだろう、って必死に必死に考えたの。私のこの心の理由を、この激情のわけを、気が狂いそうなくらいに」
…ああ、そうか。そういうことなんだね。ようするにさ、
「ココロを、ジブンを見つめたんだね。まっすぐに、すみずみまで。良いとか悪いとか、スキとかキライとか、そんなんカンケー無く、何もかもを」
きっとソウイウコトなんだよ。見たいものも見たくないものもミスエたんだ、ゆきぴょんは。
「そう、それだよ亜美ちゃん!」
ゆきぴょんがぱちりと手を叩いておっきな声を出した。ゆきぴょんにはメズラシいね。
「…それなら、亜美にもできるかもね、作詞」
亜美のココロを私はずっと見つめて来たから、ね。

「黎明」、ハジマリのこと、スタートのこと。スタ→トスタ→。ハッピーになる、絶対。
「私のハッピーは、兄ちゃんのユメをかなえること。そのための『黎明スターレス』」
星一つ無くても、ううん、星一つ光一つ無いから、亜美のシアワセがあるよ。だからDaylightはおかしいかな。
「セイソーケンだっけ? 前にガッケンのキョーザイに載ってた紫色、きれいだったな」
フタリの記憶。夢や希望打ち砕かれて。ボクが守るよ。見守っているよ。
「兄ちゃんのユメ、打ち砕かせない。亜美が守る。空からでもカマワナイから」
兄ちゃんのトナリにはいられない。でも亜美は兄ちゃんを守りたい。だから憧れてたはチガウんじゃない?
「空は、空のもっと上に行くことは、亜美の目標だよ。目標だったよ、ずっと」
目と目が逢う瞬間。スキだと気付いた。もう戻れない二人。
「戻るヒツヨーなんて無い。亜美は兄ちゃんがスキ、それがすべてだから」
戻らない道に帰りのキップはいらないかな。亜美が持ってるのは片道のキップだ。
「チキューを離れて空へ、空の向こうへ。チョクセンのキドー。これはサテライトじゃないよね」
Day of the future。壊れた絆。走り出す未来。夢を現実にするため。
「ゲンジツにするよ。亜美ならできる。亜美だけができるよ」
繋がらなくていいや。亜美はそんなんほしくないよ。ただ届けたいだけ、知ってほしいだけ。
「結び合ってなくていいよ。確かめ合えなくても。ただ、ソレを見れれば。兄ちゃんがユメをかなえるのを見れれば」
ポジティブ。悩んでも仕方ない。自分で切り開かなくっちゃダメっしょ。
「亜美が切り開く。もう迷わないよ。もう悩まない。行かなくちゃわかんないしね」
でも、兄ちゃんはコンナトコには来なくてよいや。兄ちゃんはカガヤいてて。アッタカでいて。
「亜美は、もっと先に行くから。空の向こうのウチューの向こう、行けるトコまで」
…ああ、アフレる。ココロがアフレるよ。キラキラした闇に亜美のココロがミタサレてアフレる。そうだよ、そうだったんだ。亜美は知らなかった。やっと気付いたよ。
「『黎明』から『スターレス』だったんだよ、亜美は。キボーなんて無い。ゼツボーしか無い。でも」
口がにやけちゃうな。ウレシイ、ウレシイ、ウレシイ。亜美はやっとわかったんだ。
「亜美は兄ちゃんがスキ。でも兄ちゃんは亜美をスキじゃない。このゼツボーこそが亜美のチカラ。兄ちゃんのユメをかなえるためには、キボーはジャマだったんだ。このゼツボーが、ゼッタイに

亜美は兄ちゃんにはアイサレないってゼツボーが、亜美を『黎明スターレス』にミチビいたんだっ!」
亜美は行くよ。「スターレス」でトップに立つ。兄ちゃんをてっぺんに連れて行くよ。亜美は、亜美は、こんなにもミタサレているよ。

私は歌った。サッキョクカのおじちゃんの部屋で、私が創ったばかりの「スターレス」をおひろめする。
バックに流れてる曲が「スターライン」なのがアレだけど、まだこれしか無いからちかたないね。おじちゃんは目をうんと開けて、歯をギリギリとクイシバってた。
「…どうですか。先生。亜美の創った歌詞は。この歌い方は」
兄ちゃんがスワッタ目付きでおじちゃんに尋ねるよ。
「…僕は、音楽が好きだ。だから、良識や社会理念に逆らうような作品を、世に出したくは無い」
カミシメた歯のスキマからおじちゃんはうなる。そうなんだ、おじちゃんは亜美のセカイがキライなんだ。
「…だが、音楽が好きならばこそ、完成させてみたい。『黎明スターレス』、きっとすごい歌になる」
固く固く目を閉じて、何か放り捨てるみたくおじちゃん。
「では」
問い詰める兄ちゃん、おじちゃんはうなずいて返す。
「『黎明スターライン』の『スターレス』アレンジ、引き受けよう。いや、やらせてくれ。他の誰かにされたら、僕は一生後悔する」
「ありがとうございます」
兄ちゃんはおじちゃんに頭を深く下げた。おじちゃんは、その下げた兄ちゃんの髪の毛を握り引っ張り起こす。
「だが、僕は君を許さないぞ! 僕は君のとこの子たちが本当に好きだった。亜美ちゃんもやよいちゃんも本当に好きだったんだ。亜美ちゃんをこんなにした君を、僕は絶対に許さないからな!」
兄ちゃんの耳元で大声でがなった。亜美の兄ちゃんに何するのさ!
「…おじちゃん、手、離してよ」
私はツトメテ冷たい声で言ったよ。
「いいんだ、亜美。先生が怒るのは当然なんだ」
でも兄ちゃんはされるがまま。それ、チガウよ。
「亜美がこうなったのは、亜美が望んだからだよ。亜美は、トップアイドルになるんだから」
「…そうだな。そうだ。すまんなプロデューサー君。悪いことをした」
おじちゃんは兄ちゃんの頭から手を離した。その手を兄ちゃんに突き出す。パンチじゃ無いよ。手の平を開いてね。
「今週中にはアレンジのプランを出す。雰囲気はもちろん亜美ちゃんのやつから変えないが、歌詞も少しいじる。『スターライン』と対になることをもっと強調したい」
「はい、ありがとうございます。よろしくお願いします」
兄ちゃんはその手を取って握手した。それでもおじちゃんは兄ちゃんを怒りの目で見る。
「亜美ちゃんをトップにしよう。『黎明スターレス』をトップに立てる歌にしよう。それくらいで無ければ、亜美ちゃんも誰も浮かばれん」
んで、そんなことを言ったよ。ちょっとスジチガイだよね。亜美はこんなにもミタサレているのにさ。

「亜美、駅貼りポスターの校正来たぞ」
事務所でレンシューしてたら兄ちゃんがおっきなつつを持ってきた。コーセーって、何ソレ?
「渋谷駅とか新宿駅の通路に貼るB0、って言ってもわからないな、とにかくでかいポスターの見本だ。亜美がいろいろ提案してくれただろ?」
言いながら兄ちゃんはそいつを広げる。うわ、ホントにおっきいね。
ポスターの左側にはキラキラ銀色のバックに銀色のダンス服の真美が立ってて、右側にはまっ黒なバックにまっ黒なダンス服の亜美が立ってる。
まあ、どっちも『アイドル双海亜美』なんだけどね。キャッチコピーは「『黎明』から始まる、二つのストーリー」。
「カッコよくできたジャーン! これならやよいっちにも勝てるよー!」
うんうん、カッコいいカッコいい。もうすぐやよいっちのシングルが発売だけど、やよいっちがどれだけ売っても私は、私たちは上を行くよ。
「…それじゃ、俺はやよいの方に行くから。亜美は引き続き事務所でレッスンな」
「わかってるよ、兄ちゃん。シンパイいらないから、行ってらっしゃーい」
私が手を振るのを見て、兄ちゃんは事務所を出て行った。
「シンパイいらないよ、兄ちゃん。亜美はゼツボーを溜め込むからね」
サイコーのゼツボーを、レコーディングに乗せるんだから。


「準備はいいか? かなり大きなステージだからガンガン動き回れるが、自分の体力の管理は忘れないようにな」
「はい、わかりましたプロデューサー」
「落ち着いてるな、いい傾向だ。『キラメキラリ』は売れるだけ売る! だからこそ、今回のライブは特に大切なポイントになる。焦らず、だがやよいらしく全力元気で行こう」
「私らしく、ですね。『キラメキラリ』を歌う私らしく」
「ああ、やよいならもうできるよな?」
「はいっ!」
「いい返事だ。…はあ」
「どうしました? 亜美のスターレスが気になるなら、そちらに行っても平気ですよ」
「いや、うん、まあ正直気になるけどさ…やよいだってほっとけないし、しかも今日は武道館ライブだし。それに」
「亜美からなるべく来なくていいからなんて言われましたか?」
「ああ…やっぱりスターレスの一件から少し亜美のことがわからなくてな、どうしたもんかと。…悪いな、こんな時に変な話して」
「いえ、大丈夫です。でも亜美にも考えがあるんですよ。亜美はこれまでにない、最高の曲を歌おうとしています。そのために必要なものが」
「絶望、か」
「そこまでわかるなら、亜美をわかってあげられるのもあと少しですよ」
「ここまでわかるんだがあとがわからん」
きっとそうですね。プロデューサーはプロデューサーですから。死ぬまでずっとわからないでしょう。もしかしたら来世になっても、わからないままかも知れませんね。
「あーよし、今は忘れる! 目の前のことに集中だ!」
「はい」
「んじゃ俺は最後の見回りしてくる、もし不安なら戻ってきて一緒にステージまで行くが?」
「大丈夫です!」
「…やよいも強くなったな。それじゃまた舞台袖でな!」
「はいっ」
そう言ってプロデューサーは控え室から出て行った。多分、また亜美のことで心がいっぱいなんだと思う。もういいや、って思っても答えを探すそれと似ている。
さっきも言ったけれどプロデューサーは答えを出せない。なんども言うけど、プロデューサーがプロデューサーだから。少しだけ笑っちゃうな。
「何かおかしいの? やよいちゃん」
奥深い、おもむきがあるのんびりとした声が聞こえる。あずささんだ。今日の武道館ライブ、実は一人じゃなくて、あずささんとの二人で行うライブなんだ。
あともう一人、特別ゲストがいるんだけどお客さんはそれを知らない。えっと、さぷらいるげすと? だったかな、それがあるんだ。
あずささんとそのもう一人、実は私の我侭に付き合わされたひがいしゃだったりもする。本来なら今回は私一人でやるライブだった。
『キラメキラリ』のはんばいそくしんライブだから、それが普通でプロデューサーも最初はそう言っていた。そこで私があずささんともう一人、その三人でライブをしたいって言ったんだ。
担当アイドルに無理ばかり、させてさせられているプロデューサーは当たり前のように却下した。そのときの顔は、もう勘弁してくれ、そんな顔。でも私はこういった。
『キラメキラリ』とはんばいそくしんと共に亜美の手助けもしたいんだ、と。そしたらプロデューサーの体がびくってなって、亜美のためになる理由を聞いてきた。
残念ながらそれを言ってしまうと、何もかもが台無しなので教えられないとしか言えなかった。
少しだけプロデューサーは考えて、ため息をついて眉間にしわを寄せながらオーケーを出してくれた。
その結果があずささんと私、あともう一人でぱーっと盛大なさぷらいるライブなんだ。あずささんらしく言えばさぷらいるぽーりーいえい! かな?
「それにしても本当によかったの? 私なんかが出ちゃって。せっかくやよいちゃん一人で歌えたのに」
「一人で歌ってみたかったーっていうのももありますけど、やっぱり歌はみんなで歌ったほうが楽しいですし! 何より、亜美に教えてあげたいんです」
「亜美ちゃんに?」
「はい、これでもお姉ちゃんですから。たまにはがおーって怒らないと!」
「あらあら、もう私なんかよりすっかりお姉ちゃんの風格が漂ってるわ~うふふ」
「そうですか? ならきっと今日も大丈夫です! あずささん、今日も楽しく元気にいきましょー!」
「おー、かしら?」

あずささんと話していたらスタッフの人が入ってきて、「そろそろ始まるから」って言われた私は舞台袖まで移動した。
あずささんは私が一曲歌った後に『9:02PM』を歌いながら登場する予定だ。
私の最初の歌は、『GO MY WAY!!』。その後ですかさずあずささんのバラードとと、あっぷだうんが激しいせっとりすと。今日のライブはそんな感じでいくそうだ。
既に舞台袖にいたプロデューサーと、最後のお話をする。そしてかわした約束の一つを、ここでやってもらおうか、なんて思ってるんだ。
「いよいよだな、やよい。別に歌うわけじゃないが俺もドキドキするよ。亜美でもここまで大きいライブやったことないし」
「亜美もすぐにこんなでっかーいステージに立ちますよ。私のほうが少しだけ早かっただけ」
「…なんかやよいって亜美のことになるとなんでもわかるよな、少し羨ましいよ」
「亜美だけじゃないです、真美のこともわかります。でも今は亜美のほうがよくわかるかもしれないです」
うん、あの二人のことならわかりますよ。だって私とおんなじアイドルで、私と最初に友達になってくれた二人だから。
それでいて、ライバルだから。
「俺にもその能力があればな…まあ無いものねだりはよくないか」
「あはは…そうだ! プロデューサー、私忘れてました!」
ほんとは忘れてなんかないけれど。いたずらにも満たない私の小さないたずら、その小ささは…千早さんの胸くらい? なーんて、私も一緒なんだけど。
「ん?」
「もし私が一位を取れたらってお話、その約束。まだしてもらってないです」
「ああ、そうだった。しかし今するのか? 結構人も多いからライブ終りの控え室とかで」
「今じゃ、だめですか?」
少しだけ甘えた声で、うわめづかい? でプロデューサーを見つめてみる。うん、すごく恥ずかしい。顔から火がぼーーって出そうなくらい恥ずかしい。
「あ、いや…まあどこでやるかもやよいの権利か。わかったわかった」
そう言って少しだけ周りを見て、少しだけズボンで自分の手を拭いた。拭いたところの生地の色が変わってるのを私は見逃さず少しだけ笑う。そして、ゆっくりと私の頭に右手を置いた。
ぽふっ、わしゃわしゃ。
なでるというか、さんぱつやさんで髪の毛を洗ってもらうときのような感じだけれどプロデューサーだし、まあいいかな。…満たされている、それはこんなときのことを言うのかな?
不意に亜美に聞きたくなった。理由なんかないけど。
「…これでオッケーかい? やよいお嬢様」
「はい! これで元気100%から120%です!」
「よし、その調子で暴れまわって来い!」
「はい!」
音楽はもう響き始めている、ライブならではの前奏アレンジ。私は、私が私として最初に歌った歌を歌う。言わば高槻やよいのげんてん? 始まりは苦手な英語だけれど。
「―――GO MY WAY~」

その後『GO MY WAY!!』を歌詞の通りフルスロットルで駆け抜けた私、曲調は一転しあずささんの『9:02PM』に変わる。サイリウムの色もオレンジから紫へ色を変えていた。
少しだけ二人で自己紹介とトークをしてすぐにまた二曲『おはよう!!朝ご飯』と『shiny smile』を歌い終わる。
「はーい、以上! 『shiny smile』でした~」
「うっうー! テンションはさいこうちょー! みなさんも楽しんでますかー!」

―――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!

ライブならではの白熱した返事とも言えない返事だけど、ライブだから許される。所々から甲高い口笛の音も聞こえる。私にはできないけど、確か亜美はできたなぁ。
「そんなわけでここまで四曲、ほぼノンストップでやってきました。ここからは少しだけお話タイムとなりますので、みなさんも座って聞いてくださいね~」
「今のうちにお水を飲みましょう! 私も飲みます!」
そう言うと立っていたファンのみなさんがぱたぱたと座り始めて、用意してきたすいぶんを飲み始めた。なんだかいつもよりもみんなが疲れている気がする。なぜだろう?
「さて、やよいちゃんと私の歌はどうだったでしょう? 今回のセットリストはアップテンポの曲からゆったりとしたバラード曲が交互に入り乱れております」
あずささんのMCがのんびりと続く。なんというか、MCと言えば律子さんが思い浮かぶけれど、実はあずささんもかなりうまいと思う。
でもどこか抜けていて、それがみんなの心を掴んだりしていて、ファンの間では「癖になるMC」と言われているらしい。
「―――となりましたー。みなさん少しお疲れのようですが、平気ですかー?」
だいじょうぶーへいきだーなんて声が転々と聞こえる。まだ四曲しか歌ってないから当たり前なんだけど、それにしてもやっぱりファンのみなさんがすごく疲れてる。うーん。
「それじゃーやよいちゃんと私の声に続いて、おー、って言ってくださいね。それじゃ、やよいちゃん?」
「はい! みなさん! まだまだいけますかー!」

―――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!

「一緒に歌ってくれますか~?」

―――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!

「元気のちょぞーは十分ですかー!」

―――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!

「あなたの隣は、空いていますか?」

―――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!

「あらあら、うふふ」
…三浦あずさ、おそるべし? ちゃんとお客さんを楽しませて、自分の目的も忘れていないみたいだ。うん、素直に見つかるといいと思う。
「さて、その元気さも次の曲で全部使っちゃう勢いでいきましょー。みなさんも既にCDを買ってくれている、と思いますがいかがでしょうか?」
所々にくどくなく、ファンとアイドルは繋がっているんだーって思わせるような質問を投げかけている。気がする。
「そんなやよいちゃんの曲が何枚売れたのか~初週の売り上げを、こちら中央の大画面にーかしゃかしゃ形式で発表しますよ~それでは、どうぞ~!」
TVのなんとか鑑定という番組であるような、金額の一の位からどんどん数字が出てくる例のあれだ。正式名称とかあるのかな?
私の疑問などつゆ知らず、中央でぃすぷれいは回り続ける。

―???万???7枚
―???万??77枚
―???万?277枚
―???万7277枚

「さーここから一気に止まりますので活目せよ! ですよ~!」
かつもく、もく、きんもく、キンモクセイ。うん、たぶん関係ない。

――――137万7273枚

数字で出揃った瞬間に両脇からとっても大きいクラッカーがばーんと打ち上げられ、ひらひらと紙ふぶきが舞う。
少し置いて歓声が沸きあがる。すごい熱気だ。この熱気が亜美にも伝わっているといいな。ああ、勿論プロデューサーにも。

「はいっ、というわけで初週の売り上げは137万7277枚となりました! 拍手~!」
歓声と共に拍手もプラスされる、ここまでくると音が外に漏れているんじゃないのか心配になってくる。
「ありがとうございまーす! それじゃみなさんご一緒に! ハイターッチ!」

―――ハイターッチ!

「イエイ!」―――いえい!

更に歓声が高まる。この勢いのまま、行くしかない。
「それではみなさん! 私の大好きな歌、聞いてください! 『キラメキラリ』!」
ライブアレンジの前奏が流れて、たぶん今日一番の歓声が沸きあがる。それに負けないように、いくせんの声に負けないように。私の元気は、そんな力だって今は思えるから。
「フレーフレー頑張れ!! さあ行こう♪ フレーフレー頑張れ!! 最高♪」

前奏のアレンジ部分を入れた4分10秒。私が振りつきで歌う『キラメキラリ』が終わった。沸きあがるはずの観客の声がない、隣にいるあずささんの声も聞こえない。
私は思い出していた。沈黙の新宿小田急百貨店・亜美の乱、なんて春香さんがつけていたあの日のこと。
亜美が歌った『フタリの記憶』を聞いていた人たち全てが、黙りかえってしまったあの日のことを。
今、ファンの声が聞こえないのはそれと同じことが起きてるから。私にはわかった。ちなみに私はまだ右手でピースをしている。ちょっとだけ右腕が悲鳴を上げている。
きっと私がポーズを変えない限り、ずっと静かなままだと思う。
…亜美、私にもできたよ。あの後、亜美はひへいしきって何もできないでいたけど、私はまだ歌えるよ? 私、亜美の隣まできたよ? だから、だから。
そう思いながら、私は右手を下ろす。途端に先ほどのピークを超えた、なんていうのか、何万の怒鳴り声って言うのかな?
竜巻ができるんじゃないかってくらい、ファンのみんなの声が私の小さな体をふるいたたす。うん、もう文字じゃ表せない、それくらいの素敵な声援だ。
また、あの時の春香さんと同じように動けないでいたあずささんも動き出す。
「す、すごいわやよいちゃん! こんな素敵な歌をすぐ側で聞いていられて、私は今すごく幸せよ~!」
「わたしもいますごく幸せです! みんなも、幸せですよね!!」
まだまだ怒声に似た歓声はやまない。やまない。やまない。
あまりの事態にせっとりすとが少し変わるくらいに、歓声はやまなかった。
ようやく落ち着いた歓声のなか、あずささんが少し表情を暗くしている。あの日のこと、思い出しているんだ。

―――あれだけ心に届いてくる歌を歌えるなんて、羨ましいって思ったの。いっしょにね、自分じゃできないな~って自信を失くしちゃったの。

あずささんは、そう言っていた。でも大丈夫。あずささんの歌は、もっとなんというのかな? みんなが自信を失くしちゃうくらいすごいから。
だから私はあずさんの右腕に抱きつく。
「や、やよいちゃん?」
「大丈夫ですよ。私、あずささんの歌、すっごく好きです。だから歌ってください。あの時の亜美のように、今の私のように、それでいてあずささんらしく、みんなの心に」
マイクにも通さない二人の会話。フタリだけの秘密の会話。秘密のやりとり。少しだけドキドキする。
「…できるかしら、私に」
「できます。だって私たちはおんなじアイドルで、歌う舞台がここにあって、ファンのみなさんがいるんです。伝える場所も、伝える心も、ここにあります」
「伝える心…」
「あずささんの心も、ファンのみんなの心も、一緒です。マイクを通したあずささんの歌声は空気を伝って、波みたいにみなさんの心に辿り着きますよ」
「…」
あずささんの体が震えている。でもこの震えはもう大丈夫だって、知ってるから。怖いとかおそろしいとかの震えじゃなくて、自分をふるいたたせようとするふるえ。
うん、むしゃぶるいだ。
「…それじゃみなさん、次はあずささんのソロになります。私はちょっと後ろに下がって、でみなさんと一緒に聞きますね!」
そう言ってあずささんから離れて、少し後ろに移動する。プロデューサーがこっち見て、メロディーを流しても平気か? そう目で合図をしてくる。私はばっちり笑顔ではいとウインク。
その数秒後、ゆるやかな前奏が流れる。あずささんはまだ俯いたままだけど、あれが本来のあるべき姿なのかもしれない。
もしかしたら、私の『キラメキラリ』も超えられてしまうかもしれない、そう考えもする。でもなんでかな? すごく楽しいよ、亜美。
もうすぐ歌詞の部分。あずささんはぴくりとも動かない。会場が少しだけざわめいて、後ろのスタッフさんたちもおろおろし始める。歌いだし直前、あずささんのマイクを持った左腕が動く。

「―――空にだかれ 雲が流れてく 風を揺らして 木々が語る」
少し震えた声で、あずささんが歌いだす。私も、ファンのみんなも大好きなこの歌を。
「目覚める度 変わらない日々に 君の抜け殻探している」
うん、私にはこんなうまく歌えない。やっぱりこの曲は、あずささんだけの曲。あずささんがみんなと繋がる曲。
「Pain 見えなくても 声が聞こえなくても 抱きしめられたぬくもりを今も覚えている」
静かな声が、必死に繋がろうと声を高くする。伝えたい心をさらけだす。
「この坂道をのぼる度に あなたがすぐそばにいるように感じてしまう」
繋がるために、坂道を登る。どれだけ急でも、高くても、登りきるまで。
「私の隣にいてー! 触れて欲しい…」
ほら、もう平気でしょ?
この後、あずささんはこれまでにないほどの完成度で「隣に…」を歌う。さっきまであんなにざわめいていたみなさんの口、開きっぱなしだ。
あはは、おかしいな。ねえ亜美、見てる? 私は、私だけじゃない、他の誰かにも元気をわけてあげられるようになったよ。だから、だからね―――。

あずささんは歌いきる。5分08秒、のびやかに、きれいに、すてきに歌いきった。
「…すっごーいです! 私にはそれしか言葉が出てきません! そんなこちらの曲は、みなさんも大好きなー『隣に…』でしたー!」
会場の静寂を私一人で吹き飛ばす。あずささんは俯いたまま、お客さんも棒立ちしたまま。っと、何テンポか置いて、一つ拍手が聞こえる。
また一つ、また一つと重なって、いつの間にか拍手の大合唱が渦巻いていた。もう声すらでない、拍手しかできない、そんな感じかな。
「ほら、あずささん! ファンのみなさんが拍手してくれてます! あずささんも顔をあげてください」
そう言っても顔を上げないあずささん。少しだけ私は不安になった。私の元気じゃ足りなかったのかもしれない。そう思った瞬間、
ぽふっ。
と、私の体はあずささんの体に埋まった。
「ありがとう、ありがとう…やよいちゃん。ありがとう…」
念仏のようにそう呟くあずささんに、返事の代わりにぎゅっと抱きしめ返した。その間も拍手はずっと鳴り響いていた。
「私はなーんにもしてないですよ。だからあずささん、顔を上げてファンのみなさんに笑顔ですよっ」
「…うん」
話して、深呼吸をして、ファンのみんなに向き直るあずささん。その一連のどうさは、美術展に展示されている歴史的なちょうこくや絵よりも、もっと深い素敵な笑顔だった。
「ありがとうございます。私、本当の『隣に…』を歌えた気がします。聞いてくれたファンの皆さん、ありがとうございます…っ!」
そう言って深々と頭を下げるあずささんに、そんなことないよーって、聞かせてくれてありがとーって、声がいくつもかかる。顔を上げたあずささんは笑いながら頬に涙を流していた。
「…はぁ、はい! 三浦あずさ、落ち着きました~。さて、ではこの感動を胸に抱いたまま次の曲へ行きますよー! やよいちゃん、次の曲はー?」
「はい! 『私はアイドル』、聞いてくださーい!」

『私はアイドル』を歌い終わり、そのままもう一曲『まっすぐ』を歌い終えた。ここまで大成功のライブも、残り二曲で終り。
あと二曲でライブは終わる。『キラメキラリ』も『隣も…』も歌ってしまった。でも最後まで準備は万端。
「さて、名残惜しいですが…あと二曲でライブ終了となります!」
ええーという定番の声が上がる。叫びながらええーと言うものだから、すごく違和感だらけでいつも笑ってしまう。
「そこでですね~今回は二人で盛り上がるだけでは勿体無い、ということでスペシャルポーリーイエイ! ということでサプライズゲストがきておりまーす!」
あっ生ぽーりーいえい! あずささんが言うとすごくきまってて、かわいい。
「では、曲と一緒に出てきてもらいましょー! 今回、あずささんと私はばっくだんさーです! それではどうぞー!」
全ての照明が消えて暗くなる。そしてむきしつなテクノメロディーが流れ始める。心地いいリズムを刻んで、出てきたのはあずささんの声を聞いてふるいたったあの人。
「―Kosmos,Cosmos 跳び出してゆく 無限と宇宙の彼方」
どんな曲にもない、無限にも詰め込めるイメージ。むきしつな音から聞こえるこの人の世界。私も大好きなコスモスの歌。
「Kosmos,Cosmos もう止まれない イメージを塗り替えて」
そう、もう誰も止まれない。今この三人は誰にも止められない。そしてあの子もきっと、止まれないんだ。
「ユラリ フワリ 花のようにユメが咲いて キラリ 光の列すり抜けた二人」
この曲の主役は間違いなくこの人だけど、私も負けずに自分の世界を表現しながら踊る。私だけのオリジナルKosmos,Cosmos。誰にもまねできない私だけのKosmos,Cosmosを。
―Access to the future―
―Reason and the nature―
私とあずささんはそう呟く。二人とも同じ言葉を呟いてるのに、まるで違う言葉を言っているように感じる。さすがにファンのみんなには伝わらないかな?
…亜美、見てるかな? 私はここまでできるようになったよ? でもダンスや表現力はいまだにかな? だけど、だからこそ私は諦めない。
プロデューサーも、亜美も。どっちも手に入れようなんてずるいかな? でも私はもう知ってしまったから。
恋心を。
元から私は持っていたから。
姉心を。
亜美、ゼツボー込めるだけ込めてね。どんなに濃いゼツボーでも私のきぼうで照らすから。照らしてできた影も照らして見せるから。そしたら。
「私と一緒に踊って、歌おうね? 隣で…、ね?」

もう何度目の静けさだろうか、三人が三人とも自分の心をさらけだして歌った曲は刺激が強すぎたのかもしれない。
今回は私もあずささんも、そして雪歩さんも自分の世界をステージにほうわさせすぎたのかもしれない。すごくステージが狭く感じたのはきっとそのせい。
「はーい、そんなわけで特別ゲストは萩原雪歩ちゃんです!」
ファンのみんな、限界を超えているのが目に見えている。それでも雪歩さんに歓声を送る。目一杯、限界なんか超えちゃってなりふり構わないで、心に心を繋ごうとしてくれる。
「やよいちゃん、あずささん。わ、私っ今日のライブに出させてもらって、ほんとによかったです! おかげでKosmos,CosmosがよりKosmos,Cosmosらしくなって、えっと、その…」
「落ち着いて雪歩ちゃん。まずは、聞いてくれたファンの皆さんにお礼を言わなきゃ、ね?」
「すす、すいません! え、えーっと、萩原雪歩 16歳です! 今回は私の『Kosmos,Cosmos』を聞いてくれて、ありがとうございました!」
今日のライブは私の『キラメキラリ』からずっとピークに近い気がする。それだけのライブになったってことかな?
「はい、よくできました。さて、雪歩ちゃんの素敵な曲の余韻もありますが、次の曲に参りますね。そしてーなんとぉ? 次が最後の曲となってしまいましたー!」
また棒読みのええーっという万の声。だけど、さっきよりも本当に残念そうな声が増えたようで、嬉しくなった。
三人の持ち歌もなくなってしまった今、最後を飾る歌はなんだろう? きっとファンのみんなも疑問に思っている。でも曲名を発表されてもいまいちピンとこないと思う。
だけど、今の私ならその疑問すら払えてしまえる気がするんだ。
「次の曲の発表はやよいちゃん、お願いね?」
「はい! 次の曲は、『ポジティブ!』です!」
うん、やっぱりみんながざわめている。最後にポジティブ? そんな声色。
「あ、あのーやよいちゃん。どうして最後に『ポジティブ!』なの?」
雪歩さんはファンのみなさんの疑問を代弁し、私はこう答えた。
「私はみんなに元気を分けてあげたくて、でも私の元気は少し元気すぎるかなーって思ったんです。でもこの『ポジティブ!』はどこかぐーたらだけど、でも元気になる! そんな曲だって思った

んです! だから最後にみなさんと別れるときに、そんな元気を分けてあげられたらすっごーく名案かもって思ったんです!」
「やよいちゃんはいつも皆さんに元気をわけてあげたい、そう思っているとっても優しいアイドルです。…恥ずかしながら、私も今日はとても助けてもらいました」
「わ、私もやよいちゃんとあずささんを見てすごくがんばらなきゃって思いました!」
「だから最後に、やよいちゃんが歌うやよいちゃんなりの『ポジティブ!』、聞いてください」
「お願いします!」
あずささんと雪歩さんが頭を下げて、私も勢いよく頭を下げる。
プロデューサーから聞いた話だと、私のおじぎは「がるうぃんぐ」なんてかっこよく言われているので、今日はそれに負けないくらいの勢いでやったつもりだ。
ざわめいていた会場がしーんとなって、ぽつぽつと声が上がる。そしていつしか声が一つになる。
―――ポジティブ!ポジティブ!
そんな掛け声がライブ会場いっぱいに聞こえる。
「よーっし! 最後ですけど高槻やよい、全力フルスロットルで歌いまーす! いきますよー! みんなで一緒に曲名を、はい!」

「『ポジティブ!』」

私はステージではああ言ったけど、実は心の奥底では少しだけ違うことを思っていた。始終このライブ中に思い描いていたあの子こと。
亜美、私ね。亜美と真美が歌う『ポジティブ!』が大好きだった。無邪気な笑顔で歌う二人のこの曲は、私にとって希望だったんだって今になって気づいたんだ。
ずーっと一人でお掃除をしていて、ふと怖くなったとき、私を照らしてくれた私の希望なんだよ。亜美がゼツボーを知ってしまう前の、亜美なりに言うならキボーの歌。
それを知ってほしいから、思い出して欲しいから、この曲を歌うね。
私は、諦めないよ。どんなつらいことやこわいこと、かなしいことがあったとしても、進むから。

そう思いながら私の希望の歌、『ポジティブ!』を思いっきり歌いきり、ライブは無事に大成功のうちに終わった。
歌い終わった後、私たち三人がいなくなって終りのあなうんすが流れても、三十分ほど誰も席を立たなかったそうだ。
スタッフさんが総出で肩を叩いたりメガホンで誘導したりしてなんとかしたんだって。会場からファンが完全にいなくなったのは、ライブが終わった一時間後らしい。
さて、亜美? ゼツボーを込めるにはたっぷりかな。でもね、どれだけゼツボーを込めても私は負けない。
私は、私なりの希望を歌うから。


来た。やっとこの日が来てくれたよ。季節に一度の765ファン感謝祭。
765プロのファンクラブの兄ちゃん姉ちゃんたちからチューセンで二百人だけが入れる渋谷のホールで、亜美と真美は二つの「黎明」をハッピョーするんだ。
「センシューのやよいっちのに比べたらちっさなハコだけど、エイキョーリョクならジューブンだよ」
ファン感謝祭はダレよりも早く新曲を聞けるイベントなんだよ。有名ブロガーの兄ちゃんとかこっそしチューセンを操作して呼んでるらしい。テレビや雑誌の人たちもたくさん来てるし。
「やよいっちのブドーカンは三人、こっちのも三人。お客さんの人数はちかたないけど、ハコユレは負けらんないよねー?」
真美が元気イッパイに言うよ。うん、負けらんないよね。でもさ、
「こっちは四人だよ、真美」
私は返した。亜美と真美を入れて四人なんだよ。『アイドル双海亜美』は二人で一人だけど、ジッサイノトコロこれってずるいジャン?
「だからますます、負けらんないかんね」
「亜美、モエモエだねー? うし、真美もモエてきたよー!」
真美が拳を突き出してきたから、亜美もそれに合わせる。あは、まこちんみたいだ。
「亜美、真美、最新のチャート出たわよ」
がちゃりと控え室のドアを開けながら入ってくるのは、カガヤくおでこもまぶしいいおりんだ。
「…何だか不本意なことを言われた気がするけど、まあいいわ。今週の、って言うかこの本が出るときには先週のだけど、最新のヒットチャートよ」
ばさりと雑誌を投げてくるいおりん。開かれたページは言う通り最新のCDシングル売上で、その一位二位には0がいっぱいのキレイな数字が並んでる。
「二位の千早が今週0枚で通算百万枚、一位のやよいが今週十二万枚で通算百五十万枚。わかってはいたけれど消化率百パーセント、初版が掃けちゃったわ。ショートによる機会ロス額がいくらにな

るのか、計算したくないわね」
「そっか。やっぱりやよいっちは百五十万枚行っちゃったか。スゴいね」
いおりんが言うムツカシイことはムシして、私はわかることだけに返した。
「亜美真美いる? やよい初版完売よ、って何だ伊織も来てたの」
またまたがちゃりとドアが開いて、今度はりっちゃんだ。
「ダブル『黎明』の初回プレス、百五十万はもう手配済みよ。今日のライブの感触が良ければさらに五十万追加する。二人の希望通りの、初版二百万」
りっちゃんが亜美と真美を見る。ちっと怖い顔だけど、怖くないな。
「ダブルミリオンなんて、もう何年も出てないわ。あずささんも千早も、魔王もサイネリアも届いていない。やれるの?」
まありっちゃんはそう言うよね。そう言うだろね。でもさ、
「イケるよ。トリプルでもいいくらいだよ」
あはは、トリプルでも足りないよ。いやあウヌボレだけどね、ワリに合わないんだ、トリプルでも。
「亜美は『黎明』に命をかけたよ。ココロをスリツブシた。おじちゃんは泣きながらアレンジしてくれた。シャチョーやぴよちゃんはヒッシにスケジューリングがんばってくれた。兄ちゃんは」
ちょっと言いヨドム。いいコトバじゃないからね、セケンテキには。でも、いおりんとりっちゃんになら通じる。通じるって信じるよ。
「兄ちゃんは、亜美に『スターレス』のココロを教えてくれた。ゼツボーを教えてくれたんだよ。ハッキリ言って、トリプルでもワリに合わないよー?」
テンビンのこっち側に乗せちったモノはハンパ無く重いんだ。バランスを取るにはあっち側に、
「トップオブトップス、アイドルのてっぺんくらいには、ならないとねー?」
それくらいは乗せないとね。
「…たいした自信ね。それなら良いのだけど」
りっちんは首を傾げながら片目をつむった。
「でも、流行が変わったのよね。ボーカル特化は変わらないけれど、悲しくから楽しくに。影響少ないうちに売り抜ければ良いけど」
…ライブ前にフキツなこと言うなあ、りっちゃんは。

ざわめく客席の気配が舞台ソデまで届いてくる。200席はトーゼン満員。兄ちゃん姉ちゃんたちが暴れ出しそうなココロを抱えて、キバクのシュンカンを待ってる。
「亜美たちが、ヒダネなんだよね」
ライブの熱気は私も知ってる。キョーホンの空間を私も知ってる。アレを起こすんだ、亜美たちが、亜美たちの歌で。
「怖い、ね」
怖い、怖いよ。スゴんだりっちゃんの顔は怖くなかったけどね、ライブ前はやっぱり怖い。私はホントに怖くてフルエてる。
「ま、リラックスしてなさい。あんたの出番はまだ先なんだから」
「あ、いおりん」
ピンクのボーカル衣装を着こんだいおりんが舞台ソデまで来てた。ウサギの頭をなでてる。
「…知ってると思うけど、私は今日新曲を、『DIAMOND』を発表するはずだったわ」
んで、ウサギの頭なでながら亜美から目をそらしながらソンナことを言ってくるよ。
「そしたら私のプロデューサーが、あの変態がそれを止めようって言ってきたわ。私が新曲を投下しても、あんたたちの添え物にされかねないからって。私は反対したわ。猛反対した。私は水瀬伊

織なんだから」
うん、そーだったね。でも先週あたりから何も言わなくなったよね。どしてだろ?
「でも、やよいとあずさと雪歩の武道館ライブで考えが変わったわ。あの三人は私より上の世界に行った。私はまだその準備ができていない。私はまだ飛び立てないわ。だから今は」
いおりんが亜美を見る。スルドい視線で亜美を見るよ。
「亜美を打ち上げる。あんたの歌の歌詞のように宇宙に飛ばすわ。今の私はやよいのようにはなれないけれど、それでも私は最高のステージパフォーマーよ。私が、私だけが最高のステージを創れ

る。私の創ったステージを発射台にして、あんたは宇宙に行きなさい」
いおりんはウサギを抱えてない方の手の平をぐっと握った。
「そしていつか必ず、私もあんたたちと同じ世界に行くわ。私は『DIAMOND』なんだから。それまで、空の彼方で待ってなさい」
いおりんは言い捨てるとウサギをパイプイスに座らせて、ステージに出て行った。まっくらなステージのまん中に立ってポーズをとる。
影くらいは見えるのかな、ライトもついてないのに会場のテンションが上がった。くらやみのまま曲が流れだすよ。セットリストの一曲目、『私はアイドル』だ。
♪基本的には一本気だけど 時と場合で移り気なの♪
ぱんとスポットライトがともって、いおりんの姿を照らす。そこにはカンペキな笑顔があった。昔テレビで見てうらやましいって思ったカンペキな笑顔が。
♪そんな柔軟適応力 うまく生かして綱渡り♪
踊りながらずんずんとステージの前へと進むいおりん。リハはそんな振り付けじゃなかったジャン。
でもライブのディレクターもいおりんのプロデューサーも何も言わない。わかってるからね。ダンドリなんて全部ムシするくらいがいおりんの本気。
いおりんは今夜、最初からアクセル全開だよ。
♪好きな人にはニコニコして そうでもない人もそれなりに♪
いおりんが跳ねる。ステージの最前列をなめるみたいに走って、お客さんたちに手を振るよ。一人一人を見つめながら。
ここにいる二百人の兄ちゃん姉ちゃんたちは根っからの765のファン。きっといおりんは全員を覚えている。覚えているつもりでいて、知らない顔も覚えるつもりでいるんだ。
♪外面良くて内弁慶 世渡りだけは上手♪
あはは、何度聞いてもいおりんのためにあるよな歌だね。私は昔、いおりんをこの通りの人だと思ってた。でもチガウ。いおりんはウチベンケーこそがシンライのアカシだからね。
♪器用と才能だけで軽くこなせる仕事じゃないの♪
うん、そうだね。キヨーさもサイノーもいると思う。でもそれじゃアイドルはやれない。いおりんだって。もちろん亜美だって。
♪だから人に見えない努力なんて白鳥並以上!♪
ドリョク、ドリョク、ドリョク! ああもう、気が狂っちゃいそうだったよ。きっと亜美は狂っちゃったよ。ゲンカイなんて何度も超えた。
だから亜美は今ここにいるし、いおりんもここにいる。いおりん自身もそれを知ってる。だからいおりんは、
♪きっと私が一番!♪
ああ、こんなとびきりの笑顔ができるんだ。笑顔のカガヤキが一段上がったよ、いおりん。サイコーだね。やっぱりいおりんはサイコーだね。

「はーい、みんなのアイドル、水瀬伊織ちゃんでーす!」
歌い切ったいおりんは割れそーな拍手と歓声で迎えられて、そのままMCに。まだ一曲目なのに会場は熱く熱くなっちった。
「それにしても、ここのみんなは本ッ当にラッキーな人たちよね。今日の私は、デビュー以来最高のテンションでステージに立ってるわー!」
熱気が返る。いおりんの熱気を受けとめた兄ちゃんたち姉ちゃんたちが何倍にも熱気をふくらましていおりんに返す。ばちばち言いそうなくらいに。
「…さすが伊織ね。いきなりからあそこまで暖められるのは、伊織しかいないわ」
「あれ、りっちゃん」
りっちゃんも舞台ソデに来てた。りっちゃんの定番の緑色のダンス服を着てる。そっか、いおりんのトークの次はりっちゃんだったね。
「あれがアイドルなのよね。伊織こそが真のアイドル」
「どしたのイキナシ?」
ステージをまっすぐ見ながらつぶやくりっちゃんのほっぺたに聞いてみる。
「うん、私アイドル辞めようかって思ってて」
「へ?」
な、何を言ってんのかなりっちゃんは。ライブのサイチューなのに。
「私、事務員バイトで765プロに入ったのよね。でも人がいないからもったいないからってアイドルさせられて」
うん、そのへんのジジョーは知ってるけどさ。
「しばらくして春香が来てあずささんが来て。今じゃ十人超えの大所帯で、その全員がトップアイドルかトップを狙い得る場所にいるわ。勉強にはなったけど、そろそろ潮時かなってね。やっぱり

私は、アイドルじゃないわ」
「そんなー、りっちゃんもったいないよー!」
りっちゃんだってトップアイドルなれそうジャン? それなのにさ。
「そんな顔しないの」
亜美はどんな顔してるんだろ。りっちゃんは亜美の頭に手を乗せた。
「765を辞めるわけじゃ無いんだから。私には千早みたいな声は身につかなかったわ。亜美みたいに歌にすべてを込めることもできない。真みたいには踊れないし、伊織みたいなカリスマも無い。で

も代わりに、みんなには示されてない別の選択肢があるの。私以外の誰にも無い選択肢が」
「りっちゃん…」
どうしてソンナコト言うのかな? どうしてソンナ笑顔で言うのかな?
「亜美、先輩アイドルからの、アイドルとしては最後のレッスンよ。私のステージを見てなさい。今の亜美にはできないこと、意図的な会場の盛り上げ方を見せてあげる。才能が無くても、技術だ

けでもこれだけハコを揺らせるっていうのを、見せてあげるから」
りっちゃんは歩幅も広くステージに出て行った。
「伊織ー、しゃべりすぎよ。ちゃんと進行の確認してる?」
「あら律子。もうそんな時間なの? ファンのみんなとお話しするのが楽しくて、すっかり忘れてたわ」
りっちゃんが時計着けてない右手首をつつきながらいおりんに声をかけて、いおりんは猫かぶって返す。客席からはまたバクショーが上がった。
「仕方ないわねえ。それじゃひとまずステージから引くけど、私はこのままラストまで突っ走るわ! みんなも着いてらっしゃいねー!」
伊織は客席に手を振ると、笑うとこっちのソデに歩いて帰ってくる。トチューでりっちゃんと手を叩き合った。
「お疲れ、いおりん」
「全然疲れてないわ。次の出番まで二十分もあるのがいやになるわね。もっとテンション上げて行きたいのに」
亜美が言ったら、いおりんは肩をすくめて返した。パイプイスに座ったウサギをカイシューしてる。
「私は着替えがあるから行くけど、亜美、律子から目をそらすんじゃないわよ」
んで、亜美に背を向けたまま言った。
「気合いが半端じゃ無かった。火花が散りそうだったわ。会場、まだまだ上がるわよ。律子が上げる」
いおりんも感じてるんだ。亜美はだまってうなずく。って、答えなきゃ伝わんないじゃん。いおりんあっち見てるんだから。
「うん、すごいライブになるね」
「すごいライブどころじゃ無いわ。そんなものは目指さない。目指してないわ。私も律子も」
くるりと振り返ったいおりんには、フテキな笑顔。
「目指すは先週の武道館超えよ。私はやよいには勝てないわ。律子もあずさには勝てないでしょうね。でも私たち四人ならあの三人に勝てる。亜美真美、あんたたちをトップにしてあげるわ」
いおりんは言い切ってから、ばつが悪そうに顔をしかめて早足に逃げてった。
「アリガトね、いおりん。ゼッタイにトップに立つよ」
私はケツイを口にする。コトダマ、だかんね。
…あれ、りっちゃんの『いっぱいいっぱい』が流れだしたよ。
♪La La La…♪
およ、りっちゃんどしちゃったの? この歌の入りはもっとちっさな声だったよね? 亜美がシンパイになってりっちゃんを見たら、りっちゃんもうステージなのに亜美を見てにやりって笑った。

一秒くらいだったけど。
♪無意識 いつもあなたを見てるの 気付いてすぐに落ち着きなくなる♪
りっちゃんそのまま歌声おっきくした! 間違えたワケじゃないのかな? でもその大きさで最後まで持つの?
♪もう 我を忘れて 私だけですべてが完結 恥ずかしい♪
ツキススムりっちゃん。ダンスもいつもより動きがおっきい。いおりんみたく前の方のお客さんたちに手を振ったりもして。
いおりんもりっちゃんも、あんだけセカイを開いてそれでも歌もダンスもハズさないんだからスゴいよね。
♪話せば話題尽きないくらいに 楽しく二人の時間過ごせる♪
たった二百人の会場のあちこちを、ダンスの振りに交えてりっちゃんは指差す。その後はヒジから先の腕を上下させる。もっともっとテンション上げて、のサイン。
みんな自分を言われてるように感じるのかな、りっちゃんが指差すたびにそのあたりが盛り上がる。
♪ああ どうして私 心構えなしでは『さあ、みんなもいっしょにー!』
「ひょえっ!?」
りっちゃん歌を止めてそんなこと言っちゃった。まだ二曲目だよ? しかも『いっぱいいっぱい』の最初のコールなのに!
りっちゃんがマイクを客席に突き出す。りっちゃん、やる気だ! 兄ちゃん姉ちゃんたちにブン投げるつもりだ!
『いっぱい、いっぱい、いっぱい、いっぱい』
♪あなたの声を そう♪
…あ。
『いっぱい、いっぱい、いっぱい、いっぱい』
♪聞かせて欲しい『もっともっとー!』もう♪
すごい。
『ぜったい、ぜったい、ぜったい、ぜったい』
♪他の人より うん♪
会場が、応えた。
『ぜったい、ぜったい、ぜったい、ぜったい』
♪好きだと思う まだそんなこと 言えないけど♪
「やっぱりりっちゃんはスゴいねー」
りっちゃんのステージにぼけっとしてたら隣に真美がいた。黄色のビジュアル衣装がキラキラしてる。
「りっちゃんハジメっからブッ飛ばしてたからダイジョブかなー、って思ってたけど、これでソーサイするつもりだったんだね。りっちゃん一番ノド使うところ、あんまし歌ってないジャン?」
そっか、そうだ。こうすれば休めるんだ。りっちゃんダンスだってしてないしね。マイクを客席のあっちこっちに向けて、後は手を叩いてるだけ。
ステージは、っつーか会場は二回目の『いっぱいいっぱい』を始めた。
『いっぱい、いっぱい、いっぱい、いっぱい』
♪私のことを そう♪
「スッゴい盛り上がりだねー。会場アゲアゲで、ケーカクどーりじゃん」
真美が言った。うん、ケーカクどーりだ。アップテンポな曲を並べて、とにかくアゲアゲに。
盛り上がりに盛り上がったところで、亜美の『スターレス』でオトす。今日はそういうセットリストだ。
「じゃ、『双海亜美』の一曲目行ってくるから。真美のスペシャルを亜美はここで見ててねー」
真美はちょい聞きにはフシギなことを言って立ち上がった。舞台の方じゃなくてバックヤードに向かう。
「いーなー、亜美もやりたかったなー」
私はもちろんそのワケを知ってる。ウラヤマしい。真美は今からホンっトにオモシロそうなことをやるんだよ。
「んっふっふー、カナシー歌にトッカしちゃってる亜美にはできないねー。まあ、いつか亜美にもチャンスがあればいーねー」
真美はニンヤリと笑って舞台ソデから消えた、

「それじゃー次の歌にいきましょっか。次は双海亜美で『スタ→トスタ→』です。よっし時間ちょうど。時間厳守とタイムリードの正確さに定評ある秋月律子、秋月律子をよろしくお願いします!


りっちゃんは何だかセンキョっぽいことを言って反対の舞台ソデに入ってった。一度会場の照明が消えて、少しばかし静かになる。
でもすぐにスポットライトがステージに灯って、一気に客席は元のボルテージを取り戻し、かかったんだけど。
―――ええ?
兄ちゃんたち姉ちゃんたちがとまどってる。まあそーだよね。スポットライトの中には真美も誰もいないんだから。
でも構わずに前奏が流れるよ。三本のビーム以外はまっくらやみのままだから、真美がどこかに隠れてるんじゃ無いかってみんな探してる。ザンネン、ステージの上にはいないよ。
♪タリラン たりな  無敵! チカラ 無から 無限 いぇいえい!♪
真美の声がどこからか降ってくる。まるで降り注ぐような声、じゃなくてホントに降ってくるんだよ。だって真美は、
―――上だっ!
うお、兄ちゃんたちの誰かが叫んだ。チョクゴにライトビームが天井の方を照らして真美の姿を映し出すよ。ビジュアル服の真美は、何と天井から吊るされてるんだよー!
♪元気 げりおん 激論 地球 無休 夢中♪
真美はゆっくりとゆっくりと空を滑る。昔こんなの見たな、何かのミュージカルで。真美は地上に手を振って楽しそう。客席もイッキにヒートアップだよー!
♪アハハン らいじゅあはん 素敵! 期待 いっぱい 2倍 『hu! hu!』♪
わ。前フリなかったからりっちゃんのには負けるけど、けっこうhu! hu!が客席から入った。スゴいスゴい!
♪適当 てきおん 適温 野望 陰謀 レインボー♪
ゆっくりと客席の上をセンカイしてた真美がステージに降りる。私たちしかわかんないけどトーメイなワイヤを外して、そのまま走り出す!
『いっくよー! ♪み、ら、くーる♪』
マイクは持ってないけど、左手をめいっぱい開いて客席に突き出した。ウソ! 真美もやっちゃうの!?
♪スタ→トスタ→♪
『スタートスター!』
♪スタ→とスタ→♪
『スタートスター!』
♪ハッピーになるの ゼッタイ♪
真美がステージのはしっこを右から左に走ってく。会場がドッカンドッカンだよー!? 亜美、こんなライブはハジメテだ!
「やよいっちたちのブドーカン、ホントに超えちゃうよ?」
ハジメっからこの盛り上がりで、ラストには亜美の「スターレス」があるんだから。

その後は三人での『キミはメロディ』、りっちゃんの『魔法をかけて!』、真美で『ポジティブ!』、いおりんのキセツチガイの『リゾラ』、また三人で『My Best Friend』、も一曲三人でやよい

っちの『キラメキラリ』と続いた。
どの歌もスゴかったけど、やっぱり『キラメキラリ』かな。やよいっちのミリオンハーフ曲をやよいっちじゃない人がハジメテ歌ったんだし。
兄ちゃん姉ちゃんたちはこっちがシンパイになるくらいネッキョーしてた。
「それじゃ、お名残惜しいけどあと二曲で最後ね」
『えー!!』
「…いっつも思うんだけど、どうしてこのタイミングで『えー』なわけ? リストはパンフにもホームページにも載っけてるじゃないの」
「伊織ー、ネタにマジレスしないの。それに早よ終われって言われるより良いじゃない」
ステージじゃいおりんとりっちゃんがナゾなトークをしてる。会場はバクショーだ。スッゴいライブだった。センシューのやよいっちのブドーカンライブにも負けないくらいの。
「だけど、ブッ壊すよ、亜美と真美が。二つの『黎明』で」
うん、ブッ壊す。ノルかソルかしかない。モチロン亜美はノせるつもりだけんどね。
「ラスト二曲は通しになります。双海亜美の新曲『黎明スターライン』、そしてトリは同じく双海亜美で新曲『黎明スターレス』。亜美の新境地、みなさん楽しんでください」
りっちゃんといおりんが手を振りながら反対側の舞台ソデに消えたよ。次にライトが映すのは真美、『アイドル双海亜美』だ。さ、やっと亜美のデバンが来るよ。ジュンビしないとね。

舞台の下に亜美は移った。リフトの上でタイキなんだ。上からは遠いカンセーが聞こえる。真美の「スターライン」、ゼッコーチョーみたいだね。
「サスガだね、真美…」
あれだけアゲアゲノリノリのナンバーが続いてるのに、この盛り上がり、スゴいね。あ、ちっとだけ静かになった。歌が終わったみたいだ。ショーコーキの上の窓が開く。
ショーメイはゼンブ落とされてるからまっくらだ。そこにブルーとレッドのビームが注ぐ。二つの色が混じってバイオレットになるところ、そこが亜美の真上だ。
ショーコーキが動きだす。亜美はポーズをとるよ。曲が流れだす。さあハジマルよ。ゼツボーのウチューと、それでもユルガナイ亜美を、見ててね。

リフトが上がった。くらやみの中でブルーのビームが亜美の顔を青く照らすよ。レッドのビームは亜美の腰のあたりに。まっくろなダンス服に赤く映り込む。
♪ふわり シジマをつらぬき♪
亜美は歌いはじめた。カクゴを込める。兄ちゃんのユメをかなえるために、兄ちゃんすらをフリ捨てたカクゴを、も一度。
♪空の 色が変わってゆく Deepviolet♪
デイライトなんて注がない。亜美に太陽なんていらない。欲しいのは深い深いバイオレット、ウチューの色だよ。
♪目指してきた 大圏 飛び立て♪
アコガレてた? ジョーダンきっついね。アコガレだけでコンナトコまで来れないよ。亜美は目指して来た。ここに来たくてここに来たんだ。
♪胸に湧き上がる 気持ち 最高?感動?♪
ここまで来るのはわかってたよ。来るベクシテ亜美は来たんだかんね。でもやっぱりカンドーだ。サイコーだよ。
♪いつか 約束した軌跡 Shootingline♪
サテライトならよかったのにね。兄ちゃんのまわりを巡るエーセーだったら。でもチガウよ。亜美は流星だ。何十年何百年かかっても太陽を回るスイセーですらない。
♪突き進んで今 崩壊 こぼれはじめる Break down,apart!♪
ウチューをどこまでも進んで、壊れて。それが亜美だ。でもタダじゃ壊れないよ。ここまで来たのは、かなえたいユメがあるから。
♪さあ! ここから星へ 贈るよ声を♪
声を贈るよ、歌を贈るよ。ここまで来なければ歌えない歌を、みんなに、兄ちゃんに!
♪どこまでも青く響く ヨロコビ♪
ああ、何てケシキなんだろ。青いチキュー、青いウチュー、青い青い亜美の歌声。ウレシイよ。やっと歌えた。ウレシイ。やっと亜美はこの歌を歌えたんだ。
♪僕たちはそこで 君と出会った ミタサレた ココロ♪
遠いチキューを見る。兄ちゃんと出会ったチキュー。あそこにはすべてがあったよ。兄ちゃんに出会って、亜美はミタサレたんだ。
♪到来 黎明 Swing-by! Starless's Day♪
だから、亜美は来たよ。兄ちゃんでスイングバイして。兄ちゃんに近づいて、近づいた以上のスピードで兄ちゃんから飛び立って、ウチューへ。星すらないウチューへ。
兄ちゃんのユメをかなえるために!
♪聴こえるよ 君と僕の夢が照らす 地球の光♪
亜美にも聞こえるよ。ここらでも見えるよ。兄ちゃんのユメが。ユメのかなった兄ちゃんの姿が。ああ、キレイだね。遠い遠いチキュー。兄ちゃんのいる星はなんてキレイなんだろね。
♪さあ! もっと彼方へ 飛ばそう夢を♪
だから行こう。もっと先へ、ウチューの果てへ。兄ちゃんのユメをおっきくするために。亜美が進めば進むだけ、兄ちゃんは、シアワセになれる!
♪いつでも確かめられる カガヤキ♪
ダイジョブだよ。もうちっぽけにしか見えないチキューだけど、兄ちゃんだけど。振り返りさえすれば、亜美はいつでもカガヤいてる兄ちゃんを見つけられる。
♪新しい波で 君に届ける 切り開くよ 時代♪
だから亜美は行くんだ。ここからしか歌えない歌を、亜美にしか歌えない歌を、もっと探すよ。兄ちゃんに届けるから。新しい歌を、新しいナニかを。
♪共鳴♪
-ダイジョブだよ、亜美は兄ちゃんとどこでも感じあえるし-
♪欣快♪
-兄ちゃんのユメをかなえられること、亜美はウレシイよ-
♪幸甚♪
-だから亜美はシアワセなんだ。ダレがナンて言ったってね-
♪連綿♪
-亜美はずっとずっと兄ちゃんがスキ。スキでいられるんだから-
♪感応♪
-亜美は兄ちゃんに出会えてホントによかったよ-
♪広大♪
-兄ちゃんは教えてくれたしね、このセカイを-
♪汎愛♪
-亜美が兄ちゃんにアイサレなくても-
♪悠遠♪
-亜美は、兄ちゃんをアイシツヅケルよ-
「♪飛びこめ! 果てまで!♪」
ああ、歌えた。亜美は歌い切れたよ。ママ、ママ、亜美はアイシ抜けたよ。アイシ抜けるよ、兄ちゃんを。兄ちゃんが亜美をアイさなくても、
「アイシテるから! ずっとずっとアイシテるから!」
ああ、こーゆーことだったんだね、ママ。亜美が兄ちゃんをアイシテ、兄ちゃんがやよいっちをアイシテ、やよいっちもまたダレかをアイシテ、アイは巡ってゆくんだ。うん、きっと、
「亜美は! ミタサレてる! こんなにも! ミタサレてるよー!」
亜美のゼッキョーが、チンモクの会場をツラヌいた。

…その後のコトは、実はあんまし覚えてないんだ。しーんとしちった会場だけイメージが残ってる。
後からりっちゃんに聞いたんだけど、あの日のライブは765のファン感謝祭でハジメテ一度もアンコールの入らないライブになっちったんだってさ。
「…でも、デンセツのライブにもなったんしょ?」
これもりっちゃんが言ってたんだけどね。亜美にはよくワカラナイな。ただ、亜美はマンゾクだよ。亜美の底の底まで歌えたから。歌い切れたから。
「ダブルミリオン、行くかな。行くといいな」
もうあんまりこだわってないんだけどね。二百万枚焼いちったって兄ちゃんが言ってたから。売れるとよいな。たくさんの人に聞いてほしいから、亜美のココロを。
ゼツボーと、ゼツボーの先のアイの歌を。


「ただいま」
「おかえりー。姉ちゃん、お仕事お疲れ様」
「うん、先にお風呂はいるってお母さんに言っておいてくれる?」
「わかった。ゆっくりしてね」
どたどたと駆けていく弟の長介。その後姿は、まだアイドル候補生だったときの亜美が重なる。笑っていた亜美が見える。
私はゆっくりと、本当にゆっくりと歩く。お風呂まで、脱衣所まで。ときたま意識が遠のいて、足元がふらつく。
やっとのことで脱衣所についた。どんな道よりもけわしかった気がする。お風呂と脱衣所を仕切るガラス扉はくもっている。中に入れば温かそうだ。
上着、ズボン、スポーツブラ、パンツ。すべてを脱いだ私は、鏡を見た。ひどくやつれた顔、気だるそうな腕、全身に漂う黒いもやもや。長介の前では隠していたもの全てを噴出した私。
アイドル以前に少女に見えない。あれだけ好きだった私は今じゃ見る影も無くて、どこかへ消えている。
大丈夫、きっとお風呂に入れば、大好きなお風呂に入れば全て忘れられる。全部なくなる。そう信じ、私は扉を開ける。
ふわっと包みこんでくれる温かい空気と満タンに入ったお風呂。これが私はすごく好き。何だか鍋いっぱいのくりーむしちゅーを思い出して、幸せになるから。
お風呂に入る前に頭と身体を洗ってしまおう。湯船が汚くなってしまったら妹や弟たちに悪いから。
ゴムをほどいて、少しだけゴム癖がついた髪の毛に湯船からすくったお湯をかぶる。熱い、でも今はそれでもものたりない。
しばらく何もできずぼーっとして、ぶるっとした身体に気づいて、もう一度お湯をかぶる。そのまま頭を洗い出す。
頭を刺激したせいかそれまで止まっていた、止めていた考える力があのことを思い出させる。
亜美たちの765ファン感謝祭、二百人のファンのみんなと騒ぐ小規模なライブ。私の武道館ライブと比べれば、アリさんとゾウさんほどに差があるライブ。
驚きの連続だった。
もともと亜美があの歌を初めて歌うライブだってプロデューサーに聞いていたから、それを歌うまでは驚くなんてちっとも思っていなかった。
けれど違った。伊織ちゃんも律子さんも真美も、全員が踊っていた。歌っていた。ライブだから当たり前なんだけど、とにかくすごかった。
私にはわかったんだ。みんながそこまで歌え、踊れた理由。亜美がいたから。みんな亜美に引っ張られて、限界以上を出せたんだと思う。
伊織ちゃんなんてほんとは歌うはずだった新曲を歌わないであそこまでやってのけたんだ。どれだけの思いを犠牲にして、あの舞台に立ったのか、こっちが痛くなるくらいにわかる。
…痛い? ふと、その言葉に反応した。ぼーっとしたまま右手を見る。指の爪が手の平のお肉に食い込んで、血が出ていた。私はゆっくりと手の平を開ける。
伊織ちゃんだけじゃない。律子さんに真美も、亜美っていういんりょくに引っ張られていたんだ。誰でもあの場にいればそうなるはず。
その場にいた私が言うんだから間違いない。あのライブは間違いなく亜美に引かれる、そんなライブだった。私やプロデューサーも例外じゃなかった。
そんな状態で歌われてしまった亜美のゼツボーを込めた歌『黎明スターレス』。
その前に歌われた真美の『黎明スターライン』も間違いなくすごい出来だった。会場の盛り上がりも言うことなし。みんなの身体は熱く火照っていた。
でも亜美と『スターレス』はそんなもの無かったかのように、全部奪った。熱気も、盛り上がりも、歓声も、空気を吸う自由でさえも。
終わった後に残ったのは、まるで大型台風が全てを飲み込んで去っていってしまった被災地のように静まりかえる会場だけだった。
…正直に言えば、『スターレス』を聞いたときの私はこう思った。

―――大丈夫、これならまだ亜美を照らせる。

そう一人で嬉しがっていた。その嬉しさの勢いのままプロデューサーを見上げた。そしたら。
一粒の汗もない、口をぽかーんと開けたプロデューサーがいた。滝のような汗をかくあのプロデューサーから汗の臭いがしないのは初めてだった。
会場に視線を移すと同じことが起きていた。二百人全員、声も出さずただ歌いきった亜美だけを見て口をぽかーんとしているだけ。
そしたら不思議なことが起きた。ううん、当たり前のことだったのかもしれない。
先ほどまで亜美を照らせると思って喜んでいた私の身体の一部がすごく冷たいのがわかった。その部分は。
心。
そうなったのか、それとも気付かないふりをしていただけなのかわからない。私の心だけが息をしていなかった。
心だけでは収まらなかった。毒が回るように、息もつかせないぜったいれいどが私の身体をゆっくりゆっくりとむしばみはじめた。
私は怖くなって、怒りたくなって、心の中で必死に暴れた。でもだめだった。私の身体は、亜美のゼツボーに、絶望させられてしまったんだ。
それから私は何も喋れなかった。プロデューサーも同じだった。一緒に事務所に帰って、私は何も言わず帰ってきた。プロデューサーも自分の机で突っ伏して動かなかった。
このぜったいれいど、お風呂のお湯で何とかしたい。だけどとてもじゃないけど足りない。もっともっと火傷するくらいじゃないと足りない。
それでもお風呂に入るたびにやってきた身体を洗う、頭を洗う、湯船につかるの三つのいちれんの動作は染み付いていたようで、気付けば私の身体は湯船につかっていた。
いつもは楽しいことが思い浮かぶのに、今日は何も考えられない。思い返すことができるのは歌いきった亜美の顔だけ。こびりついて離れない。
あんな曲を歌った後で、あんなやりきった顔ができる。私にはできそうにない。亜美は、ゼツボーの先を見ているようで、怖かった。
いつからこうなったんだろう。亜美と春香さんの公開生放送のとき? 亜美が自分の曲をもらったとき? 亜美と私が服を買いに行ったとき? 違う。
プロデューサーと出会ったとき。たったそれだけ。
私も亜美もアイドルとしてみんなの前で歌えるようになって、知らなかった気持ちにも気付けた。それは全てプロデューサーのおかげで、プロデューサーのせい。
そしてぜったいれいどに包まれた私の心の隅にともった思い。ひどくわがままな言い分。
プロデューサーに出会っていなければ、こんなことにはならなかった。
歌を作ってくれたおひげのおじいさんはスターレスを泣きながらに作ったって言っていた。おじいさんは何もしていないのに。私たちに巻き込まれた被害者になってしまった。
もしあの時プロデューサーが『スターレス』を止めていればおひげのおじいさんは救えたかもしれない。
プロデューサーがプロデューサーじゃなければ、亜美はもっと別の道を歩んでいたかもしれない。
なら…。
プロデューサーなんて、
いなければよか
「ダメ、違う!」
叫んで、思いきり湯船に顔をダイブさせる。違う、違う。こればっかりは否定せずにはいられない。そんなこと認めてしまったらこれまでの亜美の全てが無駄になる。
そこまで言う権利は私には、ううん、誰にもない。亜美は全てをかけて、プロデューサーのために歌ったんだ。それがわかるから、プロデューサーは否定しちゃいけない。
息が、零れる。頬をつたい耳を掠めてそのまま空中へ溶けてなくなる。いっそ私もこの水泡たちと一緒に消えてしまいたい。
息が、苦しい。そんな中で考える。絶望って何だろう? 私はその端っこの部分でさえ感じたことがない。
息が、無くなる。例えばこのまま息をしないでずっと潜り続けて、意識があるギリギリまでお風呂に潜り続ければ絶望が感じられるだろうか。死んじゃう、という絶望を。
胸が、痛い。小さな外見じゃなくて、失恋したとかの精神的なものじゃなくて、確かに胸が痛い。酸素を探してる。
鼓動が、早くなる。水を振動して私の耳に救急車のサイレンばりにうるさく鼓動している。でもまだ潜ってられる。
まだ、いける。そう、まだ平気。まだ大丈夫。平気、平気へいき平気へーきへきへいきヘイきへいキへい
「―――ッハァ! ハァーハァー! ハァーハァーハァー………」
耐えられず顔を思いっきり上げる。
無理だった。まだ潜っていられたけど、酸素が欲しいと思う気持ち、このまま潜っていたら死んじゃうかもしれないと思う怖さ、すぐ手に届く救い。
私は、亜美が感じている大きな絶望のすんぜんにすら辿り着けなかった。私は絶望から逃げ出したんだ。そこに辿り着くことすらできない。私は、それに絶望を感じた。
怖かった。苦しかった。辛かった。もう一度潜ってギリギリまでなんて考えたくも無い、身体が震える。大好きなもののお風呂にこんな絶望を感じるなんて。
「…うぇ、うう、ぐっううぅ、うええぁあぁ」
涙が出てきた。大声で泣くのは堪えたけど、泣くことは堪えられなかった。やっと、わかった。
亜美がどれだけ絶望していたのか。そしてこの絶望を常に抱えながら舞台に立っていたのか。
絶望にすら、ぜの字にすら触れられない私が亜美を照らせるのか? 飲み込まれる。きっと。
でも私が泣いてしまった原因はそんな些細なことじゃなくて、もっと簡単なこと。
亜美のゼツボーの始まりを作った人が亜美のたった一つの希望。それだけ。
「プロデューサー、どうして貴方はプロデューサーなんですか…?」
ねがい、しっと、あきれ、かなしみ、私なりの絶望を込めてプロデューサーに問いかけてみる。返事は無い、きっといてもいなくても。
あれだけ自信たっぷりだった。けれど早くもそれは砕かれた。照らしても影は増えて、やがて私を飲み込んでしまう。
ああ、あの頃に戻りたい。でももう戻れない。亜美に、亜美に会いたい。亜美、亜美、亜美。
私の光じゃ照らせないよ、亜美…。


亜美のユメはかなった。シングル200万枚は初週カンバイ、もちろん先週一位。トップオブトップアイドルに、亜美はなったよ。
やよいっちと千早お姉ちゃんと亜美真美の四人でシングルチャートの一位二位三位は765プロがドクセンしちった。
あずさお姉ちゃんの『隣に…』がアオリを受けてベストテンから落っこちちったけど、もう二ヶ月前の歌だし、よいよね? むしろロングランだよね?
「何より、兄ちゃんの」
私はにっこりと笑う。シアワセだな、シアワセだな。兄ちゃんのユメを亜美はかなえられた。
ショーガクセーにあんな歌を歌わせるなんてー、とか言ってるヒョーロンカのおばちゃんもいるし、イロイロとほかにもサンピリョーロンなんだけどさ、そんでも200万だかんね。
トップだよ、トップ。うん、亜美は兄ちゃんのユメをかなえられた。担当アイドルをトップに立たせたいって兄ちゃんのユメを。
ウレシイな、ウレシイな。
「だから、兄ちゃんは」
兄ちゃんは亜美たちとやよいっちのプロデューサーだから、すっごくカブを上げた。765プロの中じゃシャチョー賞をもらってたし、何かね年末にはアカデミー賞の何とか賞をもらえるらしいよ。
来年からはプロデューサーランクもぐっと上がって、デュオやトリオのプロデュースもやらせてもらえるんだってさ。やよいっちやいおりんとユニット組めたらオモシロそうだよね。
でもそれよか、亜美と真美をちゃんとわけてデュオやりたいかな、私は。
「…でも、兄ちゃんは」
サイキンの兄ちゃんはなんだかとってもつかれててさ。私はあんましかまってもらえない。いや、いいんだよ? 私が兄ちゃんをカッテにアイシテるだけなんだから。
担当アイドルのタチバをコーシコンドーして、私は兄ちゃんのソバにいられるんだから、ワガママは言わないよ。
でも、シンパイなんだ。シゴト忙しいのはわかるけどさ。忙しくしちったのは私たちとやよいっちなんだけどさ。
「もしかしたら、兄ちゃんは」
…そんなことを、考えちゃうんだよ。兄ちゃんは私たちをトップアイドルにしたかったはずなんだ。
兄ちゃんはハッキリそう言っていたし、亜美たちややよいっちを売り込もう売り出そうってがんばってた。だから真美ややよいっちもすっごくがんばったし、私はキボーを捨てた。
兄ちゃんにヤサシクされたいとか、兄ちゃんにアイサレたいとか、キボーするのを止めたんだ。私は悲しい歌のが得意だし、悲しい歌にトッカするのがイチバンだって思ったから。
ゼツボーこそが『アイドル双海亜美』をトップアイドルにするって思ったから。
「…でも、もしかしたら、もしかしたら兄ちゃんは」
…コンナコト考えくてよいのに、考えないほうがよいのに。それでも考えちゃうんだよ。
もしかしたら兄ちゃんは、ソンナコトを望んでなかったんじゃないかな、ってさ。

トップアイドルはいそがちいよ。しかも亜美はまだショーガクセーだからね、ホーリツで夜はオシゴトできないんだ。
ガッコのシュッセキボのコピーをにらみながら、ギリギリのスケジューリングだよ。あ、にらんでるのはぴよちゃんだけどね。
兄ちゃんは亜美よかいそがちいし、亜美はそーいうのよくわからないから。
「はい、オーケーでえっす」
ホイ、ディレクターのオッケーだ。今はテレビの音楽バラエティー番組?のサツエイでね、でも今日のオシゴトはこれで終わりだよ。
うーん、確かにもう太陽さんはしずんでるけどさ、まだヨイノクチ。これ以上働けないってのはないよねえ。
「テレビ局の兄ちゃんたち姉ちゃんたち、今日もアリガトねー!」
私は両手を振ってみんなにお礼を言う。そしたらさ、
「ああ亜美さんはそーいうのいいから早く着替えてください。あと、…十三分で局から出てくださいね。おーい、765プロの双海亜美さんに車回しとけー。裏にだぞー」
別の番組ディレクターにソンナコト言われた。いや、別にいいけどさ…。

チョッパヤで着替えてテレビ局から出たよ。脱いだ衣装は今晩のうちには765プロまで届けてくれるらしい。何か、トップアイドルだよね。
言われたとおり局の裏に来たら、タクシーじゃなくてハイヤー止まってるし。うん、飾りが付いてないからハイヤーだ。ハイヤー高いのにね。
「765プロダクション様ですね。一二三ハイヤーの遠藤と申します。どちらにでも、ご指定先までお送りするよう承っております」
おじいちゃんスレスレーなカンジのおじちゃんが亜美に頭を下げる。亜美もあいさつしなきゃね、って思ったら、
「765プロダクションの四条貴音と、こちらは双海亜美にございます。丁寧なごあいさつ痛み入ります。では、渋谷の事務所までよろしくお願いいたします」
あれれ、亜美の後ろにお姫ちんがいたよ! ゼンゼンケハイがなかった。やるねえお姫ちんは。
「急に申し訳ありませんが、便乗させていただきたいのです。良いですか、亜美」
「もっちろんだよー!」
亜美は指を鳴らしてヘンジしたよ。だって亜美はお姫ちんをスキだからね。

「どして首都高乗らないのー?」
後ろへと流れてくビルの灯りをながめながら、亜美は隣に座ってるお姫ちんに聞いてみた。
お姫ちんが下を行ってくれって言ったから、ハイヤーはイッパンドーを走ってるんだな。シンバシからトラノモン抜けてタメイケへ。うん、ビルばっかし。
「もう少しお待ちなさい、亜美。見せたいものがあるのです。ああ運転手殿、次の首都高速道路はくぐらずに左へお願いいたします」
車は左の車線へ。お、何かホテルみたいなビルに千早お姉ちゃんのCDのカンバンがあった。縦に三つ。
「今、千早お姉ちゃん『inferno』のカンバンがあったよ! やるねえ千早お姉ちゃん」
亜美がお姫ちんに言ったら、
「左に曲がればたくさんありますよ。赤坂見附から渋谷までは、そういう通りです」
お姫ちんはヨユーシャクシャクなカンジで返してきた。ソーイウトーリってドーイウトーリなのかな? ハイヤーはお姫ちんのセリフに合わせたみたいに左に曲がる。
「ほら右手に。雪歩の重機のこまーしゃるの」
お、ゆきぴょんがアンゼンボーかぶったカンバンだ。
「左には響がいますよ」
あはは、あっちのカンバンじゃひびきんがハンバーガーにかじりついて笑ってるよ。
「あちらのしあとるこーひーしょっぷには春香。上にはうぃすきーのこまーしゃるのあずさ。奥の美希は化粧品ですね」
ダテ眼鏡かけたはるるんが湯気たつコーヒーさしだしてるカンバンに、ビルの上にはグラス持って色っぽく寝そべってるあずさお姉ちゃんのカンバンだ。
向こうじゃミキミキがまっ赤なボトル持ってるカンバンもあるし。スゴいね、765プロばっかしだね。
「しーでぃーの宣伝もありますよ。今度発売する伊織の『DIAMOND』が、あちらに」
うわぁお、いおりんが何人もずらって並んでるよ! ダイヤみたくカガヤくいおりんがピンクの衣装でチャーミングに笑ってる。
「次は圧巻ですよ。やよいの『キラメキラリ』です」
ひゃあー! さっきのいおりんもスゴいけど、こっちはまたベッカクだよ! 右も左も、でっかいカンバンのでっかいやよいっちだらけだ!
「赤坂見附から渋谷に向かって、右に連続七面、左に連続八面に連続四面と聞いています」
お姫ちんが説明してくれた。そんなにかー。すっごいセンデンコーコクだねー!
「やよいっちも、やっちゃった兄ちゃんもスゴいねー!」
「凄い、と言うことならあなたも引けを取りませんよ、亜美」
「ふえ?」
やよいっちと兄ちゃんをホメたら、お姫ちんは少し固い顔で言ったよ。前を指差す。ああ、もう少しでおっきなコーサテンだね。
「…ちょうど赤信号ですね。亜美、四方を見るのです。ここは表参道交差点です」
え、あ。
「左手には『黎明』の四列二段の八面看板」
ウソ。
「左斜め前には、あいすくりーむしょっぷの亜美の、では無く真美の看板が」
ナンデ?
「右斜め前、上は亜美のふぁっしょん雑誌の広告看板で、その下はすのーぼーどをしている真美の看板」
ドーシテ?
「右は、みむみむとかいうぶらんどばっぐの広告です。これは亜美ですね」
こんなに。
「右手後方には、やはり『黎明』が。こちら側は横に四連」
なってんの?
「表参道交差点は、『あいどる双海亜美』の交差点ですね。市井ではそう言われているようです」
…スッゴいなあ。亜美、知らなかったよ。兄ちゃんも誰も教えてくれなかったし。
「亜美、もう、良いのでは無いのですか?」
お姫ちんは、続けてそう言ったよ。スッゴくシンケンな顔で。
「これが、亜美の望んだ宇宙なのですか?」
「765プロダクション様、車、動かします」
お姫ちんの言葉が終わる前に運転手のおじちゃんが言って、ハイヤーは走り出した。

「亜美の、やよいの、皆の活躍で765ぷろは大きくなりました」
お姫ちんは横を向いたまま、亜美の方を向いたまま、セツセツと語るよ。
「しーでぃーを出せばみりおんひっと。てれびに映らない日は無く、こまーしゃるに使わせて欲しいと言う声はひっきりなしに」
うん、そーだね。亜美はトップアイドルになったし、みんなもトップクラスのアイドルばかりだ。
「もちろん、皆の努力の結果です。皆が歯を食い縛って仕事に励み、またそれぞれのプロデューサー殿が骨折り靴すり減らしたからこその栄誉」
うん、そーだよね。兄ちゃんだけじゃない。みんなのプロデューサーが、シャチョーやぴよちゃんががんばったからだ。
「それを否定する意図はまったくありませんが、私は恐れを感じています」
オソレをカンジる? 何でさお姫ちん?
「皆が皆、熱病にやられたような顔をするようになりました。霞がかった目をするようになりました。アイドルだけではありません。プロデューサー殿たちもです」
ああ、そうかもね。ブドーカンでのやよいっちたち、ファン感謝祭の亜美たち、みんな上のステージに上がったもんね。
舞台ってイミじゃなくてさ、アイドルとしてアーティストとして一枚ダッピしたよ。
「…伊織は昔、『わたしは一番』と歌っていました。今は『狙うのはなんばーわん』と歌います。何も歌詞が違うだけではありません。歌の心を己が心に映したかのように。伊織は、初めからなん

ばーわんでしたのに、どうしてそれを狙わねばならないのでしょう」
んー、お姫ちんそれはおかしいジャン?
「ナンバーワンは、亜美だよ。『アイドル双海亜美』がナンバーワン。そりゃいおりんが新曲出したらいおりんに取られちゃうかもしんないけどさ」
それでも今は亜美がナンバーワンなんだよ。
「亜美、亜美、それは違います。私たち一人一人が、いいえ、生けとし生けるすべての命が、なんばーわんでおんりーわんなのです!」
「チガワナイよ。オンリーワンだけならそーかもだけど、ナンバーワンは、ヒトリだけ。アイドルのナンバーワンは亜美だよ。そんで、ナンバーワンアイドルのプロデューサーは兄ちゃんだけなん

だよ」
そうだよ、兄ちゃんだけがナンバーワン。亜美と真美が兄ちゃんをナンバーワンにしてあげたんだかんね。
「プロデューサー殿は、亜美のプロデューサー殿は、そのような考えを望まれてはおりません。あのお優しい方が、そのような考えをお望みのはずがありません!」
…へーえ、ふーん、そーなの。お姫ちんは、そー思うんだ。
「…運転手のおじちゃん、車を左にして止めてよ。ジムショすぐそこだし、亜美はこっからは歩くね」
「亜美!」
お姫ちんが亜美の手を握った。私はそれをフリハラウ。ハイヤーはランプを点けて止まった。
「じゃ、おじちゃんお姫ちんはちゃんとジムショまで送ってってね」
私はドアを開けて車を出るよ。
「亜美、亜美! 話を聞いてください、亜美!」
お姫ちんが手を伸ばしてくるけど、私はムシした。ドアは運転手のおじちゃんが閉めるっしょ。私は渋谷の駅の下を抜けて帰ろっと。ああ、何だかほっぺたが冷たいよ。ナンデだろ?
「…ああ、これが『目から汗が』って言うんだね、きっと」
私は、ほっぺたをぬらす汗をぐいってふいた。


私は、どうすればいいんだろう。あんなに暗くて、絶望の塊の中心にいる亜美をどうすれば助けられる? ううん、どうやれば触れらるのかすらわからない。
亜美の絶望を世界は受け入れた。一度は希望を手にしようとした人たち、もまた悲しみの輪の中に戻ってしまった。『キラメキラリ』じゃみんなを照らしきれなかった。
私は、あの日お風呂で絶望を感じたときから涙を流すことはなかった。
流せるだけを流してしまった私の目に、涙は残っていなかったら。でも私は笑うのが仕事だからそれでよかったのかもしれない。
笑うのが仕事だなんて、私らしくもない。でも、私は私を、いまだにみつけられないでいる。某大手会社の新しい薬のCM撮影。自分のまとまらない心とは裏腹にカメラの前の自分はきっちり笑顔を

作っていた。…笑顔は作るものなんかじゃないのに。
私はいつから笑顔を作るようになったのかな?
そう考えながら、撮影はなにごともなく終わった。スタッフのみんなからは褒められるばかりだった。でも私は素直にありがとうございますと言うことができなかった。
―――いやー今日は亜美ちゃんじゃなくてよかった。最近ちょっとおかしいからあんまり関わりたくなくって。
―――昔の亜美ちゃんのほうがよかったわ。だって今の亜美ちゃん、理解できないもの。
次々と私の耳に聞こえてくる悪態。それは理解できない者を見たような口ぶりだった。
確かに、私だって今の亜美より昔の亜美の方が好きだけど、スタッフのみんながそう言うと私は少しだけムッとした。
亜美がどれだけのものを犠牲にしてきたのか知らないのに、自分たちの手に負えなくなったらあっという間に手の平を返すこの人たちが許せなかった。
だから私はちゃんとお礼もできずに走り去ってしまった。楽屋に戻りたくもなかった。だから私はただ走った。目標を打ち壊された私が行く場所なんてないのに。
大きなビルから飛び出して大通りに出る。みんなが私に気付くけれどお構いなく走る。だけど周囲の声がどんどん多くなるにつれてその声がすごく嫌になった。
大通りから出て細い路地を行く。小さな私なら通り抜けられる道。追ってきている大きな人たちでは到底通ることはできない。声が遠ざかっていく。
しばらく迷路のような路地を、迷走している私の心と一緒になって走って、息も絶え絶え、足もガクガクになってきたところでようやく路地を出た。
ぽつーんと、何の変哲もない公園があった。なのに溢れ出るほどの感情がここに滞留していた。きっと私にしか分からない、そんな思い出たち。
「亜美、真美…」
いつだったかな。私と亜美がまだ全然売れていなかったころ、二人で一緒に服を買いに行ったことがあった。その帰りに私たちは『アイドル双海亜美』に出会った。
出会えて私は心から笑った。だけど亜美は走り出した。もしかしたら、今の亜美のきっかけはこれだったのかもしれない。
その後走り去った亜美は家にも帰っていなくてみんなで大騒ぎ。だけどプロデューサーが無事に亜美を見つけ出して終わったんだっけ。
見つけた場所は大きな坂の上にある公園。そこで一人で歌っていた亜美を見つけたんだーってプロデューサー言ってたっけ。
「亜美の声が聞こえたんだ、聞こえるはずない距離だったけど僅かに、でも確かにって」
確か、そう言っていたっけ。少しだけ自慢げだった。自分は自分のアイドルとこんなにも繋がっているんだって。そんな風に誇るプロデューサー。
それなのにどうして? ここにいて見つけてもらった亜美にだってわかってるでしょう? 亜美だってプロデューサーに愛されているんだよ? そして。
最初に愛されたのは、亜美なんだよ?
だけど亜美はそれを否定した。認めてはくれなかった。そんなのってないよ。あんなにも愛されてるのに愛されていないなんて、まるで親の愛を確かめる子供みたいだ。
…あれ? 今すっごく大切なことに気付いた気がする。だってつまりそれって、亜美は…。
まだ愛されたいっていう、"希望"を持ってるってことじゃないのかな?
「おっ? やよいじゃないかー、はいさい!」
「ひ、響さん!? ど、どうしてこんなところに!」
大変なことに気付いた私の前から、健康的ですたいりっしゅな服装の響さんが歩いてきた。今日はペットを連れてなく、お一人のようだ。珍しい。
「それはこっちの台詞だぞ? 自分はこの辺の近くに住んでるからね。散歩をしてたってわけさ」
「そう、なんですか」
「やよいこそどうしてこんな公園にいるのさ? こんなところにくるアイドルなんて自分と亜美くらいなもんだぞ?」
「…亜美がですか?」
「うん。たまーに見かけるんだけど自分を見つけるとささっと帰っちゃうんだよね。いくら完璧な自分でも傷つくからやめてほしいんだけど、中々会えなくてさー…そうだ! やよいからも言って

くれない? 響がたまには逃げないで一緒に散歩でもしようーって言ってたって!」
純粋無垢な瞳。ちょっと前までの私もこんな目をしてられたのかな。今はちょっとできそうにないけど。…もしかしたら、亜美はこの目から逃げていたのかな? あのときの私がこんな瞳をしてい

たから、耐えられなくて逃げてしまったのかな?
確かに、今の私にも分かる気がする。何も恐れない、何者も信じる透き通った瞳。あまりの綺麗さに背を向けて逃げ出したくなる気持ち。今の私の心にもあった。
「…やよい?」
「え、えっと。最近私も亜美と、その。あまり仲がよくなくて、伝えられるかなーって」
「えっ!? 喧嘩でもしたのか?」
喧嘩って言えるのかな? 何かそれよりもたいそれたことになっている気がするんだけど。ちょっとわからないや。でも喧嘩だったとしても仲直りできなさそうだなぁ。
「ちょっとやよいってばー! さっきからぼーっとしすぎだぞ! なんかいろいろあるみたいだから一回自分の家に行こう! 話はそこで聞くぞ!」
「えっ! あのちょっと響さん」
「問答無用!」
強引に手を引かれた。差し伸べてもいないのに響さんは私を無理やり引いてくれた。
…これでいいのかな?
もしかしたら、こんなことでいいのかな?

強引に連れられたまま、私は響さんの家に向かうことになった。二人ともTVに出演しているアイドルなので隠れ隠れ移動して、見つかりそうになりながらも何とか家に辿り着くことができた。
響さんの家はどこにでもあるようなアパートだった。唯一違ったのはペット可のお部屋だったということくらい。
とてもアイドルをしている人の家とは思えなかった。私も人のことを言えたことじゃないのだけど。
「さあ入った入った!」
ペットでいっぱいの部屋を想像していたけど、今はいないようでやけに部屋が広いなと感じた。いつもペットの話を聞かされていたからついついそう考えていたのかもしれない。
「あの、ペットたちはいないんですか?」
「今日はちょっとお出かけ。みんな健康診断を受けにね。自分一人だけじゃ手が回らないから、知り合いの獣医さんにお願いしてるんだぞ」
「そうなんですか」
「うん! やよいはコーヒーと紅茶、どっちがいい?」
「…紅茶でお願いしまーす」
はいさい!と元気に声を上げて、台所で準備をしている。失礼かもだけど、すごく意外だった。フリーになった私は部屋に置いてあるテーブルの前に座った。
テーブルの上には動物専門の雑誌「Zoo」や真新しいファッション誌などが置いてあった。これもまた意外だった。
私がイメージしていた我那覇響さんはもっとこう、天真爛漫というか、常識知らずというか。そう考えていたから。でもちゃんと気を使って飲み物も入れてくれる素敵な人だった。
…私は勘違いしているかもしれない。双海亜美のこと、何でもわかるって思ってたけどそれはあくまで想像上だけ。
私は本当の亜美に、亜美の生活に触れたことなんてなかった。ひゃくぶんはいっけんにしかず。響さんは知らずのうちに私にそう教えてくれた。
「はい紅茶。甘めにしてみたけど大丈夫?」
「甘い方が好きですから、ありがとうございます」
「なんくるないよ。ってテーブル散らかりっぱなしだぞ! うああ! 恥ずかしいぞー!」
慌ててテーブルの上に散らばっていた雑誌を適当に集めて床に置く。うん、私が知っていた響さんもちゃんといるんだ。なんだか安心した。
「よしっこれでオッケー! それでやよい、亜美とどんな喧嘩したんだ?」
いよいよ本題と言わんばかりに私の隣に座る響さん。ちなみに響さんが飲んでいるのはブラックコーヒーだ。すごく大人っぽい、は失礼かな?
「あ、あの。面と向かって喧嘩してるわけじゃなくて」
「電話とか、メールでやらかしちゃったのか?」
「そうでもなくて、何て言うんでしょうか。そもそも喧嘩って言うのかなーって」
「んー? でも亜美とあんまり話せてないんだよね?」
「確かにそうですけど、それはお仕事とかで会えないってこともあるので」
「それこそメールや電話とかがあるぞ? 話せる機会はたっくさんあるんだぞ?」
確かにそうだ。いくら忙しくても私や亜美はまだ子供だから夜のお仕事はできない。だから夜なら電話することもできる。それなのにそうしようとは思わなかった。
メールや電話なんかじゃ伝わらないから? そうだとしてもいつ会いたいって約束をすることはできる。私は、いつでも亜美と一緒にいることができた。
でもしなかった。何故?
「…やよい?」
「…響さん、私どうしちゃったんでしょうか? 響さんの言うとおり亜美とはいつだって側にいられるのに、私、私」
体と、心が、震える。一度も口にはしなかった、しようとしてもせきとめていた、私のほんね。
「……………怖いんです」
遂に言ってしまった。亜美を照らしきるその日まで封印していた言葉。亜美に対していつも心のどこかで思っていた言霊。
私は亜美が怖かった。どうしようもなく怖かった。言い表すことができないくらいに怖かった。だから、亜美に近寄ることができなかった。
そう、認めてしまった私を。
「やよい、泣いていいんだぞ?」
響さんは優しく抱きしめてくれた。私は今まで溜め込んでいた分、瞳にだけ溜めていたものだけじゃなく心の隅々の涙の一欠けらも漏らすことなく泣いた。
鼻水が出て、よだれが垂れて、顔が泣きはれるまで。響さんの服が私の水でずんと重くなるまで、ただただ泣いた。
「なあ、やよい。確かに亜美は変わっちゃったよ。うん、自分も怖いって思う」
私は泣いている。
「スターレスを聞いたときは何もできなかった。あやうく次の日の仕事をすっぽかしちゃうくらいさ」
私は泣いている。
「多分やよいと自分だけじゃなくて、みんなそう思ってる。亜美はそれくらいすごいとこまで行っちゃったのかもしれない」
私は泣いている。
「昨日、貴音が亜美と一緒に帰ったんだって。でもやっぱり、私の知る双海亜美には程遠く、皆が愛した亜美ではありませんでした、って言ってた」
私は泣いている。
「すごく残念そうだった。自分、何で残念だったのか分かるんだ。あんなになってしまったこととかそんなことが残念なんじゃない」
私は泣いている。
「もう自分たちじゃ亜美は取り返せない。あの絶望とかいう憎たらしい奴から、自分たちじゃ亜美を救い出せないのが残念だって、きっとそう思ってるんだぞ」
私は泣いている。
「でもね、やよい。やよいは違うんだよ」
私は、泣いている。
「やよいが亜美を怖いって思ってるとき、亜美もまたやよいを怖いって思っちゃうんだぞ。だから二人は仲直りできない、亜美は自分を取り戻せないんだ」
私は、泣いて、いる。
「だからさ、亜美のことを怖いなんて言っちゃダメだぞ。そんなの、悲しいからさ」
私は、私は。
「だってやよいと亜美は最高のライバルで、友達じゃないか。救ってあげなきゃ」
「……なら助けてくださいよ」
響さんは何も言わない。
「私だって、私だって―――!」
私は響さんを突き飛ばした。
響さんは何も言わない。
「あんなに仲が良くて! 売れてないときはいつも一緒にいて! 一緒に買い物をして!一緒にお掃除をして!一緒にトイレに行ったりもして!一緒にTVを見て!一緒に手を繋いで!一緒に泣いて

!喜んで!笑って!私と一緒にいてくれた亜美を救ってあげたい!」
無音。
「でもだめだった私のキラメキラリじゃだめだった! そんなの誰の目から見てもわかるじゃないですか! 亜美のスターレスを聞いてどうしてまだ救えるなんて言えるんですか!」
無音。
「私なんてただ元気で声が大きいだけの何の取り柄もないアイドルですよ!? 千早さんみたいに歌はうまくないし美希さんのように表現力も豊かじゃなくて響さんや真さんと違ってダンスもへた

っぴだしあずさんのようにすたいるだってよくないんですよ!?」
無音。
「そんな私がどうしてスターレスを歌った亜美を救えるって言うんですか! それはプロデューサーの役目じゃないんですか! どうして私一人がこんなに苦しまなきゃ、いけないんですかあ!」
無音。
「……私だって、私だって」
亜美を。
「亜美を、助けたいよぉ……」
無音、ではなかった。
「……やっと言ってくれたぞ」
「…え?」
「やよいはさ、どうして一人で解決しようとしてるんだ? 亜美のヒーローにでもなるつもり? そんなものになりたくてひとりで救おうって思ってたのか?」
「ち、違います!?」
「なら、一人でだめならみんなでだぞ。やよいがそうしてくれなきゃ、言ってくれなきゃだめだったんだ。やよいがそう望まなきゃだめだったんだぞ」
響さんを見ると、乾いた泣き笑いのような表情をしていた。
「だって、やよい以外の自分たちアイドルはさ、亜美のために泣けなくなっているから。亜美の前になんて立つなんてもうできないんだ」
「で、でも四条さんは!」
「貴音、あの後倒れたよ。心労からくる一時的な体調不良だってさ。ここ最近は調子良かったのに、亜美と近距離で話しただけでそれだけになった。自分も、そうなると思う」
響さんの体が震えている。亜美のことを考えているから?
「自分たちは救いたくても救えない。だってもう側にいることすらできない、もう亜美のことで泣くことすらできない。でもやよいは違うぞ」
ゆっくりと私をまた抱きしめる。でもさっきより頼りなかった。まるで別人のようだった。
「やよいは亜美のためにあれだけ泣けた。自分たちのように側にいることができないわけじゃない。それが『アイドル高槻やよい』の強さだと思うぞ」
「…アイドル高槻やよい?」
「確かにやよいはダンスも歌も表現力もお世辞にもうまいとは言えない。だけど、誰かとの間に壁を作ることなんてしない」
壁?
「誰だって、嫌いな人苦手な人はいる。自分にも春香たちにもプロデューサーにも、あの亜美にでも。だけどやよいにはそれがない。見渡す限りに壁なんてないんだぞ」
嫌いな人や、苦手な人は確かにいないけど。それが亜美を救えることとどう関係があるのかわからない。
「やよいは誰でもその人のことを好意的に見ようとする。悪いところじゃなくて良いところを見つけようとする。それはすごいことなんだぞ。だからこそ今この世界で『アイドル双海亜美』に壁を

隔てることなく接することができる、たった一人の存在なんだぞ」
「亜美に?」
「そうだぞ。…情けないけど、自分が亜美と話そうって思ったらもう何もできないぞ。さっきは軽はずみで喋るなんて言っちゃったけど、実は嘘なんだ。見かけるたびにぶるぶる震えてた。一緒に

散歩してたイヌ美だって一歩も動こうとしなくなるんだ。それは自分だけじゃない。大げさかもしれないけど、多分この地球上に双海亜美と側にいて話せる人はもうやよいしかいない」
「でもプロデューサーは亜美と普通に」
「最近、亜美とやよいのプロデューサーが亜美の隣にいたって話し、聞かないぞ。いっつも距離を取っているって」
「じゃ真美は」
「真美は、亜美を肯定してるぞ。だから亜美が望んでいたもう一つの『アイドル双海亜美』をやってる。亜美に見てもらうために、そして亜美を今の亜美に走らせるために。だからもうやよいにし

か亜美を止めるきっかけは作れないんだぞ」
「きっかけ?」
「うん、物事が動き出すときにはきっかけがある。『アイドル双海亜美』の絶望にも何かきっかけがあったはずだぞ。だからそれを終わらすためにもきっかけが必要なんだ。だけどみんなはもうそ

のきっかけにすらなれない。だからこそやよいがきっかけになって、初めて自分たちも動けるようになるんだ、亜美の絶望を終わらすための」
亜美の絶望を終わらすためのきっかけに、私が? でもきっかけになってどうなるんだろう? 結局は前の私と同じように絶望に飲み込まれるだけじゃないのだろうか。
「スターレスが発表されたときやよいは一人だった。誰の力も借りずになんとかしようと頑張っていたんだ。だから飲み込まれた。じゃどうすればいい?」
「みんなで、照らす…」
「そうだぞ。やよいがきっかけになって、やよいが自分たちを呼んでくれれば自分たちは駆けつけることができる。亜美の側に、やっとね。だからやよい、負けないで。亜美を救えるのはやよいだ

け。だから亜美のことを怖がらないであげて、壁を作らないであげてほしいぞ」
響さんが震えている。きっと、私にこんなことをお願いするのが辛くて。きっと、亜美を自力で助けられないのが悔しくて。
私は、そっと響さんを抱きしめ返した。
揺らぎながら、私は考える。もう一度、亜美を救おうと。決心ほど強くもない思いで。そんな心に芽生えたぐらぐら揺れる私の本心。一度覚えてしまった怖さは完全には忘れられないから。
どうすればいいのだろう? 私がきっかけになる、きっかけがおこらないだろうか?


あれから、ロコツに亜美を避ける人が出てきたよ。テレビ局の人たちとかさ、それこそファンの兄ちゃんたち姉ちゃんたちの中にも。
ハンメン、ネッキョーテキなファンにも困ってないんだけどね。
「んー、ま、ちかたないか」
うん、ちかたない。亜美のゼツボーとアイをリカイしてくれる人がいて、リカイできない人がいて。そんなの当たり前ジャン?
しっかも亜美のゼツボーはなかなかカンセンリョク高いみたいだしね。だからダブルミリオンも売れたんだしね。あ、チガった。亜美の分は半分だから、ミリオンか。
…あー、『アイドル双海亜美』はトップに立ったけど、亜美はトップじゃないんだよね、実はさ。
「んー、ま、いーけどね」
亜美のユメはトップになることだったけど、そのカクシンは兄ちゃんをトップアイドルのプロデューサーにすることだから。亜美が亜美ヒトリでトップに立たなくても良いんだ。
「んー、だから、そーだよね?」
ジモンジトウしてみる。亜美のユメはかなった。兄ちゃんのユメをかなえるっていう、亜美のユメは。
今の私はユメのかなった兄ちゃんをながめているだけのカンタンなオシゴト。もうメインは終わったよ。アルバムのリストには載っていないボーナストラックみたいなものかな。
「んー、でも、そろそろかな? もうそろそろかな?」
私はも一つジモンジトウしてみる。私が今いるステージ、ここはタシカに目指していたところだけど。私はここも、フリステて行かなきゃならないんじゃないかな?
まだ答えが出てないんだけどね、亜美も。

次の週には亜美のオシゴトは目に見えて減ってきちった。あ、『アイドル双海亜美』はオオイソガシだけどね。
前からそんなカンジだったけど、兄ちゃんはイヨイヨ亜美にはバラエティーとかCMとかのオシゴトをふんなくなった。ゼンブ真美がやってる。亜美のトコに来るのは歌のオシゴトだけだ。
それだって亜美の「スターレス」より真美の「スターライン」のほうがいいって人はたくさんいて、真美がやることも多いし。
真美ばっかイソガシくてさ、真美には悪いなあって思うよ、ホントにさ。
「まあ、アンノジョー、だよね」
兄ちゃんと真美がいっしょにオシゴトに行ってるから、私はジムショでのんびりしてる。やっぱりレッスンはダメだってさ。
タイクツだから、いおりんがCMしてるオレンジジュースのパックのシキョーヒンに息を吹き込んでぶくぶくしてみる。
「ソンナモノかもね」
やっぱり亜美も次のステージに行かないとならないのかな。『アイドル双海亜美』のホンリューは真美がやるから、亜美はニッチを攻めないと。
亜美のゼツボーとアイをリカイしてくれる人は、それでも百万人もいるんだから。んふ、ちっともニッチじゃないね。
でもシャチョーが言うには今の流行は「楽しく」だから、もう悲しい歌はハヤリじゃないから。
「やっぱりニッチだよね、亜美の歌は。でも、このニッチが好きな兄ちゃん姉ちゃんたちは、亜美のゼツボーをまだまだキタイしてるし」
キタイには応えないとね。ホラ、亜美はアイドルだから、これでもね。
「たっだいまー!」
「ただいま戻りました」
あ、真美と兄ちゃんがジムショに戻って来た。

そのまま三人で打ち合わせになった。あ、三人ってのは亜美と真美と兄ちゃんね。亜美と真美が並んで座って、兄ちゃんはテーブルの向こうに座ってる。
兄ちゃんが言うにはね、『アイドル双海亜美』のファーストアルバムを出すんだってさ。
「デビューからもう三枚もシングルを出してるからな。タイミングとしては遅いくらいだ」
兄ちゃんは言う。あー、そーかもね。シングル曲A面B面ゼンブ入れたらそれでアルバム半分くらいうまっちゃうし。
「作曲家の先生にはアルバムを前提に新譜をお願いして来た。予想以上に良い曲が来たらシングルカットして同時発売も視野に入れてるからな。そうそう、亜美」
兄ちゃんは亜美の名を呼んだ。でも兄ちゃんはシリョーを探すフリをして亜美を見なかった。うん、兄ちゃんとはなかなか目が合わなくなったな。
「先生が、また作詞をやらないかって言ってきてる。『スターレス』みたいなアレンジじゃ無くて、一からいっしょに歌を創らないかって」
わお、それはすっごいハナシだね! まるで千早お姉ちゃんみたいだ。オモシロそだね。すっごくオモシロそだね。でも、
「うん、セッカクだけどそれは止めとくよ、兄ちゃん」
私は答えた。兄ちゃんがオドロいた顔で亜美を見る。あ、やっと目が合った。
今日ハジメテだね。
「…そうなのか? てっきり亜美は飛び付くと思ってたんだが」
飛び付いてもいーかなって思うよ亜美も。でも、
「ジブンで言うのはナンだけど、『スターレス』はケッサクだったよ。今の亜美には、あれイジョーのナニかはないから。おんなじものをサイセーサンしてもしかたないジャン?」
うん、そんなんイミないよ。それに、
「それに、サイシンの流行は『楽しく』だからさ、亜美の歌はハヤんないよ。亜美は『スターレス』さえ入れてくれれば、それでいいから。真美が楽しい歌をたくさんシューロクすればよいと思う

よー」
その方が売れるよ、きっと。『アイドル双海亜美』はトップアイドルだから、ヤッパ売れなきゃダメっしょ?
「…そうか、亜美がそう言うなら良いか。真美はどうだ? また負担が増えるわけだが」
兄ちゃんは真美にたずねて、真美はリョーショーした。でも私はちゃんと見てたよ。兄ちゃんが小さくため息を吐いたのを。
アンシンのため息を吐いたのを。
ま、いーんだけどね。
「それよかさ、兄ちゃん? 兄ちゃんにお願いがあるんだけど、いい?」
真美のほうを見ていた兄ちゃんのほっぺたがひくってした。コレも、ま、いーんだけどね。ソーテーのハンイナイだよ。兄ちゃんはキンチョーした顔でゆっくりと振り向いた。
「何だ、亜美?」
兄ちゃんが亜美を見るよ。
オビエた目で亜美を見る。
ダイジョブだよ兄ちゃん。
亜美が兄ちゃんを助けてあげるから。
亜美は兄ちゃんをクルシメたくないから。
「お休みくれないかな? 一日とか二日とかじゃなくてさ、何週とか何ヶ月とかさ」
「…休みたいのか?」
兄ちゃんはハトがマメデッポーくらったみたいにぽかんとした。んふふ、かわいいね兄ちゃん。
「疲れでもたまってる感じか? まさか心を病んだか? あんな歌ばかり歌ってるから」
兄ちゃんがすぐさまシンパイそうなヤサシイ顔になる。まだ亜美は兄ちゃんにシンパイされてるね。ウレシイなあ、胸がトキメキしちゃうよ。でも、コレじゃダメなんだな。
「オシゴトしてるとさ、どうしてもみんなに会えちゃうジャン? みんなシンパイしてくれてさ。ウレシイけど、これじゃゼツボーをためられないんだよ。深められないんだよ」
今の亜美が持ってるゼツボーじゃダメなんだ。足りないんだよ。新しい歌を創って、歌うにはね。私は新しいナニかを、私にしかプレゼントできないナニかを、兄ちゃんに贈りたいんだよ。
「だから、オシゴト休みたいんだ。誰とも会えないようにするために、ヒトリキリになるために。そんで亜美はゼツボーと向き合うよ」
みんなと、誰よりも兄ちゃんと会えない日々。ああ、ソーゾーしただけでシンからフルエるよ。
さむい。さむくて冷たい。亜美は冷たく冷たくなったカラダとココロを抱えて、ゼツボーをユメ見るんだ。テレビの向こうでカツヤクするみんなを眺めながら。
真美ややよいっちがカガヤいてるのを眺めながら。
「ゼツボーがぎゅうぎゅうに固まってケッショーみたくなったら、兄ちゃんに電話するよ。『スターレス』を超えるよなゼツボーが見えたら、亜美は歌を創って歌うよ。だから、それまでは休みた

いんだ」
亜美がそう言ったら、兄ちゃんも真美もだまっちった。ナンとも言えないよな顔で亜美を見てるよ?
「ドシタの? 二人とも」
「ドシタの、じゃないよ亜美ー!」
わ、隣の真美が急に立ち上がった。
「まだゼツボーをためこむの? 『スターレス』じゃ足んないワケ?」
「足んないよ。ゼンゼン足んないよ」
私は真美に言い返す。
「今の亜美じゃ『スターレス』がゲンカイ。『スターレス』よりもカナシイ歌は歌えないよ。でも『アイドル双海亜美』はトップアイドルなんだから。もっともっとツラくてカナシくて、それでも

生きるチカラをわきおこすよな歌を歌わないと、ダメっしょ?」
うん、ダメだよね。おんなじナニかじゃダメなんだよ。もっともっと深い深いゼツボーじゃないとね。
「だから兄ちゃん、お休みちょうだい? 亜美はトップアイドルでいたいんだ。そのためにはヒトリのジカンがいるんだよ。いいっしょ?」
それに、兄ちゃんも亜美とはキョリをとったほうがよさそだしね。兄ちゃん私といるのツラそうだし。
私は兄ちゃんをクルシめたくないから、兄ちゃんは『アイドル双海亜美』を見ててくれればよいから。兄ちゃんにはアッタカでいてほしいから。
「…いいぞ、亜美」
兄ちゃんは、ユーレーみたいな声で言ったよ。それはちっと気になったけど。私は飛び上がってヨロコブ。
「やったー! ありがとう兄ちゃん!」
これで『アイドル双海亜美』はトップアイドルでいられるよ。私は兄ちゃんを、トップアイドルを担当するプロデューサーにしていられるよ。
「…ああ、好きなだけ休め。社長には俺から話を通しとく」
かさかさな、うんと乾いた兄ちゃんの声。ごめんね兄ちゃん。でもありがとうね兄ちゃん。兄ちゃん、ダイスキだよ。
「! 兄ちゃん、兄ちゃん何考えてんのさ!」
その時、真美がナニかに気付いた顔で叫んだ。ケッソー変えて兄ちゃんに詰め寄ってる。真美、いったいドシタのさ?
「…ああ、社長に話す。俺にはもう亜美のプロデュースは無理だって。真美をちゃんと『アイドル双海真美』にして、ソロデビューさせる。だから亜美は休んでいいぞ、ずっと」
…え……?
「…兄ちゃん……?」
キキチガエたのかな? そうだよね、キキチガエたんだよね? 亜美はかなえたげたよ。亜美がかなえてあげたんだよ。
担当アイドルをトップアイドルにするっていう、兄ちゃんのユメを。ココロをスリ切らせて。カラダをボロボロにして。
「…俺には、亜美が理解できない。理解できないアイドルをプロデュースはできない」
兄ちゃんは言った。亜美の目を見つめて言った。泣きそうな目をして、歯をクイシバッて、でもハッキリと言った。
「兄ちゃん、兄ちゃん、ナニ言ってんのさ! ホラ亜美に謝って! ヒドいジョーダンだったって言って!」
真美が、兄ちゃんのえりをつかんでウッタえてた。あは、ダメだよ真美。兄ちゃんはホンキだもん。亜美にはわかるよ。
「…ああ、これが、これがホントのゼツボーなんだね。うん、知らなかった。今まで亜美が歌ってたゼツボーは、まだまだ浅かったね。これが、ホントのゼツボーなんだ」
ダメだ。これはダメだよ。こんなものに、たえれる、はずないジャン?
「あは。亜美は、コワれる、よ。もう、コワれ、ちったよ」
ぶつん、亜美のイシキはソンナ音を立ててちぎれた。


「私にしかできなくて、私がやらなきゃいけない……かぁ」
響さんと話したあの日からずっと考えている。考えすぎてもう頭の中はぐちゃぐちゃに煮え落ちているけど、それでも考えている。
どれだけ言われてもやっぱり亜美は怖い。でも側にいることができないわけじゃない、話しかけられないわけじゃない。
それがみんなにはできなくて、私にはできること。こればかりはプロデューサーにもできないこと、らしい。けどそう言われたからよし行動、ってわけにはいかない。
だって亜美の絶望は深すぎるから。私の希望じゃ照らせないくらい深すぎるんだもん。じたんだふんだって仕方ないよ。
「……弱気になったらだめだよね。でも、でも」
頭を押さえてうぅ~と唸る私。
きっかけが欲しい。私がきっかけになれるきっかけが。それもうんと大きいものが

PULLLLLLLLLLL PULLLLLLLLLLL PULLLLLLLLLLL

携帯が鳴る。持ってたほうが便利だからってプロデューサーと一緒のものにしてもらった携帯。今ではちょっとにくたらしいオレンジカラー。
今はあんまり電話にでたい気分じゃないから、無視しちゃおうかな? でもこれが誰かからの助けを呼ぶ声だったら。って考えすぎかな?

PULLLLLLLLLLL PULLLLLLLLLLL PULLLLLLLLLLL PULLLLLLLLLLL PULLLLLLLLLLL PULLLLLLLLLLL

留守電の設定がない私の携帯はずっと鳴り続ける。普通ならもう切れてもいいくらいなのに振動は止まらない。まるで携帯が助けてって言ってるみたいに。
そう思ってから携帯の着信音がパトカーのサイレンに聞こえてきた。あらーと? とにかく誰かがあぶないんだーっていうことを知らせる音に。すっごく怖かった。
けどその怖いって思いを押し込めて震える指で私は通話ボタンを押した。
『―――――ッッッ』
「……真美?」
すごい勢いで聞こえてくるのは真美の声。亜美よりも少しだけ凛とした声。耳から遠ざけていてもはっきりとわかる。あっ! 耳につけないと。
「も、もしもし真美?」
『あーやっと聞こえた! おそいよやよいっち! でもそんなことはいいとして今ヒジョーにまずいことになっちゃったんだよー!』
「まずいことって、また何かイタズラしたの?」
『イタズラしたのは兄ちゃんだよー! しかもトクダイの、いっちゃん悪い奴!』
プロデューサーがイタズラ? しかも一番悪い奴って――――――。
ふと、亜美を見たときのプロデューサーの顔が思い浮かぶ。何ていうか、理解できないって目で見ている顔。それを悲しそうに見て笑う亜美。心がざわざわする。
一度も感じたことのない気持ち。気持ち悪い、怖い、それでいて怒りたい気分。
「……プロデューサーが、亜美に何を言ったの?」
『こ、こわいよやよいっち』
「お姉ちゃんだからね」
『り、理由になってないような……まあそんなことはいいとして! そうそう、兄ちゃんが亜美に言っちゃったんだよ!』
真美は教えてくれた。プロデューサーが亜美に何をしたのか、何を言ったのか。ありのままを全て教えてくれた。途中から泣き出して聞き取りづらかったけどそれでも真美は教えてくれた。
「そっか、教えてくれてありがとう。今はゆっくり休んでね、それじゃ」
『や、やよいっちはどうずるの?』
「私はね、プロデューサーのところに行こうと思う。伝えたいこと、いっぱいあるから」
それだけ言って私は携帯を切った。私は動き出す。あの人の、大好きで。
亜美を傷つけた、大嫌いなあの人の元へ、全てを伝えに動き出す。

心は落ち着いている。でも和やかとか平和な気持ちじゃなくて、あらしのまえのしずけさのような気持ち。その気持ちと共に私は辿りついた。
亜美と私の専用レッスンスタジオ。ここの鍵をもっているのは私たち二人と、あの人だけ。
私は無言で中に入る。無言で廊下を歩く。無言で扉の前に立つ。無言で扉の鍵を開ける。無言でスタジオ内に入る。ビクンッとする人影。
でも私だと確認して心底ほっとする。私にはそれがとてもとてもひじょーしきなことに思えた。
「やよいか…どうした? 今日はレッスンじゃ、ないよな?」
「…プロデューサーこそ電気もつけないで何をしてるんですか?」
「まあ、その、ちょっと。ははっ…」
何も言ってはくれない。私には何も打ち明けてくれない。そうする勇気がないのか、私では相談相手にすらなりえないからか。
うん、どっちでもいいや。
「顔色悪いですね。気持ち悪いんですか?」
「そ、そうなんだ。気分が悪くなって誰もこないここで休んでたんだ。でもやよいもきたし、自分の家へ帰るとするよ」
「そうですか」
「そ、れじゃな。また」
「またそうやって逃げるんですか?」
「!?」
そそくさとスタジオからいなくなろうとするプロデューサーを釘付けにする言葉。プロデューサーが扉の前で動けなくなる。
ああ、痛い。まだ序の口なのにこんなにも心が痛くなるなんて。亜美、今なら少しだけ亜美の絶望が分かる気がする。でもきっとこんなの比じゃないんだよね。
「亜美から逃げたように、私からも逃げるんですか?」
「……真美か」
「はい。でもあの子は悪くないです。亜美のことを思ってですから」
「わかってるよ。そうさ、悪いのは真美じゃない。悪いのは」
そう悪いのは。
「亜美だ」
貴方です。
ああ、この人はきっぱりと言った。自分では無く亜美が悪いのだと。今まで耐えてきた分、もう言わざるを得ないんだ。
「確かに俺が悪いのもわかる。亜美を理解できない、担当アイドルを理解できない俺が悪い部分もある」
どうして私に言い訳をしているのか。ううん、きっと私じゃなくてもいい。誰かに聞いてもらいたいんだ。そして慰めて欲しいんだ。
「だけど、だけど! 今の亜美を理解できるやつなんているのか? 真美は理解なんてしてない、ただ亜美を肯定しているだけ! やよい以外のアイドルは話すことすらしなくなった! 熱狂的な

ファンだって理解しているわけじゃなくて亜美の熱に当てられてるだけだろ!? そんな子のことをどうやって理解しろって言うんだ!」
完全防音のスタジオ内でプロデューサーの叫び声がよく響く。プロデューサーってこんなに大きい声が出せたんですね。
「俺は亜美の無茶を全て実現させてきたどれだけ理解できなかろうが亜美なら平気だってわけのわからない感情に支配されて全部亜美のためにやってきたまるで操り人形のように!」
一息で言って、一呼吸入れて、更に続く。
「ならプロデューサーなんていらないだろ!? 自分一人で何でもできるなら一人でやればいい! そこにわざわざ俺でワンクッション置いて二度手間する必要なんてないだろ!?」
確かに、亜美は一人でできます。でもそれは誰かのためなんですよ?
「それなのにことあるごとに俺を見てやれこうしてくれやれああしてくれって一体何なんだよ! あんな得体の知れない瞳にこれ以上見つめ続けられたら本当にどうにかなっちまう!」
確かに、亜美の瞳は怖いです。でもそれは誰かのためだけに注がれているんですよ?
「それで今日だ! 『スターレス』以上の絶望を溜め込むために休みをくれって? これ以上絶望を溜め込まれ続けた亜美と一緒なんて考えられない考えたくもない! そんなに休みたいならっ」
「好きなだけ休め」
「っ!?」
「俺には亜美が理解できない。理解できないアイドルをプロデュースはできない、そう言ったんですね」
「…そうだ。もう無理だ。俺には、もう、双海亜美が理解できない」
…亜美は、これを目の前で聞いたんだ。これなら『スターレス』なんかめじゃないくらいの絶望を溜め込めただろう。でも、でも。
こわれちゃったんだね。
「なあ、やよいにだってわかるだろ? 最近の亜美がどれだけ不気味で、怖かったかさ」
プロデューサーがふらふらと私へ歩いてくる。まるでぞんびのようだ。それでいて許されたい、慰めを求めてくる。
「なあやよい」
「…そうですね。確かに亜美は怖かったです」
「そうだよ、な。俺だけじゃないよな」
「そうです。プロデューサーだけじゃないですよ」
それはほんと。私も、プロデューサーも、アイドルのみんなも、きっとファンのみんなも怖がっている。
「そう、だよな? …そうだよ! 俺は、俺が間違ってるわけじゃないんだよな!」
お許しを貰った子供のようにはじけるプロデューサー。ああ、なんて可愛くて、なんて弱いんだろう。
「で、でもこれからは違う! 『アイドル双海真美』として真美をデビューさせてやよいは継続してトップの座を突き進むんだ! これからはもう悩まなくていいんだ!」
「はい」
「よしっ、やる気でてきたぞ! やよい、もっと頑張って本物の頂点を目指そうな! 俺は本当にやよいのプロデューサーでよかった!」
「私も同じ気持ちです」
その逆もあるけれど。
「そうだ! 亜美の願い事を聞いてばっかだったし、今度はやよいの願い事を聞こう! いくつでもいいぞ!」
それは私が亜美のような無茶なことを言わないと思っているからですか?
「……本当ですか?」
「ああ本当だ! 何でもいいぞ!」
「なら、一つだけ」
「ああ、何だ?」
言ってしまえば、言ってしまえばもう戻れないよ。大好きな人と争うことを避けられないよ。それでもいいの? やよい。
うん、大丈夫。確かに私はこの人のことが大好きだよ。とってもとっても大好き。それもみんなを大好きと思う気持ちとはちょっとだけ違うのだってわかってる。
それならこのまま願えばいいよ。私とずっと一緒にいてくださいって、今のプロデューサーならきっと認めてくれるよ。
そうだね、認めてもらえたらすごく嬉しいね。でも、でもね。私が好きなプロデューサーはね。
亜美のことが大好きだったプロデューサーだから。それでね。
私は、亜美ともう一度歌いたいから。
「『アイドル高槻やよい』を、やめさせてください」
「………………はっ?」
ねえ亜美。もう一度だけ、もう一度だけ私頑張るから。このきっかけを乗り越えられたら私、必ず迎えに行くから。
照らすなんて言わないよ。
亜美のゼツボーが怖いなんて、言い訳もしない。
絶対に、助けるから。そしたら。
一緒にステージで歌おうね。二人で、一緒に。


頭がイタイよ。お腹もイタイな。でも亜美はガッコーだ。真美よりはマシだけどね、亜美もシュッセキニッスーが危ないんだ。
「…どうせ頭痛も腹痛もマンセーテキだしねえ」
パパにショホーセン出してもらって薬飲んでるけどね、治んないんだよ、これが。シンリテキヨーインだってパパは言ってる。何かあったらすぐに電話をするようにとも言われたな。
あ、ケータイじゃなくてピッチの方にね、イマドキ。パパはお医者さんで病院だからちかたないけどね。
「♪授業がタイクツ♪、…だなあ」
デビューシングルをヒトリゴトにつぶやいてみる。ジッサイはメールなんてしないけどね。ケータイとられちゃうから、先生に。
きーんこーんかーんこーん。
あ、三時間目終わった。んー、急にオシゴトはいったことにして、帰っちゃおかな。シャチョーにクチウラアワセ頼んどかなきゃ。

シャチョーは少し渋ってたけどリョーショーしてくれたよ。ああ、シャチョーとレンラク取り合ってるんだ、サイキンの亜美は。
「…兄ちゃんには、電話できないしね」
兄ちゃんは亜美のプロデューサー辞めちったから、もう電話するリユーもないし。『アイドル双海亜美』はアルバム製作のためにオシゴトヒカエメにしてることになってる。
真美がいろいろとがんばってくれてるらしいけど、その真美も今じゃベツのコトでイソガシイし、『アイドル双海亜美』はこのままフェードアウトかもね。
もしかしたらアルバム出すまではやるのかもしんないけど。ま、何にしたって今の亜美はけっこーヒマだったりする。
「…なーんか、やよいっちまでオシゴト減らしてるみたいだしさ」
やよいっちとか他の誰かとかから聞いたわけじゃないけど、さすがにわかるよ。トップアイドルだったからね、亜美は。
今の兄ちゃんはやよいっちに手間をかけてないし、ジムショもお金をかけてないね。まさか今のやよいっちにオシゴトが来ないはずがないしさ。
「んで、その手間とお金が行ってる先が」
私は目黒の駅ビルにくっついてるおっきなテレビ?を見上げる。そこには、
『はっろお~ん、双海、真美だよ~ん! スタジオこもりっきりの亜美のぶんまで、がんばるね~!』
『アイドル双海真美』が、ピースといっしょに映ってた。いおりんみたいな、アイドルっぽいカンペキな笑顔で。
真美は『アイドル双海真美』の名前でリデビューしたんだ。新人さんあつかいだからまたFランクからなんだけど、なんかオープンのオーディションやフェスを荒らしまわってるらしいよ?
そりゃ、トップアイドルがそんな下の方にいたら荒らしたいホーダイだよ。兄ちゃんがどうしてもっ『アイドル双海真美』でやりたいって言うからって真美は言ってた。
真美は『アイドル双海亜美』を続けたいらしいんだけど、私は止めたほうがいいよって返しといた。もう『アイドル双海亜美』はオチメだからね。だって、亜美がこんなんだし。
「…あーあ」
ヒトリになりたいな。いや、今もヒトリだけどさ。誰もいないところへ行きたい。亜美を知ってる人が誰もいないところへ。

「…そんなバショなんて、どこにもないんだけどさ、ジッサイは」
少なくとも日本の中にはね。あー、外国行きたいな。南の方、ニューギニアとかニュージーランドとか。でも亜美のパスポートはママが持ってるし。
ちかたがないから私は山手線に乗ってシブヤに来た。ゴタンダのあの公園に行こうかとも思ったけど、あそこは兄ちゃんが亜美を探しに来てくれたとこだから。
兄ちゃんとのダイジなダイジな思い出のバショだから、今は行きたくない。
「シブヤなら、ヒトゴミのヒトリになれるしね」
しばらくブラブラ歩いた。映画館じゃよさげなのやってなかった。西部ヒャッカテンの裏でクレープ買って、あたりのお店冷やかして。
108-2をテキトーに見ていたらお昼ご飯を食べてないのに気付いて、線路くぐってお気に入りのピザ屋さんに。
「もしかして、双海亜美ちゃん? それとも真美ちゃんの方?」
そしたらピザ屋さんの店員さんのジョシコーセー?からそんなこと聞かれた。変装してるんだけどね、一応は。さすがシブヤは765のホームだね。
「亜美だよ。レコーディング抜けだして来てるから、ナイショにしといてね?」
私は右目をウィンクする。あはは、芸能人リアクションがムイシキにできちゃうね、まだ。イートインで食べるつもりだったけど、ダメか。バレちったからナガイはできないし。
私はテイクアウトをお願いして、受け取るとお店を出た。どこで食べよか考えて、思い浮かんだのはあそこしかなかった。ジムショってセンもあるんだけどさ、やっぱり行きたくないし。
「コッチも、行きたくないんだけどな」
そんなセリフをソラに浮かしながら、私の足はソコにむかっていた。

公園のブランコをきこきこ鳴らしながら、ピザにかじりつく。少し冷めちったけど、むしろ食べやすいかな。
「…あのあたり、だったよね」
私の目はそこからハナレれい。ハナセるはずがないよ。お昼過ぎの小さな公園にはあんまし人がいない。私の視界には誰も入ってこない。
でも、亜美の目にはマボロシが映る。一番イトシイ人の姿が映る。冬の日に見る春のゲンエイ。
「兄ちゃん…」
私は、私と真美はここで兄ちゃんに出会った。今いるのはあの公園なんだよ。私たちがネコちゃんと遊んでいたら、兄ちゃんが声をかけてきたんだ。
兄ちゃんは私と真美の前でひざをついて、私たちのプロデューサーだって言った。
「…ああ、ナツカシイね。まだ一年もたってないのに、ずっとずっと前のことみたいだよ」
それだけジュージツしてたってことだと思うよ。ここで兄ちゃんに出会ったとき、亜美はコーハイに先にデビューされちってヘコんでるだけのケンシューセーだった。
でも兄ちゃんに出会って、兄ちゃんとイッショに走り出して、私は、亜美と真美の『アイドル双海亜美』はトップに立った。
「そりゃ、ジュージツしてたよね。トップアイドルだもん」
亜美の人生でサイコーのトキだったんだ、きっと。何にでもなれるって思ってた。できないことなんてないって思ってた。それになにより、
「なにより、亜美は、ショーガイの恋をしてたんだ…」
うん、一生に一度の恋だった。兄ちゃんが好きで好きで、兄ちゃんのユメをかなえたくて、そのためにがんばった。ココロをケズってタマシイをソギオトシた。
「…兄ちゃんにアイサレなくてもよかったんだ。亜美がアイサレなくても、兄ちゃんは『アイドル双海亜美』さえアイシテくれれば。亜美がカッテに兄ちゃんをアイシテたんだから」
そこまでの覚悟なら決めてた。でも、でもまさか。
「…『アイドル双海亜美』までキラワレちゃうなんてね。それでもゼロサムなら耐えられたよ、きっと。私は兄ちゃんをアイシテたから。兄ちゃんのユメをかなえたげたかったから。でもマイナス

なんて、『アイドル双海亜美』までヒテーされちゃうなんて、カノーセーすら考えなかった」
きっとコドモだったんだと思う、亜美は。チガウか、今もまだコドモだ。
「…兄ちゃん、亜美は兄ちゃんをアイシテたよ。ううん、アイシテるよ、今でも。キラワレちっても」
右のほっぺたが冷たかった。ああ、泣けるんだ。私はまだ泣けるんだ。ウレシイな、ウレシイな。
兄ちゃんにキラワレちったことに泣ける私は、まだちゃんと兄ちゃんをスキでいられてるよ。
「兄ちゃん、兄ちゃん」
ヒサシブリのナミダだった。一度出てきちゃったナミダは、亜美には止めらんなかった。


お仕事は減った。もう私もとっぷあいどるじゃないかもしれない。でもそれでいい。私は不器用だから一つのことにしか集中できないんだ。
それはとっても簡単なこと。あの子の手を取って暗闇から抜け出して走り出せばいいだけ。
それはとっても難しいこと。あの子の手を取ることができるかもわからないから。
でもやっぱり私は、助けに行かないとだめだ。私は、高槻やよいの隣には他の誰でもない、双海亜美がいてくれないとだめなんだ。
だって悲しいよ、寂しいよ、虚しいよ。亜美がいないアイドル活動なんてつまらない。例えそれがライバル同士だったとしても構わない。
だからもう偽ることはしない。私は亜美のために亜美を助けるんじゃない。私は私のために亜美を助けるんだ。もう嘘はつかない。
「やよい、本当にやるんだな」
隣にいるプロデューサーが問いかけてくる。その体は震えていて、手を握っている私の左手も一緒になって震えている。
少しだけ、前のことを思い出す。今のところ私のアイドル活動で、しょうがいのなかでいっちばん辛かった経験を。

記憶の始まりは私が『アイドル高槻やよい』をやめたいと言ってからだ。
「な、なに言ってるんだやよい! アイドルをやめたいなんて、どうして!」
プロデューサーの怒鳴り声に近い声がレッスンスタジオに響く。完全防音だから周りには聞こえないけど。
怒鳴り声に反射的に体がびくっとなる。私だってまだまだ子供だから怖いものは怖いんだ。でも、これからはもっと進まないといけない。
「せっかく亜美から解放されたのに、真美をデビューさせることができるのに、やよいのプロデュースーも満足にできるのにどうして!」
プロデューサーが私の両肩をがっしり掴んでくる。痛い、けどあまり怖くはなかった。だってプロデューサーの顔が、泣いているうちの弟たちの顔に似ていたから。
「やよいはもっと上にいけるんだぞ? 亜美のような絶望ではなく、アイドルに必要な元気と可愛らしさを振りまいてもっと高みにいけるんだぞ? なのに、どうして今更!」
「嘘、ですよ」
「……はっ?」
「だから嘘です」
嘘をついたのは何年ぶりだろう。長いこと言っていない気がする。うん、確かずっと前の小さいころにえいぷりるふーるでついた以来だ。懐かしい。
「う、うそ? ……は、はっははは! 何だよ脅かすなよ! あは、あはははっ」
ごめんなさい、プロデューサー。私はもう一つだけ嘘をつきます。怒るのなら怒ってください。でも何事にも反動がありますから、注意してくださいね。
「亜美も、そう言って欲しかったって思います」
「な、何がだよ」
「もう亜美を理解できないからプロデュースもできない、その言葉が嘘だったらと亜美は考えたでしょう。きっと今も嘘ではないかって思ってますよ」
「……確かにそうかもしれない。けどやっぱり言わなければ亜美のためにならな」
「亜美のためですか? 自分のためじゃないんですか? 亜美が怖いから、手に負えなくなったから逃げるんじゃないんですか?」
ああ、痛いなぁ。誰かの弱い部分をえぐるってこんなにも痛いことなんだ。私はずっとこの痛みを忘れないだろう。
「な、んだよ。やよいまで俺を責めるのか? 亜美の目だっていつも俺を責めて」
「あの子はプロデューサーのことを責めてなんかいません。ただ、少しだけの間でもいいから振り向いて欲しかっただけですよ」
気にしてないような素振りも平然としている視線も全ては嘘。本当は振り向いて欲しかった。もっと見ていて欲しかった。
でも亜美はそれを押し殺して自分が愛しているからそれでいいなんて強がってただけ。そうすれば仮に最悪の状態になってもああやっぱりですむし、最高の状況になれば喜びも大きい。
これが、自分で自分を守れる、亜美が考えたたった一つの方法だったんだ。でも最悪の状況を更に上回る状況をプロデューサーが作り出してしまった。
当然、一線を越えられた亜美が自分を守ることなんてできない。崩壊は当たり前のことだった。
一方のプロデューサーはきっと、ずっと亜美の視線が怖かったんだと思う。亜美はただ見ているだけなのにプロデューサーにはそれが万の非難の声として届いてしまっていたんだろう。
早くしろ。次の仕事はなんだ。使えないプロデューサー。いなくなってしまえ。日々のひがいもうそうがプロデューサーを締め続けて、ついにはあの言葉を吐き出させた。
ことは単純で、それを複雑にしているのは亜美とプロデューサーと、私だけだ。からまっているように見える三本の糸は、実際は重なり合ってるだけ。
だからできる。三本の糸はまたねじれあって一本の糸になることができる。そのためには、三本の糸一本一本をまっすぐにさせないといけない。
…プロデューサーに気づいてもらわないといけないんだ。
「嘘だ! あいつの目はいつだって俺を責め立てていたんだよ! 仕事ができない無能プロデューサーめって!」
「亜美が、一度でもそんなことを口に出して言いましたか?」
「だからずっと目で言っていたんだ! どんな時だってまっすぐに見てくる! 何とも言えない計り知れない瞳でずっと、ずっとだ! 気が狂うって思うくらいずっと!」
プロデューサーが私の肩を揺さぶる。今まで溜め込んでいた気持ちが私の体にのしかかってくる。怖い、辛い、逃げたい。けどそれ以上に今の私は。
「亜美はいつもいつも俺をそんな瞳で見ていたんだ! それからやっと解放されたのに今度はやよいか? もういい加減にしてくれよ! 俺を殺したいのかよ!」
こんな感情もいつ以来かな。確か、弟の長介が車にひかれそうになったときだったかな。あの時は自分じゃないみたいだったなぁ。
「もういい、わかった。やよいもアイドルやめるんだな? それでいい、社長にはまた俺から話しておく。休業でもなんでもしてくれ、俺は真美と一緒に頂点を目指すから」
そう言ってプロデューサーはスタジオを出ようとする。違う、逃げようとする。でももう逃がさない。逃げることなんて許されない。私も、プロデューサーも。
私はプロデューサーの右手をつかむ。
「離してくれ、真美の活動内容を考えないといけないんだ。帰るのならタクシーを手配しておくからそれで」
「……どうして」
「何か言ったか?」
「どうして」
「だから何がっ」
「どうしてその真美に対する優しさを亜美にもできないんですか!」
「うわっ!」
掴んでいた右手を離して私はプロデューサーに体ごとぶつかる。予想外の出来事にプロデューサーは床に倒れた。
そのまま私は馬乗りになってありったけの、自分と亜美の分の怒りをプロデューサーにぶつける。
「亜美がプロデューサーを馬鹿にしてる? そんなわけない! 一番最初に亜美のことをプロデュースしてくれた、見つけてくれた人にどうしてそんなことをする必要があるんですか!? ずっと

ずっと待ちぼうけてアイドルとして活動することなく公園で暇をつぶしていた亜美に手を差し伸べたプロデューサーのことをむのうだとかじゃまだとか亜美が考えるはずない!」
「で、でもっ」
「でももへちまもありません! 確かに今の亜美は怖いですよ恐ろしいですよだけどそれでも! あの子は助けて欲しいって願ってるんです! もっともっとプロデューサーと一緒にいたいって思

ってるんですもっともっとプロデューサーに振り向いて欲しかったんです! それは否定させない、否定なんてできない! 」
プロデューサーは何も言わない。言えない。
「それなのに理由をつけて自分は悪くないんだって子供ですか!? うちの長介だって自分が悪いと思ったらごめんなさいできますよ! プロデューサーだってわかってるでしょ!? 亜美が悪い

のはわかってるけど自分だって悪いんだって! どうしてそれを認めて亜美に謝ろうとしないんですか!」
「そ、んなこと言ったって」
「亜美が怖い? あの子はまだ大人にもなってない子供ですよ!? どこにでもいる子供ですよ!? そんな子供を突き放してプロデューサーこそ亜美を殺す気ですか!?」
「っ!?」
「亜美は報われるなくていいって思ってる、でもそんなの嘘です! 心のどこかじゃ報われたいって思ってるんですよ! プロデューサーに愛されたいって思ってるに決まってる! だって、だっ

て亜美は!」
ごめんね、亜美。もう私止まれないや。だからもう言っちゃうね。
「私と同じで貴方のことが大好きなんだから!」
「だ、だいすきって」
「ええ好きですよ好きなんですよ! きっと貴方が私たちに手を伸ばしてくれたときから! 誰も見てくれなかった私たち二人を見つけてくれてデビューさせてくれた! それが社長からの命令だ

ったとしてもそんなの関係ない! 貴方は私たち二人が泣いていたらいつでも駆けつけて抱きしめてくれた! どこに惚れないことがあるんですか!」
プロデューサー困惑している。私ももう何を言っているのかわからなくなってきている。
「特に亜美はすごいんですよ!? いっつもいっつも暇さえあれば貴女の話ばかりだった! 今日は一段と汗のにおいが濃かっただとか撫でられただとかはぐれないようにって人ごみで手をつない

だとかそんな些細なことでも全部喜んでいた! その相手が貴方だったから!」
そのめーるはなんとなく保護している。今の亜美からはとても聞けないから。
「絶望なんかよりももっと深い貴方への愛で亜美は満たされたていたのに貴方はそれをぶち壊した! 満たされていた亜美の心の水槽は一瞬にしてこなごなになった! 亜美を壊したのは他の誰で

もない、貴方だ!」
「そ、そんなのしらなかった! しらないことを言われても困」
「しらなかったからって許されることじゃない!」
「う、ううっ」
プロデューサーの目じりに涙が溢れ出す。痛かったんだろう。私の言葉がガラスの破片になって飛び散ってプロデューサーの心をめった刺しにしたんだろう。
そのガラスの破片は、私の心にも刺さっていた。だから私ももう涙をこらえることができなかった。
「だから、もう、やめましょうよ。誰が悪いとか、悪くないとか、そんなこと、どうだっていい」
「うう、うぐっ」
「わたしは、わたじはぁ! あみをだづけたいだけなんでず!」
「くぅ、うううぐぅ、っはあぁ!」
「だがらぁ! あなだもでつだってくだざい」
「ううあ、っはあえ、えっ、うあああああっ!」
「えっぐ、ああ、ずぅっ、わああぁん、ああああああっ!」
そして私たちは泣いた。大人げなく子供げなく獣のように。プロデューサー床に大の字になって、私はプロデューサーの胸の上で泣き続けた。
防音さえ突き破っていたかもしれない。二人の泣き声は滝のごとく流れ続けた。
これが、高槻やよいとプロデューサーの大喧嘩の最後の記憶だった。

記憶から帰ってくる。閉じていた目を開いてここが現実だと確認する。隣にはプロデューサーがいる。
「もう一度だけ確認する。本当に、行くんだな」
「はい、大丈夫です。プロデューサーは私たちが泣いていたら駆けつけてくれるヒーローですから」
「……わかった」
明らかに気が重そうな返事だけどこの際仕方ない。ここに引っ張ってこれただけでも上出来だと思うから。プロデューサーの震えが止まらないせいで私も震える。違うね。私も震えているんだね。
目の前に見えているのは公園。目の前に見えているのはブランコ。目の前に見えているのはあの子。目の前に見えているのは亜美。涙を流している亜美。
もう一人でなんか泣かせない。私はプロデューサーと一緒になって泣いた。だから亜美もそうあるべきなんだ。亜美だってプロデューサーと一緒にいなきゃだめなんだ。
今までそうできなかった分だけ、その分をまとめて一緒にいていいんだよ。でも今のプロデューサーは一人じゃ怖がっちゃう。
だから私がいる。私がプロデューサーと亜美を繋ぐ糸になればいい。そしていつかは三人一緒に寄り添いあって一本の糸になればいい。素敵な未来だ。
だからこそ、ここを超えなければ。私も、プロデューサーも、亜美も。三人で超えないといけない。
だから亜美。私の手を取ってなんて言わない。私がむりやりでも連れ出すから。どんなに暗い中でも光は闇を照らすことができる。
亜美の絶望に全部勝とうなんてもう思わない。亜美を暗闇の中から引っ張り出すだけでいいんだから。
「行きましょう。途中で逃げたりしないでくださいね?」
「……善処する」
何とも頼りないプロデューサー。でも構わない。
私は、お姉ちゃんだから。
怖がる弟がいたら一緒にいって謝ろう。泣いている妹がいたら一緒に泣いてその後で一緒に笑おう。
それ以前に。大切な友達が泣いていたらどうにしてあげたいって思うから。
歩く。ブランコの前まで歩いて、ようやく着いた。気が遠くなるほど遠かった気がする。倒れそうだけど、なんとかこらえて話しかける。
「おまたせ」
亜美がぴくってなってゆっくりと顔を上げる。目と目が逢う。ああ、すっごく久しぶりな気がするよ。
「やよいっち? それに……」
「……」
「あはは、そうだよね。そうなるよね」
乾いた声、私の知っている亜美の声とは大違いだ。でもすぐに取り戻すから。私が大好きだった双海亜美を助け出すから。
「亜美、帰ろう。それでね、一緒に泣こうよ。私と、亜美と、プロデューサーで」
うんそうだね帰ろう、なんて言ってくれたらいいんだけどそうは言ってくれないだろうなぁ。
でも覚悟はしてきたから。どんなことが起きても受け入れるよ。だから、かかっておいで。お姉さんの胸を借りるつもりで。
かかっておいで、亜美。


「おまたせ」
その声に亜美はフルエた。聞きナジんだ声だったから。亜美がスキな人の声、今は聞きたくない声。私はナミダを止めてココロを凍らせながらゆっくりと顔を上げる。
目と目が逢う。ああ、スッゴク久しぶりな気がするよ。
「やよいっち?」
やっぱりやよいっちだ。会いたくて、会いたくなかったヒト。
「それに……」
あちゃあ、て思った。マイッタな。まさか一番会いたくないヒトまでいっしょだよ。
「……」
兄ちゃんだ。兄ちゃんがこわばった顔してやよいっちの隣に立ってる。よかったねやよいっち。
やよいっちも兄ちゃんに相手されてないじゃないかって亜美は思ってたけど、亜美のカンチガイだったね。まあ、兄ちゃんがやよいっちを手ばなすハズないか。
亜美のプロデューサー辞めちった兄ちゃんがトップアイドルのプロデューサーでいるには、やよいっちと組むしかないし。
「あはは、そうだよね。そうなるよね」
かすれた声がツメタイ笑いといっしょに亜美の口から出た。それを聞いたやよいっちは一瞬だけ顔を固くしたけど、
「亜美、帰ろう。それでね、一緒に泣こうよ。私と、亜美と、プロデューサーで」
ヤサシく笑った。でも目は笑ってなくて、がっちりと亜美をツカマエてた。にがさないからって言ってる目。亜美をアイシテいるから怒るんだって言う、ママとおんなじ顔だった。
「帰るって、ドコへ? 亜美は今日オシゴトないから、ジムショには行く用事はないよ?」
うん、一日オフだから。ガッコー休んじってるけどね。
「うん、事務所でもいいよ。どこでもいい」
やよいっちはそう返してきた。おっきな目が亜美を見ている。んで、そっからは何にも言わない。アツリョクを感じた。
「いっしょに泣こうって、ナンデ?」
少し慌てたキブンでたずねた。亜美はさっきまで泣いてたけど、ナミダとまんなかったけど、今は泣いてない。やよいっちの前じゃ泣けない。兄ちゃんの前じゃ泣きたくない。
「亜美が、ずるいから」
「え?」
亜美がずるい? やよいっちはナニを言ってるのかな?
「亜美、アイドルやめちゃだめだよ。そんなのだめだよ」
あ、ソノコトか。ちょっとアンシンする。ソノコトなら。それはもうドーシヨーもないし。
「…『アイドル双海亜美』の明るいとこは『アイドル双海真美』がやるよ。暗いとこはもう亜美にはできないから。もう流行からハズレちったし」
もうカナシイ歌は流行らない。だから『アイドル双海亜美』はもう終わりなんだ。
「勝ち逃げは、だめだよ」
「え?」
勝ち逃げって。ああそっか、そうなるんだね。私はさらっとケーサンする。やよいっちのジツリョクと、人気。ジムショのお金のかけ方、セケンの流行。
うん、勝ち逃げだね亜美は。二つの「黎明」は二百五十万枚を超えたらしい。次のやよいっちのシングルにやよいっちと兄ちゃんとジムショがマックス投下しても、そこまでは届かない。でもさ、
「もう亜美には歌えないよ。亜美にはもう歌いたい歌が無いよ。亜美はクーキョでカラッポで、もう歌える歌がないんだよ」
もとからギジュツで歌ってたわけじゃないしね。歌うココロがない亜美にはもう歌えない。
「嘘はだめだよ、亜美」
タタミカケてくるやよいっち。私はたじろぐ。やよいっちの目はランランと私を見ている。怒ったママみたいで、怒ったママより怖い。
「亜美には心が残ってるよ。ちゃんとあるよ」
「…もう、ないよ。砕けちゃったよ」
ハートブレイクなんだ、コトバドーリのね。
「なら、いいんだね? 私は亜美にもチャンスをあげようと思ったのに」
やよいっちが目を細めた。おっきな目を細くして、私を見下ろす。いや、私は座っててやよいっちは立ってるから、見下ろされるのはアタリマエなんだけどさ。
「な、ナニが? ナンのハナシ?」
「私は、プロデューサーに告白したよ。大好きですって伝えた。まだ返事はもらってないけれど」
「…え」
私は兄ちゃんを見た。思わず見ちった。兄ちゃんは驚いた顔でやよいっちを見ていて、私は兄ちゃんの横顔しか見れない。
「私はまだ中学生だけど、クラスのみんなみたいに恋とか愛とかはよくわからないけど、これくらいはわかるよ。私は、プロデューサーが好き」
あ、あ、ソンナ。いや、知ってたけど。やよいっちが兄ちゃんを好きなのは知ってたけど、ソンナ。
「このまま行けば、アイドルとしては亜美の勝ち逃げだった。でも私はそれをずるいと思う」
ずるいと言われても。私はもう歌えないし、それに。
「このまま行けば、恋人として私は勝ち逃げができたかもしれない。でも私はそれをずるいと思う。ねえ、亜美?」
「な、ナニかな?」
やよいっちの目はぐるぐるうずまきで、やよいっちの心のうずまきそのままで、私はそんなマヌケな答えしか返せない。
「私は知っているよ、亜美の心を。薄っぺらになるまですり減らして、それでも残ってる亜美の心を」
あ、あ、ああ。そっか、そうだ。私はやよいっちのココロを知ってた。なら、やよいっちも私のココロを。
「でも、亜美がもう心がないって言うなら、勝ち逃げするよ。…ねえ亜美、最後にもう一度だけ聞くからね?」
やよいっちはシンケンなマナザシで私に聞いてくる。フインキがまた一段変わる。やよいっちが斬りかかってくる。私は斬られる。
「いいんだね? 私はプロデューサーを私の恋人にするよ。私だけのものにする。私だけのものにして、亜美のいない世界でトップアイドルになるよ」
斬られた。アタマからツマサキまでマップタツだ。イタぁ、イタいよ。兄ちゃんにキョヒられたときとおんなじくらいイタい。でも、まだこれは。
「キリキズなら、治るよ。クサるよりはマシ」
踏みとどまる。私は踏みとどまれるよ。だってやよいっちは、
「…勝ち逃げすればよかったんだよ、やよいっちは。兄ちゃんは私をヒテーしたんだから。やよいっちは兄ちゃんのお気に入りなんだから」
ずるいことをしなかったから。勝ち逃げできたのにしなかったから。それはやよいっちの、
「…ヤサシイね、やよいっちは」
やよいっちの、マゴウコトないアイだから。私へのものすんごいアイだから。斬られた私もイタかった。でも斬ったやよいっちはもっとイタいんだ、きっと。
「みんなで泣こうって言ったのはね、亜美が、ひとりで泣いてたからだよ」
やよいっちが少し上ずった声で言った。亜美を見ている。細かった目はまたおっきく広がって、中がナミダでゆれてる。何かをオサエルみたいに口を漢字の一にしてる。
「私もひとりで、泣いてたからだよ」
やよいっちはフルエる声で言った。やよいっちが目をつむったらどっちの目からもナミダが落ちた。口はへの字になってる。
「プロデューサーも、ひとりで泣いてたからだよ」
やよいっちはおっきな声で言った。向こうにいたネコちゃんがびっくりして逃げてった。目が開く。ナミダいっぱいの目をめいっぱい開いて、亜美を見る。
「つらいことがあったら、泣けばいいよ。泣かなきゃいけないんだ。でも、ひとりで泣くんじゃなくて、みんなで泣かなきゃ! だって、私たちは!」
やよいっちは叫ぶ。タマシイのコトバを叩きつける。コトダマの宿ったシンジツのコトバが、今、放たれる。
「私たちは、仲間だから! 私は、亜美が好きだから!」
コトバが私のココロに突き刺さった。ぴしりとココロにヒビが走る。ココロをおおってたナニかが崩れる。
私がココロと思ってたまっ黒いカタマリは、クーキョとゼツボーのココロじゃなかったんだ。それはココロのガイカク。私のココロを守ってたんだ。
ホントの心はその中にかくれてたんだ。だから、私の目にナミダがにじんだ。
「…アイサレ、たかったんだ」
私の唇が、コトバをつむぐ。ナミダがほおを降りた。
「ずっと、アイサレたかったんだ。誰かに。兄ちゃんに」
アイシテさえいればアイサレなくても、なんてウソだ。ナミダはほっぺたをぬらす。でもツメタクない。さっきはツメタかったのに。
「私は、ずっとずっとウソをついてた。私自身に。みんなに」
兄ちゃんにも、やよいっちにも、他のみんなにも。…私のファンの兄ちゃん姉ちゃんたちにも。ウソを、ついてた。
「言えるね? 亜美は言えるよね?」
やっぱり泣いてるやよいっちが聞いてきた。私はうなずく。言えるよ。言わなきゃ。
「兄ちゃん、兄ちゃん。亜美ね、兄ちゃんに言いたいことがあるんだ。兄ちゃんに聞いてほしいことがあるんだよ」
私は兄ちゃんを見た。兄ちゃんは歯をカミシメながら、それでも私をまっすぐに見て、うなずいた。
「言ってみろ、亜美」
兄ちゃんが、私の名前を呼んだ。とくん、シンゾーのリズムが上がる。
「…あなたが、好きです」
私はコクハクした。兄ちゃんを見つめる。兄ちゃんのヒトミに私が写っている。ああ、ああ、兄ちゃん。
「…亜美の想い、受け取ったぞ。確かに受け取った」
兄ちゃんがうなずいた。灰色の空が空色に、黒い地面が緑色と茶色に色付いた。セカイは、亜美のセカイはこんなにもカラフルだったんだ。
「…んで、その、なんだ。答えなんだがな」
兄ちゃんが右手をにぎる。しめってた。汗っかきの兄ちゃんの手のひらが、しめってるのが見てわかった。
「…もう少し、待ってくれ」
「へ?」
亜美はそんな声を上げちったよ。やよいっちも目をまんまるにしてる。
「さっき、やよいにも言われたばかりなんだ。混乱してる。だから、少し待ってくれ」
「何を言ってるんですかプロデューサー!」
やよいっちが兄ちゃんにカミついた。泣きながらカミついた。
「亜美、めちゃくちゃくるしんで、めちゃくちゃがんばって言ったんですよ! ちゃんと返してあげてください! 私だって!」
やよいっちは両手をぐーにして兄ちゃんにつめよる。
「ハッキリ言ってくんなきゃ、私だって、わだじだって、づらいでずぅ!」
やよいっちは鼻水たらしながら首をぶんぶん振る。
「…んなこと言われてもな、俺は、ロリコンじゃないんだ。小学生中学生なんてそもそも恋愛の対象に入ってなかった」
兄ちゃんはアタマをかきながら言った。兄ちゃんの言うことはアンマリだけど、でも兄ちゃんも辛そうで苦しそうで。だから私は兄ちゃんの続きを待った。
「…いっそロリコンならよかったな、マジで。どうしてお前らはそんな子供なんだ。俺は今まで、こんなに女に好かれたことなんて無いぞ。それが二人も同時か」
チクショウ、とかつぶやく兄ちゃん。がしがしアタマをかいてる。
「…異性として好きかはわからない。やよいに連れられてここまで来る間も散々悩んで、わからなかった。でもな、それでも言えることはある」
兄ちゃんは亜美とやよいっちのアタマに手を置いた。やっぱり兄ちゃんの手は汗びったりだ。亜美のトナリじゃやよいっちがふにゃんとか言ってる。
「俺はお前たちが好きだ。お前らは生意気でわがままで、正直怖かったときもある。でも、俺はお前たちが好きだ」
…兄ちゃんが、言ってくれた。亜美とやよいっちをスキだって言ってくれたよ。女としてスキなわけじゃなさそだけど、それでもスキだって。
「それにな」
「ひゃうぅ!?」
「な、何するんですかプロデューサー、急に!?」
兄ちゃんはいきなし膝まずくと、亜美たちの腰に腕を回してきた。亜美とやよいっちは兄ちゃんに捕まっちった。兄ちゃん、これセクハラだよ?
「俺は、お前たちの、プロデューサーだ。プロデューサーなんだ」
「兄ちゃん…」
「プロデューサー…」
兄ちゃんはチカラ入りすぎなくらいチカラづよく言った。兄ちゃんの膝は地面について、スーツがよごれてた。
春の日のゲンエイ、亜美たちが兄ちゃんと初めて会った日とおんなじだった。


ライトが、まぶしい。聞こえてくる、みんなの声。熱の篭った会場。期待と、希望と、非日常を渇望する感情の流れ。
なんてね、こんなの私らしくない。せっかくの晴れ舞台なのに自分らしくないなんてもったいないね。
私は左側の袖の一番後ろにいた。息もそこそこに体全体で会場から伝わってくるみんなの感情を感じていたんだ。
私を離してくれない、離そうとしない、子供のような気持ちたち。弟たちや妹を思い出して、笑ってしまう。
それに、前にいた響さんが聞いていて私のほうに振り返る。響さんの顔はいつも通り整っていて素敵だったけど、少しだけ緊張しているみたい。
「こんな大舞台でよく笑っていられるなぁ、さっすがトップアイドル。頂点の貫禄ってやつ?」
「そ、そんなことないですよ! ちょっと弟たちと妹のことを思い出して、つい……」
「普通はこの目の前の舞台で手一杯になるぞ? まったく、あの頃のやよいはばっつぐんに可愛かったのに、今じゃ敵わないなんて悔しいぞっ」
そう言って握りこぶしを作って震わせている。でも震えているのは、そこだけじゃない。響さんの体は、全部揺れていた。ううん、前にいるあずささんや雪歩さん。
真さんも、震えている。確かに、こんな無茶も無茶なライブをこれからやろうっていうんだから。
心が震えないわけがないよね。

「…本気かね?」
「貴方の部下はこんな冗談は言いませんよ」
「…だろうね。だからこそ、私は戸惑っている」
「…でしょうね」
「はっきり言おう。君がやろうとしている行為は、私にアイドルや社員の皆、無論君たちプロデューサーが一緒になって作り上げてきたこの765プロを潰すと同義だ」
私と亜美はプロデューサーの右と左でじっと二人の会話を聞いていた。
これまで聞いたことのないような声で話す社長が怖かった。
「そうかもしれません」
「かも、ではなく確実と言っていいだろう。君たち三人が共にいること、それは喜ばしいことだ。だからこそ私は悲しい」
「どうしてこんな無茶をやろうとするのか、にですか?」
「その通りだ。この事案は社長の私だけでなく、765プロにおける全社員、アイドル、プロデューサーの明日を決める大掛かりなものだ。だがあまりにも、ハイリスクローリターンだ」
社長の声を冷たくしている原因、それはプロデューサーが企画したある事案だった。とてもシンプルだ。

現在765プロで活動中の全アイドルを集め、ドームにて合同ライブをする。

「……全てのアイドル集めてのライブはいい。これには私も賛成だ」
「なら」
「だから、君がこの条件を削ってくれるのなら喜んでこの事案を進めよう。この『ライブ風景を生で全国放送する』というのを」
「それは外せません」
「ならこの話は終わりだ」
「こちらが提供するものの価値が消費者の満足と釣り合えば、それは必ず成功する。…教えてくれたのは社長です」
「覚えていてくれて嬉しいよ。ならわかるはずだ、ライブを全国で放送するそのリスク。売れるはずのチケットが売れなくなる可能性」
プロデューサーは言っていた。言い方は変になるけど、お前たちのライブを見に来てる人たちは、日常にはない非日常を求めてきているんだ。
それをお金というもので買っている。理由はそれぞれだと思うが結局はそこに行き着くだろう、って。
お金は、すごく大切だ。だけど、みんなは大切なお金を払ってまで私たちのライブに来てくれている。それがお金を払わなくても見れてしまうのなら、誰だって払わないで見てしまうだろう。
「社長こそおわかりのはずです。うちのアイドルは全国放送程度では霞すらしないということ」
「信じてはいる。だが社長として許すわけにはいかん。私には、この会社で働いてくれている全ての者の人生の一端という、重く大切なものが乗っかっているのだ」
「絶対の確証がなければ許可はできない、ということですか?」
「……あまり無茶を言わんでくれ。昨今のテレビ離れからくる視聴率の低下、全国放送となれば何時間と経たずネットにライブ映像も載せられるだろう。これでは映像メディアを売るのも困難だ。

あくまで成功したとして、確実な収益は何もない。あるのはアイドルたちの知名度が上がるくらいしか」
「他にもあります」
「ほう、聞かせてもらえるかね?」
プロデューサーの体が震えている。きっと、怖いんだ。それでも間をおいて、静かに口を動かした。
「…亜美とやよい、そして俺。この三人がもう一度、改めてスタートできるきっかけになるんです」
「…ほう」
「社長もご存知だとは思いますが、俺たち三人は今までずっとぎくしゃくしていました。アイドルの頂点を見続けたために、三人が三人、他の二人のことを見てやることができなかった。やよいと

亜美はまだしも、プロデューサーたる俺がそうだった」
社長は難しい顔をして黙って聞いている。
「俺は、浮かれていたんです。どんどん成長してアイドルの頂点に向かう二人を見て、熱に当てられていた。俺が育てたアイドルが頂点に、昔からの自分の夢。その夢の熱が俺自身を焦がし始めて

いることに気づかず、こんなところまで来てしまいました」
辛そうに、苦しそうに、悔しそうに喋るプロデューサー。言葉が止まらないのは、きっと誰かに聞いてほしいから。
「その様が、これです。亜美を傷つけ、やよいにもこっぴどく叱られた。我が侭な子供なんです。それだけじゃない、『アイドル双海亜美』を失い、『アイドル高槻やよい』すら失おう寸前。会社

にも多大な迷惑をかけています」
私は社長の口が少しだけ動いていたのを見逃さなかった。そんなこと気にするなって言っていた気がした。
「本人を前にして言うのは最低ですが、俺は今でも亜美が怖い」
ぴくっと亜美の体が反応する。亜美はまた傷ついた、でもこれなら亜美も納得できる。この傷なら治すこともできる。だから亜美はうつむかなかった。
「正直、やよいも少しだけ怖いです」
…と思ったけどやっぱり痛いものだ。理屈じゃないって、こういうことかな?
「それでも二人は俺をプロデューサーと呼んでくれる。こんな最低な俺でもまだプロデューサーと呼んでくれた。だからこそ、俺は、今度こそ俺と亜美とやよいの三人で頂点を目指したいんです」
「…そのきっかけは、もっと別なものではいけないのかね?」
「はい。自慢ではないですが、二人も俺ももう並大抵のアイドル活動はこなしてしまいました。ふんぎりをつけるには、これでなくてはいけないんです」
「その理由は?」
「ドームという閉鎖的な空間だけでは足りないんです。もっと多くの人に同時に見てほしい。一緒になって楽しんでほしい。亜美もやよいも、誰より俺がそれを望んでいる。そしてこれを成功させ

たとき、吹っ切れるんです。過去、足掻き苦しみ間違いを犯した俺たち三人から。我が侭すぎるのはわかっています、それでも」
―――お願いします、静かに言ってプロデューサーが頭を下げる。習って私と亜美も頭を社長に向けた。
音がなくなる。少しの間、広々とした社長室は世界から切り離されたかのように静かになる。
ふぅ、と短いため息が聞こえた。
「理由も、思いも十二分に伝わったよ。だがそれでも、社長として許可を出すことはできない」
「……っ」
はっきりとした拒絶が伝わってくる。私は初めて社長のことを社長として認識した。
「さあ、帰りたまえ」
「……失礼、しました」
プロデューサーから、諦めないという感情が伝わってくる。また三人で後日社長室に乗り込むんだな、と思っていたときだ。
「……仮に765プロに関わる者たちの四分の三以上の署名があれば、"社長"はともかく"高木順一朗"は折れるかも知れんな」
「えっ?」
「おや? まだいたのかね、さあ帰った帰った。ちなみに、今の私の独り言、聞いてはいないだろうね?」
「いや、その」
「聞いては、いないだろうね?」
「は、はいっ。何も」
「ならいい、それでは君も仕事に戻るように。他の二人も、だ。君たちには、君たちにしかできないことがあるだろうしね。この休日を有意義に使うといい」
「……ありがとう、ございます」
「いきなり礼を言われてもな」
「それじゃ、用事を思い出しのでこれで! 失礼しました! 二人とも行くぞっ」
「う、うん!」
「は、はい!」
それだけ言って私たち三人は社長室を飛び出した。視界の恥で社長が笑っていた気がする。私たちが大好きな、いつもの笑顔で。

それから私たちは署名活動を始めた。しかし、この企画に賛同してくれる人たちは少なかった。
「署名、お願いします!」
「いやでもなぁ、これってかなりの規模で、失敗したら相当やばいんでしょ? せっかく安定して働けてるのに、冒険するのはちょっと……だから、ごめんな」
ほとんどの人はこう言って署名をしてくれなかった。中には面白そうだ、と署名してくれる人もいるが四分の三以上の署名には程遠い。
「くそっ、こんなところでぐずぐずしてられないってのに。社長だってそう長くは待ってくれないだろうし、どうにかしないとっ」
プロデューサーはここのところ寝ていないようで、目の下はクマに遊ばせ放題だった。仕事の終わりに署名活動をしているらしく、ロクに寝ていないようだ。
「プロデューサー、少し寝たほうがいいですよ」
「そうだよ、兄ちゃん。このままじゃカロウシしちゃうよ」
「そんな悠長なこと言ってる場合じゃ―――!」
あまりの剣幕に私と亜美の体は反射的にびくんとなる。プロデューサーが怖いのだ。…プロデューサーはこれ以上の恐怖とずっと戦っていたのかな。だとしたらすごいなぁ。
「す、すまんっつい焦っちまって…二人の言うとおり、今日は一旦休もう。ここで倒れても意味がないしな」
そう言って私たちはプロデューサーの机まで戻った。プロデューサーはすぐに仮眠する、と言って寝てしまった。
亜美は署名活動の続きをしにいった。私も、と言ったらどっちかが兄ちゃんを見張ってないと、と強引にここに残らされた。
765プロ内でも亜美を怖がっている人はいる。その亜美が一人で署名活動なんてどれだけ辛いことか。胸が痛くなるけど、それは亜美が望んだことだ。
亜美がしたいと思っているのなら私には止められない。穏やかな心じゃないまま、私はずっとプロデューサーの寝顔を見続けた。
「……わっ」
「―――っ!」
いきなり後ろから聞こえた声に、声にならない悲鳴を上げてしまう。
「ご、ごめんっ。そんなに驚くとは思ってなくってさ」
息を荒くしながら落ち着いた私が後ろを振り返ると、真さんがいた。みんなにはぼーいっしゅアイドルと呼ばれてかっこいいーと言われているけど、私にはとってもかわいい人にしか見えない。
もちろんかっこいいというのもわかるけれど。
「にしてもやよいたちのプロデューサー、爆睡だね。こりゃ何しても起きないよ」
「うふふ、そうかもしれないですね」
「それもこれも署名活動のせいなの?」
「はい。私と亜美は今お仕事が少ないので署名活動だけですけど、プロデューサーはお仕事もありますから」
「そっか…ちなみに、署名活動のほうはどう? 順調?」
「う、うぅ。正直、全然です…」
「そう、だよね。生半可なことじゃないもんね、そりゃとんとん拍子に行くわけないか」
真さんはがっくりとうなだれる。私たちと同じか、それ以上にがっくりしてくれる真さん。とっても優しい。
「でも水臭いよね、やよいも亜美も」
「えっ?」
「プロデューサーはともかくとして、僕たちは同じアイドルで同じ会社にいて仲間なのに、一言もないなんてさ。みーんな不満そうだったよ?」
「そ、それってどういう」
…あれ? そう言えば私、大切なことを忘れてる気がする。響さんに教えてもらったはずの大切なこと。
あっ。
―――やよいが自分たちを呼んでくれれば自分たちは駆けつけることができる。
「…すっかり忘れてた」
「みたいだね、話は響から聞いているよ。おかげで響すっごい膨れてるよ? 響だけじゃない、春香も伊織も、千早だって」
「千早さんも?」
「『勝ち負けではないけれど、このまま高槻さんや亜美に勝ち越されたままでは面白くないわ』なんて言ってたよ。『スターレス』聞いてからずっとこんな調子だよ」
あれだけみんな亜美を怖がっていたのに?
「……確かにね、亜美のことはまだ怖い。みんなそうだと思う。でも前ほどじゃないんだよ。それはきっとやよいとプロデューサーが亜美を少しだけ照らしてくれたからだと思う」
「私とプロデューサーが、ですか?」
「うん。僕たちは得体の知れないものは怖いけど、それが知っているものなら怖くなんてないんだ。今まで亜美の周りを覆っていた得体の知れない不気味な気配は薄れた。だから僕たちも、亜美の

側にいることができそうなんだよ」
みんなが亜美の側に、昔はそうだったように、亜美の周りが笑顔で溢れる。
「だから、頼ってよ。僕のことも、他のアイドルのみんなも、頼ってよ。やよい」
優しく微笑みかけて手を差し伸べてくれる真さん。私はその手を取って、走り出した。
「ちょちょちょちょっと!? やよい!? いきなり走り出してどこに行くのさー!」
「決まってます! 私以上にこの手を、助けを求めている子のところにです!」
「そ、それって!? ぼぼぼくまだ心の準備ができてないよー!」
「やよい列車はただいま超特急です! 途中下車はできません!」
「そ、そんなー!」
大急ぎで亜美のところへと走る私。後ろの真さんはあわわわわだとかどうしようどうしようとずっと呟いている。でも私は知ってるんだ。最初さえ乗り越えちゃえば、あとは何とかなるって。
亜美がいた。一人で署名活動をしているけれど、誰も近づこうとはしていない。ひそひそ話しながら亜美を見ている人もいる。大丈夫だよ亜美。暖かくなれる最高のお薬、持ってきたからね!
「あみー!」
「あ、やよいっちに、まこちん?」
明らかに顔が引きつってる。ちなみに真さんの顔をも引きつってる。
「あ、ああ、えーっと! その、なんだろうね、あははっ……」
「……」
亜美にジト目でにらまれるけど知らんぷり。強引なのは亜美だって同じだったんだからおあいこだ。真さんはずっとあーとかえーとかしか言わず、亜美も喋らない。
お互い何を話したらいいかわかんないんだろう。でも大丈夫、私たちに言葉は要らない。
「はいっ、二人とも! 握手ですっ!」
「えっ?」
「真さんの右手と、亜美の右手で、はいっ握手」
私は二人の手を取って強引に握手させる。言葉はなくともこうやって触れ合うことで、伝えたいことを伝えたくなるんだ。人間はそれくらい温かいんだから。
「…あっは、はははー、ごめんねーまこちん。やよいっち強引でさ。ああ、もう離してもいいよ! って私から離すべきだよね、ごめんごめ」
「…そんなこと、言うなよ」
「へっ?」
「そんなこと言うなよ!」
「ちょ、ちょちょまこちん!? ぐる、ぐるじいよぉ!?」
真さんが亜美を抱きしめる。強く強く抱きしめてるせいか亜美が苦しそうだそっちのほうがいいよね。抱きしめられてるってより感じられるもん。
「僕たち仲間だろ! そりゃ僕だって亜美が怖くて助けることができなかった弱虫だけどさ! 亜美だって大概だよ! ずっと一人で誰にも相談しないで突っ走って! 少しくらい僕たちのこと頼

ってくれてもよかったじゃないか!」
「……」
「もう離さないから! ぜーったい離さないからね! そこでひそひそ見てる人たちもいつまでもくだらないことしてないでよ! 亜美が傷ついてるのくらいわかるでしょ! それがわかるんだっ

たら署名の一つや二つばーんと書いてよ!」
おお、怒りの矛先が亜美からぎゃらりーになった。真さんも大暴走だ。
「ちょっと亜美聞いてるの! 今僕真剣に怒ってるんだから返事くら、い?」
亜美の口の端から小さな泡たちが顔を出している。顔も真っ青でまさに、がんめんそうはく? という感じだ。
「うわあ!? ご、ごめん! 力いれすぎてた~! 亜美、こっちに戻ってきてー!」
「…はっ! ちょ、ちょっと綺麗な川を見てきたよ。まこちん、相変わらず力強いね」
「…うう、ううう」
「まこ、ちん?」
「あみ、あみぃ。ごめんよ、今まで何もしてあげられなくて、本当にごめんよ…」
真さんは亜美を抱きしめたままひっそりと泣き始めた。それでも腕の中にいる亜美をもう二度と離さない。亜美は、複雑そうな顔をしていたけど、最後は笑っていた。
私も笑っていて、真さんも笑っていた。
それから、すぐに私たち三人は他のアイドルのみんなに署名活動を手伝ってほしいと連絡をした。急な電話にも関わらず、みんな待ってましたと言わんばかりに承諾してくれた。
みんなの協力の影響はすぐに出始める。きっといつでも声をかけられてもいいように準備をしていたに違いない。
この765プロに入ってくる人たちの多くが特定のアイドルに憧れて入ってきた人だったのが幸いし、署名はみるみるうちに集まっていく。
春香さんが集めてきた署名だけ何故か赤いサインだったのが気になるけれど、半分の署名を集め、残りの四分の一もみんなを必死に説得することでなんとか集まった。
一度だけ、署名活動中にプロデューサーが倒れてその姿を見た人たちが、それだけの覚悟があるのならと署名してくれたのもあった。が、今後は二度としないでくださいと亜美と二人で懇願した。

「…これは、何かね?」
たまりにたまった署名の束を持って私たち三人は社長室に乗り込み、それを叩きつけた。
「署名があればあるいは、と思いまして」
「ふむ、なかなかいい判断だが並みの数では焼け石に水だぞ?」
「765プロ全社員の四分の三以上はあります」
「それは私の目で全て確認させてもらおう。それよりもそのクマ、どうにかしたまえ。それでは営業もままならんだろう」
「す、すいませんっ」
「……こらこら、君たち」
三人ともびくんとなる。まさか署名が足りなかったのだろうか?
「自分たちの署名がないではないか、君たちがやり始めたことなのだから君たちの署名もあってしかるべきだろう」
「す、すっかり忘れてました……」
「まったく。それと、もう一枚署名の紙をくれたまえ。私の知り合いも署名したいと言っているのでね」
「は、はあ。これです」
「うむ」
手渡された紙を机においてさらさらとサインする社長。
―高木順一朗― 
きっちりと署名欄のところにそう書いた。
「よし、と。それでは確認するから君たちは休みなさい」
「はい、失礼します」
「ああ」
ああの後に、本当にお疲れ様と聞こえた。

そして署名は見事形になった。プロデューサーの考えた企画は社長からの許可をもらったのだ。
プロデューサーの睡眠は更になくなったりしたが、前に倒れたことを私たちに注意されているため無理はしなくなっていた。
私たちもライブに向けて練習をする。二人で練習するなんて、本当に久々だったから、全然テンポが合わなくて喧嘩ばっかりだった。
「ちょっとやよいっち! そこ早いってば!」
「亜美が遅いんだよ!」
「なにおー!」
こんな喧嘩をしながらだけど、いっつも最後は笑ってよしやるか! って顔をして練習に戻るんだ。
亜美はまだ暗闇の中にいる。ながらも必死に這い出そうとしている。もがき続けている。だから私はずっと隣にいる。大好きな亜美の隣からもう離れない。
絶望なんかかかってくればいい。もう、怖くなんてないから。

瞬く間にライブ前日になって、私と亜美は最高の状態で明日に臨むために休暇を言い渡された。
そのときにした少しだけの会話は、いつまでも忘れることができないだろう。
それはあの公園でのできごと。私たち三人が出会って、再開した公園でのこと。
「ねえやよいっち」
「なに?」
「…やっぱやめた」
「そっか」
「明日」
「うん」
「明日が終わって、亜美の明日がまた始まったら、聞いてね」
「うん、聞くよ。ずっと隣で」
「うん」
私はきっと、亜美が何を言おうとしたのかわかってる。私は亜美のお姉ちゃんだから、亜美は私の親友だから。だから聞くよ。
絶対に聞くから。私たちがどんなけつまつになっても、ずっと隣にいるから。

―――とっても、長くて短かった。亜美やプロデューサーと出会ってから何ヶ月経ったのかな。いろいろあった。
一度はおかしなことになってしまった私たち三人だったけど。このライブが終わったら。
また笑える。そう信じて。…違う。そうなるために。
行こう。
私は、
「私らしく……ね」
ステージが、始まる。


「…スゴいね」
ステージのソデで私はつぶやいた。ネッキとネッキョーがここまで届く。キャクセキからのユラめくナニか、それは今までイチバンで、亜美が知らないくらいので。
「ドームだね、ドーム」
んふ、はるるんみたいなこと言っちゃったよ。でも、ドームだしちかたないね。日本でイチバン古くて、日本でイチバンおっきなドーム。
千早お姉ちゃんが言ってたんだけど、あまるふぃー?とか言うバンドが周りの反対をムシしてやったのがドームライブのハジマリらしい。
ナントカみどりさんが泣きながら国歌を歌ったりとかもあったんだって。
「ドームだな。今回のは東京ドームなのに収容四万もいかないけどな」
あ、兄ちゃんだ。そうなんだってね。スタンドをイッパイにしてグラウンドを全席立ち見にしちゃえば六万人イジョーの人に来てもらえたらしい。
聞いてもらえるらしい。でも、兄ちゃんはそれをやんなかった。スペシャルなライブにしないとならないから。今夜のライブはシジョーハツの公開生中継。
ドームに来なくてもテレビとかパソコンとかで見れちゃうんだ。来てよかったってみんなに思ってもらえるライブにしないとなんない。
そのためにはスペシャルなしかけが必要で、だから収容は三万三千人?らしい。
「告知もマケもうまくいったな。スーパーS席二万円が二分もたなかったらしいし。他のもS席A席B席全部三十分で完売だ」
ってんだから、ナンてゆーかイロイロわけわかんないライブだよ。亜美たちはそれに応えないとなんない。
「つーか、亜美が、応えないとなんないんだよね」
このドームはようするに、亜美とやよいっちと兄ちゃんのライブだから。そりゃみんなのライブだけどね、他の誰よりも亜美たちのライブだから。
亜美たち三人がナニかしらの答えを手に入れて、先に進むためのライブだから。
「…アコギなマネをしてるよねえ、亜美は」
シャチョーもスタッフのヒトたちも、アイドルのみんなもよくキョーリョクしてくれたよね。亜美たちだけのためのライブに。
ナニよりファンの兄ちゃん姉ちゃんたちに悪いことをしてるよ。
「気にすんな」
兄ちゃんが亜美のアタマに手を置いた。って兄ちゃんまた汗だくじゃん! セットがダメになっちゃうよ~。
だけどその手はもうフルエてない。亜美を怖がって、フルエたりしない。
「亜美は、亜美のためだけに歌ってこい。俺はそれを望んでる。ファンのみんなも、きっとな」
兄ちゃんはニカリと笑った。
「The World is all one、なんだろ? 亜美風に言や愛は巡って行く、か。亜美が歌いたいように歌えよ。元気に歌いたきゃ元気に歌え。もう逃げないから、絶望を込めたきゃめいっぱい込めろ。

亜美は、アイドルなんだ。トップアイドルなんだからな」
…ヤバ、ホレなおしちゃうよ。ピンポイントならめっちゃカッコいいんだよね、兄ちゃんは。
「それにな、何かを賭けてここにいんの、俺らだけじゃないぞ。みんな、どのアイドルもどのプロデューサーも今日を特別なライブと思ってる」
およ、そーなの?
「みんな、それぞれの人生を生きてる。アイドルもプロデューサーも、ファンの人たちもな。みんながみんなそれぞれの意志や夢があってここにいるんだ。たくさんの意志と意志がぶつかりあって

、渦巻いて、ライブを創る。だからライブはいいんじゃないか」
「うん、そーだね兄ちゃん!」
兄ちゃんは、スゴいね。兄ちゃんはホントにスゴいね。カッコいいなあ。うし、亜美もがんばろっと
「じゃ、亜美は行ってくるね。兄ちゃん、亜美をちゃんと見ててねー?」
私は兄ちゃんに背中を向けて、光の中に走り出す。
「おう、楽しんでこい!」
兄ちゃんの声を背中に受けた。亜美は行くよ、キラメキのステージへ。

私はバックスクリーンの下のステージに出てく。音も前フリも無しにてってってーっとね。
この入りはどーよって亜美は言ったんだけどさ、兄ちゃんも他のプロデューサーも聞いてくんなかった。ちゃんとファンのみんなと顔合わせろって。恐がったままでライブができるかって。
「…つーか、亜美からのスタートとかアリエナクナイ?」
こーゆーのはいおりんとかはるるんとか、華のあるヒトがやるものだよ。
「言い出しっぺは亜美たちだし、ちかたないね…」
ドーヨーもキンチョーも隠したまま、私はバックスクリーンステージのまん中に立つ。今日のドームライブはゼンダイミモン、五つもステージがあるんだ。
亜美が今いるバックスクリーン下のステージに、右手の、えっとバックスクリーンの亜美から見て右だからレフトスタンド?のと、左手のライトスタンドのステージ、
亜美の正面にはバックネットのあたり(テッキョしちゃったけど)のステージと、そこよか手前のセカンドベースのあたりにメインステージ。
五つのステージはまっ白な花道でつながってる。花道もステージの一部なんだな。
『亜美ちゃ~ん! おっかえり~!』
亜美のすぐ下の外野席?から、ファンの兄ちゃんたち何人かの声。それはすぐに広まって。
『おかえりー!』
『待ってたぜー!』
『亜美ちゃーん!』
あちこちから声援が上がる。マズいな、ナミダが出ちゃいそ。ステージ上から亜美を見上げるスポットライトがまぶしいよ。ありがとね、みんな。もう何ヵ月も顔見せてなかったのにさ。
しっかも最後のライブはあの765ファン感謝祭だったのにさ。それでも亜美を覚えてくれてたヒトがいる。待っていてくれたヒトたちがこんなにもいる。
亜美はナミダをこっそし右手のグラブのはしっこで拭いた。その右手の人差し指中指薬指を立てて、右腕を上に上げる。客席が少しだけ静かになった。
さっきよりもキンチョーするよ。でも、何てキモチいいキンチョーなんだろね。
『スリー』
私は言った。まだ曲は入ってこないからセリフみたいなもん。次に亜美は薬指を曲げる。ブイサイン。
『ツー』
ステージの下を見てみたら、ナットクの顔が増える。亜美は中指も曲げる。人差し指一本を空に、じゃなくてドームの白い天井に向ける。
『『『『ワン』』』』
うわぁお、亜美の声に観客席からの声がかぶった。少しだけ遅れた「わん」て声もチラホラ聞こえる。765のファンのみんなはノリがいいねー。
でもまだまだ曲は流れない。ドーニューはアカペラなんだよ、こっわいことにさ。亜美は息を吸った。ゆっくりとゆっくりと、いつもの何倍もゆっくりと歌い始める。
♪CHANGIぃーん MY WORLD 変わーる セーカーイー かが、や、け♪
ドームに私の歌声が流れる。私の歌声だけが流れる。変わる世界。私は私のセカイを変える。
♪CHANGIぃーん MY WORLD わたっしのセっカイぃー なん、だ、から♪
私のセカイ、なんだから。私はセカイを変えるつもりでここに立ってる。私は今日、この歌で生まれ変わる。
♪CHANGIぃーん MY WORLD 変わーらないユーメぇ、えが、い、て♪
ユメ、亜美のユメ。私は私のユメを兄ちゃんをトップにすることだと思ってた。マチガってたね。私はただ、兄ちゃんにスキになってもらいたかっただけ。
♪CHANGIぃーん 今を スキっにじっゆうにぃー 変え、る、READY♪
今を変えるよ。今を変えて未来を変える。自由に、スキな色に染める。ああ、兄ちゃんの色にできたらいいな。兄ちゃんとおんなじ色に。
♪CHANGIぃーん 前を あたっらしーいみっらいー 追い、か、けながら♪
亜美は逃げてたよ。亜美自身からも兄ちゃんかも、きっとナニもかもから。もう逃げない。追っかけちゃうよ?
♪私らしい私でもっともおっとぉー どりぃーむぅかむとぅるうー♪
私らしく。兄ちゃんがスキで、やよいっちがスキで、真美がスキで、みんなみんなスキ。んで、みんなにスキになってほしい。兄ちゃんにスキになってほしい。それが、私。だから、
♪あいらーびゅおー♪
I、LOVE、ALL。うん、すべてを。すべてをアイシたい。アイセる私になりたい。私の新しいユメ、なんだから。私は手のひらを上に右手を伸ばす。
右手の先から、どんなシカケかはワカンナイけどイエローの光が反対側のステージに向かって飛んだ。そこにはまこちんが立ってる。ここでハジメテバックの曲が入った。
♪きらめくSTAGE イベント・グラビア・CM♪
亜美から出てった?イエローの光をまこちんがつかむ。まこちんは光るナニかを右手に握ったまま、姉ちゃんたちをマドワす笑顔で歌って踊る。
すっごく伸びやかな声。ヘンセーキ前の男の子みたいなカッコいい声。
♪TVでSHOW TIME♪ 始まり続くSTORY♪
ダンスのフリでくるりとターン、そのまま右の人差し指でレフト側のステージを指差す。イエローの光はブラックになって、先にいるりっちゃんを撃った。
りっちゃんは左の手のひらを顔の前に出してソレを受けとめる。左手を顔からどかせば、いつものメガネがギラリと光った。
♪何度NGでも どんなライバルだって♪
黒い光をボールみたくしてお手玉するりっちゃん。一度取り落として慌てたフリをするのはNGのエンシュツかな?
♪負けないでTRY AGAIN 立ち上がるSTREET♪
黒く光るボールをチカラヅヨく突き出して観客席を見回すりっちゃん。フギョーフクツついでにフグーのドリョクカをジショーするりっちゃんは黒いボールを握りツブした。
手を開くと夏の葉っぱの色のボールが。りっちゃんはボールを反対側に、ライトスタンドステージに投げる。
♪ENCOREはないLIFE 一度のLIVE♪
それをキャッチするのは千早お姉ちゃんだ。右手を軽く上げただけのソッケナサがらしーよね? でも顔はいつもよりもずっとずっとシンケンだ。コトバをカミシメてる?
カクゴカンリョーの歌声がドームをツラヌく。
♪進め!!どこまでも SHOW MUST GO ON!♪
千早お姉ちゃんはイツノマニカ青に変わった光るボールを亜美のいるバックスクリーンステージに押し出す。でもそれを受け取ったのは亜美じゃないよ。
ファンのみんなのイシキが他のステージに向いてる間にステージに上がってきてたはるるんだ。
♪スリー♪
およ? 亜美を見た。はるるんがさっきの私みたく指三本上に上げながら、ぱちぱちめくばせ。そんなことリハじゃやらなかったじゃん。あーもー、そーゆーこと? そーゆーことだね。
♪ツー♪
私ははるるんのトナリにならんだ。はるるんといっしょにダブルピース。
『『『『♪ワン♪』』』』
わお、亜美のマイクが入ったっ! スタッフのダレだか空気ヨミスギたよー? 会場の兄ちゃん姉ちゃんたちともバッチリ合っちゃうし!
♪CHANGIN' MY WORLD!! 変わらない夢 描いて♪
アドリブだからパートわけないけど、ダンスもはるるんがやってるのとおんなじメイン振り付けだけど、元気に歌えればオールオッケー!
♪CHANGIN' 今を!! 好きに自由に変えるREADY!!♪
楽しい、楽しい! ぶっつけなのに、はるるんとフリがぴったり合っちゃう。ナンカつながってる感じ。
♪CHANGIN' 前を!! 新しい未来 追いかけながら♪
はるるんが青から赤に色を変えたボールを右手で掲げてライトに振ってみせる。ライトスタンドステージには千早お姉ちゃんといっしょにお姫ちんが。そのお姫ちんがこくりとうなずいた。
♪私らしい私でもっともっと DREAM COMES TRUE♪
はるるんは右手を振りかぶると♪TRUE♪のとこで思い切りぶん投げた。…ああ、キドーがやたら山なりだよ。芸が細かいね、エンシュツのヒト。
間の客席でナンドかバウンドする。さわれないってわかってるハズなのに、兄ちゃんたちが落下点を争った。
♪仕事終わり ひとりで帰る途中♪
どーにかライトのステージまでたどり着いて転がるまっ赤なボールをお姫ちんは拾った。上がってきた顔は歌詞の通りのウレい顔。首を左右に振りながら、めっちゃセクシーじゃん。
♪たったひとり溜息が零れた…♪
ホントにため息を落とすお姫ちん。赤から赤紫になった光の珠を疲れたよにナニもないとこに置く。光の珠はヒトリデにくるくる回ってホームベースの方に飛んだ。
そこにはゆきぴょんがいて、お姫ちんのウレいを受けとめる。
♪何かを変える時 何かを選んだ時♪
ヤサシクてヤサシクて、アッタカな春をサキドリしたみたいなゆきぴょんの声。ゆきぴょんはお姫ちんから受け取ったワイン色の光を胸に引き寄せてイトシそうに抱きしめる。
閉じられたまぶたがめっちゃキュートだよ。
♪それは頑張る時 さあ笑ってごらん♪
右手を開いて差し出すと赤紫の光は白くなった。差し出された右の手のひらから白い波が放たれる。白い波はレフトスタンド側のステージへ。そこにはミキミキがいる。
♪私とゆうPRIDE 思いっきりFLIGHT♪
ミキミキは亜美の方を見たまま、ゆきぴょんに背中を向けたままバックハンドでキャッチした。ちょっとカッコよくない? あれ、でもミキミキも驚いた顔だ。
歌いながら右手のライトグリーンの光をウレシソーにりっちゃんに見せてる。見て見てーって。あ、りっちゃんのゲンコがミキミキのノーテンに落ちた。
♪出来る!! いつまでも SHOW ME HAPPY♪
それでもミキミキはウィンクしながら人差し指をヒト回しして、明るい緑の光が指先に集まる。ミキミキはボールが来たほう、ゆきぴょんの方に指鉄砲を向ける。
引き金を引くとライトグリーンのレーザーが伸びた。レーザーはゆきぴょんをカスメてソバを抜ける。それをひびきんが左手を伸ばしてダイビングキャッチした。
ひびきんは片手をつきながら回転して立ち上がって、指一本を伸ばす。
『『『『♪わん♪』』』』
あはは、カイジョーも慣れてきたね。ひびきんはニンマリ笑うとおんなじステージのまこちんをアゴをしゃくった。まこちんも笑顔を返す。
『『『『『♪つー♪』』』』』
ひびきんとまこちんが、さっきの私とはるるんみたいにピースを重ねた。続けて、ひびきんはゆきぴょんにサムズアップを上下させて、まこちんは右手をおいでおいでしてる。
ゆきぴょんはイッシュンだけあわあわすると小さくうなずいた。ゆきぴょんも右手を掲げる。指を三本立てて。
『『『『『『『♪すりー♪』』』』』』』
ファンのみんなすっごいノリ、すっごいテンション。ひびきんとまこちん、ゆきぴょんの三人はお客さんたちに手を振って、そのあとっシメシアワセてたみたいに見つめ合ってうなずきあった。
♪CHANGE IN MY WORLD!! 止まらない愛探して♪
踊り始める三人。あれれ、おんなじ振り付けのはずなのに亜美とはゼンゼンチガウよ。動きがおっきくてキレがよいからだね、きっと。カッコいいねー!
♪CHANGE IN今を!! 好きな自分に変えてLET'S♪
つーかさ、ひびきんまこちんまではワカルけど、それに着いてってるゆきぴょんてナニモノ? ナカノヒトでも変わった?
♪CHANGE IN真上を!! 新しい今日翔ばたきながら♪
あれれ、ひびきんがダンスやめちった。踊るフタリから後ろに離れる。右手をブンブン回してるよ。糸みたいな目で笑いながら。
♪思うままありのままずっとずっと I LOVE ALL♪
ひびきんが二、三歩ばかしステップして右手をおっきく振りかぶる。右足を後ろに、左足を亜美たちのいるステージに向かって踏み込んだ。
低い低い姿勢のまま振りかぶった右腕がうなりをあげる。右肩が見えたシュンカン、ライトブルーの閃光がドームを走った。
さっきのはるるんとはぜんぜんチガウ、イチローさんもビックリのバックホーム。亜美のいるステージでワンバンして、しゃがむ真美の左手にセーカクに納まった。
真美の後ろじゃあずさお姉ちゃんがカワイらしくアンパイヤのジェスチャーしてる。アウトーって。
♪世界は変わってく…♪
うわぁお! 続けてあずさお姉ちゃんのもんのすごいボーカルだ! いや、真美も歌ってるんだよ? 歌ってるんだけど、ナンてゆーか声がちっさくなってくときのヒョーゲンリョクがダンチだ。
♪子供が大人になる様に♪
あずさお姉ちゃんと真美が手と手を合わせる。コドモと大人のショーチョーかな。あずさお姉ちゃんと真美はらぶらぶテンキョーケンのカマエでレフトステージに腕を伸ばす。
インヨー塗りわけられた黄色と青紫の弾はそっちのいおりんを目指して飛んだ。
♪でも大丈夫 終わりじゃない♪
いおりんは飛んできたフタイロの玉を空中にはたき上げる。そのままくるりと前転して、起き上がりざまに跳ねた。両足を前後におっきく開いた高いジャンプ。
イチバン高いところで右手を上に伸ばしてボールをキャッチする。笑顔は客席に向けたまま、いおりんボールをゼンゼン見てなかった!
♪初めてになる始まり♪
イエローとバイオレットのボールはいおりんの手の上でくるくる回って、明るいピンク色になった。いおりんはウィンクひとつのせてホームベースに向かって放る。
マンメンの笑顔、これ以上ないって笑顔で。ピンクのボールが向かう相手は、いおりんのマタトナイ親友。亜美のライバルで、真の、サイコーのトップアイドルの、やよいっちだ!
やよいっちはそのボールを両手で受けとめた。フテキな、トップアイドルだけにできるジシンの笑顔で。やよいっちは天に指を伸ばす。
ピンクからオレンジに変わった光る人差し指を空に向ける。キオイもテライもない、真のトップアイドルがチョーテンをシュチョーする。
その唇がカワユクすぼめられれば、ドーム中がそれをリカイして、ショーワする!
『『『『『『『『♪わん♪』』』』』』』』
ドームがゆれる。声はシンドーだってりっちゃんが言ってたのを亜美は思い出した。
ゆれた。
ファンのみんなの声でホントにドームがゆれた。地震みたくね。やよいっちが中指を伸ばす。勝利のアイコン。歌は闘いじゃないけど、やよいっちはマチガイなくウィナーだよ!
『『『『『『『『『『『『♪つー♪』』』』』』』』』』』
さっきの倍のダイオンキョー! これが歌、これがライブ。これが、やよいっち。やよいは天上を指す指に薬指を足した。
『『『『『『『『『『『『『『『『『『『♪すりぃ♪』』』』』』』』』』』』』』』』』
やよいっちの指先からオレンジの光が溢れた。最初は三本だけだった光はフタツにわかれてみっつにわかれて、たくさんに枝わかれしてドームを充たす。
ファンの兄ちゃん姉ちゃんたちはそれをつかもうと跳び上がって。亜美は泣きそうだよ。もう泣いちってるよ。
これがやよいっち。これがやよいっちのセカイ。こんなセカイの持ち主が、私を望んでくれた。親友だって、トナリにいてほしいって言ってくれた。
私をアイシテくれて、私がアイシテるヒトをアイシテくれた。私は、私は、ナンてシアワセものなんだろね。どーして私は、このシアワセをワカンナかったんだろね。
♪CHANGIN' MY WORLD!! 変わる世界輝け♪
やよいっちは歌う。カンジルままの楽しさを込めて。
♪CHANGIN' MY WORLD!! 私の世界なんだから♪
やよいっちは踊る。アランカギリの元気を込めて。
♪CHANGIN' MY WORLD!! 変わらない夢描いて♪
やよいっちのまわりじゃ、まこちんが、ゆきぴょんが、ひびきんが歌い、踊る。ダンスの精たちが広いステージなのにセマシと踊る。
♪CHANGIN' 今を!! 好きに自由に変えるREADY!!♪
左のステージじゃ千早お姉ちゃんとお姫ちんが歌い、踊る。歌の女神サマがゲンセに降りてきて歌い、神話のセカイを見せる。
♪CHANGIN' 前を!! 新しい未来追いかけながら♪
右のステージじゃ、いおりんにミキミキ、りっちゃんが歌い、踊る。三人のキュートでセクシーな姿にみんなメロメロだよ。
♪私らしい私でもっともっと♪
うわ、んなこと考えてたらセナカ押されてコケそになっちゃった。
はるるんが亜美の右手を、あずさお姉ちゃんが亜美の左手をとって、真美はぐいぐいセナカを押してる。…うん、亜美も歌わなきゃね。
♪DREAM COMES TRUE♪
ユメ、かなえるよ。亜美はユメをかなえる。かなえられるよ。だってみんながいるし。
♪I LOVE ALL♪
ゼンブ、アイシテるよ。亜美は何もかもアイせるよ。だって、亜美はこんなにも、みんなにアイサレてるから。アイは、巡ってくんだから。

一曲目が終わって、亜美たちはてくてくと真ん中のメインステージに移動中。それぞれのステージから伸びてる階段を降りてるんだ。
真美は階段じゃなくてスロープすべってっちゃったけどね。あ、はるるんは真美に手を引かれてコケちゃった。パンツ丸見えでスロープ下まですべってった。
ステージパンツでよかったね、はるるん。
「亜美ちゃーん!」
近くの席からセーエンが。ああ、その顔に見覚えがあるよ。ファン感謝祭でもサイゼンレツにいた兄ちゃんだ。兄ちゃんは泣きそうな顔で亜美を見上げてる。
それを見てたら、引っ込めたナミダがまた出てきた。
「兄ちゃん、兄ちゃん! また来てくれて、ありがとー!」
兄ちゃんを見つめながらぶんぶか手を振ったら、兄ちゃんはぎょって顔をした。くしゃくしゃに泣き笑いして、亜美に叫ぶ。
「着いてくから! 亜美ちゃんが何を歌っても、どんなんなっても、一生、ファンだから!」
その兄ちゃんのまわりから拍手とカンセーが上がった。セナカがゾクゾクする。ヤバいね、ヤバいよ。このハダザワリ、ライブなんだ。
私は兄ちゃんに親指たてたグーを突き付けると、顔を上げて両手でメガホンを作る。
「兄ちゃーん、姉ちゃーん! ありがとー! 亜美は、帰って来たよー!」
一秒くらいあとに、会場はドッカンドッカンになっちった。そしたら、
『真美も、帰ってきたよー!』
『みなさ~ん、お久しぶりです~』
『東京ドームですよ、東京ドームぅ!』
『D.O.M.E.よ、私は、帰ってきた!』
『何言ってんのよ律子、あんた東京ドームは初めてじゃない』
『デコちゃーん、ネタにマジツッコミは禁止なのー』
『楽しいですね、千早』
『わ、私も何か言わないといけないのかしら』
『は、萩原雪歩です! 十七歳です。好きなものは、お茶と、その、あの』
『雪歩雪歩、無理しなくて良いから』
『自分とやよいに任せればなんくるないさー。なーやよいー?』
『うっうー! もり上げならまかせてください!』
続くよ続くよ。みんなノリいいねー。ファンの兄ちゃん姉ちゃんたちだけじゃなくて、アイドルのみんなも、ホントにさ。
亜美たちはファンのみんなに手を振って、セーエンに答えて、リハーサルよりもうんと時間をかけて中央のステージに集まった。
『みなさーん、こんばんはー!』
はるるんはエリのピンマイクとは別のフツーのマイク片手にMCを始める。はるるんはジミにキャリア長いし、シカイギョー慣れてるし。ああ、パンツの件は忘れたみたいだね。
『満席です! 超満員です! みなさん、ホントにありがとうございます!』
折れそなくらいアタマを下げるはるるん。これをホンキでやってるから、ココロからやってるから、はるるんはアイドルなんだよね。
あ、次にしゃべる順番のまこちんがはるるんの肩をつんつんしてる。はるるんは慌ててマイク渡して。
『今日のライブは生放送なのに、それでも来てくれて、みんな、ありがとう!』
まこちんはアンテーしてカッコいいね。客席からは『まことさまー!』って黄色い声が返る。
『やよいは、元気、いっぱい、いっぱい、いっぱい、いーっぱいでガンバリますねー!』
やよいっちが目をきらきらさせて叫ぶ。さっきのハクリョクはどっか行っちゃったみたいだけど、これもやよいっちだし。
『後悔はさせない、約束するさー!』
やよいっちの手からひびきんがマイクを抜き取る。ビシッと指を突き出して、いつもどーりジシンマンマンだ。
『ま、それはそうと。私ね、やりたいことがあるのよ。この前の春香のライブで、あれいいわねって思って』
あれれ、次にマイクを受け取ったいおりんはソンナコトを言うとライトスタンドを指差した。
『そっちのみんな~、いおりちゃんの目には、ちゃんと見えてるわよ~!』
ゴーセイとバクオンがライトスタンドから返る。いおりんはうんうんと二回うなずいて笑うと、マイクをゆきぴょんに渡した。
『わ、わたしなの!? …バックスタンドのみなさん、ちゃんと、見てますから!』
ゆきぴょんはびくびくしながらだけど、それでもちゃんと言えてた。バックスタンドからライトに負けないゴーオンが届く。
『次は私ですね。左翼席のみなさま、ちゃんと、見えておりますよ』
ジョーヒンにタオヤカーにお姫ちんが言うと、レフトスタンドがネッキョーする。お姫ちんは真美にマイクを渡した。
『反対側のみんなー、ちゃーんと、見えてるよーん!』
真美はバックネットのあった方を指差して叫んだ。そっちからのゼッキョーにニンヤリ笑うと、ひょい、てなカンジで亜美にマイクを投げてくる。
私は何とかキャッチ。えっと、スタンド席はゼンブ言っちゃったし。
『グラウンドの兄ちゃーん、姉ちゃーん、もっちろん、見えてるよー! みんな、みんな、ドームの中、ゼーンブ見えてるよー!』
大カンセーがシホーハッポーから返った。亜美がメインを持ってっちったよ。ちょっとハズカシーキブンであずさお姉ちゃんにマイクを渡す。
『改めまして、ご来場のみなさま~、私たちのためにお時間をお割きくださり、本当に、ありがとうございます~』
オトナびた声で言うとあずさお姉ちゃんは頭を下げる。さっきのはるるんとはけっこうチガウ、シトヤカなカンジで。
頭を戻したあずさお姉ちゃんはマイクを千早お姉ちゃんに。
『生の歌声には、デジタルでは表せない力と感動があります。私は今日、それを証明します』
ドマジメな顔でローローと千早お姉ちゃんが宣言した。りっちゃんが千早お姉ちゃんの手からマイクを引ったくる。
『それはそれで問題なのよ、千早。…コホン、テレビの前のみなさんも、楽しんでくださいねー!』
ニコヤカな営業スマイルでりっちゃんは言った。最後のミキミキに渡すんだけど、イッシュンだけミキミキをにらんだのが私にはわかった。ミキミキは気付いてないみたいだけど。
『ドームに来てるみんなも、家で見てるみんなも、ミキいっぱいサービスしちゃうから、待っててねー? それじゃ二曲目は! 歌の姫で、ぶるーばーど、なのー!』


美希さんの声がドームにほどよく響いて、しばらくして消えた。一緒に、ドームの照明も消えて、周りはとっても暗くなる。
暗くなったと同時に私たちはそれぞれ指定されているステージへと小走りに駆けていく。次の主役の舞台であるバックステージと中央ステージを空にして。
何も聞こえない。何も見えない。前代未聞級のライブは、いきなりの暗がりに震え始めているようで。
「―――蒼い鳥。私の全てを余すことなく歌わせていただきます」
静かに、透き通った、だけど心を揺さぶる声。きっとこの人がいる限り、誰の手にも渡らない。
歌姫の名。

泣くことなら たやすいけれど 悲しみには 流されない
恋したこと この別れさえ 選んだのは 自分だから

群れを離れた鳥のように 明日の行き先など知らない
だけど傷ついて血を流したって いつも心のまま
ただ 羽ばたくよ……

蒼い鳥 もし幸せ 近くにあっても
あの空へ 私は飛ぶ未来を信じて

あなたを忘れない でも昨日にはかえれない

……やっぱり、千早さんはすごい。私、ようやく帰ってこれたもん。こっちの世界に。歌の世界があるとして、そこへ行かせてくれるアイドルはきっと千早さんだけ。
私や亜美、他のアイドルにも真似なんてできない。
だからこそ、歌姫はきっと悔しかった。私たちのような歌のうの字も知らないようなアイドルに負けて。
もう一度頂点を目指そうとしたらもう私たちはいなくって、もぬけの殻となった頂点の座を何もできずに見ていることしかできなくて。
最初の一曲目は譲らない、と言っていたのもそのせいだ。頂点にいた、それを突き崩された悔しさ。目指した先にはもう目標がなかった空しさ。
それら全てにまとわりついて離れなかっただろう嫌な感情。千早さんもまた、苦しかったんだ。私たち三人に巻き込まれて。ううん、千早さんだけじゃない。みんな、だ。
春香さんと真さんと響さん。
あずささんに雪歩さんに貴音さんに律子さん。
伊織ちゃん、美希さん、真美。
小鳥さん社長、社員の人にファンのみんな。
みんな、巻き込んでしまった。
そう思ったら、涙がこみ上げてきた。ちょっとこれは、こらえられないかもしれな

「窓から見る光る海より 波の中へ飛び込みたい」
いつ以来かしら。この曲を、最愛の曲をいきなり歌うのは。
……最初のライブ、そのとき以来だわ。あれはまだ、誰もこの曲を知らなかったから印象深くするためにいきなり本腰を、ってことだったわね。
「引き止めてる 腕をほどいて 行くべき場所 どこかにある」
あれからこの曲がどんどん知名度を上げて、関東圏内の人全員が『蒼い鳥』を口ずさんでくれるくらいになってから締めの曲として歌うようになった。
それだけの価値も、誇りも、尊厳もあった。今でもそうだと自負している。
「あなたの腕の鳥かごには 甘い時間だけが積もる」
そう自負していたと同時に、いつの間にか私は。
「だけど紅い実を いま捜しに行く いつかこの別れを そう悔やんでも」
最愛の曲である『青い鳥』以上の歌を諦めていた。これ以上なんてあるわけがないと、満足もしていた。
―――私は、歌を愛することを忘れていた。
「蒼い鳥 自由と孤独 ふたつの翼で」
そこに現れたのが二人のアイドル。私を頂点から叩き落した、アイドル。高槻さんと亜美。
「あの天空へ 私は飛ぶ 遥かな夢へ」
頂点という止まり木に止まっていた蒼い鳥は叩き落された。私はそれに絶望した。亜美のスターレスどころじゃない絶望だった。心を壊し声すら失った。
誰にも超えられぬという過ぎた自負の心が躊躇なく壊されたのだから。けれど、それでも『蒼い鳥』は、いいえ、如月千早は。
♪この翼もがれては 生きてゆけない私だから♪
歌を歌わずに 生きていゆけない私だから。
だからこそ私は歌を取り戻して、ここにいる。『蒼い鳥』、いいえ、『青い鳥』を持ってもう一度、歌の頂へ向かう。
だから高槻さん。泣かずに聞いて。今の私が持てる全身全霊を。
如月、千早を。

…い、なんて言っちゃダメなんですね。千早さんは厳しいなあ。こんなに歌われて、伝わってきたらいくら泣き虫の私でも泣けませんよ。
泣きたい気持ちをぎゅっと奥底にしまって千早さんを見る。それまで、バックステージで一歩も動かなかった千早さんはメインステージへと歩き出す。
一歩一歩、ゆっくりと。足元から蒼い蝶が待って、やがて蒼い鳥になって、いつか蒼い羽となって降りてくる。そんな演出はないのだけれど、私の目にはそう見える。
きっとファンのみんなの目にも見えているはずだ。
『蒼い鳥 もし幸せ 近くにあっても』
千早さんという蒼い鳥は中央へ向かって進むのをやめない。
どこにどんな幸せがあろうと、今はひたすらに中央のステージへと。
『あの空で 歌を歌う 未来に向かって』
そしてたどり着いた。一瞬、全て音が止まる。ピアノのメロディーも、千早さんの足音も、お客さんがつばを飲み込む音全てが止まって。そして歌われる。
『あなたを 愛してたー!』
体全体に愛を叩きつけられたような衝撃を感じて。
『でも前だけを見つめてく……』
その衝撃は未練一つ残さず、体をすり抜けていった。
きっと、未来に向かって。

…曲が終わっても誰も声を上げない。千早さんが歌う『蒼い鳥』が最初のソロで歌われるなんて思わない。
最後の曲として堂々と歌われる曲が、最初に来ているんだ。普通のライブならまずありえない。
だから、このライブは普通じゃない。
『蒼い鳥』でさえ、曲の最初に組み込まれる、前代未聞のライブ。ここから始まる。このライブも、私たち三人も。
『…私は今でも、ファンのみなさんにとってアイドルである私ができる最大のお返しは、歌を届けることだと思っています。ですから、このまま続けて繋がせてもらいます』
千早さんがマイクをスタンドに置いて、中央ステージの真ん中でポーズを取る。
ゆっくりと、おっきな機械の中から音が聞こえてくる。このメロディーは、響さんが歌っていた曲。
『二番手、我那覇 響。全力で踊るぞ!』
掛け声と同時に、一塁側のステージから勢いよく響さんが飛び出してきた。
『へへーっ! 僕もダンサーとして参加させてもらいます!』
逆側の三塁のステージからは真さんも飛び出してくる。その真ん中には千早さん、ってことは。
『不肖、如月千早……踊らせて頂きます!』
その言葉を最後に三人は踊りだす。アイドルらしからぬ足運び、横一線に一緒になって三人は踊る。私にはできそうにない。
…踊りだけでステージの上にいるなんて。
三人は誰も歌わない。ただ、ステージに足を叩きつけて踊り続ける。時に一緒になって、時にバラバラに。
響さんと真さんは、踊りながらも徐々に中央のステージに寄っていく。千早さんも二人を待つかのごとく、綺麗に踊る。
それはまるで、二つの激しい炎が真ん中の緩やかな水に吸い寄せられていくように見えた。
二回目のサビが終わり間奏に差し掛かったところで、二人は中央のステージへ着く。やってきた響さんと少しだけ目を合わせて、千早さんは真ん中を譲った。
響さんがニカっと笑ってそれに応える。響さんが中央になると真さんと千早さんは動かなくなる。
……響さんのソロ。この大観衆の前で、ただ踊るのみ。アイドルがやることじゃない。
この日のライブ用に間奏を長めにアレンジしたこの『DREAM』で踊ること。それは、響さんの夢だったらしい。
自分のダンスの実力がこの曲に追いついたとき、みんなの前で目いっぱい動き回って暴れまわりたい! そう目を輝かして言っていたのを思い出した。
そして今日、響さんは叶えたんだ。自分の夢を。
もうすぐ間奏が終わる。あとはもう一度サビが来たら、そのまま終わり。うう、すっごく歌いたい。
どうやら他のメンバーもそうらしくて、特に春香さんは口元をうずうずさせながら響さんに釣られてリズムを取っていた。
でもだめなんだ。この曲は踊ることしか許されていないんだから。歌うなんてこと許されない。
二回繰り替えすサビのうちの一回目に差し掛かって、それまで動かなかった真さんと千早さんが息を吹き返す。
まるでバックダンサーみたいで、すっごくかっこいい。…私がやったら子供のお遊戯になっちゃうんだろうなぁ。
それにしても千早さん、すごすぎるよ。ダンスが得意なあの二人にも負けず劣らず踊れてるなんて、才能ってずるいなぁ、なんて。
って、あれ? 響さんがいきなり止まっちゃった!? なななんで? ここからラストまで突っ走るんじゃ…?
『…もう我慢できないっさー! ギア上げだぞ! ついでにアクセントもいっくぞー!』
えっ?
ど、どどういうこと!? ってみんなも驚いてるよ! 千早さんもいつもより目が大きくなってるよ!?
『夢が夢じゃ終われないから 私の今になりなさい』
歌っちゃってるしー!?

ふっふっふ、あーっはっはっは! いいぞいいぞ! みんな驚いてるな! やっぱり自分は完璧だね! まさかここまでうまくいくとは思わなかったぞ!
春香も雪歩も伊織も、ほら! 亜美もやよいも目を丸くしてるぞ! 今までさんざん驚かせれたりされたんだから、これくらいの返しは許されるよね?
ただ、千早まで驚くとは思わなかったけど。後ろからすっごい目で見られてる気がするけど気にしないぞ。
『この心で進め この両手で掴め』
自分は進んで、掴んだぞ。自分の夢。
『嗚呼抱きしめる Dear My DREAM』
抱きしめられたぞ、My DREAM。すっごく諦めたくなったときもあったけどね。もう沖縄帰っちゃおうかなんて何度も思ったし。
でも、みんながいてくれたから頑張れた。特に後ろで踊ってくれているライバルであり一番の友達。当然のごとく驚いてなかったし。
…真だけにはお見通しだったってわけか。ちょっと残念だけど仕方ない。
さて、次はあの二人、いや三人の番だ。
亜美、やよい、プロデューサー。きっとこのライブを成功させて、必ず。
『嗚呼今叶える Dear My DREAM』
だぞっ!

「……はいっ」
誰にも聞こえないように小声で。確かに私は響さんに返事をした。返事せずにはいられなくて、届いていなかったとしてもそれでよかった。伝えたい言葉は、最後に取っておこう。
先ほどとは打って変わって会場は大歓声だった。響さんのしなやかなダンス、真さんの力強いダンス、千早さんのやわらかなダンス。
それぞれのダンスに、よかったって声が次々と投げかけられていく。私と亜美じゃ、まだまだ遠い世界だ。
『はいさい! 歌姫の後と来れば踊姫! ならば自分じゃなきゃだめだろう! 我那覇響だぞー!』
『ちょっ、ダンスならボクだって負けないよ! というか踊姫の座は譲れないよっ!』
『……その前に貴方も自己紹介したらどうかしら? このままだと踊姫のバーターって呼ばれちゃうわよ?』
ばーたー、ばたー? うん、わからないけどファンのみんなも笑ってるしきっと面白いことなんだよね!
『ああごめんなさい! さっきぶりになりますが、菊地真です! あと、踊姫はボクですからね?』
『踊姫のバーターの間違いだぞっ!』
『すっごいいい笑顔でネタを引きずるなよ響! 千早もいきなり何言うのさー!』
『私は真面目だったつもりなのだけれど』
『……それほんと?』
『冗談よ』
またファンのみんなが笑う。千早さんがこんなにゆーもあに溢れてるなんて、やっぱり今日のライブはすごい、気がする。
『ほらほらあんたたち? いつまでも漫才してないで次に進みなさい?』
三塁側のステージにいた律子さんから注意が飛ばされる。さっきから会場は笑いっぱなしだ。あっ。亜美も笑ってる。…よかった。
『ステージの上で説教が始まる前に次の曲に言ったほうが良いわよ? それじゃ私は一旦下がらせてもらうわね』
『うんっ。えーそれじゃこの勢いそのままに次の曲いっきますよー? 準備はいいですか~?』
―――おおおおおおおおおおお!!
―――だいじょうぶだぞー!
―――真様のためならスタミナなんて一分でマックスまで回復しますわ!
『オッケー! それじゃ次の曲は響と一緒に踊りながらいくよー!』
『自分のダンスもいいけど、今回は真に要チェック! だぞ!』
そう言って、ポーズを取る二人。765プロで最も踊りがうまい響さんと真さんさっきはそこにれべるあっぷした千早さんが加わってすごかった。
だけど、この踊りはもっとすごいことになる。だから私はこんなにも、わくわくしてるんだ。
真さんと言えば、というメロディーが聞こえてくる。メロディーだけが先に私の頭の中を駆け巡っている。
ううん、踊っているんだ。数秒後、真さんの歌いだしと同時に二人の踊姫が踊り始める。
『あとどれくらい 進めばいいの? >もう 壊れそう』
いきなりあくせる全開で踊る二人。うん、踊りが下手な私にもわかる。もう、今の二人には誰もついていけない。
『この道を選んでひたすら突っ走ったよ >でも 苦しいの』
二人とも、表情も苦しそう。いや、あれは本当に苦しいときの顔。それなのに、踊りは止まらない。
『Tenderness 差し伸べて 温もりに触れたい』
てんだねすって英語の意味はわからないけれど、きっと優しくて、かよわいものだと思う。今の真さんは少し触れただけで、崩れてしまいそうだから。
『Kindness 捧げたい その術がワカラナイ ひたすら堕ち続ける魂』
直後、二人の踊りが一変する。悲しそうに揺れるようなゆっくりな踊りから、必死に悲しいのを振り払うような激しいものに。
『届かないメッセージ 不可視なラビリンス 心の安らぎ導いてよ』
足を、体を、頭を動かして踊っているのにブレることなく聞こえてくる歌声。隣で踊る響さんも余裕の表情。
『突然の暗闇と溢れ出す感情に ひるまぬチカラを ボクに焼き付けて!』
…こんなにも焼き付けられた、そのはずなのに。どうしてだろう? この胸のざわざわが止まらないのは。

まったく、このセットリストには悪意を感じるよね。だって歌姫の千早の後に、僕と同じで踊り重視でここまで来てる響の後が僕ってどういうことなのさ?
『あとどれくらい登ればいいの? >ああ 倒れそう』
箸休め、が妥当だよね。そういうことなんだよね。……普通ならさ。
『これを超えた向こうには新たな未知が待ってる >そう 苦しいの』
結局の話、このライブってどこがどうでも先にあるのは前代未聞なわけで。だから、僕も生半可に負けるわけにはいかないんだよね。千早の後? 響の後?
まったく上等だよ。
『Mindness ひたむきに 周りが見えない』
言い方は変かもしれないけど、いいお膳立てじゃないか。歌姫と踊姫だって? なら僕はもっと先にいけばいい。それが何ていうのはわからないけどさ。まあ、それが難しくて。
『マイったね この気持ち 何か変えなきゃ』
変えるさ。踊姫の上を、菊地真にぬり変えてやろうじゃないか。
『Endless 抜け出したい その術がワカラナイ ひたすら堕ち続ける心が溶け出してく…』

もうすぐ終わり。早くも三曲目が終わりそうだなんて、きっとこのライブは生で見たほうが断然お得…ってあれ?
このメロディーは『迷走mind』じゃない、よね? これは、真さんの三番目の新曲の。
『心を取り戻せるなら ほかには何もいらない』
……ああ。
『「さよなら」を言ったくちびる 今も忘れられない』
真さん、こんなライブの真っ最中に。
『枯れるまで涙 流して 悲しみすべて流せたなら』
私たち三人のこと心配してくれるなんて。
『「愛していた」言葉にできる日が来る』
はい、もう大丈夫です。二人とも、伝えましたから。真さんに伝わるように目だけで返事をした、つもりだけど伝わってるかな?
ってうわっ、急に明かりが? 音楽もなってないし、真さんも歌ってない?
『うっうー! 今日も元気に、ハイターッチ! イエイ!』
わ、私の声? でも私喋ってないのに、どうして?
「……けどね解ったよ」
真さんがゆっくり歌いだす。アカペラで。……あっ、この続きの歌詞って。
「貴方の優しい声がする方 向かってー!」
真っ直ぐな声が私に伸びてくる。勢いそのままに私を包み込んだ。と、音楽が再スタートする。
同時に真さんが私のほうへ向かって一直線に走ってくる。や、優しい声だなんて恥ずかしいっ!
『法則のないパズル 不条理なネスティング 魂のジレンマもう起こさない』
みるみるうちに私との距離を縮めながらも、花道の脇にいるファンのみんなにも笑顔を欠かさない。白馬に乗っていたら本当に王子様だ。
『誘惑を断ち切って つらくても前を見て』
と思ったら今度はずっと私を見ながら走ってくる。こ、これはすごく、その、照れるというか。
『ラストでは笑顔で 見つめ合いたいの』
私のところまで真さんが来た。そうしたら昔話に出てくる王子様のように膝をついて、私の手を取る。
曲はもうすぐ終わる。最後の短いメロディーが流れる中で、見つめられながらこう尋ねられた。
「伝わったかな? 無理やり曲と曲を繋げ合わせちゃったんだけどさ」
「…真さんには伝わってるはずですよ。だって歌ってるときに、返事までしたじゃないですか」
「あれっ? ばれちゃったか、ははっ!」
「はい、ふふふっ」
曲が終わると同時に、ステージから演出用の火花が飛び散った。私たち二人が見つめ合っている光景を見ながら、ファンのみんなは大歓声をあげてくれた。
『ちょっとちょっと真ー! 自分を置いていくなんてひどいさー!』
中央のステージから響さんが慌ててやってくる。どうやらこれは真さんだけが知っていたようだ。
『ぼーっと踊ってるからだよ? それに優しい声がする方に向かってって言ったじゃないか』
『あずさかも知れないじゃないかー』
『…優しくて元気一杯な声の方に向かってって言ったじゃないかー』
『さっきと言ってる事が違うぞ!?』
『まあ、気にしない気にしない! またコントばっかりやってると律子にどやされるよ?』
『う、うぅ。納得いないけど、ここは手を引くぞ』
『はい、それじゃそんなわけで! 次にどんどんいきますよー! さあやよい? 優しい声で、言ってみよー!』
いきなり!? これがあれなのかな? む、むちゃぶり?
『え、えーっと、次はですねっ! 私の先輩で、一つ年上のとっても頼れる人が歌を歌います! ヒントは、えーっと、おでこが出てますっ!』
『空気の読めるみなさんならまだ誰が次に来るかはわかりませんねー!』
―――あーわからないなー! 一体ダレなんだろうなー!
―――デコだしアイドル……一体何瀬伊織なんだ……
も、もしかしてばればれ? で、でもきっと平気だよね? 私や亜美と違って、すっごくしっかりしてるんだからっ! ねっ、伊織ちゃん!


私は考えた。ずっとずっと考え続けた。
「私はどうしたら飛び立てるかしら? どうしたら私はやよいや亜美と同じ世界に行けるの?」
私にはやよいのような天真爛漫さは無い。亜美のように己のすべてを歌に乗せることもできない。ついでに千早みたいな歌唱力も真や響のようなダンススキルも無い。
「でも、私は飛び立ちたい。上の世界に行きたい。私のため、ファンのみんなのため」
実は歌にもダンスにも自信はある。アイドルとしてなら過ぎた技術を私は持っている。でもそれではだめなのだ。千早も響も行けなかった世界へは、二人に劣る私では届かない。
「なら、どうする?」
私は考えた。朝も夜も、移動中もレッスン中も。ステージ以外ではずっと考え続けた。そして答えを得た。
「私は、伊織よ。水瀬伊織なのよ」
私は息を吸った。大好きなやよいに応えるために、私のファンのみんなのために、何よりも私自身のために。

『おでこおでこ言うな~~~!!』
亜美の右手、バックスクリーンステージの上からおっきな声がしたよ。スポットライトが少しだけうろうろして、声の元に集まった。
バックスクリーンの一番上、ほっそいタラップの上に人影が浮かぶ。いくつものライトに照らされて、いおりんの姿が浮かび上がった。
『何なのよもう、もう! 私のアイデンティティーはおでこしかないわけ!?』
ぷんすこおかんむりのいおりん。いおりんのファンのみんながアイしてやまない怒り顔をいおりんは見せている。
ちっさな体の前で腕を組んで、おでこを光りカガヤかせて。んで、セナカにおっきなツバサをセオって。
「いおりんマジ天使! いおりんマジ天使!」
ファンの兄ちゃんのダレかが叫んだ。いおりんのセナカのツバサは鳥さんのツバサ。ピンクピンクした衣裳を着てるいおりんは、うん、まるで天使みたい。
『…まあいいわ、やよいに悪気が無いのはわかってるから。それじゃさっさと歌に行きましょ。次はカワイイカワイイいおりちゃんで『DIAMOND』よ』
いおりんがニヤって笑った。いつもの猫カブリーな笑顔じゃなくて、猫は猫でもイタズラ猫の笑い方で亜美と、あとやよいっちを見た。
チョクゴにいおりんは手すりに足をかけると、ひょいって軽ぅく乗り越えジャンプする。
―――……ぎゃああああああっ!!
ファンの兄ちゃんたちのノブトい悲鳴が合唱になった。いおりんは、バックスクリーンのてっぺんから飛び降りちゃったんた!

自由落下する私の体。等加速でそのスピードは増す。きっとあと何秒かしたら世界でももっとも綺麗な赤い華を咲かすんでしょうね。
「それも悪くは無いかもしれないけど」
まだ死ぬ気は無い。私はまだ死にたくない。私の背中の翼が、どれだけ小型化しようとしても全翼5.8メートルが限界だったチタンセラミックとカーボンの翼が風を捕らえた。
翼の表面にびっしり着いているナノ素子が気流を整える。私の体は落下を止めて空に浮かび上がる。
『みんな、驚かせちゃったわね~、にひひっ』
私は空からみんなを見下し笑う。私を指差すファンのみんな。私はリハでもこれを隠していたから、貴音は心底安堵した顔をしてるし雪歩はやっぱり泣きだしちゃってる。
後で謝っておかないとね。でも、その前に。私のトップナンバーがその前奏を奏で出した。私が頂点に立つために、そのつもりで創られて歌った歌。でも叶わなかった歌。
♪今…Imagine… 世界にある無限の石♪
私は歌い始める。私に足りなかったものを思い考えながらね。滑空の都合で制限が厳しかったから、この日このフライトだけのスペシャルなダンスを踊りながら。
♪人…ひとつ… 色形違うAura♪
私のAura、私だけのAura。私は水瀬伊織だったことを思い出して、私は目覚めたわ。
やよいにも亜美にもできないこと、私だけができることに気付いたのよ。私はパパと兄さんに頭を下げて和解したわ。
♪自分は自分 自身とゆう自信 風や雨もかかってきなさい♪
私のファンのみんなのために、なんだから。私を信じる仲間たちに応えて、私の夢を叶えるために。
私はパパの望み通り水瀬グループの広告塔になることを承諾して、改めて頂点に立つことを誓い誓わされたわ。でも構わない。私は水瀬伊織、その自覚こそが私の自信だから。
♪やれば出来る やるから出来る さあ私は今…♪
代わりに私は、水瀬グループの全面バックアップを手に入れちゃったわ。水瀬エンジニアリングとミナセエアライン開発部は私に人工の翼を造ってくれた。
東京ドームを造った武中工務店と協調してドームの空調からどれだけの揚力が得られるか計算してくれた。
やればできた。やったからできた。たくさんの人の協力が努力が、私に空を与えてくれ、私を飛び立たせてくれたわ。なら私は。
♪DIAMOND♪
ダイヤモンドにならなくっちゃ。やよいも亜美も、パパも兄さんも、水瀬のエンジニアたちも、ファンのみんなもそれを望んでるんだから。
私という原石は掘りおこされ、カットされ研磨され、他の輝石や金銀に飾られた。私はたくさんの人の手によって素敵な宝石になった。そう、私はダイヤモンドなんだから。
♪Shine 光り輝け光 この心が狙うのは NO.1♪
私はドームの空をゆっくり旋回するわ。いくらステージが五つもあったってドームは広すぎ。でもこれなら光り輝く伊織ちゃんをどこからでも見られるでしょ?
みんながいてみんなの応援があって、私はナンバーワンを目指せる。独りでも一番になれちゃうやよいや亜美にはできないこと。私はみんなでナンバーワンになる。みんなとナンバーワンなる。
♪全世界のキラメキがほら私の物♪
みんなが私をナンバーワンにするんだから、みんなが私の宝物。世界に散らばる夢のキラメキ、すべて私の夢になる。
私がみんなの夢になって、私がみんなの夢を叶える。私がみんなをナンバーワンにする。
♪Shine 輝く為に生まれた どんな喜びの原石だって♪
みんな、輝くために生まれて来たんだから。誰もが輝ける。みんなが私を輝かせたように、私がみんなを輝かせる。みんな原石なんだから。
ダイヤモンドじゃないかもしれないけれど、ルビーやサファイアでもないかもしれないけれど、どんな石だって光り輝ける。私が光り輝かす!
♪キラ。・:*:・゜キラ。・:*:・゜ キラ。・:*:・゜キラ。・:*:・゜ もっと眩しくなれ♪
私はゆったりとメインステージに降り立った。私に空をくれた背中の翼はそのまま荷重となって私にのしかかるけど、関係無い。
関係あるわけ無いでしょ! 私は歌い、踊る。もっともっと輝け私! 眩しくなれ!
♪DIAMOND♪
私は、ダイヤモンドなんだから! 水瀬伊織なんだから!

いおりはメインステージで飛び跳ねた。あんなに重そなツバサを着けたまま、いつものよに踊る。ううん、いつもより高く跳ねて、おっきく動いてるよ。
いおりんが前に自分で言ってた通りだね。いおりんは確かにサイコーのステージパフォーマーだよ。
みんなが見てるステージの上、ライブがいおりんのシジョーの舞台。いおりんはライブでこそ光りカガヤくよ。それは、
「いおりんがイチバンわかってるんだ。ライブはヒトリでつくるんじゃないって。兄ちゃん姉ちゃんたちといっしょにつくるんだって。アイドルもおんなじ」
いおりんはファンの兄ちゃんたちをホントにアイシテるから。みんなのアイがいおりんをつくってるのを知ってるから。
「まだまだ、亜美のアイはちっこいね」
いおりんはひっろいセカイをアイシテるよ。私のアイよりずっとずっとおっきくいおりんはアイを巡らしてる。スゴいね。やっぱりいおりんはスゴいね。
「でも、負けないかんね。亜美ももっとおっきなアイを、手に入れるよ。きっとね」

ドームがコワレそなハクシュとカンセーを受けながらいおりんはタイジョーしたよ。それに合わせて今度はお姫ちんがステージに上がる。バックネット側のステージにね。
「およ。およ?」
そのお姫ちんのケハイがヤバい。いやお姫ちんはいつでもシンケンショーブだけどさ、シンケンゆーならまるでヒトを斬りそなフインキで。
『…先ほどの伊織の業、同じ事務所の仲間を持ち上げるのを仕方無しと思えるほどの快演でした』
んで、そんなフインキのままローローとゴンジョーツカマツルよ。何かトークとか言っちゃいけな空気でさ。亜美はこれでも元トップアイドルだから、ちゃんと空気読むよ?
『比して、非才の我が身が何を為さんと言うのか。重く悩まされるぱふぉおまんすでした』
いやいやお姫ちん何言ってんのさ。お姫ちんもいおりんと同じ、ケッテンなしのパーフェクトアイドルじゃん? フシギキャラもバカウケだし。
『伊織、貴女は貴女にしか為し得ぬことを為しました。ならば私も、私にしか為し得ぬことを為しましょう』
オーロラビジョンが控え室でメイクなおしてるいおりんを映したよ。いおりんはシンケンなヒョージョーでヒトツうなずいた。
『そして亜美。もはや亜美には必要の無いことにも思えますが、あの日たくしーの中にて言葉では伝えられなかったこと、それを我が行いで示しましょう』
わ、次は亜美なの? オーロラビジョンがいおりんに代わってライトステージの脇に立ってる私の姿を映す。私もいおりんみたく深くうなずいたよ。
お姫ちんがホンキもホンキなのはわかるもん。お姫ちんは、何かトンでもないことをするつもりだよ。
『ありがとう、亜美。それでは参りましょう。音響殿、みゅーじっくすたーと』
ドームに明るいメロディが流れる。お姫ちんの『フラワーガール』だ。
♪夢の中で また包んで ねぇ♪
お姫ちんののびやかな声が、キレイにカワイらしくのばされるよ。お姫ちんにしか出せない声、お姫ちんの歌だ。お姫ちんは歌いながら階段を降りる。
ジョーヒンにカワイらしく左右に手を振りながら。
♪もう! 花になりたーい ずっと あなただけのもの!♪
花道まで降りてきて、お姫ちんは歌いながら笑いながら花道のフチまで行く。そこでお姫ちんは、イッソウおっきく笑った。
膝を曲げてチカラをためて、花道を蹴って跳び降りる。キャクセキに向かって! マンセキのはずのグラウンド席なのに、お姫ちんはブジにチャクチする。
そこだけが50センチくらいの空き地があった。
♪いぇい♪
もうここからじゃ見えないけど、ビジョンに映るお姫ちんはジンコーシバの上でポーズを決めた。いやそれはマズイっしょお姫ちん。お姫ちんのソバの警備の兄ちゃん顔真っ青だから。
もうそこは兄ちゃん姉ちゃんたちの中だから!

愚かなことを、と我ながら思います。感極まったろっくやぱんくの歌手ならいざ知らず、私はあいどる、皆の偶像たらん者。それが客席だいぶなどおそらくは前代未聞。
「ですが、為さねばなりませんでした」
かつて真に日の本一のあいどるだった亜美に、私は不遜な言葉を吐いたのです。頂点にいた亜美の心に届かぬは道理。私も信じぬこと願わぬことを私は亜美に投げていたのです。
「頂点に在らずとも良い、などと」
上を目指さざるを得ぬのは人の業、それを否定した私の何という愚かさ。私もまた頂点を目指すあいどるとですのに。
「ですが、それは他を否定するものであってはなりません。そこだけは譲れません」
伊織は人々の助けを受け、天翔け人導くあいどるになりました。ならば私は。
「地に在りて、民と交わるあいどるとなりましょう。私はここで、おんりーわんにしてなんばーわんを目指しましょう」
驚くふぁんの皆さまの一人に、私は右手を差し伸べました。見ていますか、亜美。見ていますか、伊織。これが私の、あいどる道です。

♪あなたが来た! 待ちぶせするの でもやっばりサッバリ 目合わない。♪
「握手、してる…」
デンコーケージバンを見上げる私の口からコトバがもれちった。信じらんないよ。キャクセキに飛び込んじったお姫ちんは、歌いながらヘーゼンと握手会してる。
お姫ちんのまわりじゃ、兄ちゃん姉ちゃんたちが順番にお姫ちんの握手を待ってる。誰もシキってないよ。誰もユードーしてないよ。でもナンにもトラブってない!
♪どき☆どき☆した ハートがしぼむ もう シュン ねぇ bad bad you!♪
お姫ちんが一歩を踏み出すと、その一歩に合わせて道ができる。新しく十本くらいの腕が突き出されて、…でも、それだけだよ。
兄ちゃんたちはオトナしくお姫ちんが自分の手を取るのを待ってる。お姫ちんはカンペキにバをシハイしてる!
♪雲の陰から 応援してる 早く見つけてよ王子様 そのときをまってる♪
お姫ちんはただトップクラスのアイドルってだけでナンバーワンのアイドルじゃない。でもマチガイないよ。お姫ちんはオンリーワンでナンバーワンだ。
コンナコトできるアイドルなんて、ホカにダレもいない。いるわけない!
♪ねえ いいかな もっと笑顔送ってみて♪
え? その時外れた歌声が聞こえた。これは、はるるん? オーロラビジョンを見上げたらやっぱりはるるんが映ってる。
はるるんもグラウンドに降りて兄ちゃんたちと笑いながら握手してる!
♪そうよ 指の先まで 真っ赤になるわ あなたが好き!♪
あずさお姉ちゃんまで? ハズカシそうに左手をほおにあてて、でも右手は次から次とファンの兄ちゃん姉ちゃんの手を握って。
♪胸の奥が苦しくって ええ もう! 花になりたーい もっと 鮮やかなカラー♪
あっちじゃまこちんが、花道のすぐそばを走りぬけてく。右手をコブシにして突き出して、何十人何百人もの人たちの手のひらを叩きながら。
他のみんなもどんどん出てきて、ステージから花道から降りちゃう。
「亜美、私たちも行こうよー?」
真美が私に手を伸ばした。オモシロいこと見つけたって笑いながら。私はまだオドロキが抜けないよ。みんなどーして?
亜美も行きたいよ。でもやっぱしこわい。みんなどーしてそこまでできるの?
『亜美、聞こえるか?』
その時、亜美の耳のイヤホンから兄ちゃんの声がした。
『とんでもねえがな、不思議とうまくいってる。さすがウチのファンは良く訓練されてるな』
兄ちゃんは苦笑まじりに言った。兄ちゃんの顔が、ヒョージョーが亜美には見えた。
『亜美も行ってこいよ? ビビらずにファンのみんなを信じろ。亜美にもできるさ』
兄ちゃんが私の背中を押す。ホントはあの輪に入りたがってる私のキョーフを打ち消す、ヤサシイヤサシイ声。兄ちゃんが、兄ちゃんができるって言うなら、亜美は。
「まっかしといて。真美、私たちも行こう!」
私は真美の手を取って走り出した。まだホントはちっとこわいよ。でもダイジョーブ。私には、私を信じてくれる兄ちゃんと真美がいるんだから。

キンキュー握手会は大ハンジョーだったよ。みんな、たくさんのヒトがよろこんでくれた。中には泣いてお礼を言ってくれた兄ちゃんまでいてね、それはいいんだけどさ。
「ミキミキー、どこにいるのさー?」
カンケーシャイガイタチイリキンシのローカを走りながら私はさけんだ。
ミキミキは握手会にも出てこなくてね、まあ次はミキミキのソロだからってみんななんとなくナットクしてたんだけど、お姫ちんの歌が終わっても握手会がハケてもミキミキは出てこない。見つか

んない。
765はアイドルもスタッフもなくミキミキを探してるんだ。今カイジョーじゃピヨちゃんがヒッシのMCをしてるハズだよ。
「つーかどこかで昼寝してるよね、コレ」
マチガイないよ。まったくドームライブなのにさ。ミキミキはシンゾーが強いよねえ。
「あ、ミキミキ!」
とか考えていたら私はミキミキの姿を見つけた。キューケージョの自販機のライトがミキミキと、…ミキミキのプロデューサーを照らしてる。
ミキミキのプロデューサーはミキミキを後ろから抱きしめてる。ミキミキはウットリと目をつむってる。
「こ、こんなときにあばんちゅーる? つかミキミキ、アイドルとプロデューサーはマズいっしょ!」
ジブンのことをタナに上げて私はミキミキにさけんだ。ミキミキが目を開く。
「あ、亜美なの。どしたの?」
プロデューサーの腕のなかでミキミキはノーテンキに笑いながらそんなことを言ってくる。
「ミキミキのデバンだよ。みんな待ってる!」
私がモヤモヤをコトバにたたきつけると、ミキミキは顔をくもらせた。コトノジューダイさ、わかった?
「…そか。もう、そんななの」
ミキミキはミキミキのプロデューサーの腕に手をかけて開いた。プロデューサーから離れる。
「ハニー」
ミキミキのプロデューサーをミキミキは見上げた。そのシセンはヒョージョーは亜美にはとてもできないモノで、ノーミツにイミがありそうだった。
ミキミキのプロデューサーはだまったまま内ポケットからおっきなハサミを取り出してミキミキにわたす。
「ありがとなの」
ミキミキはハサミを受け取ると、キヨーに片手で髪をたばねた。迷うソブリもなく髪にハサミのヤイバをあてて、
「ちょ、ミキミキ!?」
ジョキン。私のセーシをムシして長い金髪を切り落としちった。ムゾーサに自販機のトナリのゴミ箱に捨てる。そのゴミ箱は缶ビンペットボトル専用だけど、今はそれどこじゃ。
「ナンで? ミキミキ今から本番なんだよ!」
「うん本番だね。じゃミキは行くから、サヨナラ、ハニー」
ミキミキはプロデューサーにハサミを返すと、走ってった。ヒトタチで切っちったミキミキの髪は長さもマチマチでもちろんゆれない。
私はミキミキを追っかけて走る。ミキミキの目にナニか光ってたよにみえたからさ。
「あれ、ミキミキのプロデューサーは?」
少しだけ振り向いたら、ミキミキのプロデューサーが非常口から出てくのが見えた。マンゾクそうに目を細めてる。そっちはステージじゃないのに、どこ行くんだろね?

ミキはレフトスタンドに登った。お客さんたちはミキを見て大騒ぎしてる。ミキが髪を切っちゃったからかな、たぶん。
「…あは」
それがなんだかおかしくて、ミキは笑っちゃったよ。ミキはホラこんなにも変わっちゃったのに、みんなミキの髪の毛なんてどーでもいいことで騒いでる。
「表せるかな、伝わるかな」
ミキのこの心をミキは表現できるかな。眠たいのガマンしてたくさん練習したけど、やっぱり千早さんや亜美みたいには歌えたことないし。でも、今なら。
「今なら、できそうな気もするの」
ミキの新曲、聞いて。ミキの心を聞いて。
♪ねぇ 消えてしまっても探してくれますか?♪
ミキはさっき、ミキのプロデューサーに完全にフラれたの。もうハニーにはミキといっしょにいて手に入るものは無いんだって。ミキがあげられるもので欲しいものは無いんだって。
♪きっと忙しくてメール打てないのね♪
ミキはハニーに何十回何百回メールしたかな? たった一年だけど、でもミキがこんなにメールした人はいないの。でもハニーはただの一度も返してくれなかったな。たったの一度も。
♪寂しい時には 夜空見つめる♪
夜の星空を見上げてハニーを想ったよ。ミキはハニーをスキだったから。アイドルとプロデューサーが付き合えないのはわかってるの。
でもハニーのアイドルをやってれば、ハニーといっしょにいられるから。
♪もっと振り向いてほしい 昔みたいに♪
でもそれも今日までの幻。明日からはもう会えないの。声も聞けない。振り向いて欲しかった。ミキだけを見て欲しかった。ミキの期待通りでなくてもよかったのに。
♪素直に言いたくなるの♪
結局素直にはなれなかったな。ううん言っちゃったこともあったけど、ジョーダンに流されただけ。
ミキはあきらめなければいつかって思ってたけど、きっとハニーの中ではあの時にスイッチが入ってたの。終わりの始まりのスイッチ。
♪ZUKI ZUKI ZUKI 痛い DOKI DOKI DOKI 鼓動が身体伝わる♪
ミキにはミキとハニーの間に壁が見えるようになったの。そう感じちゃうのが痛かった。でもミキはそれを無かったことにしたよ。
ハニーの表側は、壁のこっち側ははちみつみたいに甘かったから。
♪踏み出したら 失いそうでできない♪
踏み込んじゃいけないって思ったんだ。それが何かはわからなかったけど、ハニーには踏み込んじゃいけないとこがあるって。踏み込みさえしなきゃ大丈夫って思い込んだの。
♪ねぇ 忘れてるフリすれば会ってくれますか?♪
忘れたフリをしたの。何にも気付いてないフリをして、ミキ自身をだましてた。ハニーといっしょなの楽しかったから。それで、ただ時間だけが過ぎて。
♪待ち続ける 私マリオネット♪
ハニーが言うから、ミキなりにだけどがんばったの。アイドルランクも上がった。ハニーが誉めてくれるのうれしかったし。
ミキはハニーのお人形だったけど、それでもよかったの。いつかハニーが振り向いてさえくれれば。
♪貴方と離れてしまうと もう踊れない♪
なのに、ハニーは言ったよ。「美希はなかなかの作品になったが、この辺りが上限だな」 できることは全部試したって。もう私とは組む意味が無いって。
ひどいよね。ミキのハニーは、とにかくとことんプロフェッショナルなプロデューサーだったの。
♪ほらね 糸が解れそうになる♪
糸が切れたの。私を操る糸をハニーは放しちゃった。恋心の赤い糸はまだミキからのびてたけど、それだって先はハニーにはつながってなかった。最初からつながってなかったんだ、たぶん。
♪心がこわれそうだよ…♪
心、こわれちゃったかも。ハニーはミキのハニーだった。でもハニーは、ミキをただ担当アイドルとしか思ってなかった。ただそれだけなんだけど、ハニーは完璧なプロデューサーだったから。
ミキの恋心までプロデュースできちゃう、完璧なプロデューサーだったから。
「亜美!」
間奏の途中で、ミキは叫んだ。ミキは知ってるから。ミキとよく似た恋を、でも違う恋をしてる子を知ってるから。
「亜美はミキみたいなマチガイをしちゃ、ダメなの!」
アイドルとプロデューサーだからって、あきらめちゃダメなの。気持ちイイ関係だからって甘えちゃダメなの。
「亜美は、貫いて。亜美の夢を。亜美の想いを!」
ミキはできなかったけど、きっと亜美ならできるから。亜美と亜美のプロデューサーなら、きっと大丈夫だから。

「…受け取ったよ、ミキミキ」
私は右手を胸にあててつぶやく。結局ミキミキには追い付けなかった。歌だってトチューからしか聞けなかったけど、それでもジューブン。
「ミキミキのナミダも、ミキミキのプロデューサーのマンゾクげな顔も、ゼンブわかったから」
亜美の「スターレス」とちょっとだけ似てるんだ。亜美は「スターレス」を歌うためにゼツボーを見つめたよ。
ミキミキのプロデューサーはミキミキに「マリオネットの心」を歌わせるためにゼツボーを押しつけたんだ。ヒドイね。でもミキミキは、
「ミキミキのプロデューサーのココロを、受けとめたんだ…」
なんて強さなんだろね。きっとミキミキは「マリオネットの心」を歌い続けるんだ。ミキミキのプロデューサーのノゾミドーリに。
「…オーエンするよ、ミキミキの恋。亜美だけじゃダメだかんね。ミキミキもシアワセにならなきゃ、ダメなんだかんね」
そうだよ。ミキミキだってシアワセにならなきゃ。私はミキミキもスキなんだから。スキなヒトにはシアワセになってほしいんだから、亜美は。


とっても、心が痛い。美希さんはとってもとっても上手に歌を歌った。はずなのにどうして私はこんなに悲しいんだろう。
それにどこかで、すぐ近くで同じ気分になったことがある。でも何か、決定的に違う気がする。その何かはわからないけれど。
「バカね。ほんと大バカね。呆れるバカよね」
「り、律子さん?」
「姿が見えないと思ったらいきなり髪切って、おまけにセットリストまで変えて、しまいにはこんな悲しく歌うなんて。ライブの流れぶったぎりすぎだわ」
「そ、そんなに怒らないであげ」
「今回ばかりは許してあげないわ。美希も、担当のあと大バカ者も。ライブ終わったら後ろ飛びまわし蹴りをかまして、ぼっこぼこにする」
すごく物騒なことを言っている。いつもの律子さんの五倍増しで怖い。心の底から、私の知らない何かに怒っているのがわかる。
「でも、美希さんに怒られちゃうんじゃ」
「かまわないわ。あの子のためにやるんじゃないもの。私が我慢ならないの。どんな意図があろうと、深い絆があろうと、私の中では許されないことをした。ただそれだけ」
…そう言いながら、美希さんのために怒ってる。だって律子さんが本気で怒るときは、いつだって誰かのためだから。
誰かのために自分が鬼になるのもためらわない、すごい人。私にはそんなことできないから、尊敬している。
「でもまあ、まずはステージに佇みっぱなしのバカ者をしかりにいきますか。それとやよい」
「はい?」
「やよいも、美希のようにはなっちゃだめよ。それが、今の美希が精一杯搾り出した心の叫びだから。聞いてあげてね」
「……はいっ」
「それじゃちょっと行ってくるわね」
優しげで悲しげな表情を残して、颯美希さんがいるステージへ颯爽と向かう律子さん。
その背中をみて私は、知らずのうちに大人になろうとしている少女ってこんな人のことを言うのだろうと思った。
しかし、毎回思うけれど律子さんはあのハリセンをどこからだしているのだろう。
気がつけばいつも右腕にもっているけれど、取り出しているところを見たことがない。もしかして、超能力?
『いっつまでステージでぼーっとしてるかぁ! ちみはぁ!』
スッパーン!
『い、痛いの! ちょっと律子…さん! 少しは空気を読むべきだって思うな!』
『空気を読んだ分だけ時間の浪費なのよ。いい? このライブの一分一秒は途方もない価値なのよ? タイムイズマネー、理解した?』
『理解する気にもならないの! ていうか美希は結構いい感じで歌えたかなって思うんだけど?』
『ぼーっと佇んだだけ、余韻が消えていくのよ』
『よいん? 美希はぼいんだよ?』
『私の方がぼいんよ? って何を言わせるか!』
『だ、だから痛いの! もう……』
前代未聞のライブがいきなりコント風になっちゃった。ネタも何も決めていないのに、あの二人すっごく面白い。心の中はざわついて、それどころじゃないっていうのに。

「で、律子…さん」
「律子でいいわ」
「…あの人に何かしようとしてるなら美希、律子のこと一生許さないの」
「お生憎様。誰かに憎まれるのも恨まれるのも割りと慣れっこなの。だから私はやりたいようにやるわ」
「……やめて。あの人は悪くないの」
「そうなのかもしれない。でもこの件については美希も関係ないわ。悪いのはただ一人、妙な正義感と自分の心に素直すぎる秋月律子という性悪地味女がいたことだけよ」
「性悪地味女……あはっ、それいいね」
「次その名前で呼んだらハリセンよ」
「そっか、じゃ怖いからやめるの」
「賢明な判断だわ」
「……美希のやったことは間違いだったのかな?」
「私にはわからない。私は、美希のように、亜美のように、やよいのように、恋に溺れたことはないから。臆病者のシンデレラガールだから」
「うわぁお子ちゃまなの。それにシンデレラガールって、律子に似合わないの」
「何とでも言いなさい。あんたたちが強すぎるのよ。ったく、そんな重要な問題にノリと勢いだけで答えるなんて、どうかしてるわ」
「あはは。天才はそうあるべきなの。秀才の律子にはわからないの」
「そうかもね」
「でも、それもいいって思うな。一生懸命、時間かけて答えを出すのも、悪くないと思うの」
「秀才のりっちゃんはそっちで行こうと思うわ。さて、無駄話終わり。あんたはさっさと引っ込む」
「むぅ、せっかちさんなの。がっつく女は嫌われるの」
「あんたが言えた義理じゃないわね」
「…心が抉れるの。だから、だからね。ライブが終わったら、終わったら。…胸、借りて、も、いい?」
「ええ、だからまだ堪えなさい。女でしょう? 男でも耐えられない痛みでも、耐えてみなさい。終わったら、傍にいてあげるから」
「…う、ん」

二人とも動かなくなった。何か、話しているように見える。きっとそれは、誰にも真似できない、律子さんだけができる手厳しい慰め。
あずささんのように優しさだけじゃない、厳しさを兼ね備えた優しさ。
私も、律子さんのようになれるかな? 誰かに嫌われたとしても、誰かを慰めることが、抱きしめることができる人間になれるかな?
なれたら、って思っちゃだめか。…なろう。律子さんのように強くて優しい人に。
『きー! 聞き分けのない子ねぇ!? あんまりただこねるととって食っちまうわよー!』
『…うわあーんなのーっ!』
とても、なまはげを思い出したとは言えない。言ったら最後、私もとって食われてしまうかもしれない。そっと心の中にしまっておこう。
律子さんのなまはげ発言から逃げるように美希さんはスポットライトからすたこらと去っていった。嘘泣きと、本当の涙を混ぜ合わせたぎりぎりの嘘をついて。
『ふぅ、さてっと。私たちのコントの間にみなさんの体力はマックスまで回復したと思うんですけど、いかがですか?』
「おおお! 満タンだ! うずうずしてるよー!
「りっちゃーん! おれだー! 魔法をかけてくれー!」
「むしろ俺に魔法をかけさせてくれー!」
『警備員さーん。今セクハラ発言をしたファンの方連れて行っちゃってくださーい』
「ごめんなさーい!」
さっきまでおつうやむーどだった会場が一瞬で笑いの渦に飲み込まれる。場を盛り上げることに関して律子さんの左腕に出るものはいない。…右腕だったかな?
『セクハラはともかくとして! 私も一アイドルとして乗りたいわけですよ、このビッグウェーブに!』
ファンのみんなから歓声が上がる。どうしてこうもファンのハートを掴むのがうまいのだろう。こればっかりはどれだけ見習っても、一生真似できそうにない。
『それじゃいってみましょうー! 今回は曲を借りていきますよー!』
カバー曲を歌うのかな? 流れてきたメロディーは、とてもアイドルが歌うとは思えない、一度だけ律子さんが歌ったことがある曲。確か…。
「まるのうち、さでぃすてぃっく?」

まったく、ちょっとしたネタで入れた曲が役に立つなんて。ネタと言っても大好きだけどね。
この曲を作った人ほど、私はこの歌に愛を込められないけど今回ばかりは憤りを込めてみるとしよう。大バカ二人に向けて。
『報酬は入社後平行線で 東京は愛せど何にも無い』
報酬ねぇ、まああんまりあがってないのかな。気にしたことは無いけどさ。
『リッケン620頂戴 19万も持って居ない 御茶の水』
そんなお金持ってたら、私なら資格を取るための試験料に使うか小説でも買うわね。というか御茶の水なんていかないし。
『マーシャルの匂いで飛んじゃって大変さ 毎晩絶頂に達して居るだけ ラット1つを商売道具にしているさ そしたらベンジーが肺に映ってトリップ』
ったく、相変わらずのアダルト溢れる歌詞だこと。歌うといつも赤くなるわ。でもいまはならない。何せほら、怒ってるときって顔も赤くなるじゃない。これ以上ならないってわけで。
『青 噛んで熟って頂戴 終電で帰るってば 池袋』
にしたって、なんなのよあの二人は。勝手に自分たちだけで解決して、みんなとの舞台を台無しにしようとか。故意じゃないにしろ許されるわけないじゃない?
『マーシャルの匂いで飛んじゃって大変さ 毎晩絶頂に達して居るだけ』
ああもう。絶頂しそうなくらい怒ってるわ。思った以上に深刻ね、これ。どうしよう?
いやそりゃ、ぶちまけるしかないでしょ? ここまで本来の歌詞の意味無視でやっちゃったんだから。
『ラット1つを商売道具にしているさ そしたらベンジーが肺に映ってトリップ』
というかプロデューサーだったら何しても許されるわけ? 日本の法律様もちょっと笑えちゃう道徳主義も全部無視できるわけ?
あんなに可愛い子の髪の毛ばっさりいくことを決断させることもオーケーなわけ? ざっけんじゃないわよ。
『将来僧に成って結婚して欲しい 毎晩寝具で遊戯するだけ』
結婚すりゃいいじゃない。あんなワガママボディの一途な女の子他にいないんだから。甲斐性ならあるじゃない。
でもやっぱだめ。あんなぶーたれ捻くれた中年イケメンは始末に終えないわ。
美希もなーんで、あんな男なんだか。…同じアイドルだし、わからなくもないけどさ。
あーもう! ごっちゃごっちゃよもう! こうなったら叫んでやるわよ! そんで後でぼっこぼこにする!
『ピザ屋の彼女になってみたい そしたらベンジー あんたをグレッチで殴ってーぇ!』
…ちょっと歌詞変えちゃったけど、いいよね。だって、こんなにすっきりしてるんだもん。まあ、私が歌う最初の曲にしてはボディーに響いたかも知れないけど、新しい一面の披露ってことで。
少し疲れたし、後は任せるとしましょうか。大人のお姉さんに。

『さてさて、『いっぱいいっぱい』を期待していたみなさん! 驚いてくれましたか? 秋月律子が歌うカバー曲『丸の内サディスティック』。TV尺でお送りしましたー』
「エロかわいいよー! りっちゃんアダルティーだよー!」
「俺と一緒に毎晩寝具で遊戯してくれー!」
『はいはーい、警備員さんあちらの一名様ご案内お願いしまーす』
「ヤメロー! シニタクナーイ!」
『あははは! 冗談はさておいて、この調子でどんどんいきますよ~? まだまだ体力は残ってますねー?』
律子さんの問いかけに声援で返すファンのみんな。底なしのあつーい気を私たちに送ってくれる、元気のみなもと。私の元気のすうひゃくばい、すうせんばいだ。
今まで歌った人たちはその元気をもっともっと近いところで受け止めている。きっと、すごく重いけど、すっごく嬉しいと思う。
…私の番はまだかな? いっそ飛び出ていっちゃおうかな。怒られちゃうかな?
『ではお次です。ご指名入りましたーおねがいしまーす!』
『は~い、承りました~』
スポットライトが律子さんから外れ、何も無いステージを移動して次に照らしたのはあずささんだ。どっと驚きの声が叫ばれる。それはあずささんの着ている衣装に対して。
純白のプリンセスウエディングドレス。ライトに照らされて、キラキラ輝いているのは細かいラメかな? ドレスのボリューム、うねる波を思い出す形。
更に手にはマイクではなく花束をもっていた。もうそのまま誰かと結婚してもいいくらいに、あずささんはきれいだった。
『どうも、三浦あずさと申します。今回の衣装はウエディングドレス、プリンセスverでライブに参加させていただきます。どうでしょう? 似合って、ますか?』
カメラに向かってばっちりうわめづかいを決めたところ、会場にはあずさー! 俺だー! 結婚してくれー!
という叫び声しか聞こえなくなった。私も一緒に叫びたい。でもそれを堪える。ファンのみんなは、この瞬間だけしか伝えられないから。そこに私が入っていっちゃだめな気がしたから。
『嫁ぎ遅れるというので極力着ないようにはしていたのですが、今回ばかりは着させていただきましたー。これは、私なりの覚悟です』
…多分、今日のライブを絶対成功させるっていう覚悟だ。ずっとドレスを着るお仕事だけは避けてきたあずささんが、ここまでするなんて。
そのライブでみんな私たちを励ましてくれている。私はまだ子供で、これから長い間生きていくだろうけど。このライブでの出来事が、私が生きていく中で一番素敵な思い出になる。
そんな気がしてならないや。
『この衣装で歌うと、更なる勘違いが生まれそうですが、その無茶を通して歌います』

―――空にだかれ 雲が流れてく 風を揺らして 木々が語る

い、いきなりアカペラですかあずささん!?

目覚める度 変わらない日々に 君の抜け殻探している
Pain 見えなくても 声が聞こえなくても 抱きしめられたぬくもりを今も覚えている……
この坂道をのぼる度に あなたがすぐそばにいるように感じてしまう
私の隣にいて 触れて欲しい

このまま、何も考えずに、ただ歌う。私の出せる全力を乗せて。

近づいてく 冬の足音に 時の速さを 感じている 
待ち続けた あの場所に君は 二度と来ないと知っていても
Why 待ってしまう どうして会えないの?
嘘だよと笑って欲しい 優しく キスをして
遠いかなたへ 旅立った 私を一人 置き去りにして
側にいると約束をした あなたは嘘つきね

遠い。自分の声が、遠い。歌っていないみたい。私はまだまだ、未熟なのね。
だからもっと伸ばそう。だからもっと声を上げよう。大声で泣く赤ちゃんのように。
亜美ちゃんとやよいちゃんが、そうだったように。

もし神様が いるとしたら あの人を 帰して
「生まれ変わっても君を見つける」
僅かな願い込めて…

「I wanna see you―――――」

音楽が帰ってくる。私の隣に。
私を支えてくれた歌。私の隣に居続けてくれた歌で、このライブを見ているすべての人へ思いを届けたい。
ありがとう、を。

『この坂道をのぼる度にあなたがすぐそばにいるように感じてしまう』
今は自分の声が聞こえる。ちゃんと、歌えている。
『私の隣にいて 触れてほしいー!』
(遠いかなたへ旅立った 私を一人置き去りにして)
私はまだ、この歌の人のような恋をしていない。だから、始めるために覚悟を決めた。自分の気持ちから逃げないと。
『側にいると約束をした あなたは嘘つきだね―――――……』
やよいちゃん、亜美ちゃん、それに美希ちゃん。私も勇気を出してみるから。頑張ってあの人に、この気持ちぶつけてみようと思う。
それで、みんなだめだったら、四人でパーティーでもしましょうね。泣きながら。

シーン、て。シーンてしている音が聞こえる。それだけじゃなくて。静かに泣いている声も聞こえる。うつむいたまま、必死に泣くのを我慢しようとしている声が聞こえる。
私もまた、泣いていた。まるであずささんの隣に、見えない誰かが優しく微笑みかけているように見えた。
歌い終わったあずささんが顔をゆっくり上げる。優しい笑顔をして、花束の中にあるマイクを使ってしゃべりだす。
『…いっておきますけど、私、未亡人じゃありませんからね?』
飛び出した言葉から数瞬、ファンのみんなが笑顔になった。泣き顔なのに笑顔って、素敵な顔だなぁ。もしかして私もそうなのかな? だったら、鏡で見てみたいかも。
どんな素敵なぐしゃぐしゃ顔になってるかってね。
『はい、三浦あずさで『隣に…』でした~。ではここで、私からのプレゼントです。よいしょっと』
あずささんが花束の中にあるマイクを抜き出す。ってことは、確か、えっと。ぶーけとすだったかな?
『いきますよ~……そーれっ』
勢いよく花束が宙を舞う。それからゆっくりと落ちて、一人のファンの手元へとすぽっと落ちた。
『はーい。この花束を受け取ったそこのあなた。幸せになってくださいね?』
周りの人たちが羨ましそうに見る中で、その人はぴくりともしなかった。…軽く放心しているような。でも、私も願っていよう。あの人が幸せな家族と一緒に暮らしていくのを。
『これ以上ドレスを着てしまっていると、嫁ぎ遅れてしまうかもしれないのでそろそろ交代しますね~それじゃ、後お願いね?』
『は、はいですぅ!』
少し緊張しながら答えたのは、雪歩さんだった。大人なふんいきをだしていた二人の後で雪歩さんはどうするんだろう。
…わからない。でもきっとすごいことをする。それだけはわかる。
『は、萩原雪歩十七歳! まだまだ未熟者でこんな大舞台に立っているのもドキドキです。でも、でも! 私を応援してくれる人のために一生懸命歌います! 歌いきります!』
マイクを両手で握り締めて、勢いよく言い切る雪歩さん。その姿に、千早さんの面影がダブって見えた。歌姫と言われる千早さんに、重なって見えた。
やっぱりただじゃ終わらないなんだって思ったら、もう泣いてなんかいられなかった。押し寄せてくるドキドキとワクワク。
雪歩さんの歌が聞きたくて聞きたくてもう待ちきれない。
『私の集大成、聞いてください! 「Kosmos,Cosmos」!』
みんなが大好きで、私も大好きで、雪歩さんが一番好きな歌。今日はどんな気持ちを込めて歌うんだろう? とっても楽しみだなぁ。

あわわわ、遂に始まっちゃったよぅ。こんなにドキドキするの初めてでどうしたいいかわかんないよ!
穴掘って埋まりたい穴掘って埋まりたい穴掘って埋まりたいぃ! …でも。
『Kosmoc,Cosmos 跳び出してゆく 無限と宇宙の彼方』
跳び出したい。みんなと一緒に、どこまでも飛び出したい。だから埋まってなんかいられないよ!
『Kosmoc,Cosmos もう止まれない イメージを塗り替えて』
これまでの私なんかじゃいられない。塗り替えて、上書きして、今以上のCosmosを咲かせないと。
『ユラリ フワリ 花のようにユメが咲いて キラリ 光の列すり抜けたら二人』
(Access to the future Reason and the nature)
『つながらハートに伝わる鼓動が乗り越えたデジタル マイナス100度の世界で何も聴こえないけど ほら』
いやあああ! 今何歌ってるどこ歌ってるちゃんと歌えてるの!? わかんないけど、止まれないよ! みんなが繋げてきたこのリレーを私が止めちゃうなんて絶対嫌!
やよいちゃんに、亜美ちゃんに絶対繋ぐんだから!
『またボクとキミを導いたブーム ステキな出来事を探してビーム』
ま、間違えちゃったー!? 何のビームがでるの!? あっでも、ボクとキミを導いたブームはありかも? ってそれどころじゃなーい! サビ、サビ!
『Kosmos,Cosmos 跳び出してゆく 冷たい宇宙の遥か Kosmos,Cosmos もう戻れない スピードを踏み込んで ヒラリ フラリ 惑星と巡る極彩色 ハラリ 語り継いだ物語と未来』
(Nexus for the future Season and the neture)
…もうごちゃごちゃ考えるやめ! ちゃんとしよう! 私のKosmos,Cosmosはもっと咲けるはず。
どれだけ私がひんそーでちんちくりんで犬が嫌いの若干男性恐怖症でダメダメな子だったとしても、この歌は違う!
私を、理想の私へと導いてくれる歌なんだ。
もうどこ歌ってるのかもわからないけど、大丈夫。体に染み付いてる、この歌を知っている私の細胞が歌ってくれる、踊ってくれる。私とKosmos,Cosmosならきっと跳べる。
そう、宇宙の果てなんて軽く超えられる。
そして渡すんだ。ずっとずっと先へ行ってしまったやよいちゃんと亜美ちゃんに、手渡したかったバトンを。そうすることでやっと届く。
だから、だから!
♪Kosmoc,Cosmos 跳び出してゆく 無限と宇宙の彼方♪
私!
♪Kosmoc,Cosmos もう止まれない イメージを塗り替えて♪
やよいちゃん、亜美ちゃんに!
♪ユラリ フワリ 花のようにユメが咲いて キラリ 光の列すり抜けたら二人♪
届いて! 私のKosmos,Cosmos!
(Access to the future Reason and the nature
 Nexus for the future Season and the neture)
…届いた、かな? …きっと、届いたよね。

届きました。雪歩さんの思いもまた、私と、きっと亜美にも届いたって思います。だから私も跳びます。
雪歩さんが自分を変えるほどに跳びこんだ宇宙のもっと先まで、みんなと、亜美と一緒に。見ていてくださいね。見ていてくださいね。きっと、跳び越えて戻ってきちゃいますから。
『ありが、とう……ございますううぅぅぅ!』
一度大きく息を吸ってから、精一杯の大声をマイクに叩きつける雪歩さん。それに応えるようにファンのみんなも声援を絶やさない。
「雪歩の諦めないで頑張る姿が一番好きだー!」
「ゆきぽー! きゅってしてくれー! 俺を爆発させてくれー!」
『ありがとうございます……ありがとう、ございまずぅ……』
温かいみんなの声に思わず泣いてしまう雪歩さん。もうこのライブでどれだけの涙が流れたのかな?
でもちっとも悲しくない。だってみんなが流した涙は、うれしいとか、感動とか、そういう心が温かくなる涙ばかりだから。
このライブが、そんな涙で埋め尽くされるといいなぁ。そのために私もがんばろう! もうすぐ出番なんだから、精一杯みんなの気持ちの分も歌わないと!
『ず、ずいません。ひくっ、わ、私の次はみなさんお待ちかねのアイドルで、すよ? 応援してあげてくださいね?』
精一杯笑顔を作ってから、スポットライトからするっと抜ける雪歩さん。今にも泣き崩れてしまいそうだ。それを優しく真さんが抱きしめてあげてた。
…やっぱり、真さんが王子様にしか見えない。さっきはお姫様にも見えたんだけど、不思議だなぁ。
次は誰が来るのか、と言ってもまだ歌ってない人はそういない。だからこそ私の心もばくばくしてるんだ。
だってもうすぐ、私が歌うのだから。
この心をみんなに、届けられるのだから。絶対に届けよう。私たちの気持ちを。物語を。伝えられるだけ。


雪歩ってば無茶振りするなあって思った。「みなさんお待ちかねのアイドル」かあ。まったくもうそれは。
「それはやよいとか亜美のことじゃない。私のことじゃないから。出にくいなあ」
眉を落としてののわってみる。確かに私は765で最初にDランクになったよ。雪歩も真もFランクをうろうろしてたころに、私は運をつかんでそこまではトントン拍子。
歌のお仕事はほとんど無かったけど、全国放送の番組にもちょくちょく出るようになった。ひな壇が多かったな。
カメラに映る時間短かったからとにかくおもしろいこと言わなきゃってがんばってたら、バラエティのお仕事には困らなくなった。
ラジオじゃ冠番組までいただいちゃって、順風満帆なアイドル生活だった。
「でも、思い出しちゃったんだ」
千早ちゃんやあずささんが765に来て、抜群の歌唱力を引っさげて鳴り物入りのデビューをしたんだ。真や響ちゃんもダンスが認められ始めた。
歌やダンスで自分を表現するみんなを見て、私も歌が好きだったことを思い出した。歌でみんなに元気を上げたくてアイドルになろうとしたことを思い出したんだ。
「でも私、歌ヘタだったからねえ」
あ、嘘付いちゃった。今もヘタだった。とにかく歌で何かを伝えたくて、ヘンなことばかり言う私のプロデューサーさんと二人三脚でいろいろチャレンジした。
変化球な歌を歌ったこともあったな。私はそのたびに黒春香とか白春香とか噂された。
「それで、諦めたんだった」
やれることは全部やって、やったつもりになって、私は諦めた。千早ちゃんの歌も真のダンスも、まさにタレントなんだからって。
才能がある人にはかなわない、だから私は私のできることをしようって、すっごく前向きな気分で諦めた。
「…そこに今度は亜美真美とかやよいだもん。困っちゃうよ」
亜美も真美もやよいも歌はうまくなかった。でもそんな歌でもあんなにみんなを感動させて。
亜美をゲストに迎えての生放送だったあのラジオ収録、亜美にとっても奇跡だったらしいあの生収録の日に、私は間近で亜美を見た。間近で亜美の歌を聞いた。そして私は決めたんだ。
「もう一度、ちゃんと歌を歌おう。私は歌が好きだから。歌うことが好きだから」
ってね。それからめいっぱい練習した。すこしでもうまく歌えるようになりたかったから。プロデューサーさんともみんなとも嘘一つなくぶつかった。
自分もファンのみなさんも誰一人裏切りたくなかったから。
「聞いて。みんな私の歌を聞いて。私も歌うから」
千早ちゃんみたくうまくは歌えないけど、亜美ややよいみたく、心を込めて一生懸命に歌うから。嘘偽りないまっさらの天海春香を歌うから。

はるるんがステージに上がって、私は目をしばたいた。ホントはやっちゃいけないんだけどまぶたの上から目をこする。ツカレメか何かだと思ったんだ。でもチガッタよ。
「はるるんにゴコーがさしてるよ。ナンマイダブナンマイダブ」
トナリで真美が手を合わせてる。マチガイナイんだよやっぱり。はるるんのリンカクはあふれる光の中にぼやけてる。はるるんはうず巻く光に抱かれて、七色に輝いていた。
「…女神さまや。女神春香さまがご降臨なさった…」
チンモクの東京ドームのドコカからそんな声。ちっさな声だったのに亜美の耳に聞こえた。いやエンシュツなのはわかってるよ? でもそれをホンモノの神様かもってサッカクさせたのは、
「はるるんの、キハクだ…」
千早お姉ちゃんやお姫ちんみたくピキピキしてるわけじゃないんだよ。ユルヤカーにはるるんは笑っている。でもそのほほ笑みに私も会場もケオサレて。ジブンからヘーフクしたくなるよな。
♪YES♪ 広い空のような みんな夢を見てる そして叶えてく♪
はるるんが歌う。ヤサシイヤサシイ歌声をドームに響かせる。「イエス」、ただそのワンワードで私はユルサレた。ミトメられたって思った。コーテーされたんだ。
ユメを見ること、んでユメをかなえるためにがんばること、そのスベテがミトメられた。はるるんはそれをオーエンするって言ってくれた。
♪輝くこの宇宙で♪
カガヤくウチュー、だってさ。亜美にはわからない、わからなかったウチュー。「スターレス」で亜美が歌ったシッコクのウチューは、亜美に見えてたウチューなんだ。
星一つないよな真空でも、はるるんが見たらきっとダイギンガダンの一部。星キラメいてカガヤくウチューなんだ。
「…神様のシテンだよ、ソレ。はるるん、どんだけ高いトコに行く気なのかな?」

♪どこ行こう Miss My Self どこがいい? 向き不向きじゃなく ねぇ前向きで歩いてゆこう♪
私は伝えたいんだ。向いてるかどうかなんて関係ないよ。だって一度切りの人生だよ? 行きたいところを目指せばいいんだ。生きたいように生きればいいんだ。
♪何しよう Miss My Hands 何がいい? 後向きになった時は 後が前に変わるんだ♪
挫折することもあるよ。私は何度も折れそうになった。うつむいたっていいじゃない。後ろ向いちゃったって。新しい何かが見えるかもよ? 人生は続いてく。続いてっちゃうんだから。
♪今 たった今 幸せになれる気がしたの だって ここまでこれた私だもん♪
幸せになれるよ。私は幸せになれる。みんな幸せになれるよ。だって、幸せになるために生まれてきたんだもん。幸せになるために生きて来たんだもん。
♪YES♪ 広い空のような みんな夢を見てる そして叶えてく だから未来がある♪
大丈夫だよ。みんな間違ってない。誰も間違ってない。そりゃ失敗や勘違いもあるけど、夢を持っていれば。ほんのちょっぴりでも夢に向かっていれば、未来は開けるよ。
だって、私だって夢がかなうんだもん。まだまだ遠い夢ばかりだけど、アイドルになりたいって、歌でみんなに元気をわけて上げたいって夢は、かないつつあるんだから。
♪YES♪ もし今日に意味があれば ひとつだけでいい どうか明日になる為であれ いいでしょ神様♪
今日に意味はあるよ。辛い今日でも、明日のしるべになる。そうやって毎日を生きて行くんだ。それがきっと神様が望んだことだよ。そうですよね、神様?

『ありがとうございます! ありがとうございます!』
今日のライブでもイチダン上の大カッサイを受けながら、はるるんはオキアガリコボシみたくぴょこぴょこ頭を下げてる。両目からナミダこぼしながらね。ソレどーなのとは思うけど、
「…サスガだよね、はるるんは」
はるるんはそれでよいんだ。いやいや、はるるんはそれがよいんだ。はるるんはアイドルなんだから、みんながユメ見るグーゾーなんだから。歌もダンスもジョーズじゃないはるるんだけどさ、
「はるるんこそが、アイドルの中のアイドルだよね?」
そう思うよ、亜美は。
「んっふっふ~、それはどーかな亜美君!」
とかカンガイふけってたら、近くからよく聞いた声。私はゼンゼンチガウって思うけど、みんなは声までおんなじって言う声は、真美の声だ。
「アイドルオブアイドルズ、ジブンかやよいっちでなきゃはるるんて、そのニンシキどーなのさ、亜美ー?」
ニンヤリと笑いながら真美。ああそれはイタズラする気マンマンの笑い方だ。
「ま、亜美はそこで見てなよ。真美のスペシャルパフォーマンスをさー?」
んで、トップアイドルのダッシュをセンゲンしてくる。んー、まあ、
「ガンバってねー、真美ー」
オーエンするよ、亜美は。あ、真美がイッシュンだけフキゲンになった。
「…まあいっか。でもさ亜美、亜美は忘れてない? 真美と亜美は双子なんだよ?」
いや忘れるとかそーゆー話じゃないからソレ。ナニ言ってんのさ真美。
「亜美の考えてることなんて、真美にはゼンブオミトーシなんだゼ? じゃ、行って来るかんねー?」
真美はスタコラサッサとステージに出ていった。

「ま、なんてゆーかさ」
はるるんを追い出したメインステージの上、私は口の中でつぶやく。
「亜美も兄ちゃんも考えすぎなんだよねー。ナンでそんなカイシャクしかないとか決め付けるのさ?」
ゆきぴょんの『Kosmos,cosmos』いっぱい聞いてるはずなのにね? 歌はココロなら、こめるココロを変えれば歌は変わるハズじゃん? 私はそー思うな。
サッキョクカのおじちゃんにこっそしソーダンしたら、ナンかやたらカンドーしてたし。あ、サッキョクカのおじちゃんは今回のシコミのキョーハンシャなんだよ。
兄ちゃんも知らないシコミのね。
「じゃ、歌おっかな」
カンセーシツの方を向いて私はウィンク。すぐにドームにゼンソーが流れた。真美の歌『黎明スターライン』のゼンソー、じゃないんだなコレが。
会場がざわめく。兄ちゃん姉ちゃんたちはやっぱりすぐに気付くねえ。
♪ふわり 静寂をつらぬき 空の 色が変わってゆく Deepviolet♪
デイライトじゃなくてディープバイオレット、「スターレス」の方だよ。兄ちゃんにもヒミツのサプライズ! コレは亜美イガイには歌えない歌、のハズだよね?
でも歌はココロだから。それに真美は亜美と双子だから。
♪目指してきた 大圏 飛び立て♪
大圏コースをなぞってウチューへ。きっと南北大圏だよ。窓の外はギョーアンが広がる。「スターライン」はサニフルな昼間の出発だった。でも「スターレス」は夜明けに出発するんだ。
♪胸に湧き上がる 気持ち 最高?感動?♪
どんなケシキなんだろね? 夜と昼のハザマ、青と緑のセーソーケン。キョクホクにはオーロラが降りて、行く先はムゲンに連なる星の海。サイコーだろね。カンドーだろうね。
♪いつか 約束した軌跡 Shootingline♪
流星のキドー、約束のキセキ。亜美はそれを兄ちゃんにしたんだよね? イッポーテキにさ。ま、それはそれでいいんだけど、真美はチガウ約束をしたいよ。
ダレかを置き去りにする約束じゃなくてさ、イッショに行く約束をしたい。それならきっと、チョクセンのキセキでもツラクないよ。サミシクないよ。
♪突き進んで今 展開 溢れはじめる Break down, apart!♪
突き進もう。あふれるナニかでぶっコワしちゃおうよ、亜美!

突き出された腕、広げられた手のひら。私は舞台ソデなのにさ。ファンの兄ちゃんたち姉ちゃんたちからは見えないのに、それでも真美は私を誘う腕を動かさない。
タシかに今日のライブの言い出しっぺは亜美とやよいっちだけどさ、ダメだよ真美、真美はアイドルなんだから。
♪僕たちはそこで 君と出会った ミタサレた ココロ♪
真美はフドーのままに歌う。ああ、そんな歌詞だったね。元を創ったのはおじちゃんだけど、亜美が創った歌詞だ。私は最初から歌ってた。
「僕たち」が「君」と出会った歌だったんだ。あの人と出会ってミタサレた私たちは、スキをキョーユーしてる。キョーカンできる。私たちはソレを語り合える。
私にはそんなトモダチが、仲間がいる!
『…おい亜美どうした? ファンのみんなが待ってるぞ?』
そしたら耳のイヤホンから兄ちゃんの声。びっくりした。
『いったい何小節真美を固めとくつもりだ? 今の亜美なら、あんな「スターレス」も歌えるだろ?』
…アオるなあ兄ちゃんは。わかったよ、亜美はソソノカされてあげるよ。
「おーけ、兄ちゃん」
亜美はちっとばかし勇気を込めて、右足を踏み出した。
♪聴こえるよ 君と僕の夢が照らす 地球の光♪
右に左に手をフリながら花道を走る。センジョーのよな会場、バクゲキのよな声援の中、亜美は走るよ。ずっと手を突きだしたままの、ずっとシンライの笑顔を私に見せたままの真美に向かって。
♪さあ! もっと彼方へ 飛ばそう夢を♪
私は真美の手をにぎる。真美が私の手をにぎり返す。イッシュンのメクバセの後、にぎり合った手を中心に体を入れ替えて半回転。胸を開いて反対の手をのばして。
合わせなんていらない、亜美と真美は双子なんだから。フタリならユメを飛ばせるよ、どこへだって。
♪いつでも確かめられる カガヤキ♪
いつでもタシカメられるよ。私には真美がいる。やよいっちがいて、仲間のみんながいて、ファンの兄ちゃん姉ちゃんたちがいて、んで亜美の兄ちゃんがいる。
みんなカガヤいてて、みんながみんなをカガヤかせてる。みんながいるから亜美はカガヤくことができるんだ。
♪新しい波で 君に届ける 切り開くよ 時代♪
亜美は探すよ、新しい波を。兄ちゃんにみんなに新しいナニかを届けたい。切り開くよ。亜美はアイドルだかんね。
亜美は生まれ変わって、生まれ変わった亜美は時代を生まれ変わらせるよ。
♪共鳴♪
うん、亜美はタシかにキョーメーしてるよ。真美に兄ちゃんにやよいっち、ホカにもたくさんのみんなと感じあえるてるよ。
♪欣快♪
亜美はみんなとセカイとツナガッテるよ。このカンジ、キモチイイね?
♪幸甚♪
亜美はシアワセだよ。ダレから見たってマチガイナクね。でしょでしょ、シアワセそうっしょ?
♪連綿♪
亜美は兄ちゃんがスキ。亜美はみんながスキ。スキでいるコト認められたんだかんね。
♪感応♪
亜美はカンジあえるよ、兄ちゃんと真美と、みんなと。みんなも亜美のココロ、シアワセなココロ、カンジてほしいな。
♪広大♪
広いセカイに、アイが広がってくよ。亜美のちっさかったアイ、ワガママでイッポーテキだったアイが、広がってく。
♪汎愛♪
ドコまでアイせるかな亜美は。ゼンブをアイしたいな。だってここは亜美のいるセカイだから、みんなのいるセカイだから。
♪悠遠♪
この新しいユメが、亜美の新しいユメが、どうかエイエンでありますように!
♪到来 黎明 Swing-by! Starless's Day♪
ココが亜美の新しいスタート。亜美たちの新しいスタートだ。亜美はたどり着いたよ。ムカシの私はスイングバイだ! さあ行こ、星無いセカイでもコワくなんてない!
♪飛びこめ! 果てまで!♪
亜美には、みんながいるから。真美とやよいっち、ジムショのみんなに兄ちゃんたち姉ちゃんたち、ナニより兄ちゃんがいるから!

ソーカイだあ、って思った。歌い切ったよ。新しい亜美を歌い切った。ムガムチューのダンスもナンでか真美とキレーにシンメトリーだったし。ツナガッテたんだよきっと。
一曲のハンブンのさらにハンブンだけなのに、ヒローコンバイだよ。それにこのハクシュとカンセーの嵐。
「亜美ちゃーん!」
「真美ちゃんも、最高だったー!」
ドーニカ聞き取れたのはそれくらい、あとは声ってゆーか音ね。グワングワンひびきあっちゃってる。
「…やりとげたあ」
汗だくだよ。汗が目に入ってイタい。ナミダがにじんでショーメイがまぶしい。でも目はとじたくないな。ヤキツケたい。イッショー忘れないように。この、サイッコーのステージを。
「あれあれ~? ナンか聞こえない亜美ー?」
とかヒタってたら真美がクチはさむよ。コレだけうるさきゃソラミミもあるジャン? 空気読んでほしいな真美は。
「…あ! 亜美亜美、ジュンビしなきゃ! 歌が始まっちゃうよ?」
真美のケンマクに私のイシキがスパークする。そしたらハッキリ聞こえた。アレは、
「げげげっ? 『ポジティブ!』の前奏じゃん!」
うわ兄ちゃんヒドいよ~。タシカに真美の後は亜美で『ポジティブ!』のセットリストだけどさ、コチトラへろへろなのに~。
「ダイジョブだよ亜美」
ひざがくずれかかった亜美の腕を、真美がつかんだ。真美は私を引き立たせる。
「亜美はトップアイドルなんだから、歌わないとダメっしょ。ダイジョブ、真美がフォローしてあげるからさ!」
え、真美? だって『ポジティブ!』は真美を亜美にさせた歌だよ? 真美に『アイドル双海亜美』を押しつけた歌だよ?
「『アイドル双海亜美』で、真美が何回『ポジティブ!』歌ったと思ってんのさ。レンシュー入れたらナンゼンカイかわかんないよ。歌もダンスも、忘れっこないじゃん!」
…どーしてみんな、亜美を泣かすのさ! 亜美はまた泣いちゃうよ。ウレシクてウレシクて泣いちゃうよ。
「亜美泣かない! 泣くのはステージが終わってから。さ、行くよ亜美!」
うん、歌おう真美! 私と真美はそろって口を開けた。
♪悩んでもしかたない ま、そんな時もあるさ あしたは違うさ♪
真美はすごいな。真美はいつも私を助けてくれる。亜美がイチバンヘコんでたときも、真美はソバにいてくれた。
♪目覚ましで飛び起きて 笑顔で着替え いつものバス飛び乗り 仲間とダベリ♪
「スターレス」は亜美にしか歌えないゼツボーの歌、ゼツボーの先のアイの歌だったのに。それをあんなに明るく歌いこなして。亜美にまであんな楽しく歌わせて。ホントにすごいな。
♪授業がタイクツ メールでつぶす 帰りにどこ行く? クレープ食べたい♪
楽しい学校のケシキだ。タイクツな平和。ゼツボーなんてなくて、キボーとユメとが溢れてて、それがアタリマエだから考えることもない、シアワセなケシキ。
亜美のトナリにもあったのに、そんなセカイに住んでたのに、亜美には見えてなかった。
♪気がつくとも一人 仮面つけた自分がいる 本当はカラ元気なんじゃないの? どうなの?♪
亜美はもう仮面をかぶってないよ。私をギセーになっても兄ちゃんの願いを、ナンてギゼンだ。いやギゼンならよいけど、亜美はウソツキだった。ジブンでジブンにウソをついてた。
そりゃカラ元気に決まってるよ。うにゃ? 真美が私にニヤリって笑った。あ、おけおけ。やろうよ真美!
♪ママの説教 パパのイビキ 進路の相談♪
亜美も真美もそこまで歌って手のマイクをステージの外に向ける。キャクセキの兄ちゃん姉ちゃんたちに。
『サイアク~』
よっしゃあ! 兄ちゃんたちたくさん返してくれた。もしかしら何千人とかかも。サスガよくチョーキョーされてるねー?
♪来週英検 突然持検♪
『つか教科書忘れたぁ~~!』
今度はもっとたくさん! すごいすごい! 私は真美に歯を見せて笑う。シセンをキャクセキに向けてアゴで示す。やっちゃおうよ。やっちゃえるよ、マチガイなく!
真美がうなずいた。うん!
『兄ちゃんたちもいっしょにぃ! WOW WOW♪』
亜美と真美の声がハモる。真美がカモォン!って手をふり上げる。着いといでよって、いっしょに歌おうって。そしたら、
『♪悩んでもしかたない ま、そんな時もあるさ あしたは違うさ♪』
合唱がおこった! 合唱だよ大合唱だよ。兄ちゃん姉ちゃんたちがいっせいに歌いだした。
『♪ググってもしかたない 迷わずに進めよ 行けばわかるのさ♪』
合唱の声がどんどんおっきくなる。どんどんたくさんの人が合唱する。すごいすごい!
『♪ヘコんじゃった時は 一発泣いて そして復活するのさ♪』
正面のおっきなオーロラビジョン?じゃいおりんとひびきんがカンペキな笑顔で歌ってる。あっちのディスプレイじゃはるるんに千早お姉ちゃん。
あ、まこちんにゆきぴょんなんてカッテにステージ上がっちゃってるし。まいーけど、楽しいし!
『♪そんでもダメなら シャワー浴びて そのまま爆睡するのさ♪』
アイドルもファンもない、ステージの上も下もない、三万人の大合唱! きっとこれが、「会場が一体になったライブ」なんだ! すごい。みんな、みんなすごいよ!
「さ、オゼンダテはバッチシだよね?」
私はニンヤリと笑った。ココからじゃ見えない子を思うよ。
「シメはたのんだゼ、やよいっち!」
見てもないけど思いっきり腕が空を切らす。でも確かに聞こえたんだ。
手の平と平がぶつきありあった、パチン、って音がさ。


「高槻やよい、あくせるふろすろっとる全力全開で歌わせてもらいまーす!」
準備なんてしてないけど。気持ちの整理もついていないけど。なんていうか、今はこの勢いのまま、何も考えないで飛び込みたい。
ファンのみんなの心の奥の奥、私たちアイドルみんなを応援してくれる優しい気持ち。もっと間近で触れていたい。できるだけ近くで歌いたい。
そしたらね、歌う曲はもう決まってたんだ。何回歌ったかわからない、誰かには聞き飽きたって言われちゃうかもしれない。
でも、だけどそれでも今の私が歌えるのはこれしかない。だってみんな、あんなにキラキラ輝いているんだから。
それを応援したい。ファンのみんなと一緒に応援したい。だから、歌うんだ。
♪フレーフレー頑張れ!! さあ行こう  フレーフレー頑張れ!! 最高♪

パアンッ!

曲が始まったと同時にステージにつけられていた花火みたいなのがどばーん!って鳴った。上に立っていたらそのまま空のお星様をとれちゃうかな?
『どんな種も蒔けば芽だつんです マルマルスーパースター!』
はい、こんな私でも芽になりました。
『どんな芽でも花になるんです マルマルスーパースタート!』
はい、こんな私でも花になれました。綺麗かどうかは、わからないですけど。
『お金じゃ買えない程大事です アッパレスーパーガール!』
お金じゃ買えない物もいっぱいできました。苦さと辛さも消費税でついてきましたけど。
『笑う門には福来たるです ヒッパレスーパールール!』
今の笑ってる私にはさいっこうの福がきたってます。この笑顔が証拠ですよ?
『晴れがあって 雨があって』
晴れもあった、雨もあった。でも最後はこうして。
『さあ虹がデキル!』
毎回したたらずになる次の場所、今日はどうかな?
『心と夢で 未来がれきるぅ~!』
だめでした。でもみんな喜んでくれてるからいいかなーって。えへへー。よーし、次もっがんばろーっ!
『ミラクルどこ来る?待っているよりも始めてみましょう!』

―ホップステップジャンプ!!―

『キラメキラリ! ずっとチュッと 地球で輝く光!』
多分、ここが一番輝いてます。私も、みんなも、太陽なんて目じゃないくらいに目立っちゃってます。
『キラメキラリ! もっとMoreっと 私を私と呼びたい! トキメキラリ! きっとキュンッと 鏡を見れば超ラブリー!』
超ラブリーに見えてたらいいなぁ。そう見えるようになれてたらいいなぁ。
『トキメキラリ! ぐっとギュッと』
どこまでもぎゅ~~っと!
『私は私がダイスキ!! イエイ!』
どうにもならないくらい、大好き。
『フレーフレー頑張れ!! さあ行こう』
フレーフレー頑張れ!! 最高♪
……今まで落ち着いていたのが嘘みたい。うん、全部嘘だもん。もう、じっとなんか、してられないよ! ビックリマーク全開でいっくぞー!

『どんな卵だってカエルんだぞ!! ワクワクテカカ!』
かえりましたよ! 見事に! アイドルとしてー!
『金色じゃなくても眩しいんだぞ! ドキドキピカカンカン!』
みんなみーんな! どんな色でも眩しいんだぞー! もっともっと輝けっ!
『ランプと壷を買ってみたんだぞー! アラアラウララ! クシャミが擦ってみてみんだぞ~ アダブラカタブララ!』
買ったのはあずささん! ってわけじゃないけどそんな感じ? それにアダブラカタブラってなんだろ? まっいっか!
『宇宙かーらー 見れば地球も流れ星! だからー願いーは叶っちゃうかな~!』
私の願い事は至って単純。このライブがもっともっと楽しくなりますよーに! それじゃ成功の呪文いってみよう!
『とうきょとっきょきょかきょく きゃかきゃかあれれ? みんなもいっしょにーうーたって!』

―キラメキラリ! ちょっとフラット!―
『うぅ~!』
―それでも私のメロディー―
『らりほ~』
―キラメキラリ! ピッとビビッと!―
『ビビッとー!』
―元気に歌えたら! 『ALL OK!』―
―テキパキラリ! パッとパパッと!―
『パパッ!』
―お楽しみまだこれから!―
『えへっ!』
―テキパキラリ! GOODニカッと―
『ニカッと~!』
―『最後に笑うのはワ・タ・シ!』―

『『ギターソロ カモ~ン!』』

うぅ~、一旦休憩。じゃないともうふらっふらだよー。こんなに疲れたことなんてなかったのにー。
それに亜美も一緒にギターソロ呼んじゃってたし! もうっ。私だけの曲じゃないからいいけどね。
そうだ、ギターの人には悪いけど、ここでみんなに伝えたいこと言っちゃおう。

『うっうー!! もうすぐ曲も終わりですけど、最後まで一緒にふろすろっとる全開でうたってくださーーーい!』

いっちばん大きい歓声が応えてくれた気がした。えへへっ。さあ、ギターさんがいってこい! みたいな目で見てる。
だからその気持ちごと最後までつっぱしらなきゃね! もうがそりんなんて残ってないくらいに、燃え尽きなきゃ!
『キラメキラリ 一度リセット
そしたら私のターン?』
  ―やよいのターン!―
『キラメキラリ プッと「ポチッっとな♪」
元気に始めれば ALL OK!』
―ALL OK!!―
『テキパキラリ! ホットハート!』
―ハートっ!―
『白黒だけじゃつまらないっ!』
―だねっ!―
『テキパキラリ! ちゃんとチャチャッと?』
―チャチャッと!―
『オキラクゴクラクの虹へ!』
―てんちょー!―
『キラメキラリずっとチュッっと!』
―チュチュッ!―
『地球で輝く光!!』
―やよいっ!!―
『キラメキラリ もっとMoreっと??』
―もあーっと!―
『私を私と呼びたい!』
―やよいをやよいと呼びたい!―
『トキメキラリ!! きっとキュンッと!』
―キュキュンッ!!―
『鏡を見れば超ラブリー!』
―うっうー!―
『トキメキラリ! ぐっとギュッっと!!』
―ぎゅ~っとぉ!―
『私は私がダイスキ!』
―『イエイ!!!』―
―『フレーフレー頑張れ!! さあ行こう♪』―
―『フレーフレー頑張れ!! 最高♪』―
『フレッフレッ頑張れ さあ行こう』
『フレッフレッ頑張れっ さいっこ♪』

左手を胸の高さで、前に突き出してぐっと親指を立てる。片目も瞑って、可愛く見えてるかな? 静かなうちに言っちゃおう。短いけど、素敵な言葉。
「……っ!」
大きく息を吸って、私は言った。
「ありがとーーーーーっ! ホントにほんとにほんとにほんとぉーーーーに!! ありがとぉーーーーーーーーーーーーっっ!!」
我慢し切れなかった言葉だったけど、言わなきゃもうほんとにだめだめで。だからきっと、悪くない。悪くないんだ。
不意に体が揺れて、ぎゅっと抱きしめられる。うん、私の大好きな大好きなあの子が抱きついていた。
「私の歌、届いたかな?」
「…うん」
「少しは、応援できたかな?」
「…うんっ」
「それじゃ、亜美と仲直りも、できたかなぁ?」
「…うんっ!」
「そっか、よかったぁ。ほんとに、よかったぁ……」
「やよいっち、あの日、言えなかったこと、伝えるよ」
「うん」
「ごめんね、ありがとう。んでもって、大好きだよ」
「…うん」
『二人とも、ゴールするにはまだ早いんじゃないか? これから、だろっ?』
ふと聞こえるプロデューサーの声。この状態からまだやるんですか? そんな言葉も沸かずに二人で同時に答えていた。
「はいっ!」「うんっ!」
中心で抱き合う私たちに駆け寄ってくるアイドルのみんな。離れ離れになっていた星と星とが手を取り合って、大きな輪になって。ああ、よくわからなくなった。
私は頭がそんなによくないから。でも、おぼつかない足取りでなんとなく、なんとなくなんだけど。
…ミタサレている。私たちは、ミタサレているんだよ。
そう、思ったんだ。
でもきっと溢れてしまうね。だってまだまだライブは始まったばかりだから。最高の一日はまだ、終わってなんかいないんだから。


「さあて、765プロ総動員のスペシャルライブも、いよいよ表立ってはあと一曲ですよ!」
りっちゃんが右の人差し指をびんと立てて言う。
「…律子、『表立っては』とか露骨過ぎよ」
いおりんはハズカシそにタメイキついた。
「あは、アンコール大歓迎!って? みなさんがんがんアンコールしてくださいねー!」
まこちんが歯を見せて笑って。
「なんくるないさー。まだまだ踊り足りないぞー!」
ひびきんが両腕を振り上げてほえる。
「最後の曲は、本当は作曲家の先生が高槻さんと亜美と真美のために創り始めたものでした」
千早お姉ちゃんがマジメに曲紹介をして、
「一年もあれんじし続けていたと聞きます。やよい、亜美、真美の心の成長に合わせて、歌詞も曲も変え続けたと」
お姫ちんがホソクする。
「それを、私たちみんなの歌にさらにリアレンジしてもらったんですぅ。ごめんねやよいちゃん、亜美ちゃん真美ちゃん」
ゆきぴょんがステージの上なのに亜美たちにオジギするから。
「なーに言ってんのさー? みんなで歌ったほうが楽しいっしょ?」
真美がまぜっ返しながらフォローする。
「それに、これはやっぱり女の子みんなのイベントだと思うの!」
髪はジグザグのままだけど明るい声でミキミキが言って。
「そーだね。カタオモイしてるみんなの歌だよねー?」
私は、私ジシンとみんなに祈りを込めて返した。
「少し遅くなっちゃいましたけど、私たちからみなさんへのバレンタインプレゼントです~」
あずさお姉ちゃんがアデヤカーに笑って。
「みなさん、楽しんでくださいねー!」
やよいっちがトビキリ元気に叫んだ。
「それでは、新曲『バレンタイン』! 今夜だけの765オールスターズバージョン、行っきますよー!」
はるるんの声を合図に私たちはチリヂリに走る。ショテーのイチに着く。
五つのステージにひとりっつ、それぞれの花道にふたりっつ、空からドームを見下ろしたらアイドル13人のグランドクロスだって兄ちゃんが言ってた。
「星になるよ。亜美はカガヤく星になる。みんなと星座をつくるよ」
そんで、ウチューをテラスんだ。みんなが見あげるキボーにユメになるんだ。歌が、始まる。
♪バレバレバレ バレンタイン バレバレバレ バレンタイン♪
ハジメはパートわけもナシ。チョーカンカク開いてるけど、ラインダンスみたくみんなおんなじフリツケで踊るんだ。でもみんなチガウよ。コセーがあるからね。
♪チョコレートよりも 甘い恋の味♪
みんなチガウ声、なのに「じー」が重なって合わさって。んふ、楽しいっ! みんなもノリノリ。うっし、亜美もアクセル全開で行くよー!

♪「あそぼうよ」「会いたいよ」なんて 絶対言えないわたし♪
不思議だなって自分で思うんだ。みんなを差し置いてステージ担当の責任に、私の脚は震えっぱなしだった。
千早ちゃんや真だって花道なのにさ。いやいや花道担当だってもちろん緊張しただろうけど。
♪『だ、け、ど?』♪
だけど、ステージに登ったらぴたり止まった。私の気持ちをみんなに伝えたいから。もし届くなら、鈍い鈍いあの人にも。
右往左往して来た私を、いっしょに右往左往しながら支えてくれたあの人にも届けたい。
「まあきっと、届かないんだろうけど」
私のプロデューサーさんは、もうどうしてかってくらいに鈍感だからね、まったく。

♪1年に1度だけ♪
私は色恋など知りません。身に余る大望を持ち、また皆の希望たるあいどるの私には許されざることと思います。
ですが、それでもこの心は、体は女のものなのです。身を焦がすような恋は知らねども、殿方に暖かみを感じてしまうこともあるのです。
♪そうよ もうすぐあの日が チャンスがやってくる!♪
優しく見つめるあの方の瞳に、はしたなくも高鳴る私の心。忍ぶれど色に出でにし密やかな想い、一年に一度、感謝の心に紛らすならば。
「きっと月も恥じらい見逃しましょう」
感謝と、語ってはならぬ心を込めて歌いましょう。いけずなあなた様に。

♪女の子達のバトルくぐり抜けて ヘトヘト♪
つらい歌だよ、私には。私はバトルにレンセンレンショーしつづけなきゃ勝ち取れない。スタートが遅かったからね。
私も兄ちゃんがスキだって気付いたコロには、もう亜美はズンドコまで兄ちゃんにハマってた。シアワセナケツマツがドコにも見えないくらいにね。
♪だけど君にはLove! トドケタイノ♪
亜美にはシアワセになってほしいんだ。生まれる前からいっしょだったんだよ? 亜美はもう一人の私、だからシアワセになってほしい。でも、私は私なんだ。私は亜美じゃない。
私もシアワセになりたい。ドドケタイんだよ。このココロを、兄ちゃんに。
♪『頑張る』♪
だから、ガンバルよ。兄ちゃん亜美とやよいっちだけでアップアップしてるし、ギョクサイカクゴだけんどね。亜美みたくガンバルよ。勇気、ふりしぼってさ。

♪バレバレバレ バレンタイン バレバレバレ バレンタイン♪
アップテンポのダンス、しかもここはみんなおんなじ振り付けで、私にはみんなついて行くのが大変です~。
でも、ついて行かないと。ダンスも、恋も、ついて行かないと。私の方がみんなより年上、お姉さんなんですから~。
♪チョコレートよりも 甘い恋の味♪
私のは片想いばかり失恋ばかりのブラックチョコレート。いつも、今も苦みがにじんで。でも、それでもほろ苦さの中のとろける甘さに私は酔いしれて。
二倍愛せば片想いも両想いとおんなじなんて、自分に言い聞かせて。鳴らない電話を待ち続けて。
「…この恋を、最後の恋にしましょう」
この恋を、私の最後の恋に。かならずかなえて、左手の薬指に約束を灯す恋に。覚悟してくださいね、プロデューサーさん?

♪バレバレバレ バレンタイン 勇気出して バレンタイン♪
勇気、勇気! 私に足りないもの、私が欲しいもの。でも私は知ってるから。私の中にも勇気はあるの。掘り起こせる! 真ちゃんが最高だったって言ってくれた。
歌に厳しい千早ちゃんまで褒めてくれた。そんなコスモスを咲かせられた私なら、できるもの!
♪本気だから受け取ってほしい♪
本気だから。生まれて初めて本気になったから。わわわ、いつもステージとか収録とか本気だよ? でも本気の意味が違うから。
あんなに男の人が苦手だった私が、ううん、今だって苦手な私が、初めて好きになった人。初めて本気で好きになった人だから。
♪私のバレンタイン♪
まさかチョコレートは渡せないから、精一杯を歌に。私のバレンタイン、伝わりますように。私のプロデューサーに。

♪いきなりの手作りは ひいちゃう♪
引いちゃうかもね。引かれちゃうかも。私は今日、バッグの中に爆弾を仕込んで来たわ。ずるずる引き伸ばして来た引き伸ばされて来た私のアイドル生活も、正真正銘に今日が最後。
そんな私だから仕掛けられるスペシャリティー、遅れて来た本命手作りバレンタインチョコ。
♪No No No! 成功をイメージ♪
今さら失敗なんて想定しない。あの人が私に女を見てるはずがないからそりゃサプライズだろうけど、良好な関係なら構築できている。
仕事の上ならたぶん完璧なパートナーシップ、それを少しプライベートに移行するだけ。
♪『イメージ』♪
大丈夫、うまく行くのしかイメージできない。イメージしない。悪いわねみんな。一抜けは、私よ。

♪ハート型 ラッピンク かんぺき!♪
うがー! ハートのラッピングなんて考えるだけでむずがゆいぞ! 自分カンペキだから、いつもそう言ってるさ。
でも言葉にする自分自身って今の自分じゃなくて、なりたい自分なんだって。自分のプロデューサーが言ってた。
♪枕元に置いたまま寝付けずに♪
ううう、これ自分やりそーだぞ。いっつも大事なとこでやらかすからな、自分。実は夕べもほとんど寝てないさ。いやいや、ネガティブな自分は考えない考えない。
「なんくるないさー! 自分、カンペキだからな!」
自分自身に言い聞かせて。もう一度だけどチョコ用意しよう。恥ずかしくて渡せなかったチョコレート、バレンタインのチョコレート。
あ、ギリだぞギリ! 自分がプロデューサーなんかに本命チョコ渡すはずないさー!

♪キミの夢見て 飛び起きた瞬間♪
あれから何度も何度も見たあなたの夢。私を救い上げてくれたあの人の夢。飛び起きたこともある。
素敵なそれが夢とわかって悲しくて、夢でも会えたことが嬉しくて。私はいつも独り涙をこぼした。
♪『あれあれ』 ぺちゃんこになった プレゼント うそでしょう…♪
よし、「あれあれ」を高槻さんみたいに可愛く歌えた。…では無くて。ぺちゃんこになった私の心。私は想いをつぶした。
許されない想いだから。許せない想いだから。歌がすべて、歌こそが私の生きる道と誓ったのだから。
「…でも、もう少しで」
私の誕生日だ。私の誕生を、私の生存を、あの人は喜んでくれるだろうか。祝福してくれるだろうか。期待してしまう。どうしても、期待してしまう。

♪寒い…北風 心吹き抜けた♪
寒い、寒いよ。ハニーはもういない。私の隣にいない。ずっといっしょだった。ずっといっしょだと思ってた。ハニーは甘くてあったかで、でも私はそれが当たり前と思ってた。
ハニーがいなくなって初めてわかったよ。世界は寒い。もう春なのに、春は目の前なのに、こんなに世界は寒いんだね、ハニー。
♪わたしの初恋 このまま終わるの♪
初恋だったよ。ううん、たくさん恋してきたつもりだった。でも違ってた。ハニーだけは違ってた。
ハニーしか見えなくて、ハニー以外どうでもよくて、ああ、恋患いってこういうことなんだなって思った。ハニーがいなくなって、患いだけ残って。
♪たすけてバレンタイン!♪
助けて欲しいの。誰か助けて欲しいの。…でも、誰も私を助けられないんだ。私しか私を助けられない。だから私は私を助けるよ。私を取り戻す。恋を、取り戻すよ。

♪キミが目の前 ニコニコして立ってる♪
いつもいつでもニコニコ笑っているプロデューサー。初めは能天気な人だな、とか思ってた。でもね、振り返ればいつでも見られるその笑顔に僕は支えられてるって気付いたんだ。
♪『どうしたの?』♪
ここだけ声色変えて、と。王子様役もちゃんとこなすよ。もう大丈夫だから。僕をちゃんと女の子として見てくれる人が僕にはいるから。
僕が無くしたガラスの靴、ちゃんと見つけて持って来てくれて、履かせてくれる人がいるから。
「僕、待ってますからね。ずっと、いつまでだって」
今はただ前だけを見て、とにかく進んでいけばいいんだ。僕のプロデューサーがいつか、僕をお姫さまにしてくれるんだから。

♪目の前がくもる ポロリ落ちた… 涙が一粒♪
想像してみるわ。自分のミスで大切なプレゼントを失ってしまったら、チャンスを失ってしまったら。目が曇るくらいじゃないでしょうね。涙こぼすくらいじゃ耐えられないわ。
人前でなんて泣けない私だもの、きっと引き籠もってすべてを封印するわ。無かったことにする。ええ、昔の見栄張りの私なら、間違い無くね。
♪突然ほんとの気持ちがこぼれた♪
でも、今の私ならどうかしら? 私の夢はみんなの夢で、みんなの夢は私の夢だって、私は理解した。きっと立ち向かえる。どんな逆境も、今の私なら。
赤裸々にさらして、すべてを伝えるわ。ほんとの気持ちだって伝えてもかまわない。
「まったく、言われる前に察しろってものだけどね」
あの変態プロデューサーには、できやしないだろうし。私が一肌脱ぐしかないわよね、やっぱり。

♪バレバレバレ バレンタイン バレバレバレ バレンタイン♪
この一年を思い返すよ。兄ちゃんと出会った春、好きだって気付いた夏、ゼツボーを歌った秋、ケツレツした冬。兄ちゃんばかりだった。兄ちゃんと走り抜けた一年だったね。
んで今、冬の終わり。私はも一度兄ちゃんと出会った。兄ちゃんと向かい合った。ジブンと向かい合ったんだ。ジブンを見つめて、ジブンを考えて、答えはやっぱしこれだった。
♪あなたが好きです♪
あなたが、スキです。あの日の公園で、やよいっちに見守られながらのコクハク。言ったシュンカンに、私はホントに兄ちゃんをスキなんだなってわかった。
…サッキョクカのおじちゃんにうまーくユードーされてゲロっちゃって、そしたら歌詞に入れられちゃった。あーもー、イヤってワケじゃないけどさ、ハズかしいじゃん?
♪『あなたが好きです』♪
二回目は、みんなといっしょに歌うよ。私は兄ちゃんをアイシテる。ホントにアイシテる。きっと、みんなもダレかをアイシテて、みんながアイシテるダレかもダレかをアイシテる。
アイは巡ってく、広がってく。私はきっと、アイの一部になれるよ。

♪バレバレバレ バレンタイン バレバレバレ バレンタイン♪
バレンタインの歌を歌いながら、一年を振り返ってみる。
プロデューサーと出会った春。ひとり悩んだ夏。好きだって気付いた秋。長かった、長かった冬。プロデューサーと亜美が私の中心にいた。プロデューサーと亜美と私とで駆け抜けた一年だった。
そして今、春の始まり。私はもう一度プロデューサーと始めようと思う。えっと、その、恋を始めよう?で良いのかな? だって、
♪キミは優しく微笑んでくれた♪
プロデューサーは微笑んでくれたから。がんばって作った引きつり笑顔だったけど、私のために笑ってくれたから。亜美のために笑ってくれたから。
♪『そして』♪
そして、そしてどうなるんだろう。うん、かなう恋かはわからない。私は振られてしまうかもしれない。もしかしたら亜美も。でも、とどまることなんてできない。
♪バレバレバレ バレンタイン バレバレバレ バレンタイン♪
バレンタイン、なんだから。人と人の関係がかわる、かも知れない日。私はプロデューサーと新しい関係をつくりたい。それに恋人同士って名前を付けたい。
♪そっとわたしを抱きしめてくれた♪
あの日あの公園で抱き締めてくれたこと、覚えてるから。寒かったのに汗だくの手のひら、震えた声。それでも私を好きだと言ってくれた。私と亜美を好きだと言ってくれた。
忘れない。一生忘れない。
♪今日はバレンタイン!♪
今日はバレンタインじゃないけれど、バレンタインにしよう。私のバレンタインに。もう一度言うんだ。プロデューサーにちゃんと言う。プロデューサーのことが好きだって!

ひびくアンコールの雨にさらされて、私たちは両手を振りながらステージを降りた。四回のアンコールに応えて、それでも止まない、私たちと私たちの歌を求める声。
でももう時間が無くて、イヤホンの向こうじゃ兄ちゃんや他のプロデューサーたちがケンケンガクガクに言い争って。
『みんな、聞こえるかね? さすがに終幕だ。これ以上引き伸ばすと会場側と地元住民から苦情が出かねん』
マイクごしだけどわざわざシャチョーが伝えてきて、ケッキョク五回目のアンコールには応えられなかった。
「ま、いっか」
私はつぶやいた。きっとみんなまだまだやりたいんだ。もちろん亜美は歌いたいし、他のアイドルのみんなも、兄ちゃんや他のプロデューサーも、お客さんたちも、きっとシャチョーも。
みんなまだまだやりたいんだ。でも、ライブをエイエンに続けるワケにもいかなくて。
「うん、やり切ったよ、出し切ったよ」
だってこんまにもキモチいいんだ。すっごくつかれた。でも、キモチいいヒローカンだよ。
「お疲れさん」
兄ちゃんが声をかけてくる。やよいっちと、真美と、亜美に声をかけてくる。
「最高だった。最高のライブだったな」
…ああ、兄ちゃんが笑ってる。ステキな笑顔。亜美のスキな笑顔だ。兄ちゃんにサイコーって言ってもらえて、私はウレシイよ。
「感動した。運営側でしかも仕込みの俺が何言ってんだって話だが、感動した。今までの人生で一番な」
「プロデューサー…」
私のトナリで、やよいっちが言う。ナミダにフルエた声。うん、ココでスナオに泣けるんだから、やよいっちはオトメ度高いよね?
「はいはい、感動したのは結構なんですけど、何か言わなきゃならないことがあるんじゃないですか?」
およ、りっちゃんが横から入ってきた。
「そうよね、はっきりさせなさいよ」
エンギか本音か、少し怒った顔でいおりん。
「まさか、まだ引っ張るつもりなんですか? ごまかすつもりなんですか?」
はるるんがにやあってアクマ笑いしながら言う。さっきの女神はるるんはドコ行ったの?
「あれほどの歌を聞いて感動したと言うのなら、返すべきです。答えを」
千早お姉ちゃんもキキセマル顔で。
「中ぶらりんのままじゃ、やよいちゃんも亜美ちゃんもかわいそうですぅ」
ゆきぴょんはジブンジシンのコトのように泣いてるし。
「それ、男らしくないですよ? カッコ悪いですよ?」
まこちんはハンガン?で兄ちゃんを見てた。
「年貢の納めどきなのー!」
ミキミキやたらとウレシそーだし。
「お覚悟なさいませ」
お姫ちんは氷の表情でセンコクする。
「なんくるないさー。どっち選んだって自分は祝福するぞー!」
ひびきんがおっきくクチ開けてアオって。
「さあさあ兄ちゃん、どっちにするんだよー、このロリコン大魔王!」
真美が後ろに乗っかる。
「…い、いったいなんのはなしだよ、みんな」
兄ちゃんがアトズサリながら言い返す。兄ちゃん兄ちゃん、しゃべりがひらがなだよ? それじゃやよいっちだよ?
「…私たちの言いたいこと、もちろん、わかりますよね?」
「は、はい」
あずさお姉ちゃんのソコビエするよな笑みに、兄ちゃんは首を縦に降った。ガクガクガクガクね。
「俺は、俺は…っ!」
兄ちゃんが、オビエながらもケツイの目をしてクチを開く。


「……っこう」
「えっ?」
「なに?」
亜美と私が聞き取れずに、つい聞き返してしまう。私はプロデューサーと目が合う。と、
「続行だ!」
そう叫んで、プロデューサーが何を血迷ったのか、誰もいない会場のほうへと走り出した。
『みんなぁー! まだアイドルの歌が聞きたいかー!』
「ちょ、ちょっとー!? これ以上はまじでだめでしょ!?」
律子さんが他の誰よりも目を丸くして驚いている。予想外の更に予想外の行動に、段取りクイーンたる律子さんも驚くしかなかった。
プロデューサーをソデに戻そうと走り出すけど、社長がそれを止める。
「いいんだ」
「しゃ、社長!? いいんだって、何もよくないですよ! このままいけば苦情くること間違いなしですよ!? それに私たちだってぶっちゃけもう歌える状態じゃ」
「仕方ない、たきつけたのは君たちだ。祝福するというのなら、ファンファーレくらい奏でてやってくれたまえ」
『アンコール! アンコール!』
いきなりのことに戸惑っていたファンの皆も、次第に状況を理解し始める。ああ、もうどうしようもない。
『アンコール! アンコール!』
―アンコール! アンコール!―
「やよい君、亜美君」
「は、はいっ?」
「な、なにー?」
「男のくだらない羞恥心のために歌わせるのは申し訳ない、が同じ男として頼む。歌ってあげてくれ」
社長が言うしゅうちしんはよくわからないけど、これって歌っていいってことだよね? 社長がそう言ってるんだから、歌いに行っちゃってもいいんだよね?
それもプロデューサーと同じ場所で。
「……亜美!」
「うん、やよいっち!」
二人で手を繋いで駆け出す。とっても大好きなプロデューサーの目の前まで!
「ちょ、ちょちょちょっと亜美にやよいー!?」
「続行ですよ、続行! うわーい!」
「へへっやーりぃ! まだまだライブは終わらないってね!」
「はいさーい! 踊姫の座にここで決着をつけてやるぞー!」
「こら! 春香に真、響までー!!」
「ほ、ほんとはいけないんですよね。でも、でもでも、私も行っちゃいますぅ!」
「ライブ続行、上等上等! 水瀬伊織ちゃんの伝説はまだ始まったばかりよ!」
「亜美とやよいっちだけずるーい! 真美もいっちゃうよぉぉおん!」
「こぉらぁ! いつもの突っ込みはどうしたの伊織! 真美も悪ノリしない! 雪歩も今アグレッシブさはいらないっての!!」
「歌が、歌える。まだ歌えるのね。私は、幸せだわ!」
「お供しましょう、歌では負けられませんっ!」
「ミキも一緒に歌うのー! ちょっと、眠いけど……あふぅ」
「これが歌い終わったら一緒に寝ましょうね~うふふ」
「千早と貴音まで暴走!? ミキは後で説教! あずささんも今日は説教! あーもうなんなのよ!」
「律子君」
「なんですか!?」
「君は、行かないのかね?」
「…後で社長も説教です! いいですね!?」
「謹んで断らせてもらおう」
「こぁらああああああ! あんたたちー! 私もまぜなさーい!」
「…いいんですか? 本当に怒られちゃいますよ?」
「人生は一度きり、楽しまなければな。小鳥君も混ざってきてはどうだね?」
「いいですよ。それに社長も一人じゃ、寂しいじゃないですか」
「…すまないな。それじゃ見ていよう。アイドルを傷つけて、アイドルに愛され、アイドルを愛した男の生き様と、アイドルたちの最高の舞台を」
「はいっ」

『♪もう伏目がちな昨日なんていらない 今日これから始まる私の伝説!♪』
私たちの伝説。
『♪きっと男が見れば 他愛のない過ち 繰り返してでも♪』
それでも進んで生きたい先がある。
『♪うぬぼれとかしたたかさも必要 そう 恥じらいなんて時には邪魔なだけ♪』
全部が全部が回りまわって必要になって。
『♪清く正しく生きる それだけでは退屈 一歩を大きく♪』
少しだけ泥にまみれながら歩いて行くくらいが素敵なんだ。
『♪進もう毎日 夢に向かって 漠然とじゃない 意図的に!♪』
ちゃんとしたビジョンを持って諦めずに。
『♪泣きたい時には 涙流して ストレス溜めない♪』
もう絶望なんかも溜めないで。
『♪ほんの些細な言葉に傷ついた だけど甘いもの食べて幸せよ!♪』
そんな程度で救えるんだよ。救えたんだよ。
『♪気まぐれに付き合うのも大変ね 悪いとは思うけどやめられない!♪』
同じくらいあなたも気まぐれですよね。プロデューサー。

『♪新しい物大好き 詳しいの 機嫌取るには何よりプレゼント!♪』
ううん、私はハイタッチだけで平気。
『♪男では耐えられない痛みでも 女なら耐えられます 強いから!♪』
あなたでは耐えられなくても、私なら耐えられます。だから!
「プロデューサー! 叫んじゃってくださーい!」
プロデューサーと目が合って、一瞬だけためらっていたけど、勢いそのままマイクに、会場に叫ぶ。
『俺は、双海亜美が好きだー! おっそろしく! すっげー怖いけどー! それ以上に、いや! それも全部丸め込んで! 俺を好きなってくれた! 双海亜美が大好きだああああああ!』
「…あぇ、ええっ、あうあ?」
―――俺も大好きだー! 亜美ちゃんが大好きだ!
―――俺たちのほうが大好きだー! ひっこめ変態プロデューサー!
「…おめでとう、亜美」
「えあっ?」
私はそっと亜美の手を離して背中を押す。そのままプロデューサーの胸の中に。
ごめんね、私、わかってたんだ。プロデューサー、二択のときね、最初に目をやった方を、選ばないんだ。
私の体が倒れていく。その体を美希さんが支えてくれた。
「おつかれなの」
……うん、そうだ。ちょっと疲れちゃった。だから少しだけ休もう。
亜美の幸せそうな顔を焼き付けて、眠ろう。
こうして、私たちの力を結集した最高のライブが幕を閉じた。
私に少しだけの影と、亜美にありったけの光を照らして―――。

高槻やよい、十四歳、アイドル、最高のライブで。

失恋、しちゃいました。


「やよいっ!?」
兄ちゃんはすんごいギョーソーで叫んだ。でも固まってたのは一秒だけ、すぐにミキミキからイシキのないやよいっちをうばって抱え上げる。
「亜美任せた! 締めて落とせっ!」
亜美の方を見もせずにそんなムチャを言って、ステージから走り降りてく兄ちゃん。マイッタな、マイッタね。
「まあ亜美はこれでも元トップアイドルなんだし、任されちったから」
やよいっちに何かあったら兄ちゃんが必ずインカムで教えてくれるって信じるよ。んで、早くシめてオトして追い付かなきゃ。

りっちゃんとはるるんにたくさん助けてもらった。マンジョーのハクシュとセーエンに手を振り返しながら、私はちっさな声でインカムに聞いてみる。
「兄ちゃん、やよいっちはダイジョブ? 兄ちゃんじゃなくてもいいや、ダレでもいいから教えて」
『亜美ちゃん大丈夫だから落ち着いてね。やよいちゃんは無事よ。ただちょーっと疲れが溜まってたみたい』
インカムからはぴよちゃんの声が。そっか、ダイジョブか。よかった。
『やよいちゃんは西側の救護室にいるわ、亜美ちゃん向かってもらえないかしら? 場所はわかる?』
「西だね? ダイジョブだよ」
私はローカを走ってく。あれれ、そー言えばナンデ亜美だけなんだろ? やよいっちが倒れちったのに、いおりんとか千早お姉ちゃんとかはいいのかな?
「ま、いっか」
私はキューゴ室ってプレートの付いてるドアのない入り口をくぐった。パパみたく白衣来たパパの倍くらい体重ありそなお医者さんがイスに座ってる。
亜美がエシャクするとでぶっちょのお医者さんはぶよぶよなアゴをしゃくった。あ、あっちね。亜美はも一度エシャクして、今度はノックしてドアを開ける。
「兄ちゃん、やよいっち、いる?」
ほとんどムセー音で聞いてみた。ヘンジはないたたのシカバネってエンギでもないね? いやいやちっとドーヨーしてるんだよ亜美は。
兄ちゃんがいた。ベッドに横たわるやよいっちのおデコをなでていた。その笑顔がトーメイでヤサシクて、ナンて顔をしてるんだろって亜美は思った。
それは娘にゼッタイのアイを注ぐお父さんの顔で、お母さんをウタガうことなんてそもそも知らないちっさな男の子の顔だった。
「亜美か。ライブ、うまくいったか? 悪かったな抜け出しちまって」
兄ちゃんはやよいっちの方を見たままで聞いてきた。亜美はうなずく。
「そっか、良かった。こっちも大丈夫だぞ。過労だって医者が言ってた。点滴が落ち切るまでには目を覚ますってさ」
兄ちゃんはやっぱりこっち見ないまま続ける。
「うん、ぴよちゃんが教えてくれたよ」
私は答えた、兄ちゃんの横顔に。私と兄ちゃんはタシカにカイワしてるのに、シセンは一度も合わない。私は兄ちゃんを見ていて、兄ちゃんはやよいっちを見ている。
イヤだな。兄ちゃんは亜美をスキだって言ってくれたのに、ナンて考えてる私がイヤになるよ。でも、
「ねえ、兄ちゃん」
でも、オサエえられないよ。亜美の中で黒いモヤモヤが生まれる。黒いモヤモヤが広がる。
「何だ、亜美?」
兄ちゃんが言う。兄ちゃんが聞き返してくる。やよいっちをやヤサシクなでながら。
「兄ちゃんは、ナンで亜美をスキって言ったの? ドーシテ亜美を選んだの? 兄ちゃんは、ホントは」
亜美は歯をカミシメていた。奥歯がキッて鳴る。
「やよいっちを、やよいっちの方を、スキなんじゃないの?」
ああ、聞いちったよ。亜美は聞いちゃった。サイテーだ、亜美は。トーメイなシセンをやよいっちに向けたままに兄ちゃんは答える。
「ああ、俺はやよいが好きだぞ」
そのコトバに脳がちぢこまった。かちんこちんに固くなった。イタい、イタいよ。シメツケルよな頭痛がする。
「な、ならさ。ならナンデ、兄ちゃんは亜美をスキって言ったの?」
「亜美を好きだからだぞ。言わせんな恥ずかしい」
兄ちゃんのそくとー。やよいっちもスキで亜美もスキってどーゆーことなの? 私にはワカラナイ。
「…ワカラナイよ兄ちゃん。亜美にワカルように言ってよ」
セツメーしてよ兄ちゃん、ねえ。兄ちゃんは亜美の方をハジメテ振り向いた。
「俺は、やよいを家族と思ってるんだ。表裏無く隠し事無く付き合えている。家族だから、いっしょに支え合って行きたい」
うん、そーだね。家族ってそーだよね。そーでいたいよね。
「でも、亜美は家族に思えなかった。亜美は家族じゃないな、少なくとも今は」
セカイが、アンテンした。マックラになっちった。ドーシテ兄ちゃんはソンナコトを言うの? ドーシテ今さらソンナコトを言うの?
「俺はやよいのことは知っていると思っている。きっとわかりあえているし、満足している。亜美には満足していないな。亜美のことは知りたいって思うんだ。まだまだ知りたい。俺の知らない亜

美を見たいんだ」
「…え?」
クーキョなココロにヒカリがさした、ような気がした。
「やよいとは支え合いたいと思っている。支え合えてるともな。だが、俺は亜美を」
もしかして、もしかしたら。亜美のマックラなセカイがちこっとだけ明るくなる。
「亜美を守りたいと思う。男のエゴ、大人のエゴだけどな。守っていきたい。今は家族じゃないけど、いつか、家族になりたいと思うんだ」
守りたい、亜美を守っていきたいって兄ちゃんは言った。言ってくれた。亜美といつか家族になりたいって。亜美のセカイに色がもどった。亜美のセカイがコガネイロにカガヤいた。
「俺はやよいもきっと異性としても好きだが、やよいはそれ以上に妹や娘なんだ。…たまに姉貴みたいだけどな。やよいも同じだと思う。俺をお父さんみたいだとか弟みたいだとか言ってたしな。

まず何より家族なんだ」
兄ちゃんは座ってたパイプイスから立ち上がる。亜美の前で膝を着いて、亜美を抱きしめた。ああ、兄ちゃんだ。兄ちゃんの臭いだ。
「亜美とは、その、恋人になりたい。彼氏彼女になりたいんだ。亜美、俺の彼女に、なってくれるか?」
兄ちゃんのコトバに亜美はフルエる。ぶるぶるってね。ココロとカラダがカンキを歌う。ああ、兄ちゃん、兄ちゃん!
「モチの、ロンだよ。亜美は兄ちゃんをアイしてる。兄ちゃんも亜美を、いっぱいアイしてね…?」
亜美は兄ちゃんをちょっとだけ押しのけた。兄ちゃんのほっぺたに両手をあてる。
「目、とじてよ兄ちゃん…? デリバリーないんだから…」
「…それを言うならデリカシーだろが」
兄ちゃんが亜美の後ろアタマをおさえた。兄ちゃんの顔が近づいてくる。ちょっ、待ってよ兄ちゃん!
「あ…」
…亜美のファーストチッス、亜美は目をつむることができなかった。

しばらくして、やよいっちが目をさましたよ。兄ちゃんと亜美はやよいっちにゼンブ話した。ゼンブね。
「すまないな、やよい」
「あやまらないでくださいねプロデューサー。それって私にも亜美にもしつれーですよ」
兄ちゃんのシャザイにやよいっちは笑って返してた。
「いいんですよプロデューサー。プロデューサーの言ったとおりなんです。プロデューサーはプロデューサーだけど、家族みたいで。プロデューサーのことは好きだけど、もしかしたら恋ってもっ

とどきどきするんじゃないかなーって」
「そうか。そうかもな」
兄ちゃんはやよいっち前髪をくしゃくしゃってして、そのシュンカンのやよいっちのヒョージョーを私は見た。兄ちゃんの汗クサイ手のひらがやよいっちのアタマにさわったシュンカンの。
私はイッショー忘れないよ。やよいっちの見せたイッシュンのココロのスキを、イッシュン見せたスキのココロを。ゼッタイ忘れちゃいけないって思った。
「そ、それとね亜美、私はプロデューサーのお姉さんだから、亜美のおしゅうとめさんになるんだよ」
イッシュンのキノユルミに気づかれたことにやよいっちは気づいたのか、やよいっちはあわててそんなことを言ってくる。うん、まあそーかもね。
「お姉ちゃん、料理と節約にはうるさいからね。覚悟してよ」
「え」
ちょっとまって。やよいっちのカンカクでセツヤクって。
「プロデューサーにごはんおごってもらうのは、もうだめ。外食でおやつなんてもってのほかだからね」
そ、そんな。ルチアのガトーショコラは!?
「給食以外はちゃんと三食自分で作るんだよ。栄養のバランスも考えて」
って、毎食自炊? ガッコない日にシゴトがあったらお弁当ジサンってこと? 亜美はまだショーガクセーだよ?
「そんな顔しないの。亜美はプロデューサーのお嫁さんになるんだから、プロデューサーの健康も亜美が面倒をみなきゃいけないんだよ」
お嫁さんって! いや、なりたいけど、なるつもりだけど。
「はは、がんばれよ亜美。お前へのおごりがなくなれば、俺は出費が減って助かるぞ」
兄ちゃんが笑ってる。しょんな~。
「プロデューサーもですよ。今まで亜美におごってたぶんはちゃんと貯金してくださいね。あと三年と少ししかないんですよ。結婚資金、貯めないと」
「え、おい待てやよい。三年後って亜美が十六になったら結婚するのか俺たち」
ひょ、ひょえぇ! ナニナニやよいっちの中じゃそんなシナリオになってんの?
「亜美もっと真剣に! いい? かいしょうのある男性から売れてくんだから、これはって人は逃がしちゃだめ! しっかりつかまえとくの!」
ふーってまるでネコちゃんみたくやよいっちはサカゲを立てて。
「…ああ、姉とか妹とかじゃないな。これは、おふくろだ」
兄ちゃんがこぼした。そーだね、お母さんだ。しかもシタマチのキモッタマお母ちゃんだ。
「そうですね。私、二人のお母さんになりますよ。だって、私たち家族なんですから。家族になるんですから」
兄ちゃんはきっとグチを言ったんだろけど、やよいっちはおっきく笑ってた。いい笑顔だったよ。

もうちょっとだけ続くんじゃよ。なんちて。
あれから、時が流れて。私たちは少しだけ成長した。成長したはずだよ、たぶん。
はるるんは、ヒッシのドリョクがみのって国民的アイドルって呼ばれるようになったよ。あいかわらず歌も踊りもイマイチだけど、それがいいみたいでね?
好感度ランキング女性タレント部門でいっつも一位だ。ドラマやCMに引っ張りだこ。ああ、ニブチンのはるるんのプロデューサーにはまだコクハクできてないらしい。
ま、トーメンはムリっぽいね。
まこちんは、今も王子様街道まっしぐら、かと思いきやお姫様街道もマイシンチューらしいね。
まこちんの王子様もインハイのストレートでコクられちったら気づかないわけには行かなかったらしーよ。いつかお姫様抱っこしてもらうんだーって言って、毎日キタエてるらしい。
アイにはキンニクがヒツヨーなんだね?
ひびきんはアイカワラズだぞーって言いながらなんくるないさーって叫んでるよ。今は沖縄に帰ってるからアイドルカギョウはお休みしてるんだけどね。
お父さんとかセットクしになきゃなんだぞーとかなんてアイがなきゃできないよね。うんうん、ヨキコトかな。
ゆきぴょんはショートだった髪の毛を背中あたりまで伸ばして、まるで童話のお姫様みたいになっちった。ハカナクーてカレンーだってもっぱらウワサがされてるけど、その通り。
童話のお姫様のような、絵に描いたようなコイをしている、らしいよ? んっふっふ~、ダレかなダレかな?
いおりんは「水瀬伊織を全世界に布教しに行って来るわ」、っていうのをちょっとコンビニ行ってくるのノリで言ったきり日本では見てない。でもちょくちょくニュースとかで見るんだ。
水瀬伊織ヤクシンチューとかってね。そのソバにはいつものうさちゃんといおりんだけの大切な人がいるみたいだよ。
お姫ちんは、アイドルは続けてるんだけどフクギョーでラーメン屋さんをハジメちゃったよ。サイコーのらあめんを求めるあまり、ついには自分でセイサクすることを決めたみたい。
サイコーのらあめんを作るために、お姫ちんのプロデューサーとアイドルしながら全国を回ってるんだって。今じゃどっちがホンギョーかわからないくらいでさ。
りっちゃんはこっちもアイドル兼任でプロデューサー。プラス今じゃドクリツした事務所の女社長をやっているのだ。その豊満バデーにモノを言わせてぇ~!なんてことはしてないって。
だけど最近は自分のプロデュースで忙しいみたいだよ、亜美にも負けない式にしなくちゃねぇーなんて言って、オンナのカオをするようになった。
亜美もしてるかと思うとちょっちヤバいかも。
千早お姉ちゃんはいおりんと同じく世界へ羽ばたいたよ。今じゃどこでも歌を歌ってる、世界が認める、ううん、ゼンウチューが認める"スーパーアイドル"なんだって。
未だにアイドルって呼ばれてるのは千早お姉ちゃんのプロデューサーが、「そっちのほうが可愛いから」って押し通したみたい。でもまんざらでもない笑顔だったよ?
あのイチャイチャ写真はさ。
ミキミキの担当プロデューサーは765プロをやめちったらしい。なんでも、やめる時にりっちゃんにしこたま引っぱたかれて、んでも笑ってたらしいよ。
それを見てたミキミキは少しだけふっきれたーって言ってたけど、今でも前のミキミキみたいな輝きはない。
…亜美が、その輝きを取り戻せたらーなんて思ってたりするんだ。
あずさお姉ちゃんは結婚します~って言って、いっちばん最初に結婚しちゃった。今でもアイドルしてるけど、今年で引退するんだって。年も年ですから~って言ってた。
まあ実際はお腹の中に赤ちゃんがいるから無理しちゃだめだって理由らしいよ? でもあずさお姉ちゃんのわがままボデーを、なんて赤ちゃんも担当の兄ちゃんもうらやましいよねぇ。
真美は結局届かなかったなー、なんて言ってた。何に届かなかったかなんて、亜美にはわかるけどこればっかりは触れられない。フタゴであってもね。
でも真美はこう言ってくれたよ。おめでとう、だけど私の方がもっといい兄ちゃん君を見つけてくるかんね! とくと待たれよ! って。
ホント、真美はいつでも優しいね。
そして、やよいっちは、ね。
「亜美~。そろそろいいでしょー。もうみんな待ちくたびれてるんだから行くよー」
現在、私の前でゼッサンおっかさん中だったりする。いくつになっても化粧はしない、けどそれでも抜群に可愛いってヒキョーだよね。いや亜美だってそれなりに自信はあるよ?
でも化粧なしで芸能界一可愛い部門一位ってすごいよね? 今でもアイドル道まっしぐら。あれから数年もたったのに相変わらずステージで小動物みたいに駆け回って、飛び回ってる。
たまに家族じゃなくて、ペットかもなんて思ったりするけど、怒られてるときはやっぱりおっかさんだよ。おっかないんだー、これが。
掃除の仕方はこうだよーとか、お料理は手早くぱっぱとーとか、みずだしっぱはダメーとか、クーラーは使いすぎないーとか。
なんかもう、亜美のお母さんでありお嫁さんでもある感じだよね? しかも妹としても抜群の可愛さって、ちょっちズルすぎるよね?
うん、そんなわけでみんなのその後は終わり。しゅうりょ~、幕を下ろして~。
「いつまでも恥ずかしがってないの。いつもの亜美らしくしてればいいんだからー」
「…亜美にだって、ハズカシいことくらいあるよ」
…あはは、やっぱ亜美のことも話さないとダメ? 亜美は亜美のままだよ。そりゃ変わったとこもあるけどね。背も高くなったし、いろいろ女らしくなった。
兄ちゃんをユーワクして困らすのオモシロイし。でも、それも今日までだね。明日からはユーワクなんてしたらそのままイタダカレちゃうかもだし。
今日はね、そのー、結婚式だったりするんだよ、亜美のね。
「恥ずかしいって、そんなに綺麗なんだから恥ずかしいことないでしょ?」
やよいっちが言うのはモットモだよ? モットモだけどさ。
「こんなにキレイにされちったからこそ、みんなに見られるのがハズカシいんだよー。こう、カシコマリーの空気の中でマジメにやらないかって思うとさー」
「最高の晴れ舞台をネタに使っちゃってもいいの?」
やよいっちがフンって鼻で息。ヤバいヤバいよ、も少しで怒る。
「…いや、ダメですよわかってますよ? でも何ていうのかな? 亜美に流れているフタゴの血がウズクんだよ」
やよいっちは下目ヅカイで亜美を見た。そのままナニも言わずにドアの方に歩いてって。
「プロデューサー、亜美もう大丈夫なので入ってきてください」
「ちょ、ちょタン」
ちょ、ドア開けちゃったよ兄ちゃん呼んじったよ。ジツはもー怒ってる?
「入るぞー。…おお、こりゃまた。べっぴんさんになったもんだな」
「ア、あう、うあああうううあああ…」
な、や、兄ちゃんが見てるよ。私を見てる。ベッピンだってさ。亜美はベッピンだって。
「…やよい、今の何語?」
「わからないですけど、ありがとうってことだと思いますよっ」
不意打ちなんてヒキョーだよ! やっぱりにーちゃんはいつまで経っても変態さんだ! そもそもロリ確定の亜美に告白されて、それを了承するなんてところから変態だ!
…あれ? それじゃその変態を好きになっちった亜美も変態? ってことはやよいっちも変態だったわけ?
「ぷっ、ぷぷぷっ、あっははははは!」
「こ、今度は笑いだしたぞ? 結婚式の新婦ってのはおかしくなるものなのか?」
「ん~私は新婦になったことがないのでわからないですけどー、あずささんに聞いてみますか? それか近々結婚する律子さんにも」
「いんや~笑った。くっくく、まさか三人で変態だったとはねぇ」
「変態って、いきなり何を言い出すんだ?」
「いやいや、ロリロリだった亜美とホントウに結婚しちゃう兄ちゃんが変態で、その兄ちゃんを好きな亜美も変態で、好きになったやよいっちも変態で。そう思ったら笑っちゃって」
「ま、前はそうだったかも知らんが今の亜美はこんなに美人になったんだからノーカンでいいだろ!」
な、何をいきなりどこぞの主人公みたいなことを言うかねこの人は! そんな属性持ち合わせてなかったはずなのにぃ! …新郎になるとその属性が付与されたりするのかな?
「はいはい私の前で惚気ないでください。あんまり言うと大声で泣いちゃいますよー」
「わ、悪い」
「兄ちゃん、やよいっち見てごらん」
「えっ」
やよいっちは必死に口を押さえて笑いをこらえてる。モチロンナミダのケハイなんてゼンゼンなくて、ちょっとしたイタズラ心ってヤツかな?
とゆーか、前のやよいっちの方がもっと大人っぽくしてたと思う。でもちょっとイタズラ心あふれるやよいっちもミリキテキだよね。いっそやよいっちと結婚しちゃおうか?
「…あんまりからかわないでくれよ。こっちもいっぱいいっぱいなんだから」
「あはは、ごめんなさい。…プロデューサーは結局プロデューサーが抜け切れませんでしたね。ねえ、亜美?」
「…んっふっふー、そうだねやよいっち。結局兄ちゃんは兄ちゃんだったね」
「なんだよそれは? もうプロデュースしてやらんぞ?」
「これからもよろしくねぇ? 公私共々、んっふっふ~」
「さあ、時間が来ましたよ! 目一杯ウェディングロード、踏破してきちゃってくださいっ」
やよいっちが一歩引く。当然だ。やよいっちは、結婚しないんだから。結婚するのは、亜美だけだから。だって、兄ちゃんは一人だけだから。
私は、やよいっちの分も幸せにならなきゃいけない。ミタサレなきゃいけないんだよ。それが亜美と兄ちゃんのセキニンで、ギムなんだと思う。
うん、でもねやよいっち。双海亜美は、今はもう"双海"じゃないんだけど、いつだってごーいんぐまいうぇいってヤツなんだぜぇ?
後ろで手を振ってその場に残ろうとするやよいっちの手をがっちりきゃっち。そのまま連行するよ。
「ちょ、ちょっと亜美? いくら仲がいいからって私にはあそこを歩くのは許されないって」
「兄ちゃんは亜美と結婚する、亜美も兄ちゃんと結婚する。でも亜美はもう一人と結婚するよ。やよいっちと、結婚するよ」
「いやいやその理屈はおかしすぎるだろ?」
「そうだよ亜美! 私は二人の記念に邪魔をするようなことしたくなんか」
「兄ちゃん、だめかな? あのウェディングロード、三人で歩いて、三人のミチシルベにしちゃだめかな?」
「俺は、構わないが…」
「プロデューサーはもっと反対してくださいよー! ちょっと、ホントに!?」
「モチのロンだぜ! さあ、行くよ! 兄ちゃん! やよいっち」
「あれ、なんで俺が嫉妬してるんだ…?」
私の右手には兄ちゃんが、左手にはやよいっちが。ちょっとわがまますぎるよね。ジコチューすぎるよね。だけど、
「ねえ、やよいっち。それに兄ちゃん」
「な、なに?」
「ん?」
「イマ、亜美たちは、ミタサレてるかな? 心の底から笑いあえて、心配しあえて、怒りあえて、ミタサレているのかな?」
ずっと、一人で思っていたカンジョウ。それを誰かに聞いてみるのはハジメテで、だけど答えなんてもうわかってるんだ。
「…うん、私は満たされてるよ」
「俺も、満たされまくってるぞ。あと、嫉妬しまくってる」
「そっか。…ようし! 結婚式場にナグリコミだー!」
「ホントにいくのー!?」
「あれ、もしかしてむしろ俺が邪魔!?」
離れ離れになってしまった亜美たちの手。今じゃこうしてまた繋いでいられる。それどころか、三人でウェディングロードに殴りこみだなんて。
はるるんは驚いてこけちゃうかな?
まこちんは笑いながらがつーんと手を前に突き出してくれるかな?
ひびきんはなんくるないさーって言ってくれるかな?
ゆきぴょんはあわあわしてくれるかな?
いおりんはうさちゃんを抱きながら呆れるかな?
お姫ちんはいつもドーリに面妖な…って言うのかな?
りっちゃんはハリセンもってツッコンでくれるかな?
千早お姉ちゃんはクサクサしてくれるかな?
ミキミキはあふぅって言いながら寝ちゃうのかな?
あずさお姉ちゃんはあらあらうふふ~って言いながら祝福してくれるのかな?
真美はもしかしたら一緒に歩いちゃうのかな?
やよいっちはあたふたしちゃうのかな?
兄ちゃんは、あなたはスネちゃうのかな?
亜美は、亜美はね。

「亜美は、とっても幸せだー!」
「あ、亜美っ? どうしたんだ?」
「…私も、ちょっとだけ悲しいこともあったけど、今はすっごく幸せだあー!」
「お、おお!? お、俺もっ! いろいろ情けないこともあったけど、今は世界で一番幸せ者だぞー!」
「やよいっち、兄ちゃん、大好きだー!」
「プロデューサー、亜美、大好きだよー!」
「亜美、やよい、大好きだぞー!」
「「それは、ちょっと…」」
「何でだよっ! ちっくしょー!」

そうして私たち三人は、手を繋いで、式場に殴りこんだ。
笑顔で。














高槻やよいです。
双海亜美です。

フラレちゃいました。
コクられちゃいました。

だけど幸せです。
だから幸せです。

それじゃ、亜美?
うん、やよいっち?

せーの。






















「私たちは、ミタサレてる。私たちは今、心の底からミタサレているよ」

アイドルマスター | comment(0) |


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自個偽無、候。
書いたり書いたりしている流ぬこです。
ピクシブなんかでも同じく流ぬこで書いています。
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